ウグイス色って本当はどんな色? 七十二候【黄鶯睍睆(おうこうけんかんす/ うぐいすなく)】

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ウグイス餅は綺麗な若葉色 (11:00)tenki.jp

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二月九日より七十二候・立春の次候「黄鶯睍睆(おうこうけんかんす/うぐいすなく)」。黄鶯はコウライウグイスで、睍睆は声の美しい様子を表しますが、日本では鶯(ウグイス)が山里で鳴き始める時節の意味としています。鶯は別名春告げ鳥。ホーホケキョ、という高らかな声は誰もが知り、もしかしたら一番有名な鳥の鳴き声かも? でも、バードウォッチャーならともかく、多くの人は実はほとんど本物の鶯の姿を見たことがないみたい。そのため、鶯をめぐっては近年、都市伝説的なうわさが横行しているようなのです。

「梅に鶯」の絵柄のウグイスはウグイスに非ず、と言い出したのは誰か

皆さんは「ウグイス色」というとどんな色を思い浮かべますか? 若葉色? またはもうすこしくすんだモスグリーン? 多くの現代日本人が思い浮かべるウグイス色は、パステル調の淡い緑、といったところではないでしょうか。ところが、実際の鶯はそんな羽毛の色はしていません。光線の具合により緑に映えるときもありますが、基調は褐色に近い茶色で、JIS規格の色コードでも、鶯色はオリーブグリーンをさらに茶色にしたような色です。
もともとの江戸時代の鶯色はもっと茶色で、これは現代では「鶯茶」という色に呼び名になっています。どちらも、一般的に思われている「ウグイス色」とはかなりかけ離れた色です。
鶯は、鳴き声こそ目立ちますが非常に警戒心が強くすばやい野鳥で、常に藪や茂みに身を隠しているので人の身近にいる割には姿を見ることはあまりありません。でも、なんとなくウグイスというと緑っぽい色をしてるというイメージがあります。何しろウグイス餅やウグイス餡はきれいな緑色ですから。そこで、しばしば庭木の花の蜜や柑橘・柿の実などを食べにくる緑色の鳥・メジロを見かけると、「あ、あれが鶯かな」と思ってしまう人が増えていったようです。
そうこうするうち、日本画や花札に描かれる「梅に鶯」は本当は鶯ではないんじゃないか。きっとメジロのことを昔の人は見間違えたり勘違いしたんだよ、という風説が巷に定着するようになりました。根拠として、鶯はもともと藪や竹林で虫を食べるので、木の実や花の蜜を吸いには来ない。梅の木には鶯は来ない。それにほら、絵にあるような緑色をしてるのは、鶯じゃなくてメジロじゃないか。そういわれると、もっともらしく聞こえなくもありません。
でも、本当に昔の人が鶯とメジロを間違えたのでしょうか。江戸時代から戦前まで、江戸などの都市部では鶯やメジロなどの野鳥が、カナリアやインコが飼われるようにさかんに飼育されていました。江戸時代には特に鶯は盛んに飼育されていたようで、昔の人は鶯の姿かたちも習性も食性もよくよく知悉していました。
ですから、現代人のように、身近な野鳥を見誤るということはありえなかったのです。
「梅に鶯」という図柄は、梅・鶯というそれぞれ早春を象徴するスーパースターの夢のコラボをあらわした、いわばファンタジーなのです。伝統的な欄間では、片方に梅が彫ってあると対に必ず鶯が彫られているのが決まり。松に鶴、竹に虎(雀)、紅葉に鹿、牡丹に蝶(唐獅子)、波に千鳥、柳に燕、猿に絵馬と、これらのとりあわせはめでたいもの、吉兆の象徴とされ、きっちりと決まっている文化で、「梅に鶯」もそのひとつなのです。
これらの取り合わせ、何かを思い出しませんか。そう、大半が花札の絵柄になっています。花札の意匠は、現実の風景の写実ではありません。これが来たらこう、という符丁の集大成。それは先述した欄間や、絵皿や染物などでも同様です。
つまり、野鳥を知らないばかりではなく、そうした伝統的意匠の決まりごとの知識もなくしてしまった現代人が、自分自身の勘違いを後付けで正当化してしまっただけなのです。

でもまてよ? じゃあ緑色のウグイス餅やウグイス餡はどうなるの?

