もうすぐ冬至。日本ではそれほどでもありませんが、緯度の高い北へ行くほど冬至のころの昼間は本当に短くて、「太陽が死ぬ」というイメージは大昔の人々には強い実感を伴うものだったのでしょう。夏の盛りから衰え続け、ついに一度死んだ太陽が新たに再生する、その祝祭の日が冬至であり、中国の太陰暦では暦の起点とされ、またクリスマスもかつては太陽神の復活の祭りだったということは、ご存知ですよね。
日本でも冬至に柚子(ゆず)を湯に浮かべて入るという習慣があります。黄色く丸いユズを太陽に見立ててのことでしょう。

冬至の七種(ななくさ)、ユズ湯・・・縁起担ぎの運盛りアイテムで一陽来復

私たち日本人には何かと親しみ深い柚子。特に冬至の近いこの時期は鍋の味付けなどで大活躍の季節です。最近では人気のカピバラがユズ湯につかる観光施設の名物企画もすっかりおなじみですね。
ユズ湯の起源は江戸時代。銭湯がはじめたサービスだったといわれています。それも薬湯が供されるようになった文政年間(1818~1830年)以降のことで、ユズ湯に言及があるもっとも古い文献で天保九年(1838年)の『東都歳時記』ですから、古くても江戸中期~後期ごろにはじまった風習のようです。
「土用丑の日にうなぎを食べる」の発祥のように明確な由来がわかっているわけではないのですが、冬至と湯治、ユズと融通をかける駄洒落的な感覚は、いかにも落語的で江戸町民文化らしく、江戸時代に江戸の銭湯発祥というのを裏付けているように思います。
科学的な根拠は不明ですが、この日にユズ湯に入ると風邪をひかなくなる、という言い伝えがあり、実際にユズの皮に含まれる香油の成分は、保温や血行促進、リラックス効果があるそうです。
ユズ湯とともに冬至に欠かせないアイテムがかぼちゃ。かぼちゃの語源は国名のカンボジアというのは有名ですが、かつては南京と呼ばれていて(あの「芋・タコ・南京」の南京です)冬至は、太陽の南回帰線の到達を境に運もまた再び上昇すると「一陽来復」の日でもあるのです。この一陽来復の好機に、「ん=運」が二つ重なる食材を食べて運を上昇させる縁起担ぎが「運盛り(うんもり)」。南瓜(ナンキン・カボチャ)・蓮根(レンコン)・人参(ニンジン)・銀杏(ギンナン)・金柑(キンカン)・寒天(カンテン)・饂飩(ウンドン・うどん)を「冬至の七種(ななくさ)」と称して、健康と運盛りを祈念して食べるのです。
野菜不足になりがちな真冬に、かぼちゃやにんじん、レンコンなどの各種ビタミン、寒天の水溶性食物繊維、それに体が温まりエネルギーのもととなるうどんなどを食べることは、科学的に理にかなった健康法といえそうです。

