はぎのはな おばな くずはな なでしこのはな おみなえし また ふじばかま あさがおのはな
山上憶良に秋の七草として万葉集でうたわれて、その名ははよく知られている葛(クズ)。けれども皆さんは葛の花って見たことがありますか? ピンとこない人のほうが多いのでは。でも九月から十月、どこにでもある空き地や藪で大きな美しい花をつけているのです。葛は今も昔も、実はとても身近な植物です。

葉に隠れるようにして咲いています
葉に隠れるようにして咲いています

葛粉に葛布、薬に飼料、何でもござれ。ただし実だけは勘弁な!

葛は日本原産のマメ科の多年草。花は濃い紫で美しく、藤の花を上向きにしたようなかたちをしています。花の大きさは10センチほどもあり、大きい割にあまり知られていないのは、葉の裏に隠れるように咲くせいかもしれません。
「葛」という字は「かずら」とも読みますが、ツタ植物の代表として、この字が「くず」に当てられたのでしょう。
葛きりや葛などの原料となる葛粉は、この葛の根塊を精製したもの。また、セキや風邪に効果のある生薬の葛根湯も葛の根が原料です。塊根はぎょっとするほど巨大で、掘り出すのも一苦労ならば精製にも手間がかかるため、現在ではばれいしょなどが多く混じったものが普通で、すべて葛粉の本葛粉はほとんど出回っていません。
丈夫な繊維の取れる葉や茎からは葛布といわれる織物が作られ、かつては衣服として使用されていました。
また茎をそのままロープ代わりに使ったり、牛馬の優秀な飼料としてあたえられたりと、さまざまな用途で生活に役立てられていました。ただ、マメ科なのに実だけはあまり利用価値がなく、食べられることはほとんどありませんでした。あまりおいしくないというのもありますが、実の質がばらばらで調理しにくく食べにくいことが原因のようです。
夏には一日1メートルも茎を伸ばし、さらに匍匐した茎から根が出てさらに繁茂します。その旺盛さは、茎の先端部分を切ると勢いよく水が吹き出るほど。人々はその生命力に畏敬と驚嘆の念を抱いたにちがいありません。
葛にまつわる民間伝承はいくつもありますが、中でも印象的な例をご紹介しましょう。

葛湯は風邪予防にも
葛湯は風邪予防にも

陰陽師のスーパースターと葛の不思議な伝説

大阪和泉市に鎮座する信太森葛葉稲荷神社(しのだのもりくずのはいなりじんじゃ)。この神社のある信太の森に住んでいた白狐が人と結ばれて生んだ子供が童子丸、後の有名な平安京の陰陽師・安部清明という言い伝えがあります。この清明の母親の狐の名前が「葛の葉」。
清明五歳の折正体を知られた葛の葉は、「恋しくば 尋ねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」という歌を残し、森に消えていった、といわれます。「うらみ葛の葉」とは、葛の別名「裏見(うらみ)草」の意味。なぜ裏見草かは、葉の裏が白く輝くことからといわれますが、もしかしたら先述したように花が葉の裏にかくれて咲くためかもしれません。
この話は有名な伝説で、何度も歌舞伎や読み物になっています。そしていつからか、人に化身する狐は、妖術を使う際に葉っぱを頭に乗せるおなじみの姿が定着しました。言うまでもなく、その葉っぱは葛の葉です。
葛の葉狐の名前はただの思い付きではなく、狐が住処にする野山にそれだけ葛が繁茂していたこと、そしてその生命力を人々は妖術の神秘的な力と自然に結びつけたためではないでしょうか。

「まさにクズすぎる?!」アメリカの大地を征服したKUDZU VINE

話変わって20世紀初頭。アメリカ人フェアチャイルドが、日本で葛が飼料として使われているのを見て移入、フロリダ州の農家や鉄道会社が販売を始め、アメリカ南部一帯に葛はひろまりました。
土砂流出防護のためにも国が奨励して積極的に植えられ、それ以来、日本のように繁茂を抑止する竹などがほとんどないアメリカで、自生化した葛は爆発的に繁殖し、今では手がつけられないくらいにはびこって、対策に困っているそうです。
フィリピンのピナトゥボ山が大噴火した際には、日本から葛が移植され、唯一荒廃地で繁殖したそうです。外来種を安易に移出することは生態系上問題のある取り組みだったかもしれませんが、これもまた葛の生命力の強さを示すエピソードですよね。
これから食糧難、エネルギー難になるかもしれない地球。葛をバイオエタノールにする研究もすすんでいるとか。
野山で放置されたままの葛がふたたび見直されるときがくるかもしれません。