ホタル・神秘の光の秘密とは?七十二候「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる) 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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ホタル・神秘の光の秘密とは?七十二候「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)

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水田を舞う幻想的な光

水田を舞う幻想的な光

ゲンジボタル

ゲンジボタル

ヒメボタルの乱舞

ヒメボタルの乱舞

6月11日より、芒種の次候「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」となります。「腐った草がホタルに化身する」といった意味。本朝七十二候ではめずらしくファンタジーな表現で、はっとなりますね。
古くはホタルには「朽ち草」「腐草」「草化」といった別名があり、朽ちた草がホタルの、あるいはホタルの放つ光のもとである、という考えは根強く信じられてきたためです。なぜ腐った草がホタルになるのでしょう?

江戸時代初期には「ホタルは腐った草が蒸されて生じる」と思われていた

「腐草為蛍」は、貞享暦以来、本朝七十二候の芒種次候として設定されています。といってもオリジナルではなく、宣命暦の大暑初候(7月末頃)から、芒種次候に移植されたものです。これは日本では、世界的に珍しい水生ホタルが主要種であり、優美な光で知られるゲンジボタル(Luciola cruciata)が6月、里山水田環境に大きく依存し、かつてはコメボタルと言われるほど水田につきものだったヘイケボタル( Luciola lateralis)が7月ごろから、成虫が光を放ちながら飛び交い出し、梅雨時からホタルの季節に突入すると言う特異な季節感、風土をもつゆえに、中国では晩夏の候だったものをこの時期に移したのです。
ところで貞享暦編纂者の渋川春海は合理主義者で、本朝七十二候では宣命暦七十二候に見られる空想的な候や重複した候を廃した、ということは以前にも何度か書きましたが、その中にあって「腐草為蛍」を残しました。これは、春海が「腐った草がホタルになる」のを空想ではなく、事実だと考えていたからです。現代人の私たちにはバカらしい迷信と感じられるのでしょうが、江戸時代前期にはそう信じられていたのです。何しろ地上で光を放つものといえば火くらいであり、火は熱を持つ。熱を持たずに妖しく輝くホタルの尾光は発光は、昔の人々には、不可解以外の何者でもなかったはずです。江戸後期にもなれば「電気」の存在が知られ始めますが、それすらも知られていない時代です。
室町時代の1444年ごろに成立し、元和3 (1617) 年に刊行された百科事典「下學集」(東麓破衲《とうろくはのう》)の「氣形門」の項目に、
「腐草化成螢者也。」
とあり、当時の権威ある文献には軒並み堂々と腐った草がホタルになる、と書いてあるのです。渋川春海も実際そうなのだろう、普通の昆虫とは別の、特殊な生成をするものなのだろう、と考えていたとしても致し方ないでしょう。

