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    高市早苗氏の意外な過去にフェミニストも震えた 総理の座を狙う過程で何があったのか

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、自民党総裁選に正式に出馬表明した高市早苗氏について。*    *  * 近しい人がデルタ株のコロナ陽性になったり、友人の同僚や、通っている美容院のお客さんが亡くなったりなど、夏以降、急速にコロナの危機が迫っているのを実感している。健康観察をされずに自宅で死亡した50代の方の話などを聞くと、東京五輪・パラリンピックに時間とお金と人材を費やすべきではなかったのではないかとつくづく悔しい思いになる。適切な処置を医療機関で受けられていたら、亡くならないですんだかもしれない命は少なくない。 Go Toキャンペーンやオリパラを強行することに専念してきた自民党政権が、トップの顔を代えただけで変われるとは思えず、期待には程遠い自民党総裁選。岸田文雄さんは、ボロボロの小さいノートを振りかざしては「国民の声を書き留めてきた、1年間で3冊、10年間で30冊」と様々なメディアでアピールしているが、正直、少ないと思う。薄いノートを1年でたった3冊埋めたくらいで、国民の声を聞いたとか言えるって、どんだけ聞いてこなかったかという話なのでは。河野太郎さんは、先日週刊誌でそのパワハラ言動が取りざたされていたが、ワクチン接種という、申し訳ないが素人目線でそこまで難しいとも思えない仕事でつまずいている人に期待するのはムリという話だし、高市早苗さんにいたっては、選択的夫婦別姓に強硬に反対するアンチフェミ女のイメージしかない。女性の人権に無関心な女性総理候補にいったい何の価値があるというのでしょう。 とはいえ、高市早苗議員、いったいどんな人なのか。32歳で衆議院議員に若くして初当選(※)。しかも同期の田中真紀子議員や野田聖子議員のように、親や祖父が国会議員だったというわけではなく、自民党員だったわけでもなく、サラリーマンの父と警察官の母という一般家庭から出てきた無所属の女性議員が、今、最も総理の椅子に近い女性となっている。なぜ高市さんは、政治家の道を選んだのだろう。どのように政治の道を歩いてきたのだろう。政治家としては多い著作のなかから国際政治評論家としてテレビで活躍していた頃に書かれた『30歳のバースディ―その朝、おんなの何かが変わる』(大和出版)、政治家2年目に記された『高市早苗のぶっとび永田町日記』(サンドケー出版局)を読んだ。 高市氏が大学を卒業したのは1984年。1986年に男女雇用機会均等法が施行されるが、この2年の差はやはりとても大きいものがある。女性が生涯にわたる仕事を手にすることも、そもそも親が大学に行かせてくれるかどうかも「女の子」であるというだけで諦めることがまだまだ当たり前にあった世代だ。特に地方であればなおのこと。保守的な奈良に育った高市氏も、当然のように「諦めさせられて」きた。例えば大学もそうだ。高市氏は第1希望だった早稲田と慶応のどちらも合格したにもかかわらず、「女の子のあなたを東京の私学で学ばせる余裕はない。弟の学費に回してほしい」と親に諦めさせられ、「女の子だから一人暮らしはさせられない」と通学に往復6時間かかる神戸大学に入学するのだ。 たとえ難関国立大学出身であっても、女性がその能力と希望に見合う就職先を見つけるのが難しい時代だった。「身の丈」よりもずっと小さく窮屈な型に押し込められる女性たちの悔しさは計り知れないが、高市氏の著書からはその類いの悔しさは強調されない。それは高市氏に並外れた行動力と決断力があり、自らの人生を切り開いてきた自負があるからだろう。たとえば、たまたま大学で目にした松下政経塾のポスターを目にして、直感に導かれるように松下政経塾に“就職”したり。たまたまテレビで見た女性議員で史上初の米国大統領候補指名争いに立候補準備を進めていたパトリシア・シュローダーに惹かれ、その2週間後にはワシントンに旅立ち、その情熱だけでシュローダー議員のオフィスで働き始めたり……若さゆえの大胆さと希望に満ちあふれた当時の高市氏のエピソード一つひとつに圧倒されてしまう。「女だから」と諦めさせられてきたのは大学まで、それ以降は絶対に諦めないという粘り強さで今の地位を築いていくのである。『30歳のバースディ』は文字通り30歳を迎えた高市氏がそれまでの人生を「ポップ」に振り返る本である。「BGMはいつもユーミンだった」「寂しいのはあなただけじゃない」「空港でまたまた恋人と涙の別れ」「男かペットがいなくちゃダメな私」「女と日の丸と視聴率の相関関係」「三〇女が孤独を感じるとき」といった目次からもわかるように、女友だちに話しかけるように書かれた軽く、優しいノリのものだ。アメリカから帰国し、若い政治評論家としてメディアに露出していたころで、日本の男性社会へのいら立ちも率直に記されている。「アメリカ議会では日本流のバカバカしい会議がないのが良かった。(略)ところが日本の企業では会議の場では何も決められない。本当は既に決まっているし、とっくに根回しが済んでいることを確認しあうだけの、儀式的な会議のなんと多いことか。でも、私たち女性は妙に正義感が強いので、このような巧妙な人間関係のテクニックとは相性が悪い」 90年代に若い女性が書いたテキストを追いかけながら、私は何度か噴き出したり、そうそうと共感したりと震えるような思いになる。ねぇ、高市さん、「女が入ると会議が長くなる」とほざく森喜朗さんに「あんたの会議はバカバカしい」とはやっぱり言えないものだったの? こういうまっとうないら立ちを文章にしてきた女性が、最も「わきまえる女」になっていく過程に、いったい何があったというの? さらにこういう率直さは、国会議員になった後に書かれた「高市早苗ぶっとび永田町日記」にも残っている。高市氏は歯に衣着せずに永田町のダメなところをきちんと切っている。「この一年間に永田町で一番多く耳にした言葉は次の二つ。『挨拶がない』『俺は聞いてないぞ』。委員会の審議日程が流れたり、大切な法案の採決がパーになったりする理由は大抵この二つだったりする」「笑い話のようなことばかりだが、事実、永田町政治は『理屈』ではなく、『メンツ』で動いている」 さらに、夜の会食や女性がいるクラブなどで行われる男たちの根回しで物事が決まっていく永田町で、女の自分が不利であることも記し、サッチャーのこんな言葉を引用し共感を表明するのだ。「私は最後まで党内基盤が弱かった。それは男性の世界の根回しに加えてもらえなかったからよ」 なにこの人……すごくまともな「一般人」の感覚で、すごくまともな「女の悔しさ」をストレートに出すフェミじゃないの? しかもそのまともさで、「総理大臣の資質」というものを論じ、当時の村山政権を真っ正面から批判している。明言しているわけではないが、高市氏自身が政治家として一番になること=総理になることを30代から目指しているのも伝わってくる内容なのだった。根回しから排除されてきたサッチャーが首相になれたように、パトリシア・シュローダーが80年代に大統領を目指したように、高市氏は政治家としてトップに行くことを最初から視野に入れていたのだ。 ……と、昔の高市氏の本を読んでいると、うっかり「がんばれ、早苗!」と言いたくなってしまう私がいるのだった。「総理になろうよ!!」と早苗の女友だちポジションに立って拍手したくもなってしまうのであった。まずい、まずい。正気に戻るために2011年に出版された『渡部昇一、「女子会」に挑む!』(WAC)も読んだ。櫻井よしこ氏、山谷えり子氏、高市早苗氏、小池百合子氏、丸川珠代氏・・・といった早々たる「わきまえ女」(帯には「なでしこ軍団」とある)たちと渡部昇一氏との対談本だ。 渡部氏との対談で、「総理になったら、まず何をしますか?」と聞かれた高市氏はこう答えている。「最初に、政府歴史見解の見直しをします。新たな歴史見解を発表して、村山談話を無効にします」 東日本大震災のあった年の9月に出版されている本だ。震災後から、こういう歴史修正主義を堂々とうたう本や、韓国ヘイト、「慰安婦」運動への過剰な攻撃は度を越していったという実感が私にある。保守政治家から極右政治家に舵を切るように発言をより過激化させていく高市氏の横顔が、対談にはしっかりと刻まれている。夫婦が別の姓を名乗ったら家族が崩壊すると適当なことを言い、戦時性暴力の責任を問わないどころかなかったことにすることが、高市さんの「目指した政治」だったのだろうか。この国の女性たちが権力に近づこうとするならば、率先して選択的夫婦別姓を批判し、「慰安婦」被害者をおとしめる発言をいとわず、女性の権利を口にするフェミを冷笑するというマニュアルでもあるのだろうか。 今いる自民党の女性議員の顔を、一人ひとり思い浮かべてみる。わきまえなければ権力に近づくこともできなかった女性たち。夜の会議や根回しから排除されながらも、その立場を維持するための努力は、二世・三世の男性議員たちとは全く違うものがあったはずだ。それでも、それほどの努力をしても、彼女たちが自らの後ろを振りかえったとき、彼女たちの後ろを歩きたいと思う女性はどのくらいいるだろうか。というかそもそも、その道は後続の女性のために開かれていたことはあったのだろうか。 かつて高市氏が憧れ渡米したパトリシア・シュローダーはテレビカメラの前で涙を流した。そのことによって20年以上「女の政治家は感情的だから、ダメだ」と言われ続け、「あなたの涙のせいで、女の地位が悪くなる」と責められ続けたという。女であるというだけでその「涙」が事件になるのは、昔のアメリカも今の日本も変わらない。そういう政治の世界でトップを目指す女性たちが、女性の味方であることを忘れるのは「仕方ない」ことなのだろうか。それとも、アンチフェミニズムの顔で女性をたたくような女性政治家しか出せない自民党政治そのものが終わっている、ということなのか。※訂正配信時の「32歳で衆議院議員に初当選、女性議員としては、当時憲政史上最年少だった」という一文を、「32歳で衆議院議員に若くして初当選」と訂正しました。高市氏の著書『高市早苗のぶっとび永田町日記』に「女性として憲政史上最年少当選」と記してありましたが、実際は1946年4月10に三木キヨ子氏が20代(当時)で当選していたため削除、修正します。■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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    【写真特集/全8枚】華麗なる日本人メジャーリーガーの妻たち

    トップクラスは20億円以上の年俸を稼ぐ選手もいる、憧れの日本人メジャーリーガー。そんな彼らを射止めた女性たちもまた、アナウンサー、アイドル、モデル…と高嶺の花が勢揃い!そんな美貌と才能に溢れた彼女たちを写真で紹介します。▼クリックすると拡大写真と解説文が表示されます

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    「高市氏の昔を知っているよ」 総裁選候補者3人で最も優れているのに胸がザワつく理由

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、自民党総裁選に立候補を表明している3人の議員について。 *  *  * 連日、自民党総裁選関連のニュースがメディアを占めている。この国に暮らす人々の生存をかけた衆議院選挙のほうがよほど重大なはずなのに、無駄に自民党の生存をかけた総裁選につきあわされているようでつらい。災害レベルのコロナ禍で重要なときに臨時国会を開かず、自党の人事に時間を費やす自民党の体質が、トップが代わったところで変わるとは思えない。とはいえ、あと一歩で総理の椅子に座る3人の候補者に女性が入っていること、その女性が候補者の中で最も右寄りであること、容姿を誹謗中傷する批判が“彼女にだけ”されていることなど、日本の女性政治家が置かれている現実を生中継で日々見せられているようで、それはそれで気になってしまうのだ。 候補者3人の出馬表明記者会見を見た。それぞれ力のこもった熱弁を見ながら、改めて菅さん (菅義偉首相) は、相当なレベルで話が下手だったのだと気づかされる。滑舌が悪いうえに自分の言葉で話さない、原稿すらうまく読めないので頭に入ってこない。東京五輪・パラリンピック開催に疑問を投げかける記者には、「安全安心」と繰り返すだけで誠実さのカケラもなかった。さらに記者に対して威圧的であり、社名を名乗らない記者に対していら立つなど、器の小ささを露呈してしまう場面を幾度となく見てきた。喋れば喋るほど、人の心が離れていく総理大臣だった。 菅さんに比べると3人の候補者の話は、フツーにまともだった。……と、「底」を強いられてきた者として認知の歪みが生じてしまっているのだろうかと自分でも不安になるが、今回、高市早苗氏の会見を初めて長時間聴いてみて驚いた。テンポ、滑舌、論理性、具体性において出馬表明記者会見としては3人の中で最も優れていたからだ。記者からの質問に逃げずに丁寧に答えていたのも好感を持てた。  例えばTBS「報道特集」のキャスター膳場貴子氏が、高市氏が過去にしていたサイテーの発言「(生活保護を)さもしい顔をしてもらえるものはもらおうとか、弱者のふりをして少しでもトクをしようと、そんな国民ばかりいたら日本が滅びる」を引き、「困窮する国民をどういう目で見ているのか確認をさせてください。弱者への視点が欠けている不安、批判の声があるが、どう受け止めているか聞かせてください」と迫った。高市さんに対する強い批判を含んだ良い質問だった。 もしこれが、安倍さん (安倍晋三前首相) だったらと想像する。女性アナウンサーからの質問にまずニヤニヤと冷笑し、しかし顔色は変わり、早口でまったく方向違いの旧民主党政権批判を延々繰り返し「それはですね、民主党政権時代の批判の流れでの発言だったのでございます。文脈をですね、私の発言の文脈をですね、いいですか、きちんと見ていただいたうえでですね、そのようなご質問をしていただきたきたいのでございます」とか言いそうだし、麻生さん (麻生太郎財務相) だったら「そうかね、覚えてねぇな」とか言いかねず、菅さんだったら「えー、私はこれまで通り全力で国民の安全安心を最大限に考えて、政治を行っていくことに変わりはありません」とか言うのでは。テレビカメラの前で“女性”記者に批判された、ということで頭がいっぱいになり、誠実に答えようともしない“男性”政治家の振る舞いに私たちはあまりにも慣れてしまっていた。 その日、高市氏は膳場氏の批判質問に顔色も声のトーンも変えることはなかった。にこやかなまま、その発言がいつ、どの場で行われたものかを記憶の中で語り、「これは皆様の大切な税金。福祉というものは公正、公平が原則であるべきだと私は考えています」とし、さらに子どもの貧困問題等について語り、そのうえで「これが私。素直なほうなので、さまざまなアドバイスには柔軟に対応する」とも言った。  このやりとりに、私は見入ってしまったのだった。威圧的だったり、不誠実だったり、中身のない政治家答弁にあまりにも慣れ過ぎていたからこその驚きであるのだが、ただ新鮮だった。もちろん、高市氏のような政治家の言動が生活保護受給者に対する社会の偏見を生み、貧困を再生産し、生活保護を受けられずに餓死するような人々を生み出す現実をつくってきた。そういうリアルが見えない高市さんが与党の政治家であることが私は恐いが、それでも「どのような考えに立っているのか」ということを説明することをこの人は逃れなかったという印象は残った。 一方、岸田氏は国民の声を聞いてきたという薄く小さなノートを振りかざして「私にとりまして大切な財産。このノートを読み返した上で、私は改めてやるべきことがあると感じています」と豪語する。外国特派員協会で記者会見を開くなど、去年の総裁選よりもパフォーマンス力があがっているように見えるが、選択的夫婦別姓についての意見を問われ、「引きつづき議論しなければならない課題」と言うなど、いったい誰の声を聞いてきたのか問いたい。今年の共同通信の調査によれば選択的夫婦別姓は国民世論で6割が賛成している(30代では7割)。だいたい選択的夫婦別姓は80年代からずっと提案され、深く積み重なった議論の歴史があるのだ。国会での議論を拒否し続けてきた自民党の単なる勉強不足が、選択的夫婦別姓を邪魔しているだけ。まだ、「自分ごと」として通称使用拡大の具体的実践に全力を尽くしてきた高市氏のほうが勉強しているし、わかっているように見える。 河野太郎氏の記者会見が一番、今までの自民党の威圧的政治家の流れをくんでいるように見えた。質問は1社一つというルールを一方的に強いては、「(河野さんは)脱原発派ですか?」という質問に対して「どういう定義で脱原発というか人によって違うので、何か一つの言葉でくくるのはやめておいたほうがいい」と打ち切り、それ以上の質問を許さなかった。記者が本当に聞きたいことは分かっているはずだし、そこから深まる議論もあるはずなのに、意味のない答えを短めに返すのが目立った。  河野氏は若手からの期待が大きいと、報道では言われている。「河野さんは発信力があります」と30代の議員が胸を張るようにテレビカメラに向かって話しているのを見た。発信力とは単純にテレビに出る回数とか、Twitterのフォロワー数とか、なんとなくの人気のことを言っているのではないかと思うが、それは政治家にとって必要な力なのだろうか。記者会見で衝撃だったのは、韓国メディアの記者が「特に韓国を含めた、近隣国に向けての外交政策のビジョンを聞かせてほしい」と質問した時の答えだ。外務大臣を務めたこともある河野氏の答えは、こういうものだった。「G7の中で日本はユニークな立ち位置。キリスト教をベースとした文明の上に成り立っていない国は日本だけ。だから外務大臣として自分はアジア、中近東、アフリカといった国々の思いを代弁できる日本でありたーい、と思ってきた。自由民主主義、基本的人権、法の支配、こうした価値観を共有して一緒に前に進みたーいと思っている。それぞれの国にはそれぞれの歴史がある。一足飛びにみんなが同じことをできるわけではありませんー。そういうなかで、ヨチヨチ歩きであっても同じ方向を進もうとしている国にしっかりと寄り添える、そういう日本でありたーいと思っている」 ……これは外交政策なのでしょうか。ヨチヨチ歩きだけど一緒に寄り添っていこうね、って。これは元外務大臣による総裁選立候補の時に語るような言葉なのだろうか。高市氏を推すわけでは決してないが(というか、私にその権利もないが)、高市氏だったら具体的に質問に正確に答えようとするのではないか、大人の言葉で。 最近、「高市早苗の昔を知っているよ」という人と立て続けに話をする機会があった。20代のころ、高市氏は400ccのバイクを乗り回していたという。30年以上前、400ccのバイクに乗る女性は少なかった。私も10代のころ、400ccのバイクに乗りたくて教習所に行ったのだが、「女は小型から」と中型免許すら取らせてもらえない空気があり、一日でやめた。「中型取りに来たんです」と言っても、「じゃあ、起こしてみな」と道路に転がる400ccをコツも教えてもらえず起こせと言われて憤慨した。あの時の悔しさは今もまだ心のどこかに残っている。80年代のことだ。そういう時代のなかで、中型・大型バイクに乗る女性たちは道で出会っては、自然に話しかけるようなことがあったという。当時のバイク仲間の女性は、若かった高市さんが目を輝かせながら「私は保守系の政治家になるんだ」と、夢を語っていたのを覚えている。   高市氏を見ていると、胸がざわつく。「政治家を知るためには、その人の選挙区と選挙歴を知らなければならない」とは、無戸籍問題に取り組み続け衆議院議員になった井戸まさえ氏の言葉だが、高市氏がもし、奈良という保守が強い土地ではなく、都市部の選挙区の人だったらどうだったろうか。選択的夫婦別姓、女性天皇・女系天皇容認などについて肯定派の多い都市部のような場所で保守派の政治家として立っていたら、どうだったろうか。安倍さんへの、悲しいほどのすり寄りは、二世議員である小渕優子議員や、祖父が政治家だった野田聖子議員だったらしなくてもよい媚びにも見える。高市氏自身の葛藤を勝手に想像しながら、そういう女性議員の姿を見てこちらも引き裂かれるような葛藤を味わう。女性がのびのびと政治ができる国になってほしい、そして正当に評価されるようになってほしい。今起きているのは、自民党の大物男性の庇護のもとでの自由と、それでも女性であるゆえに正当に評価されない日本社会の女性嫌悪だ。精神衛生上よくないので、早く終わらせて、衆議院選挙で自民党政治は終わってほしい。■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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    テレワーク推進で「社員のいない社員食堂」が続出 あのタニタも休業状態

     コロナ禍に見舞われた1年半の間に、企業がテレワークを推進する機運は一気に高まった。働き方改革や感染対策の面でメリットがある一方、テレワークが進むほど困るのは、企業内にある社員食堂だ。出社率が減るほど、「社員のいない社員食堂」が生まれてしまうというジレンマがある。維持費や食品ロスなどの問題を抱える社食は今、どうなっているのか。実態を取材した。 「コロナの影響で休業している社員食堂は多く、中には廃業しているところもあります。なんとか営業を続ける社食も、大きな打撃を受けている状態です」  こう話すのは、全国の社食を取り上げるサイト「社食ドットコム」代表の藤井直樹氏だ。   企業の社食は外部委託されている場合が多いが、コロナの長期化による営業不振などで撤退が相次ぎ、実質的に社食を失った企業も少なくないという。 「2年ほど前までは、福利厚生として社食を充実させる企業が多く“社食バブル”のような状態でした。ヘルシーメニューなどを充実させ、好きな料理を選べるビュッフェスタイルの採用も増えていました」(同)  藤井氏によると、このような先進的な取り組みをしていた代表格が、ソニー本社(東京・品川区)の社員食堂だという。社内にはカフェテリアやビュッフェ、サラダバーなど多彩なラインアップがそろう。窓からはレインボーブリッジや東京タワーを一望できるリラックスゾーンもあり、社員の憩いの場となっていたようだ。  そのソニーの社食は今、どうなっているのか。  同社の広報担当者によると、現在はビュッフェとサラダバーは停止、社食内に28列あった提供レーンも、現在稼働しているのは4レーンのみだという。ソーシャルディスタンスを保つため、1243席あった座席数も、408席まで減らした。  ランチの提供数(喫食数)は、コロナ前は約5000食あったが、現在は約500食に。約300食出ていた夕食は、現在は停止中だという。コロナ対策として、使い捨てカトラリーの提供や、ほぼすべての食堂メニューのテークアウト販売なども始めるなど工夫はしているが、限界はあるようだ。 「食堂利用者数が大幅に減少しているので、従来どおりのメニューを提供することは困難になっています。(社食の)運営会社に対して追加で補助金を支払うことによって必要最小限の選択肢を残しつつ、食堂の運営を維持しています。ベジタリアンメニューやヘルシーメニューの提供ができていない状況なので、ダイバーシティや健康への配慮が今後の課題の一つです」(広報担当者)。  また、社食と言えば、健康機器メーカーのタニタも忘れてはならない。同社の社員食堂は、健康に配慮したレシピ本がベストセラーとなり、その取り組みが映画化されるなど(『体脂肪計タニタの社員食堂』)知名度も高い。  タニタに現状を問い合わせたところ、現在、社員食堂は休業中だという。 「弊社の社員食堂については、新型コロナウイルス対策のため、昨年の4月の緊急事態宣言より断続的に休業をしており、今年は1月の緊急事態宣言から休業をしています。今後の再開は感染状況などを考慮し検討する予定です」(担当者)  社食で有名なタニタでさえ休業状態を余儀なくされるほど、その運営は厳しい。企業に最も重くのしかかるのが「施設の維持費」だ。閑古鳥が鳴こうと、人件費をはじめとするランニングコストは常に発生する。前出の藤井氏はこう話す。 「食数が減った分、社食で働く従業員もコロナ前ほど必要ではなくなっています。実はコロナ直前までは、社食は働き手が足りず人手不足でした。人をどうやって確保するかが課題でしたが、今はむしろ足かせになってしまっている。大手企業ほど抱えている人数が多いので、大変だと思います。実際、特に都心部にある企業の社食を請け負う運営会社では、別の地域の社員食堂に配置転換させる動きが進んでいます」  ただ、自社で社食を運営する「直営」の場合は、こうした対策も取れないという。 「委託会社の場合は余剰人員が出ても別のエリアに人を異動させることが可能ですが、直営では提供する食数が5000食から100食に減ったからといって、異動させることもできない。かといって、解雇などで簡単に人を減らすこともできないので大変です。もともと料理ができる人や食のプロを雇っているので、営業など別の部署に配置転換するのも現実的ではないでしょう」(同)  課題は他にもある。大手社食運営会社に勤める40代男性は「食品ロスが一番の課題」と話す。提供する食数(喫食数)が減って食材が余れば、食材のロスにつながる。 「1000人来ると思って食材を用意していたのに、100人しか来なければ、とんでもない食品ロスになります。メニューを減らせば不満が出るので、選択肢をそろえつつ極力ロスを減らすよう努力しますが、これがとても難しい。同じ会社でも月曜と金曜では食数も変わりますし、メニューや天候にも左右される。大きく読み間違えると100食単位でずれることもあります。ロスが増えれば、売り上げにならないのに食材費だけはかかるという悪循環に陥ってしまう。コロナ以降、食品ロスの管理は特にシビアになっています」(40代男性)  こうした厳しい状況が続いていても、明るい兆しがないわけではない。コロナ禍においても業績の良い企業などでは新規で社食を作る動きもみられるという。コロナ禍で、かえって社食の価値を再認識した企業もあるようだ。 「社食はこれまで学生の採用でも一役買っていました。福利厚生にこだわる学生の中には、会社を選ぶ際に社食が充実している方を選ぶという人もいるくらいです。社員食堂はただ食事をするだけのスペースではなく、社員同士のコミュニケーションを円滑にして、仕事へのモチベーションや会社への愛着を育む場所であり、午後からの仕事のパフォーマンスを発揮しやすくするためのリラクゼーションの場所でもあった。コロナは、社食のそうした価値を企業に改めて気づかせる契機にもなったはずです」(前出の藤井氏)  今や、社食も企業文化の一つとなりつつある。社食が完全復活する日を待ち望んでいる従業員は、決して少なくないはずだ。(AERA dot.編集部・飯塚大和)

