遠い昔、最初に卵を抱いたのは?七十二候【鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)】

2017/01/30 11:00

1月30日より、大寒の末候「鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)」となります。鶏が日脚の伸びに春の訪れを感じて産卵のために鳥小屋に入る、という意味です。これをもって七十二候・一年のめぐりは終了し、次の立春から再び新たな一年のはじまりとなります。 現在日本で飼育されている産卵鶏の約80%を占める白色レグホーン種は、年間通して280個から300個の卵を産みます。でも、本来は冬に鶏は卵を産まず、暖かくなる春から産卵をはじめたのです。

かつて卵を食べなかった日本人が卵大好きになるまで 私たち日本人が年間に食べる鶏卵の数は約330個で、メキシコ、マレーシアなどと並んで世界でも有数の卵大好き国民です。 でも、上代から中世にかけて、日本人は卵をほとんど食べない民族でした。 鶏自体は少なくとも2000年前には渡来しており、鶏卵がなかったわけではありません。日本書紀の巻第一・神代上の冒頭には「古、天地未剖、陰陽不分、渾沌如鶏子、溟涬而含牙。」とあり、世界の始まりは「渾沌たること鶏子(けいし・鶏の卵)の如く」であったと記されています。しかし神聖な鶏の雛になるものを食用にするという感覚は全くなかったようです。 また、誰もが知る「竹取物語」の異伝「海道記」には「ウグイスの卵から生まれたかぐや姫」が登場します。 昔、採竹翁といふ者ありけり。女を赫奕(かぐや)姫といふ。翁が宅の竹林に、鶯の卵、女の形にかへりて、巣の中にあり。翁、養ひて子とせり。長りて好きこと比なし。 桃太郎は桃から、瓜子姫は瓜から生まれますが、桃や瓜などの木の実も卵のバリエーションという捉え方も出来ます。常人ならざる力や容貌を有し、鬼を退治したり鬼と親しく交わったり、やがて人間の世界から立ち去ってしまう異形のモノたちが卵から生まれるというイメージ。平安・鎌倉期くらいまでの人々は、卵を食べると自分もそうした人ならざるものになってしまうという恐怖を抱いていたのかもしれません。 世界的には族祖や王族の始祖の伝承に超自然的な卵生神話が多く伝わっているのですが、日本の場合はほとんどそうした貴種卵生神話を持たず、弘仁13年(822年)頃に編まれた「日本国現報善悪霊異記」(日本霊異記)などの因果奇譚、そして先述したような昔話などに見られる程度(唯一、奈良時代の高僧行基が卵から生まれたという伝承があります)です。日本人の卵に対する惧れや忌避を反映したものだとも考えられます。
そんな卵を怖がっていた日本人の意識が変り始めたきっかけは室町時代、ヨーロッパから卵を使ったビスコチョ(Bizcocho)などの「南蛮菓子」が伝わり、それを口にし始めた頃からといわれます。食べてみれば卵は美味しいし、また卵の中には無精卵があり、卵は必ずしも鳥の雛になるわけでもないということが理解されると、次第に卵食は普及していきました。 そして江戸の平穏な世が訪れる頃には、吉原の歓楽街付近には卵売りの行商人が行きかい、江戸初期の寛永20年(1643)には既に「料理物語」書中で、美濃煮、玉子ふわふわ、まきかまぼこ、玉子素麺などの料理や、玉子酒などが紹介されるほどに。 更に、天明2(1782)年に始まった「豆腐百珍」のヒットで巻き起こった百珍物ブーム(一食材で100種類のレシピを紹介する)に乗って寛政7(1795)年に出版された大ヒット料理本「万寳料理秘密箱(一名玉子百珍)」では、103種類もの「玉子」料理が紹介されます。江戸時代の人々はすでに私たちと同様の卵大好き国民になりはてていたようです。
みんな大好き、卵かけごはん
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玉子酒は和風カクテル!風邪の妙薬ではありません さて、その「万寳料理秘密箱(一名玉子百珍)」に紹介された「玉子酒」。現代では風邪をひくと卵酒を飲むとよい、という俗説がいわば「おばあちゃんの知恵袋」的に流布されています。しかし、先述したとおり「玉子百珍」で紹介された玉子酒は、日本酒に卵を溶かした料理酒(当時のカクテル飲料)として扱われており、民間薬として薬効を記してはいません。 「玉子をあけ ひや酒をすこしつゝ入よくときて 塩をすこし入 かんをして出候也 たまご一つに さけをりべに三盃(はい)入よし」 織豊~江戸初期の茶人・趣味人として有名な古田織部考案の織部盃に入れるとよい、とある通り完全に酒道楽の一種です。 