精妙!ホタルの光る仕組み

しかし、それも時代が下り、江戸後期ともなると知識人の認識も変化していきます。「七十二候鳥獣虫魚草木略解」(1821年/文政四年)の中で春木煥光は、
蛍ハ和名鈔ニホタルト云 今ハ轉誂シテホタロトス 大中小三品アリ 皆水蟲ヨリ羽化スルモノナリ 腐草ノ化スル者ナラズ 大和本草ニ陰湿ノ気アルモノハ皆夜有光 腐草モ亦夜光ト云フ
と記しています。実に多くの示唆に富み面白い箇所です。
まず、この煥光の文章は、小野蘭山の「本草綱目」の講義筆録「本草綱目啓蒙」(1803年)書中の「凡螢は夏は初油菜科を刈の候、多く出大中小の三品あり。皆水蟲より羽化して出夏後卵を生して復水蟲となる。腐草化して蛍となるに非ず。」からの転載ですが、つまり江戸時代も19世紀に入ると、次第に科学的・合理的なものの見方が普及し始め、江戸前期の頃とは変化してきていることがうかがえるのです。「七十二候鳥獣虫魚草木略解」が刊行された文政四年は、あの伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図(だいにほんえんかいよちぜんず)」が完成・幕府に献上された年。正確な測量技術と天文の知識により、「科学」が本格的に根付いた時代であることがはっきりと見て取れます。
そしてなぜ腐った草がホタルになると考えられてきたのかについての解釈についても書かれています。「陰湿」の気は夜になると光を帯びるようになる、ゆえにホタルの光も陰湿な腐葉土の中から生じるものなのだと考えられていた、と言うことがわかります。これは歴史的に日本人が夜に光る星を陰湿で不吉なものとして忌み嫌っていた意味も理解でき、興味深いものです。
ただし、過去の迷信について間違いであると指摘していても、ではなぜホタルが光るのか、について何か新説が提示されているわけではなく、一切ふれていないこともおわかりいただけるでしょう。当時でもホタルの光る仕組みについては皆目わかっていなかったわけです。
何しろ、ホタルの光は酸素にルシフェリンと呼ばれる化学物質が反応して発光するらしい、と解明したのはつい60年ほど前のこと。しかし、それも普通に酸素とルシフェリンを化合させても光は生じないためはっきりしたメカニズムは不明でした。2015年になりようやく、化合する酸素はスーパーオキシドアニオン(superoxide anion O2−)という特殊な活性酸素の形態であることがつきとめられました。活性酸素と言うと、生体の老化や損傷を引き起こすものとして有名ですが、スーパーオキシドアニオンはそうした毒性はなく、酸素が通常の酸素分子よりも余剰な電子を1つ持った状態で、電子は一対(二つ)になることで安定しますが、一つであるため(不対電子)にその電子が遊離しやすい状態になっています。酸素原子が外部から大きなエネルギー作用を受けると、原子核の周囲の電子が一瞬、励起(れいき)と呼ばれる移動現象を起こします。そして、元の軌道に戻る際に原子が受けたエネルギーが光子に変換され放出します。この現象を励発(れいはつ)と言います。ホタルはホタルルシフェラーゼと言う発光酵素とマグネシウム、そしてスーパーオキシドアニオンの作用によって、極めて効率よく光を放出するシステムを持っていることがわかったのです。

江戸時代、謎の第三のホタルがいた?

「七十二候鳥獣虫魚草木略解」には、ホタルには大中小の三種類がある、とも書かれています。そして、それらに特に決まった名がついていなかったこともわかります。そう、今私たちが普通に呼び習わしている「ゲンジボタル」「ヘイケボタル」という名前は、アメリカ総領事・ハリスが来日した安政3(1856)年に刊行された「蟲譜圖説」(飯室庄左衛門)に初出の名前で、それ以前にはそうした呼び名はついていなかったのです。
島嶼の特定地域に産する種をのぞいて本土の多くの地域で見られるホタルというと、先述したゲンジボタル、ヘイケボタルの二種が知られますが、ここでは大中小三種類いると書かれています。「大」にあたるのが日本産で最大種のゲンジボタルなのは疑いはありませんが、後の「中」と「小」については、そのどちらかがヘイケボタルだとして、もう一種は何なのでしょう。森林に生活するヒメボタル(Luciola parvula)も全国に生息しますが、ヒメボタルの幼虫は陸生で、「皆水蟲ヨリ羽化」という記述に当てはまりません。
日本には約50種のホタルの仲間が生息していますが、そのほとんどは陸生で、水生のホタルはゲンジボタルとヘイケボタル、そして近年の1993(平成5)年に沖縄県久米島で発見されたクメジマボタルの三種類しかありません。クメジマボタルを江戸時代の人が知らなかっただろうと考えると、「大中小の三種の水生ホタルがいる」という記述は、大きな物議をかもす記述なのです。三つの可能性が考えられます。
1.江戸時代の観察では、陸生のホタル(たとえばヒメボタル)を水生と勘違いしていた。
2.クメジマボタルは江戸時代には本土全域に生息していたが、今では沖縄地方を除いて絶滅した。
3.江戸時代以前に、現在では知られていない別種の水生ホタルがいた。
1がもっとも可能性は高いと思われますが、2や、また3だったとすると、大きくロマンが広がる話です。もしかしたら、日本には、知られていないホタルが近世まで生きていたことが、判明する日が来るかもしれません。そしてもしかしたら今も、どこかにその第三のホタルが生きているのかも?
日本のホタル狩りシーズンは、ゲンジボタルを皮切りに実は秋の刈り入れ時まで継続します。人工的に放流されたホタルイベントもいいのですが、「こんなところに?」と驚くような片隅に、自然のホタルは生きています。そうしたホタルの美しさはまた格別なもの。電灯のない暗い場所にしか生存しませんから、足元に気をつけて探しにおでかけしてみてはいかがでしょうか。


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