花の盛りを待たずして逝った三津五郎…早春の別れに寄せて 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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花の盛りを待たずして逝った三津五郎…早春の別れに寄せて

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坂東三津五郎丈 追悼

2月21日未明、十代目坂東三津五郎丈(じゅうだいめばんどうみつごろうじょう)が59歳にして逝去されました。
歌舞伎にご興味のない方もいらっしゃるかもしれませんが、舞踊・坂東流の家元でもあり、名城の案内やテレビ・映画、また各種ナレーションなどでもご活躍されていました。
追悼の意を込めて、まつわるお話をさせていただきます。

役者の花はまだこれからだった…

春浅き二月の半ばすぎ、十代目三津五郎という役者の花は、開ききらずに散ってしまった。
多くの歌舞伎ファン、舞踊に携わる皆様が感じていることだと思います。
歌舞伎役者は、四十、五十はハナタレ小僧…と言われ、還暦過ぎてからが本当の花だと言われています。
その意味で、同じ年で先に旅立った、十八代目勘三郎(故人)と共に、これからが花…という矢先に逝ってしまったことは、ご本人・ご遺族・関係者はじめ、日本の芸能にとってとても悲しいことです。
もし、桜の花が開く前に何かの自然現象で全て咲かずに枯れてしまったら…みなさんはどう思うでしょうか?
人も花である。
これは世阿弥の昔から言われてきたことです。
花が咲かずに枯れる…いえ、伝統芸能には「継承」があります。
枯れることはない。
咲かずに季節を失った花は、次の季節に咲く姿を見ることができるのです。
ご長男の巳之助さんが、父であり師匠であった故人から受け継いだ芸を、大きく咲かせてくれることを祈り、私たち観客はその姿を舞台で観ることで応援する。それが、失った花の命も咲かせることになるのではないでしょうか。

踊りの名手、世話物の色気、そしてナレーションの匠

踊の名手と称される故人。
まだ、八十助(やそすけ)と名乗っていたころから、当時の勘九郎(十八代目勘三郎)と組んだ『棒縛り』の踊りは何とも言えない間と絶妙な表現、まだ歌舞伎を観始めて数年めだった私にも、じわじわと、そして衝撃的にすごい芸だ!と解るほどの舞台でした。
そして、世話物(江戸時代の現代劇)での色男ぶりの色気と迫力も筆舌に尽くしがたいものがありました。
また、歌舞伎に縁のない方でも、一度はどこかで耳にしていると思われる、ナレーションも独特の語り口と芝居で鍛えた表現力と持って生まれた耳なじみの良い声が印象的でした。
こうして、過去形で感想を書くと、本当にいなくなってしまったのだな…と感じます。
多くを語るのは、野暮と言うものでしょう。
最後に、謹んでお悔やみを申し上げ、拙い句を供養とさせていただきます。

『春浅し開かぬ命見送りぬ』 柊花


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