「霧」は人の想像力に働きかけ名作を生み出してきました

「五里霧中」などという成語もあるとおり、霧に包まれると人は孤立感や不安感をおぼえるよう。過去や未来、人とのかかわりを途絶されて独りきりになったような感覚にとらわれるため、霧からはじまる物語や伝説は数多く、またそれらのほとんどはミステリアスでときにホラーチック。古典では「アーサー王伝説」のアーサー王が戦いに傷つき永眠したといわれる「アヴァロン」は霧の彼方にある島だといわれ、スティーヴン・キングの中編小説「霧」を原作にした映画「ミスト」では、ある町を襲った濃霧の彼方から、恐ろしい存在が現れ人々を襲います。キング作品には「霧」に限らず、たびたび霧が登場しますね。
日本では、
鞭聲粛粛夜過河(べんせいしゅくしゅく よるかわをわたる)
暁見千兵擁大牙(あかつきにみる せんぺいの たいがをようするを)
の頼山陽の詩吟で有名な、武田信玄・上杉謙信の川中島四度目の激戦「八幡原の戦い」でも、霧が大きくドラマを盛り上げます。
武田軍のとった遊軍による挟み撃ち戦法「啄木鳥(きつつき)の計」を上杉軍が察知、濃い霧に乗じて陣をはらい、千曲川を音を立てずに移動。明け方の濃霧が晴れると両軍が至近距離にあったことで互いに仰天、大混戦となったといわれます。
アニメ映画「千と千尋の神隠し」の原作とも言われる「霧のむこうのふしぎな町」(柏葉 幸子)は霧をぬけた向こうにある奇妙な異界に暮らす住人たちと、主人公リナの交流を描いたものでした。

朝霧に霞む千曲川
朝霧に霞む千曲川

霧積む山翳にたたずむ郷愁とミステリーの秘湯

霧といって忘れられないのは、森村誠一の小説「人間の証明」と、それを原作とした映画・ドラマで一躍有名となった霧積温泉ではないでしょうか。群馬県安中市霧積温泉。江戸時代に猟犬が温泉を発見したという逸話があり、特に明治時代前期には40軒以上の湯宿や富裕層の別荘のある温泉街として繁栄。政財界、文学界の重鎮が馬や籠、人力車で訪れたといいます。明治憲法の草案も、投宿した伊藤博文らがここで起草したのだとか。
そしてこの温泉町を、明治43年の山津波(鉄砲水)によりほとんどが崩壊、流されてしまうという悲劇が襲います。そのとき、奇跡的に残ったのが金湯館。きりずみ館という旅館も後に作られたそうですが、2012年に閉館してしまい、現在は金湯館1軒のみが、深い山間に埋もれるようにたたずんでいます。
この霧積の金湯館を、推理小説家の森村誠一氏が大学生当時に宿泊、ハイキングに出掛けました。山頂で宿の弁当の包み紙に刷られていた西条八十の「帽子(ぼくの帽子)」の詩に目に留め、それをモチーフにしてあの名作「人間の証明」を著しました。
ぼくの帽子  西条八十
母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。
(中略)
母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。
(後略)
霧積温泉自体が、過去のほとんどが「雲散霧消」してしまった歴史にくわえて、西条八十の失われた子供時代を麦藁帽子に託した郷愁に満ちた詩。そして戦後の混乱期から高度成長期を経た日本が「黒い霧」の彼方に押しやり、ないことにしてしまった禍根。まさに霧に彩られた物語でした。
戦後も70年を越えて、戦前のことはおろか、もう戦後のことすら忘れはてられようとしている昨今。昭和レトロで素朴な秘境の湯につかれば、記憶の霧の彼方に忘れていた、懐かしく大切なものがふと思い出されるかもしれません。

過ぎ行く夏を惜しむ季節
過ぎ行く夏を惜しむ季節