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    意味がないのに横行しているムダな仕事トップ3

    朝9時に全社員が出社しても1円にもならない「新型コロナウイルスの出現で、仕事の『あたりまえ』が変わった」と語るのは「プレゼンの神」と呼ばれる元マイクロソフト業務執行役員の澤円さん。コロナ禍が始まって以来、これまでやってきたからやっていたにすぎない無意味な仕事があぶりだされたと述べています。その「ムダな仕事」トップ3を澤さんの最新刊『「疑う」からはじめる。』から紹介します。■[ムダな仕事1]毎朝9時に出社する 以前、僕の友人がこんな話をしてくれました。ある日、都内に大雪が降って会社に遅刻してしまったそうです。前日から雪の予報だったので30分以上早く家を出たものの、案の定どこもかしこも混雑していて、結局、彼は5分の遅刻をしてしまいました。自分と同じような者もちらほらいたと言います。「この天候じゃ仕方ないよな」 そう思った瞬間でした。「雪が降るのはわかっていたはずだ! なぜもっと早く家を出ないんだ!」 いきなり部長がキレたのです。 あまりの剣幕にみんな驚いて口も利けません。部下たちの様子を見てさらに弾みがついたのか、部長は、それから30分以上もみんなを立たせたまま説教を続けたそう。 みなさんは、この出来事についてどう思いますか。5分の遅刻に対して30分以上の説教……。これって、僕流に言わせてもらえば完全な「暴力」だし「時間泥棒」です。それに、その部長は遅刻に対してキレたことで、「わたしはマネジメント能力がゼロなのだ!」と大声で叫んだようなもの。 この話を聞いて、僕は「ねえ、その会社いますぐ辞めたら?」と友人に言ったのですが、同じようなことが日本の会社では結構まかりとおっています。もしかしたら、みなさんも似たような出来事に遭遇した経験があるかもしれません。 この「仕事のはじまりの時間に厳しく、終わりの時間にはゆるい」のは、日本企業特有のマインドセットです。朝、数分遅刻しただけでガミガミ怒られるのに、夜は数時間残っていても、怒られるどころか「頑張っているな」と褒められることすらあります。 でも、よく考えてみてください。そもそも各部署でそれぞれやることがちがうのに、朝9時に全社員がそろって出社しても1円にもならないではありませんか。また、だらだらと残業したって生産性が高まるとはとても思えません。会社とは、あくまでも利益を出す場所。これらはまったくもって意味のない行為です。■1人ひとりが疑わなければならない こういった無意味なルール、無意味な時間の考え方を、いまこそ1人ひとりが疑わなければならないのだと思います。「それって本当に効率がいいの?」「これがなにかを生み出しているの?」「誰かが幸せになるものなの?」 1人ひとりが自覚的に、自らに問いかけることが大切なのです。「なぜ全社員が同じ時間に出社する必要があるのでしょうか」こんなことを言えば、「現場はもう動いているんだ!」と言い返されるのがオチです。 多くの会社は、工場や店舗や工事現場を基準にして、自分たちの出社時間を朝8時半や9時に定めています。「現場でトラブルがあったときに連絡がつかなければ問題になる」とは、もっともらしい理由かもしれません。でも、これだけスマートフォンが普及した時代に、来るかどうかもわからない連絡をオフィスで待ち受ける必要が、はたしてあるのでしょうか? あるいは、「会社に重要な書類が置いてあるんだ」という理由かもしれません。確かにそのとおりです。しかし、その会社は交通機関が止まった瞬間に、すべての機能が停止するということになってしまいます。 つまり、BCP(事業継続計画)がむちゃくちゃなわけです。むしろ、どこからでも情報にアクセスできるようにするなどして、いかなるときも業務が止まらないようにすることのほうが、よほど重要です。 業務の効率だけを考えれば、全社員が同じ時刻に出社する必然性はありません。なのに、なぜみんなが朝9時にそろっていなければならないのでしょうか。結局のところ、こんな理由だったりします。「不公平になる」「現場は早く出ているのだから、本社や本部もそうするほうがいい」という考え方です。 現場では、時間で区切ってタスクをまわさなければならない面もあるので、みんなが同じ時間に出社し、働き始めなければならないこともあるでしょう。しかし、本社や本部の社員にはなんの関係もなければ、必然性もありません。ましてや朝9時に一斉に出社するので、電車も道路も混んでいるし、エレベーターには長蛇の列。こんなことでは社員の生産性は上がるはずがありません。朝7時に出社して15時に仕事を終わらせて帰るほうが、ずっとマシでしょう。もちろん、昼ごろに出社して夜に終わるというパターンだってありですよね。 こういった考え方ができない会社がなぜ多いのか。僕は、みんなの心のどこかに「現場は早くから動いていて悪いから、それに合わせよう」という日本人特有の気質があるからではないかと感じてしまうのです。■[ムダな仕事2]「報告」「連絡」ばかりの会議をしている かつてマイクロソフト社にいたとき、僕のチームに日本企業の人たちがビジネスインターンとして常駐していました。ある日、僕はそのうちのひとりの言葉に衝撃を受けました。彼は、こう言ったのです。「会議でなにかが決まるところをはじめて見ました」 僕は、心底驚きました。会議でなにも決めないなんて僕は絶対にしないし、そもそもなにも決まらない会議を招集すること自体ありません。「日本企業にはムダな会議が多い」とは昔から言われていることですが、いつになっても改善されません。なぜか。それは、「会議でしたほうがいいこと」を理解していないからだと僕は考えています。 たとえば、ビジネスパーソンにとって「報連相」という言葉はおなじみですよね。このなかの「報告」に使うレポート作成に膨大な作業が発生していたり、「連絡」を対面で行ったりすることで時間を浪費している傾向があるのです。 本来、「報告」と「連絡」は過去から現在までにすでに起きたことについての話ですから、ITツールを用いて自動化し、効率的にデータ化できるはずです。データは「見ればわかる」もの。それをわざわざ時間を使って、人を集めて報告させることにまったく意味はありません。連絡はいまならチャットで十分で、電話する必要すらありません。 また、出席者は会議のために移動しなければなりません。コロナ以降だいぶ考え方に変化が現れているようですが、ビジネスにおいて移動時間はなにも生み出さない時間ですから、これもまたムダです。 つまり、会議という立派な名目で、報告というムダなことをさせ、さらに移動という時間のムダまで発生させている。おそらくは、「目上の人に直接会わずに報告や連絡をするのは失礼だ」という意識が広く強く共有されているため、利益を度外視してまでムダな時間を費やしてしまうのでしょう。 一方、「相談」は未来の話をすること。僕はこの部分は対面で話す価値があると考えています。つまり、「未来のことを最大化」するために働くというわけです。「報連相」でいう「相」の部分だけがゼロを1にする、生産のための時間になっていくのです。 これからどうするか、次の一手はどうするかという未来の話は、生産的で楽しいものです。楽しい仕事だけが残るわけで、楽しい仕事なら誰もが高いモチベーションで臨んでくれるにちがいありません。誰だって、夢やビジョンを語るのは楽しいのです。「時間はなんのためにあるか」と考えるとき、未来をよくするために使うところにまで思考を持っていかなければなりません。結果を出せるビジネスパーソンに共通しているのは、「未来志向」を持っていることだと僕は思います。 そこで、今日からあなたの働き方を変えるために必要なのは、高額なツールを買うことでもコンサルタントに頼ることでもなく、こんなマインドセットを持つこと。過去のことに時間を使わないためには、どうすればいいだろうか。過去に学ぶ必要はありますが、過去の出来事そのものが変わることはありません。過去に起きたことに一生懸命に時間を使うのは、とてつもなくムダなことなのです。■[ムダな仕事3]毎日、会社に行く みんながいる会社に行きさえすれば、自動的に部署やチームに組み込まれて、そこで与えられた仕事に取り組むことができる。これまでは多くの人が、そんなふうに思い込んでいました。しかし、仕事とは本来、なんらかの価値を創造することのはずです。 仕事の本質を理解せずに、ただ会社に行って与えられた作業をこなすことを仕事だと勘違いしていた人たちは、コロナ禍で「出勤」できない状態を強いられたとき、「いままで自分はなにもしていなかった」と身をもって体験したのではないかと思うのです。本当は仕事ができていなかった人が、あぶり出されてしまったということです。 会社という場に依存している人が日々取り組む仕事のほとんどは、まさに「出勤」することにひもづいた作業なのだということが、「出勤」という「あたりまえ」が覆されたとき、はじめて見えてきたのです。 仕事がなんとなく用意されている「場」は、今後どんどん減っていきます。それに応じて、「わたしはこれをやります」「この打ち合わせには出ません。その時間にこれをしたいからです」というように、主体的に取り組まなければそもそも仕事が成立しない状態になりつつあります。 このように仕事のあり方が根本的に変化していることを肌身で感じている人は、とても増えていると推測します。すでに僕たちは、既存の価値観を「疑う」からはじめる時代に生きているのです。新型コロナウイルスの出現は、僕たち1人ひとりの変化を、さらに社会全体の変化を、いやおうなく加速させていくでしょう。■常識を疑うことが、あなた自身を変える 新型コロナウイルスの出現以降、仕事の前提条件は変わりました。僕たちはこれまで以上に「あたりまえ」を疑い、新たな価値をつくっていく必要があります。朝9時に出社すること、報告だけの会議に出ること、毎日会社に行くこと。すべてを「疑う」からはじめるときなのです。「なにか引っかかるな……」「どうしてこうなるのだろう」 世間の「あたりまえ」に対して疑問を持つ。それはすなわち、一歩前へ進んだと考えること。「あたりまえ」に対して疑問を持ったとき、あなたはすでにおおいなる成長への一歩を踏み出しています。この事実を、まずは共有しておきたいと思います。 時には「なぜそんなこともわからないんだ」「そんなことは常識だろう」と怒られることもあるでしょう。でも、「あたりまえ」という思い込みに疑問を感じることは、自分が変わっていく過程において、重要なシグナルです。勇気を出して、あなたのなかに生まれた疑問を大切にしなければなりません。そんな自信と勇気を持つ方法についても、僕の最新刊『「疑う」からはじめる。』に書いています。「あたりまえ」に縛られたら、思考は停止します。思い込みを捨て、自分の頭で自由に思考し、少しずつ行動に変えていきましょう。一歩足を踏み出すだけでも、結果はまったく変わっていきます。さあ、いまこそ「疑う」からはじめましょう。そうすれば、あなたの人生はぐんぐん輝きを増していくはずです。(澤 円 : 株式会社圓窓代表取締役)

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    小林麻耶が離婚へ 夫から解放されても修復が難しい「海老蔵一家」と「TBS」

     今年3月から別居状態にあった小林麻耶(41)と夫の國光吟氏(37)が離婚に向けて協議を始めたという。7月1日発売の「女性セブン」によると、当初は麻耶自身も別居が一時的なものになるか、離婚への準備期間となるかはわかっていなかったが、周囲のサポートもあり自分の意思で結論を出す段階に入ったようだ。 2人が結婚を発表したのは2018年7月。出会って2カ月、“交際ゼロ日”での電撃婚は周囲を驚かせたのはもちろんだが、國光さんの行うスピリチュアル色の強いセラピーやカウンセリングなどに傾倒する麻耶を心配する声も少なくなかった。「それ以降の2人の行動といえば、まるで麻耶さんのマネジャーのようにどこへ行くのにも國光さんが同行し、次第に仕事場でも國光さんが口を出すようになったといいます。そして昨年11月に『グッとラック!』(TBS系)の電撃降板と所属事務所との契約解除があり、麻耶さんの彼への依存ぶりが心配され始めました」(女性誌記者) 一時期は麻耶が「洗脳状態」にあるのでは?などと心配もされたが、次第に2人の関係は冷めていったようだ。結局、3月には別居となったが、國光氏と距離をとった麻耶を誰よりもサポートして見守り続けたのは、麻耶の母親だったという。「お母さんの元に戻ってからは、麻耶さんも徐々にこれまでのことを冷静に振り返ることができるようになったそうですが、最も彼女の心を揺り動かしたのは麗禾ちゃん(9)と勸玄くん(8)の存在です。國光さんと結婚してからは、海老蔵さん一家とも以前のように頻繁に関わることがなくなり、あれほどかわいがっていた子どもたちともここ1年ぐらいは会っていないといいます。お母さんは、麻央さんの闘病中には麗禾ちゃんと勸玄くんの面倒を見て家事一切を取り仕切っていました。お母さんから伝え聞く2人の様子やYouTubeで見る成長ぶりに会えない辛さが募ったのでしょう。そんな麻耶さんの異変に気づいて、お母さんはメンタル面も含めてフォローし続けているそうです」(同前) だが、仮に離婚が成立したとしても、今後の麻耶の状況が元通りになるかといえば、「すぐには難しいかもしれない」と芸能ジャーナリストは話す。「まずは麗禾ちゃんと勸玄くんとの関係です。麻央さんの闘病中はお母さんと共に彼女もよく面倒を見ていて、子どもたちも懐いていましたが、海老蔵さんが現在の状態のまま、麻耶さんと距離をとり続けるのであれば、以前のような家族ぐるみの関係に戻るには時間がかかるでしょう。海老蔵さんはこれからは『十三代目市川團十郎白猿』と『八代目市川新之助』の襲名披露公演も控えていますから、あまり“雑音”は入れたくないのではないでしょうか」 また、広告代理店関係者は麻耶の復帰をこう心配する。「いずれ麻耶さんも仕事復帰を考えているでしょうが、義理を欠くようなことをしてしまった古巣のTBSや前の所属事務所からのバックアップは期待できないでしょう。それ以上に、はたしてタレントとして需要があるのかも疑問です。國光氏とのお騒がせカップルのイメージがまだ根強く残っていますから、CMや司会などで起用するのは厳しいのでは」 麻耶はこの日、自身のブログを更新したが、離婚報道には言及しなかった。“目が覚めた”麻耶が目の前に待ち受ける新たな壁に気づき、それを乗り越えた時に、彼女は本当に自由になれるのかもしれない。(宮本エミ)

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    【現地ルポ】河野太郎の旧友が語る「歌いっぷり」から「夫婦秘話」まで 新総裁本命候補が地元で見せた素顔

     16日に野田聖子幹事長代行が出馬表明したことで、立候補者が4人となった自民党総裁選。そのなかでも「本命視」されているのは、河野太郎行政改革担当相(58)だ。朝日新聞社が行った最新の世論調査では、「新総裁に誰がふさわしいか」という質問に、33%の人が「河野氏」と答え、4人の中で最多となった。永田町では「変人」「異端児」などと称されることもある河野氏だが、地元ではどのような評判なのか。AERAdot.は、河野氏を知る人物を訪ね歩き、“本音”を聞いた。今回は「幼少期~社会人」の政治家になる以前の人物像に迫る。 *  *  * 河野氏が生まれ育ったのは、神奈川県平塚市。父は自民党総裁も務めた河野洋平元衆院議長。祖父は河野派を率いて、農林相や建設相、副総理を歴任した河野一郎氏という3代続く政界のサラブレッドだ。大叔父の河野謙三氏も衆院議長を務めるなど、まさに政治家ファミリーの中で育った。 小学校は地元の平塚市立花水小学校に6年間通った。小学生の頃から、他の子より少し目立つ存在だったようだ。6年生の同級生で、現在は平塚市役所産業振興部長の津田勝稔氏は、当時をこう振り返る。 「男子生徒は『太郎』とか『太郎ちゃん』とか気軽に呼んでましたね。勉強は昔からできましたが、同級生が360人以上いる学校だったので、その時は、もっと成績優秀な生徒もいましたよ。1位ではないけど、ずっとトップクラスにいるイメージ。ガリ勉という感じではなかったので、陰で努力をしていたか、地頭がいいのだと思います。子どもの頃から自分の意見をハッキリ言うタイプだったから、いつかは政治家になるんだろうとは思っていました」  当時は、平塚市内で「河野御殿」と呼ばれる旧河野一郎邸に住んでいた。現在は取り壊されているが、そこに小学校の同級生が集まることもあったようだ。 「小学校を卒業する年(1975年)の1月、太郎ちゃんの誕生日会に招かれました。河野邸の中に入ったら、大きな庭があったのを今でも覚えています。私も含めて、みんなが誕生日プレゼントをあげていました。みんなから人気がある子どもだったと思います」(同)  河野氏は1月の早生まれのため、体はそんなに大きくなかったという。 「クラスでは一番前に座っていました。体は細かったから、校庭で一緒に相撲をしても、僕は一度も負けたことはなかった。でも、走るのは速かった。長距離は全然かなわなかったですね。河野家は祖父の一郎さんが箱根駅伝にも出場した長距離ランナーで、大叔父の河野謙三さんも箱根駅伝を走っている。長距離ランナーの家系なんですね」  河野氏自身も、進学した慶應義塾中等部で、今も破られていない4000メートルの記録保持者なのだという。  また、津田さんが鮮明に覚えているのは、河野氏が小学校の合唱コンクールで指揮者をしたこと。 「合唱コンクールはクラス対抗でしたが、太郎ちゃんは皆から自然と指揮者に選ばれていました。正直、歌はうたわない方がいいんじゃないのかな、という感じです」  別の知人によれば、「河野は音痴で声がでかくて甲高い」のだという。  花水小学校を卒業すると、慶應義塾中等部、同高等学校へ進学したが、地元の友達との関係はその後も大切にしていたようだ。津田さんはこんな思い出を語る。 「慶應に進むというのは、(小学校の)卒業が近くなってから知りましたね。僕はそのまま地元の中学に進んだのですが、10年くらい前にその地元中学の同窓会があったんです。花水小の同窓生もたくさんいたんですが、そこに太郎ちゃんが突然、乱入してきたんです。誰かが『お前、ここは違うだろう』とつっこんで、みんな笑っていましたね」  高校卒業後は、1981年4月に慶應大学経済学部に入学するも、わずか2カ月で退学。すぐに渡米し、82年9月には米国ワシントンD.Cのジョージタウン大学に入学した。84年にはポーランドの大学に留学したという。  古くから河野氏と付き合いある湘南ベルマーレの眞壁潔会長がこう語る。 「太郎が留学したのは、ちょうどポーランドの自主管理労組『連帯』を主導したレフ・ワレサ(後のポーランド大統領)の民主化運動が盛んな頃でした。太郎は社会主義の国を自分の目で確かめるために、ポーランドに行った。そこで大学の知人の紹介で、ワレサに会いたいかと聞かれたので、ワレサに会いに行ったんです。でも、そのときに事件が起きた。ワレサの自宅で本人といろいろと話をして、帰ろうと近くの交差点まで行ったところで、警察官から職務質問を受けた。パスポートを所持していなかったので逮捕され、留置場に入れられたそうです」  幸い、大学生であることがわかり、翌朝には釈放されたという。 「彼は性善説で人を見るんですよ。当時、ルーマニアにも行っていて、親切にしてくれた見知らぬ人の家に泊めてもらって、冷蔵庫の中にあった野菜や肉をごちそうになったという話も聞きました。当時のルーマニアで、知らない人のうちへついて行くなんて、ヤバイんじゃないかと思いましたけどね」(眞壁氏)  1985年、ジョージタウン大学を卒業後、日本に帰国。富士ゼロックス(現・富士フイルムビジネスイノベーション)に就職し、シンガポールに2年間勤務した。その後、93年に父親の河野洋平氏が大株主の日本端子(本社・神奈川県平塚市)に転職した。現在、日本端子の社長は洋平氏の次男が務めている。  河野氏が政治家になる前から付き合いのある平塚市の片倉章博市議はこう話す。 「河野さんは日本端子に入社した頃に、平塚に帰って来ました。地元の平塚のJC(日本青年会議所)のビジョンを作る委員会に所属していました。私もメンバーだったし、みんな同世代だったから、くだらないことを言い合ったり、何時間もビジョンを語り合ったりしたのは、いい思い出です。毎年夏には、それぞれが夫人同伴で10人くらいでワイワイ過ごす家族会をしていて、大磯ロングビーチのプールへ行くのが恒例でした。河野さんの香(かおり)夫人も来ていましたよ。プールの後は、ちゃんこ料理屋などで打ち上げをするのが恒例でした」  香夫人はオーストラリアの帰国子女で、聖心女子大を卒業後、外資系の金融機関に勤務していたという。2人のなれ初めについて、古くからの知人はこう話す。 「太郎ちゃんが富士ゼロックスの時代に、香さんが外資系の証券会社に勤務していて、食事会で知り合ったと聞きました。太郎ちゃんのひとめぼれで、香さんと同じ電車に乗るように時間調整して通勤したりしたこともあったそうですよ。香さんも通訳ができるくらい英語がペラペラで、夫婦で英語が堪能。太郎ちゃんは銀座のクラブへも行かないし、愛妻家ですよ。香さんは、夫がいない時には、代わりに選挙のあいさつ回りをしたりして支えています」  夫妻には一人息子がおり、現在は学生だという。河野氏が自民党総裁選に出馬したことについて、前出の津田氏はこう話す。 「総理大臣というのは政治家になったら夢でしょう。地元のことももちろんですが、日本のため、世界のために頑張るという初心を忘れずに、総裁選に挑んでほしいです。同級生みんなが応援しています」  河野氏が衆議院選挙で神奈川15区から立候補して、初当選を果たすのは1996年のこと。33歳のときだった。【後編】では政治家となった後の河野氏の人生を追う。(AERA dot・上田耕司)

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    高市早苗氏のファッション「総理大臣」にはお粗末? ドン小西がチェック

     自民党総裁選への出馬を表明した高市早苗前総務相。ファッションデザイナーのドン小西さんがファッションチェックした。 *  *  *  もちろん今週もファッションから見た話なんだけどさ。これで総理大臣になろうっていうのは、どうよ。だいたいこの人、自分を客観視したこと、あるのかね。  あたしもこれまで何十年もこの人を見てきたけど、マーケティングができてないから、ファッションに統一感もなければ、らしさもない。出馬会見のジャケットに膝丈スカートと黒のハイヒールもそうだけど、いかにも女性議員らしいのはこう、おじさまたちにかわいがられる私はこう……みたいな自分勝手な思い込みで、取っかえ引っかえ服を変えてるだけじゃないのかね。  ちなみに服だけじゃなく、どんな分野でもセンスのいい人が必ず持っているのが、この客観的視点だよ。リーダーもそう。たしかにこれじゃ、町内会のバス旅行の幹事だって無理。ましてや総理大臣になろうだなんて、勘違いもいいところだって。まずはその髪形からイメチェン、人様から見て感じのいいご自分に改造してから、出直されては? ■評価は……? 3DON! 「初の女性総理ならお粗末すぎ?」 (構成/福光恵)※週刊朝日  2021年9月24日号

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    21時間前

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    眞子さまの結婚どう思う? 瀬戸内寂聴が27歳スタッフに質問した結果

     半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。*  *  *■横尾忠則「スジ金入りの肉体的朦朧体、大観より本格派です」 セトウチさん 耳が聴こえなくなったと言うと、「きっと作品が変るわよ」と、ベートーベンじゃあるまいし、変なことおっしゃると、その時はそう思いましたが、本当に変ったんです。その変り方が理に適(かな)っているといえば適っている。つまり聴こえないことは、音の輪郭が失くなることです。そうなると音が朦朧(もうろう)となって、横山大観の朦朧体の絵のように音がボケて聴こえるんです。耳がボケると、日常生活もボケて、曖昧模糊(あいまいもこ)となって、したことと、してないことの区別もわからなくなるんです。つまり虚実の区別ができなくなって、夢で見た仕事の依頼を、本当に依頼されたと思って、やっちゃったりするんです。ボケの症状に似てるけれど、ボケ老人になったんではなく耳のせいだと理解しているので、そこはまだ理性がコントロールしています。 ハイ、絵の話だったです。大観は思想で朦朧体を描きましたが、僕はスジ金入りの肉体的朦朧体なので、思想のようなチョロコイ考えではなく、肉体的ハンデキャップによる堂々たる自然体派です。大観よりこっちの方が本格派です。そんなわけでセトウチさんの大予言は的中しました。 先っきも言いましたが境界線が失くなるということは自由のキャパシティも拡張したことになります。近代人は何でもかんでも境界線を引いて、全てを分業化します。縄文時代はひとりの人間が、多面的に物事をこなしていました。狩猟(しゅりょう)も農業も、漁業も工芸も、子育ても、教育もひとりでするという、境界線をはずした労働生活です。現代のような役割分担などしません。正に多義的です。越境した狩猟社会です。 難聴が与えてくれた神の恩寵です。だから病気の高徳です。僕が度重なる病気によって救われてきたということはこういうことです。神は人間に色々な苦難を与えますが、病気は罪ほろぼしでもカルマ落としでもなんでもないのです。人間の進化向上のためのカリキュラムだと思えばどうでしょう。難聴のほかに、腱鞘炎(けんしょうえん)にもなりました。もう、セトウチさんの「幻花」のような繊細(せんさい)な描写の絵など描けません。今は太い筆やハケを握りしめて、キャンバスにバンバン叩きつけるように描いています。それも痛いので、左手で描きます。左手は思うような形が取れません。幼児の絵より下手くそになります。でも、デュビュッフェは幼児の絵のマネをして、幼児風に描きますが、そんな意図的なことをしなくても、僕の左手はそのまま幼児以上に下手に描けます。これもハンデキャップから来た自然体です。 今書いている手紙では、前にも同じことを書きましたかね。境界を越えると時間差もなくなって、やったことと、やらないことの区別がわからなくなるのです。いよいよ本格派老人です。100歳老人のセトウチさんにも負けていません。ただ僕はセトウチさんのように年齢には拘っていません。拘っているのは他人の方で、今行っている展覧会では「85歳、85歳」と年齢を売り物にされています。歳のことは言うな! アーティストには年齢はないのです。昨日の続きが今日、今日の続きが明日です。原始社会では年齢など無関係です。アーティストは原始人です。■瀬戸内寂聴「私もヨコオさんに負けないように!」 ヨコオさん 何だか、ずいぶん久しぶりにこの往復手紙を書いているような気がします。 それにしても相変わらずコロナは豪勢を極め日本はおろか、世界的にその力を奮っています。 コロナのせいで、人に会えず、寂庵はずっと門を閉めっぱなしです。コロナになる前はもちろん、一も二もなく門内に入ってもらっていました。 大抵遠く九州や東北から来られた人で、まだ生きている私に逢えたと言って、抱きついて泣き出します。もちろん、私は丁寧にお迎えして、写経などしてもらい、お茶菓子を一緒に食べて、しばらくその人のお話を聞きます。つきあいの人もあれば、寂庵の信者を自称する人もあり、初めて門内に入ったという人もいます。「まさか、門内に入れてもらえると思わなかった」と泣き出す人もあれば、「生きている寂聴さんに逢えた!」と、子供のように足を踏み鳴らす人もいる。「とても百歳には見えない!」と誰もが感嘆してくれるが、終日ベッドに横になり、本ばかり読んで、一日を過ごしている私の毎日の状態など話せない。私は、人に逢っている間だけは、必死になって元気らしさを演じ、声を張り上げる。客の帰る時は、長い廊下の途中で、へばってしまい、さっさと歩く客の跡がおえない。 ──だって百だもの……──と、私は廊下の途中で、ペシャンコに座り込み、つくづく、自分に向かって言う。 食事だけは時間が来ると、しゃきっと体がのび、食卓の自分の位置に早々と座り込んでいる。「あら、お昼はもう召し上がりましたよ!」 スタッフの一人が、わざと大きな声を張り上げる。「私のスパゲティは、どうしてこんなに美味しいのだろうなんて、お世辞までいただいて」「そうよ、ほんとに! でも今ここに座ったのは、食べるためでなくて、眞子さんの結婚をどう思うかって、寂庵で一番若い二十七歳のP子の意見を聞きたいのよ」「ああ、眞子さん、ほんとに、よかったですね。大体、みんなあんまりこの結婚に意地悪すぎましたよ。でも、どうして一時金を眞子さんは辞退なさるのかしら? 貰う権利のあるお金でしょう? あんまり弱気にならない方がいいと思うけど……」 ヨコオさん、今、寂庵の中は、こんなにのんびりしています。耳が聞こえないのは、私も同然です。テレビの時なんか、びっくりするほど大きな声にしてくれるので、何とか会話が出来ています。鶯も、秋の夜の虫の音も、私の耳にはさっぱり聞こえません。ヨコオさんとTELしてるのを横で聞いてる人があれば、どんなにおかしいでしょうね。耳だけでなく体のあちこちがどしどし衰えてきます。 そのうち、きっと、自分の死んだこともわからなくなって、──ヨコオさんにTELして!──など叫んでる日が来るのでしょうね。でも目がよく見えているので、一日に二冊は厚い本を読み切っています。ヨコオさんの展覧会、ますます人気上昇でおめでとうございます。私もヨコオさんに負けないよう、あっとこれまでと変わった小説を二つくらい書き残して死にたいものですね。 では、また。※週刊朝日  2021年9月17日号

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    【独自】小室圭さん、米大手事務所から断られていた 弁護士が語る“厳しい現実”

    「小室圭さんの実力では無理だと思います」 こう話すのは、全米で「トップ100」と呼ばれる大手弁護士事務所(ビッグロー)のパートナー弁護士のA氏。専門は、海外企業同士のM&Aなど。米国を拠点に世界を飛び回り、収入も桁違い。この姿こそ、小室さんが思い描く将来でもあるようだ。 昨年の秋ごろ、A氏の事務所に、働かせてほしい、と小室さんの「経歴書」のようなレジュメが別の弁護士を通じて届いたという。小室さんは、ニューヨークなど大都市での弁護士の仕事を探しており、ビッグローか、その下の規模のミッドローでM&Aなどをやりたいという。 A氏がそのレジュメを見て思ったのが、冒頭の言葉だ。なかでも、A氏が首をかしげたのがニューヨークのフォーダム大ロースクール(法科大学院)への留学の部分だ。「疑問なのは、彼がLLM(法学修士)のコースに入ったことです。しかも1年学んだ後に、JD(法務博士)コースに編入している。大きな事務所を目指してて、こんな動き方をするなんて聞いたことがない」 LLMとJDというのは、ロースクールでのコース名だ。米国の大学には法学部がなく、弁護士を目指す人は、大学卒業後にJDに入る。ここで3年間学び、事務所に入るのが一般的なパターンだという。 一方、LLMは、法律の資格を持つ外国人留学生が多いといい、「表現として正しいかわかりませんが、キャリアに“箔(はく)をつける”ようなイメージです」。 A氏によると、米国で弁護士となるのに重要なのはJDでの1年目だ。「米国での就職活動は、2年生の終わりの夏休みで終わります。事務所のサマープログラム(インターン)で働き、その後よほどのことがない限り、その事務所からオファーを受けて就職します。どの事務所のプログラムに入れるかは、1年時の成績で決まります。だから学生の競争も壮絶です。本を隠すなどの足の引っ張り合いもあります。小室さんはその1年をLLMに入っています」 ビッグローのインターンの募集は、ハーバードやエール、コロンビアといった有名大学で公募し、最初の書類選考で成績優秀者に絞り、次の面接で決まる。A氏が言う。「採用された学生には、1年目から19万数千ドル(2千万円以上)の給与が支払われます。それも5年くらいは半人前で、彼らから利益は出ません。それでも欲しい人材ということなんです。だから相当厳選します。原則でいえば、ビッグローはインターン以外の方法では採用しないです」 チャンスをつかめる学生は、ほんの一握りだ。小室さんは、そもそもLLMに入った時点で、希望するビッグローへの道は閉ざされたといっていい。なぜLLMに入ったのだろうか? A氏が話す。「こう言っては何ですが、彼の経歴に目を見張るモノはありません。あるとすれば眞子さまのフィアンセという一点。それでも奨学金を取得できたり、JDへ編入したり、弁護士が出てきて仕事を探したり。知恵をつけている人がいるんでしょう」 では、ビッグローは無理でも、M&Aは他でもできるのだろうか?「米国には約43万の事務所がありますが、M&Aの70%超は『トップ100』が扱っています。小室さんが弁護士として働くにはM&Aにこだわらないことですね。移民法の弁護士などは圧倒的に多い。日本人も多いです。もうからないので人気はないのですが」 そして、こう続けた。「詳しいことは申し上げられませんが、彼の『経歴書』を見る限り、とても“権威”が好きなんだと思います。M&Aも彼からすれば格好良く見えるんでしょうけど、実際は相当厳しい世界です。パートナー弁護士になるのは10年後くらい。それまで生き残っているのはわずかです。彼がそもそも弁護士という職業に向いているのか……。野心家だと思うので、ベンチャーのような起業家とかが向いているような気がします」(本誌・矢崎慶一)※週刊朝日  2021年9月17日号に加筆

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    田原総一朗「新総裁最有力の河野氏を絶対に首相にしたくない勢力とは」

     ジャーナリストの田原総一朗氏が自民党の総裁選について解説する。 *  *  *  菅義偉首相は、まず衆議院を解散し、衆院選に勝つことで総裁選に臨もうと考えていたが、安倍晋三、麻生太郎両氏らの反対で総裁選を先にやらざるを得なくなった。  前回も記したように、自民党の多くの国会議員たちは、今秋の衆院選で落選するのではないかという強い危機感を抱いている。全国の選挙区で、菅首相の評判が極めて悪いからである。自分が当選するには、何としても菅首相に辞めてほしい、と強く求めていた。  8月の中旬ごろまでは、安倍前首相も麻生副総理も、菅首相の続投でよいと考えていた。だが、それぞれの派閥の議員たちが、自分たちの当選には菅首相の辞任しかない、と強く求めていることを知って、考えを変えたのである。  そこで菅首相は、支持率を高めるために、党や内閣の人事に手をつけて、小泉進次郎氏ら、国民の期待が大きい政治家たちを起用しようとしたのだが、いずれの政治家にも断られて、辞任せざるを得なくなったのである。  菅首相が辞任することになって、岸田文雄氏、高市早苗氏、河野太郎氏、野田聖子氏らが総裁選への出馬を表明、もしくは意欲を示している。  注目されるのは石破茂氏である。彼は当時の安倍首相に対してもはっきりと反対を表明していて、少なからぬ国民は彼に期待しているはずなのであるが、彼は出馬しないようだ。  実は、私は2度、彼と電話で話をして出馬を促したのだが、消極的であった。どうやら河野氏を支持するようである。  岸田氏は、戦後政治史に重厚な足跡を残してきた宏池会のリーダーである。大平正芳、宮沢喜一、加藤紘一らハト派で、貧富の格差を広げないために社会福祉をきちんとやるべきだと主張する反新自由主義路線である。岸田氏も反新自由主義路線を打ち出している。  だが、安倍氏や麻生氏と心を合わせることに懸命で、国民の多くからはいまひとつ期待できない、と捉えられているようだ。  女性候補の高市氏は保守右派で、かつて電波法に基づく電波停止に言及したときは、私も強く反対した。  当初は、出馬に必要な議員数をそろえられないのではないかと見られていたが、安倍氏が支持を表明したことで、出馬はできそうである。  野田氏にも頑張ってほしいが、当選の可能性が高いと見られているのは、石破氏が支持をしそうな河野氏である。  だが、河野氏を何としても首相にしたくない、と考えている勢力がある。その代表的な存在が、経済産業省だと見られている。  河野氏は原発反対を強く唱えていた。外務大臣に就任して以後は、反原発を表明しなくなったが、あえて閣内で波を立てるのを避けているだけで、意識は全く変わっていない、と誰もが見ている。多くの政治家と違って、簡単に豹変(ひょうへん)しないのが、河野氏が信頼されるゆえんなのである。  だから、経産省も全国の電力会社も、河野氏が首相になるのは困るわけだ。  そして多くの自民党議員たちは、原発に対しては、情けないほどあいまいである。そんな彼らが河野氏をどのように捉えるのであろうか。 田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数※週刊朝日  2021年9月24日号

