冬に収穫するのにどうして「八朔」? ハッサクの歴史と逸話 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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冬に収穫するのにどうして「八朔」? ハッサクの歴史と逸話

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ハッサクが発見されたのは、瀬戸内海に浮かぶ因島

ハッサクが発見されたのは、瀬戸内海に浮かぶ因島

皮まで栄養いっぱい!

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柑橘類の一つであるハッサクは、漢字で書くと「八朔」と書き、「8月1日」を意味していることはご存知でしょうか。ハッサクは12月から2月にかけて収穫され、その後1・2か月程貯蔵して酸味を抜いた後に出荷されます。つまり、ハッサクの旬は3月から4月。それでは、なぜ「8月1日」を意味する「八朔」という名前がつけられたのでしょうか。
今回はハッサクの歴史や逸話などをご紹介します。

ハッサクの原木を発見したのは、広島県因島にあるお寺の住職

ハッサクは、万延元年に広島県因島の恵日山浄土寺で、当時の住職であった恵徳上人によって発見されました。ハッサクは誰かが食べ捨てた果実の種から発芽したと言われており、実ははっきりとした由来はわかっていません。当時の因島田熊では、由来不明の柑橘類をまとめて「ジャガタ」と呼んでおり、ハッサクもこの頃にはまだ名前が付けられていませんでした。
ハッサクという名前がついたのは、明治19年。8月1日を意味する名前となったのには、当時ハッサクが陰暦の8月1日頃から食べられていたことが理由となっています。現在の旬の時期とかなり時期がズレていますが、当時のハッサクはどんな味がしていたのでしょうか。気になりますね。
恵日山浄土寺で発見した柑橘類にハッサクという名前がついてから、恵徳上人はハッサクの苗木を世間に売り出すために試行錯誤をしたようです。というのも、当時人々の間で流行っていた柑橘類は「夏みかん」。ハッサクは夏みかんの人気に隠れて全く注目されていなかったのです。そのため恵徳上人は、ハッサクと夏みかんの苗木を一緒にして売ったり、「この里に生まれ育ち八朔ぞ 味と香りで永久に幸あれ」という歌を書いてPR活動を行っていました。しかしハッサクはなかなか注目されず、ようやく一般に出回るようになったのは終戦後のことでした。ハッサクが一般に流通するようになるまでには、こんなにも長い年月が必要だったのですね。

皮まで食べて健康に!ハッサクの皮に含まれているオーラプテン

皮が厚く、「食べるまでが面倒くさい!」と思われがちなハッサクですが、ハッサクの皮には「オーラプテン」という成分が含まれています。このオーラプテン、脂肪を分解したり食欲を抑制する働きをする他に、活性酸素の生成を抑制する癌予防の効果もあるとのこと。しかし、このオーラプテンは皮にしか含まれていません。
皮ごと使ったジャムや、ピールなどを作って、健康対策をしてみてはいかがでしょうか。

因島田熊町を彩る「ハッサクロード」

ハッサクが発見された恵日山浄土寺がある因島田熊町には、「ハッサクロード」と呼ばれる道があります。この道には街路樹としてハッサクが植えられており、その数はなんと約220本。果実が実る冬の季節になると、色鮮やかな黄色が人々の目を楽しませています。さらに、因島にはハッサクを使ったゼリーや大福、ケーキなど、様々な土産菓子があります。
因島へ旅行の際は、目と舌両方でハッサクを楽しんでみてはいかがでしょうか。


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