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奈良七重七堂伽藍八重桜――俳句歳時記を楽しむ

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林檎の花もこれから満開です

林檎の花もこれから満開です

桜に続き、たくさんの花が咲き誇る季節には、毎年心持ちが浮き立ちますね。花々の名は季語でもあり、江戸の人も近代の人も、花に思いを託してさまざまな思いを俳句に表現してきました。これからが見頃の八重桜、藤、躑躅(つつじ)の俳句をご紹介します。

八重桜ひとひらに散る八重に散る

季語は季節ごとにさらに細分化され、春ですと立春から啓蟄までが初春、啓蟄から清明までが仲春、清明から立夏までが晩春に分けられます。ですから八重桜、藤、躑躅は晩春の季語。ちなみに三春とは春の季節を通じて、つまり立春から立夏の前日までの期限になります。季語は二十四節気と密接に関わるのですね。ちなみに今年の立夏は5月5日、こどもの日です。
では八重桜からご紹介します。八重桜はサトザクラの八重咲き品種の総称。桜の中では最も遅く開花し、色は白・紅・緑黄などで、ぼたんざくらとも言います。まずは、たいへん有名な芭蕉の一句をどうぞ。
・奈良七重七堂伽藍八重桜        芭蕉    ※1
「七堂伽藍」とは、寺として具備すべき七種の堂宇(建物)で、一般的には金堂、講堂、鐘楼、経蔵、僧坊、食堂を意味します。とはいえ七は必ずしも数を意味せず、また宗派や時代によって対象の建物も異なるようですが、いわゆる施設の揃った荘厳な大寺を指すのでしょう。奈良には東大寺・興福寺・西大寺・元興寺・大安寺・薬師寺・法隆寺(または唐招提寺)の七つの代表的な名刹があり、通称「南都七大寺」と呼ばれます。百人一首にも編まれた、伊勢大輔による「いにしへのならのみやこの八重桜 けふ九重に匂ひぬる哉」からの連想もあったでしょう。先達や史実を意識しつつ、音韻や数の配置でボリューム感のあるゴージャスな奈良の光景を表現した、超絶技巧の句と言われています。

・八重桜日輪すこしあつきかな      山口誓子  ※2
・山に出て山に入る日や八重桜      成瀬櫻桃子 ※2
・八重桜ひとひらに散る八重に散る    山田弘子  ※3
・しだるるはこころ九重桜かな      松本千鶴子 ※1

八重桜が満開になる頃は、日差しはすでに晩春、夏に近づいています。盆地や平地から山に出入りする中で見た、花に注ぐ光も眩しくなることでしょう。そしてやはり芭蕉をお手本にしたかどうか、音や数を巧みな用法で使用し、余韻を深めた句も少なくありません。

藤棚の隅から見ゆるお江戸かな

続いて藤の句です。藤は、マメ科フジ属の蔓性植物の総称。晩春に薄紫の蝶形花を次々に咲かせるのは野田藤で、花房が短いのは山藤です。『源氏物語』では、ご存知のように藤の花はしばしば登場し、重要な役を果たしています。なにしろ物語の発端は、少年の光源氏と父の妃である藤壺中宮の道ならぬ恋なのですから。

・草臥(くたび)れて宿かる頃や藤の花    芭蕉    ※1
・藤の花雲の梯(かけはし)かかるなり    蕪村    ※2
・藤棚の隅から見ゆるお江戸かな       一茶    ※4
・滝となる前のしづけさ藤映す        鷲谷七菜子 ※1
・白藤や揺りやみしかばうすみどり      芝不器男  ※2

芭蕉の句は、一日の旅の疲れを抱え、宿に入る夕暮れに眼にした藤の花。蕪村は、藤の花の重なりを雲の梯に見立てています。七菜子は、滝に落ちる前の静かな清流に映った藤の花を表現。時間経過と川の状態の対比を盛り込んだ、素晴らしい句ですね。不器男も、風に揺れる藤の白さの中に透けて見えたのでしょう、新緑の薄緑色を定着させています。それぞれ多様な藤の世界を見せてくれていますが、一茶の気取らない一句は、即座に時代劇か名所江戸百景の画像が瞼に浮かぶ楽しさ満載です。

つつじいけて其陰に干鱈さく女

躑躅は、春から夏にかけて漏斗状の花を咲かせるツツジ類の総称。各地に自生し、真紅や白・淡虹など花色もバラエティに富んでいます。『万葉集』で柿本人麻呂の歌に「つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子」とあるように、古くから日本人が親しんできました。園芸品種では、紅紫色で径6~8㎝の大ぶりの花が咲く「大紫」、元禄時代に栽培ブームを起こした「霧島」などがあります。
・つつじいけて其陰(そのかげ)に干鱈(ひだら)さく女 芭蕉     ※1
・能登きりしま先代の地を燃やし咲く          海老名由美子 ※1
・吾子の瞳(め)に緋躑躅宿るむらさきに        中村草田男  ※1
・毛野はいま遠霞つつ山つつじ             野澤節子   ※3
・紫の映山紅(つつじ)となりぬ夕月夜         泉鏡花    ※4
躑躅の鮮烈な色や、文字通り百花繚乱な様子を描いた句が主流のようです。そんな中で芭蕉が表現したのは、つつじを生け、その陰で干魚を割く庶民の女性の、たくましくも奥ゆかしい世界。本当に芭蕉は奥深いですね。鏡花が描くのは、月の光の中に浮かび上がる紫の山躑躅でしょうか。五七五の短い世界でも如実に現れる、まさに鏡花ワールドです。

昔から日本人に親しまれてきた花々。咲き乱れる花とともに、新旧の俳句も思い起こしながら鑑賞すれば、一層鮮烈な五感の刺激となるのではないでしょうか。

<句の引用と参考文献>
※1 『花の歳時記 春 』(講談社)
※2 『読んでわかる俳句 日本の歳時記 春 』(小学館)
※3 『第三版 俳句歳時記〈春の部〉』(角川書店)
※4 『角川俳句大歳時記 春 』(角川学芸出版)


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