11月21日「歌舞伎座開業記念日」~歌舞伎座128歳のお誕生日です! 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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11月21日「歌舞伎座開業記念日」~歌舞伎座128歳のお誕生日です!

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11月になり、この冬一番の寒さが更新されています。今年の冬は速足ですね。日毎に寒さが募る中、残り少ないカレンダーの枚数に気がせく頃でもありますが、今日は「歌舞伎座開業記念日」です。128年前の明治22(1889)年11月21日、初代歌舞伎座が誕生しました。歌舞伎座128歳の誕生日というわけですね。現在の歌舞伎座は五代目になります。明治以降の歌舞伎の変遷と、歴代の歌舞伎座に注目してみましょう!

明治維新~西洋化の影響

江戸から明治へ…時代が変わり、文明開化により様々な西洋化の波がやってきました。歌舞伎もしかり。江戸幕府の幕開けと共にはじまり、取り締まりを乗り越え、その都度発展してきた歌舞伎に訪れた、文明開化の波も大きなものでした。それまで幕府にゆるされた場所だけに芝居小屋がありましたが、明治五年(1872)、政府による興行場所の開放が行われ、江戸三座の守田座・中村座・市村座は明暗を分けます。守田座は、十二代目守田勘弥(1907~1975)の決断により、新富町へ移転しました。翌六年、新政府の官許により東京に劇場が増加していき中村座・市村座は衰退 を余儀なくされました。そんな中、明治八年守田座は株式組織とし「新富座」と改称します。翌九年に焼失しますが、二年後の十一年に新築開場を果たします。この時、それまで芝居小屋の目印であった櫓や釣り看板を外し、場内の照明をガス灯にするなど、西洋風の建築を取り入れ、開場式には役者や関係者たちに洋装での列席を求めたと言います。当時、狂言作者として活躍していた河竹黙阿弥(1816~93)は、この日「生涯でただ一度」洋服を着たと言うエピソードも残っています。しかし、この後守田座も度重なる負債に苦しめられることになります。

天覧劇の上演と歌舞伎の伝統芸能化

舞台が「芝居小屋」から「劇場」へ変わっていったように、歌舞伎は近代化を究めていきます。もともと、新しいものを取り入れることで進化してきた芸能でしたが、明治に入ってからは改良演劇の影響もあり、それまでにない演目も行うようになりました。松羽目もの・活歴もの・散切りものです。松羽目ものは能楽に由来します。明治二十(1887)年になると、歌舞伎に大きな転機が訪れます。四月二十六日から四日間、時の外務大臣・井上馨邸において歌舞伎の天覧劇が開催されたのです。当代の人気役者、九代目市川團十郎・五代目尾上菊五郎・市川左団次(この三人を「團菊佐」と呼んだ)をはじめ、五代目歌右衛門が最年少の若女形として舞台を踏み、幕内責任者は守田勘彌が務めました。天覧劇は、初日に天皇、二日目に皇后、三日目に内外の高官、四日目には皇太后を主賓に迎えるという大変盛大なものでした。外交手段の一つとして、西洋のオペラに対抗できる伝統芸能を、と白羽の矢が立った歌舞伎が、「伝統芸能」へと歩を進めた節目と言えるでしょう。

満を持して歌舞伎座開場ーそして今

天覧劇の二年後明治二十二(1889)年11月21日、改良演劇の指導的立場であった福地桜痴を中心に、満を持して初代歌舞伎座が木挽町(現在の銀座)に開場しました。外観は洋風、内部は日本風の3階建て檜造り、間口十三間(23.63m)の舞台、定員は1824人、という当時としては大劇場は、福地桜痴の理想でもありました。その後、老朽化や関東大震災などの建て替えが同じ場所で行われ、現在の歌舞伎座は五代目となります。初代が西洋風であったのに対し、二代目は宮殿風、三代目は奈良朝の典雅壮麗に桃山時代の豪宕妍爛の様式を併せた意匠のコンクリート造、と時代を反映した建築となりました。四代目は三代目を踏襲して改修し、平成14年に登録有形文化財に指定されました。その四代目も老朽化により、惜しまれつつ建て替えのため閉場し、平成25年4月に現在の歌舞伎座が開場されました。座席数は1808(幕見席96)席と、初代から大きく変わらないのは観客と舞台の空間を保つためでしょうか。四代目の歌舞伎座が建て替えを検討していたころ、七代目芝翫は「できるだけ今のままに」とアドバイスを残していたと言います。残念ながら七代目芝翫をはじめ、十二代目團十郎、十八代目勘三郎などの役者は、その想いをくみ取って仕上がった新たな舞台に立つことなく、この世を去りました。

11月は「吉例顔見世大歌舞伎」

折しも歌舞伎座(東京・銀座)では「吉例顔見世大歌舞伎」が上演中です。歌舞伎座の誕生日がある11月は「顔見世」と銘打っていますが、これは、江戸時代に芝居小屋同士で役者を交換して「座のメンバー」を発表していた名残です。現在では役者の交換はありませんが、その時々で人気と実力を兼ね備えた役者、これからが楽しみな役者が顔をそろえる舞台が組まれます。歌舞伎は役者で観る、と言う言葉にもつながりますね。今年の顔見世は、仁左衛門・菊五郎・吉右衛門・幸四郎などの実力者、花形の染五郎、若女形の児太郎などが出そろい舞台を彩ります。歌舞伎といえば、ジャポニスムの代表・浮世絵との関連も見逃せません。海外で歌舞伎の評価が高いのは、浮世絵をそのまま映したような空間美が感じられるからかもしれませんね。一幕見席などリーズナブルな見方もできるのが歌舞伎座の魅力の一つです。通の方が言う「誰それに間に合った」という言葉は、同じ時代にこの役者を観られる幸せを表わす粋な言葉だと思います。まだ見たことがない方にこそ、この機会にお気に入りの役者さんを見つけに出かけていただきたいと思います。
《参考》
歌舞伎美人(下記リンク参照)
歌舞伎座の変遷・歌舞伎座
※2017年11月22日、記事の一部を修正しました。


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