フリルのような優しい花で夏の訪れを告げてくれた『百日紅(さるすべり)』が、今なお咲いています。散ってゆく鮮やかな花たちを見送りながら、長い夏を咲き続けたのですね。今年の夏も終わります・・・公開された話題のアニメーション映画『百日紅』は、江戸の女絵師・葛飾応為の物語。そこには、目立たないけれど毅然と生きる百日紅のような日本女性の姿がありました。

猛暑に凛と咲いて励ましてくれましたね
猛暑に凛と咲いて励ましてくれましたね

ツルツルお肌の、奥ゆかしくて一途な木

『百日紅』は中国南部原産で、ミソハギ科の植物。日本には戦国時代頃伝わったといわれます。フリルのようにちぢれた紅・ピンク・紫・白などの花が次々と咲き、7月〜9月の長期間楽しむことができるので『百日紅(ひゃくじつこう)』と呼ばれました。奥ゆかしさのある美しい花、病気に強く必要以上に大きくならない性質から、庭や公園に好んで植えられます。
白っぽくて、すべすべの幹。『サルスベリ(猿滑)』という呼び名は「樹皮があまりに滑らかなので、木登りが得意なサルが登ろうとしてもツルツル滑ってしまう」というのが由来です。実際にはサルは滑らず簡単に登ってしまうそうですが、「白く滑らか」といったら理想的なお肌のイメージ・・・これは、幹が大きくなるにしたがって古い樹皮のコルク層が剥がれ落ち、新しいスベスベ樹皮が表面に現れている状態とのこと。まさにお肌のターンオーバーだったのですね!
『百日紅(ひゃくじつこう)』という呼び名には、朝鮮半島の哀しい言い伝えがあります。
昔、魔物の生け贄にされそうになった娘を旅の王子が救います。ふたりは恋におち、王子は使命を果たして百日後に戻って来ると約束して、ふたたび旅立ちます。ところが、約束した再会の日を目前に娘は亡くなってしまったのです。帰還して嘆き悲しむ王子の傍らで、娘のお墓から1本の木が生え、やがて紅色の花を咲かせ続けました。人々は、百日もの間待ち続けた娘の生まれ変わりにちがいないとして『百日紅』と名付けたといいます。
炎天下にじっと咲いているサルスベリには、そんな一途さが似合うかもしれません。

触ってひんやり癒されました
触ってひんやり癒されました

北斎の娘・応為(おうい)は、男前な絵師でした

長編アニメーション映画『百日紅』の原作は、杉浦日向子さんの漫画作品。変わり者として知られる江戸の天才絵師・葛飾北斎とそのまわりの人たちを描いた傑作です。
下町の長屋に暮らす北斎と三女・お栄(葛飾応為)23才。とにかくこの父娘、絵を描く以外のことにはまるで無頓着。 家の中はぐちゃぐちゃ、片付けられない男女です。とくに父は、どうにも汚くて住みにくくなると 引っ越してリセットするという荒技を、生涯93回もやってのけました。大家さんごめんなさい。火事になったときには、筆だけ持って逃げたほど(あとでちょっと後悔したようです)。娘のお栄さんもまた「親父と娘。筆二本、箸四本あればどう転んでも食っていける」と豪語する男前な女性でした。父に「お〜い」と呼ばれていたから名乗ったらしいペンネーム。葛飾応為 の作品は、女性を描けば父より上手いくらいで、北斎の仕事もかなり手伝っていたといわれています。
お栄さんがときどき訪れる母の家の庭には、百日紅の木がありました。花が咲くと「夏が来たね」と言います。そして母子のおしゃべりを受け入れながら、夏じゅう炎天に向かって濃いピンクの花を咲かせているのです。
サルスベリの花言葉は「雄弁」「愛嬌」「不用意」。花が終わると、こんどはいち早く葉を散らせて冬支度に入る潔さももちあわせています。なんだかちゃきちゃきの江戸っ子女性にぴったりですね。

百日紅の咲く庭で、江戸の音に耳を傾けていたい

当時の日常生活をありありと体感できるような映画『百日紅』。印象的だったのは、全編に流れる「江戸の音」でした。自然の風、風鈴、水の音。人の出す衣擦れ、戸の開け閉め、紙や茶碗を置く音・・・昔の人たちは、私たちよりずっと微かな音をキャッチしながら暮らしていたのですね。
お近くの百日紅は、どんな音を聴いて夏を過ごしたのでしょう。幹に手を触れながら、忍び足でやってくるという秋に耳をすませてみませんか。

サルスベリの花畑。埼玉県『秩父ミューズパーク』などで見頃を迎えています
サルスベリの花畑。埼玉県『秩父ミューズパーク』などで見頃を迎えています