今年、箱根駅伝は91回を迎えました。
1920年(大正9年)に始まり、途中途絶えかけたこともありましたが、時代を超えて襷(たすき)は繋がれています。
『繋ぐ』ということは、文化の継承にも似ていて、『箱根駅伝』はすでに文化なのかもしれません。
さぁ、淑気(しゅき)* の中、今もそれぞれの襷をかけて走る姿が光ります。
*淑気(しゅき) 新年の天地に満ちる、清らかで厳かな気。正月のめでたさが漂う新年の季語

その始まり、そして歴史が繋がれている理由は開催日にある?

第一回大会は1920年2月14日に開催されました。現在のようにお正月の風物詩となったのは第32回(1956)開催からです。
この時、その開催日に意味を持たせたかどうかは不明ですが、歳時記から見ると、正月2日は「初」とつく季語がたくさんあり、何かを始める(スタート)のにとても縁起が良い日です。
『初売り(はつうり)』、『書初め(かきぞめ)』などが2日の行事なのも「2日に始めたことは繁栄する、上達する」という言い伝えによるものです。『箱根駅伝』が、長い歴史を作り続けていることも、2日にスタートしていることと縁があるのでは…

真白き富士の峰…行きは仰ぎつつ、帰りは背に感じつつ

東京・大手町をスタートし、神奈川県に入り、住宅街や坂道、海岸沿いの道、そして箱根の坂道へと道のりは続きます。
その道のりには、常に霊峰・富士が見え隠れしています。
選手は意識するしないにかかわらず、往路では道しるべとして、復路はそのパワーを背に感じての旅路となります。応援する私たちにとっても、テレビ画面から見える富士山からも、お正月の雰囲気を感じているのかもしれませんね。
この記事がアップされる頃(往路11時~)は、3区から4区を走る選手の目の先には、左手に相模湾が、正面には白い帽子をかぶった富士山が見えることでしょう。
風は、向い風か、追い風か…

「冬晴れ」は選手の味方か、それとも…

そして…駅伝とお天気は、切っても切れない仲であることを忘れてはなりません。
見ている私たちは冬晴れを期待してしまいますが、気温の差が大きくなる冬晴れは選手にとっては走りづらいものです。
昨年の記録によると、東京で朝のスタート時の気温が約5度でしたが、中盤・湘南海岸134号線に差し掛かる頃に12度まで上がり、選手は汗による脱水の注意などコンディションへの気配りが欠かせないレースとなりました。
また、毎年復路のスタート・箱根・芦ノ湖からの山下りでは、霜や凍結、小田原中継所との温度差などの気配りが必須です。
見ている私たちも目が離せないのが、山上り(5区)と復路の山下り(6区)ですね。
とにもかくにも、思いはただ一つ「襷を繋ぐ(つなぐ)こと」
全ての選手のみなさんが、力を出し尽くせますように!