ゴールデンウイーク真っただ中。カレンダー通りの人であれば明日から4連休とあって、観光地はもちろん繁華街の大混雑が予想されます。でも「人混みに出かけるのは避けたいので、近場で楽しもう……」と、寄席に出かけて落語を聞く方も多いかもしれません。そんな寄席で、必ずと言っていいほど、演じられるのが定番中の定番「時そば」です。冬が舞台の噺(はなし)ですが、今回、あらためてご紹介しましょう。

蕎麦屋にお世辞ばかり言っているが……

江戸時代、夜になると屋台のそば屋が荷を担いで歩いていました。夜泣きそばとか夜鷹そばなどとも呼ばれました。今でいうファストフードです。そば一杯の分量も控えめだったようです。
さて、噺(はなし)は蕎麦(そば)屋の屋台に男が飛び込んできたところから始まります。
注文してそばが出てくると、
── 出てくるのが早いねえ。割り箸を使っていて清潔だ。いい丼を使ってるじゃあねえか。鰹節をおごっていてダシがきいていらあ。そばは細くて腰があって、竹輪は厚く切ってあるねえ──と、蕎麦屋にお世辞ばかり言っています。

屋台の蕎麦屋は「二八そば」とも呼ばれた
屋台の蕎麦屋は「二八そば」とも呼ばれた

数字のマジック? そば屋をだましてお金を払って……

食い終わると
「実はほかの屋台でまずい蕎麦を食っちゃった。こりゃあ、口直しに食ったんだ。いくらだい?」
「十六文で」
「ほら、小銭だ。手を出してくれ。それ、一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ…、
で、今、何どきだい?」
「九ツで(今の夜中の12時ごろ)」
「とお、十一、十二……」
とお金を払ってそそくさと行ってしまいます。
そう、わかりますね。 途中で「何どきだい?」と時間を聞いて、巧みに一文ごまかしたのです。

まぬけな男が「オレもやってみたい」というものの……

これをかたわらで見ていた少々まぬけな男、自分でもやってみたくなりました。翌日、夜になるのを待って出かけます。
ところが出くわしたのは昨晩とは違う屋台。昨晩の男と同じようにそば屋にお世辞を使いますが、このそば屋は割りばしを使用していないし、どんぶりは欠けているし、そばも太くて、食感はにちゃにちゃしていて決しておいしくありません。
「まあいいや。いくらだい?」
「十六文で」
「それ、一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ、
今、何どきだい?」
「四ツで(今の夜中の10時ごろ)」
「五つ六つ七つ八つ……」
ということでこの男、少し時間が早かったことで勘定を失敗し、一文多く払ってしまったのです。
江戸時代のものの値段については計算の仕方はいろいろありますが、一文は、現在の貨幣価値に換算すると約20円から30円。夜泣きそば一杯は、300円程度でした。
誰かがうまいことをやっているかたわらにいた浅知恵の男が、自分も!と思ってまねして失敗する……。
こうしたクスッと笑える噺は、落語のストーリーの典型的なパターンです。
── 他愛もない噺と言ってしまえばそれまでですが、何回聞いてもつい笑ってしまう“おかしみ”に満ちた定番中の定番落語「時そば」。GWにポカッと空いた時間があれば、近くの寄席に足を運んでみてはいかがでしょうか。

江戸時代に広く使われた寛永通宝
江戸時代に広く使われた寛永通宝