師走は今も昔もあわただしい…。平安貴族も芭蕉も12月は忙しかった! 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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師走は今も昔もあわただしい…。平安貴族も芭蕉も12月は忙しかった!

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年末の浅草寺仲見世通り。賑わいもひときわ。

年末の浅草寺仲見世通り。賑わいもひときわ。

カラスくん、君はにぎやかな師走の街に行くんだね…。

カラスくん、君はにぎやかな師走の街に行くんだね…。

白菜のおつかいを頼まれました…

白菜のおつかいを頼まれました…

今年もあと1ヵ月を切りました。仕事の年末進行、忘年会、大掃除、クリスマス、年賀状、新年の準備と買い出し…。12月中にやらなければならないことがたくさんあって、落ち着かない日を過ごしている方がほとんどだと思います。街も歳末セールや福引きなど、活気があってにぎやかです。ところで、昔の人は師走はどうやって過ごしていたのでしょう。今のように、やはりバタバタとあわただしく暮らしていたのでしょうか。

師走を詠んだ芭蕉。世俗を断ち切ったはずなのに、にぎやかな街に行きたいオレは…。

何にこの 師走の市に 行く烏(からす)
(師走で大にぎわいの街に、何を好んで行こうとしているのか、カラスよ)
松尾芭蕉、「奥の細道」の行程を終えたあと、46歳のときに近江で詠んだ句です。
一見すると、わざわざ、師走の人ごみに行こうとしているカラスをとがめているような句です。しかし、この句はカラスを擬人化し、芭蕉自身が「世俗に参加したい」という羨望があらわれているといわれています。
世俗を断ち切り、俳諧の道を究めようと奥の細道の旅に出たものの、長い行程を終えたその年の師走、にぎやかな街に飛んでいくカラスを俳句でとがめながらも、その裏では、カラスをうらやましく思う芭蕉。自分も、あの師走でにぎわう街に行きたいなあ…、俳諧の道に入ったけど、やっぱりにぎやかなところが好きなんだよなあ…、などとつぶやいている芭蕉の気持ちを垣間見ることができます。もし芭蕉がツイッターができる環境にあったら、なんとつぶやいたでしょう。世俗から離れたはずの芭蕉にとっても、活気のある師走の街は魅力的だったのでしょうね。

平安時代も年末は忙しい。貴族でさえも、12月は落ち着かなかった。

数ふればわが身につもる年月を送り迎ふと何いそぐらん
(数えてみると、自分に積もり重なる年月なのに、どうして、一年を送るといってはあわただしくしたり、新年を迎えるといってはバタバタと準備をしているのだろう。年を越すのには何も急ぐ必要はないのに)
平兼盛が詠んだ歌で、「拾遺和歌集」(1006年に成立か?)に載っているので、平安時代中期の和歌です。平安時代の貴族であっても、年末はあわただしく過ごしていた様子が読みとれます。
カレンダーを1枚めくるだけなのに、年が改まるとなると、やらなければならないことがたくさん増えて、師走になったとたんに、時間的にも気持ち的にも、なんとなく落ち着かなくなってしまいます。それは、現代の庶民であっても、昔の貴族であっても変わらないことなのですね。

白菜を一株抱えて一心に街を走る…。昭和の師走もあわただしい。

白菜を一つ抱えてしぐれする師走の街を走るさびしも
(白菜を一つ抱えながら、傘もささず冷たい時雨が降る師走の街を走る人がいる。さびしいものだなあ)
昭和3年、東京生まれの馬場あき子による短歌です。
寒々とした12月の雨降る街を、傘もささずに一心に白菜を丸ごと一つ抱えながら走る姿。今晩のおかずが鍋なのに白菜を切らしていたのか。あるいは、漬け物を漬けるのに白菜が足りなかったのか。はたまた、その日は八百屋で白菜が安売りだったのか。走っているのは主婦だと思われますが、その一心不乱に師走の街を白菜を抱えてかけていく姿は、なんとなくこっけいでもありますが、一方で、家族が待っている家=団らんを想像することができます。それを自分の身と照らしあわせて、あき子は最後に「さびしも」とつぶやいてしまったのでしょうか。
平安時代も江戸時代も昭和の時代も、師走はバタバタと忙しく暮らしていたのですね。今年もあと少し。どうして年末は毎年毎年、こんなにあわただしいんだろう…と思いながら、また一年が過ぎていきます。来年の年末も、再来年の年末も、忙しい忙しいといってバタバタするのは容易に想像できますね。早め早めに準備して、一度でいいからゆったりとした年末を過ごしてみたいものです。


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