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    高市氏でも野田氏でもシラける女の総裁選の闘い 直木賞作家・中島京子、望月衣塑子記者

     ポスト菅をめぐる自民党総裁選(17日告示、29日投開票)は、今後予想される女性の戦いにも注目が集まっている。岸田文雄前政調会長に続き、高市早苗前総務相が正式に出馬表明し、野田聖子幹事長代行は推薦人確保に奔走中と報じられている。「日本初の女性首相誕生か」と前のめりに報じられるが、ちょっと待って、高市総理? 野田総理? 女の総裁選バトルにモノ申す!*  *  *「憧れの人は元英首相のサッチャー」 高市氏は野心を隠すことなく、このように明言してきた。いま総理の椅子に最も近づいている女性かもしれない。 これまで、自民党の総裁選に出馬した女性はただ一人。小池百合子現東京都知事が2008年に立候補した。そもそも立候補には、国会議員の20人の推薦が必要で、女性にとっては高いハードルだった。今回、高市氏は早々に推薦人確保のメドがたち、世間の人気が高いといわれる河野太郎氏よりも早く正式に立候補を表明。野田氏も意欲を示していることから、注目を浴びている。 東京新聞の望月衣塑子記者が解説する。「自民党の若手議員を中心に“菅さんじゃ選挙は勝てない”という空気があった。菅降ろしと連動して“顔”を選ぶにあたって、今の時代、女性を打ち出した方がいいという流れはあった」 それでいち早く出てきたのが高市氏だったので、望月記者は驚いたという。「ビックリしたというよりは、がっかりです。同じ女性として応援は……。高市氏は女性の代弁者かというと、女性のお面をかぶった古い男性といいますか、男尊女卑ともとらえられる発言が目立ちますから」 似たような感想をもつ女性は少なくない。直木賞作家の中島京子さんも指摘する。「あからさまに男尊女卑的な態度や政策を取り続ける自民党ですら、体面上は、女性候補を出さなければならない時代になったということでしょう。しかし、総裁選は所詮、自民党内の派閥争いでしかない。茶番に近い候補者乱立が予想される中、ことさら“女性”だからと出馬に意味があるように捉えられること自体に違和感を覚えます」 とはいえ、総裁選の候補者として出る限りは、国政に対する自身の考えや具体的な政策を国民に説明して当たり前。高市氏が出馬会見で打ち出したのが、経済政策「サナエノミクス」で、「3本の矢」として「金融緩和」「緊急時の機動的な財政出動」「大胆な危機管理投資と成長投資」を掲げた。「サナエノミクス、ですか? ネーミングからしても、有権者をバカにしているのかなぁと感じました」(中島さん) 高市氏の政策はどこか既視感があるが、サナエノミクスは、安倍晋三前首相が掲げた「アベノミクス」路線を引き継ぐものだからだ。これに対して、望月記者も「安倍政権の上書き」としてこう言う。「せっかく女性が主導的立場になろうと出てきたのに、女性ならではの視点で練り上げた政策は一切出てこなかった。サナエノミクスは基本、新しいものはなく、安倍さんの政策を踏襲、一部を更新し、ネット民に受けるよう過激化させただけ。」 高市氏の政策から読み取れるものは結局、「安倍さんへの忖度」(望月記者)だったという。「安倍崇拝ともいえる状況が、綿々と続いている。高市氏だけではありません。河野氏は、本心としては脱原発だと思いますが、出馬前に安倍氏に会って再稼働しますと約束しました。男も女も安倍氏への過剰な配慮です。その裏には何があるのでしょうか。安倍氏が実質取り仕切る、最大派閥の細田派の票の取り込みは、勝敗をわける鍵なのでしょうが、女性なら空気が変わるかといえば、これではクリーンな政治は望めません」(望月記者) 一方の野田氏は、まだ正式に出馬表明はしていない。以前から政策の基本方針としては、「自分のことだけでなく、女性や高齢者、障害者をはじめ全ての国民、全ての地方が活躍できる制度を構築する『やさしさ』をもつ」ことを掲げている。障害のある子どもを育てる母親でもあり、野田氏の政治姿勢は自民党内ではリベラル寄りだ。 望月記者は野田氏をそれなりに評価しているという。「野田氏は自民党の幹事長代行で、大臣も何度か経験している。与党の動きもわかっている。フランクで話しやすい人柄で、官僚たちにも野田ファンは多いのです。軸が見えないところがあるけれども、理想や理念だけでは政治は動かせないから、官僚のアイデアを入れながら、どのように政治主導していくか。野田氏くらいの女性のベテランが一番いいのだろうなとは思います」(望月記者) 人柄と政治手腕はある程度評価されている野田氏。ただ、能力や適性があるからといって、総裁選に出られるわけではない。今、野田氏の足を引っ張るのが夫の疑惑だ。出馬も難しいという声も漏れる。「野田氏イコール夫ではないわけで……。たとえば、夫婦別姓が進んでいるフランスならば、夫がどうであろうが妻は別人格ととらえられるでしょう。個が確立して、認められている社会ならば、野田氏の夫の件も切り離して考えられると思いますが、日本は夫婦が一体に見られてしまう。男性総裁候補者で妻に何か懸念点があるという逆バージョンだったら、ここまで焦点になるかは疑問です。あくまでも、政治家の世界においてですが、日本で生き残るには小池百合子都知事のように独身を貫くしかないのかもしれません」(望月記者) 背後に安倍氏が見え隠れする高市氏、脛に傷を抱えているような野田氏だが、中島さんは高市総理も野田総理もあり得ないと話す。「高市さんも野田さんも総理総裁にはならないと思います。高市さんは安倍元首相の極端な思想をそっくり持っている人物なので、“名誉男性”的なポジションなのではないでしょうか。たとえると、性別が女性の“おっさん”。野田さんは自民党内ではリベラルを標榜してきた人ですが、“女性はうそをつく”発言の杉田水脈議員の辞職を求める署名を受け取らなかった。大事なところで腰の引けた態度しかとれなかったのが残念です」(中島さん) 最後に、高市氏や野田氏以外で、総理の器があると思える女性議員の名前を挙げてもらった。「女性首相第1号に推すなら、福島瑞穂さん。野党が合意した政策はしっかりしたもので、福島さんなら実現してくれると思うし、この10年の不正をただし、まっとうな政治をやってくれると思います」(中島さん) 一方、望月記者はこう見る。「前男女共同参画担当相の橋本聖子さんは、ジェンダー平等を訴える若手の女性起業家や学生らに一目置かれていました。でも、総裁選には名前が出てこないのです。総裁選に出るような女性議員は、自民党内でキワモノ扱いをされている感も否めない。女性として生きてきた実感から、今の日本の社会を変えていかなければならないという志のある人物ではないのです。一般の女性たちの多くが感じるような疑問を政治でなんとか解決したいという人は総裁選には出ない。そこが日本の限界なのかもしれません。今回の総裁選は女性からするとシラケてしまいますね」(望月記者) 典型的な男社会と言われる政治の世界だが、2人の女性総裁選候補の動きで空気は変わるのか――。(AERAdot.編集部 太田裕子)

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    郵便局長が邁進する郵便局舎「投資」 もうけが流れる先にある団体の存在

     新たに移転する郵便局の不動産を、郵便局長たちが買い漁っている。日本郵便が土地などを直に取得できないよう地主に働きかける例もある。賃料収入を元手に得た「もうけ」が流れる先には、ある団体の存在が──。AERA 2021年9月20日号の記事を紹介する。 *  *  *  筆者に6月、ある高齢女性から直筆の手紙が届いた。そこには、こう書かれていた。 <戦後、懸命に働いて買った苦労の土地なので、手放すことは考えていませんでしたが、役所(の幹部)が何度も頼みに来て、役所が買うならと首を下げました。その後、役所から「これからは郵便局と話して」と言われ、郵便局長から「不動産鑑定士の言う金額だ」と言われ、私は何も言わず黙って聞き、契約書に名前を書いて印鑑をついてやりました。金額は誰にも話さず、心の中に入れています。あまりにも安いので>  地元の郵便局長から、局舎の移転先となる土地を安く買いたたかれたとみられる。女性の希望で関係者への取材は控えたが、同様の例は他にもありそうだ。そう思わせる独自データを紹介する前に、まずは郵便局をめぐる歴史をおさらいしよう。 ■社員が先回りして取得  日本郵政グループの中核「日本郵便」は、全国で約2万局の郵便局を直営している。うち約1万9千局は「旧特定郵便局」だ。お金のない明治政府に代わり、地方の名士が自宅などを無償提供してつくった局舎がルーツだ。2007年の郵政民営化後も、大型の旧普通郵便局とは区別して運営されている。局舎が局長職とともに“世襲”で引き継がれた例も多い。  日本郵便が借りている局舎は約1万5千あり、賃料総額は600億円近くになる。内部資料によると、現役の局長が持つ局舎が2千、2親等以内の親族と日本郵政グループ社員の保有が2774、元局長の保有が5940ある(19年4月時点)。  だが、着目したいのは局舎の「ストック」ではない。移転や開局など「フロー」のほうだ。  日本郵便が18~20年に移転を公表した240局の不動産登記などを調べると、少なくとも73局の所有者が21年時点の局長と一致した。元局長が所有する物件も5局あった。新しくできた郵便局でも、少なくとも5局は局長が保有。それらのほとんどが、新築の一戸建てだった。  土地についても見ていこう。  局長が保有する73局のうち40局は、移転前の2年以内に取得されていた。残る土地も、移転にあわせて地主から借り入れている土地が多い。局長自ら先回りし、地主と交渉して土地を買ったり借りたりしているのだ。日本郵便の歴とした「社員」であるにもかかわらず。  想像してみてほしい。大企業の拠点となる不動産を社員が先回りして我が物にし、勤め先に貸し出して賃料を得る構図を。  企業と役職員との個別取引は利益相反や不当利得が生じやすい。原則禁止とし、本当にやむを得ない場合には透明性や合理性を明確にするのが企業経営の常識でもある。  日本郵便も民営化後、局長が局舎を持つ条件を社内ルールで定めてきた。最優良の物件であるのは当然のこと、(1)日本郵便が地主と直接取引できない(2)公募をしても他に優良物件が見つからない(3)取締役会で決議する──といった条件も満たすことが必要だ。  ここで注目したいのは条件(1)。局長が最適な移転先を見つけたとしても、日本郵便が地主と直接取引し、局舎も建てるという「普通の姿」が大原則なのだ。  地主が日本郵便との取引を拒み、「局長以外に土地は譲らない!」と主張するような特殊事例でもない限り、局長が局舎を取得するなど認められない。つまり、不動産取引の相手として大企業である日本郵便よりも、局長個人にこだわる地主が、3年間で70人超もいたことになる。不自然ではないだろうか。 ■「儀式」でルール回避  こんな事例がある。  信越地方の山あいの集落で3年ほど前、国道沿いの土地を持つ60代の男性が、地元の郵便局長からこう懇願された。 「日本郵便の社員を連れてくるから、『土地は局長にしか貸さない』と言ってくれ」  土地を貸すことに同意していた男性は不思議な気がしたが、顔なじみの局長の頼みでは断りにくい。実際に翌日、局長が連れてきた社員2人に対し、「局長さんにはいつも世話になっていますから」と、教わったセリフをそのまま告げた。面談は立ったままで、10分にも満たない「儀式」のようなものだった。局長が勤め先の取引を妨害した疑いが濃い。  また、男性は局長に「借地料は月5万円以上」と伝えていた。郵便局のために安くしたつもりだったが、局長側は社員との面談後、「月2万円」と言い出して譲らなかった。着工が遅れると周囲の目も気になるようになり、区画を変えて「言い値」を受け入れたという。  東海地方に住む70代の男性は昨年、畑の一角を郵便局長に売った。「局長と面識はなく、契約当日に初めて会った」と証言する。地元の不動産業者が「日本郵便ではなく局長に譲って」と頼んできたといい、「変だとは思ったが、価格がよければ、どっちに売ったってよかった。そういうものでしょ」と話す。 ■仲間に利益誘導の恐れ  日本郵便は局長が局舎を取得する際、支社の社員が地主と会って直接取引する意思が本当にないかを確かめる。「局長にしか確保できない理由」を明確にする必要があり、地主が取引を拒む理由は「対応記録表」に記されて本社に届く。取締役会も1件ずつ確認しているはずだ。  局長が保有する局舎の賃料は、民営化当初に相場より2~3割ほど高い契約があると指摘され、10年以降は利幅を相当削っている。それでも局長が局舎取得に邁進(まいしん)するのは、旧特定郵便局長らでつくる「全国郵便局長会」が、自ら局舎を持つ「自営局舎」を推進しているからだ。地域貢献に役立つとの名目だが、本当にそれだけなのか。  過去3年の移転局舎240局の登記簿をみると、全国各地の「郵便局長協会」が少なくとも52局で約33億円を融資していた。金利は年0.8~2.4%で、過去3年分だけで年数千万円の利息収入が生じる。物件を担保とせずに融資する例もあるといい、実際の融資額や利息収入はもっと多いとみられる。  郵便局長協会の役員は、各地の郵便局長会の幹部と重なる。「会社の取引を阻害し、仲間内に利益を誘導している構図ではないか」(八田進二・青山学院大名誉教授)との指摘もある。  日本郵政の増田寛也社長(日本郵便取締役)は8月末の記者会見で、確認するなかで問題は見つからなかったと説明した。郵便局長協会が利息収入を得ていることは「十分な情報がない。問題にすべき点があるかは(日本郵便に)聞いてみたい」と述べるにとどめ、いつもの歯切れのよさはなりを潜めた。  非常識な慣習をただせるか、今はまだ見通せない。(朝日新聞経済部・藤田知也)※AERA 2021年9月20日号

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    【写真特集】華麗なる総裁選立候補者のファッション拝見!

    自民党総裁を目前に控え大波乱の中、立候補者たちの素顔に迫るべく、これまでに披露したファッションを勝手にチェック!中には普段あまり見たことのないお宝ショットも…。果たしておしゃれセンスNo.1は誰?▼クリックすると拡大写真と解説文がご覧になれます

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    Sexy Zone菊池風磨くんの自信の秘訣 「自分には嫌われたくないと思って生きている」

     小中学生向けのニュース月刊誌「ジュニアエラ」の人気連載「Sexy ZoneのQ&Aステーション」。毎回セクゾのメンバーが読者からの質問に答えてくれます。8月号は、菊池風磨くんが、自身がないという読者の悩みにアドバイスしました。*  *  *【質問】 私は自分に自信がありません。ずっと外見のせいにしていたけど、ダイエットで20キログラム落とした今も同じです。風磨くんは自分の顔を「10点中3点」と答えていたと思いますが、常に自信を持っているように見えます。どうしたら自分に自信を持つことができるのでしょう?(ぽっぽさん・16歳)【回答】 そう、僕はねぇ、自分の外見はそんなに好きじゃないんですよ。(Hey! Say! JUMPの)山田(涼介)くんとか、(嵐の櫻井)翔くんとか、結構、王道系の顔がタイプなので。うちのグループ? 王道系と言っていただくことはありますけど、メンバーのことはちょっとそういう目で見られない(笑い)。僕自身はSexy Zoneの「普通担当」だと思っていて。ジャニーズなのに普通のやつがいるって面白がってもらえたらいいなというスタンスですね。 でも、好きなんですよね、自分のことは。だから、自分を好きになること=自信が持てる、ってことなんじゃないかな。どうやったら自分を好きになれるのか……? う~ん、僕、人には嫌われてもいいけど、とにかく自分には嫌われたくないと思って生きているので、そこですかね?  自分にうそ偽りなく生きてみる。人って誰しも周りの目が気になって演じてしまうことはあると思うんだけど、それを続けてたら本当の自分がわからなくなっちゃう。「自己中に生きよ」というわけではないけど、自分らしく自分を表現していくことって大事。あとは、そんな自分を自分と同じように好きになってくれる友達を見つけて、やりたいことをやり残さないように毎日を送ることかな。僕は自分がジャニーズだってことを意識せずにいさせてくれる友達が常にそばにいたおかげで、ここまで自分を好きでいられるんだと思う。学生時代にやり残したことってないですからね。 ぽっぽちゃんも、まずはやりたいことをやり残さないクセをつけてみたら? 小さなことでいい。今日はカラオケに行きたいなと思ったら、カラオケ行くとかね。そしたら自分が好きになってくると思う。自分と仲良く、楽しく生きてね。【中島健人くんからのムチャぶり!】大富豪、江戸時代の商人、ブラジル人。生まれ変わるならどれ?【菊池風磨君の回答】ちょっと考えて「生まれ変わるなら大富豪っすね」とすぐに回答した風磨くん。その心は? 「お金がすべてではないですけど、あるに越したことはないですよね。単純に自分もお金に困るよりは困らない人生がいいですし(笑い)。自分の周りの人のためにもできることが多そうなので。でも、お金って使わなかったらないのと同じだと思うんです。だから、どんどん使っていきたい。大富豪だからこそできる規模で、さまざまな可能性を模索して、いろんな事業を展開して……。え~、めちゃくちゃ面白そう!」と、どんどん妄想を広げる風磨くん。そんな姿もぜひ見てみたい……!(ライター・大道絵里子)※月刊ジュニアエラ 2021年8月号より

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    18時間前

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    中日-ヤクルト戦で大誤審 高津監督が激怒「審判も出場停止制度を設けるべき」の声

     審判の一つのミスがペナントレースの行方、選手の野球人生を大きく左右する。これは決して大げさではない。大きな問題となったジャッジが起きたのは13日の中日-ヤクルト戦(バンテリンドームナゴヤ)だった。  ヤクルトが1点を追う九回1死一、二塁。一打同点の好機で川端慎吾が二ゴロを打つ。打者走者はセーフで、その後、中日は一塁走者・西浦直亨に対して挟殺プレーを行う。ボールを持った遊撃手の京田陽太が二塁ベースを踏んでフォースアウトをアピール。捕手の木下拓哉も二塁ベース上を指して訴えたが、二塁塁審の嶋田審判がコールしない。直後に本塁へ突入した三塁走者・古賀優大はタッチアウトとなった。   プレーが途切れて2死一、二塁で再開かと思われたが、中日がリクエスト。審判側が映像を確認し、京田が二塁ベースを踏んでいたことで一塁走者がアウトと認められ、併殺が成立。試合終了がアナウンスされると、球場が騒然となった。  ヤクルト側は納得できるはずがない。高津臣吾監督が激怒し、14分間の猛抗議。責任審判の丹波審判員が「ランダン中に京田選手がセカンドベースを踏んでいました。リクエストで確認し、最初にセカンドでふたつ目のアウトが成立。ホームでスリーアウト目が成立です」と場内アナウンスで説明したが、ヤクルトの選手たちは怒りの表情でベンチからしばらく立ち上がれなかった。  報道によると、ヤクルト側が意見書を提出したのを受け、翌14日に・セリーグとNPBの審判部が神宮球場を訪れて謝罪。「二塁審判の嶋田塁審が一塁のセーフを見落とした」として、嶋田塁審に口頭で厳重注意としたことが発表された。 「ヤクルト側は腑に落ちないでしょう。まず、なぜこの事実を昨日の抗議の時に説明しなかったのか。そして、審判の過失なら、その時点で試合を止めるべきです。今回のプレーで二塁のフォースアウトが明確にわかっていれば、三塁走者が本塁に突入することもなかったでしょう。審判がミスを認めて2死一、三塁でプレーを再開するべきだった。ヤクルトはこの試合を落として3位に転落しましたが、勝つか引き分けるか、負けるかで全く状況が変わってくる。ヒューマンエラーで勝敗が決したら悔やんでも悔やみきれません」(スポーツ紙記者)  嶋田塁審に課せられた「口頭での厳重注意」という処分に対して、スポーツ紙デスクから疑問の声が上がる。  「嶋田さんは問題のあった試合の翌14日、中日-広島戦(バンテリンドームナゴヤ)で一塁塁審を務めています。もちろん審判の存在は尊重されるべきですが、ペナルティーが甘すぎるのではないでしょうか。試合の進行に対するすべての権限を持っているからこそ、その責任は重い。審判も人間だから間違いがあるのは分かります。ただその非を認めて謝罪しなければ、選手、首脳陣が審判に不信感を持ってしまう。そんな状況は健全とは言えません。今回のような明らかなミスをしたり、その後の対応に問題があった場合は審判の出場停止や2軍降格を検討するべきだと思います」  ビデオ映像によるリプレー検証が行われるようになり、誤審は減った。ただリプレー検証は補助に過ぎない。試合を進行する審判の判断が大きく左右することを考えると、ペナルティーについても再考の余地があるだろう。(梅宮昌宗)

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    東京地検特捜部がメスの日大幹部の背任疑惑 捜索先に「安倍トモ」医療関連会社

     東京地検特捜部が9月8日、日本大学本部や関連会社、日大事業部(本社・東京都)などを背任容疑で家宅捜索した事件が政界に波紋を広げている。  問題となっているのは、2020年に日大医学部付属板橋病院の建て替え工事の設計について。S計画社に発注し、契約金額は24億円だったが、うち2億円が不当に外部流出した疑いが持たれている。特捜部の捜索は、日大の田中英寿理事長の自宅や側近とされる井ノ口忠男理事の関係先まで及んでいた。 「カギとみているのは井ノ口氏だ。田中氏の意をくんで、大阪の医療法人関連会社を通じて2億円を流出させた可能性がある」捜査関係者)  井ノ口氏は、2018年の日大アメリカンフットボール部の悪質タックル問題で、選手らに口封じをしたと第三者委員会に認定された人物。責任をとって日大理事、日大事業部役員からいったん退いたが、再び理事、役員に復帰していた。 「病院を巡る疑惑は学内から以前からささやかれていた。辞めたはずの井ノ口氏がすぐに理事に復帰なんてあり得ない。おまけに2億円の金が流出なんて驚いた。危険タックルの時と同じく、田中理事長の側近が”密室”で決めてしまうガバナンスの機能不全の体質です」(日大関係者)  そして井ノ口氏とともに2億円流出に関与したと疑われているのが、大阪の医療法人A会の関連のX社(本社・大阪市)とZ社(本社・東京都港区)だ。いずれも東京地検特捜部が捜索に入っている。  A会は、関西では指折りの医療法人として知られる。B理事長は日大相撲部OBで大相撲の人気力士の後援会会長などを務める。日大のホームページには、田中理事長や井ノ口氏とB理事長の記念写真が載っている。 「医療法人の経営に精通しているB氏やその関連会社が日大側に助言などをして、A会関連会社を通じ、2億円を流出させたのではないか。Z社が2億円の受け皿となっている可能性がある」(捜査関係者)  さらにB理事長は政治家との幅広い交友も注目されている。  17年に浮上した加計学園問題で、加計孝太郎理事長が安倍晋三首相(当時)とバーベキューや会食するなど親密な関係が注目されたが、同じ輪に加わっていたのがB理事長だ。安倍氏が首相在任中、休暇でゴルフをしているときに、一緒にプレーしていたと新聞の「首相動静」には何度も登場している。  ゴルフ場で安倍氏と並んでプレーするB理事長の姿も多くのメディアで掲載されている。 「B氏は安倍氏はじめ清和会の国会議員と親しいですよ。安倍氏もB氏のことを『ちゃん付け』で呼ぶ仲です。B氏は、清和会など自民党国会議員を、寄付やパーティー券購入などで手厚く支援している」(清和会所属の国会議員)  清和政策研究会の政治資金収支報告書をチェックしてみると、2012年以降、A会と関連会社から180万円以上の寄付が確認できる。自民党閣僚経験者がこう話す。 「A会は医療法人として過去の億単位の脱税で有罪判決を受けたり、看護師らが患者へわいせつ行為や暴行をし、実刑判決を受けたなどの不祥事もある。安倍氏はモリカケ問題の時にゴルフ仲間に関連した話で、さんざん国会で追及を受けた。B氏の問題も大丈夫かと党内で心配する声もあります。衆院選挙が近いのにまた疑惑浮上となれば自民党へのダメージは大きい」  日大への強制捜査はどこまで波及するのだろうか。 (AERAdot.編集部 今西憲之)

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    総裁選出馬の高市早苗氏のネット人気が急上昇 「軍師」には安倍前首相、櫻井よしこ氏も

     自民党総裁選が9月17日、告示され、河野太郎ワクチン担当相、岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、野田聖子幹事長代行の4人が立候補した。女性の候補者が2人というのは、総裁選史上、はじめてのことだ。  当初、下馬評では「大本命」だった河野氏だが、土壇場で野田氏が推薦人をそろえて出馬。総裁レースは混とんとしてきた。 「ネットだけなら、高市氏でしょうね」  こう話すのは、自民党の閣僚経験者だ。出馬表明の動画の再生回数に至っては、岸田氏が3万回、河野氏が22万回のところ、高市氏は211万回と圧倒的な数字だった。(9月15日現在)  総裁選の演説会がテレビなどで放送が始まった17日午後、ツイッターでは「#自民党総裁選」、「#高市早苗さんを支持します」がトレンド入りした。  河野氏のツイッター・フォロワーが242・2万人。安倍晋三前首相の227・9万人を上回り、政治家でもトップクラスだ。総裁選に向けて開設したアカウントでもすでに15・6万人のフォロワーがいる。  一方、ネットでは河野氏に肉薄する高市氏の総裁選用のアカウントは9・3万人のフォロワーだ。高市氏支援の国会議員は分析する。 「高市氏は総裁選の出馬会見なのに靖国神社参拝を断言し、中国との関係に言及するなど保守層に強く訴える戦略です。いわば、安倍政治継承を全面に打ちだした結果、高市人気につながっているのでないか。出陣式でも議員と代理の秘書で90人が集まった。これは議員票が90票という裏付けにもなる」  高市氏も総裁選の推薦人名簿には、古屋圭司衆院議員が選挙責任者、参院議員の山谷えり子氏などが名前を連ねるなど保守色が強いことがうかがえる。また推薦人は清和会から7人、竹下派2人、二階派5人、無派閥6人。安倍氏の清和会だけではなく、幅広く集っていることも、手応えにつながっている。  永田町でも高市氏が本命・河野氏、対抗・岸田氏の間に割って入るのではないのかという見方も広がっている。    その理由の一つがキングメーカー・安倍氏の「暗躍」だ。安倍氏は高市氏が出馬表明すると、そうそうに支援を打ち出すツイートをしている。 <コロナ禍の中、国民の命と生活を守り、経済を活性化する為の具体的な政策を示し、日本の主権は守り抜くとの確固たる決意と、国家観を力強く示した高市早苗候補を支持いたします。世界が注目しています。皆さま宜しくお願い申し上げます>。 「高市氏の評判がけっこういいので、安倍氏は『勝負できる』と言い、上機嫌だ」と清和会の国会議員は話す。しかし、懸念もあるという。 「わざわざ若手議員の携帯電話を鳴らして『高市氏を応援してほしい』と話していた。高市氏のことを思っての行動なのでしょう。しかし、若手議員からすれば、安倍氏から電話がきただけでびっくりする。ある議員は『直接、言われると、何も言えない』と苦悩の表情でした。つまり、プレッシャーととらえられてしまう。その存在がとてつもなく大きい安倍氏が、動くことで、反対に作用する危険性もある。今回、岸田派以外の派閥が基本的に自主投票となっているので、余計にそういう印象を与えてしまう。また高市陣営は出陣式で90人を超す人が集まったが、安倍氏の顔色を見て、駆け付けたという議員や秘書もけっこういると思います」(同前)  総裁選の出陣式では、高市氏は安倍政治とそっくりのフレーズ「日本を守る高市早苗、美しく強く成長する国、日本」と訴え、威勢よく攻める演説だった。総裁選に合わせた新刊本『美しく、強く、成長する国へ』(WAK社)も保守色が濃い。 「安倍氏もさることながら高市氏の思想的なバックボーンは、ジャーナリストの櫻井よしこ氏なんです。櫻井氏は安倍以上に急進的とも言われる伝統的保守論者です。その過激さから高市氏以上にインターネット上の保守層に支持を得ており、その界隈では大きな影響力を持っています。実際、高市氏と櫻井氏は数十年にわたる交流がある。著書でも櫻井氏の思想が色濃く反映されている。櫻井氏が高市政権誕生の暁には、政策ブレーンに就任するとの説も永田町では流れています」(官邸関係者)   今回の総裁選出馬に先立って作成されたポスターも、高市氏と櫻井氏の2連となっている。12月に高市の地元・奈良において二人で街頭トークを行う予定と記されている。 「櫻井氏が主張する夫婦別姓反対、女系天皇断固反対、強硬な対中政策なども含め、高市氏の公約は櫻井氏の思想にシンクロしている。河野氏が賛意を表明した同性婚に至ってはもってのほかという伝統的な家族観を重視する姿勢を共有していますね」(同前)  一方で、もう一人の女性候補、野田氏の訴えは対照的で女性目線を打ち出すような内容だった。 「日本は強い国だけではない。謙虚で誠実で国民からしっかり信頼を得られるよう、寛容で誰もがこの国に生まれてよかった、生きる価値があると思える国にしたい」  前出の高市氏陣営の国会議員がこう話す。 「高市氏が岸田氏や野田氏を支援するリベラル層から票をとるのは無理でしょう。総裁選でトップを走る河野氏から保守を強調して票をとることが得策だ。野田氏より先に出馬表明して準備もしているので、女性の支持も得られるはずです。高市氏の保守を打ち出す作戦でネットでも当たっている。安倍氏も力を入れて支援しているので、突っ走るしかない。一方で、野田氏の政策、語り口のほうが『女性目線でいい』と話す女性党員の声もありますね」  自民党の閣僚経験者はこう語る。 「立候補者が4人になったことで党員票は分散する。河野氏が党員票で圧倒的にリードして勝つというパターンはもはや厳しいと思う。1回目で過半数を誰もとれず、決選投票で河野氏か岸田氏となる可能性が大。党内の大勢は『決戦投票になったら、どっち?』という感じだな。高市氏が2位に食い込めるかは微妙です。総裁選はネットの人気だけでは決まらないからね」  29日の勝者は果たして誰になるのか? (AERAdot.編集部 今西憲之)

