唯一無二が東京都庭園美術館に集う!「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」展 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

唯一無二が東京都庭園美術館に集う!「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」展

このエントリーをはてなブックマークに追加
tenki.jp
《はるかな旅 A Long Journey》©Okanoue Toshiko, 高知県立美術館

《はるかな旅 A Long Journey》©Okanoue Toshiko, 高知県立美術館

《真昼の歌 Noon Song》©Okanoue Toshiko, 個人蔵

《真昼の歌 Noon Song》©Okanoue Toshiko, 個人蔵

《海のレダ Leda in the Sea》©Okanoue Toshiko,  個人蔵1

《海のレダ Leda in the Sea》©Okanoue Toshiko, 個人蔵1

《花嫁 Bride》©Okanoue Toshiko, 東京国立近代美術館蔵

《花嫁 Bride》©Okanoue Toshiko, 東京国立近代美術館蔵

《幻想 Fantasy》©Okanoue Toshiko, 個人蔵

《幻想 Fantasy》©Okanoue Toshiko, 個人蔵

雨水を過ぎ、万物が眠りから覚めて芽吹きへと向かう季節です。戦後間もない1950年代にフォトコラージュで活躍した岡上淑子の展覧会「岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟」展が東京都庭園美術館で開催中です。今から60年以上前に制作され、注目を集めた作品が今なお色褪せずに再評価されているのはなぜでしょう。本展覧会では、モチーフとなった当時のモード(Dior、バレンシアガなどのドレス)、影響を与えた瀧口修三との書簡などの関連資料、海外美術館所蔵品も里帰りしています。岡上自身が選んだ展覧会のテーマカラーはペールピンク。どんなモチーフを使っても気品漂う作品世界、そして今の季節にふさわしい色です。
※フォトコラージュ…既存の写真を切り取り、貼り付けて新たな作品にする技法。

あふれる想いを形に~フォトコラージュとの出会い

岡上淑子(1928-)は高知県で生まれ、3歳から東京で育ちました。1941年に東洋永和女学校(現・東洋英和女学院)入学、戦時下における繰り上げ卒業(1944年)を迎えるなど、思春期が戦中の時代にまるごと当てはまってしまったことは、後の作品制作に大きな影響を与えたと言えるでしょう。終戦後、1946年に恵泉女学園高等部家事科に進み小川服装学院を経て1950年に文化学院へ入学し、この学び舎でフォトコラージュと出会いました。岡上自身が語る当時の心境は…
「あふれる様に湧いてくる空想や、夢や、ストーリーを何か形にしたくてもどういう方法をとっていいか分からなかったのです…」(美術手帖 1953年3月号)
このような気持ちでいた時に出会ったコラージュ…さまざまなモチーフをちぎり絵のように組み合わせる技法に出会い、岡上はよろこびを見い出したのです。「手と鋏と無意識」によって紡がれた作品の数々は、「自分の夢にふさわしいものを」LIFEやVOGUEなど海外のモード紙から切り抜いて、思いのままに貼り付け、コラージュに生まれ変わりました。岡上の才能は日本のシュルレアリスムの先導者・瀧口修三に見いだされ、その後押しと影響の元で制作を続け、1953年タケミヤ画廊(東京)での個展へと繋がり一躍注目を集めます。

女性の苦悩を描いた作品《海のレダ》

1953年は個展により注目を集め、『アサヒグラフ』や『美術手帖』などに記事が掲載され、同年12月には、東京国立近代美術館で開催された展覧会に瀧口の推薦で作品が出品され、更に話題を呼びました。記事に綴られた岡上の言葉を拾ってみましょう。
「『海のレダ』は、私の一番好きな作品です。女の人は生まれながらに順応性を与えられているといいますが、それでも何かに変わっていく時にはやはり苦しみます。そういう女の人の苦悩をいいたかったのです。」(美術手帖 1953年3月)
《海のレダ》は、大海原を引き裂くように白鳥と女性が一体となって進み行く姿が印象的な作品です。白鳥は波を立てずにすーっと進むのが常ですが、この作品では水面下での勢いをそのまま表面に描いているにもかかわらず、女性はポーカーフェイスであるのが逆説的であり、画面構成はシンプルであるがゆえに印象的です。この作品に対峙した時、私はそこに深い悩みや苦しみの中にいた頃の私自身をの姿が重なる想いを感じました。悩める多くの女性に見てほしい作品の一つです。

表現者としての選択

その後もフォトコラージュの活動を数年続けましたが、1957年、岡上は結婚を機にフォトコラージュから離れました。結婚後は日本画やデッサンの制作に親しみ、表現を続けてはいましたが、美術の表舞台から姿を消したのです。女性の多くがそのような決断をしていた時代でしたが、まずなにより岡上自身が自ら選んだことでした。作家であることに執着がなかったのではないか、と言われています。しかしながら作品《花嫁》を見ると、女性と結婚についての無意識の葛藤が垣間見えるように感じます。大きな工場の中に一人佇む花嫁、その両脇にはふたつの手があります。その手は束縛と解放の両方を表わしているようにも、花嫁が手を乗り越えて遠ざけているようにも見えます。見る者の心次第でとらえ方が異なることでしょう。「手」は岡上にとって欠かすことのできないモチーフであることは他の作品を見ても伝わってきますが、この作品の「手」はどんな意味をもつのでしょう。

コラージュの持つ力

結婚生活、子育て…長い沈黙の後、岡上のフォトコラージュが再評価されるきっかけとなったのは、「1953年ライトアップ―新しい戦後美術像が見えてきた」展(1996年 目黒区美術館)へフォトコラージュが4点出品されたことです。4年後の2000年には、44年ぶりの個展「岡上淑子フォト・コラージュ―夢のしずく―」(第一生命南ギャラリー)が開催されました。その後も2007年をのぞきほぼ毎年、国内外を問わず、どこかで岡上のフォトコラージュが出品されました(個展含む)。齢70を過ぎてからの再評価を、岡上自身がどのように感じているのでしょう。
「日常の生活を平凡に掃き返す私の指から、ふと生まれましたコラージュ。コラージュ―他人の作品の拝借。鋏と少しばかりの糊。芸術と申せば何んと軽やかな、そして何んと厚かましい純粋さでしょう。ただ私はコラージュが其の冷静な解放の影に、幾分の嘲笑をこめた歌としてではなく、この偶然の拘束のうえに、意思の象を拓くことを願うのです。」(「ぴ・い・ぷ・る」『藝術新潮』1956年7月号)
表舞台から退く前、まだ20代の頃の言葉ではありますが、これらの言葉から芸術家を目指したのではない、表現をしたかっただけ…という、なんとも純粋な姿勢が伝わって来ますね。再評価についても、純粋に作品が誰かの元で「意思の象を拓くこと」のみを願っているのではないかと筆者は思っています。
何をしたいのか、何ができるのか…悩み多き現代社会を生きる多くの方々に、唯一無二の作品が放つ、内に秘めた情熱を感じてほしい、と純粋に思うのです。

展覧会概要 他

*会期 2019年1月26日~4月7日まで(内、観桜期間に夜間開館あり)
*展示 本館(旧朝香宮邸)、新館・ギャラリー1
*関連プログラム
2/22 担当学芸員によるギャラリートーク(申し込み不要)
3/21 講演会「岡上淑子の視覚世界」 講師:神保京子(2/21~web申し込み)
※詳細はリンクサイトよりご確認ください。

【出典・引用】
東京都庭園美術館 展覧会プレスリリース
岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟 展覧会カタログ


トップにもどる tenki.jpサプリ記事一覧


続きを読む


関連記事関連記事
このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい