厳しい暑さが日に日に増すなか、七十二候では第三十四候「桐始結花~きり はじめてはなをむすぶ~(7月23日~28日ころ)」となっています。桐の花が実を結ぶ頃とされていますが、江戸後期の国学者・上田秋成による「七十二候集解」では、「瞿麦栄(なでしこさかう)」。可憐な山野草・なでしこが咲く時節でもあります。“なでしこジャパン”でおなじみ、そして日本女性の代名詞“やまとなでしこ”の「なでしこ」。さあ、いったいどんな花なのでしょう?

撫でいつくしむかわいい子「撫子(なでしこ)」。はにかみながらほほえむように咲く花

野原や河原につつましく、楚々と咲くピンク色の草花を見たことがありますか? 細く先が裂けた花弁が繊細にして可憐。どこかやさしく、はんなりと咲くこの花が、「なでしこ」。日本に古くから自生する多年草で、万葉集にも歌われている秋の七草の一つです。
花の季節は6月から9月とされ、草丈はだいたい30~80cm。花の直径は4~5cm。ほっそりした茎の先に、はにかみながらほほえむように咲いています。正式名は「かわらなでしこ」です。
万葉の歌人、大伴家持はこの花がことさら好きだったようで、万葉集中26首ほどある、なでしこを詠んだ歌のうち12首が家持の作だそう。
~なでしこが花見るごとに娘子(をとめ)らが
笑まひのにほひ思ほゆるかも~
単身赴任中に詠んだというこの歌は、なでしこの花を見るたび、妻の笑顔を思い出すというロマンチックな一首。
こんな歌を詠まれるなんて、家持の奥さんはさぞかし優美で素敵な女性だったんでしょうね。
漢字では「撫子」と書く「なでしこ」。その意味合いは「撫でし子」で、撫でいつくしむかわいい子のように、この可憐な花は古くから人々に愛されていたのでしょう。

常夏(とこなつ)……古名の由来は春から秋まで長く咲くことから

「形見草(かたみぐさ)」「日暮草(ひぐれぐさ)」「懐草(なつかしぐさ)」などの雅名でも呼ばれるなでしこ。古くは「常夏(とこなつ)」ともいう名でも親しまれていました。
「常夏(とこなつ)」とは、一年中夏のような気候であることを表す言葉。なぜその名で呼ばれたというと、夏から秋まで長く咲いていたことからだと言われています。平安時代ごろに中国から渡来した「からなでしこ(唐撫子)」もまた、四季咲きの性格を持つことからともに「常夏」と呼ばれました。
源氏物語』にも26帖「常夏」があり、庭に日本のなでしこと中国のからなでしこ、2つの国の「常夏」が彩りよく植えられていた様子が綴られああています。

「からなでしこ」が渡来してきたことで、「やまとなでしこ」とも呼ばれるように

中国からの渡来種「唐撫子(からなでしこ)」が入り広まったため、日本古来の在来種を区別するために付けられた名が、「大和撫子(やまとなでしこ)」です。
枕草子にも「草の花は撫子、唐のはさらなり、大和のもいとめでたし」と記され、宮中では両方の美を愛でていたよう。
唐のなでしこは、「石竹」とも呼ばれ、日本のものより花弁がやや丸っこく、色も華やかで、どちらかと言えば可愛らしさが際立つタイプでしょうか。
かたや「大和撫子」は、控えめで清楚な佇まい。いかにも日本的な風情を漂わせています。

こちらは、「石竹(せきちく)」とも呼ばれる、からなでしこ
こちらは、「石竹(せきちく)」とも呼ばれる、からなでしこ

日本女性の清らかな美しさ、奥ゆかしさ、そして芯の強さを象徴する花

「大和撫子(やまとなでしこ)」は、日本女性を象徴する言葉としてみなさんもご存じだと思います。例えばそのイメージとして、どんな女性を思い浮かべますか?
品の良さがあり、おしとやかな中にも芯がある女性の姿を思い浮かべる方も多いかもしれません。
女子サッカー日本代表のチームの愛称も「なでしこジャパン」。(同じナデシコ科でも、背丈も花弁の多さも、より華やかなカーネーションが外国人選手だとすれば……)、凛と己を律しながら、粘り強く世界に挑戦し続ける彼女たちの姿に、たおやかに野山に咲く花の姿が重なります。
やまとなでしこ……。辞書を引けば、日本女性の清らかさ、美しさをたたえて言う言葉とあります。けれどもこの名の奥には、外見だけに止まらない心の美を求める、女性のしなやかな生き方が表されているような気がしてなりません。
楚々と咲く和の国の花に倣って、暑い日々の中でも相対する人に思いやりと涼をもたらすように、爽やかにほほえんでみましょうか。

※参考文献
万葉植物事典(北隆館)
花言葉【花図鑑】(大泉書店)
現代こよみ読み解き事典(柏書房)