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    【独自】コロナ病床30~50%に空き、尾身茂氏が理事長の公的病院 132億円の補助金「ぼったくり」

     政府分科会の尾身茂会長が理事長を務める地域医療機能推進機構(JCHO)傘下の東京都内の5つの公的病院で、183床ある新型コロナウイルス患者用の病床が30~50%も使われていないことが、AERAdot.編集部の調査でわかった。全国で自宅療養者が11万人以上とあふれ、医療がひっ迫する中で、コロナ患者の受け入れに消極的なJCHOの姿勢に対し、医師などからは批判の声があがっている。 編集部が厚労省関係者から入手した情報によると、JCHO傘下にある都内5病院のコロナ専用病床183床のうち、30%(8月29日現在)が空床であることがわかった。 5病院のうち最もコロナ患者の受け入れに消極的だったのは、東京蒲田医療センターだ。コロナ専用病床78床のうち42床が空床で、半数以上を占めた。その他には、東京山手メディカルセンターは37床のうち35%(13床)が空床となっている。東京高輪病院は18床のうち10%強(2床)が空床だった。東京新宿メディカルセンターはコロナ専用病床50床が満床だった。東京城東病院はこれまでコロナ専用の病床はゼロだ。 都の集計によると現在、自宅療養者は2万人以上、入院治療調整中の患者は約6800人に上る。厚労省関係者はこう批判する。「尾身氏は国会やメディアで『もう少し強い対策を打たないと、病床のひっ迫が大変なことになる』などと声高に主張していますが、自分のJCHO傘下の病院でコロナ専用ベッドを用意しておきながら、実は患者をあまり受け入れていない。こんなに重症患者、自宅療養者があふれているのに尾身氏の言動不一致が理解ができません。JCHOの姿勢が最近になって問題化し、城東病院を9月末には専門病院にすると重い腰を上げましたが、対応は遅すぎます。そもそもコロナ病床の確保で多額の補助金をもらっていながら、受け入れに消極的な姿勢は批判されてもしかるべきではないか」 厚労省はコロナの患者の受け入れ体制を整えるため、コロナ専用の病床を確保した病院に対して、多額の補助金を出している。 例えば、「病床確保支援事業」では新型コロナ専用のベッド1床につき1日7万1千円の補助金が出る。ベッドは使われなくても補助金が出るため、東京蒲田医療センターでは使われていない約40床に対して、単純計算で、1日284万円、1か月で約8500万円が支払われることになる。 その上、新たに重症患者向けの病床を確保した病院に1床あたり1950万円、中等症以下の病床には900万円を補助するなどの制度もある。JCHOが公表したデータによると、全国に57病院あり、稼働病床は約1万4千床。そのうち、6・1%にあたる870床をコロナ専用の病床にしたという。これまでいくらの補助金をもらってきたのかJCHOに尋ねると「すぐには回答ができない」(担当者)という。 しかし、厚労省関係者から入手した情報によると、2020年12月から3月だけでもJCHO全57病院で132億円の新型コロナ関連の補助金が支払われたという。「コロナ病床を空けたままでも補助金だけ連日、チャリチャリと入ってくることになる。まさに濡れ手で粟で、コロナ予算を食い物にしている。受け入れが難しいのであれば、補助金を返還すべきです」(厚労省関係者) JCHOは厚生労働省が所管する独立行政法人で、民間の病院とは異なり、公的な医療機関という位置づけだ。JCHO傘下の病院はもともと社会保険庁の病院だったが、公衆衛生の危機に対応するため、民営化はせずに独法として残った経緯がある。尾身氏は厚労省OBでJCHO理事長に14年より就任している。  医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏は「JCHOの存在意義が問われる」と指摘する。「世界では国公立などの病院が先ずは積極的にコロナ患者を受け入れている。日本でも当然、国公立やJCHOなどの公的医療機関が受け入れるべきでしょう。そもそもコロナ患者を受け入れる病床数も少ないですし、このような危機的な状況で患者受け入れに消極的というのであれば、補助金を受け取る資格はないし、民営化したほうがいいのではないでしょうか」(上氏) JCHOの見解はどうか。AERAdot.編集部が、JCHOにコロナ患者の受け入れの実態を質すと、8月27日現在の数字として、5病院全体では確保病床の30%が空床であり、東京蒲田医療センターでは約50%が空床であることを認めた。 尾身氏のコメント全文は後述するが、コロナ患者の受け入れに消極的なことについて、東京蒲田医療センターの石井耕司院長は書面で以下のように回答した。「JCHOは、国からの要請に基づきJCHO以外の医療逼迫地域(北海道・沖縄等)の病院へ、全国のJCHO病院から看護師の派遣を行ってきました。しかし、全国的な感染拡大に伴い、各地域においても看護師のニーズが高まってきた結果、全国のJCHO病院から当院への派遣が困難となってきました。(中略)今回、国や都からの受け入れ増加の要請に応えるため、8月16日から看護師を追加で確保し、受け入れ増加に向けて取り組んでいます」 補助金を返還するつもりはあるのか。尾身氏、東京蒲田医療センターの石井院長ともに「JCHO全体の取り組みについて、国や自治体からの要請に応じてきたものであり、東京都の令和3年度新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)実施要綱に基づき申請を行ったものであります」と回答するにとどめた。返還するつもりはなさそうだ。「蒲田医療センターに関しては、8月初旬ではコロナ患者の受入は20数人で搬送要請を一貫して避け続けていた。恒常的に人手が足りずに対応できないのなら、補助金だけ受け入れ続けるのは、あきらかなぼったくりだと思います」(前出の厚労省関係者) 人手不足については、「非常勤の医師や看護師を本気で集めれば、対応できる」(上氏)などと疑問の声があがる。 この危機的状況においてどこまで本気で取り組むか。理事長たる尾身氏の手腕が問われている。(AERA dot.編集部・吉崎洋夫)*  *  *尾身茂氏からの回答全文は以下の通り 私共、JCHOは、これまでに国からの増床の要請について、全国のJCHO病院、特にJCHO都内5病院と連携・役割分担しながら対応してきました。この結果、都内JCHOの5病院では全病床の13%程度にあたる189床のコロナ病床を確保しました。 昨日、東京蒲田医療センターの石井院長が回答したとおり、東京蒲田医療センターにおいては、新型コロナウイルスの発生初期より、国からの要請に積極的に応えてきました。 例えば、クルーズ船患者の受け入れの際に1病棟(29床)を確保、さらに、令和3年2月には、もう1病棟(49床)の患者さんの転院等を行い、コロナ専用病棟に転換しました。その際、新たに生じる看護師不足については、全国のJCHO病院からの派遣によって確保してきました。 また、JCHOは、国からの要請に基づきJCHO以外の医療逼迫地域(北海道・沖縄等)の病院へ、全国のJCHO病院から看護師の派遣を行ってきました。しかし、全国的な感染拡大に伴い、各地域においても看護師のニーズが高まってきた結果、全国のJCHO病院から東京蒲田医療センターへの派遣が困難となってきました。 このため8月27日(金)時点では、東京蒲田医療センターでは5割程度の受入れとなっておりますが、JCHOの都内のその他の病院では確保病床の9割程度を受け入れており、全体では確保病床の7割程度の受け入れとなっております。 東京蒲田医療センターでは、国や都からの受け入れ増加の要請に応えるため、8月16日から看護師を追加で確保し、受け入れ増加に向けて取り組んでいます。 なお、JCHO全体の取り組みについて、国や自治体からの要請に応じてきたものであり、東京都の令和3年度新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)実施要綱に基づき申請を行ったものであります。

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    陰謀論を信じる母に悩む28歳女性に、鴻上尚史が明かした「カルト宗教にハマった友人の洗脳を解いた」過去

     SNSを通じて陰謀論に傾倒するようになった母を心配する28歳女性。母を説得しても効果がなく「正直、負担」と悩む相談者に、鴻上尚史が語る「カルト宗教を信じる友人を洗脳から解いた」その後。【相談113】母が1年ほど前から、SNSを通じて陰謀論の世界に入りこみ始めました(28歳 女性 じーこ) 私の悩みは、母(50代前半)が陰謀論に傾倒していることです。 母は1年ほど前から、SNSを通じて陰謀論の世界に入りこみ始めました。人の思想はそれぞれなので、陰謀論を信じること自体を否定しているわけではありません。 ただ「今まで教わってきたことはすべて嘘だった」と言ったりして、世の中の現在や過去の出来事を陰謀論に結び付けている意見を疑いもせず信じているように見えます。そして、それはとても危険なことだと私は考えています。物事を批判的な目で見て、自分で考えるきっかけになっているのであれば良いのですが、そうではないので。このままだと将来、今より年齢を重ねたときに何かトラブルに巻き込まれてしまうのではと心配しています。 母は現在、私の父(50代前半)と2人で暮らしています。フルタイムで長年働いていましたが、数年前に仕事を辞め現在は専業主婦です。子供3人(私、弟2人)は全員独立しています。私や弟たちに陰謀論者から得た情報をメールで伝え、気を付けるように促してきます。母としては、親心から子供たちに正しい(と考える)情報を伝えようとしているのだと思いますが、私と弟たちはそのような状況にある母を心配しています。 父は、仕事がシフト制のため母と生活リズムが合わないこともありますが、会話自体も少ないようです。父は母の行動に対して特段何か言っている様子はありません。 私は、母親が陰謀論に傾倒し始めたのは時間が有り余っていることと、なんらかの孤独を感じているからだと思います。スマートフォンでSNSを見ながら過ごしているようで、そこから陰謀論の情報を得ています。仕事を辞め、自由な時間がたくさんある中で、特に周囲に友達もおらず父とも会話が少ない。かつ、母は元々外に出るのを億劫がるところがありましたが、このコロナ禍で拍車がかかり、現在では自宅の庭に出ることすら躊躇う日もあると話していました。このままでは、長期的に見たときに、体力が低下し健康面でも不安があります。父の仕事がシフト制になったのも1年ほど前で、様々な要因が合わさって現在のような状況になっていると思います。 私は実家から新幹線を利用する距離に住んでいるため、母とは電話やメールで連絡を取り合っています。母と電話するときには出来るだけ話を聞き、母の意見を否定しないようにしています。その上で、矛盾点があるときは疑問を投げかけるなど、「物事を知ることは大切だけど、過剰になると良くないからほどほどにね」と出来るだけ間接的に母に陰謀論を客観的に捉えてもらえるように促していますが、現状効果はありません。毎回電話が1時間に及び、延々と陰謀論の話を聞き続けるのは正直、負担です。 話が脱線しますが、私が小学校低学年のときに母がとある新興宗教の信者をしていました。当時幼かった私は、母にその宗教の集まりに連れていかれ、なぜか分からないけども、その集会には行きたくなかったことを覚えています。 父が激怒した結果、母は集まりに行くのをやめました。 母のとある宗教への信仰と今回の件は、似ていると思います。信仰がある人を貶めているわけではなく、母が何か一つの意見へ傾倒しやすい性質があるのではないかと思うからです。 直接的に私や家族が諭しても、母は否定されていると思い意固地になりそうですし、このままにしていても悪化する一方だと思います。批判的思考や論理的思考を知ってもらう為に母に本を贈ることも考えましたが、母は本や漫画を読まないことを思い出し、やめました。 根本的な解決方法ではありませんが、母が自分のことで忙しくなれば陰謀論に接する時間が減ると思います。しかし、母は前述の通り引きこもりがちであり、パートであっても仕事を始める様子はなさそうです。 また父に対しても、母の夫としてなぜ何もしないのかと不信感を抱きます。 きょうだいで早くこの状況を何とかしないと、と話し合っていますが、効果的な解決方法を見出せずにいます。 鴻上さん、どうしたら良いでしょうか。【鴻上さんの答え】 じーこさん。本当に大変ですね。コロナ禍の不安な世の中で、じーこさんと同じ悩みを抱えている人は増えているんじゃないかと思います。「母のとある宗教への信仰と今回の件は、似ていると思います」と書かれていますが、僕はずっと陰謀論とカルト宗教に「ハマる」人は似ていると思っています。 そして、だからこそ、じーこさんの相談に、うまくアドバイスできるだろうかと心配しています。 僕は昔、友人を奪おうとするカルト宗教と戦ったことがありました。 僕が大学生の時は、カルト宗教と名乗らず、一般的なふりをしたサークルが大学にはありました。 映画を鑑賞して話し合うとか、ハイキングに出かけてレクリエーションを楽しむ、なんていうサークルです。そして、徐々に親しくなって、少しずつ「真理に興味ある?」「世界の本当の姿を知りたくない?」「本当の幸福について考えたことある?」と誘導していくのです。 やがて気がつくと、カルト宗教独自の世界観にどっぷりとハマって、この世界は間違いだらけで、でも人々は本当の姿に気付いてないと思い込むようになります。 そして、「真実」を知った自分は、一刻も早く多くの人々に伝えなければいけないと信じるようになるのです。 ね、じーこさん。陰謀論を信じる人ととても似ていると思いませんか? カルト宗教にハマる根本の原因は淋しさや不安で、それは陰謀論も同じだと僕は思っています。 そして、さらにのめり込む理由は、「使命感」と「充実感」です。 自分だけが知っている真理を世界の人々に伝えなければいけないという「使命感」と、活動を続けることで信者・仲間を獲得するなど、なんらかの手応えによる「充実感」が、カルト宗教と陰謀論を信じ続ける動機だと僕は思っているのです。 自分だけが知っている「世界の真実」を他人に語る時、「使命感」と「充実感」を感じ、ずっと苦しめられていた淋しさや不安、空しさは消えていきます。 ですから、冷静な論理的説得は意味がないのです。 僕は、カルト宗教にハマった友人に、必死で調べた「教義の論理的矛盾」や「教祖のスキャンダル」「集められた金の行方」を話しましたが、友人を説得することはできませんでした。 カルト宗教の側から、いくらでも説明(というかごまかし)が語られたからです。 陰謀論も同じです。どんな言い方をしても、陰謀論側から反論が生まれます。 最終的には、フェイクニュースをでっちあげればいいのですから、どんな論理的説得も論破できるのです。 カルト宗教も陰謀論も、論理的に説得しようとすることは、それを信じている人の不安と淋しさを増幅させるだけだと僕は思っています。結果的に信仰を強化することにはなっても、洗脳が解ける可能性は少ないでしょう。 カルト宗教から脱会させる一般的な方法は、まずは、カルト宗教と具体的に距離を取ることです。 カルト宗教に友人を奪われそうになった時、まず、僕がしたのは、友人を具体的に宗教団体から離すことでした。 カルト宗教側は、団体から離れることのマイナス面を熟知していますから、なんとかして信者を取り戻そうとします。団体で共に生活している限り、「使命感」と「充実感」を与えることができると確信しているからです。 ここが、陰謀論との違いです。 陰謀論がやっかいなのは、カルト宗教のように、「教会本部」という「離れる場所」が明確ではないことです。 じーこさんが書かれるように、SNSを通じて、いつでも信者はアクセス可能なのです。 ただし、カルト宗教と違って、陰謀論の場合は、陰謀論から離れようとする人を見つけ出し、連れ戻そうとする激しい動きは基本的にはない、と言っていいでしょう。 ただし、陰謀論を信じる人達が集まり、集団を作り、共に活動を始めてしまうと、カルト宗教と同じになります。 SNSでつながるだけではなく、現実の世界でも共に活動するようになると、陰謀論の世界から離れるのは、とても難しいんじゃないかと危惧します。 アメリカで議事堂を襲撃した人達の中には、ネットで出会い、現実でもつながったグループが多かったはずです。 そもそも、カルト宗教も陰謀論も、「充実感」を獲得するためには、「他人」が絶対に必要になります。 ハマればハマるほど、信じれば信じるほど、他人に熱心に「独特の世界観」を説きます。 それは、心のどこかに「独特の世界観」に対する「一抹の不安」があるからじゃないかと、僕は考えています。 どんなに陰謀論・カルト宗教の世界観を信じていても、心の深い部分で「本当にそうだろうか?」「あまりにも一方的すぎないだろうか?」という疑問が微細な泡のように浮かぶからこそ、必死に他人に教えを説くことで、泡の一つ一つを潰しているんじゃないかと感じるのです。 それは多くの場合、無意識の行為かもしれません。 でも、はっきりしているのは、熱心な信者になればなるほど、「伝えたい誰か」を強く求めるということです。 逆に言えば、「伝えたい誰か」が存在しなければ、熱心な信者であり続けることは難しいのです。 じーこさんのお母さんが、「毎回1時間の電話」をするのは、そうすることで自らの「信仰」を強化していると考えられるのです。 じーこさんや弟たちが、やがて長時間の電話に疲れてお母さんの話を聞かなくなったとしたら、お母さんは「充実感」を得るために、話せる「他人」を求めるでしょう。 陰謀論にハマることの問題点は、これです。アメリカの場合のような陰謀論グループに属していれば、仲間でお互いの「信仰」を検証し合いますが(だからこそ、自分の信仰を証明するために、暴力的な行動に出たりするのですが)、SNSで陰謀論を知り、現実では他人とつながっていない場合は、話せる「他人」を求めるようになります。 結果として、「独自の世界観」に驚いた近所の人達や昔の友達、つまり「世間」を失っていきます。 ただし、ここで陰謀論そのものを疑い始めるという可能性はあります。周りのあまりの反応の無さや無関心に、「陰謀論を信じることで、かえって淋しさや不安が増大すること」に気付く場合です。 ですが、反対の結果になることの方が多いかもしれません。「世間」を失っても挫けず、「社会」の人達、つまり、自分とはまったく関係のない人達に話し始めるという可能性です。SNSで発信を続けたり、何らかの運動に参加したり、戸別訪問を始める場合です。 じーこさん。ここから僕は厳しいことを書かないといけません。 カルト宗教にハマった友人を奪還するために、僕は徹底的に付き添いました。女性の友人でしたが、ハマった動機が淋しさや不安だと感じたからこそ、友人が淋しさや不安を感じないように、常に一緒にいようとしたのです。 カルト宗教の人達からは逃げ続けました。アパートに押しかけられたり、待ち伏せされたりすることを避けるために、友人に引っ越しを勧め、手伝いました。カルト宗教の人達と出会わないために、間一髪で、窓から逃げたこともありました。 そして、友人を安心させ、安定した気持ちになった時に、あらためて「教義の矛盾」を語りました。ゆっくり、ゆっくりと、僕がおかしいと思うことを話しました。 冷静な説得ではなく、温かい説得を続けたのです。 一週間ぐらいして、友人は話している最中、突然、号泣しました。それが、洗脳が解けた瞬間でした。論理的な説得が効いたのではないと感じました。ただ、僕といる温もりが最後の扉を開けたと感じました。 そして、友人は、カルト宗教ではなく、僕に依存するようになりました。僕達は話し合い、友人は東京近郊の親戚の家に住むことになりました。友人はそこから生活を立て直すことができました。 大学生だったから、ここまで友人とつきあえたのですが、正直に言うと、僕は疲れ切っていました。数カ月間、かなりの時間を友人に使っていたからです。 それからしばらくして、別な友人がまたカルト宗教にハマりました。 でも、僕はその時は、演劇を始めていて、忙しい日々を送っていました。 大切な友人でしたが、とても忙しくて、その友人の「不安と淋しさ」を埋める時間はありませんでした。 僕は一人の人生を救うためには、もう一人の人生が必要なんだと思いました。片手間ではカルト宗教とは戦えない。戦うなら、僕の人生全体を使う必要がある。 でも、僕には僕の人生があって、僕はこの友人のために自分の人生は使えない。それが、当時の僕の結論でした。 じーこさん。こんなことを書いてごめんなさい。でも、お母さんを陰謀論から抜け出させるためには、お母さんの不安や淋しさを丸ごと引き受ける必要があるだろうと僕は思っているのです。 それがどれほど大変なことか。あらためて書くまでもないでしょう。じーこさんや弟たち、父親の人生全体が問われるのです。 でも、陰謀論はそれぐらい手ごわい相手だと僕は思っているのです。 できる限り、家族全体で母親の「不安と淋しさ」を分担して引き受けるという方法があるかもしれません。 長電話をやめて、簡潔に対応するようにして、母親の変化を定期的に見るという方法もあるでしょう。「世間」を失うことで陰謀論から戻るのか。さらに進むのか。 ちなみに、僕が対応できなかった別な友人は、最後の最後、カルト宗教が用意したイベントに参加する直前、踏みとどまりました。そのイベントは、友人の人生そのものを決めるイベントでした。彼女はカルト宗教と引き換えに、自分の「世間」をすべて失うことを拒否したのです。 じーこさん。僕がアドバイスできるのはここまでです。じーこさんにはじーこさんの、弟たちには弟たちの、父には父の人生があると思います。その中で、どれだけの時間とエネルギーをお母さんに使えるかは、それぞれの人が決めることだと思っているからです。 じーこさん。切なくて苦しくて本当につらい戦いだと思いますが、心から応援します。■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    眞子さまの結婚どう思う? 瀬戸内寂聴が27歳スタッフに質問した結果

     半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。*  *  *■横尾忠則「スジ金入りの肉体的朦朧体、大観より本格派です」 セトウチさん 耳が聴こえなくなったと言うと、「きっと作品が変るわよ」と、ベートーベンじゃあるまいし、変なことおっしゃると、その時はそう思いましたが、本当に変ったんです。その変り方が理に適(かな)っているといえば適っている。つまり聴こえないことは、音の輪郭が失くなることです。そうなると音が朦朧(もうろう)となって、横山大観の朦朧体の絵のように音がボケて聴こえるんです。耳がボケると、日常生活もボケて、曖昧模糊(あいまいもこ)となって、したことと、してないことの区別もわからなくなるんです。つまり虚実の区別ができなくなって、夢で見た仕事の依頼を、本当に依頼されたと思って、やっちゃったりするんです。ボケの症状に似てるけれど、ボケ老人になったんではなく耳のせいだと理解しているので、そこはまだ理性がコントロールしています。 ハイ、絵の話だったです。大観は思想で朦朧体を描きましたが、僕はスジ金入りの肉体的朦朧体なので、思想のようなチョロコイ考えではなく、肉体的ハンデキャップによる堂々たる自然体派です。大観よりこっちの方が本格派です。そんなわけでセトウチさんの大予言は的中しました。 先っきも言いましたが境界線が失くなるということは自由のキャパシティも拡張したことになります。近代人は何でもかんでも境界線を引いて、全てを分業化します。縄文時代はひとりの人間が、多面的に物事をこなしていました。狩猟(しゅりょう)も農業も、漁業も工芸も、子育ても、教育もひとりでするという、境界線をはずした労働生活です。現代のような役割分担などしません。正に多義的です。越境した狩猟社会です。 難聴が与えてくれた神の恩寵です。だから病気の高徳です。僕が度重なる病気によって救われてきたということはこういうことです。神は人間に色々な苦難を与えますが、病気は罪ほろぼしでもカルマ落としでもなんでもないのです。人間の進化向上のためのカリキュラムだと思えばどうでしょう。難聴のほかに、腱鞘炎(けんしょうえん)にもなりました。もう、セトウチさんの「幻花」のような繊細(せんさい)な描写の絵など描けません。今は太い筆やハケを握りしめて、キャンバスにバンバン叩きつけるように描いています。それも痛いので、左手で描きます。左手は思うような形が取れません。幼児の絵より下手くそになります。でも、デュビュッフェは幼児の絵のマネをして、幼児風に描きますが、そんな意図的なことをしなくても、僕の左手はそのまま幼児以上に下手に描けます。これもハンデキャップから来た自然体です。 今書いている手紙では、前にも同じことを書きましたかね。境界を越えると時間差もなくなって、やったことと、やらないことの区別がわからなくなるのです。いよいよ本格派老人です。100歳老人のセトウチさんにも負けていません。ただ僕はセトウチさんのように年齢には拘っていません。拘っているのは他人の方で、今行っている展覧会では「85歳、85歳」と年齢を売り物にされています。歳のことは言うな! アーティストには年齢はないのです。昨日の続きが今日、今日の続きが明日です。原始社会では年齢など無関係です。アーティストは原始人です。■瀬戸内寂聴「私もヨコオさんに負けないように!」 ヨコオさん 何だか、ずいぶん久しぶりにこの往復手紙を書いているような気がします。 それにしても相変わらずコロナは豪勢を極め日本はおろか、世界的にその力を奮っています。 コロナのせいで、人に会えず、寂庵はずっと門を閉めっぱなしです。コロナになる前はもちろん、一も二もなく門内に入ってもらっていました。 大抵遠く九州や東北から来られた人で、まだ生きている私に逢えたと言って、抱きついて泣き出します。もちろん、私は丁寧にお迎えして、写経などしてもらい、お茶菓子を一緒に食べて、しばらくその人のお話を聞きます。つきあいの人もあれば、寂庵の信者を自称する人もあり、初めて門内に入ったという人もいます。「まさか、門内に入れてもらえると思わなかった」と泣き出す人もあれば、「生きている寂聴さんに逢えた!」と、子供のように足を踏み鳴らす人もいる。「とても百歳には見えない!」と誰もが感嘆してくれるが、終日ベッドに横になり、本ばかり読んで、一日を過ごしている私の毎日の状態など話せない。私は、人に逢っている間だけは、必死になって元気らしさを演じ、声を張り上げる。客の帰る時は、長い廊下の途中で、へばってしまい、さっさと歩く客の跡がおえない。 ──だって百だもの……──と、私は廊下の途中で、ペシャンコに座り込み、つくづく、自分に向かって言う。 食事だけは時間が来ると、しゃきっと体がのび、食卓の自分の位置に早々と座り込んでいる。「あら、お昼はもう召し上がりましたよ!」 スタッフの一人が、わざと大きな声を張り上げる。「私のスパゲティは、どうしてこんなに美味しいのだろうなんて、お世辞までいただいて」「そうよ、ほんとに! でも今ここに座ったのは、食べるためでなくて、眞子さんの結婚をどう思うかって、寂庵で一番若い二十七歳のP子の意見を聞きたいのよ」「ああ、眞子さん、ほんとに、よかったですね。大体、みんなあんまりこの結婚に意地悪すぎましたよ。でも、どうして一時金を眞子さんは辞退なさるのかしら? 貰う権利のあるお金でしょう? あんまり弱気にならない方がいいと思うけど……」 ヨコオさん、今、寂庵の中は、こんなにのんびりしています。耳が聞こえないのは、私も同然です。テレビの時なんか、びっくりするほど大きな声にしてくれるので、何とか会話が出来ています。鶯も、秋の夜の虫の音も、私の耳にはさっぱり聞こえません。ヨコオさんとTELしてるのを横で聞いてる人があれば、どんなにおかしいでしょうね。耳だけでなく体のあちこちがどしどし衰えてきます。 そのうち、きっと、自分の死んだこともわからなくなって、──ヨコオさんにTELして!──など叫んでる日が来るのでしょうね。でも目がよく見えているので、一日に二冊は厚い本を読み切っています。ヨコオさんの展覧会、ますます人気上昇でおめでとうございます。私もヨコオさんに負けないよう、あっとこれまでと変わった小説を二つくらい書き残して死にたいものですね。 では、また。※週刊朝日  2021年9月17日号

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    高市早苗氏の意外な過去にフェミニストも震えた 総理の座を狙う過程で何があったのか

