日本では9月の後半というと秋のお彼岸ですね。彼岸とは、昼(日中)の時間と夜(日没)の時間が同じになる特異日で、北半球では秋の彼岸以降、日に日に昼の時間は夜より短くなり、日没は早く夜明けは遅くなっていきます。キリスト教では秋の彼岸を過ぎた9月の末、29日に「ミカエル祭(Michaelmas)」が祝われます。大天使として名高いミカエルは、竜退治、悪魔退治の天使として知られ、来るべき冬という闇の季節に、困難に打ち勝つ力を授かるためにその加護を祈る祭りといわれています。

大天使ミカエルの像
大天使ミカエルの像

3つの「G」で祝われるミカエル祭

春の彼岸前後に行なわれるキリスト教最大の祝祭復活祭(イースター)と比べると、聖ミカエル祭は近接したハロウィーンにも押されて、目立たないお祭りですが、古来重要な日とされてきました。イギリスでは9月上旬からはじまる新学期のことを「ミクルマス」と呼びます。これは9月29日の「聖ミカエルの日」が由来。「大天使ミカエルと天使たち(ガブリエル、ウリエル、ラファエル)」と秋の収穫を感謝し、3つのG、手袋(glove)、ガチョウ(goose)、生姜(ginger)で祝われます。
かつては町のモニュメントから指に綿などをつめて整形された3メートルにもなる巨大な手袋が吊るされました。クリスマスの靴下に当たるシンボルですね。これは聖ミカエル祭を祝う楽市の開催を表すもので、さまざまな規制に縛られていた市が、この時期だけオープンになり、多くの職人たちが腕を見せて新しい就職口を見つける見本市ともなりにぎわいました。
そして祭りで供される料理はガチョウの蒸し焼きと生姜料理です。生姜は9月が旬であり、またヨーロッパでは薬用植物の代表ともされ、守護天使聖ミカエルと結びつきました。ジンジャーエールは、ヨーロッパではかつては薬用の飲み物として飲まれていたもので、現在でもミカエル祭に欠かせないドリンク。ちなみに「エール」とは、ビールより庶民寄りのアルコール飲料で、さしずめ今では発泡酒のようなものでしょうか。
手袋には「決闘」などの意味もあり、くじけない心を滋養のあるガチョウと薬となる生姜をとって来るべき厳しい冬に備えよう、ということなのでしょう。日本よりも大半が緯度の高いヨーロッパでは夜の時間は概して日本より長くなるため、長い夜への恐れは日本人より強かったのかもしれません。ちょっと日本の冬至の柚子湯やかぼちゃに似ているかもしれませんね。

ガチョウやジンジャークッキーはクリスマスでもいただきますね
ガチョウやジンジャークッキーはクリスマスでもいただきますね

ところでミカエルさんって誰?

冬至(クリスマス)と復活祭(イースター)がキリスト、夏至が洗礼者ヨハネの祭りといわれる中、秋の祭りを司るミカエルとは、どんな存在なのでしょうか。
キリスト教ではさまざまな呼び名があります。天使長、四大天使、天使の指揮官などです。あのフランスの超有名な修道院モン・サン・ミシェル(Mont Saint-Michel)のミシェルは、ミカエルのこと。
また、聖書では「ソドムとゴモラ」の逸話やアブラハムの息子イサクのいけにえなどの有名な場面に登場し、処女懐胎を告げたガブリエルとともに、もっともメジャーな天使で、多くの画家が甲冑を身にまとい、剣を構えた有翼の美青年の姿で絵に描いてもいます。英語ではマイケル、ドイツ語のミハエル/ミヒャエル、フランス語ではミシェル、スペイン・ポルトガル語ではミゲルとなります。あのジャンヌ・ダルクもミカエルが乗り移ったとされています。
キリスト教は「一神教」と言われていますが、実際には多くの神々が天使としてその名をキリスト教の中で生かされています。仏教に吸収された古い神々が、菩薩や天などのかたちで仏の守護神として地位を与えられているのと同様です。西暦708年、モン・サン・ミッシェル近郊・アヴランシュの街のオベール司教は、夢の中に大天使ミカエルが現れ「この岩山に私を祀る聖堂を建てなさい」とお告げを受けます。これがモン・サン・ミシェル修道院の始まりとされています。日本でも「○○菩薩が現れてここに寺を立てなさい」といった創建話はよく聞きますよね。
ミカエルは、もとはミトラ教の神といわれます。ミトラ教はローマ帝国時代にキリスト教とライバル関係にある宗教でしたが、キリスト教がローマの国教となることで吸収され、その神もキリストの教えを守護する天使として治められていったといわれます。ちなみに、ミトラ教は仏教では密教に形を変えます。密教の最高神(仏)大日如来は、ミカエルと元は同じ神様。ヨーロッパではミカエル信仰として各地に寺院が立てられます。

モン・サン・ミシェル
モン・サン・ミシェル

天使の九位階をご存知ですか?

