年明けから春にかけて転居、異動、転出、転入などに伴い、新居への引っ越しで新たな契約を結ぶことが多くなります。年度末を春に迎える日本では、3月が一年で最も引っ越し件数が多く、次いで10月、4月となっているようです。
不動産屋さんから提示された契約書をよく見てみると、「楷書(かいしょ)ではっきりと書いてください」と書かれていることがあります。なんとなく「読みやすい字でしょ」って思っている人が多いようですが「そもそも、楷書ってどんな書体なのでしょう。

小学時代に初めて習うお習字も、まずは楷書から
小学時代に初めて習うお習字も、まずは楷書から

最後に生まれた書体「楷書(かいしょ)」

漢字は中国で生まれたことは、みなさんご存じの通りです。
中国の漢字の歴史の中で、漢字のスタイル「書体」はさまざまに変化してきましたが、篆書(てんしょ)・隷書(れいしょ)・草書(そうしょ)・行書・楷書の5つのスタイルが、代表的な「書体」とされています。
漢字の原型「甲骨文字」が、中国古代の王朝「殷」で創りだされたのがおおよそ3500年前。そののち、書体は長い時間をかけて変化していきます。
■まるで象形文字のような現在でも印鑑などに使われる篆書。
■右へ重みのかかったバランスが特長の隷書。
■ゆったりとした横画が特徴的な隷書、流れるような草書。
■曲線的な形で、流れるようにスラスラと記す行書。
■そして、楷書は、おおよそ3世紀中頃、隷書や行書が変化する過程で書かれるようになったと考えられています。

歴史的には、草書は楷書をくずした書体ではなく、草書を整えて書いた書体であり、日本に漢字が入ってくるのは、さらにのちのことです。
一つの点画の線の始まりから終わりまでが、「トン(始まり)・スー(中間)・トン(終わり)」という呼吸で書かれることが多く、はっきりと整理された点画や折れ曲がり方が特徴です。「楷」には「ととのった、手本」という意味があります。
中国7世紀「唐」の時代に美しく完成された楷書は、「九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんのめい)」などをお手本に習った人も多いのではないでしょうか。

さまざまな書体で書かれた石碑(中国・泰山)
さまざまな書体で書かれた石碑(中国・泰山)

正式な書体になった「楷書」

日本でも江戸時代には行書や草書が一般的には書かれていました(いわゆる「御家流・おいえりゅう」)が、明治以降、公文書などには楷書が広く使われるようになりました。法律で決まっているわけではありませんが、現在ではこの楷書が、「正式な」書体として使われています。
学校教育でもまずは楷書が教えられますし、お習字も楷書から始めることが多いでしょう。折り目正しい立ち居振る舞いを、「楷書のようだ」などと表現することもあります。
また、「書き順」も楷書を基準にして考えられていて、同じ字でも草書や隷書は書き順が異なっていることは多くありますし、印刷用の書体である「明朝体」や「ゴシック体」も楷書の一つであるといえます。ひと口に楷書といっても、その書風にはバリエーションがあり、歴史上さまざまな書風で書かれてきました。
細い線の緊張感のある楷書
太くどっしりした堂々とした楷書
丸みを帯びたおだやかな書風の楷書……などなどです。
それぞれに異なった雰囲気を持っていますから、同じ言葉でも書きぶりによって言葉の意味も変わったように感じられます。
──「書は人なり」といいますが、同じように整って見える楷書も書き方によって、その人の個性が表れるようです。書かれた文字から、その人となりを想像するのは楽しいものです。ぜひ、引っ越しの際の契約書には、名前と住所をはっきり判読できる美しい文字で記し、新生活のスタートとしたいものですね。