光あふれる夏に輝くガラスは、人類の発展に欠かせなかった!?

2016/06/11 11:00

梅雨に入りました。 「ひさかたの雨の降る日をただ独り山辺に居ればいぶせかりけり」 大伴家持 空から雨の降る日に、ただひとり山辺にいますと気分がすっきりしないものです、と万葉の歌人大伴家持も雨のうっとうしい気持ちを歌っています。 窓ガラスをつたう雨をながめるのは、この季節にちょっとメランコリーなお楽しみかもしれません。 外からの光は遮らずに雨や風はシャットアウト! こう考えるとガラスの力ってすごいですね。 梅雨が明ければ夏はガラスの出番! その透明感、赤や青、さまざまな色が美しく輝くガラスにぴったりの季節です。 ビードロ、玻璃と呼び名にもロマンがひそんでいそうで。ガラスをキーワードにして私たちの生活をふり返ってみませんか。

雨に濡れるあじさい
雨に濡れるあじさい
ガラスの誕生は偶然のたまもの! 今から3500年前、紀元前16世紀のメソポタミア文明。 船乗りが砂浜でたき火の風よけのために岩塩を使ったところ、岩塩がたき火の熱で溶けて砂と反応してガラスができたといわれています。 後にメソポタミアから近いエジプトにガラス製法は伝わっていきます。 二つの大きな文明に挟まれたイスラエルでは、エジプト・メソポタミア双方のガラスが発見されています。 テーブルウェア、香油瓶、さまざまな貯蔵器、ビーズ、 象嵌細工、飾り板、窓ガラスがすでに作られていたようです。しかしこれらは高級品で王族や貴族などの限られた人々だけのものでした。 普及するようになったのは、紀元前1500年頃といわれています。その後エーゲ海、地中海沿岸の国々に広まっていきます。 ローマ帝国時代にはすでに透明な窓ガラスもできていたそうですから、ガラス技術はどんどん進化していたということでしょう。 1453年に東ローマ帝国滅亡後、多くのガラス職人たちはベネチア共和国に移り、あのベネチアングラスを作ります。 ムラーノ島はその技術が流出することを守るために職人達が集められた島です。 ガラスの美しさと機能は多くの人を魅了して技術と芸術の分野で人々のひらめきを広げていきました。 鏡もそのひとつです。 それまでは金属板の表面を磨くことで鏡を作っていましたが、1507年にダル・ガロ兄弟がガラスの裏に水銀を引いて使ったガラス鏡を発明し世界中に広まります。 鏡といえば1682年に完成したベルサイユ宮殿の鏡の間を誰しも思い浮かべることでしょう。 この鏡の間はベネチアのガラス職人を12人引き抜いて作らせたというお話が残っています。 この鏡を製作するために、ルイ14世はパリ郊外のサン・ゴバンに王立鏡面ガラス製作所という工場を作りました。 現在もサン・ゴバン社としてフランスの有力企業のひとつです。 こうしてベネチアが独占していたガラス製法の技術が初めてヨーロッパへ渡り、次第に広がりを見せていきます。 しかしながら今でもベネチアングラスはその美しさで世界中の人々を魅了しています。 食卓にのるワイングラスやボンボニエールには憧れを持ちますが、キラキラと輝く鮮やかな色とりどりのガラスのアクセサリーは、華やかなおしゃれアイテムとして夏のみならず四季を通じて女性の心をしっかりとつかんで離しませんね。
ベルサイユ宮殿 鏡の間
ベルサイユ宮殿 鏡の間
青、赤、紫。ステンドグラスは石造りの暗い教会を明るく荘厳に変えました ステンドグラスは12世紀頃からフランスで発展していきます。 空に向かって高くそびえる塔、パリのノートルダム寺院で有名なゴシック様式の建築は、技術の向上で天井を高く壁を薄くして大きな窓をあけることができるようになりました。 開けられた窓には彩色の施されたステンドグラスが使用されるようになり、お堂は光のあふれる空間となったのです。 鉛を用いて、マンガンやコバルトで着色したガラスのかけらをつなぎ合わせた絵や模様は、聖母子像、キリストや聖人たちの像など、聖書にもとづくキリスト教の教えが描かれました。 光の中に輝くキリスト像を見るだけで大勢の人々が救われていったといわれています。 聖書が読めない人が多かった時代に、絵で聖書の教えを伝える手段として取り入れられたのでしょうね。 色の美しさが際立つステンドグラスは「シャルトルの青」「ブールージュの赤」「ノートルダムの紫」と教会の特色として人々の心に深く印象づけられていることがわかります。
聖母子像
聖母子像
