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    トニセン坂本昌行・長野博・井ノ原快彦が「先輩から学んだこと」

     1995年の結成から昨年11月の解散まで、V6として26年間を駆け抜けた坂本昌行、長野博、井ノ原快彦の3人が、「20th Century(トニセン)」としての活動を本格的に再スタートさせた。5月23日に配信がスタートした新曲「夢の島セレナーデ」は、井ノ原主演のドラマ「特捜9 season5」の主題歌としても話題を呼んでいる。「後輩や今の時代とどう向き合うか」を考えるようになったという3人が、先輩から学んだものや、後輩に伝えたいことを語った。 ■井ノ原快彦「中居くんはすごく近い存在だった」 ――先輩から学んだことは? いっぱいありますよ。先輩たちがすごいのは、こうしろとかああしろって言わないの。「俺はこうしてるんだー」って言い方をされたから。あと、お客さんに挨拶をちゃんとしなさい、お客さんを大事にしなさいって言ってくれてたなと。ありがたかったですね。 少年隊も光GENJIもかわいがってくれたし、SMAPは、僕が苦労しているのを見てけっこうプッシュしてくれてたなあ。中居(正広)くんはすごく近い存在だったし。メンバーのみんなが忙しければ、振り付けを覚えて、「ミュージックステーション」のリハーサルに代わりに出たり。日の目は見ないんだけど、「全部完璧に覚えてきたんだ、すげえな、頑張れよ」って言ってくれたし、いじってもくれました。恩がありますね。 ――後輩に伝えたいことは? 何かを伝えなければ、みたいなのはほんとゼロで(笑)。本当に、時代が違うから。でも、僕が困ったなって思うことは言うようにしてるかな? 正直に言ってあげることが、愛だと思うんで。例えば、僕の話を聞こうとしてくれるのはうれしいんだけど、全部、はい、はい、はい、だと、あ、ごめん、しゃべりづらいわ、って(笑)。聞く態勢として、え?とか、おー!とか、5パターン用意してもらえると、無駄にならないから、って(笑)。 ■長野 博「少年隊にはいろいろ教えていただいた」 ――先輩から学んだことは? 少年隊にはいろいろ教えていただきました。作品を作っていくうえでの姿勢や進め方、現場での先輩としての立ち姿とか。現場で見てきて、すごく勉強になりましたね。 ――「極めしモノ」など食に関する番組に多数出演され、後輩とも仕事をされていますが、印象に残っていることは? 「この子、こういう趣味持ってたんだ」とか、「こういうの好きなんだ」とか、それぞれが違った感覚を持っているのが、僕にとっては新鮮。例えば、ファンのみんなは知っていると思うけど、中山優馬は魚をさばくのが好きみたいで。別の番組で実際にさばいているのを見て、「本当に好きなんだなぁ」と思いましたね。 ――主演ミュージカル「Forever Plaid」では交通事故死した登場人物たちが一晩だけ戻ってきてショーをします。同じ状況になったら何を? 周囲の人に会いに行く。伝えておかなくちゃいけないこととか伝える。業務連絡もあるだろうし。現実的ですけど(笑)。 ――今後の夢や目標は? そんなにないんですよね(笑)。この仕事をちゃんと続けていけるのはすごく幸せなことだと思うし、これからも様々なことを吸収して、人に出会っていきたいという願望はありますけどね。 ■坂本昌行「東山さんの言葉で、頑張ってる人を見るように」 ――先輩から学んだことは? 二十歳くらいのとき、付き人をしていた東山(紀之)さんに「頑張ってれば人は必ず見てくれてるから」って言われました。その言葉を聞いて、「文句言う前にもう1個やってみよう。そこでダメだったら意見として伝えよう」って冷静になれた。頑張ってる人を見るようにもなれたので、視野も広がりましたね。 ――6月から、主演ミュージカル「THE BOY FROM OZ Supported by JACCS」が始まります。一昨年コロナで中止になっていた舞台ですが、特別な意気込みは? 「よーし、やってやろうぜ!」っていうよりは、キープしていた気持ちをスタートさせる感じです。ミュージカルは長いことやらせてもらってますが、稽古は毎回緊張しますよ。自分の表現ができなくてもがく時間が来るのかって考えると、行きたくないなと思うことも。でも、もがいた先に開き直って、何かが出てくる。自分自身に「もうやったよね」って言えるくらいまでやらないと後悔するんです。 ――プライベートで最近始めたこと 最近、初めてバーベキューをしました。同級生がそれぞれのコネクションを使って持ってきた食材がまあすごくて。ホタテ、アワビは当たり前。串に刺さったウナギや肝まで出てきて、これ最高だな……!と。今だからできる、大人な遊び方でした。 (取材・構成/本誌・大谷百合絵、唐澤俊介、伏見美雪) インタビューの続き>>前編【「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る】※週刊朝日  2022年5月27日号 ■20th Century/トゥエンティース・センチュリー 通称「トニセン」。2021年11月に解散したV6のメンバーのうち年長の3人である坂本昌行(1971年、東京都生まれ)、長野博(1972年、神奈川県生まれ)、井ノ原快彦(1976年、東京都生まれ)からなるグループ。新曲「夢の島セレナーデ」が、各種ダウンロードサイト、音楽ストリーミングサービスで配信中。3人が出演するロケバラエティー「トニセンロード~とりあえず行ってみよ~」は毎月第2・第4金曜日、スカパー!で配信中。

