今年も紅葉が待ち遠しい季節になりました。春の桜とともに、「日本人で良かった~」と思う季節ですね。
この色彩美を織りなしている「自然の不思議」は、秋をつかさどる女神「竜田姫(たつたひめ)」のおかげと言われています。
「竜田姫」って誰?…気になる紅葉前線とともにお伝えいたします。

秋の女神「竜田姫(たつたひめ)」の由来

「竜田姫(たつたひめ)」は、現在の奈良県生駒郡三郷町にある、竜田神社に祀られている女神さまです。
ではなぜ、竜田姫が秋の女神と呼ばれるようになったかといいますと…平城京では、五行思想にもとづいて春ー東、夏ー南、秋ー西、冬ー北、にそれぞれ女神を配しました。
西には竜田山があり、その神霊が神格化され、秋をつかさどる「竜田姫」となったと言われています。そして、この周辺は紅葉の名所も多いことなどから、季節だけでなく「錦秋の女神」として親しまれています。
西の竜田山の竜田姫に対して、東の佐保山には「佐保姫(さほひめ)」が、対をなしていることはご存知の方も多いと思われます。残念ながら、竜田山も佐保山も現在ではなくなってしまったそうです。
この他に、夏(南)を司る「筒姫(つつひめ)」、冬(北)を司る「宇津田姫(うつたひめ)」の4人で、東西南北の女神がそろいます。
竜田山は姿を消してしまいましたが、竜田川は今もあり周辺の公園は、紅葉の名所として健在です。
※竜田神社は、法隆寺建立の守り神として創建の後、明治の神仏分離令により、現在は龍田大社の摂社となっています。

竜田姫の特技は…?

紅葉を「山を織りなす裾模様…」などと例えますが、竜田姫は染色とお裁縫が特技と言われ、信仰されています。
秋の野山を、駆け抜けるように紅葉を染め上げる…このことも「秋の創造主」として相応しい、とされた由来のひとつと言えます。
平安時代、『源氏物語』の文中(雨の夜の品定め)にも、染色の上手だったかつての妻を「竜田姫」にたとえるシーンがあるように、染色や色重ねのセンスが良いことは、女性にとって大きな魅力とされていたことがわかりますね。
季語においても、古くから和歌や俳句にも多く詠まれてきました。有名なところでは、在原業平の作品に
【ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは】(古今和歌集 )があります。
その他に、能『龍田』の元となった和歌に以下の二首があります。
【竜田川もみじ乱れて流るめり渡らば錦中や絶えなん】(詠み人知らず 古今和歌集)
【竜田川もみじを閉づる薄氷 渡らばそれも中や絶えなん】(藤原家隆 新古今和歌集)
後に詠んだ藤原家隆が、古今和歌集の歌を下敷きに詠んだと言われていますが、同じ竜田川のもみじを詠っていても、家隆の「もみじを閉づる薄氷…」には冬が近い晩秋の気配が色濃く感じられますね。

さらに、夢二が認めたミス・ニッポン

竜田姫は、裁縫と染色という特技だけでなく、美しさでも絶賛されています。
大正時代の美人画家・竹久夢二の晩年の作品に「立田姫」(昭和6年作)があります。
この作品を通して、夢二は「自分の一生涯における総くくりの女だ。ミス・ニッポンだよ」と評しています。
鮮やかな赤い振袖に身を包んだ姿は、真紅に染まった紅葉の色を思わせます。
色の深さとしての「紅」は季節の深さを表わし、燃えるような色に包まれた夢二の「立田姫」は、静かにたたずむがゆえの、心の深さを描いているようにも見えます。
絵に添えられている漢詩は、稲作にまつわるものです。豊穣の女神でもあった竜田姫に相応しく、実りとは、物と心の両方にやって来ることを感じさせてくれる作品となっています。
自然の景観に、古くからの歌に、そして近代の絵画に影響を与えた「竜田姫」…これを機に存在を知った方はもちろん、すでにご存知だった方々にも…改めて、竜田姫を通して様々な秋を見つけてみませんか?

《参考文献》
日々の歳時記 PHP文庫
夢二郷土美術館(ホームページ)