♪つのだせ、やりだせ、めだまだせ〜! …ところで「やり」って? 歌いながら、ふと疑問が心をよぎったことはありませんか。そんな勇ましいものを所持しているようには見えないカタツムリですが、どうやら本当にヤリを隠し持っているらしいのです。それを出すとき、いったい何が起こるのでしょうか? 雨あがりに濡れた葉っぱを這う、の〜んびりとした姿。その遅さこそ、謎を解くカギのようですよ。

カタツムリは陸に上がった貝!乾きにはめっぽう弱いんです

「でんでんむし」と呼ばれているけれど、あんまり虫っぽくないような?…そうなんです! カタツムリは昆虫ではなく、陸に住む貝の一種。軟体動物の腹足類というグループで、お腹を使って進み、巻き貝をしょっているのが特徴です。サザエやタニシ、ちょっと意外ですがクリオネも、カタツムリの仲間です。
陸に上がって肺呼吸に変わり、大きくて重い殻を背負っているカタツムリ。そのせいか、動作がと〜ってもゆっくり。このままじゃ鳥に食べられ放題です。そこで、天敵が寝ている夜間や飛びにくい雨の日を選んで活動しているのですね。もともと視力に頼らないタイプなので、暗闇でも行動に制約なし。それに少しでも湿度が高いほうが、乾燥に弱いカタツムリにとって好都合なのです。寒いのも暑いのも苦手で、真冬や真夏は寝て過ごします。だから、眠りの環境を支える寝室(殻)はとても大事。いつも大切にしょって歩いているのですね。

生まれたときは貝殻をもっていたクリオネです♪
生まれたときは貝殻をもっていたクリオネです♪

ところで「やり」はどこに。まさか、オスのあれ!?

『かたつむり』 文部省唱歌
でんでんむしむし かたつむり
おまえのあたまは どこにある
つのだせ やりだせ あたまだせ
でんでんむしむし かたつむり
おまえのめだまは どこにある
つのだせ やりだせ めだまだせ
「でんでん」は「出ろ出ろ」からきているという説も。「虫」は、にょろっとした生きものの呼び名と考えられています。殻からにょろっと出てくるアタマ。そこから出すツノ。大きなツノの先っぽにあるメダマ(像は結ばないので、触られてはじめて引っ込めます)。小さなほうのツノは、匂いや味を識別します。で、ヤリはいったいどこに??
じつは、「恋矢(れんし)」と呼ばれる白い槍状の器官を指していたのです。ふだんはアタマの下のほうに隠れているのですが、いざというとき(プロポーズや交尾中)に出てきて、恋の矢として相手に突き刺すためのもの!? それじゃこれは、オスのカタツムリの生殖器なのでしょうか? 男女平等を説く文部省がメスを度外視した歌詞を容認するとは。なんてことより、文部省唱歌をもってわざわざオスの営みを励ますとは…!?

「いざというとき」がきました☆
「いざというとき」がきました☆

雌雄同体!それでもやっぱり結婚する理由は…

なんとカタツムリは性別がなく、一体の中にオス・メス両方の機能をもつ生きものだったのです。ただし、ヤリ(恋矢)はオスの生殖器ではなく、気分を高めたり相手が受精しやすくするためのものと考えられています。種によって使い方は異なるそうですが、くっつけた生殖口の陰で、何百回も突き刺し合うことも…。カタツムリの交尾はときに2時間以上続き、恋矢は交尾が終わるともげ落ちてしまいます(でも数日で再生するそうです)。
お互いに精子のやりとりをして、お互いに産卵。おお。完全な「男女平等」ではありませんか。もしオスとメスに分かれていたら、動きが遅くて活動範囲の狭いカタツムリの場合、異性をみつける前に一生を終えてしまう可能性大(少子化どころか、絶滅の危機)! そこで、「相手の性別を気にすることなく出会える」ようにして繁殖の確率をアップさせているようです。
それは便利、人もそうだったらいいのに!なんて思ったりもしますが、出産可能な体にはいろいろ面倒や負担がつきもの(女性のみなさんはご存じですね)。生きものによっては全体の死亡率を上げてしまうリスクも。じつは、カタツムリが恋矢で相手の受精力を高めようとするのも、子孫は多く残したいけれど自分はできるだけ卵を少なく産んで体の負担を減らしたい、という本能が働くのではないかともいわれています。また、雌雄の機能があればひとりで子孫を残せそうですが、実際は多くのカタツムリが相手をみつけて結婚するのです。自分だけの遺伝子だと、トラブルが起きたり環境が変化したときピンチになりやすいのだとか…。便利にみえる特性にも、複雑な事情があるのですね。「ヤリを出せ」というのは、未来を生み出すときはひとりではなく、あえて互いに働きかけなさいという(文部省の?)すすめなのかもしれません。

うちのそばのと模様がぜんぜん違うよ〜
うちのそばのと模様がぜんぜん違うよ〜

歩みが遅くて行動範囲も狭いカタツムリ。だからこそ、その地域ごとに特有の種類が生まれ、日本に約800種も生息しているそうです。最近見たことがないという方は、雨の日に、薄暗い草の茂みやブロック塀などじめじめしたところをさがしてみてください。どんな模様のカタツムリと出会えるか、楽しみですね。
〈参考文献〉
『カタツムリ観察ブック』小田英智(偕成社)
『カタツムリの謎』野島智司(誠文堂新光社)