王朝のことば ── 恋と蛍、そして煙

2016/06/09 16:30

6月4〜5日にかけて、九州北部、中国、四国地方、関東甲信地方で続々と梅雨入りの発表がありました。 この梅雨に入る前後、蛍が飛び始めます。 都市部ではなかなか見られませんが、この時季、郊外の水辺などで幻想的な宵を楽しむ方も多いのではないでしょうか。 日本人は「もの」に寄せて、心を表現してきました。蛍は恋と重なります。 今回は、王朝語の世界をすこしのぞいてみましょう。

6月から7月にかけて、全国各地で「ホタル鑑賞会」などが開催されています
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さまよいでる魂 平安時代の物語や詩歌で使われた、いわゆる「王朝語」は、何かの象徴であることが多く、蛍という言葉は、その放つ光の様子が、胸の中で燃える思いを連想させ、恋愛と重ねて使われることが多いのです。 もっとも有名なのは、 〈物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る〉和泉式部 という歌ですが、これは詞書に「男に忘れられて侍りけるころ」とあるので、恋の情念のためにさまよいでる魂が蛍と重ね合わされています。 〈音もせで思ひに燃ゆる蛍こそ鳴く虫よりもあはれなりけれ〉源重之 という歌もあります。「思ひ」はもちろん恋のことです。 王朝の恋歌 王朝語で恋愛がどのように扱われていたのか、すこし見てみましょう。 勅撰集(天皇の命によって選ばれる和歌集)で「恋」部が立てられるのは「古今和歌集」から。 「古今集」では恋愛の経過の様子にそって歌が順に並べられています。 恋愛の初期は「見ぬ人を恋ふる(まだ会わない人に恋する)」「はつか(僅か)に見る恋(ちらと見た人に恋する)」「忍ぶる恋(恋心を相手に伝えていない)」などの言葉が使われます。 恋愛が進展していくと「浮名立つ」「人目を忍ぶ」というふうになってきます。 また、「後朝(きぬぎぬ デートの翌朝のこと。別れの朝の情感を指す)」という言葉は、朝に男女が互いの衣を交換して身にまとう、という習俗に由来しているとされます。 「源氏物語」浮舟では「後朝」の味気なさを「おのがきぬぎぬも冷ややかになりたる心地して…」と表現しています。和歌を通じて王朝語の豊かな表現に触れてみてはいかがでしょうか。
京都・宇治橋にある、「源氏物語」の作者・紫式部像
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立ち上って消えていく煙も「思い」の象徴 そして、恋も終わりを迎えます。 このような局面では、「夜を隔つ」「多情を恨む」「飽く」といった言葉が使われます。 なかでも「待つ恋」は代表的なテーマです。 〈来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ〉藤原定家 ここでは、女性がひたすら男性を待つ思いが主題になっているのですが、ここでも言葉が重ね合わされています。 松帆の浦(兵庫県松帆崎)の地名が「待つ」とかけられます。 そして「藻塩を焼く」は海藻を焼くことで塩を取った古代の製塩法を指しているのですが、その際に海藻がよじれるさまが女性の心情と重ねられているのです。立ち上って消えていく煙も「思い」の象徴です。 和歌のテーマは、四季そして「恋」がもっとも重要なテーマです。

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