5月12日は看護の日。西洋鶯「ナイチンゲール」に思いをよせて 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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5月12日は看護の日。西洋鶯「ナイチンゲール」に思いをよせて

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別名サヨナキドリ(小夜啼鳥)とも言われるナイチンゲールは、ヨーロッパ全域に広く夏鳥として渡来し、繁殖します。冬場には避寒のため暖かい南アフリカへわたる渡り鳥です。ナイチンゲールの美しい歌声が、ヨーロッパ全土に夏の到来を告げる季節となりました。
そして、5月12日の今日は「クリミアの天使」と言われ、後に近代看護学の普及に尽力したナイチンゲールの誕生日で「看護の日」(ナイチンゲール記念日)になっています。

クリミアに赴いたのは、神の命に従って奉仕をするため

フローレンス・ナイチンゲール(1820~1910)は、神の声を聞き、クリミアに赴き、クリミア戦争(1853~1856)で敵味方の区別なく怪我人を看護した博愛のナースというイメージが強いですが、それだけに終わる人ではありませんでした。
クリミアの病院で、多くの兵士の命を救った実力を高く評価され、当時のイギリス議会から乞われて、その顧問(医療や政治)の立場で活動するようになりました。
近代看護学・衛生理論の確立者の一人であり、また数学者でもあって、近代統計学の発展に貢献しています。

クリミア熱に感染

ナイチンゲールが派遣された、スクタリの兵舎病院は構造的に不備が多く、下水施設に欠陥があり、のちに改修されるまで、その死亡率が下がることはありませんでした。
ナイチンゲール自身もここで,クリミア熱に感染し(ブルセラ菌感染症と思われる熱病)あやうく命を落としかけることになりました。
英国にもどったあとも、その後遺症に悩まされました。長い仕事人生のうち、ほとんどの時間を、自分の部屋で過ごし、人を説いたり動かしたりするのは、もっぱら調査報告や著述を通してでした。
しかし病身を押して、少しでも多くの生命を救うための、事業に取り組みつづけました。

アンデルセン童話のナイチンゲール

アンデルセン童話には、サヨナキドリ(小夜啼鳥)とも言われるナイチンゲールの物語があります。
中国の皇帝の住む、きらびやかな宮殿には、世界中から訪問者がやってきます。宮殿の中でも、ひときわ素晴らしいと訪問者を感激させたのが、御苑の森に住むナイチンゲールの、歌声でした。それを聞いた皇帝は、家来に命じ、宮中にナイチンゲールを連れてきて歌声を聞き、あまりのすばらしさに涙をほろほろ流しました。
そしてそのままナイチンゲールは、宮中にとどまり、皇帝に歌声をきかせつづけました。
しかし、ある日遠い国からダイヤモンドとルビーで飾られた、美しい金の細工物のナイチンゲールの贈り物がとどきました。細工物のナイチンゲールは疲れることを知らず同じ節で美しい歌声を奏でます。みな夢中になり、いつしか本物のナイチンゲールは忘れ去られ、いなくなってしまいます。
5年後に重い病にかかった皇帝は、死んでしまう前に、ナイチンゲールの歌声を聞きたがります。
しかし金のナイチンゲールは、細工物ゆえ1年たったあと壊れてしまい、もう2度とうたうことはありませんでした。
そこにそのとき突然、鈴をふるような歌声がまどのそばでひびきました。
歌っているのは、森のナイチンゲールです。王さまの病気を知り、なぐさめにきたのです。
ナイチンゲールの歌声を聴いた王様は、やがて病気がなおり再び元気になったということです。ナイチンゲールが病気の王様を治癒したというのは、フローレンス・ナイチンゲールと重なりますね。
5月12日は看護の日です。
美しいナイチンゲールという名前のひびきとともに、看護という働きを人々から尊敬され、収入も保証された女性の職業として確立するために、その生涯の大半を投じた女性について、思いをはせてみてはいかがでしょうか?

参考;リン・マクドナルド 著 監訳 金井一薫 訳 島田将夫 小南吉彦
「実像のナイチンゲール」
参考; フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』サヨナキドリ (小夜啼鳥)


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