カピバラも柚子湯が大好き
カピバラも柚子湯が大好き

ユズ、カボス、スダチ、そしてシークワーサー・・・ジャパニーズシトラスの数々

海に囲まれ、モンスーンや台風などの影響で湿潤な気候の日本列島。そんな中で比較的乾燥した気候なのが瀬戸内海を囲んだ山陽と四国、特に四国は夏になると水源池が枯渇して水不足を懸念するニュースが毎年のように流れていますよね。山岳斜面が多く水に恵まれず水稲栽培には不利な分、四国では古くから畑作によって小麦が生産され、素麺やさぬきうどんが名物となり、また温暖な乾燥地を好むオリーブやかんきつ類の一大産地ともなりました。
愛媛がみかん、香川が小麦とオリーブ生産が盛んなのに対して、高知の柚子、徳島の酢橘(スダチ)は全国でもトップのシェアとなっています。ただ、スダチが徳島県が全生産量の98%とほぼすべてであるのに対して、ユズは高知が半分ほどの生産量を占めるとはいえ、宮城県以南の広い地域で栽培されていて、その分日常に密着して親しまれていますね。
ユズやスダチ、そして大分県が生産のほとんどを占めるカボスなどは香酸柑橘(こうさんかんきつ)と総称され、レモンやライムなどと同じ仲間。奈良時代頃に中国の揚子江付近から渡来したといわれていますが、海外では「ジャパニーズシトラス」として知られています。そのまま食べると酸味や苦味が強すぎるけど、搾って酢などの調味料の代用にしたり料理の香りづけにするなどの用途があります。甘みが少ない分さわやかで酒にもあい、香酸柑橘を搾ったチューハイは大人気ですよね。
ところでごろんと転がっていたら、それがユズかカボスかスダチか、一目でわかりますか?スダチは小ぶりでピンポン玉くらいですが、ユズとカボスはおおきさはほぼ同じ。もちろん、冬の黄ユズは一目瞭然ですが、初夏に出回る青ユズといわれるものは、カボスとは外見ではほとんどわからないくらい似ています。見分け方は、ユズのほうが皮につやがなく、カボスはつるつるしています。でも、実はカボスよりも、ユズとスダチの方が近縁。そして沖縄のシークワーサーも香酸柑橘の仲間ですが、こちらは大きさがスダチと見分けにくいですよね。
「冬至の七種」にふくまれていたかわいい見た目の金柑も香酸柑橘。鮮やかなオレンジ色で皮ごとそのままでも食べられますが、煮込んでジャムのようにするのが一般的ですね。
お正月飾りの橙(だいだい)も香酸柑橘。この橙、収穫しないで木につけたままにしておくと、一度オレンジ色に色づいた実が、春にふたたび緑に戻るという息の長い生命力があり、そのため縁起がよいとして鏡などのお飾りに使われています。ちなみに橙の果汁が、あの「ポン酢」です。
さて、とはいえ世界的に見るとユズやスダチは日本を中心にして生産量は少なく、もっとも多く生産されていてメジャーな香酸柑橘はやはりレモン。このレモン、特にカリフォルニアなどアメリカ西海岸が有名ですが、十九世紀の半ば・ゴールドラッシュの時代、鉱山の労働者の壊血病(かいけつびょう)を防ぐ対策の為に栽培をはじめたことで一大産地になったのだそう。レモンの次に生産量の多いライムも、やはり十九世紀、イギリス海軍の水兵たちが壊血病に苦しみ敗戦続き、そこでライムを大量に積み込んで食べさせたところその病気が解決、スペイン海軍を破る殊勲をあげてから各地で栽培が始まり、またビタミンという栄養素についての研究も始まったといわれます。

カボス
カボス

かぐわしいユズには棘がある

かんきつ類はどれにも葉腋にとげがあります。これは乾燥し日差しの強い環境に適応して進化したため。特にかんきつ類の接木栽培の台木として使われるカラタチは、かつては泥棒侵入除けの生垣に盛んに使われていたように、鋭く硬い棘が無数に突き出していて、葉が落ちた冬には棘だけの姿になり近寄りがたい印象を与えます。かんきつ類のこの棘、しばらくすると新しい枝に変化します。乾燥した土地で強い日差しと水分の蒸散や鳥や虫からついばまれるのを防ぐために、最初は硬い棘として出てくる進化をしたのでしょう。
筆者は小学生のときにアゲハチョウを育てようと、幼虫の食草であるカラタチをさがしまわった記憶がありますが、なぜかアゲハチョウの仲間のほとんどはかんきつ類の葉しか食べません(キアゲハだけはパセやにんじんなどセリ科の葉を食べます。)。かんきつ類の畑ではアゲハチョウの幼虫の葉の食害が日常茶飯事だそうですが、よほどの大発生でない限り葉を食べるだけの幼虫はそれほどの害はなく、適当に間引く程度で大々的な駆除は行われないのだとか。
ユズを料理やお酒にしぼるときは、皮を下に搾るのがお勧めです。ユズ独特の香りの成分である香油は分厚い皮に含まれていて、皮を下に向けると大量に香油が搾り取れて、香りをより楽しめます。
俗に「桃栗3年、柿8年、梅は酸い酸い13年、柚子は大馬鹿18年」といわれ実を成すまで時間がかかるといわれるユズ。
大馬鹿ってひどいですが、最近はその大馬鹿18年のユズが本場のフレンチなどで大モテになっていて、さまざまな料理に使われているんだそうです。ユズだけではなく、カボスやスダチなどのジャパニーズシトラスが、レモンやライム並みに世界中に知られ、使われる日がやってくるかもしれませんね。
ともあれ、今年の冬至にはひとつ、のんびりカピバラのようにユズ湯につかって、一年の疲れを癒してみてはいかがでしょう。