日本最初の歌集『万葉集』には、秋を詠んだすぐれた歌がたくさんあります。
たとえば鏡王女(かがみのおおきみ)による
〈秋山の木(こ)の下隠(したがく)り行く水のわれこそまさめ思ほすよりは〉
天智天皇と交わした「秋山の木陰を隠れて流れてゆく水のように、あなたが思ってくださる以上に私もお慕いしています」という意味の歌です。
しかしこの歌集が作られた8世紀には平仮名は存在していませんでした。であれば、どんな文字で書かれていたのでしょう? 気になる万葉仮名のキラキラネームとは?

平安時代の写本「金沢本万葉集」より
平安時代の写本「金沢本万葉集」より

日本語に文字はなかった

何回かこのサプリで触れたことですが、もともと古代日本には文字はありませんでした。
平仮名は『万葉集』が成立したずっと後、9世紀後半から10世紀ごろに完成したと考えられています。
それまで日本語は中国から入ってきた漢字の音を借りて書かれたのです。これが「万葉仮名」と言われるものです。

漢字を借りて日本語を表現

『万葉集』にはオリジナルの写本は残っていませんが、平安時代の写本が残っています。
その一つによると、冒頭の歌はこう書かれました。
〈秋山之樹下隠逝水之吾許曾益目御念従者〉
なにが書いてあるのかさっぱりわかりませんね。
「秋山」は日本語の「あきのやま」の意味に相当する漢字を使っています。
しかし「吾許曾益目」の「許曾」は漢字の意味とはまったく関係ありません。
「許」は漢字の音を借りて「こ」と読み、「曾」は同じように「そ」と読みます。
「万葉仮名」はこのような使われ方をしました。
見た目はまったく漢字なのですが、これは日本語として書かれた「仮名」なのです。

「七音」は「どれみ」ちゃん、「月姫」は「かぐや」ちゃん

「万葉仮名」の中には、やや複雑な使われ方をしているものもあります。
たとえば、「羲之」はなんと読むでしょう? 漢字音で読むなら「ギシ」?
実はこれは「てし」と読みます。漢字の意味とはまったく関係のない日本語の助動詞です。
「羲之」は中国古代の書の名人と言われた「王羲之」のことを指しています。
書の名人「羲之」→昔は文字や書のことを「手」といいましたから、「手の師匠」つまり「手師」→「てし」、というわけなのです。
なんという遊び心か、とあきれてしまうかもしれませんが、最近話題になる「キラキラネーム」と似てはいないでしょうか。
「七音」と書いて「どれみ」ちゃん。「月姫」と書いて「かぐや」ちゃん。
キラキラネームの中にはびっくりするような名前もありますが、しばしば否定的に言われることもあるこうした漢字の自由な使い方も、万葉の古代からあったとも言えるのではないでしょうか。