    週刊朝日

    8時間前

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    いつも「会話泥棒」されてしまうと悩む54歳女性に鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法

     いつでも「会話泥棒」をされてしまう、と悩む54歳女性。母との関係が影響しているのかと惑う相談者に、鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法。 【相談145】会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。どうしたら自分の話を聞いてもらえるでしょうか(54歳 女性 ことり)  わたしの悩みは自分の話を聞いてもらえないことです。  自分の話をしているのに相手の話になってしまう事は誰でもあるかと思います。  例えば「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」と自分が言ったとします。相手は「そうなんだ! わたしもこないだ体調悪くて病院行ったんだよね。頭がすごく痛くてさ……」と、相手の話になってしまうのです。いわゆる会話泥棒というやつです。  わたしは会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。頻度が高すぎて、自分の話を充分聞いてもらったと満足した事がありません。  会話泥棒されると、またかと諦めてしまって相手の話を聞く側に回ってしまうせいもあると思います。 「体調がどんな風に悪かったのか」「病院で何と言われたのか」  など、相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します。しかし相手はしてくれず自分の話ばかりします。  最近は諦めて、相手の話を聞かず(質問しないで)相手の話が途切れたら自分の話をするようにしています。でもそうすると話が広がらないんですよね。  人に相談すると、「聞き上手でいいじゃない」と言われますが、わたしは人の話を聞くために生きてるわけではありません。たまには自分の話を満足いくまで聞いてもらいたいのです。  思い返せば、自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのではと思います。母にはちゃんと話を聞いて欲しいと伝えた事がありますが、わたしが望むような聞き方をしてくれません。わたしが上司にパワハラを受けて相談しても、自分の習い事の先生に似たような事をされた話をされました(その場で「わたしの話を聞いてください」と言いました)。  以前自分の話ばかりする人が相談されていましたが、その人が羨ましいです。その人の話を聞いてくれる相手がいて。  わたしはこのまま自分の話を聞いてもらえた、という満足感なしで生きていかなければならないのでしょうか。どうしたら自分の話を聞いてもらえるのでしょうか。 【鴻上さんの答え】 ことりさん。「会話泥棒」という表現、僕は初めて知りました。そんな言い方があるんですね。  ことりさんは素敵な人だと思いますよ。それは、「相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します」と書かれているからです。  会話はキャッチボールだから楽しいんですよね。相手の言葉を受けて、投げ返して、また相手が返してくる。ただ、相手が一方的に投げてるだけで、こっちはボールを受けるだけだと何も楽しくないですよね。 「会話泥棒」されない一番確実な方法は、「面白い球を投げる」ことです。「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」ではなく「昨日体調が悪くて病院に行ったら、病院がコンビニになってた」です。これなら、たいていの人は「どういうこと!?」と聞いてくれます。  でも、話芸のプロでない限り、いつもいつも面白い話ができるとは限りません。  ちなみに僕は「うむ。これは誰が聞いても面白いと思うぞ」という話だけ他人にすることにしています。逆に言うと「身辺雑記」みたいな「なんでもない話」は、友達相手でもほとんどしないようにしています。しないで心の中で自分につぶやきます。僕自身、なんでもない話を振られても困ってしまうからです。「昨日、洗濯したんだ」「朝からダルいんだ」なんて言われても「そうですか」としか言えないのです。  でも、関心のある相手なら別ですね。好きだったり、興味があると「朝からダルいんだ」と言われたら、「どうしたの?」とか「働き過ぎ?」と聞きますね。  でも、もし相手が僕に関心がないと、僕が「朝からダルいんだ」と言っても、相手は困るだろうなと思っています。だから、よっぽどの相手以外には、自分からはこのレベルの話はしないのです。  でも一般的には、こういう「なんでもない話をちゃんとキャッチボールできる関係」が、本当の友達関係だと思います。  でね、ことりさん。きつい言い方ですが、ことりさんの話を「会話泥棒」する人は、ことりさんになんの関心もなく、ただ「自分の話を言いたい」つまり「発散したい」だけの人だと思います。友人のふりをしていますが、友人じゃないんですね。 「話が広がらないこと」を悲しむことりさんは、ちゃんと「キャッチボールしようという意識」がある人です。でも、自分にしか関心がない人にはそういう意識もないので、いくら話を振っても話題は広がりません。  目的は、キャッチボールではなく、発散だからです。自分の球を投げ続けて「あー、すっきりした」と思う人です。そういう人は、ことりさんのキャッチボール相手には向かないと思います。「自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのでは」と書かれていますが、これはちょっと意味が分かりません。母の呪いなら分かりますが、そんなこともないでしょう。  ですからことりさんが「会話泥棒」されない方法としては、「とびっきり面白い話をする」か「友達を選ぶ」じゃないかと思います。  ことりさんの周りに、キャッチボールの意識がある人がいれば素敵だし、「あなたの話をちゃんと聞くから、私の話も聞いてね」とか「今日は私の話をちゃんと聞いて。昨日は、あなたの話をちゃんと聞いたでしょう」というような言い方が通じる人を見つけるのです(または通じるように粘り強く会話するのです)。やがて、そういう人がキャッチボールの面白さを感じてくれれば、楽しい会話が続くようになると思います。だって、発散の楽しさより、キャッチボールの楽しさの方が間違いなく大きいのです。楽しい方を選ぶのが人間なんですから。ことりさんにぴったりの「キャッチボール相手」が見つかるように願っています。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る