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、自民党総裁選に正式に出馬表明した高市早苗氏について。*    *  * 近しい人がデルタ株のコロナ陽性になったり、友人の同僚や、通っている美容院のお客さんが亡くなったりなど、夏以降、急速にコロナの危機が迫っているのを実感している。健康観察をされずに自宅で死亡した50代の方の話などを聞くと、東京五輪・パラリンピックに時間とお金と人材を費やすべきではなかったのではないかとつくづく悔しい思いになる。適切な処置を医療機関で受けられていたら、亡くならないですんだかもしれない命は少なくない。 Go Toキャンペーンやオリパラを強行することに専念してきた自民党政権が、トップの顔を代えただけで変われるとは思えず、期待には程遠い自民党総裁選。岸田文雄さんは、ボロボロの小さいノートを振りかざしては「国民の声を書き留めてきた、1年間で3冊、10年間で30冊」と様々なメディアでアピールしているが、正直、少ないと思う。薄いノートを1年でたった3冊埋めたくらいで、国民の声を聞いたとか言えるって、どんだけ聞いてこなかったかという話なのでは。河野太郎さんは、先日週刊誌でそのパワハラ言動が取りざたされていたが、ワクチン接種という、申し訳ないが素人目線でそこまで難しいとも思えない仕事でつまずいている人に期待するのはムリという話だし、高市早苗さんにいたっては、選択的夫婦別姓に強硬に反対するアンチフェミ女のイメージしかない。女性の人権に無関心な女性総理候補にいったい何の価値があるというのでしょう。 とはいえ、高市早苗議員、いったいどんな人なのか。32歳で衆議院議員に若くして初当選(※)。しかも同期の田中真紀子議員や野田聖子議員のように、親や祖父が国会議員だったというわけではなく、自民党員だったわけでもなく、サラリーマンの父と警察官の母という一般家庭から出てきた無所属の女性議員が、今、最も総理の椅子に近い女性となっている。なぜ高市さんは、政治家の道を選んだのだろう。どのように政治の道を歩いてきたのだろう。政治家としては多い著作のなかから国際政治評論家としてテレビで活躍していた頃に書かれた『30歳のバースディ―その朝、おんなの何かが変わる』(大和出版)、政治家2年目に記された『高市早苗のぶっとび永田町日記』(サンドケー出版局)を読んだ。 高市氏が大学を卒業したのは1984年。1986年に男女雇用機会均等法が施行されるが、この2年の差はやはりとても大きいものがある。女性が生涯にわたる仕事を手にすることも、そもそも親が大学に行かせてくれるかどうかも「女の子」であるというだけで諦めることがまだまだ当たり前にあった世代だ。特に地方であればなおのこと。保守的な奈良に育った高市氏も、当然のように「諦めさせられて」きた。例えば大学もそうだ。高市氏は第1希望だった早稲田と慶応のどちらも合格したにもかかわらず、「女の子のあなたを東京の私学で学ばせる余裕はない。弟の学費に回してほしい」と親に諦めさせられ、「女の子だから一人暮らしはさせられない」と通学に往復6時間かかる神戸大学に入学するのだ。 たとえ難関国立大学出身であっても、女性がその能力と希望に見合う就職先を見つけるのが難しい時代だった。「身の丈」よりもずっと小さく窮屈な型に押し込められる女性たちの悔しさは計り知れないが、高市氏の著書からはその類いの悔しさは強調されない。それは高市氏に並外れた行動力と決断力があり、自らの人生を切り開いてきた自負があるからだろう。たとえば、たまたま大学で目にした松下政経塾のポスターを目にして、直感に導かれるように松下政経塾に“就職”したり。たまたまテレビで見た女性議員で史上初の米国大統領候補指名争いに立候補準備を進めていたパトリシア・シュローダーに惹かれ、その2週間後にはワシントンに旅立ち、その情熱だけでシュローダー議員のオフィスで働き始めたり……若さゆえの大胆さと希望に満ちあふれた当時の高市氏のエピソード一つひとつに圧倒されてしまう。「女だから」と諦めさせられてきたのは大学まで、それ以降は絶対に諦めないという粘り強さで今の地位を築いていくのである。『30歳のバースディ』は文字通り30歳を迎えた高市氏がそれまでの人生を「ポップ」に振り返る本である。「BGMはいつもユーミンだった」「寂しいのはあなただけじゃない」「空港でまたまた恋人と涙の別れ」「男かペットがいなくちゃダメな私」「女と日の丸と視聴率の相関関係」「三〇女が孤独を感じるとき」といった目次からもわかるように、女友だちに話しかけるように書かれた軽く、優しいノリのものだ。アメリカから帰国し、若い政治評論家としてメディアに露出していたころで、日本の男性社会へのいら立ちも率直に記されている。「アメリカ議会では日本流のバカバカしい会議がないのが良かった。(略)ところが日本の企業では会議の場では何も決められない。本当は既に決まっているし、とっくに根回しが済んでいることを確認しあうだけの、儀式的な会議のなんと多いことか。でも、私たち女性は妙に正義感が強いので、このような巧妙な人間関係のテクニックとは相性が悪い」 90年代に若い女性が書いたテキストを追いかけながら、私は何度か噴き出したり、そうそうと共感したりと震えるような思いになる。ねぇ、高市さん、「女が入ると会議が長くなる」とほざく森喜朗さんに「あんたの会議はバカバカしい」とはやっぱり言えないものだったの? こういうまっとうないら立ちを文章にしてきた女性が、最も「わきまえる女」になっていく過程に、いったい何があったというの? さらにこういう率直さは、国会議員になった後に書かれた「高市早苗ぶっとび永田町日記」にも残っている。高市氏は歯に衣着せずに永田町のダメなところをきちんと切っている。「この一年間に永田町で一番多く耳にした言葉は次の二つ。『挨拶がない』『俺は聞いてないぞ』。委員会の審議日程が流れたり、大切な法案の採決がパーになったりする理由は大抵この二つだったりする」「笑い話のようなことばかりだが、事実、永田町政治は『理屈』ではなく、『メンツ』で動いている」 さらに、夜の会食や女性がいるクラブなどで行われる男たちの根回しで物事が決まっていく永田町で、女の自分が不利であることも記し、サッチャーのこんな言葉を引用し共感を表明するのだ。「私は最後まで党内基盤が弱かった。それは男性の世界の根回しに加えてもらえなかったからよ」 なにこの人……すごくまともな「一般人」の感覚で、すごくまともな「女の悔しさ」をストレートに出すフェミじゃないの? しかもそのまともさで、「総理大臣の資質」というものを論じ、当時の村山政権を真っ正面から批判している。明言しているわけではないが、高市氏自身が政治家として一番になること=総理になることを30代から目指しているのも伝わってくる内容なのだった。根回しから排除されてきたサッチャーが首相になれたように、パトリシア・シュローダーが80年代に大統領を目指したように、高市氏は政治家としてトップに行くことを最初から視野に入れていたのだ。 ……と、昔の高市氏の本を読んでいると、うっかり「がんばれ、早苗!」と言いたくなってしまう私がいるのだった。「総理になろうよ!!」と早苗の女友だちポジションに立って拍手したくもなってしまうのであった。まずい、まずい。正気に戻るために2011年に出版された『渡部昇一、「女子会」に挑む!』(WAC)も読んだ。櫻井よしこ氏、山谷えり子氏、高市早苗氏、小池百合子氏、丸川珠代氏・・・といった早々たる「わきまえ女」(帯には「なでしこ軍団」とある)たちと渡部昇一氏との対談本だ。 渡部氏との対談で、「総理になったら、まず何をしますか?」と聞かれた高市氏はこう答えている。「最初に、政府歴史見解の見直しをします。新たな歴史見解を発表して、村山談話を無効にします」 東日本大震災のあった年の9月に出版されている本だ。震災後から、こういう歴史修正主義を堂々とうたう本や、韓国ヘイト、「慰安婦」運動への過剰な攻撃は度を越していったという実感が私にある。保守政治家から極右政治家に舵を切るように発言をより過激化させていく高市氏の横顔が、対談にはしっかりと刻まれている。夫婦が別の姓を名乗ったら家族が崩壊すると適当なことを言い、戦時性暴力の責任を問わないどころかなかったことにすることが、高市さんの「目指した政治」だったのだろうか。この国の女性たちが権力に近づこうとするならば、率先して選択的夫婦別姓を批判し、「慰安婦」被害者をおとしめる発言をいとわず、女性の権利を口にするフェミを冷笑するというマニュアルでもあるのだろうか。 今いる自民党の女性議員の顔を、一人ひとり思い浮かべてみる。わきまえなければ権力に近づくこともできなかった女性たち。夜の会議や根回しから排除されながらも、その立場を維持するための努力は、二世・三世の男性議員たちとは全く違うものがあったはずだ。それでも、それほどの努力をしても、彼女たちが自らの後ろを振りかえったとき、彼女たちの後ろを歩きたいと思う女性はどのくらいいるだろうか。というかそもそも、その道は後続の女性のために開かれていたことはあったのだろうか。 かつて高市氏が憧れ渡米したパトリシア・シュローダーはテレビカメラの前で涙を流した。そのことによって20年以上「女の政治家は感情的だから、ダメだ」と言われ続け、「あなたの涙のせいで、女の地位が悪くなる」と責められ続けたという。女であるというだけでその「涙」が事件になるのは、昔のアメリカも今の日本も変わらない。そういう政治の世界でトップを目指す女性たちが、女性の味方であることを忘れるのは「仕方ない」ことなのだろうか。それとも、アンチフェミニズムの顔で女性をたたくような女性政治家しか出せない自民党政治そのものが終わっている、ということなのか。※訂正配信時の「32歳で衆議院議員に初当選、女性議員としては、当時憲政史上最年少だった」という一文を、「32歳で衆議院議員に若くして初当選」と訂正しました。高市氏の著書『高市早苗のぶっとび永田町日記』に「女性として憲政史上最年少当選」と記してありましたが、実際は1946年4月10に三木キヨ子氏が20代(当時)で当選していたため削除、修正します。■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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    【独自】小室圭さん、米大手事務所から断られていた 弁護士が語る“厳しい現実”

    「小室圭さんの実力では無理だと思います」 こう話すのは、全米で「トップ100」と呼ばれる大手弁護士事務所(ビッグロー)のパートナー弁護士のA氏。専門は、海外企業同士のM&Aなど。米国を拠点に世界を飛び回り、収入も桁違い。この姿こそ、小室さんが思い描く将来でもあるようだ。 昨年の秋ごろ、A氏の事務所に、働かせてほしい、と小室さんの「経歴書」のようなレジュメが別の弁護士を通じて届いたという。小室さんは、ニューヨークなど大都市での弁護士の仕事を探しており、ビッグローか、その下の規模のミッドローでM&Aなどをやりたいという。 A氏がそのレジュメを見て思ったのが、冒頭の言葉だ。なかでも、A氏が首をかしげたのがニューヨークのフォーダム大ロースクール(法科大学院)への留学の部分だ。「疑問なのは、彼がLLM(法学修士)のコースに入ったことです。しかも1年学んだ後に、JD(法務博士)コースに編入している。大きな事務所を目指してて、こんな動き方をするなんて聞いたことがない」 LLMとJDというのは、ロースクールでのコース名だ。米国の大学には法学部がなく、弁護士を目指す人は、大学卒業後にJDに入る。ここで3年間学び、事務所に入るのが一般的なパターンだという。 一方、LLMは、法律の資格を持つ外国人留学生が多いといい、「表現として正しいかわかりませんが、キャリアに“箔(はく)をつける”ようなイメージです」。 A氏によると、米国で弁護士となるのに重要なのはJDでの1年目だ。「米国での就職活動は、2年生の終わりの夏休みで終わります。事務所のサマープログラム(インターン)で働き、その後よほどのことがない限り、その事務所からオファーを受けて就職します。どの事務所のプログラムに入れるかは、1年時の成績で決まります。だから学生の競争も壮絶です。本を隠すなどの足の引っ張り合いもあります。小室さんはその1年をLLMに入っています」 ビッグローのインターンの募集は、ハーバードやエール、コロンビアといった有名大学で公募し、最初の書類選考で成績優秀者に絞り、次の面接で決まる。A氏が言う。「採用された学生には、1年目から19万数千ドル(2千万円以上)の給与が支払われます。それも5年くらいは半人前で、彼らから利益は出ません。それでも欲しい人材ということなんです。だから相当厳選します。原則でいえば、ビッグローはインターン以外の方法では採用しないです」 チャンスをつかめる学生は、ほんの一握りだ。小室さんは、そもそもLLMに入った時点で、希望するビッグローへの道は閉ざされたといっていい。なぜLLMに入ったのだろうか? A氏が話す。「こう言っては何ですが、彼の経歴に目を見張るモノはありません。あるとすれば眞子さまのフィアンセという一点。それでも奨学金を取得できたり、JDへ編入したり、弁護士が出てきて仕事を探したり。知恵をつけている人がいるんでしょう」 では、ビッグローは無理でも、M&Aは他でもできるのだろうか?「米国には約43万の事務所がありますが、M&Aの70%超は『トップ100』が扱っています。小室さんが弁護士として働くにはM&Aにこだわらないことですね。移民法の弁護士などは圧倒的に多い。日本人も多いです。もうからないので人気はないのですが」 そして、こう続けた。「詳しいことは申し上げられませんが、彼の『経歴書』を見る限り、とても“権威”が好きなんだと思います。M&Aも彼からすれば格好良く見えるんでしょうけど、実際は相当厳しい世界です。パートナー弁護士になるのは10年後くらい。それまで生き残っているのはわずかです。彼がそもそも弁護士という職業に向いているのか……。野心家だと思うので、ベンチャーのような起業家とかが向いているような気がします」(本誌・矢崎慶一)※週刊朝日  2021年9月17日号に加筆

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    【写真特集/全8枚】華麗なる日本人メジャーリーガーの妻たち

    トップクラスは20億円以上の年俸を稼ぐ選手もいる、憧れの日本人メジャーリーガー。そんな彼らを射止めた女性たちもまた、アナウンサー、アイドル、モデル…と高嶺の花が勢揃い!そんな美貌と才能に溢れた彼女たちを写真で紹介します。▼クリックすると拡大写真と解説文が表示されます

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    【独自】コロナ病床30~50%に空き、尾身茂氏が理事長の公的病院 132億円の補助金「ぼったくり」

     政府分科会の尾身茂会長が理事長を務める地域医療機能推進機構(JCHO)傘下の東京都内の5つの公的病院で、183床ある新型コロナウイルス患者用の病床が30~50%も使われていないことが、AERAdot.編集部の調査でわかった。全国で自宅療養者が11万人以上とあふれ、医療がひっ迫する中で、コロナ患者の受け入れに消極的なJCHOの姿勢に対し、医師などからは批判の声があがっている。 編集部が厚労省関係者から入手した情報によると、JCHO傘下にある都内5病院のコロナ専用病床183床のうち、30%(8月29日現在)が空床であることがわかった。 5病院のうち最もコロナ患者の受け入れに消極的だったのは、東京蒲田医療センターだ。コロナ専用病床78床のうち42床が空床で、半数以上を占めた。その他には、東京山手メディカルセンターは37床のうち35%(13床)が空床となっている。東京高輪病院は18床のうち10%強(2床)が空床だった。東京新宿メディカルセンターはコロナ専用病床50床が満床だった。東京城東病院はこれまでコロナ専用の病床はゼロだ。 都の集計によると現在、自宅療養者は2万人以上、入院治療調整中の患者は約6800人に上る。厚労省関係者はこう批判する。「尾身氏は国会やメディアで『もう少し強い対策を打たないと、病床のひっ迫が大変なことになる』などと声高に主張していますが、自分のJCHO傘下の病院でコロナ専用ベッドを用意しておきながら、実は患者をあまり受け入れていない。こんなに重症患者、自宅療養者があふれているのに尾身氏の言動不一致が理解ができません。JCHOの姿勢が最近になって問題化し、城東病院を9月末には専門病院にすると重い腰を上げましたが、対応は遅すぎます。そもそもコロナ病床の確保で多額の補助金をもらっていながら、受け入れに消極的な姿勢は批判されてもしかるべきではないか」 厚労省はコロナの患者の受け入れ体制を整えるため、コロナ専用の病床を確保した病院に対して、多額の補助金を出している。 例えば、「病床確保支援事業」では新型コロナ専用のベッド1床につき1日7万1千円の補助金が出る。ベッドは使われなくても補助金が出るため、東京蒲田医療センターでは使われていない約40床に対して、単純計算で、1日284万円、1か月で約8500万円が支払われることになる。 その上、新たに重症患者向けの病床を確保した病院に1床あたり1950万円、中等症以下の病床には900万円を補助するなどの制度もある。JCHOが公表したデータによると、全国に57病院あり、稼働病床は約1万4千床。そのうち、6・1%にあたる870床をコロナ専用の病床にしたという。これまでいくらの補助金をもらってきたのかJCHOに尋ねると「すぐには回答ができない」(担当者)という。 しかし、厚労省関係者から入手した情報によると、2020年12月から3月だけでもJCHO全57病院で132億円の新型コロナ関連の補助金が支払われたという。「コロナ病床を空けたままでも補助金だけ連日、チャリチャリと入ってくることになる。まさに濡れ手で粟で、コロナ予算を食い物にしている。受け入れが難しいのであれば、補助金を返還すべきです」(厚労省関係者) JCHOは厚生労働省が所管する独立行政法人で、民間の病院とは異なり、公的な医療機関という位置づけだ。JCHO傘下の病院はもともと社会保険庁の病院だったが、公衆衛生の危機に対応するため、民営化はせずに独法として残った経緯がある。尾身氏は厚労省OBでJCHO理事長に14年より就任している。  医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏は「JCHOの存在意義が問われる」と指摘する。「世界では国公立などの病院が先ずは積極的にコロナ患者を受け入れている。日本でも当然、国公立やJCHOなどの公的医療機関が受け入れるべきでしょう。そもそもコロナ患者を受け入れる病床数も少ないですし、このような危機的な状況で患者受け入れに消極的というのであれば、補助金を受け取る資格はないし、民営化したほうがいいのではないでしょうか」(上氏) JCHOの見解はどうか。AERAdot.編集部が、JCHOにコロナ患者の受け入れの実態を質すと、8月27日現在の数字として、5病院全体では確保病床の30%が空床であり、東京蒲田医療センターでは約50%が空床であることを認めた。 尾身氏のコメント全文は後述するが、コロナ患者の受け入れに消極的なことについて、東京蒲田医療センターの石井耕司院長は書面で以下のように回答した。「JCHOは、国からの要請に基づきJCHO以外の医療逼迫地域(北海道・沖縄等)の病院へ、全国のJCHO病院から看護師の派遣を行ってきました。しかし、全国的な感染拡大に伴い、各地域においても看護師のニーズが高まってきた結果、全国のJCHO病院から当院への派遣が困難となってきました。(中略)今回、国や都からの受け入れ増加の要請に応えるため、8月16日から看護師を追加で確保し、受け入れ増加に向けて取り組んでいます」 補助金を返還するつもりはあるのか。尾身氏、東京蒲田医療センターの石井院長ともに「JCHO全体の取り組みについて、国や自治体からの要請に応じてきたものであり、東京都の令和3年度新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)実施要綱に基づき申請を行ったものであります」と回答するにとどめた。返還するつもりはなさそうだ。「蒲田医療センターに関しては、8月初旬ではコロナ患者の受入は20数人で搬送要請を一貫して避け続けていた。恒常的に人手が足りずに対応できないのなら、補助金だけ受け入れ続けるのは、あきらかなぼったくりだと思います」(前出の厚労省関係者) 人手不足については、「非常勤の医師や看護師を本気で集めれば、対応できる」(上氏)などと疑問の声があがる。 この危機的状況においてどこまで本気で取り組むか。理事長たる尾身氏の手腕が問われている。(AERA dot.編集部・吉崎洋夫)*  *  *尾身茂氏からの回答全文は以下の通り 私共、JCHOは、これまでに国からの増床の要請について、全国のJCHO病院、特にJCHO都内5病院と連携・役割分担しながら対応してきました。この結果、都内JCHOの5病院では全病床の13%程度にあたる189床のコロナ病床を確保しました。 昨日、東京蒲田医療センターの石井院長が回答したとおり、東京蒲田医療センターにおいては、新型コロナウイルスの発生初期より、国からの要請に積極的に応えてきました。 例えば、クルーズ船患者の受け入れの際に1病棟(29床)を確保、さらに、令和3年2月には、もう1病棟(49床)の患者さんの転院等を行い、コロナ専用病棟に転換しました。その際、新たに生じる看護師不足については、全国のJCHO病院からの派遣によって確保してきました。 また、JCHOは、国からの要請に基づきJCHO以外の医療逼迫地域(北海道・沖縄等)の病院へ、全国のJCHO病院から看護師の派遣を行ってきました。しかし、全国的な感染拡大に伴い、各地域においても看護師のニーズが高まってきた結果、全国のJCHO病院から東京蒲田医療センターへの派遣が困難となってきました。 このため8月27日(金)時点では、東京蒲田医療センターでは5割程度の受入れとなっておりますが、JCHOの都内のその他の病院では確保病床の9割程度を受け入れており、全体では確保病床の7割程度の受け入れとなっております。 東京蒲田医療センターでは、国や都からの受け入れ増加の要請に応えるため、8月16日から看護師を追加で確保し、受け入れ増加に向けて取り組んでいます。 なお、JCHO全体の取り組みについて、国や自治体からの要請に応じてきたものであり、東京都の令和3年度新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)実施要綱に基づき申請を行ったものであります。

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    【独自】東京都医師会幹部らの病院でコロナ病床の56%は空床 直撃に「不適切な補助金は返還したい」

     デルタ株による感染拡大はピークを越えつつあるが、東京都では9月10日現在で、新型コロナウイルスの新規感染者は1242人、死者15人、現在入院している重症患者は243人、自宅療養者は1万1千人以上と依然として多い。救急搬送が困難な状況も続いている。そんな中、医療ひっ迫を訴える東京都医師会、病院協会の幹部の病院で、補助金を受けながらも病床使用率が20%を切る病院もあることが、AERAdot.が厚労省関係者から入手した資料でわかった。*  *  * 医療ひっ迫の危機が指摘されている中、東京都医師会の尾崎治夫会長は「臨時医療施設を、ぜひいくつか作っていただきたい」などとたびたび語っている。こうした要望を受けて、東京都では野戦病院(臨時医療施設)の設置が進んでいる。旧こどもの城で設置されたほか、旧築地市場の跡地や味の素スタジアム内でも準備が進む。 他方で、東京都は6583床のコロナ患者用の病床を確保しているというが、実際に使われているのは、3754床にとどまっている。2829床が「幽霊病床」とされる。 民間病院と言えども、コロナ患者を受け入れる責任はある。厚労省が、新たに病床を確保した病院には1床につき最大1950万円の補助金を出しているほか、空床でも1床につき1日7万1千円の補助金なども出しているからだ。 田村憲久厚生労働大臣と小池百合子東京都知事は、こうした実態を問題視。コロナ患者を最大限受け入れることを要請し、正当な理由なく要請に応じず、勧告にも従わない場合は名前を公表する姿勢を見せている。しかし、厚労省関係者は「実は医師会が病院名の公表には執拗に反対している。その結果、コロナ患者の受け入れが進んでいない」という。 AERAdot.では、東京都医師会会員の病院や病院協会に所属する病院のコロナ患者用の病床数と実際の入院患者数、病床使用率のデータを、厚労省関係者から独自に入手した。 リストには都内の37病院の「極秘」とされる実態が記されていた。コロナ患者用の病床は614床、そのうち入院患者数は268人。病床使用率は44%にとどまった(数字は9月6日時点)。 さらに東京都医師会や病院協会の幹部でもコロナ患者を受け入れていない実態もわかった。資料によると、A病院ではコロナ患者用の病床を16床確保しているが、コロナの入院患者は3人、病床使用率は19%だった。B病院では29床のうち8人、28%、C病院では43病床のうち16人、37%、D病院では50床のうち28人、56%、E病院では52床のうち34人、65%、F病院は22床のうち15人、68%だった。 厚労省関係者はこう語る。「東京都医師会の尾崎会長は『野戦病院を作れ、そうすれば協力する』といっています。既に臨時の医療施設は急 ピッチで開設されています。尾崎会長の発言は裏を返せば、『ハコを作らなければ、協力しない』ともとれ、おかしな話です。空床のまま補助金だけが入っている状況がある。医療崩壊を叫ぶのであれば、先ずは自分たちの足元の医療機関できちんとコロナ患者を受け入れさせるのが先決ではないでしょうか」 なぜコロナ病床を空けたままにしているのか、補助金は返還する予定はあるか、東京都医師会幹部がトップを務める各病院に見解を質した。 A、B、C、E病院からは「多忙のため対応できない」などと取材拒否された。 D病院は「事実誤認がある」として「6日時点の入院患者数はコロナ陽性26人、疑似症を含めると14人、合計40人、病床利用率80%となります」などと回答してきた。 F病院はコロナ患者の受け入れ数については「6日の継続入院者数は34名」と認めた上で、「この継続入院患者数は、当日の入退院患者を含んでいませんので、実際に利用した人数より低くなります」と回答した。 コロナ患者を受け入れていない理由について、下記の回答が来た。「9月になり比較的短期間で入院患者は減少しておりますが、8月第4週ごろはピークにあり、8月25日には47名の入院患者(90%の稼働)がありました。病床の利用状況は感染状況とともに細かく変動しております。この時期には人工呼吸器が外れたばかりの不安定な患者が多く、現場の負担は高まっておりました。状況が急に悪化する症例に対応する場合は入院応需ができなくなることもありました」「当院は東京都の計画では軽症から中等症に対応するべき病院群に分類されております。病院は200床に満たない施設でマンパワーに限りがあり少人数のローテーションで対応しておりますので、人工呼吸器が必要な重症患者が1名いるだけでも、途端に病棟管理への影響が大きくなります。重症患者のすべてを高次施設で対応することは難しい状況ですので、当院での治療が可能な限り人工呼吸器を用いるような症例にも対応の努力を続けて参りました。9月になっても人工呼吸器を用いる重症患者は4例に及びます」「また当院では少数にとどまってはおりますが、スタッフの感染者数や濃厚接触者による人員減少の影響は大きいと思われます。病床利用率も指標の一つですが、感染状況を鋭敏に反映しておりますし、患者重症度や、人員数など様々な不測の要素があり、日々変動しています」「なお、病床利用についてですが、多床室で男女混合はできない、重症度によって利用できる病床が限られる、清掃消毒などにより使用不能な時間がある、など様々な避けられない理由で一定の病床が利用できなくなるため、8―9割以上のベッドが常時稼働することは現実的ではありません。ベッド稼働が9割に達した今回の8月後半は非常に厳しい状況であったと考えられます。病床利用率だけで、行われている医療の状況を判断するのではなく、多角的な見方を要するように思います」 補助金の返還などを考えているかの質問については、「不適切な補助金は返還します」と回答した。 コロナ患者を受け入れていない病院に対して、東京都医師会はどのような見解なのか。尾崎治夫会長に「使われていない病床が約2千床あること」、「空床のまま医師会構成員の医療機関に補助金が入ること」の見解を尋ねた。(尾崎会長の病院はリストに記載されていない)。  すると、「(空床について)東京都からデータをもらっていないのでわからない」、「医師会構成員という言葉がわからないので、回答は控えたい」と広報担当を通じて回答が来た。 補助金を受けながらも、患者を受け入れない状況について、医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏は「厚労省のもともとの制度設計に問題がある」と指摘する。厚労省は補助金給付の要件に、「コロナ患者の受け入れ」を入れていない。そのため実際に患者を受け入れていなくても補助金が入る仕組みになっているという。「通常の補助金であれば、患者の受け入れなどの実績があって、お金を出す形になります。しかし、厚労省がコロナ患者の受け入れ体制ができていないという批判を受けて病床確保の数だけを追求した結果、患者を受け入れなくても補助金を出す制度になった。その結果、実際には稼働できない病床ができた。民間病院はギリギリの医者、看護師しか持っていないから限界があります。本来であれば、国立病院や、尾身茂氏が理事長を務める、独立行政法人のJCHO(地域医療機能推進機構)の病院が患者を受け入れる話ですが、そこも受け入れに消極的で補助金だけを受け取る状況になっている。そんな中、民間病院で積極的に受け入れるなんて話になるはずがありません」 医療がひっ迫する中、未だに1万1千人以上いる自宅療養者を置き去りにするようなことがあってはならない。(AERA dot.編集部・吉崎洋夫)

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    小林麻耶が離婚へ 夫から解放されても修復が難しい「海老蔵一家」と「TBS」

     今年3月から別居状態にあった小林麻耶(41)と夫の國光吟氏(37)が離婚に向けて協議を始めたという。7月1日発売の「女性セブン」によると、当初は麻耶自身も別居が一時的なものになるか、離婚への準備期間となるかはわかっていなかったが、周囲のサポートもあり自分の意思で結論を出す段階に入ったようだ。 2人が結婚を発表したのは2018年7月。出会って2カ月、“交際ゼロ日”での電撃婚は周囲を驚かせたのはもちろんだが、國光さんの行うスピリチュアル色の強いセラピーやカウンセリングなどに傾倒する麻耶を心配する声も少なくなかった。「それ以降の2人の行動といえば、まるで麻耶さんのマネジャーのようにどこへ行くのにも國光さんが同行し、次第に仕事場でも國光さんが口を出すようになったといいます。そして昨年11月に『グッとラック!』(TBS系)の電撃降板と所属事務所との契約解除があり、麻耶さんの彼への依存ぶりが心配され始めました」(女性誌記者) 一時期は麻耶が「洗脳状態」にあるのでは?などと心配もされたが、次第に2人の関係は冷めていったようだ。結局、3月には別居となったが、國光氏と距離をとった麻耶を誰よりもサポートして見守り続けたのは、麻耶の母親だったという。「お母さんの元に戻ってからは、麻耶さんも徐々にこれまでのことを冷静に振り返ることができるようになったそうですが、最も彼女の心を揺り動かしたのは麗禾ちゃん(9)と勸玄くん(8)の存在です。國光さんと結婚してからは、海老蔵さん一家とも以前のように頻繁に関わることがなくなり、あれほどかわいがっていた子どもたちともここ1年ぐらいは会っていないといいます。お母さんは、麻央さんの闘病中には麗禾ちゃんと勸玄くんの面倒を見て家事一切を取り仕切っていました。お母さんから伝え聞く2人の様子やYouTubeで見る成長ぶりに会えない辛さが募ったのでしょう。そんな麻耶さんの異変に気づいて、お母さんはメンタル面も含めてフォローし続けているそうです」(同前) だが、仮に離婚が成立したとしても、今後の麻耶の状況が元通りになるかといえば、「すぐには難しいかもしれない」と芸能ジャーナリストは話す。「まずは麗禾ちゃんと勸玄くんとの関係です。麻央さんの闘病中はお母さんと共に彼女もよく面倒を見ていて、子どもたちも懐いていましたが、海老蔵さんが現在の状態のまま、麻耶さんと距離をとり続けるのであれば、以前のような家族ぐるみの関係に戻るには時間がかかるでしょう。海老蔵さんはこれからは『十三代目市川團十郎白猿』と『八代目市川新之助』の襲名披露公演も控えていますから、あまり“雑音”は入れたくないのではないでしょうか」 また、広告代理店関係者は麻耶の復帰をこう心配する。「いずれ麻耶さんも仕事復帰を考えているでしょうが、義理を欠くようなことをしてしまった古巣のTBSや前の所属事務所からのバックアップは期待できないでしょう。それ以上に、はたしてタレントとして需要があるのかも疑問です。國光氏とのお騒がせカップルのイメージがまだ根強く残っていますから、CMや司会などで起用するのは厳しいのでは」 麻耶はこの日、自身のブログを更新したが、離婚報道には言及しなかった。“目が覚めた”麻耶が目の前に待ち受ける新たな壁に気づき、それを乗り越えた時に、彼女は本当に自由になれるのかもしれない。(宮本エミ)

