“障がいのある方に大好きなスキーを伝えたい”をコンセプトにスタートした「障がい者スキースクール・ネージュ」。校長として、“impossible”という言葉にある意味、洗脳された障がいのある方々を“I'm possible”に誘導すべく奔走してき20年。そしてようやく、障がいのある方がどこでも当たり前のようにスキーができる環境づくり、という第二幕が幕を開けました。

当たり前のことができないという現実を知って

“障がいのある方に、私が大好きなスキーをお伝えする”。これが、「障がい者スキースクール・ネージュ」校長を務める、私の冬のお仕事です。
大学を卒業し会社に入り、スーツを着てネクタイを締め、満員電車に揺られていた20年前。一生懸命働きながらも、どこか物足りなさを感じて過ごしていた毎日。そんなとき、当時働いていた会社がサポートした知的障害のある方の演劇に、会場ボランティアとして参加。「公式に会社が休める」という極めて不純な動機からでしたが、そこでお話した障がいのあるお子様の介助者の方の言葉が、いまの仕事に繋がります。
「健常者は、ごく当たり前に、今日にでもチケットを買ってここに来られる。でも、この子たちは何ヶ月も前から下調べをし、準備をし、結果それでも来られないこともある。これが障がいのある人を取り巻く現実です」
自分が当たり前にできていることができない人たちがたくさんいることを、今まで知りもしなかった自分に大きなショックを受けました。言われてみれば、たしかに、自分が好きなスキーでも、障がいのある人を見かけることは少ない、好きなスキーを伝えることがしたいという想いを抑えることができなくなっていく自分がいました。半年後には会社を退職し、湯沢にやってきました。「どうやって食っていくのだ? 無理だろ」と、周囲はみんな反対し、驚かれたものです。確かにたいへんでしたが(笑)

impossibleからI'm possibleへ

いまでは、スキーの仕事のほうが長くなりました。毎冬延べ150名ほどのあらゆる障がいのある方とスキーを楽しみます。知的障がい、視覚障がい、車椅子常用、下肢障がいなど、十人十色みんな違う障がいです。
そんななか、彼らを取り巻く環境で一番気になることが「できない、無理、できるはずがない」という言葉です。毎日同じことを言われ続ければ、人は“洗脳”されてしまいます。先天性の障がいがあっても物心のつきはじめは、自分ではあれもこれもできないなんて考えていません。周りの言葉で“impossible”(不可能)だと思い込まされてしまうのですね。
スキーは、本人も周囲も恐らくもっともできないと思うであろうアクティビティのひとつです。でも、それは周りが決めつけたことに過ぎません。一歩踏み出す勇気、ほんの少しの工夫、適切な器具の選択と調整があれば必ず可能です。
できることが前提で、客観的にできること、本当にできないことを見極めるところからスタートします。できることは最大限に伸ばし、本当にできないこと、不得意なことは器材やスタッフがカバーします。車椅子常用で立位スキーをすることができなければチェアスキーを、視覚に障がいがあれば、スタッフが目の役目をカバーすればよいのです。
“impossible”(不可能)だと思いこんでいたことが、少し見方を変え、手を加えるだけで、“I’m possible”(私は可能)に変化する瞬間です。

笑顔がもたらしてくれる夢

私は、スキーを通して、「障がいがあってもできることはたくさんあるのだ」ということを本人や周囲が体感し、考えが変わり、別のことにもチャレンジしてくれるようになってくれたら、一番うれしいと思っています。
できないと思いこんでいたことができたとき、“笑顔”になります。決して作っていない、心からにじみ出る“笑み”です。“笑顔”は人に“希望”を生みます。今まで、無理だと決めつけていたことも、もしかしたらできるかも知れないという前向きな心になります。
“希望”が生まれれば、やがて“夢”を抱くようになります。“夢”は、普段の行動を能動的に変えてくれます。海外にスキーに行くという夢のために、リハビリに積極的になったり、仕事も一生懸命になったり。たかがスキー、でもこんなパワーがあるのですね。

“自分がやる”から“環境をつくる”へ

「障がい者スキースクール・ネージュ」は設立から12年目。湯沢中里スノーリゾートを会場に、最初の10年は無我夢中で自分たちが現場で動いてきました。しかし、これからは、次の世代にこの仕事をきちんと引き継いでいく必要があると考えています。
そのために2017年から、舞子スノースクールと提携を組み、舞子スノーリゾートで「障がい者スキープログラム」をスタートさせました。2018年からはムイカスノーリゾートでも同様のプログラムを展開します。いつか、障がい者専門スキースクールはなくなってもいい存在になってほしい。どこに行っても、当たり前に障がいのある人がスキーを楽しめる環境を作っていきたいと考えた第2ステップです。
スタートしたとき、周りから「食っていけない。無理」と言われた私。その私が、やってくる障がいのある人に「無理なんかない」と言い、伝えてきた「一歩を踏み出す勇気と、ほんの少しの工夫の必要性」。
今度は私が実践するときがやってきたなと感じます。
でもきっと大丈夫。impossibleは実はI'm possibleだから! さあ、雪の季節がやってきました。今年はどんな笑顔に会えるかな?

稲治大介
障がい者スキースクール・ネージュ校長
1966年8月26日生まれ。大阪府大阪市出身、神戸学院大学卒業。カナダ身体障害者スキー協会指導員。株式会社スマイルリゾート アウトドア&ユニバーサルマネージャー。2006年から障がい者スキースクール・ネージュ校長として活動。2017年よりスマイルリゾート各リゾートに障がい者スキープログラムの展開を開始している。