「五月病」という言葉が定着したのはいつごろからでしょうか。もうずいぶん経つような。木の芽時(このめどき)も終わりにさしかかる頃、明るく華やいでくる季節と裏腹に、すっかり気分は落ち込んでやる気が出なくなる・・・実際春は朝晩や日による寒暖差がはげしく、また卒業や入学、転勤、転居なども重なってそれでなくとも心身の調子を崩しがち。自然の周期リズムと密接に関わってきた私たちの先祖は、時候ごとに予防につとめる調整期間を設けてきました。その一つが「土用」です。

新緑がまぶしい季節。なのに気分はブルー
新緑がまぶしい季節。なのに気分はブルー

「ウナギを食べる日」にあらず! 土用とは季節の生まれ変わりの混沌期

「土用」というと、いわゆる盛夏の「土用の丑の日にウナギを食べる」という習慣をほとんどの人が思い浮かべることでしょう。というか、土用=ウナギの蒲焼、とすらなっている感がありますよね?この風習が、江戸時代の国学・蘭学者にしてアイデアマン・平賀源内のキャッチコピーが元だというのも、最近ではよく知られる豆知識となりました。
しかも最近では、商魂たくましく「土用は夏だけではありません!一年に四回、季節ごとに土用があります! 春夏秋冬、土用の丑にウナギの蒲焼を食べて元気になろう!」などと宣伝している業界もあるとか。土用が一年に四回あることは本当です。立春・立夏、立秋・立冬それぞれの、直前約18日間が「土用」です。
だがしかし、です。土用はイコール丑の日でもないしもちろんウナギの日でもありません。まったく別の意味が本来あるのです。

生物だけでなく、季節も五行により形成される

「土用」とは「土旺用日」の略称。そして土旺用日とは、土の力が旺盛で活発である時期、という意味で、紀元前中国の道教の陰陽思想の導師だった鄒衍(すうえん・紀元前3~4世紀頃)が万物自然の観照から得た「五行思想」に由来します。陰陽とは道教における創造の基本原理であり、万物は陰と陽により生成した、とする思想です。そして五行とは、この陰陽の原理により生じた万物自然に共通するエレメント(素材)を土・木・火・金・水の五種類とし、全ての存在・現象はこの五つが混ざり合い、作用しあって形成されている、とする考え方のことです。生物だけではなく、季節もまたこの五行により形成されます。植物が芽生え成長する春は「木」のエレメントが、太陽の熱気が気温を押し上げる夏は「火」が、万物が堅く凝縮していく実りの秋は「金」が、全てが暗く冷たく沈んでいく冬は「水」が強く働くとされ、四季をそれぞれ担っています。そして、季節と季節とが入れ替わる移行の時期は、前の季節が死に新しい季節が生まれるまでの混沌の期間、つまり「すべては土に返り土より生ずる」から「土」のエレメントが強い時期ということになり、つまり土用ということになるわけです。
さて、ではこの「土用」とはどんな日なのでしょう。土用の期間は、土をつかさどる陰陽道の神様「土公神(どくしん・どこうしん・どこうじん)」「土公様(どこうさま)」の力が強くなり、土いじりや穴掘り、農作業、工事など、土に関わる作業を慎まなければならない、とする習慣がありました。もしこの戒めを破れば、土公神様の怒りを買い、病気になったり不幸が舞い込むとされました。仏教の「堅牢地神」(けんろうちしん=地天)、民間信仰の竈神や三宝荒神とも同体とされ、産土(うぶすな)様とも習合し、農耕生活の中で、きわめて生活に密着した神として信仰され、おそれられてきたのです。土用には「間日(まび)」が設けられて、その日には土を動かしてよい、ともされていますが、基本的には忙しく立ち働いたり派手な行動、新しいことをはじめたりすることを控えて、身を謹んで静かにすごす「養生期間」なのです。

