空気は冷たく、各地で豪雪被害も出てはいますが、昼間の時間が長くなり、梢の木の芽もふくらんで、春が間近に来ているのも確か。スーパーには栽培ものの山菜が多く並ぶ季節となりました。が、フキノトウにしろコゴミ、タラの芽にしろ、山菜は値段が高めなためにそうそう買うこともできないですよね。山奥に行かないと見つからない山菜もありますが、身近な環境に自生する山菜は意外に多く、またただの雑草と思っていたものが実は美味しく食べられる山菜だったりもします。秋といえば木の実とキノコ、といえるように春と言えば山菜。いっせいに萌え出る季節を前に、身近な食べられる野草を予習しておきませんか?

ハハコグサ・草は本来この草で作られていました

ハハコグサGnaphalium affineは、都市部でも普通に見られる在来種の小さな雑草。茎や葉が白い柔毛で覆われ、いわゆるヒスイのような色を帯びています。花は小さな粒のような黄花を数十、房状につけます。「ゴギョウ」として春の七草のひとつにも数えられ、古くから食用にされてきた野草です。現在ではヨモギで作るのが定番の草餅ですが、元々はこのハハコグサを餅に練りこんで作るものでした。
「ゴギョウ」の名は「御形」から来ています。御形とはひな祭りの原型で、子供の身代わりとなる小さな雛流しの人形のこと。中国で厄払いのために三月三日に鼠麹草(そきくそう・ハハコグサのこと)の甘い餅菓子を食べる風習があり、日本にもこの風習が平安時代に伝わり、雛人形にハハコグサを練りこんだ餅を供えるようになりました。依り代の雛人形に供えられる草であることから、「御形」と呼ばれるようになったのです。現代でも菱餅は、緑、白、桃色の三色ですが、緑の部分が、もとはハハコグサの草餅でした。
ハハコグサ=母子草の名は、諸説ありますが、草の形を見てみると、やや茎がよれるように前かがみになり、総花が枝分かれして大きな房と小さな房が出来て、それを人の頭と見立てると、まるで背中にねんねこで子供をおぶった母親のように見えるから、という説が筆者にはしっくりきます。
さて、ハハコグサを食べるときは、灰汁でゆでたあとに水でさらしてアク抜きをしなければ苦みが強く使えませんが、これは環境の悪い都市部などに生えているものの場合で、肥沃で豊かな植生の中ですくすく育ったハハコグサは、むしろ美味しい野草として知られ、貝原益軒の「菜譜」(1704年)にも「いにしへ、三月三日の草餅は此草にて製すること、文徳実録に見えたり。いつの世にか、三月三日の餅は、艾葉(よもぎ)にて製す。今も野人は此草にて餅を作る。味よし」と記されています。ハハコグサ餅、試してみてはいかがでしょうか。

実は立派な野菜でもあるタンポポ、種類を見分けて美味しく

植物に詳しくない人でも知ってる雑草の代表格、タンポポ(蒲公英 Taraxacum)。道端のどこにでも生える生命力の強い野草ですが、フランスなどでは旬の時期にはスーパーの店頭にも並び、ヨーロッパでは食用の香味野菜としておなじみ。特徴のある大きな切れ込みのある葉は、ほうれん草にも似ていますよね。西洋ではこの葉をライオンの鋭い歯列に見立てて、dent-de-lion=ライオンの歯と名づけられました。
タンポポとひとくくりにしていますが、日本国内でも約30種の野生種が知られ、江戸時代には園芸品種も盛んに作られました。
現代の日本では、外来種の西洋タンポポが数多く見かけられ、花期が長いため幅を利かせて目立ちますが、関東タンポポや関西タンポポなどの在来種も実はけっこう自生しています。特に春先の寒い時期は、西洋タンポポよりも在来種の方が寒さに強いので、在来種を多く見かけることが出来ます。もっともわかりやすい見分け方は、黄色い花冠の付け根、「総苞」という緑色の台座のような部分の、茎につながる最下部のうろこ状の外片が、反り返ってひらひらしているものが西洋タンポポ、外片が反り返らずひらひらのないものが在来種のタンポポです。
在来種のタンポポは、苦みが少なく、生のままで美味しく食べられます。
在来種でも大きくなった株や西洋タンポポは、日差しにさらされた土手や公園などのものは避け、林道脇の反日陰の斜面などに生えていて、葉の色があまり濃くない、触ってみてしなやかなものを選びます。取ってきた葉は重曹などでゆでてから、一日ほど水にさらします。水は何度か取り替えます。噛んでみて強い苦みを感じなくなれば大丈夫です。油でいためてステーキやハンバーグなどのつけあわせ、おひたし、胡麻和え、また、ほうれん草や春菊、小松菜などとあわせても使えます。山菜の定番、てんぷらにしても美味しくいただけます。
タンポポは栄養価もきわめて高く、鉄分はあのほうれん草の2倍、その他ビタミンA、C、K、カルシウムも豊富な上、利尿作用のあるカリウムも多く含み、利尿、整腸作用のある生薬としても有名です。

ノビル・酒のアテには最適!でも摘むときは間違えないよう気をつけて!

