小雪も次候になりました「朔風払葉」北風が木の葉を払う時です 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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小雪も次候になりました「朔風払葉」北風が木の葉を払う時です

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北風が一吹き。すると木の葉がいっせいに舞飛び静かに大地に降り落ちます。思わず立ち止まり見つめる私たちに、まるで落ち葉の衣を着せかけようとしているかのようです。音にもならない木の葉の舞い散るようすは光をうけてキラキラと輝き、深まりゆく季節を荘厳するかにも見えます。枯れてゆく木々の幹や枝が落とす影は優しく穏やかに揺れるているよう。風がもう一吹きすると大地の木の葉は舞い上がり、空から降り注ぐ木の葉とまじりあって景色は一変します。つぎつぎと変わる木の葉もようを楽しみながら一歩づつ近づく冬を感じてみませんか。

降りしきる木の葉時雨の中を散歩してみませんか

空気が乾くこの季節、落ち葉の降り積もった中をさくさくと音を立てて歩くと心が軽やかにうきうきとしてきます。大人でもそうなのですから幼な子が声を立てて走り回り、落ち葉と夢中で戯れる姿はなんとも微笑ましいものですね。かつて緑濃く太陽の日ざしをはね返していた木の葉たちも、色が抜けて葉脈を黒く浮き上がらせて握ればパリっと壊れてしまいそう。時の流れや自然の移ろいがより身近にせまります。この季節に感じるのは懐かしさ、郷愁ではないでしょうか。華やかに咲き誇った花や、人々を音色で楽しませてくれた鳥や虫たちも、命果てて眠りにつきます。力を使い果たして大地に還るものの淋しさが静かに横たわります。自分もめぐる自然の中の一部、小っちゃな自分が自分を越えた大きなものの中にあるという安心感なのかもしれません。落ち葉を踏みしめながら静かに心と語りあう晩秋の時間もなかなか味わい深いことではないでしょうか。

散りゆく落ち葉に誰もが多感な思いをこめています

「この風と決めて落葉は谷を出る」 北見弟花
落葉にも散る時があるのですね。毅然と散っていく落ち葉に作者の潔い決意が伺えます。
「見えてゐる落葉時雨の中に入る」 稲畑汀子
ホント、そうそう。思わず頷いてしまいます。落葉時雨の中に飛び込んで両手を広げて今この時をしっかりと受けとめたくなりますね。
「落葉焚未来というは何歳(いくつ)まで」 寺井谷子
「幼な子に刻を問はるる落葉かな」    千葉皓史
年を重ねると自然に落葉と自分を重ねてしまいます。その対極にある幼な子にとって落葉とはまるで未知の不思議かもしれません。
「落葉いちめんロダンは考えかつ眠り」 室生幸太郎
「落葉無心に降るやチエホフ読む窓に」 藤沢周平
時を越えて存在する作品に対峙するとき、自分の小ささやはかなさを感じてしまいます。それはまるで落葉のように。でも落葉はそんなことは考えずに時が来れば毎年かならず散っていきます。落葉にも芸術作品のような普遍性を感じているのでしょうか。

降りつもった木の葉の絨毯。その下には何が隠されているのでしょう?

落葉をよく見るとぽつぽつとシミができていたり、誰が囓ったのか穴があいていたり、黒ずんでちぎれていたりとさまざまです。朽ち果てていく姿ともいえますね。きっと小さな虫たちが降りつもった落葉を食べて生きているのでしょう。ふわふわと積もった葉っぱを探ってみるとびっくり! 栗の実が現れました。殻がはぜ固い鬼皮がむき出しになっています。そのうちにリスや小さな動物たちが、冬にそなえて取りにくるのを待っているのかもしれません。落葉は大地を包み、やがて降る雪に覆われて冬を越しながら次第に大地に溶けこみ、春が息を吹きかえす時までを静かに過ごすのでしょう。北風が落葉を吹き払ってくれるのは、大きな自然の繰り返しの中のほんの一瞬の刻。でも担っている役割は地球規模。今を生きる私たちもそんなひと葉なのかもしれません。ひとりひとりが自分のもつ個性を発揮して人生を送れたら、きっとキラキラと輝きながら大地に戻っていけるのではないでしょうか。そんな風に生きたいな、と思いませんか。


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