しかし、ここでひとつ疑問があります。
工業用コードがいくら茶褐色で、本物の鶯もそんな色だとしても、ウグイス餅やウグイス餡など、ウグイスと名のついた伝統的な和菓子は緑色ですよね。どういうことでしょうか。
江戸時代にはご存知のように「奢侈禁止令」がくだされ、派手な色や柄を着用することが禁じられました。そのために生まれたのが江戸小紋ですが、色彩も許される地味な色を使っていかに粋にオシャレするかが江戸庶民の文化となりました。茶色にもさまざまな色合いが生まれ、また素敵っぽく聞こえる色名が発案されました。そうして生まれたのが「鶯色」でした。
「うく(ぐ)ひすといふて路考は染にやり」
江戸歌舞伎の人気役者・二代目瀬川菊之丞、通称「王子路考」が「八百屋お七」の下女お杉役で舞台に上がった時に身につけた着物の色が「路考茶」と名づけられ、江戸娘たちの間で流行します。菊之丞は鶯色の着物に染めるように注文したのが失敗したのに怪我の功名で流行になった、と揶揄する川柳ですが、ここからもわかるとおり「鶯」という色は茶色の一種だったのです。
そして、今は若葉色のうぐいす餅も、江戸時代からの伝統を受け継ぐ老舗の和菓子屋さん、本家菊屋、大和甘林堂などの「鶯餅」は、褐色のきな粉餅です。昔は鶯餅は、本物の鶯の色に似せられていたようです。
では、ウグイス餡のほうは? ウグイス餡の原料は青エンドウ、つまりグリーンピースですが、明治の中期、これを甘く煮たところ鶯のような緑がかった茶褐色になったので「うぐいす豆」と名づけて売り出します。この青エンドウを餡にして昭和5年に木村屋がうぐいすアンパンを発売します。そして戦後、合成着色料添加の時代になり、もとの青エンドウの緑を髣髴とさせるより生き生きとした鮮やかな色に変化していき、今のようなウグイス餡の色に。
その頃には、戦争を経て鳥や自然をめでる風習も失われてしまい、本当のウグイスもウグイス色も知らない人ばかりに。いつしか鮮やかな緑色が、うぐいすという鳥の色だということになっていったのでしょう。
でも広重などの浮世絵や日本画、そして花札ではどうなのでしょう。そこでは多くの場合ウグイスは緑色に着色されています。広重はメジロもいくつか描いていますが、色は別としてウグイス、メジロ、どちらの鳥もきちんとその形状やしぐさをとらえた表現をしていて、決して見間違えて描いてはいません。
緑の色にしたのは、間違えたり混同したのではなく「あえて」の手法。鶯の羽色の緑がかった光沢をデフォルメし、目立つ色彩にしたというのが真相でしょう。
たとえば蛸が漫画などで赤く描かれたり(実際にはタコは赤ではありません)、富士山の雪冠以外の山肌を青にしたり、桜の花はほとんど白に近く、うっすらとしたピンクがさす程度なのにくっきりとしたピンクにするのと同じ、絵画独特の「お約束」の色だったのではないでしょうか。
花札は色刷りする色数も制限されているので、特に全身緑にしたりします。でもその場合にも、よく見ていただければわかるとおり、メジロの何よりの特徴である目の周りの白い輪には決してなっていません。ウグイス以外の何ものでもないからです。

あの有名ミステリーに出てくる俳句にもメジロ混同説が

鶯の身を逆にはつねかな(宝井其角)
さてせっかくミステリー風のタイトルなので、あの有名な横溝正史の推理小説「獄門島」で有名になったこの俳句についてもふれておきましょう。この句では鶯が体をさかさまに(枝にぶらさがったかたちで)して鳴いている、という様子を詠んでいるようです。しかし、鶯が鳴くときにさかさまになったりはしない、だからこれは、しょっちゅうさえずりながら花の蜜を吸いさかさま体勢になるメジロのことだ、というメジロ説がやはりちらほらと見受けられているようです。でも、其角といえば、ほかにも鶯で
鶯に長刀かかるなげしかな
なんていう句もありまして、これを読むとどうも其角の家には鶯がいて、飼っていたのかな、と思わせます。そうすると、はつねの句も、鶯が身をさかさまに鳴いているのではなく、鶯の初音を、畳に横たわりながら頭越しにさかさまに見てる俺様、という意味の句にも読めます。または、鳥かごの中ならば、鶯もたわむれに止まり木にさかさまになってちょっとさえずった、なんて程度の他愛ない一景なのかもしれません。いずれにしても、飼っているか身近に(長押に)いるほどの鶯を、メジロと混同したりということはないでしょうね。

さて、春も浅いこの時期、デビューしたての若い雄鶯は高鳴きがへたくそで「ホー・・・ホケケ・・ケッ・・ケキョキョ?」とつっかえたり、コケたり噛んだりと、失敗しまくり。聞いていると笑ってしまいます。
それが懸命に練習して徐々に上達していき、春本番のころには誇らしげに囀るのを聞くと、「うん、うまくなった!! がんばれー」とちょっとウルッときてしまったりします。近くで声がしたら、居場所をさがしてみてください。少し我慢して静かに待っていれば、メジロではない本物の鶯のかわいい姿が見られるかもしれません。

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