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    田原総一朗「新総裁最有力の河野氏を絶対に首相にしたくない勢力とは」

     ジャーナリストの田原総一朗氏が自民党の総裁選について解説する。 *  *  *  菅義偉首相は、まず衆議院を解散し、衆院選に勝つことで総裁選に臨もうと考えていたが、安倍晋三、麻生太郎両氏らの反対で総裁選を先にやらざるを得なくなった。  前回も記したように、自民党の多くの国会議員たちは、今秋の衆院選で落選するのではないかという強い危機感を抱いている。全国の選挙区で、菅首相の評判が極めて悪いからである。自分が当選するには、何としても菅首相に辞めてほしい、と強く求めていた。  8月の中旬ごろまでは、安倍前首相も麻生副総理も、菅首相の続投でよいと考えていた。だが、それぞれの派閥の議員たちが、自分たちの当選には菅首相の辞任しかない、と強く求めていることを知って、考えを変えたのである。  そこで菅首相は、支持率を高めるために、党や内閣の人事に手をつけて、小泉進次郎氏ら、国民の期待が大きい政治家たちを起用しようとしたのだが、いずれの政治家にも断られて、辞任せざるを得なくなったのである。  菅首相が辞任することになって、岸田文雄氏、高市早苗氏、河野太郎氏、野田聖子氏らが総裁選への出馬を表明、もしくは意欲を示している。  注目されるのは石破茂氏である。彼は当時の安倍首相に対してもはっきりと反対を表明していて、少なからぬ国民は彼に期待しているはずなのであるが、彼は出馬しないようだ。  実は、私は2度、彼と電話で話をして出馬を促したのだが、消極的であった。どうやら河野氏を支持するようである。  岸田氏は、戦後政治史に重厚な足跡を残してきた宏池会のリーダーである。大平正芳、宮沢喜一、加藤紘一らハト派で、貧富の格差を広げないために社会福祉をきちんとやるべきだと主張する反新自由主義路線である。岸田氏も反新自由主義路線を打ち出している。  だが、安倍氏や麻生氏と心を合わせることに懸命で、国民の多くからはいまひとつ期待できない、と捉えられているようだ。  女性候補の高市氏は保守右派で、かつて電波法に基づく電波停止に言及したときは、私も強く反対した。  当初は、出馬に必要な議員数をそろえられないのではないかと見られていたが、安倍氏が支持を表明したことで、出馬はできそうである。  野田氏にも頑張ってほしいが、当選の可能性が高いと見られているのは、石破氏が支持をしそうな河野氏である。  だが、河野氏を何としても首相にしたくない、と考えている勢力がある。その代表的な存在が、経済産業省だと見られている。  河野氏は原発反対を強く唱えていた。外務大臣に就任して以後は、反原発を表明しなくなったが、あえて閣内で波を立てるのを避けているだけで、意識は全く変わっていない、と誰もが見ている。多くの政治家と違って、簡単に豹変(ひょうへん)しないのが、河野氏が信頼されるゆえんなのである。  だから、経産省も全国の電力会社も、河野氏が首相になるのは困るわけだ。  そして多くの自民党議員たちは、原発に対しては、情けないほどあいまいである。そんな彼らが河野氏をどのように捉えるのであろうか。 田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年生まれ。ジャーナリスト。東京12チャンネルを経て77年にフリーに。司会を務める「朝まで生テレビ!」は放送30年を超えた。『トランプ大統領で「戦後」は終わる』(角川新書)など著書多数※週刊朝日  2021年9月24日号

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    高市氏でも野田氏でもシラける女の総裁選の闘い 直木賞作家・中島京子、望月衣塑子記者

     ポスト菅をめぐる自民党総裁選(17日告示、29日投開票)は、今後予想される女性の戦いにも注目が集まっている。岸田文雄前政調会長に続き、高市早苗前総務相が正式に出馬表明し、野田聖子幹事長代行は推薦人確保に奔走中と報じられている。「日本初の女性首相誕生か」と前のめりに報じられるが、ちょっと待って、高市総理? 野田総理? 女の総裁選バトルにモノ申す!*  *  *「憧れの人は元英首相のサッチャー」 高市氏は野心を隠すことなく、このように明言してきた。いま総理の椅子に最も近づいている女性かもしれない。 これまで、自民党の総裁選に出馬した女性はただ一人。小池百合子現東京都知事が2008年に立候補した。そもそも立候補には、国会議員の20人の推薦が必要で、女性にとっては高いハードルだった。今回、高市氏は早々に推薦人確保のメドがたち、世間の人気が高いといわれる河野太郎氏よりも早く正式に立候補を表明。野田氏も意欲を示していることから、注目を浴びている。 東京新聞の望月衣塑子記者が解説する。「自民党の若手議員を中心に“菅さんじゃ選挙は勝てない”という空気があった。菅降ろしと連動して“顔”を選ぶにあたって、今の時代、女性を打ち出した方がいいという流れはあった」 それでいち早く出てきたのが高市氏だったので、望月記者は驚いたという。「ビックリしたというよりは、がっかりです。同じ女性として応援は……。高市氏は女性の代弁者かというと、女性のお面をかぶった古い男性といいますか、男尊女卑ともとらえられる発言が目立ちますから」 似たような感想をもつ女性は少なくない。直木賞作家の中島京子さんも指摘する。「あからさまに男尊女卑的な態度や政策を取り続ける自民党ですら、体面上は、女性候補を出さなければならない時代になったということでしょう。しかし、総裁選は所詮、自民党内の派閥争いでしかない。茶番に近い候補者乱立が予想される中、ことさら“女性”だからと出馬に意味があるように捉えられること自体に違和感を覚えます」 とはいえ、総裁選の候補者として出る限りは、国政に対する自身の考えや具体的な政策を国民に説明して当たり前。高市氏が出馬会見で打ち出したのが、経済政策「サナエノミクス」で、「3本の矢」として「金融緩和」「緊急時の機動的な財政出動」「大胆な危機管理投資と成長投資」を掲げた。「サナエノミクス、ですか? ネーミングからしても、有権者をバカにしているのかなぁと感じました」(中島さん) 高市氏の政策はどこか既視感があるが、サナエノミクスは、安倍晋三前首相が掲げた「アベノミクス」路線を引き継ぐものだからだ。これに対して、望月記者も「安倍政権の上書き」としてこう言う。「せっかく女性が主導的立場になろうと出てきたのに、女性ならではの視点で練り上げた政策は一切出てこなかった。サナエノミクスは基本、新しいものはなく、安倍さんの政策を踏襲、一部を更新し、ネット民に受けるよう過激化させただけ。」 高市氏の政策から読み取れるものは結局、「安倍さんへの忖度」(望月記者)だったという。「安倍崇拝ともいえる状況が、綿々と続いている。高市氏だけではありません。河野氏は、本心としては脱原発だと思いますが、出馬前に安倍氏に会って再稼働しますと約束しました。男も女も安倍氏への過剰な配慮です。その裏には何があるのでしょうか。安倍氏が実質取り仕切る、最大派閥の細田派の票の取り込みは、勝敗をわける鍵なのでしょうが、女性なら空気が変わるかといえば、これではクリーンな政治は望めません」(望月記者) 一方の野田氏は、まだ正式に出馬表明はしていない。以前から政策の基本方針としては、「自分のことだけでなく、女性や高齢者、障害者をはじめ全ての国民、全ての地方が活躍できる制度を構築する『やさしさ』をもつ」ことを掲げている。障害のある子どもを育てる母親でもあり、野田氏の政治姿勢は自民党内ではリベラル寄りだ。 望月記者は野田氏をそれなりに評価しているという。「野田氏は自民党の幹事長代行で、大臣も何度か経験している。与党の動きもわかっている。フランクで話しやすい人柄で、官僚たちにも野田ファンは多いのです。軸が見えないところがあるけれども、理想や理念だけでは政治は動かせないから、官僚のアイデアを入れながら、どのように政治主導していくか。野田氏くらいの女性のベテランが一番いいのだろうなとは思います」(望月記者) 人柄と政治手腕はある程度評価されている野田氏。ただ、能力や適性があるからといって、総裁選に出られるわけではない。今、野田氏の足を引っ張るのが夫の疑惑だ。出馬も難しいという声も漏れる。「野田氏イコール夫ではないわけで……。たとえば、夫婦別姓が進んでいるフランスならば、夫がどうであろうが妻は別人格ととらえられるでしょう。個が確立して、認められている社会ならば、野田氏の夫の件も切り離して考えられると思いますが、日本は夫婦が一体に見られてしまう。男性総裁候補者で妻に何か懸念点があるという逆バージョンだったら、ここまで焦点になるかは疑問です。あくまでも、政治家の世界においてですが、日本で生き残るには小池百合子都知事のように独身を貫くしかないのかもしれません」(望月記者) 背後に安倍氏が見え隠れする高市氏、脛に傷を抱えているような野田氏だが、中島さんは高市総理も野田総理もあり得ないと話す。「高市さんも野田さんも総理総裁にはならないと思います。高市さんは安倍元首相の極端な思想をそっくり持っている人物なので、“名誉男性”的なポジションなのではないでしょうか。たとえると、性別が女性の“おっさん”。野田さんは自民党内ではリベラルを標榜してきた人ですが、“女性はうそをつく”発言の杉田水脈議員の辞職を求める署名を受け取らなかった。大事なところで腰の引けた態度しかとれなかったのが残念です」(中島さん) 最後に、高市氏や野田氏以外で、総理の器があると思える女性議員の名前を挙げてもらった。「女性首相第1号に推すなら、福島瑞穂さん。野党が合意した政策はしっかりしたもので、福島さんなら実現してくれると思うし、この10年の不正をただし、まっとうな政治をやってくれると思います」(中島さん) 一方、望月記者はこう見る。「前男女共同参画担当相の橋本聖子さんは、ジェンダー平等を訴える若手の女性起業家や学生らに一目置かれていました。でも、総裁選には名前が出てこないのです。総裁選に出るような女性議員は、自民党内でキワモノ扱いをされている感も否めない。女性として生きてきた実感から、今の日本の社会を変えていかなければならないという志のある人物ではないのです。一般の女性たちの多くが感じるような疑問を政治でなんとか解決したいという人は総裁選には出ない。そこが日本の限界なのかもしれません。今回の総裁選は女性からするとシラケてしまいますね」(望月記者) 典型的な男社会と言われる政治の世界だが、2人の女性総裁選候補の動きで空気は変わるのか――。(AERAdot.編集部 太田裕子)

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    「高市氏の昔を知っているよ」 総裁選候補者3人で最も優れているのに胸がザワつく理由

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、自民党総裁選に立候補を表明している3人の議員について。 *  *  * 連日、自民党総裁選関連のニュースがメディアを占めている。この国に暮らす人々の生存をかけた衆議院選挙のほうがよほど重大なはずなのに、無駄に自民党の生存をかけた総裁選につきあわされているようでつらい。災害レベルのコロナ禍で重要なときに臨時国会を開かず、自党の人事に時間を費やす自民党の体質が、トップが代わったところで変わるとは思えない。とはいえ、あと一歩で総理の椅子に座る3人の候補者に女性が入っていること、その女性が候補者の中で最も右寄りであること、容姿を誹謗中傷する批判が“彼女にだけ”されていることなど、日本の女性政治家が置かれている現実を生中継で日々見せられているようで、それはそれで気になってしまうのだ。 候補者3人の出馬表明記者会見を見た。それぞれ力のこもった熱弁を見ながら、改めて菅さん (菅義偉首相) は、相当なレベルで話が下手だったのだと気づかされる。滑舌が悪いうえに自分の言葉で話さない、原稿すらうまく読めないので頭に入ってこない。東京五輪・パラリンピック開催に疑問を投げかける記者には、「安全安心」と繰り返すだけで誠実さのカケラもなかった。さらに記者に対して威圧的であり、社名を名乗らない記者に対していら立つなど、器の小ささを露呈してしまう場面を幾度となく見てきた。喋れば喋るほど、人の心が離れていく総理大臣だった。 菅さんに比べると3人の候補者の話は、フツーにまともだった。……と、「底」を強いられてきた者として認知の歪みが生じてしまっているのだろうかと自分でも不安になるが、今回、高市早苗氏の会見を初めて長時間聴いてみて驚いた。テンポ、滑舌、論理性、具体性において出馬表明記者会見としては3人の中で最も優れていたからだ。記者からの質問に逃げずに丁寧に答えていたのも好感を持てた。  例えばTBS「報道特集」のキャスター膳場貴子氏が、高市氏が過去にしていたサイテーの発言「(生活保護を)さもしい顔をしてもらえるものはもらおうとか、弱者のふりをして少しでもトクをしようと、そんな国民ばかりいたら日本が滅びる」を引き、「困窮する国民をどういう目で見ているのか確認をさせてください。弱者への視点が欠けている不安、批判の声があるが、どう受け止めているか聞かせてください」と迫った。高市さんに対する強い批判を含んだ良い質問だった。 もしこれが、安倍さん (安倍晋三前首相) だったらと想像する。女性アナウンサーからの質問にまずニヤニヤと冷笑し、しかし顔色は変わり、早口でまったく方向違いの旧民主党政権批判を延々繰り返し「それはですね、民主党政権時代の批判の流れでの発言だったのでございます。文脈をですね、私の発言の文脈をですね、いいですか、きちんと見ていただいたうえでですね、そのようなご質問をしていただきたきたいのでございます」とか言いそうだし、麻生さん (麻生太郎財務相) だったら「そうかね、覚えてねぇな」とか言いかねず、菅さんだったら「えー、私はこれまで通り全力で国民の安全安心を最大限に考えて、政治を行っていくことに変わりはありません」とか言うのでは。テレビカメラの前で“女性”記者に批判された、ということで頭がいっぱいになり、誠実に答えようともしない“男性”政治家の振る舞いに私たちはあまりにも慣れてしまっていた。 その日、高市氏は膳場氏の批判質問に顔色も声のトーンも変えることはなかった。にこやかなまま、その発言がいつ、どの場で行われたものかを記憶の中で語り、「これは皆様の大切な税金。福祉というものは公正、公平が原則であるべきだと私は考えています」とし、さらに子どもの貧困問題等について語り、そのうえで「これが私。素直なほうなので、さまざまなアドバイスには柔軟に対応する」とも言った。  このやりとりに、私は見入ってしまったのだった。威圧的だったり、不誠実だったり、中身のない政治家答弁にあまりにも慣れ過ぎていたからこその驚きであるのだが、ただ新鮮だった。もちろん、高市氏のような政治家の言動が生活保護受給者に対する社会の偏見を生み、貧困を再生産し、生活保護を受けられずに餓死するような人々を生み出す現実をつくってきた。そういうリアルが見えない高市さんが与党の政治家であることが私は恐いが、それでも「どのような考えに立っているのか」ということを説明することをこの人は逃れなかったという印象は残った。 一方、岸田氏は国民の声を聞いてきたという薄く小さなノートを振りかざして「私にとりまして大切な財産。このノートを読み返した上で、私は改めてやるべきことがあると感じています」と豪語する。外国特派員協会で記者会見を開くなど、去年の総裁選よりもパフォーマンス力があがっているように見えるが、選択的夫婦別姓についての意見を問われ、「引きつづき議論しなければならない課題」と言うなど、いったい誰の声を聞いてきたのか問いたい。今年の共同通信の調査によれば選択的夫婦別姓は国民世論で6割が賛成している(30代では7割)。だいたい選択的夫婦別姓は80年代からずっと提案され、深く積み重なった議論の歴史があるのだ。国会での議論を拒否し続けてきた自民党の単なる勉強不足が、選択的夫婦別姓を邪魔しているだけ。まだ、「自分ごと」として通称使用拡大の具体的実践に全力を尽くしてきた高市氏のほうが勉強しているし、わかっているように見える。 河野太郎氏の記者会見が一番、今までの自民党の威圧的政治家の流れをくんでいるように見えた。質問は1社一つというルールを一方的に強いては、「(河野さんは)脱原発派ですか?」という質問に対して「どういう定義で脱原発というか人によって違うので、何か一つの言葉でくくるのはやめておいたほうがいい」と打ち切り、それ以上の質問を許さなかった。記者が本当に聞きたいことは分かっているはずだし、そこから深まる議論もあるはずなのに、意味のない答えを短めに返すのが目立った。  河野氏は若手からの期待が大きいと、報道では言われている。「河野さんは発信力があります」と30代の議員が胸を張るようにテレビカメラに向かって話しているのを見た。発信力とは単純にテレビに出る回数とか、Twitterのフォロワー数とか、なんとなくの人気のことを言っているのではないかと思うが、それは政治家にとって必要な力なのだろうか。記者会見で衝撃だったのは、韓国メディアの記者が「特に韓国を含めた、近隣国に向けての外交政策のビジョンを聞かせてほしい」と質問した時の答えだ。外務大臣を務めたこともある河野氏の答えは、こういうものだった。「G7の中で日本はユニークな立ち位置。キリスト教をベースとした文明の上に成り立っていない国は日本だけ。だから外務大臣として自分はアジア、中近東、アフリカといった国々の思いを代弁できる日本でありたーい、と思ってきた。自由民主主義、基本的人権、法の支配、こうした価値観を共有して一緒に前に進みたーいと思っている。それぞれの国にはそれぞれの歴史がある。一足飛びにみんなが同じことをできるわけではありませんー。そういうなかで、ヨチヨチ歩きであっても同じ方向を進もうとしている国にしっかりと寄り添える、そういう日本でありたーいと思っている」 ……これは外交政策なのでしょうか。ヨチヨチ歩きだけど一緒に寄り添っていこうね、って。これは元外務大臣による総裁選立候補の時に語るような言葉なのだろうか。高市氏を推すわけでは決してないが(というか、私にその権利もないが)、高市氏だったら具体的に質問に正確に答えようとするのではないか、大人の言葉で。 最近、「高市早苗の昔を知っているよ」という人と立て続けに話をする機会があった。20代のころ、高市氏は400ccのバイクを乗り回していたという。30年以上前、400ccのバイクに乗る女性は少なかった。私も10代のころ、400ccのバイクに乗りたくて教習所に行ったのだが、「女は小型から」と中型免許すら取らせてもらえない空気があり、一日でやめた。「中型取りに来たんです」と言っても、「じゃあ、起こしてみな」と道路に転がる400ccをコツも教えてもらえず起こせと言われて憤慨した。あの時の悔しさは今もまだ心のどこかに残っている。80年代のことだ。そういう時代のなかで、中型・大型バイクに乗る女性たちは道で出会っては、自然に話しかけるようなことがあったという。当時のバイク仲間の女性は、若かった高市さんが目を輝かせながら「私は保守系の政治家になるんだ」と、夢を語っていたのを覚えている。   高市氏を見ていると、胸がざわつく。「政治家を知るためには、その人の選挙区と選挙歴を知らなければならない」とは、無戸籍問題に取り組み続け衆議院議員になった井戸まさえ氏の言葉だが、高市氏がもし、奈良という保守が強い土地ではなく、都市部の選挙区の人だったらどうだったろうか。選択的夫婦別姓、女性天皇・女系天皇容認などについて肯定派の多い都市部のような場所で保守派の政治家として立っていたら、どうだったろうか。安倍さんへの、悲しいほどのすり寄りは、二世議員である小渕優子議員や、祖父が政治家だった野田聖子議員だったらしなくてもよい媚びにも見える。高市氏自身の葛藤を勝手に想像しながら、そういう女性議員の姿を見てこちらも引き裂かれるような葛藤を味わう。女性がのびのびと政治ができる国になってほしい、そして正当に評価されるようになってほしい。今起きているのは、自民党の大物男性の庇護のもとでの自由と、それでも女性であるゆえに正当に評価されない日本社会の女性嫌悪だ。精神衛生上よくないので、早く終わらせて、衆議院選挙で自民党政治は終わってほしい。■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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    打撃不振の巨人・中田翔に懸念の声「第2の陽岱鋼になる恐れ」

     巨人・中田翔の状態が上がらない。移籍後2試合目となった8月22日のDeNA戦に移籍後初アーチなる5号2ランを放ったが、その後の試合で長打は1本のみ。首位攻防戦・阪神戦の3戦目でスタメン落ちし、8回に代打で登場したが左腕・岩崎優の前に空振り三振に倒れた。移籍後13試合出場で打率.156、1本塁打、2打点。長打率.281と持ち味を発揮できていない。「直球の打ち損じが多いのが気になります。本人が捉えた感覚だと思いますが、ファールになる。体に本来のキレがないのが影響していると思います。良い状態の時は甘く入った球をスタンドに運んでいたが、今はその怖さがない。下半身に粘りがないから変化球も我慢できずに泳いでしまう。現状だと中島宏之を起用された方が厄介ですね」(他球団のスコアラー) 日本ハム在籍時に後輩選手に暴行をふるったとして8月11日に無期限の出場停止処分を科せられ、その後巨人に無償トレードで移籍したが、中田が計算のできる主砲かというと疑問符が付く。昨季は打率.239、31本塁打、108打点で自身3度目の打点王のタイトルを獲得したが、今年は長引く打撃不振と度重なる故障で日本ハム在籍時は打率.193、4本塁打、13打点。直球に差し込まれ、変化球にバットが空を切る。巨人に移籍することで状況が好転するかと言われれば、そう甘くはない。 他球団で活躍してきた主砲が巨人に移籍後、苦しむ姿は何度も見てきた。広澤克実、清原和博は思うような結果が出せず球団を去り、村田修一(現巨人1軍野手総合コーチ)は打撃不振に苦しんだシーズンで試合中に「強制帰宅」を命じられたこともあった。走攻守3拍子揃ったプレースタイルで日本ハムから巨人に2016年オフにFA移籍した陽岱鋼も、レギュラーに定着できず、規定打席に到達したシーズンは5年間で1度もない。5年契約の最終年も開幕からファーム暮らしで1軍出場はなく、崖っぷちの状況だ。「他球団ならスランプでも我慢して起用してもらえますが、巨人は選手層が厚いので代わりの選手いくらでもいる。常勝を義務づけられている球団で、不調の選手の状態が上がるのを待っているほど余裕はありません。中田は日本ハム時代に不動の4番として活躍したイメージは強いですが、好不調の波が激しくスランプに入ると長かった。ああ見えて繊細な一面もあるので、不調に陥ると悩みすぎてドツボに入る時も少なくなかった。巨人は結果がすべてなので、主力選手も状態が悪かったら容赦なくスタメンから外しますし、2軍に落とす。日本ハムでレギュラーに定着してからずっと1軍でプレーしてきた中田がどん底に突き落とされてはい上がってくるハングリー精神があるか。今の状態が続くようだと、『第2の陽岱鋼』になる恐れも十分にあります」(スポーツ紙デスク) 中田と一塁のポジションを争う中島は5日の阪神戦で7試合ぶりにスタメン出場し、初回に5号左越え2ランを放つなど好調をキープ。打率.298、5本塁打、22打点と勝負良い打撃でチームに貢献している。中島は移籍1年目の19年に43試合出場で打率・148、1本塁打で苦汁を嘗めたが、打撃フォームを改造して昨年は一塁の定位置をつかみ、100試合出場で打率.297、7本塁打、29打点とよみがえった。 中田も中島のように復調できるだろうか。熾烈な優勝争いが続く中、結果を出さなければ1軍でプレーできる保証はない。(江口顕吾)

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    「ダウン症の娘を守りたい」と願う36歳母親に鴻上尚史が語る「障害のある子を人々の悪意から守るたった一つの方法」

     ダウン症の娘をもつ38歳母親が、人々の悪意が我が子に向けられたらと不安を吐露。「気持ちの持ち方についてアドバイスを」と問う相談者に、鴻上尚史が答えた「障害のある子を守るたった一つの方法」とは?【相談116】障害のある娘をどうしたら人々の悪意から守れるのか(36歳 女性 くじら) 鴻上さん、はじめまして。いつも楽しくそして何度も頷きながら拝読しております。 私は現在36歳で、共働きで保育園に通う2人の子供を育てています。 我が家の次女は、ダウン症があります。産後すぐは、長女になんて申し訳ないことをしてしまったんだろう、どうしたら妊娠前に時間が戻せるんだろう、などと今思うと最低のことを思ってしまったこともありました。しばらくは次女といても気持ちに靄がかかったような状態だったものの、次女の可愛さが少しずつそれを晴らしてくれ、今ではこの子じゃなければよかったという気持ちは1%もないと自信を持って言えます。 幸い周りの環境にも恵まれ、保育園の先生方や主治医など優しい方々に囲まれて、なにより子供たちの可愛さに救われて(大変さも同じくらいありますが……)楽しく毎日を過ごしています。 さて、ご相談したいのはこれから次女が成長し、学校、社会に出て行く中で、どうしたら悪意のある人から守れるのか、ということです。つい先日某ミュージシャンの過去の行為がニュースになり、同じように不安に思い動揺している方がたくさんいるのではないかと思います。大きくは次女に限らず、健常である長女を含め、全ての子供たちに関わる問題だと思います。 あのニュースを見てから(過去の記事を全て読んだわけではないのですが)心がえぐられたような感覚が消えません。被害に遭われた方を思うと涙が出ますし、次女にそんなことが起こったらと思うと、動悸がして胸が苦しくなります。 親ができることとしてはとにかく環境をよく考えて選んで、できる限りのことをするしかないのだとは思っています(被害者の方のご両親がよく考えていなかったということでは全くありません)。 ただ、次女の出産後これほどの悪意が世の中にあることを想像したことがなく(電車などでちらちら見られるくらいのことはありましたが)、次女にもいろんな経験をして好きなことを見つけてほしいと考えており、それが子育ての希望にもなっていたため、「そんなことよりも、とにかく安全に過ごせる場所にいさせてあげなくては」と自分が次女を狭い世界に閉じ込めてしまうようになるのでは、ということも不安です。 例えば小学校も、長女も通う予定の地域の小学校で(普通級ではなく支援学級になると思いますが)健常の子たちとも関わりながら生活をするのが次女の成長にとっても良いのではないかと思い(そしてダウン症児の親としては、ハンディキャップがある子が当然に身近にいる環境で育つことで、周りの子供たちが障害に対してフラットな「いろんな子がいて当然だよね」という意識を持って成長してくれたらいいな……という願いもあり)、入学を希望していましたが、それにも少し不安を感じてしまっています(通う予定の学校について悪い評判を聞いたことはないので、大丈夫だろうと頭では思っているのですが)。 大変長文になってしまい申し訳ありません。「子供たち、特に障害のある子をどうしたら悪意から守れるのか」ということについて完全な策はないのではと思うので、それを教えてほしいというわけではないのですが、このような問題について鴻上さんのお考えや、気持ちの持ち方についてアドバイスをいただけたら大変うれしいです。 もしこの相談を取り上げていただけたら、それを読んで同じように障害のある子を育てているパパ、ママたちの動揺する気持ちが少しでも穏やかになり、元気に子供たちに向き合えるようになったら、と願っています。【鴻上さんの答え】 くじらさん。暑い日が続いていますが、毎日の子育てはいかがですか? くじらさんが書かれているように、僕も「『子供たち、特に障害のある子をどうしたら悪意から守れるのか』ということについて完全な策はない」と思っています。 とても残念なことですが、問題を一気に解決するような万能な策はないでしょう。 ただ、「次善の策」はいくつかあると思っています。 そのひとつは、これもくじらさんが書かれている「周りの子供たちが障害に対してフラットな『いろんな子がいて当然だよね』という意識を持って成長して」くれる環境を用意することでしょう。 そのためには、「ハンディキャップがある子が当然に身近にいる環境」で、子供だけでなく大人も生活できることですよね。 僕は小学生の時、商店街が主催したツアーに一人で参加しました。祖父母は米穀商を営んでいて、商店街のまとめ役だったのですが、祖父母も両親も参加せずに、何故か僕一人だけが誘われました。たぶん、キャンセルが一人出て、「じゃあ、鴻上さんのところの孫を入れてあげよう」となったんじゃないかと、今となっては想像しています。 他の参加者は、みんな商店街の人達とその友達や関係者でした。 旅館に着いて、いきなり、一人の男性に話しかけられました。30歳前後に見えましたが、言葉がはっきりせず、何を言っているのか、よく分かりませんでした。 小学生だった僕は身構えて、身体が強張りました。 すると、ツアーに参加した人が、その男性に「どうしたの?」と声をかけました。 その男性は一生懸命、声をかけた人に話しました。「ははあ。君はお米屋さんの孫なの?と聞いているよ」 と、にっこり笑って、その人は僕に説明してくれました。 僕はあらためて、男性の顔を見ました。満面の笑みで、僕にむかってうなづいていました。僕もあわてて、うなづきました。「よしちゃんの言ってることは分かりにくいんだけど、よく聞けば分かるから」。説明してくれた男性は、あっさりとそう言いました。 部屋は、男達数人の相部屋でした。 食事の後、中学生や高校生、そして大人達とよしさんが一緒になってワイワイと話していました。 よしさんが必死になって何かを話し、高校生が「よしさん。何言ってるか分かんねーよ」と笑いながら突っ込み、よしさんがその言葉を聞いて大笑いし、大人が「いや、俺は分かる!」と解説し、でもよしさんが「ちがう」と訂正して、会話は続きました。 よしさんと一緒に笑っている人達は、みんな、よしさんの知り合いでした。よしさんと会話して、分かったり分からなかったりしながら、突っ込んだり、笑ったり、ムッとしたりするのが日常のようでした。 笑いの中には親しさしかありませんでした。バカにするとか、排除するという匂いはまったくありませんでした。 なによりも、よしさんと普通に接していることが、小学生の僕には驚きでした。言ってることが分からない時は分からないと言い、はっきりしゃべってない時はもっとはっきりしゃべってと言い、筋が通ってない時はこういうことなの?と確かめる。じつに、普通の会話でした。 今から思えば、よしさんは知的障害に分類されるのだと思います。でも、男部屋で一緒に寝た人達は、それが障害ではなく、よしさんの個性として当り前に接していたのです。 それは小学生だった僕には、本当に衝撃的な体験でした。ハンディキャップのある人達に対する接し方が、180度、完全に変わりました。 僕の通っていた小学校では、支援学級(昔はこの言葉ではありませんでしたが)がありましたが、どう接していいか分からず、ただ距離を取ったり、先生に言われた義務感から話しかけたりしていました。 ですが、僕はこのツアー以降、普通に接するようになりました。距離を取ったり、無理に話しかけるのではなく、目があったり、すれちがったり、空気を感じた時に自然に声をかけました。 あのツアーの体験がなかったら、決してそうはならなかっただろうと思います。 商店街のツアーは、今からもう50年も前の話で、まだ地域の共同体が健全に機能していたんだなと感じます。地域にはさまざまな人達がいて、さまざまな人達がいることが当り前で、さまざまな人達と共に生きることが当然なんだと、みんなが地域を大切にしていた時代だと思います(それは「世間」が機能していたということで、この強い「世間」から弾き飛ばされると、いきなり人々は牙をむくのですが、それはまた別の話です)。 さて、くじらさん。「障害のある子を悪意から守る」ためには、障害があることが特別なことではないと、多くの日本国民が思えることが重要なことだと思います。 それは、本当は健全な想像力があれば、分かることです。人間を「障害」や「生産性」で切り捨ててしまうことは、自分がそうなる可能性をまったく想像してないということです。 でも、人生は何が起こるか分かりません。病気や事故で、以前の「生産性」を失い、「障害」を持つようになる可能性は誰にもあります。自分は絶対にそんなことにならないと断定できる人がいるとしたら、僕には信じられないことですが、今、たまたま自分がそうでないというだけの理由で、「そういった社会的弱者」を切り捨て、悪意をぶつけることは、自分で自分の首を絞めることなのです。率先して自分自身が生き難い世の中を作っているということです。 と書きながら、私達は「当事者にならないと分からない」ことがよくあります。接客業に就いて初めて客の横柄な態度のインパクトに驚いたり、子供を持って初めて親の苦労が分かったり、リーダーにされて初めて人を指導することの難しさに苦しんだりするのです。 でも、「当事者にならない限り気持ちが分からない」のでは、いろんなことが手遅れになってしまいます。そのために想像力を使うのですが、それが不十分な時は、「当事者から話を聞く」という方法があります。 接客業に就く前に接客業の人から話を聞き、子供を持った人から子育ての苦労を聞き、リーダーになっている人から人を導く苦しさを聞くのです。 そうして、自分の不十分な想像力を補うことが、よりよく生きる方法だと僕は思っています。 だからこそ、くじらさんの相談を取り上げさせてもらいました。 くじらさんの相談は、まさに「当事者の話」です。くじらさんの苦労や苦しみを知っていくことが、「障害のある子を悪意から守る」ための一つの方法だと僕は思っているのです。 この相談を読んだ多くの人が、「いじめはそもそも許しがたいのに、障害のある子をいじめるなんてのは、言語道断、絶対に見過ごさない」と思ったり、「なるほど。なるべく障害のある子と一緒に過ごす時間を作ればいいんだ。そして自然に接してみればいいんだ」と思ってもらうことが、この国の多くの人の意識を変えていくことだと思っているのです。 名作映画『チョコレートドーナツ』を見る前と後で、ダウン症児に対する意識がまったく変わった知り合いがいます。人は、知ることで変わる可能性があるのです。 どうですか。くじらさん。 長い道ですが、少しずつ少しずつ、当事者の思いを伝え、本当の姿を知らせていくことが、ぶつけられる悪意を減らす一歩だと僕は考えているのです。 そのためにも、僕自身、作家・演出家として、できることはしようと思っています。 くじらさんの子育てを心から応援します。■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    眞子さまが選んだアメリカへの“駆け落ち婚”の先にある「パパラッチ」と「生活費」の不安

