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華やかで巧みな文体で、耽美主義とも浪漫的な幻想文学とも形容される、独自の世界を描いた作家・泉鏡花。1873(明治6)年11月4日石川県金沢に生まれ、1939(昭和14)年9月7日東京は麹町で亡くなった鏡花は、尾崎紅葉に師事した影響もあり、俳句も多く創作しています。小説では難解に思われることもあるその作風ですが、気軽に愉しめる俳句の一部をご紹介して、改めて鏡花ワールドの情緒に浸ってみましょう。

秋海棠
秋海棠

ナマモノ嫌いの潔癖美学

まずは、鏡花忌を詠んだ句から。

・雷嫌ひなりし鏡花の日の雷雨
〈黒田桜の園>

ユーモラスな句ですが、鏡花が嫌いだったのは雷だけではありません。極度のナマモノ嫌いの潔癖症で、刺身、酢の物はもってのほか、持てないほど熱く燗したお酒しか飲まず、大根おろしや果物まで煮て食べたそうです。出不精だったのも、犬に噛まれて狂犬病になるのが怖いことが一因だったとか。その一方で兎グッズを集めていたほか、文字の印刷してある物は絶対に粗末に出来なかったなど、ユニークなエピソードも有名です。
鏡花の著書の装幀を数多く担当した小村雪岱(せったい)は、この潔癖美学を貫いた鏡花を、「神経質の反面、大変愛嬌があった」と語ります。鏡花の生活様式の全ては、「香り高い芸術家」として「天才の名にそむかぬもの」であったと、愛情たっぷりに思い起こしているのです。この2人によって、『日本橋』などの美しい本が生まれました。

金沢の泉鏡花記念館
金沢の泉鏡花記念館

浪漫主義のお化けマニア

日本の伝統美を作品で表現しながらも一方で、鏡花は大の幽霊好きで、いわばお化けマニアでした。その点で気が合った柳田国男を「郷土学の総本山、内々ばけものの監査取りしまり」と称して、同志としても楽しく語りあい、交流を続けました。そんな鏡花の俳句は妖美な輝きをもつ一方で、土俗の根も大切にしています。そんな重層的な視野が、今もますます鏡花への人気が高まっている背景と言えるでしょう。
それでは、鏡花の四季の句を並べてみます。
《春》
・朝起きのゆふべは花の闇なりき
・腰元の斬られし跡や躑躅咲く
・絶壁に瀑のきらめく新樹かな
・春の海ゆらりと舟に乗り給へ
・白酒の酔ほのかなり絵雪洞

雪洞は、登山で露営のために雪中に掘る穴を意味する「せつどう」の場合もありますが、絵が付く雪洞の場合は、ひな祭りなどに使う「ぼんぼり」となります。

金沢 主計町茶屋街
金沢 主計町茶屋街

幽玄なる能も、彷徨う心地の俳諧も

《夏》
・客有りやレモン白玉夏氷
「カワイイ」の元祖のよう。鮮やかな色彩が目に浮かびますね。
・細瀧や夏山蔭の五層楼
・暑を避けてよき人おはす蜑か宿
「蜑」は、海人(あま)の意。「蛋家(たんか)」で、水上生活者を指すようです。鏡花の作品に、水中幻想的モチーフが多いことも思い出します。
・をくれ気(げ)やおはぐろとんぼはらはらと
「をくれ気」という文字遣いにしていますが、平仮名がふわふわ漂うような空気感。ちなみに「はぐろとんぼ」は、小川の水面近くをゆるやかに飛ぶ羽の黒い蜻蛉のことで、夏の季語です。
・梅若が声つくろひや衣更(ころもがえ)
梅若は、能のシテ方の一派の能役者。鏡花の母方は能楽師の一族で、鏡花は能と深い関わりの中で育ち、幽玄の世界を『歌行燈』などの小説群に、色濃く反映させています。能のみならず、金沢の俳人、立花北枝と芭蕉の俳諧が並ぶ出だしから始まり、「川裳明神縁起」という女神信仰を重ねて行く、『河伯令嬢』という短編もあります。文化も芸能も、自在に編む鏡花です。

はぐろとんぼ
はぐろとんぼ

秋の夜長には、香り高い文豪の異界へ

《秋》
・雨だれにきりぎりすなく日中哉
・門内は月に白菊ばかりなり
・山伏の篠山超ゆる初あらし
・杣(そま)老いて松茸山を守るかな
・中庭や秋海棠(しゅうかいどう)の日に疎き

丹波篠山は、役行者を開祖とする修験道の地。杣の意味は、材木や、材木を切り出す山のこと。秋海棠の花の句は、「疎き」によって、物語のような余韻が残響しています。

《冬》
・鴛鴦や雪の柳をすらすらと
・艶なるに子啼き寄る炬燵かな
・初冬の狐の声と聞こゑけり
・蔵前や師走月夜の炭俵
・みちゆきとかけおちとあり冬の月
・音もせで逢ふ夜は雪の暖さ

しんとした冬の世界は、鏡花の真骨頂。そして動物が登場するのは、幽霊と同じく、重要な配役だからでしょう。柳田国男とは、猫の話でも盛り上がっていたようです。耽美な中にも、時に優しく語りかけるような鏡花の感受性は、よく言及されているように、原体験的な母性憧憬からのものかもしれません。改めて、秋の夜長には、鏡花文学の異界にしばし浸ってみましょうか。

【句の引用と参考文献】
『新日本大歳時記 カラー版 秋』(講談社)
『カラー図説 日本大歳時記 秋』(講談社)
『新編 泉鏡花集  別巻1』  (岩波書店)
泉 鏡花・柳田国男・芥川 龍之介(著)東 雅夫(編)『河童のお弟子』(筑摩書房)