樋口一葉作「大つごもり」にも出てくる「小松菜」は、江戸時代からお雑煮に欠かせない東京野菜 〈tenki.jp〉|AERA dot. (アエラドット)

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樋口一葉作「大つごもり」にも出てくる「小松菜」は、江戸時代からお雑煮に欠かせない東京野菜

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来る新年の歳神様を迎え入れるため、大掃除をし、正月料理の準備をする日本の年の瀬の習わし。明治の作家、樋口一葉作「大つごもり」は、そんな大晦日の一日が綴られた佳作です。その中にも出てくる“小松菜”は、今も昔も東京風のお雑煮に欠かせない葉野菜。その発祥の歴史、受け継がれるおいしさを紐解きます。

「大つごもり」とは「大晦日」のこと。明治27年12月発表、一葉22歳の作品

一カ月の末日を意味する「晦日(みそか)」。この日のことを、月がなくなるという意味合いから、「月陰(つきごもり)」とも呼び、一年最後の一日は「大つごもり」と言われました。
樋口一葉が書いた「大つごもり」は、暮れも押し迫った大晦日を背景にした短編です。読んだ方も多いかと思いますが、主人公のお峯は、東京・白金台の資産家で働く女性。裕福な奉公先と、困窮したお峯の伯父一家の年の瀬の様子が、対比されて描かれています。掛け買いが普通だった当時は、大晦日に様々な代金や借金を支払う習わしがあり、落語の「芝浜」や「文七元結」にも見られるように、貧しい庶民たちの“無事に年を越す”苦労や切なさが綴られ、その情感が胸を打ちます。

「小松菜」の名付け親は、あの“暴れん坊将軍”吉宗!?

そんな大晦日も暮れようとする時刻。台所で働くお峯におかみさんが「お峯、小松菜はゆでて置いたか、数の子は洗ったか」と小言を言う箇所があり、(おそらく正月のお雑煮用に)小松菜を用意するのも、大晦日の台所仕事だったということが察せられます。
その小松菜ですが、もとをたどれば発祥は江戸時代にさかのぼり、現在の東京江戸川区周辺、小松川村で生まれたという冬野菜。地元「新小岩香取神社」には、「小松菜ゆかりの里」と記された石碑があり、神社に隣接する「小松菜屋敷」の「こまつな様」に小松菜を供えれば、願いが叶うという言い伝えもあるそうです。
また、代々神社を守る亀井家には、享保4年(1719年)に八代将軍・吉宗が鷹狩に訪れ、このとき“清まし汁に青菜を入れたもの”を献上したという記録も。その青菜を大変喜んだ吉宗は、当時、西小松川村と呼ばれていた地名にちなみ、「小松菜」と呼ぶよう命名されたということです。時代劇「暴れん坊将軍」で親しまれる吉宗。狩りが好きだったという将軍らしい逸話です。

霜が降りると甘さが増す小松菜は、栄養面でも優れもの

さて、寒さに強い小松菜は、露地ものが出回る冬に格別甘くおいしくなる野菜。ビタミンAやカルシウムを多く含み、大変栄養豊富。さらに、シュウ酸を含むホウレン草と異なり、えぐみを取る必要がないため、すばやく調理できる使い勝手のよさからも、忙しい台所で重宝がられる青菜です。(ちなみにシュウ酸は、尿路結石や骨そしょう症などの原因にもなりかねないので、ホウレン草はきちんと茹でて、水で流すことがおすすめ)。
江戸川区近隣では、小松菜をザクザク切って、そのまま清まし汁の中にびっくりするほど沢山入れて、お餅を乗せるだけのシンプルなお雑煮を、代々作る小松菜農家もあると聞きます。この年末は、ぜひ小松菜を例年より多めに買いおいて、みずみずしい緑の葉をふんだんに使ったお雑煮を味わってみてはいかがでしょう。
本で、落語で、料理で、受け継がれゆく人々の暮らしの営みに思いをはせつつ除夜の鐘を聞くのも、大晦日の素敵な過ごし方かもしれませんね。


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