     9月1日、秋篠宮家の長女である眞子さま(29)と小室圭さん(29)が年内にも結婚される方向で調整されていると報じられた。 お二人が婚約内定の記者会見をされた2017年9月から4年。小室さんの母親・佳代さんと元婚約者の間で「金銭トラブル」が報じられたことで延期になっていたが、正式な婚約となる皇室行事「納采の儀」や結婚に関連する儀式を行わずに、婚姻届を提出するということになるという。「儀式を行わずに結婚されれば、戦後の皇室では初めてのこと。眞子さまは、結婚により皇籍を離れ、結婚後は小室さんが滞在するアメリカで生活される見通しだといいますが、昨年、秋篠宮さまが示した『多くの人が納得し、喜んでくれる状況』からは程遠く、金銭問題も未解決のまま。まるで“駆け落ち婚”のようです」(皇室記者) 秋篠宮さまは昨年「憲法にも、結婚は両性の合意のみに基づくというのがあります」と結婚を認めるお考えを示されていたが、確かに女性皇族である眞子さまは、法的には当事者だけの合意のみで結婚できる。 さらに皇室を離れる際に支給される一時金(上限約1億5000万円)については受け取りを辞退する意向とも伝えられ、結婚後は小室さんが暮らす米国での生活を視野に入れているという。「昨年の秋頃から、眞子さまが30歳を迎える今年中には結婚される可能性が高いと皇室関係者の間では言われ続けていました。小室さんは今年5月に米ニューヨーク州のロースクールを卒業、7月に司法試験を受験し、12月中旬までには合否が判明します。米国では卒業時にはほとんどの学生が就職の内定をもらっていますから、小室さんもすでに就職の道筋はついているのでしょう。結婚後の生活基盤もできたことで、眞子さまとの新生活をスタートする準備が整った段階で婚姻届を提出するという流れは、おそらくお二人の計画だったと思います」(同) お二人が海外で生活をすると決めた背景には、これまでのようにマスコミに追われることなく静かに暮らしたいというお気持ちもあったのかもしれない。だが「メディアから解放されるどころか、もっと追われる可能性が高い」と話すのは皇室ジャーナリストだ。「小室さんが留学した時の紹介文に『プリンセス・マコのフィアンセ』という文言があったように、眞子さまが皇室を離れたとしても、皇族であったこと、将来の天皇陛下の姉にあたるという事実は変わりません。イギリス王室から離れたとしてもヘンリー王子とメーガン妃が王室の一員であったということに変わりはないのと同じです。まして、皇室行事などをせずに“駆け落ち”同然で結婚したとなれば、日本のメディアはアメリカまで追いかけていくでしょうし、アメリカのパパラッチも狙ってくるでしょう」(同前) また、皇籍離脱をしても、一般人と同じセキュリティーというわけにはいかないのでは、と話すのは海外在住のジャーナリストだ。「警備に関しては日本にいる時のように、税金で警備はしてもらえません。現地の大使館や領事館を通じて現地の市警とも密に連絡を取らなければなりません。仮にパパラッチに付きまとわれて、事故などが起きた場合は外交問題にまで及ぶ可能性もありますから、警備は重要になります。しかも、警備費はほとんどが自費で賄うことになるでしょうし、日本の警備費の何倍もの高額です。一時金でも足りないぐらいの費用になるでしょう。小室さんは、就職が内定していても初任給は1500万円とも2000万円ともいわれますが、ニューヨークで暮らす場合、東京よりも物価も家賃も高く、保険はさらに高額になります。小室さんの給料だけでは、ギリギリなのではないでしょうか」 愛さえあれば、2人でいれば、どんな困難も乗り越えられる……という純愛を貫いて結婚を待ち望んでいた眞子さまだが、結婚後はまた別の懸念材料が増えることになりそうだ。(緒方博子)

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    刑期を終え“銭湯のオヤジ”になった柔道元金メダリストの内柴正人「五輪直前、高藤直寿から相談受けた」

     東京五輪もいよいよ大詰め。今大会では日本柔道チームが五輪史上最多の9個の金メダルを獲得するなど、目覚ましい活躍を見せた。 そんな後輩たちの活躍を、熊本県八代市内の銭湯の従業員として、テレビ越しに見守る金メダリストがいた。男子柔道66キロ級で、2004年のアテネ・08年の北京と2連覇を果たした内柴正人氏(43)だ。 内柴氏は現在、銭湯「つる乃湯 八代店」に勤務。“あの事件”を機に柔道界を遠ざかり、栄光と挫折を知ったアスリートは、新たな人生をどう歩み、後輩たちの活躍をどう見たのだろうか。「日本開催で金ラッシュは嬉しいです。凄いとしか言いようがない」 後輩たちの活躍について、内柴氏は嬉しそうに感想を語る。「皆が五輪を見れるように」と、自宅にあったテレビを銭湯の休憩スペースに設置した。ディスタンスを保ちつつ、常連客やスタッフらと観戦することもある。「これだけ多くの階級で金メダルを取れるというのは、歴史的にもないこと。個々の強さもありますが、一人一人の力を引き出すチームジャパンの監督も見事ですし、チームの雰囲気も良かったのだと思います」 当初は五輪観戦に対して、心に壁のようなものがあったという。職場の上司からも、「いろいろなことがあったし、お前は大会を見るのも嫌だろう」と気遣われた。「どうしても、『戦いたい』と思ってしまうんです。引退した選手は誰もが思うことかもしれませんが、普通は引退したら、指導者をやりながら大人になっていきます。僕は指導者としての時間がとても短く終わってしまったので、まだ子供のまま。五輪の舞台はもう僕が入れない世界ですから、モヤモヤをコーチとして選手に託すこともできない」 2連覇の功績が認められ、内柴氏は紫綬褒章を2度受勲するなど、数々の栄誉に輝いた。だが2011年、教え子だった女子柔道部員への準強姦容疑で警視庁に逮捕され、事態は一変。「合意の上」として裁判で争ったが、14年には最高裁で上告が棄却され、懲役5年の実刑判決を受けた。この件によって数々の栄誉賞ははく奪され、五輪2連覇の男の名声は地に落ちた。内柴氏は過去を振り返り、後悔をにじませる。「反省するべき点ばかりです。自分が起こしたことの悪い部分は反省して、裁判で結果が出た以上は、最後までまっとうしようと。実家の父や家族についても、しつこくカメラに追い回されて憔悴していましたし、たくさん心配をかけたと思います」 事件を機に、地位やお金、離婚で家族も失った内柴氏。精神的にも追い詰められ、うつになって薬を飲むこともあったという。刑務所での服役中は、紙に柔道に関する思いを書き連ねて過ごした。そうしないと、自分を保てなかったからだ。「自分の柔道は終わったというのは分かっていたんですけど、当時の僕には柔道のほかに経験や知識がなかったので、新しいことを考えることもできず……。柔道のことを書きなぐること以外に、自分を保つ方法がなかった。吊り手の位置から、膝の使い方、腰の角度まで、技を全部分解してみたり、柔道で感じたことや身に付けたことを自問自答したりして、すべて文字に起こしてました。それでどうにかこうにかって感じです」 17年の出所後は、もう一度自分の人生を立て直すことに目を向けた。「健全な精神は肉体から宿る」の考えにのっとり、たとえ柔道ができなくても体を動かすことをしようと、「柔術」のジムに弟子入り。師範の家に住み込み、トレーニングに打ち込んだ。そこでキルギスの柔道連盟の関係者に出会った縁で、18年7月から19年12月まで、キルギス柔道連盟の総監督として指導。異国の教え子を率い、世界選手権に進出した。「帰国後に、格闘技イベント『RIZIN』に誘ってもらったこともあったのですが、スポンサーから許可がおりないといった事情があって、思うように活動できなかった。そんな時、今勤めさせてもらっているお風呂屋さんの社長に、『地元に貢献できるお風呂屋さんで、一社会人として勝負しませんか』と声をかけていただいて。そのお風呂は自分が現役時代から使っていた場所で、愛着がありました。実家を離れて東京で長く暮らしてきたので、熊本で年老いた父と過ごす時間を大切にしたかったし、地元での暮らしも良いんじゃないかと」 現役時代は柔道ばかりで、前妻にはたくさん苦労をかけたという内柴氏。今は新たな妻と1歳の子供がいて、地元で家族と一緒にいる時間を大事に過ごすようになったという。ただ、40代にして“異業種中の異業種”ともいえる銭湯での社会人デビューは、苦労の連続だった。「『いらっしゃいませ』と言う経験がなかったので、自分にできるのか不安でした。あとは、損得勘定も一から勉強して。一から学ぶのが大変だったんですけど、新しいことができるようになるのは楽しいですね」 仕事における師範は、社長と本店のマネージャーだ。ボイラー技士2級と危険物取扱者の資格も取得。モーターなど機械の不具合があれば分解し、まずは自分で直せないか試みる。「一生懸命修理して、次の日の朝、自動運転でお湯が湯舟に入っていく姿を見ると、感動するんです。それこそ、柔道時代に苦労していた減量に成功した時と同じくらい嬉しい。普通に働くことのすばらしさを実感しています」 働きぶりが認められ、現在は八代店の店長として1店舗を切り盛り。売り上げを計算し、スタッフのシフトを作り、人が足りないところには自分が入り、機械が壊れれば修理もする。いわば何でも屋だ。 内柴氏の方向転換には、家族の反対もあった。「妻をはじめ家族は今でも、僕には『柔道にこだわって、いけるところまでいってほしい』と言ってくれるんです。銭湯に就職する時には全く違う分野だったので、なんで?と残念がられて。指導者として柔道に関わってほしいというのはひしひしと感じます」 それでも銭湯で働くことを選んだことには、こんな思いがある。「今は自分で働いて力をつけていく時期。生活の基盤さえしっかり作って誰にも文句言われないぐらいしっかり仕事を頑張れば、だんだんと社会に受け入れてもらえるようになる。環境は、自分の頑張り次第で作っていけると信じてやっています」 そんな内柴氏は、東京五輪で活躍する後輩たちをどう見たのか。五輪開催前の6月末、60キロ級で金メダルを獲得した高藤直寿選手から「五輪、是が非でも取りたいので相談させてもらってもいいですか」と連絡を受けた。「1度会って30分ほどのスパーリングをし、組んでみて感じたことをアドバイスしました。例えば、待っている時間が長いように見受けられたので『得意技があるのはわかるけど、自分からプレッシャーをかけて試合全体の流れを自分から作ったほうがいいかもよ』といったことです。あとは、1度タイトルを取るとコーチから『チャンピオンなんだから』と、アドバイスをもらう機会は少なくなりがち。僕自身も孤独になった経験をしました。そこで、コーチに自分がどういう練習をしたいかを伝え、試合の時にコーチにかけてもらう言葉の内容まで、自分から提案するようにしていたんです。そうした自分の経験を伝えました」 高藤選手の戦いがどうしても気になってしまった内柴氏は、五輪への心の壁はありつつも、テレビをつけて観戦した。画面越しの高藤選手は、決勝戦で台湾の楊勇緯選手との延長戦を粘り強く戦い抜き、60キロ級で今大会第1号となる金メダルに輝いた。「高藤選手の活躍が、僕の五輪への拒絶心、壁のようなものを払しょくさせてくれました。おかげで今大会は、本当に五輪を楽しむことができています。五輪経験者でタイトルを取った僕が五輪を楽しまなかったらどうするんだという気持ちになれたんです」 今は仕事に励みつつ、グラップリングルールを採用した(打撃を禁止とし、投げや関節、絞め技などの組み技のみ有効とする)格闘技イベント「QUINTET」に出場しながら、グラップリングと柔術の経験を積んでいる。柔術は、始めて3年で茶帯だ。「柔術とグラップリングに関しては、素人に毛の生えたようなもの。柔道では相手の心の中が見えることもありましたが、柔術とグラップリングに関しては、一手先・二手先までしかわからない。でも、柔道で学んだ教わり上手は生きています」 才能のある次世代選手が次々と輩出される柔道界。柔道に対して未練はないのだろうか。「もちろん柔道はやりたいですが、僕が表に出ると目立ってしまいます……。今は週に1度、地元の大学生に教えるくらいです。日本では難しいので、もしも柔道を諦めきれなくなったら、もしかしたらまた海外に行ってしまうかもしれないですが、それは0・2%の可能性の話。メダリストにとって、現役引退後は日本の柔道トップ選手を育てるのも一つの夢かもしれないですが、今は仕事を頑張りつつ、新しく始めた柔術・グラップリング、それに柔道の3競技で、地元の方々と関わりたいという目標にシフトチェンジしました」 当初は自分が社会に出ることを許すだろうかという葛藤があった内柴氏だが、今では地元の支えを感じている。「QUINTETに出るようになってから、顔なじみのお風呂の常連さんが応援してくれますし、店舗スタッフのみんなが僕のトレーニングの時間を作るためにシフトを融通してくれることもあります。店舗の一角で練習しているんですが、そこに柔術のジムの先生や、大学の柔道部の学生などが集まってくれて、一緒に汗を流してくれます。地元の支えがなければ、僕は立ち直れていなかったと思います。阿部一二三選手がチャンピオンになって感謝の言葉を述べていましたが、僕も熊本県の皆さんやいろんな方々に本当に感謝して、一日一日を過ごさせてもらっています」 地元の支えもあって、かつての金メダリストは第二の人生を歩み始めている。五輪の後輩たちの活躍は、そんな彼の活力源になっているようだ。(取材・文=AERA dot.編集部・飯塚大和)

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    陰謀論を信じる母に悩む28歳女性に、鴻上尚史が明かした「カルト宗教にハマった友人の洗脳を解いた」過去

     SNSを通じて陰謀論に傾倒するようになった母を心配する28歳女性。母を説得しても効果がなく「正直、負担」と悩む相談者に、鴻上尚史が語る「カルト宗教を信じる友人を洗脳から解いた」その後。【相談113】母が1年ほど前から、SNSを通じて陰謀論の世界に入りこみ始めました(28歳 女性 じーこ) 私の悩みは、母(50代前半)が陰謀論に傾倒していることです。 母は1年ほど前から、SNSを通じて陰謀論の世界に入りこみ始めました。人の思想はそれぞれなので、陰謀論を信じること自体を否定しているわけではありません。 ただ「今まで教わってきたことはすべて嘘だった」と言ったりして、世の中の現在や過去の出来事を陰謀論に結び付けている意見を疑いもせず信じているように見えます。そして、それはとても危険なことだと私は考えています。物事を批判的な目で見て、自分で考えるきっかけになっているのであれば良いのですが、そうではないので。このままだと将来、今より年齢を重ねたときに何かトラブルに巻き込まれてしまうのではと心配しています。 母は現在、私の父(50代前半)と2人で暮らしています。フルタイムで長年働いていましたが、数年前に仕事を辞め現在は専業主婦です。子供3人(私、弟2人)は全員独立しています。私や弟たちに陰謀論者から得た情報をメールで伝え、気を付けるように促してきます。母としては、親心から子供たちに正しい(と考える)情報を伝えようとしているのだと思いますが、私と弟たちはそのような状況にある母を心配しています。 父は、仕事がシフト制のため母と生活リズムが合わないこともありますが、会話自体も少ないようです。父は母の行動に対して特段何か言っている様子はありません。 私は、母親が陰謀論に傾倒し始めたのは時間が有り余っていることと、なんらかの孤独を感じているからだと思います。スマートフォンでSNSを見ながら過ごしているようで、そこから陰謀論の情報を得ています。仕事を辞め、自由な時間がたくさんある中で、特に周囲に友達もおらず父とも会話が少ない。かつ、母は元々外に出るのを億劫がるところがありましたが、このコロナ禍で拍車がかかり、現在では自宅の庭に出ることすら躊躇う日もあると話していました。このままでは、長期的に見たときに、体力が低下し健康面でも不安があります。父の仕事がシフト制になったのも1年ほど前で、様々な要因が合わさって現在のような状況になっていると思います。 私は実家から新幹線を利用する距離に住んでいるため、母とは電話やメールで連絡を取り合っています。母と電話するときには出来るだけ話を聞き、母の意見を否定しないようにしています。その上で、矛盾点があるときは疑問を投げかけるなど、「物事を知ることは大切だけど、過剰になると良くないからほどほどにね」と出来るだけ間接的に母に陰謀論を客観的に捉えてもらえるように促していますが、現状効果はありません。毎回電話が1時間に及び、延々と陰謀論の話を聞き続けるのは正直、負担です。 話が脱線しますが、私が小学校低学年のときに母がとある新興宗教の信者をしていました。当時幼かった私は、母にその宗教の集まりに連れていかれ、なぜか分からないけども、その集会には行きたくなかったことを覚えています。 父が激怒した結果、母は集まりに行くのをやめました。 母のとある宗教への信仰と今回の件は、似ていると思います。信仰がある人を貶めているわけではなく、母が何か一つの意見へ傾倒しやすい性質があるのではないかと思うからです。 直接的に私や家族が諭しても、母は否定されていると思い意固地になりそうですし、このままにしていても悪化する一方だと思います。批判的思考や論理的思考を知ってもらう為に母に本を贈ることも考えましたが、母は本や漫画を読まないことを思い出し、やめました。 根本的な解決方法ではありませんが、母が自分のことで忙しくなれば陰謀論に接する時間が減ると思います。しかし、母は前述の通り引きこもりがちであり、パートであっても仕事を始める様子はなさそうです。 また父に対しても、母の夫としてなぜ何もしないのかと不信感を抱きます。 きょうだいで早くこの状況を何とかしないと、と話し合っていますが、効果的な解決方法を見出せずにいます。 鴻上さん、どうしたら良いでしょうか。【鴻上さんの答え】 じーこさん。本当に大変ですね。コロナ禍の不安な世の中で、じーこさんと同じ悩みを抱えている人は増えているんじゃないかと思います。「母のとある宗教への信仰と今回の件は、似ていると思います」と書かれていますが、僕はずっと陰謀論とカルト宗教に「ハマる」人は似ていると思っています。 そして、だからこそ、じーこさんの相談に、うまくアドバイスできるだろうかと心配しています。 僕は昔、友人を奪おうとするカルト宗教と戦ったことがありました。 僕が大学生の時は、カルト宗教と名乗らず、一般的なふりをしたサークルが大学にはありました。 映画を鑑賞して話し合うとか、ハイキングに出かけてレクリエーションを楽しむ、なんていうサークルです。そして、徐々に親しくなって、少しずつ「真理に興味ある?」「世界の本当の姿を知りたくない?」「本当の幸福について考えたことある?」と誘導していくのです。 やがて気がつくと、カルト宗教独自の世界観にどっぷりとハマって、この世界は間違いだらけで、でも人々は本当の姿に気付いてないと思い込むようになります。 そして、「真実」を知った自分は、一刻も早く多くの人々に伝えなければいけないと信じるようになるのです。 ね、じーこさん。陰謀論を信じる人ととても似ていると思いませんか? カルト宗教にハマる根本の原因は淋しさや不安で、それは陰謀論も同じだと僕は思っています。 そして、さらにのめり込む理由は、「使命感」と「充実感」です。 自分だけが知っている真理を世界の人々に伝えなければいけないという「使命感」と、活動を続けることで信者・仲間を獲得するなど、なんらかの手応えによる「充実感」が、カルト宗教と陰謀論を信じ続ける動機だと僕は思っているのです。 自分だけが知っている「世界の真実」を他人に語る時、「使命感」と「充実感」を感じ、ずっと苦しめられていた淋しさや不安、空しさは消えていきます。 ですから、冷静な論理的説得は意味がないのです。 僕は、カルト宗教にハマった友人に、必死で調べた「教義の論理的矛盾」や「教祖のスキャンダル」「集められた金の行方」を話しましたが、友人を説得することはできませんでした。 カルト宗教の側から、いくらでも説明(というかごまかし)が語られたからです。 陰謀論も同じです。どんな言い方をしても、陰謀論側から反論が生まれます。 最終的には、フェイクニュースをでっちあげればいいのですから、どんな論理的説得も論破できるのです。 カルト宗教も陰謀論も、論理的に説得しようとすることは、それを信じている人の不安と淋しさを増幅させるだけだと僕は思っています。結果的に信仰を強化することにはなっても、洗脳が解ける可能性は少ないでしょう。 カルト宗教から脱会させる一般的な方法は、まずは、カルト宗教と具体的に距離を取ることです。 カルト宗教に友人を奪われそうになった時、まず、僕がしたのは、友人を具体的に宗教団体から離すことでした。 カルト宗教側は、団体から離れることのマイナス面を熟知していますから、なんとかして信者を取り戻そうとします。団体で共に生活している限り、「使命感」と「充実感」を与えることができると確信しているからです。 ここが、陰謀論との違いです。 陰謀論がやっかいなのは、カルト宗教のように、「教会本部」という「離れる場所」が明確ではないことです。 じーこさんが書かれるように、SNSを通じて、いつでも信者はアクセス可能なのです。 ただし、カルト宗教と違って、陰謀論の場合は、陰謀論から離れようとする人を見つけ出し、連れ戻そうとする激しい動きは基本的にはない、と言っていいでしょう。 ただし、陰謀論を信じる人達が集まり、集団を作り、共に活動を始めてしまうと、カルト宗教と同じになります。 SNSでつながるだけではなく、現実の世界でも共に活動するようになると、陰謀論の世界から離れるのは、とても難しいんじゃないかと危惧します。 アメリカで議事堂を襲撃した人達の中には、ネットで出会い、現実でもつながったグループが多かったはずです。 そもそも、カルト宗教も陰謀論も、「充実感」を獲得するためには、「他人」が絶対に必要になります。 ハマればハマるほど、信じれば信じるほど、他人に熱心に「独特の世界観」を説きます。 それは、心のどこかに「独特の世界観」に対する「一抹の不安」があるからじゃないかと、僕は考えています。 どんなに陰謀論・カルト宗教の世界観を信じていても、心の深い部分で「本当にそうだろうか?」「あまりにも一方的すぎないだろうか?」という疑問が微細な泡のように浮かぶからこそ、必死に他人に教えを説くことで、泡の一つ一つを潰しているんじゃないかと感じるのです。 それは多くの場合、無意識の行為かもしれません。 でも、はっきりしているのは、熱心な信者になればなるほど、「伝えたい誰か」を強く求めるということです。 逆に言えば、「伝えたい誰か」が存在しなければ、熱心な信者であり続けることは難しいのです。 じーこさんのお母さんが、「毎回1時間の電話」をするのは、そうすることで自らの「信仰」を強化していると考えられるのです。 じーこさんや弟たちが、やがて長時間の電話に疲れてお母さんの話を聞かなくなったとしたら、お母さんは「充実感」を得るために、話せる「他人」を求めるでしょう。 陰謀論にハマることの問題点は、これです。アメリカの場合のような陰謀論グループに属していれば、仲間でお互いの「信仰」を検証し合いますが(だからこそ、自分の信仰を証明するために、暴力的な行動に出たりするのですが)、SNSで陰謀論を知り、現実では他人とつながっていない場合は、話せる「他人」を求めるようになります。 結果として、「独自の世界観」に驚いた近所の人達や昔の友達、つまり「世間」を失っていきます。 ただし、ここで陰謀論そのものを疑い始めるという可能性はあります。周りのあまりの反応の無さや無関心に、「陰謀論を信じることで、かえって淋しさや不安が増大すること」に気付く場合です。 ですが、反対の結果になることの方が多いかもしれません。「世間」を失っても挫けず、「社会」の人達、つまり、自分とはまったく関係のない人達に話し始めるという可能性です。SNSで発信を続けたり、何らかの運動に参加したり、戸別訪問を始める場合です。 じーこさん。ここから僕は厳しいことを書かないといけません。 カルト宗教にハマった友人を奪還するために、僕は徹底的に付き添いました。女性の友人でしたが、ハマった動機が淋しさや不安だと感じたからこそ、友人が淋しさや不安を感じないように、常に一緒にいようとしたのです。 カルト宗教の人達からは逃げ続けました。アパートに押しかけられたり、待ち伏せされたりすることを避けるために、友人に引っ越しを勧め、手伝いました。カルト宗教の人達と出会わないために、間一髪で、窓から逃げたこともありました。 そして、友人を安心させ、安定した気持ちになった時に、あらためて「教義の矛盾」を語りました。ゆっくり、ゆっくりと、僕がおかしいと思うことを話しました。 冷静な説得ではなく、温かい説得を続けたのです。 一週間ぐらいして、友人は話している最中、突然、号泣しました。それが、洗脳が解けた瞬間でした。論理的な説得が効いたのではないと感じました。ただ、僕といる温もりが最後の扉を開けたと感じました。 そして、友人は、カルト宗教ではなく、僕に依存するようになりました。僕達は話し合い、友人は東京近郊の親戚の家に住むことになりました。友人はそこから生活を立て直すことができました。 大学生だったから、ここまで友人とつきあえたのですが、正直に言うと、僕は疲れ切っていました。数カ月間、かなりの時間を友人に使っていたからです。 それからしばらくして、別な友人がまたカルト宗教にハマりました。 でも、僕はその時は、演劇を始めていて、忙しい日々を送っていました。 大切な友人でしたが、とても忙しくて、その友人の「不安と淋しさ」を埋める時間はありませんでした。 僕は一人の人生を救うためには、もう一人の人生が必要なんだと思いました。片手間ではカルト宗教とは戦えない。戦うなら、僕の人生全体を使う必要がある。 でも、僕には僕の人生があって、僕はこの友人のために自分の人生は使えない。それが、当時の僕の結論でした。 じーこさん。こんなことを書いてごめんなさい。でも、お母さんを陰謀論から抜け出させるためには、お母さんの不安や淋しさを丸ごと引き受ける必要があるだろうと僕は思っているのです。 それがどれほど大変なことか。あらためて書くまでもないでしょう。じーこさんや弟たち、父親の人生全体が問われるのです。 でも、陰謀論はそれぐらい手ごわい相手だと僕は思っているのです。 できる限り、家族全体で母親の「不安と淋しさ」を分担して引き受けるという方法があるかもしれません。 長電話をやめて、簡潔に対応するようにして、母親の変化を定期的に見るという方法もあるでしょう。「世間」を失うことで陰謀論から戻るのか。さらに進むのか。 ちなみに、僕が対応できなかった別な友人は、最後の最後、カルト宗教が用意したイベントに参加する直前、踏みとどまりました。そのイベントは、友人の人生そのものを決めるイベントでした。彼女はカルト宗教と引き換えに、自分の「世間」をすべて失うことを拒否したのです。 じーこさん。僕がアドバイスできるのはここまでです。じーこさんにはじーこさんの、弟たちには弟たちの、父には父の人生があると思います。その中で、どれだけの時間とエネルギーをお母さんに使えるかは、それぞれの人が決めることだと思っているからです。 じーこさん。切なくて苦しくて本当につらい戦いだと思いますが、心から応援します。■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    初代バチェラー・久保裕丈、薄暗い倉庫で地道に作業…新ビジネスは儲け薄?