     1995年の結成から昨年11月の解散まで、V6として26年間を駆け抜けた坂本昌行、長野博、井ノ原快彦の3人が、「20th Century(トニセン)」としての活動を本格的に再スタートさせた。5月23日に配信がスタートした新曲「夢の島セレナーデ」は、井ノ原主演のドラマ「特捜9 season5」の主題歌としても話題を呼んでいる。新たな門出を迎えた3人が、“6人の変わらぬ絆”と“3人で目指すもの”を語った。 *  *  * ──「夢の島セレナーデ」が「特捜9」の主題歌に決まったときの気持ちは? 長野 実は、改めて「決まりました!」っていう感じではなくて……。 井ノ原 そういう流れもあるっていう話は出てたんです。V6として16年間主題歌をやってたから、いきなりちがう人に変わるとその人もつらいじゃない?(笑) プロデューサーたちにも「今までの声はそのままにしたい」って言ってもらえたので、トニセンで歌うことになりました。でも決まるまでは二人とも、「井ノ原一人でやったほうが面白いよー」ってすごい言ってきて(笑)。 坂本 聴く側として驚きがあると思ったので。それに井ノ原の声も歌い方も知ってるので、明るめでもそうじゃない曲でも絶対このドラマにしっくりくるなって。 長野 でも3人で歌えて、結果よかったよね。 井ノ原 僕はずっと3人がいいなって思ってたけどね! ──楽曲提供は、井ノ原さんの友人でもあるサニーデイ・サービスの曽我部恵一さんです。 井ノ原 曽我部くんとは僕だけじゃなくてみんな、20年以上の付き合い。岡田(准一)と2人で歌う曲(2000年「恋のメロディ」)も作ってもらったし、V6の解散のときはメールをくれたりして。  今回、今いいと思う曲を歌いたい、本当に僕たちのことを思ってくれる人と一緒にやりたいねって話して。いろんな人に曲を作ってもらったんですけど、今歌うなら曽我部くんだよ、絶対、ってなったんです。  あと、シンプルにいきたかったから、音数が少ないもので、「木曜日からも頑張れる曲を」ってお願いしました。放送日の水曜日は週の真ん中だから「あー、あと半分あるのか」って思うでしょ?(笑)  曽我部くんが、「トニセンが新しい門出を歌うなら」って作ってくれたものを聴いて、思いが強い、力がある曲だなあって、3人で意見が一致しました。 ■後輩や今の時代とどう向き合うか ──歌詞には「もがきながらも変わっていこう」というフレーズが。キャリアを重ねた今もなお、このような思いが? 長野 舞台とか番組の企画とか、新しい仕事は毎回そういう感覚です。やっぱりもがかないと新しいことを生み出せない。でも、いやなことやってたら苦しいけど、そういうわけではない。楽しもうとする気持ちが大事なのかなと思います。 井ノ原 このパートは坂本くんに歌ってほしかったの。後輩や今の時代とどう向き合うかっていう、50代の人たちの思いを代弁しているという意味でも似合うと思って。 坂本 40代後半くらいから、僕のまわりにいる人が笑顔でいてほしいってずっと思ってて。いやな現場を見て、「なんかさみしいな。俺は違うやり方で進んでいこう」って思ったからかな。  現場で僕が眉寄せて腕組んでいたら誰も笑わないですよね。だから明るい雰囲気に持っていったり、早い段階で自分をさらけ出したり。僕は人見知りなので、一人ひとりと距離を詰めていくと時間がなくなっちゃう。だったら初めから「俺人見知りなんでお願いしまーす!」って言って自由になっちゃうのが、自分なりのコミュニケーションの取り方です。 ■V6があったからトニセンが存在する ──V6の6人でいるときとトニセンの3人でいるときの感覚はちがう? 坂本 6人でいたり3人でいたりって、それぞれの立ち位置があるので、おのずとそこにいることになります。 長野 そうだね、それぞれ役割は変わってくるので、それを求められたときの自分という感じです。 井ノ原 今までは坂本くんと長野くんがいい意味でずーっと同じところにいてくれたからV6が保たれていたけど、これからはどんどん変わっていいと思ってます。