田植えにまつわる伝統芸能「田楽」とは?

2016/05/09 16:30

地域によって差はありますが、青葉繁れる5月は「田植えの月」ともいわれます。 今でこそ機械化が進み、昔に比べれば農家の方々の負担はかなり減ったことでしょう。 最近では「田植え体験ツアー」のように、若い人たちや子ども向けにあえて手での田植えを体験してもらおう試みも増えています。 そんな田植えですが、田植え機がない時代は当然手作業……。 いにしえの時代には、重労働であった田植えから伝統芸能「田楽」なるものが生まれました。一体、どんなものなのでしょうか?

かつての田植えは重労働
かつての田植えは重労働
重労働であるがゆえに生まれた伝統芸能「田楽」 日本での稲作はさかのぼると弥生時代または縄文時代からすでに始まっていたのでは……というくらい歴史あるものです。 農業で豊作を祈願する「農耕儀礼」も平安時代にはすでに登場していたといいます。 田植えの際にも歌や踊りを行うようになり「田楽」と呼ばれました。 田楽の発祥については諸説ありますが、どうやら田植えがあまりにも重労働であることから生まれたもののようです。 今のように田植え機などはありませんので、たくさんの人手をかけて、短期間で終わらせなければいけません。 そのため田植えをする人々が勢いよく作業できるように、にぎやかなお囃子や舞、曲芸などを行うようになったのだとか。
田楽舞の一つ「びんざさら舞」
田楽舞の一つ「びんざさら舞」
京都を熱狂の渦に巻き込んだ「田楽ブーム」 もともとは農耕儀礼として誕生した田楽でしたが、その派手な見た目から次第に演芸としての要素が重視されるようになりました。その後の「能」のルーツともいわれています。 田楽は農民だけでなく、貴族にも広まっていき爆発的な人気を博すようになったのです。 その最たる例が1096年に起こった「永長の大田楽」でしょう。 平安末期には田楽を行う集団「田楽座」が数多く現れました。その田楽座が次々と平安京の都大路を練り歩いていったところ、何と見物のための桟敷が崩落してしまったというのです。 ブームを超えてパニック状態ともいえそうですが、そのくらい当時の人々は田楽のとりこになっていたのでしょう。 しかし、その人気もあっけないもの……。 鎌倉末期には田楽の人気は次第に衰え、猿楽の人気に圧倒されるようになっていったのです。 田楽がしっかりと受け継がれたところは少なく、国の重要無形民俗文化財に指定されている熊野那智大社の「那智田楽」など数えるほどしかないとされています。 味噌田楽の由来にもなった舞 今では、田楽といえば伝統芸能よりも味噌田楽の方を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか? 実は味噌田楽も伝統芸能の田楽と深い関係があるのです。 田楽の舞のひとつに「高足」と呼ばれるものがあり、一本の竹に乗り曲芸を披露するというものです その舞姿が豆腐を串刺しにしたものに似ていることから、「田楽」と呼ばれるようになったのです。どうりで「田楽」とは不思議な名前だなと思いましたが、こちらの田楽も歴史は古いようですね。 ── 嵐のように過ぎ去ってしまった田楽。 学問的にもまだ解明されていないことが多々ある謎めいた田楽という伝統芸能。 数は少なくなっても、伝統の灯が消されることのないよう祈っています。
舞姿が名前の由来の「味噌田楽」
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