理化学研究所はこのほど、世界で初めて、iPS技術で作製した網膜細胞の移植を厚生労働省へ申請した。これは加齢黄斑変性の患者の治療などに応用できる技術で、ニュースキャスターの辛坊治郎氏は、この研究が進めば今後は「怪我や病気で傷んだ臓器を自動車部品のように交換できる日が訪れるだろう」と話す。しかし、その一方で、日本の年金などの社会保障制度への不安を指摘する。

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 仮に加齢黄斑変性のiPS治療が成功したとしよう。病気に悩む患者は、自らの細胞から作った網膜の移植を求めて医療機関に殺到するだろう。最初はその治療技術を持つ医療機関は限られていても、やがてどこの病院でも可能な治療方法になり、その段階で健康保険も使えるようになるはずだ。iPS細胞で網膜を作り出して移植するという極めて高度で高額な治療が、3万5400円(低所得者の場合。所得によって増額)を1カ月の自己負担の上限とする保険医療で賄われる。

 やがて、立体臓器の作製に成功すれば、移植しか治療方法のない心臓でも、酒の飲み過ぎで傷んだ肝臓でも、健康保険で作られたiPS臓器に置き換えることが標準治療になる。

 そしてやがて本当に人が「死ななくなった」時に、現在の社会保障制度は果たして持続可能か? 現在の公的年金の根本思想は「年金加入者が65歳になった時、その時代の現役世代の平均賃金の半分の額を死ぬまで支払い続ける」という点にある。現行の賦課方式では、年金支払い原資の柱は現役世代の毎月の掛け金だ。iPS技術で臓器のパーツ交換が可能になって、「国民皆100歳」が冗談ではなくなった時、この制度は果たして持つのだろうか?

 日本の公的医療保険、厚生・共済年金は、世界に誇るべき制度だと思う。しかし、平均寿命が60歳そこそこだった時代に設計された社会保障制度が、「人が死ななくなる未来」で持続可能であるはずがなかろう。

 何を残して何を捨てるか、国民が厳しい判断を迫られる日は、残念ながらそう遠くないと思う。

(週刊朝日2013年3月22日号「甘辛ジャーナル」からの抜粋)

週刊朝日 2013年3月22日号