雷様は稲の妻? 七十二候「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」 (2/2) 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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雷様は稲の妻? 七十二候「雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす)」

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落雷があると稲が育ち豊作となり、かつ邪悪なものを払うと信じられて、神聖なもの・場所や、生命の豊穣をもたらす食物や生殖の縁起物には必ず飾られるわけです。
家紋にも稲妻紋というものがあります。しかし基本的には呪符(呪いを封じたりこめたりする)の一種であったため一般的には使用されず、陰陽道の家系の中御門中納言家成の子権中納言実教を祖とする藤原北家四条家流の山科家の専用紋であったり、桃太郎伝説の本場の中岡山藩主の伊東氏だったり、神社関連の家紋である場合がほとんどのようで、聖域をあらわす文様として扱われていたようです。
また、ラーメン丼の縁によく描かれている文様は「雷文(らいもん)」といいますが、これ、古代中国やギリシャなどで盛んに青銅器や土器、絵画の文様の縁取りとして使われていました。器は古代には呪術や祭祀に使われ、生命を生み出す神聖なものともされていました。その縁を雷文で縁取るのは、やはり同じように結界の意味・意図があったのではないでしょうか。

神聖なはずの雷様が、どうして魔である鬼と同じ姿なの?

そんな神聖なものとしてあがめられてきた雷様。でも、雷神の絵や彫像を見るとどうもおかしい。もっとも有名な俵屋宗達の「風神雷神」の屏風画でも、半裸で牙をむき、角をはやした鬼のような姿で描かれています。多くの場合、虎の毛皮をまとった姿で描かれることも多い。どうして地獄の使者であり悪者の代表のような鬼とそっくりなのでしょうか。連太鼓(太鼓を輪形にいくつも並べた雷神の持ち物)こそ敦煌石窟の壁画にも見られ、大陸からシルクロードを渡ってきたアイテムだとわかりますが、それ以外はほぼ鬼の姿で描かれますよね。
このところ陰陽師安倍清明を主人公にした物語や映画がヒットしたり、風水ブームが定着したりと、鬼門だとか裏鬼門なんていう呪術用語が一般的になり、丑寅の鬼門から入ってくる魔を鬼といい、鬼が虎の毛皮をまとい牛の角を生やしているのは丑寅の鬼門が由来、なんていうことも多くの人がご存知の事。そう、牛の角と虎の毛皮、恐ろしげな風貌は鬼をあらわす典型的なイニシャルなんです。雷様はまごうことなく鬼なのです。
雷は激しい自然現象で畏怖の対象でもあったので、恐ろしげな鬼の姿と重なったのでしょうか。
雷様が鬼の姿に似るのには、実はもっと深い理由があります。先述したとおり、田の神は山の神が春になり里に下りてきたもの。つまり田の神とはもともと山の神です。そして山の神とは、日本の土俗信仰では多くの場合「鬼」の姿をとったのです(時に天狗や河童の姿となることもありますが、全て同じものの異相です)。山岳信仰では山は祖霊が帰る場所であり、死者の領域。だから、冥府の番人である鬼は山の神とも重なるわけです。山から下りてくる神・秋田の「なまはげ」が鬼の姿をしているのも同じ理由です。
昔話の登場人物たちが出てくるテレビの某CMで、鬼のキャラクターが雷様のアルバイトをしてる、という設定がでてきます。まさに山の神である鬼は春、雷神として里に下りてきて田んぼの米作りを手伝う「アルバイト」のようなことをするんですから、製作者にそういう知識があるのか、単なるまぐれかはわかりませんが、なかなか真実をついていて神がかってるな、とびっくりしました。古い伝承や伝統が失われているように思える現代でも、やっぱり連綿とした過去と今とは、深いところではつながっているのかもしれませんね。
最近の夏前後の集中豪雨の被害は、行き場をなくした雷神の嘆きのように感じなくもありません。田畑が少なくなり、実らせる作物も見当たらない町に下りてきた雷様は、どこに落ちればいいのかと、とまどっているのかもしれません。


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