望遠鏡は天体を見るためというより世界の覇権争いから生まれました レンズもガラスを使った発明品の一つ。レンズ自体の発見は古く、紀元前700年頃のアッシリアの遺跡で水晶を磨いて作った凸レンズが発掘されています。 これは太陽熱を集めて火をおこすためにつかわれたということで、視力を助けるためではなかったようです。 視力を助けるためのレンズは13世紀に入ってからでした。 14世紀になるとベネチアでガラスの製造が盛んになりレンズが普及していきます。 レンズはその形が小さなレンズ豆に似ていることからつけられたといわれています。 1492年にコロンブスがバルセロナを出航して、西インド諸島に到達する航海に出て以来、ヨーロッパ各国はアフリカをまわりインド、アジアへ、金や銀、香辛料などを求めて世界へ進出していきました。 イギリスがスペインの無敵艦隊を破ったのが1588年。世界最初の株式会社、東インド株式会社ができたのが1602年のことです。 大海原に立ったとき「もっと遠くまで見たい」という切実な思いから望遠鏡が生まれるのは待ち望まれたことでした。 1608年オランダのリッペルスハイが発明したのが屈折式望遠鏡です。これが初めての望遠鏡とされています。 ガリレオ・ガリレイの耳に「2枚のレンズを組み合わせれば遠くの景色が大きく見える」という望遠鏡の仕組みが入ってくると、1609年には凸レンズと凹レンズを組み合わせた望遠鏡を自作します。 これはガリレオ式望遠鏡として今でもオペラグラスに使われている方式です。 ガリレオ衛星といわれる木星に伴う4つの衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)を1610年に発見していますが、この望遠鏡を使って観測されたということです。 この発見は発表されるとすぐに、プラハに住む数学者ケプラーが大いに賞賛を送り、レンズの磨き方など望遠鏡の性能向上についての助言をしたということです。 これが凸レンズを二つで作るケプラー式望遠鏡で、現在の天体望遠鏡の元になっています。 ケプラー式の大きな改善点は倍率を上げると視界が狭くなるというガリレオ式の難点を解消したところです。 これ以後望遠鏡は、海を越えていく航海の需要もあり、大いに広まっていきました。 そして1668年にはニュートンが、ニュートン式反射望遠鏡を発明します。 現在の天体望遠鏡の基礎はこのようにしてできたんですね。 今一番私たちの生活で身近なガラスといえば、光ファイバー網による高速通信ではないでしょうか。 直径1ミリにはるか満たないケーブルが世界に張りめぐらされ、様々な情報を伝達して私たちの生活を支えてくれています。 人類がガラスを手に入れて数千年、変幻自在に姿を変えて実用の品々から工芸、芸術品、科学技術分野へと使われるガラスには、まだまだ私たちが気づかない可能性があるのかもしれません。
屈折天体望遠鏡
屈折天体望遠鏡
涼しさを奏でる夏の風物詩、風鈴。見るだけで透明なガラスならではの清涼感がありますね ガラス製品を日本に伝えたのはあのフランシスコ・ザビエルだそうです。 キリスト教とともに種子島にやってきたのですね。 ガラスの風鈴が出てきたのは、文献では享保年間(1716~1735)とされています。 庶民が風鈴を楽しむようになったのは幕末のころで、明治に入って一気に広まったそうです。 手作りのガラス風鈴は、宙吹きといって、赤く煮えたぎったガラスを長い竿の先端に巻き取って息を吹き込んでふくらましていきます。 これに対して、型を使ってガラスを成形して作る風鈴も海外から輸入されています。 手作りの風鈴と比べるとお値段はとてもお手頃ですが、形も音色も画一的な感じがしてしまうそうですよ。 それはひとつひとつ手作りならではの工夫があるからなんです。 形ができあがると竿から切り離します。 そのときガラスの切り口にはギザギザがどうしても残ってしまいます。 風に吹かれて風鈴が鳴るときこのギザギザのお陰で音色が豊かになるということです。 職人の思いが込められた風鈴の音、をききたくなりませんか? 今年の夏に向けてひとつ、欲しくなってしまいますね。 冷えた麦茶、そうめん、ところてん、等々、夏ならではの食べ物をガラスの器を選んで楽しんでみるのも季節の素敵なお楽しみになると思いませんか。
江戸風鈴
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