蓮池に雨繁くなる慈雨愛雨ー俳句歳時記を楽しむ

2018/08/02 11:00

8月2日から、七十二候の一つ『大雨時行(たいうときどきふる)』となります。二十四節気の大暑の末候にあたり、ときどき大雨が降る時季を表しています。集中豪雨や台風の被害が拡大している昨今、思い当たる節のある呼び方かもしれません。今後の雨による被害が拡がらないことを祈りつつ、歳時記の世界で、人々が夏の雨に込めた思いを探ります。

大夕立金輪際を響かする 猛暑が続く日々ですが、暦の上では晩夏。雨関連の季語といえば、梅雨がぶり返したように雨が降る意味の「返り梅雨」「戻り梅雨」。炎天や旱(ひでり)の解消を期待する、「雨乞い」「祈雨」「喜雨(きう)」。旱(ひでり)や干ばつの中で雨を乞い、雨を祈って待ちに待った恵みの雨は、「慈雨」「雨喜び」とも表現されます。 そして初夏・仲夏・晩夏と夏全体の雨の季語については、「夏の雨」をはじめ、お馴染みの「夕立」、夕立と同じく盛夏の俄か雨を意味する「驟雨(しゅうう)」、そして夕立とペアのイメージが定着している「雷」など、江戸から現代まで多様な句が並びます。 ・大夕立金輪際を響かする 〈中島月笠〉 ・大夕立来るらし由布のかきくもり 〈高浜虚子〉 まずは、大きな視界の句から眺めます。大夕立は「おおゆだち」と読みます。由布は、大分県の由布(ゆふ)岳。俄かに真っ黒な夕立雲に包まれて行く、進行形の俳句です。
地下鉄道驟雨に濡れしひと乗り来る 夕立の句が続きます。白雨(ゆふだち/はくう)、夜立(よだち)とも表されます。春にも驟雨がありますが、こちらは春驟雨として区別されています。「驟」は、(馬が)速く走る、にわか、突然の意味。木々の青葉を叩く急な驟雨は涼を呼び、いかにも夏の雨の風情です。 ・法隆寺白雨やみたる雫かな 〈飴山實〉 ・夕立や鵞の声白く池暗し 〈幸田露伴〉 鵞(が)とは、ガチョウのこと。幸田露伴が、不忍池あたりを散歩していたのでしょうか。「白」が続きますが、確かに夏の夕立では、辺りが無彩色に一変しますね。 ・夕立に走り下るや竹の蟻 〈丈草〉 ・夕立が洗っていった茄子をもぐ 〈種田山頭火〉 ・地下鉄道驟雨に濡れしひと乗り来る 〈山口誓子〉 ・高原驟雨真鯉のような青僧侶 〈穴井太〉 誰もが一度は急な雨に慌てて、走って雨宿りした経験があることでしょう。夕立の句では、ミクロな焦点の蟻や茄子や人にも、リアルな実感が伴います。
八雲立つ出雲は雷のおびただし 雷や稲妻は、発達した積乱雲の内部で引き起こされる放電現象。雷鳴を伴い、局地的に激しい雨や雹をもたらします。晩夏や初秋に多く、歳時記では雷は夏、稲妻は秋に分類されます。雷は夕立に伴うもので、轟き渡る音が涼味を想起させます。一方、稲妻は空を走る光で、文字通り稲に実りをもたらすもの。区別し易いです。 ・雷に茄子も一つこけにけり 〈涼菟〉 ・雷に小家は焼かれて瓜の花 〈蕪村〉 江戸の句は、視線がやさしい。作物に実りをもたらす雨や雷との関係も、現在とはいくぶん異なっている気がします。 ・迅雷や草にひれふす草刈女 〈西山泊雲〉 ・夜の雲みづ~しさや雷のあと 〈原石鼎〉 ・八雲立つ出雲は雷のおびただし 〈角川源義〉 最後の句は、地理条件から、常に雲が湧き立っている出雲での雷。本歌取りのほか、雲や雷がリズミカルに並び、視覚にも訴えます。
夏ならではの花火と雷
夏ならではの花火と雷
さて、各地の公園で、蓮の見頃が続いています。泥の中から伸びて夜明けに咲き、昼前に萎む美しい蓮の花。仏教では極楽浄土や涅槃の境地を象徴する、神聖な存在です。地下茎の蓮根や種子は食用になるほか、蓮の葉に見られる優れた撥水性はロータス効果と呼ばれ、製品開発にも応用されています。 そんな神秘を秘めた蓮の葉から、水玉となって転がる水滴。やはり晩夏の季語でもある蓮の花は、夏の雨と相性が良いのです。 ・草市ヤ雨ニ濡レタル蓮ノ花 〈正岡子規〉 ・紅蓮白蓮咲き立つ雷雨の後の息 〈赤尾兜子〉 ・蓮池に雨繁くなる慈雨愛雨 〈山口誓子〉 季重なりも味となり、雨の香りがまるで漂うかのように、蓮の花、転がる水滴、けぶる一帯の光景が浮かびます。まだまだ油断のならぬ、夏の雨。立秋に向かう今後の雨も、まさに蓮に降り注ぐ慈雨のように、やさしさに満ちていて欲しいものです。 【句の引用と参考文献】 『新日本大歳時記 カラー版 夏』(講談社) 『カラー図説 日本大歳時記 夏』(講談社) 『第三版 俳句歳時記〈夏の部〉』(角川書店) 『角川俳句大歳時記「夏」』(角川学芸出版) 『読んでわかる俳句 日本の歳時記 夏』(小学館)

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