さくらんぼ、スイカ、ぶどう、メロン、ビワ……さまざまな旬の果物が店頭に並びますが、日本を代表する果物は?と問われれば、やはり「みかん」ではないでしょうか?
冬の風物詩「こたつにみかん」は、もうひと昔前のものになってしまったようですが、あの温かな色味、形、感触に、ほっこりとした懐かしさを感じさせられます。
みかんは11月から2月頃が旬の果物ですが、冷凍みかんが出まわるのは6月から9月。ちなみに初めて冷凍みかんが販売されたのは1955年、小田原駅のキヨスクでした。
── 今回ご紹介する落語は、冷凍みかんなど思いもつかない時代の若旦那のお噺です。「真夏にみかんが食べたい!」と病気になってしまった若旦那を見かねて周囲がとった行動とは?

暑い季節に食べる冷凍みかん……。乙(おつ)ですねぇ
暑い季節に食べる冷凍みかん……。乙(おつ)ですねぇ

思いがかなわない心の病? 床に伏せる若旦那を心配した番頭は?

落語によく登場する「若旦那」とは、今でいうなら「坊ちゃん」「御曹司」「プリンス」といったところでしょうか? お金持ちの家に生まれ、親に大事に大事に育てられた苦労知らずで世間知らず……という人物像が落語では定番です。
「千両みかん」は、日本橋の大きな商家の若旦那が、病の床についているところから始まります。
親が息子の病状を心配して八方手を尽くすも、病は重くなるばかり。医者が言うには、「病のもとは、なにか思いこんでいることが原因だと思われるので、それをかなえてあげたら治るだろう」
今で言うなら「心の病」でしょうか。お年頃の若旦那、何か悩みがありそうです。そこへ白羽の矢を立てられたのが番頭です。
「倅(せがれ)の胸のうちを聞くにしても、わたしが聞いたら恥ずかしがって言わないだろうし、おまえさんなら倅とは幼い時から仲良しだから、ひとつ聞いてくれないか?」
忠義な性格の番頭は、何か思いつめていることがあるのでは……?と若旦那に聞いてみたところ、
「実はなあ、番頭さん、笑っちゃあいやだよ」
「いえ、めったに笑いません。へえ……」
「いやあ、やっぱりよそう。それが言えるくらいなら、なんにもこんな苦しいおもいをするこたあない……このまま言わずに死んでいきたい……」
滅相もないことを言い出す若旦那。番頭が、決して口外せず、自分ひとりの胸にしまっておきますから……と言って、ようやく聞き出したのが……、
「……艶(つや)のいい、ふっくらとした……」
「へえ、わかりました。……わたしにおまかせなさいまし。どこの娘です? 」
「若旦那は恋の病」と思い込んでいる番頭に、「わたしのほしいものは、女じゃあないよ」
「へえ?」
「みかん」
艶のいい、ふっくらとしたみかんが食べたくて病気になってしまった、と言うではありませんか!

みかんが食べたくて食べたくて、病気になってしまった若旦那……
みかんが食べたくて食べたくて、病気になってしまった若旦那……

番頭は、みかん求めて真夏の町を駆けずりまわることに……

若旦那はみかんに恋わずらい……していたのか! すこし安心した番頭は、「みかんぐらいならお安いことです!」と、若旦那に安請け合いします。
早速、「若旦那の病のもとはみかんでした」と主人に報告すると、「土用の最中に、どこを探したって、みかんなんぞ、あるわけがない」と主人。
冬場ならいざしらず、夏の盛りにみかんとは……。番頭が後悔しても後の祭りです。
「みかんの出盛りまで、とても倅の命はもちますまい……かといって、いちど請け合ったものを“ない”と言ったのでは、一時にがっかりして死んでしまうにちがいない」
そうなれば……「主殺しということで、町内引きまわしの上、逆はりつけだ」と、主人は番頭を脅します。脅された番頭は気が気ではありません。そこで番頭は、暑い盛りにみかん求めて走りまわります。
「若旦那、一人でなく、主殺しのかどであたしまで、二人の命なくなっちゃう……」
途方に暮れる番頭に、ようやく希望の光が……。
神田の市場に「万亀」というみかん問屋があり、そこなら、みかんが手に入るかもしれないと聞きつけたのです。そうして、ようやく「万亀」に一つだけあったみかんは……、
なんと、千両!
今の貨幣価値に換算すると(江戸時代のいつにあたるのかで)幅がありますが、「千両役者」という言葉もある通り、数千万から…ひょっとすると「億」……!? とにかく、とんでもないお値段であることは間違いありません。
「みかん一個が、千両……!」
ぶっ飛んだ番頭、店に帰って主人に話したところ「千両で倅の命が買えれば安い」と、目の前に千両箱をドンと出されて、番頭、腰を抜かしてしまいます。
なんともはや、親の愛……ですね。

千両箱(イメージ)
千両箱(イメージ)

ひと房(ふくろ)百両のみかん食べて、若旦那は元気を取り戻したけれど!

「若旦那様、お望みのみかんですよ。さあ、どうぞ」
「あーあ、本当にいい型をしたみかんだ、艶といい、ふっくらとした様子といい……」
若旦那に「むいておくれ」と言われて皮をむく番頭。
「これが千両……ああ、房(ふくろ)が、ひい、ふっ、みい、よう……十房ございます。すると、ひと房が、百両ッ?」
番頭、目をむかずにはいられません。一方、無邪気に喜ぶ若旦那、
「おとっつあん、おっかさん、ちょうだいします……ああ、おいしい、ああ、おいしい」
「あっ、百両、あっ、二百両……三百両、あっ、四百両……五百両っ……」
「ああ、おいしかった。たいしたもんだ、急に体に元気がついてきた」
元気を取り戻した若旦那は、十房のうち残ったみかんの三房を、父親と母親、そして番頭にあげるから、食べておくれと言うのです。このくだり、若旦那育ちのよさがうかがえます。
一方、両親ばかりか、使用人の自分にまで百両もするみかんの房を惜し気もなくくれるという若旦那に、番頭は感謝、感激してしまいます。
盆の上に捧げるように三房のみかんをのせて、番頭は梯子段(はしごだん)を降ります。
三房のみかんは三百両……。9歳からこの店に奉公してこの先百歳まで奉公しても、三百両なんて大金は手に入ることはない。番頭は、みかんを三房もって逃げ出します。
この若旦那のためなら一生、身を粉にして働こう!という落ちかと思えば、さにあらず……。三房をもって逃げ出すあたりに落語ならではの「人間の業」がうかがえるリアルさに思わずニヤリとしてしまいます。

── ミドルエイジの方であれば、新幹線に乗った際に旅のともとして冷凍みかんを食べた経験をもつ方も多いことでしょう。でも、最近は冷凍みかんを目にする機会が減りましたよね。
落語「千両みかん」に触れて冷凍みかんを食べたくなった方は、東京駅の八重洲南口の売店「NEWDAYS」に行ってみては? おしゃれな紙箱入りの冷凍みかん(3個)が販売されています(そうそう、いまどきの冷凍みかんには皮がないそうですよ)。
とはいえ、冷凍みかんを入手するのはとても困難なので、番頭さんのように真夏にみかんを探して走りまわることがないよう、気になる方は東京駅にお立ち寄りの際にぜひ購入を! じっとりと蒸し暑いこの季節、落語「千両みかん」をたのしみながら冷凍みかんを味わうのも、なかなか乙(おつ)なものではないでしょうか。

夕刻の東京駅八重洲口グランルーフ
夕刻の東京駅八重洲口グランルーフ