7月17日〜22日頃は『鷹乃学習』。今年生まれてひと月ほど経ったタカの幼鳥が、飛ぶことを覚える時季です。タカの学習・・・たいていの鳥の子供なら飛び方を習うでしょうに、わざわざこう言うからには何か特別な内容に違いありません。キリッとしたあの目つき。いかにも優秀そうです。

日々是精進!(オオタカの幼鳥です)
日々是精進!(オオタカの幼鳥です)

猛禽類の狩りは、世界の王様の食卓に貢献!

『鷹乃学習』は、5月〜6月にかけて孵化したタカのヒナが、飛び方を練習するという時季。巣の中でバタバタしてみたりちょっと冒険してみたりしながら、巣立ちに備えます。
食物連鎖の頂点にいるタカとしては、「飛ぶ」イコール「獲物を捕る」! つまり、生きるためのわざを習うのですね。
では、タカのエサ捕り学習が、なぜ人間の暦に登場するほど重要なのでしょう?
それは世界じゅうの王様の食卓を支えていたからです。タカやワシなどの猛禽類は、鉄砲がない昔から カモやキジやハト、ウサギやタヌキまで調達してきました。また『鷹狩り』は高貴な方たちのスポーツであり、日本では儀式のための獲物を捕るにも欠かせない存在でした。鷹匠(たかじょう。タカを使って狩りをする人のこと)は、戦後まで宮内庁に所属していたのです。
タカ目をざっくり大型順に並べると、ワシ・タカ・トビとなります。
『トビ(とんび)がタカを産む』とは「平凡な親から優秀な子が生まれる」という諺。トビは獲物を押さえ込む力が弱いため、高い場所から死骸や生ゴミや油揚げをみつけて食べることが多い雑食なのです。ピーヒョロ〜と飛ぶ姿も、なんとなくのどか。対してタカは、自分より速くても大きくても重くても捕る、というくらい徹底した肉食のハンターです。その習性と能力を、人間が狩りの道具として利用したのが『鷹狩り』。「キツネ狩り」や「イチゴ狩り」と違って、タカは狩りをする側です。そんな事情が「タカはトビより優秀」とされた理由かもしれませんね。

「自由にならない能力」を扱う、鷹狩りの魅力

鷹狩りは、4千年ほど前に中央アジアの平原で始まり、さまざまに変化しながら世界じゅうに広まりました。地域によって異なった文化や方法があります。東へは中国、朝鮮半島を経て、4世紀半ばに日本へ。仁徳天皇の時代にはすでに行われていたといわれ、古墳から鷹匠埴輪も出土しているそうです。
古代、鷹狩りは「君主の猟」といわれ、誰もができたわけではありませんでした。皇族や貴族高官の特権であり、また神事・儀式であったのです。
武士の時代になると武芸のひとつともされ、徳川時代は幕府のイベントで鶴を捕ったりもしました。各大名の庇護を受けて、鷹狩りは粋を極めます。「自由にできない能力」を扱う、それが権力者にとってのタカの魅力だったようです。
明治時代になると、「古技保存」として宮内庁の所属となりました。
こんなに優秀なので、日露戦争の頃はタカの軍事利用も本気で検討されていたといいます。敵の「軍用伝書バト」を捕らえる作戦です。テストでは捕まえることはできなかったのですが、ハトはおびえて民家に突入したため「通信妨害には役立つ!」と評価されました。でも戦争が終わってしまい、実際は行かなくてすんだのだそうです。

まだぽわ〜んと
まだぽわ〜んと

日本のタカはマナーも完璧! 人鷹一体の「仕える」教育法とは

タカの語源は「猛々しい」の「タケ」が「タカ」に転じたもの、といわれます。気難しくて、繊細な野生の鳥。
犬や馬は、もともと群れをつくって生活している動物なので、つねに群れの中での自分の位置や役割を考え、いつも目上の者の命令に従う準備ができています。それに対してタカは、巣立ったら単独で生きていく動物なので、「ほめられるためにいうことをきく」などという発想はもちません。「ほめられても喜ばないし叱られてもしょげない」。そんなタカが人と行動するなんて、いったいどんな訓練がなされているのでしょう?
『羽合せ(あわせ)』という日本独自の方法があります。獲物を追うとき、外国ではタカに任せてスタートさせますが、日本ではタカと人が息を合わせて、なんと人がタカを「投げる」のです。瞬時に「捕る?」「そっち」「いくよ」「まかせろ!」みたいな意思疎通をかわして、タカの行きたいポイントに人が投げ飛ばしてあげるのだそうです。タカは加速して、自分の飛力以上の早さで獲物に到着できるのですね。
この信頼関係は、野生の思いに沿って人間が仕えることではじめて可能になるといいます。
タカの訓練は「慣らし、仕込み、使う」の3段階。タカは忍耐強く、トライ&エラーの繰り返しに飽きません(飽きっぽいタカは餓死するから子孫を残せないので、そうした性質は淘汰されてしまうそうです)。 狩りの失敗は次回やり方を変えて克服したりする、すごい学習能力をもっています。同時に、いちど何かを怖いと思ったら徹底的に避けるので、いろいろ支障が出てしまうのですね。鷹匠さんは、タカに怖い思いを決してさせないように、細心の注意を払って育てなくてはなりません。書き直しのきかない書道のように一発勝負の世界なのです。
また、高貴な方と同席する機会も多いので、人に驚いて獲物を持って逃げようとすることがなく、落ち着いてエサを食べるなど、マナーも完璧! ここまで教えるのは日本だけだそうです。

伝統の火を消さないために・・・なんとタカがいるカフェもあるんです

現代の鷹匠さんは、伝統の火を消さない使命を担っています。伝統技術は、一度とぎれると次に復活したときには形が変わってしまうことがほとんどだからなのですね。日本にはいくつかの流派があり、後継者の教育やショーイベントを通して日本の誇るタカとの高い一体感の技を披露しています。繁殖や環境保護も手がけます。
また、タカと一緒に害鳥駆除などのお仕事をしている方もいます。
三鷹にある『鷹匠茶屋』は、マスターが現役の鷹匠さん。ランチやお茶のついでにタカの購入相談ができます。カフェスペースのすぐ横にはガラス張りのタカの部屋が! 「みみずくトースト」「ハリスカレー」など猛禽(は入ってません)メニューを味わいつつ、日常では目にすることのないタカを至近距離で見ることができるのです。タカは惚れ惚れするほどかっこよく、静謐です。
足元では、生まれてひと月のオオタカの幼鳥がよちよち、もそもそ。 まさにこれから『鷹乃学習』。この小さくか弱い赤ちゃんが、飛ぶ訓練をして狩りの技術を身につけようというのですね。食物連鎖の頂点にいるタカが生きていくためには、全ての生きものが生きられる環境が大切なんだなと気づきます。タカにご興味のある方は、リンク先で確認のうえお店に足を運んでみてはいかがでしょうか。
<参考>
『小松菜と江戸のお鷹狩り』亀井千歩子(彩流社)
『鷹狩りへの招待』波多野鷹(筑摩書房)
『天皇の鷹匠』花見薫(草思社)
『鷹匠 野沢博美写真集』(童牛社・影書房)