七十二候「麦秋至(むぎのときいたる)」麦が黄金に実るころ

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二十四節気「小満」の末候「麦秋至」となりました。秋にまかれ、冬を越した麦の穂が実るころを示す「麦秋」とは、旧暦4月の異名でもあり、夏の季語。初夏の眩い陽光に麦畑がきらめき、爽やかな風に金色の穂が揺らぎます。

麦畑をさわさわとわたる初夏の爽風に、金色に実った麦穂が揺れます

青かった麦の穂が実り、そろそろ刈り入れの時期を迎えています。
初夏、麦が黄色く色づいてゆくのを、米が実る秋になぞらえて、「麦秋(ばくしゅう)」、「麦の秋」といいます。
これは、麦が熟し、麦にとっての収穫の「秋」であることから、名づけられた季節の呼び方。夏の季語の一つとなっています。
病人のかごも過ぎけり麦の秋(与謝蕪村)
麦秋や子を負いながらいはし売(小林一茶)
農耕に生きた昔の人は、黄金色の麦畑を見て、初夏を感じていたのでしょう。
「麦が豊年なりゃ米も豊年」とは、紀伊地方に残された豊作を喜んだことわざ。
麦と米。二毛作の田んぼでは、麦の収穫が終わると、これからあわただしく田植えの作業が始まるのです。

弥生時代の中期頃には始まっていたという麦作。麦は五穀の一つ

さて、麦はいつごろから日本で栽培されていたのでしょうか。
弥生時代の中期頃には、米の水田耕作とともに麦類が畑作生産され、私たちの祖先は、小麦を重湯(おもゆ)のようにして食べていたそうです。その後お粥や、粉にして平焼きにして食べるようになり、今のパンに似た食べ物をつくるようになったのだとか。
万葉集の東歌にも
馬柵(うませ)越しに麦食(は)む駒の罵(の)らゆれど
なほし恋しく思ひかねつも   (作者不詳)
と、麦が登場。日本書紀の神代上第五段には、保食(うけもちの)神がなくなったときに、その体のあちこちから粟(あわ)、稗(ひえ)、麦、豆、稲が生じたとされ、天照大神が「この世に生きる人間の食物」と言われたと記載されています。
この粟(あわ)、稗(ひえ)、麦、豆、稲がいわゆる五穀。五穀が豊かに実る「五穀豊穣」は、いにしえから続く人々の願いです。
現在の日本は、世界でも有数の麦消費国。パンをはじめ、うどん、そうめん、きしめん、パスタなどの麺類、おまんじゅうやお菓子、ビールなどさまざまに使用され、私たちの食生活を豊かにしてくれています。

小津安二郎監督の映画「麦秋」は、原節子さん主演の名作

「麦秋」といえば、小津安二郎監督の映画を思い起こす方も多いのではないでしょうか。これは、1951年・松竹大船撮影所製作の日本映画。主演は昨年亡くなった伝説の女優・原節子さんです。「晩春」「東京物語」とともに「麦秋」は、紀子三部作といわれ、明るく溌剌とした原さんの魅力が、品格ある大輪の花のようにスクリーンいっぱいに輝いています。
小津作品の中でも特に名作といわれる「麦秋」。おなじみのローアングルで描写された親子3世代の家庭の日常は、紀子の結婚が決まったとき、自宅で家族写真を撮影した後に崩壊し、失われていくのです。
映画のラスト近くに映されるのが、タイトルにもなっている「麦秋」の麦畑。紀子の結婚を機に、大和に隠居した両親が見つめるのは、豊かに実った麦畑沿いのあぜ道を行く花嫁行列です。そこに、昔の若かったころの自分たち、今は遠くにいる娘への思いが重なっていく……そんな人生の儚さ、切なさが見る者の胸に沸き起こるエンディングは実に圧巻です。小津監督が住み、「麦秋」の舞台にもなった鎌倉にある「鎌倉市川喜多映画記念館」では、7月10日(日)まで「特別展 映画女優 原節子 ~美しき微笑と佇まい、スクリーンに輝いた大スターを偲んで~』を開催中。
写真家・秋山庄太郎氏による貴重なポートレートの数々や写真アルバム展示のほか、原節子さん主演映画も順次上映中ですので、一度出掛けてみてはいかがでしょう。
まばゆいばかりの麦の輝きに、人生の豊かさ、人生の儚さを感じる「麦秋至」の時節です。

※参考
万葉植物事典(北隆館)
植物ことわざ事典(東京堂出版)
日清製粉グループHP「小麦粉百科」

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