真っ白で丸い鱗茎をもつノビル(野蒜 Allium macrostemon))は、川土手やちょっとした空き地などにもすいすいと群生して生えている身近な山菜ですね。
鱗茎だけではなく葉も炒め物にすると美味しく、また掘り取るのも比較的容易なのでノビル採りを楽しみにしている人は多いもの。しかし、気をつけなければいけないのは毒草であるタマスダレや、また特に野生化した水仙などと間違えやすいため、毎年これで中毒になる事故が何件か起きています。
匂いをかげばたまねぎ臭がするものがノビル、無臭なのが水仙。葉の先端がとがっているのがノビル、丸くなっているのが水仙。葉の中がすかすかで軽く感じるのがノビル、中が詰まっていて重い感じなのが水仙、と、気をつけていれば見分けられますが、迷った場合は引き抜いてみればわかります。ノビルの球根は丸く、外皮が真っ白です。水仙はしずく型で、外皮が黒や茶色をしています。
春先に生えてくるひょろひょろとした若い葉は、そのまま摘んで細かく刻めば、納豆に入れても味噌汁に入れても鮮烈な香りでとても美味しくいただけます。
古くからノビルは日本人に食べられていて、もちろん生でも食べられますが、強烈な辛味があるので、苦手な人はさっとゆがくのがいいでしょう。酢味噌、またはそのまま味噌をつけて生ショウガのように食べたり、また、ラッキョウのように甘酢漬けにしても美味しい野草です。

外来種?在来種?小さなハコベは謎も栄養もいっぱい

ハコベ(Stellaria)も、タンポポかそれ以上に、道端のどこにでも生えている小さな花。と言っても、「はこべ」と名のつく草は、ウシハコベ、ヤマハコベ、アオハコベなど何種類もあり、その上ノミノフスマ、ミミナグサなどの、近縁のよく似た姿の仲間も総称してハコベと呼ぶこともありますから案外ややこしいもの。
春の七草として七草粥に入れる「はこべら」も、ミドリハコベかコハコベかはっきりしていません。というのも、明治時代以前はこの二種は区別されていなかったからです。そして、つい近年の21世紀初頭、国際自然保護連合「IUCN」の「侵入生物データベース」に、コハコベがヨーロッパ原産で明治から大正期に日本に侵入した外来種である、と記載されたことにより、日本で古来「春の七草」として親しまれてきたのはミドリハコベのほうである、という説が近年有力視されるようになりました。しかし、コハコベが本当に外来種なのか、どうもはっきりしません。
とはいえ、昔の人が区別しなかったくらいですから、食べる際も特に区別はいりません。二月ごろには既に生えてきているハコベの、茎の上端部を切り取って使います。
栄養価はきわめて高く、昔から鶏やペットの小鳥の餌にもなっていて、「ひよこ草」とも呼ばれます。全草を天日乾燥したものが生薬の「繁縷(はんろう)」と呼ばれて、産後の浄血、催乳、止血、利尿、胃腸強壮などに効果があります。
ヒョロヒョロしていて小さな草ですが、ことの他茎も葉もしっかりしていますから、青臭さとアクを抜く際は、塩を入れた熱湯でがんがん茹で、そのあと水にさらして水が緑にならなくなるくらいさらしてもくたくたになったりしません。あとは味噌汁の具や和え物、おひたし、サラダ、炒め物など、何にでも使えます。

他にも、フキノトウ(蕗の花芽)も、都市部の空き地などによく自生しています。根茎は毒がありますので、半分土にもぐったような若いものを花芽の根元から切り取りましょう。ぜんまいやワラビの仲間のシダ植物で「こごみ」と呼ばれるクサソテツの若芽は、さすがに街中には生えていませんが、郊外の丘陵に行けば湿り気のある林の地面から、人がひざまづいて前かがみ(こごみ)になってうつむいているような姿で伸び出ているのを見つけることが出来ます。たらの芽や山うどなどの有名山菜、漢方としての方が有名なクコなども、実はけっこうごく身近に自生しているもの。毒草などに気をつけて、また根絶やしにしないように欲張らず、春の恵みを満喫したいものですね。
参考
野草の料理 (甘糟幸子 中公文庫)