日本が誇るアート『UKIYO–E』。フルカラーの浮世絵木版画『錦絵』が誕生したのは、今から250年前(1765年)。海外の方もたくさん訪れる若者の街、東京原宿にある太田記念美術館では『錦絵誕生250年記念・線と色の超絶技巧』展が9月27日まで開催されています。「超絶技巧」で勝負したのは、絵師だけではなかったようです。知っていると楽しみが倍増する「浮世絵の見どころ」とは?

このブルー、特別な絵の具だったんですね
このブルー、特別な絵の具だったんですね

『錦絵』のきっかけは、セレブのオリジナルカレンダー!

『浮世絵』とは、庶民の日常生活や必要とする題材を描いた絵画のこと。平和がおとずれた江戸期には「憂き世」ではなく「浮き世」、新しい時代「現代風」という意味をもって呼ばれていたそうです。憧れの歌舞伎役者や美人、行ってみたい名所、かわいい花や鳥、英雄や歴史的事件など「庶民が見たいもの」を見えるようにしたのですね。
浮世絵には、絵師が筆で直接描いた『肉筆浮世絵』と、絵師が描いた絵をもとに彫師と摺師が木版画にした『浮世絵版画』があります。版画は最低でも一度に200枚くらい刷られ、1枚500円〜700円くらいで庶民が買いやすい値段だったようです。いま私たちが浮世絵といわれて思い浮かぶ作品の多くは『錦絵』と呼ばれる多色摺りの木版画です。
ひとつの作品を複数枚に。その始まりは、墨一色だけで摺られた『墨刷絵(すみずりえ)』でした。そこに鉱物絵の具のオレンジ色を塗る『丹絵(たんえ)』や、植物のベニバナの優しい赤を使った『紅絵(べにえ)』、黒い部分に膠(にかわ)を用いてツヤを出した『漆絵』など、あとから筆で彩色するようになります。やがて筆ではなく、紅・緑・黄など3色くらいの色版を使って摺り重ねた『紅刷絵(べにずりえ)』が登場、『錦絵』の前身となります。時代の好みや絵の具としての使いやすさによって、その時代特有の色があったそうです。
旧暦の江戸時代は、ひと月31日ある「大の月」が年によって違ったため、今年はどの月なのか記された暦が必要でした。明和2(1765)年、イラスト入りのカレンダー『絵暦(えごよみ)』の交換が大ブームに! 武士などがアイディアを競って仲間同士で交換する、今の年賀状のようなものですね。複数の人と交換するので、印刷が必要です。その作画担当の中心人物が鈴木春信でした。
それまで技術的には10色の多色刷りが可能でも、コストがかかるため色を増やせなかった事情がありました。ところが、裕福な趣味人たちはお金に糸目をつけず「鮮やかできれいなものを」とオーダー。その美しさが評判となり、浮世絵の版元が着目したのです。「やっぱり浮世絵はきれいなものがいいよね!」とニーズが高まり、価格を抑えてフルカラーの『錦絵』の名で広く一般に販売されるようになります。これを機に、浮世絵の彫りと摺りの技術は急速に進歩していきました。

ワザの見どころポイント!彫師(ほりし)は「輪郭線」。

1 髪の生え際
2 空から降ってくる雨
3 蚊帳のアミ
4 細かい文字
輪郭線を彫る作業は、親方と弟子数人で分担されることが多かったそうですが、技術の熟練度によって細かく専門化されていたといいます。人物の髪を彫る『頭彫り(かしらぼり)』は、最も熟練した職人の技が必要でした。 なんと1ミリの中に数本という細かい線が彫り込まれています! なぜここにこれほどまでの情熱を?! ・・・「見たいものが描かれている」という浮世絵。きっと当時の男性たちは、女性の生え際に萌えていたのでしょう。
固い木に小刀で、しかも線の周りを彫る彫師。 降って来る雨を表現するとき、絵師はシュッ、シュッっと軽いタッチで紙に細い線を引けばよいのですが、 彫師は一気に描いたその勢いを消さずに細い線を彫らなくてはなりません。そして線は、よく見るとただ平行ではなく、ふたつの角度からなっているのがわかります。これは雨が立体的に重なりあっているのを表現しているそうです。
蚊帳は夏の風物詩。それがわざわざ人の顔にかかるようにアミ目が描かれ、しかも小さな蚊までとまっています。彫師への挑戦でしょうか。アミ目は、縦糸と横糸が別々の板で彫られているようです。
浮世絵には、あちこちに細かい筆文字が書かれていますね。これ本当に彫ってあるの?と疑うくらいの繊細さです。彫師の修行はじめの一歩は、お手本を見なくても自由自在に文字が彫れるようになる技術だったといいます。もちろん版画ですから、左右反転した鏡文字。そして印鑑よりびっしりと、細かい「ふりがな」まで明確に彫りあげるスキルが必要とされました。

萌えポイント発見
萌えポイント発見

ワザの見どころポイント!摺師(すりし)は「色彩」。

1 輪郭線から1ミリもずれない重ね色
2 色の「ぼかし」
3 手に取ったときに楽しめる工夫がいろいろ
摺師は、紙の位置を示す『見当』という目印で重ねる色がずれないようにしています(「見当をつける」の語源になっています)。そして、バレンの圧力の強弱で濃淡を調整しています。
ドイツのベルリンで発見され『ベロ藍』と呼ばれた青い絵の具は、従来の絵の具より色鮮やかで水に溶けやすく、少しずつ水で薄めながら「ぼかし」の技術を存分に発揮することができました。インディゴブルーのグラデーションで、水の表現が深まったといいます。
浮世絵は、何度刷っても紙が破れないように厚みのある和紙が使われていました。その存在感を、摺師が腕をふるって活かします。背景や黒い着物にきらきら輝くシルバーや透かし模様、花火の夜空や羽子板に浮き上がる木目、白い鳥や白布など紙のままの部分に見える凹凸模様。当時の人たちは、その手触りや温もりを手に取って楽しんだのですね。

木版画の温かみを堪能しましょう

画中に、絵師だけでなく彫師・刷師の名前があることからも、浮世絵版画が三位一体のアートだったことがうかがえます。
1ミリでもずれれば失敗作とされる、厳しい世界。明治時代にほぼ廃れてしまった浮世絵版画は、コピー技術の発達とともに「印刷」としての意義は薄れ、現在は国内に数十人しか職人さんがいないといわれています。超絶技巧、絶滅の危機です。
浮世絵展覧会などでよく目にする『アダチ伝統木版画技術保存財団』は、北斎や広重などの復刻伝統木版画の制作の他に、山口晃さんなど現代の人気作家の作品で新しい木版画を制作。芸術作品として伝統技術を後世に伝えるはたらきをしています。
輪郭線となる墨の線の存在感や色の美しさなど、他の印刷では出せない木版画ならではの美しさがあります。木版画の年賀状の、刷り上がったときのほっこりした温かみが嬉しかったことを思い出しました。木と人のぬくもりを感じられる技術を、現代の暮らしにも取り入れていきたいですね。
この記事中の浮世絵は、全てイメージイラストです。今年も各地で魅力いっぱいの浮世絵展覧会が開催中! 職人たちの存在を思い浮かべながら、ぜひ会場で本物の線と色彩をご堪能ください。