     かつての起業家が「意思ある投資家」として、次世代の起業家を育てる。そんな循環の中心にいる人々に迫る短期集中連載。第1シリーズの第4回は、家具や家電を定額で貸し出す「CLAS(クラス)」代表取締役で、「初代バチェラー」でもある久保裕丈(40)だ。AERA 2021年9月13日号の記事の1回目。 *  *  * 「日本一、薔薇(ばら)とシャンパンが似合う起業家」に会うため、東京都江東区新砂に向かった。  東京湾を埋め立てた広大な土地には倉庫や工場がずらりと並ぶ。アマゾンや楽天といったネット通販が急伸し、倉庫の増加も凄(すさ)まじい。シンガポールの物流系企業GLPが運営する「新砂2号棟」もその一つだ。  8月上旬のよく晴れた朝。まだ9時というのに外は猛烈な暑さだ。貨物用の巨大なエレベーターを5階で降りると、天井まで届きそうなラックにソファや椅子や冷蔵庫や洗濯機がうずたかく積まれている。その裏ではヒューンという機械音が鳴り響き、何かを削っているようだ。倉庫内は30度を超す。事務机が並ぶ一角では業務用の巨大な扇風機がうなりを上げている。 「おはようございます。早くからすみません。昼になると、ここの暑さはちょっとヤバいんで」 ■初代バチェラーに抜擢  その男が現れた瞬間、薄暗い倉庫の中でその場所だけがパッと明るくなった。扇風機が運んでくる潮風を顔に受け、長い髪を軽くかき上げる。明らかに「見られること」を職業とする人の所作だった。非常階段の向こうに見えるヨットハーバーの方がはるかに似つかわしい。  久保裕丈(40)。家具や家電を「月額いくら」で貸すサブスクリプションサービスを手がける「CLAS(クラス)」を2018年に立ち上げた創業社長だ。動画配信サービス「Amazonプライム・ビデオ」の恋愛リアリティーショー「バチェラー・ジャパン」の初代バチェラー(独身男性)と紹介した方が分かりやすいかもしれない。  この番組は社会的地位を確立した才色兼備の独身の元に集まった25人の異性が、2カ月にわたって非日常的な空間でゴージャスなデートを繰り返し、誰がバチェラーの心を射止めるかを競う。毎回のデートの最後にある「ローズセレモニー」で、薔薇を渡された異性だけが次の回に進める。02年に米国で配信が始まるや大ヒットとなり、日本でも17年から同じフォーマットの番組が作られることになった。  久保は女性たちと華麗なデートを繰り広げ、毎回、最後に「薔薇を渡せなくてごめんなさい」と数人を振り落とす。大抵の女性は目に涙を浮かべ、時には「ほんと見る目ないですね」と捨てぜりふを残して去っていく。ある意味つらい立場である。タレントやモデルなどさまざまな経歴を持つ女性たちが「結婚したい!」と夢中になるには、誰もが納得するスペックを備えていなくてはならない。 ■東大卒のハイスペック  久保は東京大学大学院を出て米系コンサル会社A.T.カーニーに入った。12年には女性向け通販サイト「MUSE&Co.(ミューズコー)」を設立。その後売却し、CLASを立ち上げた。バチェラーの出演時点で社会的地位が確立していたかどうかはさておき、冒頭に書いた通り「イケメン」であり、趣味のキックボクシングで体も鍛え上げられている。ため息が出るようなハイスペックだ。  番組に登場した久保はタキシードやスーツに身を包み、クルーザーやプライベートジェットの前に颯爽(さっそう)と現れた。番組の外に出ても、彼にふさわしい場所といえば、六本木ヒルズや東京ミッドタウン、あるいは西麻布や南青山の瀟洒(しょうしゃ)なマンションにあるオフィスが思い浮かぶ。しかし実際に彼がいるのは、薄暗くて埃(ほこり)っぽい倉庫の中。そのギャップに戸惑った。  久保が今、夢中になっているビジネスも、驚くほど地味である。サブスクと横文字で書けば今風だが、その実態は泥臭い。  利用者は月440~数千円で家具や家電製品を借りられる。料金には配送料、設置料、保険料も含まれていて、季節や好みに合わせて衣替えをするように家具や家電を取り換えられる。 「所有」するのは面倒だが「利用」はしたい。カーシェアやシェアオフィスと同じ種類のサービスだ。家や車を持つのが成功の証しで、ローンに追いまくられたのが筆者らバブル世代。だが子供たちは物を持たず、ローンも組まず軽やかに生きる。 「『暮らす』を自由に、軽やかに」。CLASのビジョンは、そんな若者世代の価値観を見事に捉えている。  だが、サービスを提供する作業は至って地道だ。センスのいい家具や家電を見つけて仕入れる。倉庫に戻ってきた製品は新品同然に修繕し、新たな借り手が現れれば、すぐに送り届ける。手間がかかる割に儲(もう)けは薄い。  なぜ久保ほどの「ハイスペックな男」が、地道なビジネスを喜々としてやっているのか。その謎を解くには、久保の生い立ちまでさかのぼる必要がある。 (敬称略)(ジャーナリスト・大西康之) ※AERA 2021年9月13日号より抜粋

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    菅義偉とは何者だったのか 望月衣塑子記者が語る「権力に酔って、権力に負けた」悲しき首相の最後

     まさに、逃げるような退任劇だった。菅義偉首相の自民党総裁選不出馬が報じられた3日、13時からの囲み取材では「総裁選よりもコロナ対策に専念する」とだけ語り、記者の相次ぐ質問を振り切った。この1年の菅政権とは一体何だったのか。ほぼ何も説明もせず、首相の座を放り出した菅氏とは、結局、どのような人物だったのか。官房長官時代から「天敵」として菅氏を鋭く追求してきた東京新聞の望月衣塑子記者に聞いた。*  *  *――急転直下の辞任劇でした。内閣支持率が危険水域に入り、「菅おろし」の声も大きくなってはいましたが、総裁選直前にこのような形で辞任するとは想定外でした。どう受け止めましたか。 世論の逆風が吹く中で総裁選モードに突入しましたが、途中までは実に菅さんらしいやり方だったと思っていました。 8月30日に下村博文政調会長に対して「(総裁選に)立候補するなら政調会長を辞任しろ」と迫り、出馬を断念させました。さらに岸田文雄前政調会長が出馬を正式表明し、「党役員を刷新する」と明言した途端に、力技で二階俊博幹事長を交代させる方針を打ち出し、総裁選の「争点隠し」を図りました。そして総裁選前に党役員人事を行って解散総選挙に打って出るという「禁じ手」のようなことまで模索していた。 どんな状況でも、人事権を行使して、なりふり構わずに自分の権力を最大限に見せるよう執着している姿は、いかにも菅さんらしいと感じていました。 ただ、リークも含めて解散総選挙の腹案がマスコミに漏れ、自民党内部から想像以上の反発が上がったあたりから、今までとは様相が違ってきました。すぐに菅さんは「今は解散できる状況ではない」と火消しに走り、小泉進次郎環境相と5日連続で会談して意見を仰ぐなど、迷走の度合いを深めているように見えました。 この状況下で、小泉さんしか進言してくれる人がいないのかと不思議に思いましたし、そうだとしたら相当な“菅離れ”が進んでいると感じました。しかし表面上は強気の姿勢を貫いていたので、総裁選から降りるという選択をしたのは驚きました。よほど、助け舟がなかったか、安倍晋三前首相や麻生太郎財務相らの「菅おろし」の圧力がすさまじかったのだろうと察します。――菅首相といえば「勝負師」「ケンカ師」などとも呼ばれ、負け戦でも勝負に出る性格であると言われています。過去の政局でも“賭け”に出たこともありますし、東京五輪開催の判断について「俺は勝負したんだ」と発言したとの報道もありました。今回はなぜ勝負に出なかったと思いますか。 選挙を戦う自民党議員にとっては、ここまで世論の支持を失っている菅さんは、「選挙の顔にはならない」というのが一致した見解だったのではないかと思います。 その一方で、ほとんど脅しに近い形で下村さんの立候補をとりやめさせたあたりから、菅さんの圧力のかけ方は常軌を逸していきました。 これまで霞ケ関の官僚たちは人事権を握られ、言う事を聞かざるを得なかったのでしょうが、自民党議員に同じことをしても、理解は得られません。周囲に圧力をかけすぎた結果、「いいかげんにしろ」と与党内での反発が広がり、菅さんを引きずり降ろそうとする圧力が想像以上に働きました。 辞任を受けて、涙していた小泉さんも「解散をしたら自民党が終わる」と菅さんに迫っていたわけで、ある意味、慕っている側近たちからも、権力維持に固執し、解散の可能性を探る菅さんに「NO」が出されていたわけです。 結果、自らの策に溺れた感がありました。外堀を埋められて自分でやれることがほとんどなくなってしまった。解散権が封じられてしまい、頼みの党役員人事も受け手が見つからずに相当難航していたようです。人事権を行使しようとしても状況を変えられない、人を従わせられないという状況は菅さんにとって相当つらかったと思います。それこそが、菅さんの権力の源泉だったわけですから。 さらに、自身の選挙区である神奈川2区でも野党候補優勢という情報が永田町で出回っているなかで、このまま解散総選挙に突っ走り、政権交代でも起こったら、政治家生命が絶たれかねないという恐怖もあったかもしれません。そんなことになるくらいなら、選挙の「顔」からは降りて総裁選を盛り上げれば、少なくとも与党には恨まれず、野党にはダメージを与えられる。自民党を政権与党として存続させるために「身を引いた」政治家として評価される可能性があると思ったのかもしれません。 いずれにせよ、人事権を行使しても状況を変えられないと悟った以上、もう自分を強くは見せられないと判断したのだと思います。――結局、菅義偉という政治家はどのような人だったと思いますか。 菅さんは権力を維持するために人事を操り、頂点まで上り詰めた人です。でも、その権力が無力化すると、予想以上に弱かった。権力に酔っていた政治家が、最後は権力に負けたということだと思います。 裏で参謀として権力を振るうことにはたけていても、日本をどうしたいのかという国家観を語れず、コロナ禍で浮き彫りになったのは、ワクチン一本打法で、市民の命を犠牲にし、五輪利権に血眼になっている菅さんの姿でした。 記者会見では、相変わらずかみ合わない質疑が続きました。そこから市民の命と健康を預かっているという覚悟は感じられませんでした。菅さんの語る言葉には、市民を思う魂が込められておらず、これほど言葉に重みがない政治家はいなかったと思います。 今、国民のためにやるべきことは、臨時国会を開いてコロナ対策の議論をすることです。それしかありません。外交的には、総裁選の最中、アフガンでの救出作戦も体制を立て直さなければいけない。当初退避予定者は、JICAや大使館の関係者含めて総勢500人と言われていましたが、日本が救出できたのは、わずか1人です。総裁選に明け暮れている裏で、多くのアフガニスタン人の命が現在もなお危険にさらされ続けているのです。 国会でもこの問題は何よりもまず議論されなければならないはずですが、菅さんは、野党から追及されるのは、選挙で不利になるからと国会を開く気配さえない。アフガンに関しても興味を示さず、五輪開催のときと同じでまさに人命軽視の政治が繰り広げられました。 こうした姿を見せられ続けた結果、菅さんがやっている政治は単なる政権維持の手段であって、市民のための政治ではなかったのだとはっきりわかってしまった。裏方の官房長官時代には、わかりづらかった菅さんの政治家としての本質的な姿勢が、首相として表に出てきてから、より鮮明にはっきりと浮かび上がってしまいました。  そして最後は、菅さんの周りからは人が次々といなくなり、市民の心も離れていった。結局は、市民のために尽くす思いがない人が政治家、ましてや首相などやってはいけなかったということに尽きると思います。 これから次の総裁選に向けての新たなレースが展開されます。忘れてはならないのは、首相を目指す人は、権力のトップに立つことを目的とせず、日本や世界に住む人々の命を預かる仕事をするのだ、という当たり前の覚悟を誰よりも深めるべきだと思います。(構成=AERA dot.編集部・作田裕史)

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    手越祐也に単独インタビュー「テレビ無料でもでますよ」

     2020年6月にジャニーズ事務所を退所後、YouTuberやミュージシャンとして活躍する元NEWSの手越祐也(33)。ジャニーズ事務所退所の記者会見と同時にスタートしたYouTube「手越祐也チャンネル」は、現在、登録者数が162万人の人気チャンネルに成長。ソロアーティストとしての音楽活動も本格的に始動し、今年8月には、6カ月連続となるデジタル・シングル・リリースの第2弾「ARE U READY」の配信がスタートした。その手越がAERA dot.の取材に応じ、退所後の1年間、テレビに対する思い、今後について語った。 *  *  *――独立から1年。振り返って、ジャニーズ事務所退所の判断は正しかった?100%、正しかったと言い切れます。あのタイミングしかなかったと思います。――昨年10月のインタビューでは「エンターテイナーになりたい」とお話しされました。その気持ちは変わっていませんか?同じです。もう、やりたいことがめちゃくちゃたくさんあって、今後がものすごく楽しみです。経営者として会社を大きくしたいですし、表現者として応援してくれる方たちを笑顔にしたい。そして日本の芸能界をキラキラした夢のある世界にしたいというのが最大の目標です。――以前よりも発言が個人よりも全体を俯かんしたものになっている気がします。独立前から芸能界だけの付き合いだけじゃなく、他業種の人との交友関係を大切にしてきました。彼らは5年後、10年後の未来を見据えて話をするので、何を話しているのかわからなかったこともありましたが、しだいに自分にとって刺激的な関係になっていきました。そうした時間を共有するなかで、「このままだとエンタメは世界に取り残される」という危機感を感じるようになり、それから自分自身ことを客観的に見つめたり、芸能界の行く末を考えたり、日本だけではなく世界を視野に入れた見方をするようになったんです。――芸能界を変えるために「裏方」に徹することも考えていますか? そもそも僕は目立つために芸能界に入っているので(笑)。だから表から退くことはありません。ステージに立つことは最高に幸せなことだし、YouTubeも楽しいし、ずっと笑っていられているので。――独立前はテレビの世界で大活躍でした。独立後はほとんど出演していません。なぜでしょうか?いろいろと事情があるんだと思います(笑)。独立してから、民放キー局からのオファーはありません。もちろんオファーがあれば出演して全力を尽くしますが、一方でこの1年間テレビに出ていなくても経営という面では全く問題はない。だから出演料が厳しいという事情があったりしたら無料でも出ますよ。 ――大手事務所から独立した芸能人の受け皿になるという考えはありますか?もちろん考えています。でも、僕がエンターテイナーであることは変わりませんので、表舞台から退くことはありません。だから両方やります。受け皿としてやるのであれば必ずタレントファーストにしたい。事務所があるからタレントは儲かるのではなく、タレントがいるから事務所は儲かるというのが大前提になります。金銭面についても方針についても事務所が原因でタレントが悩んでいるという事例が多い。僕だったらタレントが事務所を辞めなくてよいくらいの自由と収入を与える。それが事務所にとっての利益に繋がる。そういう面ではYouTuberと事務所との関係性に近いと思います。――YouTubeに「手越祐也チャンネル」を開設して1年が経ちました。YouTubeは、あいかわらず楽しくやっています。ただ、僕は純粋なYouTuberではないので、視聴回数や収益を稼ぐことが最重要事項になることはありません。僕やスタッフ、そして視聴者が楽しんでくれることが最優先です。そうした方針のもと、これからは音楽活動にも力を入れていきます。一番の持ち味であるボーカルや音楽の部分をもっと見たいと思ってくれているファンはいますし、そのほうが満足度の高いチャンネルになると思います。――今後について教えてください。独立して、今までできたことができなくなったこともあれば、その逆もあります。比較すると、差し伸べてくれる手は独立前よりも多い。そこには足元を見る人もいるので見極めは必要ですが、「こんな世界があるんだ」と新発見がいっぱいある。7月7日から始まった6カ月連続のシングル曲のリリースが大きな音楽活動のスタートになる。「みなさんの前で歌いたい」という気持ちはものすごくあるし、やりたい。コロナでなかなか難しい状況ではありますが、年内には生で歌う手越をみなさんにお見せしたいと考えています。この1年は僕だけでなく応援してくれているファンにとても怒涛の1年でした。本当に感謝しかありません。本当に頭が上がりません。ここまで信じて僕と付き合ってくれるんだから、たぶん一生離れられない関係になれたと思います。そういう人たちのためにも、そして自分自身のためにも刺激的な活動を続けていきます。(AERAdot.編集部) ■この動画の記事を読む

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    東京五輪、天皇陛下はJOCの「誤訳」をさり気なく訂正 開会宣言に垣間見えた元首の器

     コロナ禍で国民に寄り添い、「祝う」を「記念」に変えたことで注目された天皇陛下の東京五輪の開会宣言。実は、気づく人はほとんどいなかったが、陛下はJOCの誤訳を、人目につかぬよう訂正していたのだ。平成の天皇陛下の侍従として、記者会見の英訳を担当していた多賀敏行元チュニジア大使が、令和の天皇が見せた「元首の器」を語る。 *  *  * 東京五輪の開会式のあと、天皇陛下の宣言とJOCが五輪憲章で公表する和訳を見比べていた元チュニジア大使の多賀敏行・大阪学院大学教授は、あることに気づいた。「7月23日に天皇陛下が述べた開会式の宣言は、JOCの誤訳を、さり気なく訂正なさっている」 そもそも開会宣言は、仏語と英語でかかれた五輪憲章の原文に明記されている。日本オリンピック委員会(JOC)によって和訳された宣言文を、開催国の元首が読み上げることになっている。東京五輪の開会式では、次のとおり宣言文を読み上げた。「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します」 コロナ禍に配慮した天皇陛下が、規定文の「祝う」を「記念」に変えたことだけが注目された。実は、天皇陛下は、重要な「誤訳」を訂正していたのだ。 JOCが公表する「五輪憲章2020年版・英和対訳」を見てみよう。「わたしは、第(オリンピアードの番号) 回近代オリンピアードを祝い、(開催地名)オリンピック競技大会の開会を宣言します」 何が違うのか。多賀教授の解説によると、天皇陛下の実際の宣言では、天皇である「私」の行為は、「宣言する」のみだ。一方、JOCの和訳では、「私」は、「祝う」ことと「宣言する」という二つの行為をしていることになる。ちなみに、「オリンピアード」とはオリンピックが始まるべき年から4年間の期間を意味する。宣言に登場する第32回は、2020年から23年までの4年間のことだ。「コロナ禍に配慮して、『記念する』という言葉を使われたことに注目が集まりました。しかし、もうひとつ重要なことは、文の構造を取り違えた重大な誤訳について、騒ぎにならないよう、さり気なく訂正されているという点です」 原文とそれを訳したJOCの日本語版を詳しく比較してみよう。「『祝う』という動詞に注目しましょう。ここでは何が何を祝っているのでしょうか。JOCの日本語版では、天皇陛下である『私』が『第32回オリンピアード』を祝っていることになります」(多賀教授) 多賀教授が注目するのは、英文のこの部分だ。<……..the games of Tokyo celebrating the 32nd Olympiad…………> つまり、「東京大会」が「第32回オリンピアード」を祝っているのは一目瞭然だ。 JOCの和訳のように、天皇陛下である「私」が「オリンピアードを祝っている」わけではないのだ。 多賀教授は、このことは五輪憲章の仏語版を見れば疑問の余地はない、と話す。というのも、五輪憲章の規則22付属細則3は、仏語版が優先される旨を記しているからだ。《オリンピック憲章およびその他の IOC 文書で、フランス語版と英語版のテキスト内容に相違がある場合は、フランス語版が優先する。ただし、書面による異なる定めがある場合はその限りではない》 仏語版の宣言文を見てみよう。《Je proclame ouverts les Jeux de… (nom de l’hôte) célébrant la… (numéro de l’Olympiade) Olympiade des temps modernes.》 多賀教授は、「私」が主語で、「オリンピアードを祝っている」のならば、「gérondif」を使って「en célébrant」としなければならない、と分析する。しかし、上記のように仏語版では前置詞の「en」 が無く、ただの「célébrant」になっている。 このcelebrant が、直前の東京大会(les Jeux deTokyo)を修飾していることは明らかである、と指摘する。 わかりやすいように、7月23日の開会式の実際に陛下が口にした宣言をもう一度、確認してみよう。天皇陛下は、「祝う」を「記念する」に変えて、次のように述べた。「私は、ここに、第32回近代オリンピアードを記念する、東京大会の開会を宣言します。」  やはり、「この記念する」、が修飾するのは、「東京大会」だ。 AERAdot.編集部は、「五輪憲章2020年版・英和対訳」に掲載された宣言文における、誤訳の可能性について、JOCに問い合わせた。すると広報からは、メールでこんな返事が返ってきた。<お問合せいただきましたオリンピック憲章の件につきまして下記のとおりご回答いたします。 第18回オリンピック競技大会(1964/東京)公式報告書によりますと開会宣言として「第18回近代オリンピアードを祝い、ここにオリンピック東京大会の開会を宣言します。」 とあります。従って、我々は、オリンピック憲章においてもこの和訳を使用しております。 以上、何卒宜しくお願い致します。 日本オリンピック委員会広報部 > 多賀教授は、英語学習についての著書を何冊も執筆している。そして、日本オリンピック委員会(JOC)の回答についてこう話す。「JOCのスタッフに、英語に専門的に習熟した人が居ないのでしょう。この和訳は、高校レベルの英文法ですし、英検2級の合格者でも理解できる人はいると思います。何より、ここで問題にしているのは、 celebratingという、現在分詞の主語は何かという点です。昭和天皇が宣言していたから問題ありません――というロジックで切り抜けようという思惑であれば、あまりにお粗末です。こうして丹念に英仏日の宣言文を比較、検証してみると、64年の東京五輪では、昭和天皇に誤った翻訳の宣言文を読み上げさせてしまった、ということになります」 多賀教授は、平成5年から8年まで当時、天皇だった上皇さまの侍従として仕えていた。当時、天皇であった上皇さまの記者会見を、御用掛を務めていたアイルランド人の学者と一緒に、英語に翻訳するのも仕事だった。多賀教授は、上皇ご夫妻はもちろん、いまの天皇陛下も言語に対する感性が鋭敏だと話す。  「天皇や皇族方は、ご自身の言葉を最適な表現に翻訳して伝えることの重要性を何より、理解なさっている方々でした」 多賀教授が思い出すのは、言語に対する感覚の鋭敏さを表す次のようなエピソードだ。 皇太子時代に執筆した『テムズとともにー英国の二年間-』(学習院教養新書)。そのなかで、オックスフォード大学への留学中に、テニスの試合における得点の数えかたについて興味を持ったエピソードが登場する。たとえば、15対0のとき、英語で「fifteen  love」と表現する。0をなぜ「love」と呼ぶのか。好奇心を持った徳仁皇太子が、英国人の指導教官にたずねると、フランス語の「œuf(卵)」から来ていることが分かった。「0(ゼロ)」の形をした卵から、ゼロを表現したことを突き止めたのだ。「œuf(卵)]に定冠詞が付くとl’oeufになり、発音はloveに近づく。「その謎解きの過程を語られる筆致がユーモアにあふれ、とても楽しかったのを思い出しました。私がバンクーバー総領事を務めていたころ、徳仁皇太子がお立ち寄りになったことがありました。著書に書かれていた、卵とゼロの話題をしたところ、皇太子殿下も喜んでおられました」 平成の時代、明仁天皇は、ご自身の記者会見の内容が、迅速に正しい英語に翻訳されて発表されることを願っていた。侍従を務めていた多賀教授らの翻訳作業は、深夜に及ぶことも多かった。「翻訳作業は、陛下のご発言の一文一文をきめ細かく分析し、正確な英語表現を複数考えて最適の解を探してゆかねばならないからです」(多賀教授) ある晩、人の気配を感じてふと、顔を上げると、すぐ目の前に明仁天皇が、ほほ笑みながら立っていたという。「どうですか」 翻訳と格闘していた御用掛にこうたずねた。 記者会見で発言した日本語が、どのような英文になっていくのか、ご興味があったのだろう。同時に、それにもまして、夜遅く自分のために仕事をしてくれる人たちをねぎらいたい、そんなお気持ちが強かったのだと思う、と多賀教授は振り返る。 ひるがえって、令和の天皇陛下はコロナ禍で開かれた五輪の開会宣言では、国民の思いに寄り添う形で、「祝う」という言葉をさけた。 さらに宣言文の「誤訳」について、多賀教授はこう推し量る。「五輪憲章の『誤訳』の件で誰かが傷ついたり、責任を問われることのないように、というのが陛下の一番の願いであったと思います。そうしたなかでも正しい日本語として宣言できるよう、人目につかないように、ひっそりと訂正なさったのだと思います」(AERAdot.編集部 永井貴子)

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    セレブ妻・吉瀬美智子が離婚 3年前に明かしていた「寝室」での出来事【上半期ベスト10】

     2021年も上半期が過ぎた。そこで、AERA dot.で読まれた記事ベスト10を振り返る。 2位は「セレブ妻・吉瀬美智子が離婚 3年前に明かしていた「寝室」での出来事」(4月7日配信)だった。(※肩書年齢等は配信時のまま)*  *  * 女優の吉瀬美智子(46)が7日、所属事務所の公式サイトおよび自身のツイッターを通じて、10歳年上の一般人男性と離婚したことを発表した。2010年のクリスマス結婚から11年目、セレブ妻だったはずの吉瀬が離婚を選択した理由とは――。「まさか、夫のいびきが原因ではないでしょうけど、ホントに離婚するとは驚きました」 そう話すのは、ある女性誌記者だ。 吉瀬といえば、ファッション誌『Domani』(小学館)の専属モデルとして人気となり、2003年から『噂の!東京マガジン』(TBS系)でアシスタントを務めるなどして、テレビでも活動を始めた。女優としても活躍し、10年にドラマ『ハガネの女』(テレビ朝日系)で連続ドラマ初主演。また、『ライアーゲーム』(フジテレビ系)や『ブラッディ・マンデイ』(TBS系)、『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』(フジテレビ系)など数々の人気ドラマにも出演した。抜群のスタイルと美貌に加え、どこかミステリアスな雰囲気は女優としても独特の存在感を放っていた。 プライベートでは、10年12月に10歳年上の一般人男性と35歳で結婚。夫は一般人であることから、名前や写真は公表されず、ブログで「日本及び海外で色々なお仕事を手掛けている方です」とだけ明かしていた。子宝にも恵まれ、13年7月に長女、16年10月に次女を出産した。 順風満帆に思われた結婚生活だったが、18年、吉瀬はテレビのトーク番組で、夫のいびきがうるさくて寝室を別々にしていると、意外な「夫婦問題」を告白していた。「『何度、顔に枕を押し付けようとしたことか』と、真剣に悩んでいたようです。吉瀬は、いびきが原因で仕事にも影響が出てうまくいかなくなり、離婚するくらいなら、別々で寝た方がいいということで寝室を別々にしたそうですが、ちょうどその前後から、かなり仕事を入れ始めました」(同前) 夫は10代で渡仏し、帰国後23歳で空間プロデュースやコンサルで起業したやり手の実業家だ。1994年から飲食業にも参入し、チャイニーズレストランや人気ラーメン店などを手掛けており、かなりの経済力がある「セレブ」だった。「吉瀬と結婚する前、夫はハイクオリティーのすし店、焼鳥店、和食店、ラウンジなどをいくつも手掛けていました。それらのお店はミシュランの星を獲得したり、会員制だったり、なかなか予約のとれないお店ばかりです。2人はそうしたお店で知人を介して知り合い、夫は吉瀬に猛アタックしたと聞いています」(飲食関係者) 交際から約5年、人気女優だった吉瀬は「女優としての自分もサポートしてくれるし、生涯のパートナーとして共に歩んでいきたい」(女性誌記者)として結婚。その後、子どもが生まれると少し仕事はセーブしつつも、セレブ妻、母としても活躍していった。「結婚当初からセレブ婚と報じられ、インスタグラムなどでは自宅での子どもたちとの楽しそうな様子を披露していました。写真に写る家具や器などは、どれも高価なものばかりでしたね。しかも、仲のいいママ友は井川遥、篠原涼子、板谷由夏、長谷川京子といった華麗なる面々。ドラマ、CMにも引っ張りだこで、誰もがうらやむセレブ妻でした」(スポーツ紙記者) 子どもへの教育にも熱心だったという。「子どもたちのお受験なども井川や長谷川などと密に情報交換していましたし、仕事も順調。夫婦仲に問題があるといえば、『いびき』だったのか?と思うぐらい、ちょっと驚く離婚ですね」(女性誌記者) 吉瀬は離婚に至った経緯について、「話し合った結果、今後は別々の道を歩んでいく結論に至りました」 とだけコメントしている。 セレブな夫、優雅な生活、かわいい娘たち……誰もがうらやむ結婚生活をスパっと終わらせた吉瀬の行動は、ミステリアスですらある。それもまた、女優・吉瀬美智子の生き方なのかもしれない。(上本貴子)

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