閑話休題。グノーシス主義の流れを汲むと思われる六世紀の偽ディオニシウス・ホ・アレオパギタ(Ψευδο-Διονύσιος ὁ Ἀρεοπαγίτης)の「天上位階論(De Coelesti Hierarchia)」で、天使の位階(ヒエラルキア)が提示されました。
それによれば天使は三つの階層に分けられ、さらにひとつの階層にそれぞれ三つの階級があり、都合天使には9の位階が存在するとされます。
最上位は直接神に触れ、神と合一している、いわば神の側近といえる存在です。
熾天使(セラフィム Σεραφίμ, Seraphim)
智天使(ケルビム Χερουβίμ, Cherubim)
座天使(トローネ Θρόνοι, Thronoi)
の三階級があります。
第二の階級は、側近を介して宇宙における神の業の顕現(天体の運行や物理法則)を担うとされます。
主天使(キュリオティテス Κυριότητεϛ, Kyriotites/dominatio)
力天使(デュナミス Δυνάμειϛ, Dynameis/Virtues)
能天使(エクスシアイ Ἐξουσίαι, Exousiai/Potestates)
の三階級。
その下には
権天使(アルカイ/アルヒャイ Ἀρχαί, Archai/Principatūs)
大天使(アルヒャンゲロイ Ἀρχάγγελοι, Archangeroi/Archangelus)
天使(アンゲロイ/エンジェル Ἄγγελοι, Angeloi/Angelus)が存在します。
この階級は人間と神とを媒介する存在とされ、特に最下位の「天使(アンゲロイ)」は、直接人間にコンタクトを取る使いの役目を担います。
この位階では、ミカエルら四大天使といわれる天使は権天使。人間界と関わることのできる天使の中では最上位である、とされます。権天使は別名「時代霊」とも言われ、それぞれ一人ずつ、人間世界の「時代」を順番に担い守護するのだとか。そして現代はミカエルの時代なのだそう。ミカエルの天使の中での抜群の存在感は、時代の守護者だからなのでしょうか?

天使の中でも抜群の存在感
天使の中でも抜群の存在感

本当の一神教は存在しない

天使の位階にあらわされるおびただしい神々、とりわけミカエルの存在は、「一神教」といわれるキリスト教が、実際には一神教ではなく、多様な信仰対象を内包する「多神教」であることをよく示しています。「一神教」といわれるものには、唯一神教、単一神教、拝一神教などのバリエーションがあり、ひとくくりには出来ないのですが、一般的にはユダヤ教から派生したキリスト教やイスラム教をさします。全知全能の宇宙・世界の原理を創造した抽象的な神を設定しますが、実はそうした抽象的な創造神は、「神話」を持つすべての宗教・信仰に共通して何らかのかたちで現れるのです。多神教といわれる日本古来の信仰といわれる神道にも、そのもとになった道教やヒンドゥーに宇宙の原理としての造物主がきちんと存在します。
そして、一神教の中にも、人々の日々の暮らしや悩みに寄り添ってくれる身近な「神様」は、ミカエルや聖母マリア、あるいはサンタクロースのような「聖人」などのかたちでちゃんと存在しているわけです。
えてして一神教は不寛容で争いを好み、多神教は平和で融和的だ、というような分け方をされますが、一神教であれ多神教であれ、攻撃的な側面も寛容な側面も存在します。そもそもそんな分け方は、信教・信仰の中でとうてい明確に分けられるものではないのです。キリスト教もイスラム教も、本当は「争いを好む宗教」ではありません。

宗教対立が憎悪を生み、さまざまな悲惨な破壊行為が各地で勃発し、特に多くの子供たちが犠牲になるのを見ると胸が痛みます。ですが本来宗教は、人を幸せにするためにあるはずです。ハロウィーンもいいですが、日本では丁度お月見の季節。ミカエル祭にあやかって、生姜料理でしっとりお月見してみてはいかがでしょうか。