それがなぜ玉子酒が風邪に効く、という俗説が広まり、定着してしまったのか。主に三つの理由と思われます。 1)日本人にとって戦中戦後の物資不足時代には当然のこと、長らくほとんどの庶民には卵は日常的に気楽に食べられるものではなく、病気になったりしたときに滋養をつけるために食べられる特別なご馳走でした。そのため卵=風邪のときに食べる=薬という刷り込みが出来上がった。 2)古くから民間療法として使用されてきた酢卵(卵酢・らんず/生卵を数日酢につけて殻を溶かしたものをかき混ぜ、白湯などで薄めて飲む民間薬・疲労回復や内臓疾患に効果がある)や卵油(卵黄油・卵の黄身を10個以上煎り続けて出る油をこしとり、保存した滋養強壮の民間薬・子沢山の第11代将軍・徳川家斉が愛用した)が、卵酒と混同された。 3)有名な池波正太郎の時代小説「鬼平犯科帳」に風邪を召した長谷川平蔵が、玉子酒を作る描写があります。 「小鍋へ卵を割りこみ、酒と少量の砂糖を加え、ゆるゆるとかきまぜ、熱くなったところで椀へもり、これに生姜の搾り汁を落す。これが平蔵好みの卵酒であった(「鬼平犯科帳・毒」)」 これを読んで「風邪には卵酒」がいつしか広まった。 こうした複合的な要因から、「風邪をひいたら卵酒」が定着したのでしょう。でも、筆者もその一人として言いたいのは、何かにかこつけては飲みたがる酒飲みの言い分は、くれぐれも信用しないことです。「鬼平」にもあるじゃないか、といわれるかもしれませんがこれも戦後に書かれた池波氏のレシピであることをお忘れなく。 風邪のときにアルコールは飲んではいけません。風邪薬との相性は非常に悪いですし、「日本酒が体を温める」と言っても、それは一時的なもので、血管を広げて逆に体を冷やす元です。またアルコールの分解には体内の水分を使い、肝臓を疲弊させます。 卵の滋養を取り、体を温めたいのなら、生姜やレンコンをすりおろした湯に卵を落とし、溶き卵のようにして飲むのがよいでしょう。
クリスマスにはこちら。エッグノッグ
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世界のはじめに卵を抱く ところで鶏はどうして抱卵し、卵を温めるのでしょうか。 捕食者から防御することと、温めることにより胚の成長を早め短期間で孵化させる目的があります。鳥は恒温動物ですから、魚や爬虫類のように生みっぱなしで地熱や日光の熱に頼らずに、自らの体温で卵を暖めることが出来るのです。 では、鳥はいつごろから卵を温め始めたのか。現存する鳥類はおよそ1万種。 現在の分岐分類学では、鳥類の全種類1万種は、全て恐竜から進化したものだとされています。ジョン・オストロム(John H. Ostrom)の肉食恐竜デイノニクスの研究から始まる恐竜像の大変革(恐竜ルネッサンス)によって、かつてはトカゲの仲間で冷血動物と思われていた恐竜が鳥と同様羽毛を持ち、恒温動物であった、という説は世界の恐竜学の定説となりました。 恐竜のうち、獣脚類の一群・マニラプトル類に含まれるドロマエオサウルス類やオビラプトル類から鳥類の祖先があらわれた、と推測されています。 たとえば鳥は高所の空気の薄い場所でも酸欠にならないために、気嚢(きのう)という特殊な呼吸器官がありますが、獣脚類の恐竜にも同じ器官があることがわかっていて、これは恐竜の獣脚類と鳥だけに共通する器官です。 そして、マニラプトル類の多くは、「抱卵恐竜」としても知られています。産卵した卵を、ワニやカメなどのように放置したり土の中に埋めて立ち去るのではなく、巣で抱卵して孵し、雛が孵ったあとは給餌の世話をしていたともいわれています。抱卵中のオビラプトルの化石も出土しています。何らかの理由で抱卵中に命を落としたのでしょうが、卵を守るように両腕をひろげてかばっている姿はいじらしく、心温まります。 彼らマニラプトル類こそ、世界で最初に卵を抱いた者たち、だったのかもしれません。大型の恐竜たちは絶滅してしまいましたが、それは抱卵の習性がなく、地球の寒冷化・乾燥化などから卵の孵化率が徐々に落ち、衰退していったのだが、抱卵をする恐竜は子孫をつなぎ、現代まで鳥として生き残ったのかもしれません。だとしたら、何億年もの時を越えて、今も鶏たちは抱卵しているというわけですね。 福井県立恐竜博物館/抱卵するオビラプトル 産卵量と産卵周期、産卵曲線

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