山地の紅葉も終わり、都心に紅葉が移った後、関東でももっとも遅く12月上旬に紅葉シーズンを迎えるのが温暖な房総半島にある養老渓谷です。春から夏にはカジカガエルがそこここの岩場や川だまりに繁殖し、大小の蛇が這い回って大変な活況ですが、さすがにこの時期になるとその姿もなく、全長100mの滑滝、粟又(あわまた)の滝の心地よい水音が、色づいた樹間から染みとおってきます。静かで素朴な観光地ですが、最近いくつかこの養老渓谷近辺が大きな話題となりました。

地球は、磁場の逆転を何度も繰り返していた

この夏、「地球に千葉時代が来る?」という見出しのニュースが躍ったのをごぞんじでしょうか。何のことかというと、養老渓谷の市原市田淵近辺の地層「千葉セクション」の白尾(びゃくび)層が、ジュラ紀とか白亜紀というような地質学上の正式名称として採用されるかも、という話なんです。
この「白尾(びゃくび)層」とはどんなものかというと、地球で今まで何度も繰り返されてきたという地磁気の逆転(地球のN極とS極が逆になる現象)が最後にあった時代の地磁気逆転地層。
イタリアのモンテルバーノ・イオニコと、ビィラ・デ・マルシェの二箇所が知られる以外は、世界でもこの田淵の千葉セクションといわれる地層のみ。そして、この地層をシステム研究機構国立極地研究所が採取し最新式の詳細な検査をしたところ、今までは約78万年前と推測されていた最後の地磁気逆転の時代が、それより一万年ほど遅い77万年前だということがわかり、これが画期的な研究成果として認められたのです。
ちょっとわかりにくい話かもしれませんが、このことによって、たとえば恐竜の絶滅時期の時代区分などにも影響が出て変更されることになるかもしれない、ほどの大きな成果なのです。
でも、地球の磁場が逆転、なんてことがあるのでしょうか。実は磁場は地球の歴史の中で何度も逆転していたそうで、今の地震学などに応用されるプレート・テクトニクスもこの地球磁場の研究と大きくかかわっています。地球の磁場を形成しているのは地球の中心部にあるコアと呼ばれる部分。中心部が固形で、その周辺をどろどろに解けたマントルコアが覆っているかたちになっています。流動体ですから動くわけですね。
それにしても、磁場が逆転するちょうどその時代に生きていた生物は大変です。
実際、生物の大量絶滅や気候変動と磁場の逆転が関係している、ともいわれているそうです。

地層ウォッチ!! ジバ逆転で「チバニャン」の時代がやってくるかも!?

では、そんな時代の地層がどうして養老渓谷で見られるのでしょうか。
養老渓谷は山と山にはさまれた形状の谷ではなく、千葉県中央部に盛り上がった上総丘陵の侵食谷で、実際に行ってみると比較的平坦に続く土地から下に落ち込み、めり込むように形成された谷間です。
上総丘陵は300万年前、それまで深海にあった海底谷から泥砂が東に運ばれて「海底扇状地」が形成され、その後、250万年から40万年前にかけて砂・泥が堆積して出来上がりました。
なので、養老渓谷の地層にもタービタイトと呼ばれる深海の堆積層が見られ、この地層には天然ガスやヨード(海草に多く含まれ、甲状腺の被曝予防や傷薬に使われるアレです)を含んだ化石海水が抽出されます。
房総半島は世界でも有数のヨードの産出地で、このヨードは日本が唯一世界に輸出している鉱物資源です。
また、養老川の支流である梅ヶ瀬渓谷では、2012年、90万年前に生息していたという世界最大のトドの化石が発見されました。今のトドよりずっと大きく体長5m、体重3tもあったそうです。
そんなわけで、房総丘陵の侵食谷である養老渓谷にはその時代の地層がよく観察でき、当時の地球の様子を知る貴重なジオパークとなっているのです。
そしてこのほど、正式に第四紀更新世前期・中期境界の地磁気逆転地層の時代の国際標準模式地として、名称「チバニアン」が国際学会に登録の申請がなされました。2016年の万国地質学会議で「千葉セクション白尾層」が国際標準模式地に選定されるとその時代は「チバニアン」、千葉時代として登録されることになるのです。そうなれば日本では初めての認定となり、その証として地層に「ゴールデンスパイク」(国際標準模式地を証徴する金色の鋲)が打たれることになるそうです。「チバニアン」が認定されれば世界遺産以上の快挙。何しろゴールデンスパイクは世界でも今まで65ヶ所にしか打たれていないのです。場所は養老川の穏やかな渓流沿いの切り立った崖。にわか見物客が大挙してしまうかも。今のうちに紅葉狩りがてらゆっくり観察に訪れるといいかもしれませんよ。
さて、少しむずかしい地学の話になってしまいましたが、明日は、これから本格的な紅葉時期を迎える養老渓谷の観光、楽しみ方をご紹介したいと思います。