ロシアケーキにチョコレート、そして「シベリア」? 日本に根づいたロシアのお菓子 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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ロシアケーキにチョコレート、そして「シベリア」? 日本に根づいたロシアのお菓子

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なぜこの組み合わせなのか、なぜそう名づけたのか、謎の多い「シベリア」

なぜこの組み合わせなのか、なぜそう名づけたのか、謎の多い「シベリア」

ジャムをあしらったロシアの伝統菓子。日本の「ロシアケーキ」のご先祖?

ジャムをあしらったロシアの伝統菓子。日本の「ロシアケーキ」のご先祖?

ラッピングも可愛い、ロシア風のチョコレートやキャンディ

ラッピングも可愛い、ロシア風のチョコレートやキャンディ

9月に入り安倍首相がプーチン大統領と会談し、今年12月にプーチン氏が首相の地元・山口県を訪れることで合意した報がありましたが、古くから日本と浅からぬつながりを持つ国「ロシア」。
これまで「オホーツク寒気団」や「ツンドラ」「タイガ」など気象や地理の用語にみるロシア語や、「ボルシチ」「シャリアピン・ステーキ」など日本で有名なロシア料理についてご紹介してきました。
そして今回のテーマは「お菓子」。近代化が進む日本で新しいものを取り入れ工夫した人びと、ビジネスチャンスを求め移住した人びと……素朴に見えるお菓子の裏側に、さまざまなドラマが見えてきました。

ようかんをカステラではさんで、なぜ「シベリア」?

近年ヒットしたアニメーション映画でも取り上げられ、話題を呼んだお菓子「シベリア」。
ようかんをカステラではさんだ、和菓子とも洋菓子ともつかぬノスタルジックな味わいが魅力です。
明治時代から大正時代にかけて成立したといわれる「シベリア」、いつ誰が作り始めたのかははっきりしないのだとか。
まだ電気冷蔵庫などなかった時代に、ひんやりした食感が人気を呼んだのだそうです。

「ロシアンクッキー」「ロシアケーキ」の由来は?

厚みのある(二度焼きの)生地で、真ん中のくぼみにジャムやチョコレートを流し込んだり、ドライフルーツをあしらったり……。
「ロシアンクッキー」や「ロシアケーキ」と呼ばれるお菓子を、ご存知の方も多いと思います。
古くからある洋菓子店などで、今も作られ、愛されているお菓子ですね。
ロシアの夏の楽しみとして、森で摘んだラズベリーやブルーベリーを使っての「ヴァレーニエ」(ロシア風ジャム)作りがあります。
作り方はとてもシンプルで、野生のベリー類を甜菜糖で煮るだけ。
このヴァレーニエを、デザートの材料にしたり、水とレモンで割って飲み物にしたりするのだそうです。
こうした「ジャム食文化」が、多少変化しながら日本に伝わったのが、「ロシアンクッキー」「ロシアケーキ」と言えるのかもしれません。
どのように伝わったかは諸説あるようですので、興味のある方は調べてみてくださいね。
ロシア、そしてジャムといえば、「ロシア紅茶」を連想する方も多いかもしれません。
本場ロシアでは、紅茶にジャムを入れるのではなく、紅茶のおともにヴァレーニエを添えて食べるのだそうですよ。

日本に「高級チョコレート」をもたらしたロシア人とは?

1926(昭和2)年、チョコレートやキャンディを扱うお店が、神戸に誕生しました。
ロシアの商人フョードル・モロゾフ氏によるもので、日本で初めてできた高級チョコレートの専門店だったそうです。
その後モロゾフ氏は、日本人の出資を受け「神戸モロゾフ製菓株式会社」を設立。
のちに紆余曲折の経緯を経てモロゾフ一族は会社を離れますが、現在も続く有名な洋菓子メーカーの前身にあたります。
なぜモロゾフ氏は、日本で開業しようと考えたのでしょうか。
その背景にあったのは「ロシア革命」と、日本の急速な「近代化」です。
1917(大正6)年に勃発したロシア革命により、モロゾフ氏は家族を伴って中国・ハルビンへ移住。
さらにアメリカ・シアトルを経て、日本の神戸に居を構えます。
当時、数多くのロシア人が革命の混乱を逃れて中国や日本に滞在していました。
そのほとんどがアメリカやヨーロッパへの移住を希望しましたが、近代化により「西欧風のものならどんなものでも売れる」風潮のあった日本にビジネスチャンスを感じ、日本で事業を起こしたロシア人たちがいたのです。
以前にもご紹介したとおり、このタイミングで日本でレストランを開業したロシア人も多かったようです。
詳しくは、下の「ボルシチはいつ、日本に伝わった?」のリンクもご覧くださいね。
ちなみに、創業当時の「モロゾフ」の味を、今に伝えるお店が新潟にあります。
昭和初期に「モロゾフ」で修業をした先代の味を受け継ぎ、伝統の「ロシアチョコレート」を販売しているそうですよ。
お菓子の話が長くなりましたが、日本における本格的な「パン」作りについても、ロシアが果たした役割は大きいようです。
次回は、日本における「西洋風ホテル」の歴史、それに関連する形で「パン」のお話をご紹介したいと思います!
参考:長塚英雄責任編集「ドラマチック・ロシアin Japan 文化と歴史の探訪」(生活ジャーナル)
荻野恭子・沼野恭子著「家庭で作れるロシア料理 ダーチャの菜園の恵みがいっぱい!」(河出書房新社)
銀城康子・文「絵本世界の食事」(農山漁村文化協会)


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