90年前に始まった民俗学的アプローチ「考現学」。そのまなざしから見る、変わりゆく風景と人々の装い 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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90年前に始まった民俗学的アプローチ「考現学」。そのまなざしから見る、変わりゆく風景と人々の装い

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今和次郎らによる「銀座のカフェー服装採集」(『今和次郎採集講義』青幻舎より引用)

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外国人旅行者の姿が目立つ、変貌し続ける銀座

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寝台特急北斗星の運用に幕を閉じたばかりの「あゝ上野駅」

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こちらは開業100周年を迎えた東京駅

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街中には早々とクリスマスメロディーが流れ始め、人々はコートをはおり始めます。
そんな光景も毎年ともなれば、特別に記録する人も多くないかもしれません。
でも、そんな「都市」の有り様を記録にとっていた研究者が存在していました。
── 90年前に始まった「考現学」。それは文字通り「考古学」に相対するもの。
考現学にみられる好奇心&遊び心とは?
※メイン画像は工学院大学図書館今コレクション「アサヒグラフ」1926.11に掲載されたもの

民衆の記録を残した今和次郎

90年前に始まった「考現学」を始めた人、その人とは、今和次郎(こん・わじろう 1888~1973年)です。
早稲田大学の建築学科で教鞭をとっていた今は、デッサン、建築史、住宅建築などを大学で教えるかたわら、各地で日本の民家の調査を行いました。
「民俗学」的なアプローチを通じて、人々がどんな空間で、どんな暮らしを営んでいるかの民衆の記録を残そうとしたのです。
そんななか、関東大震災(1923年)が起こり、東京の街の姿は一変します。
一面がれきと化した光景を目撃した今は、「目の前にいる人々の生活や風俗の記録を克明にやってみよう」と、都市の風俗を記録する「考現学」の調査を始めます。

東京の繁華街の風俗を、スケッチで記録

「考現学」とは、古代を研究する「考古学」に対して、現在を調査する、という意味のもの。
今は、「大震災で原始的な状態に帰った当時の東京では、記録作成が容易であった」とも述べています。
今らは、銀座を中心に上野、浅草などの、主に繁華街の風俗をスケッチで記録し始めました。
この記録は1927年に「しらべもの展覧会」として公表され、人気を博しました。
スケッチには人々の履いている靴の形状、男性着ている着物の柄、ヒゲのはやし方、カフェーの女給の服装、「本所深川 女に入り用な品物」のリスト、果ては「某食堂の茶碗のかけ方」「洋服の破れ個所」「東京場末女人の結髪」など、さまざまなディテールが細部にわたって記録されています。
なかには「こんな記録に何の意味があるの?」と首かしげてしまうようなものもありますが、なんといっても今の遊び心に満ちた、好奇心のあり方がユニークで楽しいのです。

新しい街が見えてくる、考現学のまなざし

今ならではの遊び心と好奇心で始まった「考現学」ですが、その成果は生活学、都市社会学といった学問に影響していきます。
さらには、温かなまなざしによって切り取られた記録は、都市とのつきあい方や、私たちがどんなものに囲まれて生きているのか……といった、失われやすい情報をアーカイブする役割も果たしてくれたのです。
これらの記録は、私たちの今後の暮らしに大きなヒントが隠されているかもしれません。
── 海外旅行から帰ったときに日本の風景が新たな視点で見えるように、考現学のまなざしで街を見直すと、「目」が変わり、新たな街の姿が見えてくるかもしれません。


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