8月17日より、立秋の末候「「蒙霧升降」(ふかききりまとう)となります。「蒙霧(もうむ)」は、もうもうとたちこめた濃霧のこと。「升降」は「昇降」で、夜間気温が下がり夏の湿気の多い空気や土が冷やされ、濃い霧が地上や川から立ち上り、また空中から降りてくる頃。そして霧といえば秋の季語。近年の温暖化ではまだまだ猛暑の期間中という感覚かもしれませんが、お盆を過ぎて日脚も短くなってくるこの時期、夜風にひんやりとしたものを感じて夏の終わりに感傷的になった子供時代の思い出のある方も多いのではないでしょうか。

陰鬱でちょっと怖い霧。実はあの極上の一品の生成に大きく役立っています

霧は晴れた日の夜、放射冷却で地面付近の空気が冷やされたり、冷たい気流や水面と接触して冷やされたりなどして、空気中の水蒸気が凝結して発生します。気象用語では、視程1km未満の状態を「霧」、視程1km以上10km未満を「靄(もや)」といいます。特に濃い霧は「濃霧」といいますが、濃霧と呼ばれるのは視程が陸上で100m以下、海上で500m以下の霧のことで、このような霧が発生した場合は濃霧注意報が発令されます。
夏の終わりから秋口は、日中の気温がまだ比較的高いうえ、大気が多くの水蒸気を含んでいて、朝夕の気温が下がることも多くなって霧が発生する条件が整いやすくなります。俳句などの季語では、春のものを「霞(かすみ)」、秋のものを「霧」と呼び習わしますが、その区分けが出来たのは平安時代ごろからで、基本的に霧と霞は、おはぎとぼたもちのように同じものです。
霧は太陽光線をさえぎり(そもそも「霧」の語源は、「さえぎる(り)」という言葉だといわれています)、作物を濡らして、一般的には農作物に害をもたらすものととらえられています。実際その通りなのですが、その一方で霧の湿気が作物を潤したり、あるいは霧が晴れた後の蒸散作用で作物の生育に有益な場合も少なくありません。
たとえばお茶(ツバキ科カメリア属)の葉は、成長期に多湿で、朝夕霧の発生する地形を好みます。世界的には「霧の蘇州」といわれ、霧の発生することで有名な中国の江蘇省東南部蘇州市は中国緑茶の名産地。日本でも、京都の宇治、霧島、埼玉県狭山、静岡など、どこも山間丘陵地や盆地で霧が発生しやすい地形の土地です。夜間日中の寒暖差が大きく、土地が酸性のやせ地で、霧が発生しやすい、そんな環境をお茶の木は好みます。
また、最高級デザートワインとしてつとにその名を知られる貴腐ワインも、霧の発生がなければ成り立ちません。
ブドウの収穫期の秋、朝霧の湿度により完熟したブドウに「ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea)」というカビが付くことがあります。このカビは基本的にはどこにでもあるカビ菌なのですが、一部の白ワイン用品種の成熟した果粒にこの菌が単独付着した場合のみに好影響をもたらすことがあるのです。表皮のワックスを食べ、皮に無数の穴を空けます。そして、霧が晴れる日中に、乾燥した空気によってブドウの水は一気に蒸発します。この一連の工程を何日も繰り返すと、やがて果汁が凝縮され、普通のブトウをはるかに超える糖度とコクを備えた干しブドウのような状態に。
これを「貴腐化」といい、この特殊なブドウを搾った果汁から造られるワインを貴腐ワインというのです。つまり貴腐ブドウが収穫されるためには、夜間には霧の発生(20℃前後・湿度75%以上)によって菌が繁殖し、昼間には乾燥によって水分が蒸散するというサイクルが必要であるため、特定の条件を備えた生産地などに限定されるというわけです。
フランスのボルドー(ソーテルヌ)、ロアーヌ、ドイツのラインガウ、モーゼル、ハンガリーのトカイ地方などが銘醸地として有名です。トカイは、貴腐ワインの発祥の地といわれています。

貴腐ワインには霧が必要
貴腐ワインには霧が必要
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