イチョウの木は、大きな金の鳥。その羽根で織った絨毯を敷き詰めて、今年も迎えてくれるでしょうか。寒い日も太陽に包まれているように輝く並木道。樹木に全く興味がなくても、二股に分かれた黄色い葉っぱを見れば誰でもすぐ「イチョウだ」とわかる、親しい木。それなのに・・・『源氏物語』や『枕草子』などの平安文学には、なぜかイチョウが出てこないのです。日本の美意識にあれほど敏感な清少納言までが、この晩秋の美しさをスルーするなんて?!

羽毛布団にも似た包容力が☆
羽毛布団にも似た包容力が☆

イチョウは2億年前を知っている。恐竜とも仲良し!

イチョウが「生きた化石」と呼ばれているのをご存じでしょうか。
2億年前にはすでに、イチョウ類はその実が大好物な恐竜たちによって各地に種子が(フンと一緒に)ばらまかれ、広く繁殖していたといいます。しかし、恐竜の絶滅とともにイチョウも衰退。世界のほぼ全域から姿を消してしまうのです。ところが、たった1つだけ、中国の山の片隅で生き残った種類が! その強い隠し子は里に移されてすくすく育ちます。やがて、日本を経由して世界じゅうで栽培されるようになり、今に至ります。現生するイチョウは、なんとこの一種類のみなのです。
日本でイチョウについての記述がはっきり出てくるのは、15世紀中期以降。それで平安貴族はこの黄葉を知らなかったのですね(万葉集に登場する「チチノキ」はイチョウを指すという説もありますが、別の落葉樹だと考えられています)。今もギンナンやイチョウ葉エキスは健康食品として話題ですが、当時の主な目的も薬用・食用だったようです。そして火災や大気汚染に非常に強いことから、街路樹としても用いられるようになります。優れた資質をヒトに見いだされたことで、その黄金の木はまた世界のあちこちで活躍することになったのです。
伝統ある学校や自治体のマークとしてもおなじみのイチョウ。苦境を生き抜き人に役立つ、という志もこめられているのかもしれませんね。

この風流な方たちがイチョウをほっとくわけがないし
この風流な方たちがイチョウをほっとくわけがないし

枝から離れていく黄金の葉を、何にたとえよう

金色の ちひさき鳥の かたちして 銀杏ちるなり 夕日の岡に / 与謝野晶子
欧米諸国ではイチョウを「少女の髪の樹」と呼ぶそうです。秋が深まると葉が黄金色に変わり、葉脈条紋がはっきりしてくるため金髪に見えるというのです。宮沢賢治の童話『いてふの実』は、今年生まれた千人の子どもたち(ギンナンですね)が冬を前に旅立つ物語。イチョウのお母さんは、それがあんまり悲しすぎて、前日には金色の髪の毛をみんな落としてしまうのです。
一方アメリカでは、千本もの小扇がひらめくように見えるので「千扇樹」と呼ぶ地方があるといいます。中国では神聖な鴨であるオシドリの水かきに似ているとして「鴨脚(イーチャオ)」と呼ばれ、それが日本語の「イチョウ」に変化したともいわれています。
毎年訪れる晩秋に、イチョウは葉を落とし始めることで冬将軍の間近い到来を告げてきました。急に降る大量の落葉が降雪の予兆になることなどもあり、イチョウを「知雪樹」とも表現するのだそうです。イチョウは人に時間の長さ(短さ)を意識させる木。『いてふの実』の子どもたちが恐怖と戦いながらも旅立つのは、葉が落ちて明日は冬が来ると知らされたからなのですね。

ちひさき鳥が飛び立ちました
ちひさき鳥が飛び立ちました

金の葉、銀の実。まちがわれた学名で生きていく?

イチョウの学名は「Ginkgo biloba(ギンコー・ビロバ)」。
中国の故事によると、北宋朝初期の皇帝が貢物として献上されたイチョウの実を、形が杏に似ていて銀白色なので『銀杏』の名を賜った、と伝えられています。
1690年にドイツの博物学者であり医者でもあったケンペルが、東インド会社の渡航で来日の折、見慣れない奇妙な樹木としてイチョウを発見。「銀杏」の日本語音読みで「ギンキョウ」と呼んだ(らしい)といわれています。その後、スウェーデンの植物学者リンネが学名に用いるとき、ケンペルが「Ginkyo 」の y を g に書き間違ったものを使ったため、こんな名前になったと伝えられています。
「ビロバ」とは、イチョウ葉が二股に分裂している特徴を指しています。イチョウの葉は贈り物にも使われ、かのゲーテも2枚のイチョウの葉を添えて恋人に詩を贈ったといいます。二股に分かれている葉が複雑な恋心を象徴しているのか「私一人に二人いる」などと告白。そしてやってくる冬・・・はたして想いは伝わったのでしょうか?
学名は、いったん付けられたら最後、もう二度と変更できないのをご存じでしょうか。過去にはスペルミスどころか、本体と無関係なラベルが貼られていたためにその学名になってしまう悲劇もけっこうあったようです。
日本語読みなのに日本人には発音不明な学名になってしまったイチョウですが、じつはそもそもケンペルさんが「y」と書こうとしていたのかどうかさえあやしいという説も。さらに、ヨーロッパの人にはこの響きがむしろエキゾチックで魅力的ともいわれ、「ギンコー」はカフェなどの名前にも使われたりしているのだとか・・・イチョウの歴史は思いがけないことの連続ですね。

gとy。手書きしたら似てるかも(涙)
gとy。手書きしたら似てるかも(涙)

ヒトはほんの一瞬。だから今年も黄金に包まれて歩きたい

絶滅してしまったたくさんの生きものたちに思いを馳せながら・・・。葉が一斉に散り落ちてしまう前に、金の鳥に会いに行きませんか。
〈参考〉
『イチョウ』今野敏雄(法政大学出版局)
『イチョウ奇跡の2億年史』ピーター・クレイン(河出書房新社)

お母さんの髪の毛でしばし寛ぐ兄弟たち
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