NHK連続テレビ小説『あさが来た』で、五代友厚がヒロイン(明治の女性実業家)にそっくりな生きものがいる、といって絵まで描いてみせたのが「ペングイン」。いやたしかに可愛いけど、女性にいきなりあなたはペンギン似だと伝えるものだろうか? と戸惑った方もいらっしゃることでしょう。それは、南極で冷たい氷の海に最初に飛び込む「ファースト・ペンギン」のことだったのです。あかちゃんも命がけの、南極集団生活とは?

アデリーペンギン
アデリーペンギン

「ファースト・ペンギン」は生け贄だった?!

ペンギンたちが氷の上でおしくらまんじゅうしていたら、端っこにいた1羽がついにポチャンと入水!! その最初に飛び込む1羽を「ファースト・ペンギン」と呼ぶそうです。だんだん押されて「あ〜れ〜」と落下したようにも、「えいっ」と意を決して自ら飛び込んだようにも見えますが、この1羽の存在には大きな意味があるようです。
野生のペンギンは、1年間に2000万トン以上のエビ・カニ・イカ・魚などを食べているといいます。これは日本やアメリカの年間漁獲量のなんと約4倍!! 「ペンギンさえいなければ・・・」と漁師さんたちに陰口をたたかれてしまうくらいの大食漢なのです。その食事のためには、当然海に入って狩りをしなければなりません。ですが、海の中にはペンギンのご飯たちが泳ぐだけではなく、ペンギンをご飯にしようとしているヒョウアザラシたちも待ち伏せているのですね。
そこで、「ファースト・ペンギン」が飛び込みます。彼(彼女)が血だらけになって浮いてきたら、他のペンギンは飛び込まないで逃げる。もしスイスイ泳いで魚をゲットしていたら、次々に飛び込んでいくのです。そんな生け贄的な・・・と思うかもしれませんが、種として1羽でも多く生き残るための自然の知恵といわれています。
それに危険がなかった場合は、最初に飛び込んだペンギンは 逃げ出す前の魚をお腹いっぱい食べられる特典つき!ハイリスク・ハイリターンですね。じつは「ファースト・ペンギン」は、ビジネス用語。最初に新たな事業に手を出すことはリスクも伴うけれど、成功したときの利益も大きい。そしてたとえ失敗したとしても、結果を後に続く者に役立ててもらうことができる。五代友厚さんは、そんな励ましをこめてヒロインを「ペングイン」に例えていたようです。

誰が行く?
誰が行く?

南極にいるのは2種類だけ! 寒がりやさんも

ペンギンの皆さんは南極在住! と思いきや、南極にはアデリーペンギンとエンペラーペンギンしかいないそうです。現在いる18種類のペンギンたちは 南半球のあちこちに住んでいて、中には赤道近くで暮らしているガラパゴスペンギンも。もともとペンギンは、大昔には暖かい地域で陸地に穴を掘って暮らしていたともいわれます。日本の動物園では、フンボルトペンギンは冬になるとストーブにあたっているという噂も・・・ちょっと意外ですね。
寒さに強いペンギンは優れた保温システムをもっているため、逆に高温多湿の環境では熱中症になりやすいのです。アデリーペンギンは気温が4℃になるとクチバシを開けてハアハアし、エンペラーペンギンは20℃を超えるとストレスで落ち着かなくなるそうです。断熱効果の高い羽根や、動脈と静脈が互いに絡み合った特殊構造の血管になっている脚で、ブリザードのなか氷の上に立ち続けていても冷えにくい体になっています。

エンペラーペンギン
エンペラーペンギン

世界でいちばん過酷なイクペンたちの子育て

南極の、もっとも寒い季節を選んで子育てする エンペラーペンギン。
お母さんは卵を1個だけ産むと、お父さんに預けてエサを食べに海へでかけていってしまいます。ひとり残されたお父さんは約2ヶ月間、立ったまま抱卵。元祖「イクメン」もといイクペンです。雪以外口にするものもありません。卵が孵ってもお母さんが帰らなければ、自分の胃壁を溶かしてヒナに与えます。これは白い液体状なので『ペンギンミルク』と呼ばれています(父の乳ですね)。 もしお母さんが事故などで戻らない場合は、父子ともに餓死または育児断念(放棄)・・・過酷な子育てです。
厳しいブリザードに見舞われると、イクペンたちは体を寄せ合ってエネルギーの消耗を抑えます。これを『ハドリング』と呼び、中心部分の温度は 外に比べて10℃以上も高くなるそうです。1羽でいるときより13〜37%も代謝量を節減できるともいいます。
また南極の真冬は危険な敵がほとんどいないので、絶食期間中は「無防備に深く眠る時間」 (ノンレム睡眠ですね)を増やして、代謝率をさらに落とすのだそうです。寒さや飢えと闘いながらの子育てで、体重は半分近くも減ってしまいます。
産まれた卵やヒナの死亡率はとても高く、群れには親になれなかったお父さんが半数以上いるのです。あかちゃんが何かの拍子にちょっとお父さんから離れると、瞬時によそのお父さんたちが抱っこしようと走り寄ってきます。そして奪い合いになり、信じられないことにあかちゃんが巻き込まれて踏みつぶされてしまうことも!どうしてそんなに激しく近づくの?!と責めたくなってしまいますが、あかちゃんが凍える前に一刻も早く温めなくてはと思うのかもしれません。奪ってでも育てたい!という強烈な父性本能があるから、過酷な子育てに耐えられるのでしょうね。

歩く胃袋たち
歩く胃袋たち

ついにお母さん登場♪ 保育園もあります

お母さんが帰ってきたら、ようやくお父さんの絶食解禁です! 空腹すぎて 海へ出るまでに力尽きてしまうお父さんもいますが、これからは両親で子育て。お母さんはここで我が子と初めてご対面です。
ヒナの体を超音波で見ると、胃袋に皮を被せ頭と脚とフリッパー(ヒレ)をつけただけの「全身胃袋状態」なのだそうです。このすごい食欲を満たして大きく育てるため、両親はせっせと海へ出ます。両親が働いている間、子供は『クレイシ』という集団保育所で預かってもらえるようです。子供のいない若者ペンギンなどが子供たちを取り囲んで保温し、守ります。こんなにいっぱいいて、お迎えにきたお母さんは自分の子が探し出せるのでしょうか。ペンギンは、声で家族を識別するそうです。そして、ヒナは決して親を間違えないし、親はよその子には決してエサを与えません。そうしてだんだん外に呼び出してお迎えするようになり、お迎えがなくなり、ヒナはしかたなく自分から海に出ていくのです。
二足歩行し、知恵を駆使して集団行動しながら、目的の時まで耐えて待つこともできるペンギンたち。歴史にのこる経営者さんたちも、状況が過酷なときこそ極寒のペンギンの姿を思って乗り越えてきたのかもしれませんね。
<参考>
『ペンギンの世界』上田一生(岩波新書)

おやじのせなか・・・
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