うのつく黒いもの
うのつく黒いもの

どうして金貨を掘りだすのは犬なのか・五行と土用と十二支の関係

さて、有名な夏(立秋前)の「土用・丑の日」は、ではどういう意味があるのでしょう。「丑の日」というのは、十二支の丑(うし・牛)のことです。年毎だけではなく、月毎、日毎にも十二支はめぐってくるということはご存知の通り。夏の土用期間は月としては未(ひ・ひつじ)で、このときににめぐってくる丑の日に、ウナギを食べると養生(健康増進)になりますよ、という意味なのですが、何故ウナギかというと、先述した五行の季節の割り振りで見ますと、夏は「火」のエレメントが強く働く季節。すると、その対極にあたる冬をつかさどる「水」の力が相対的にもっとも弱まるとされます。また、五行にはそれぞれ持ち色があり、冬は黒(玄)であり、だから水に棲み色が黒く、「丑」の「う」が頭につくウナギを、未の月の対極にある「丑」の日に食べることで減衰している水の力を補い、体内のバランスを調整しましょう、という理屈になるのです。さすがは平賀源内、テキトーこいてたわけではない、ということですね。
ただし、それゆえウナギを食べるのは夏の土用限定の養生法であり、他の季節の土用にやっても道理に合わないことになります。
では春の土用は、どんなものを取るのが縁起がよく健康に繋がるのか。上記の「夏の土用・丑の日のウ」と同じ理屈であてはめてみますと、春土用を支配する五行は「木」であり月は辰。よって対極にあってもっとも減衰しているのは秋の五行である「金」で、持ち色は白。そして辰の対極の「戌」(いぬ・犬)。
皆さんは「花咲かじいさん」の昔話をご存知でしょう。「ここ掘れワンワン」と、土(!)を掘れとおじいさんに勧める「ポチ」は白い犬。そして大判小判(金)が出てきます。実はこの話は、子供向けの話を装って、陰陽五行の思想を隠れテーマにした物語になっているのです。
話が脱線しましたが、ですから春の土用には、「戌の日」に、「金の五行の作用をもつ」「イのつく白いもの」を食べるのがよいことになります。もっとも、ものの名前というのは変化が大きく、単なる語呂合わせにすぎないので「イのつくもの」にはあまりこだわる必要はないともいえますが、それでも縁起をかつげるに越したことはないですね。

ここ掘れわんわん!白犬はお約束
ここ掘れわんわん!白犬はお約束

春土用にはこれを食べて「五月病」を吹き飛ばす!!イのつくものと白いもの

今年の春土用は4月16日~5月4日まで。戌の日は4月22日と5月4日。何と今年は二回あります。どんなものを具体的には食べたらよいでしょうか。
「金」の五行の作用があるものは、たとえば木の実や種、つまり果物や穀物など。この季節で言えばそろそろビワやイチジク、プラム類でしょうか。
5月といえばすでに麦秋、つまり新麦の刈り入れも始まります。麦を原料にした粉ものやパン、もちろんお米も、大豆食品である豆腐も条件にばっちり。白いねぎをたっぷり載せていただきましょう。
変わったところでは山菜のイタドリ。ちょうど今頃4月の中旬から後半、野原にアスパラのようににょきにょきと出てきています。「い」がつきますし、漢字で書くと「虎杖」。秋の守護獣である「白虎」とも縁起がかつげます。
高知県などでは今でも盛んに食べられていますが、かつては日本全国どこでも食べていた春の山菜です。新芽はやわらかく、生で食べるとセロリか蕗にも似たさわやかな酸味があります。ただシュウ酸を含みちょっとえぐみもあるため、石灰水とあら塩で揉めばえぐみを取って食べることもできます。
大根葉のように細かく刻んで炒め、砂糖、醤油、酒、みりん、ごま油等でキンピラ風に味付けし、鰹節を振りかけるとご飯の絶好のおかずに。また、新芽を茹でて冷水に晒し、麺つゆと一味唐辛子の出汁に半日ほど漬けこむとめかぶのようなぬるぬるしたとろみがにじみでてきて、ツルツルとした食感を楽しめる逸品に。秋田では「さしぼ」という名で、水煮にしてから味噌汁の具に入れるとか。
また、イのつく魚介類も春から初夏が旬というものも多いもの。残念ながらイセエビは禁漁期に入り、イワシも入梅イワシの時期はもう少し後ですが、イカ、とくに特にコウイカは春から初夏、大きく成長し肉厚となりとてもおいしくなります。白いイカは最高に縁起がいいのでは。
イサキもこれからの時期が旬。日本海側は新潟県以南、太平洋側は千葉県以南の磯に多く棲み、白身の味は絶品。稚魚、幼魚は「瓜坊」と呼ばれます。
塩焼きがスタンダードですが、こりこりしていながらなめらかな刺身は本当に美味です。
磯釣りの王様、イシダイも産卵期の春から夏が旬。しっかりとしまった身は、「金」の性質にも合致します。アラからはとてもいい出汁が出ます。
これらのものを食べたら、健康も運気も上り調子になるかも?
これらのことは昔の人の「迷信」と思う向きもあるかもしれません。でも実際、「土用」にあたる時期には風向きが不安定となり、土中のバクテリア量や雑菌が増殖する、という研究もあったりして、あながちバカにはできないもの。ゴールデンウイークの行楽シーズンですが、心の片隅に春土用のことを心にとどめて、遊んだ後はきれいに片付けて土地神様に感謝して帰るなど、心がけてみるのも大事なことかもしれませんね。

これも、いのつく白いもの
これも、いのつく白いもの