トニセンの新しい活動にはまだ色がないし、何をやっても自由だし。  僕は友達に「いっつも走ってますね」って言われるくらい“動”なので、ガンガン切り込み隊長で行くから、二人には頑張れ頑張れって言ってほしい(笑)。  ただ、これは誤解してほしくないんですけど、3人になって伸び伸びやってるってことじゃなくて、気持ちとしては6人ずっとつながっています。 ──トニセンとして、V6から引き継ぐものや変えていくものはある? 坂本 何かを引き継いだり切り捨てたりということはないです。V6は後半、年にCD1枚出すか出さないかだったし、集まる回数もすごく少なかったけど、阿吽の呼吸で続けてきた。あの26年間、僕らは走り切ったっていう自負があって、その次へ進んでいくっていうふうに見てます。 長野 V6っていうグループがあったからトニセンは存在します。初めに3人でデビューってなってたら、今みたいな関係性や雰囲気にはなってないと思う。 井ノ原 V6の活動があったからそう思うのかもしれないんですけど、これだけ長くやってくると、自分たちの作品は、その場のほんとの空気感が出るものを残していきたいなって。V6のときも作ってはいなかったけど、「こっちのほうがファンの人たちがうれしいだろうから」「喜んでくれたらそれでいいよね」っていうのはあったので。  今はファンのみんなが「余生は好きなことだけやってください、私たちはそれを見てるのが好きだから」って言ってくれてる気が、勝手にしていて(笑)。それは裏切れないから、楽しくないことはしちゃダメだと思ってます。  でも、好きなように生きるって一人じゃできないし、培ってきたものが後になって効いてくる。僕らの姿は、「ここまで頑張ったら自分の好きなように生きていいんだよ」っていう、後輩たちへのメッセージになるのかなとも思います。  (インタビュー構成・取材/本誌・大谷百合絵、取材/本誌・唐澤俊介、伏見美雪) ※週刊朝日  2022年5月27日号 【後編 トニセン坂本昌行・長野博・井ノ原快彦が「先輩から学んだこと」】に続く ■20th Century/トゥエンティース・センチュリー 通称「トニセン」。2021年11月に解散したV6のメンバーのうち年長の3人である坂本昌行(1971年、東京都生まれ)、長野博(1972年、神奈川県生まれ)、井ノ原快彦(1976年、東京都生まれ)からなるグループ。新曲「夢の島セレナーデ」が、各種ダウンロードサイト、音楽ストリーミングサービスで配信中。3人が出演するロケバラエティー「トニセンロード~とりあえず行ってみよ~」は毎月第2・第4金曜日、スカパー!で配信中

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    10時間前

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    ヤクルト内川聖一ここまで出番なし 同じ“アラフォー2人”と対照的に苦しい立場に

     ヤクルトの内川聖一に出番が回ってこない状況が続いている。同じ“アラフォー”である先発左腕の石川雅規、外野手の青木宣親はチームに欠かせない存在となっているのとは対照的だ。球史に残る安打製造機はこのままバットを置いてしまうのだろうか……。 「DeNA戦の雨天中止は大きい。(仮に内川が今年で引退したら)最後に神宮で古巣との対戦が実現できる可能性が出てきた。シーズン終盤、満員御礼になってテレビ中継も数字が期待できそう。そこでヤクルトが優勝争いに絡んでいれば最高です」(在京テレビ局スポーツ担当者)  4月29日から神宮で予定されていたヤクルトとDeNAの連戦は3試合中2試合が雨天中止となった。コロナ禍の中ではあるが、観客の人数制限などが解除され迎えたゴールデンウィーク。書き入れ時の水入りに本来は頭が痛いところだが、関係各所からはこんな声が聞こえてきた。  打撃技術は天才とも称される内川だがここ数年は苦しんでいる。ソフトバンクでの最後のシーズンとなった2020年には二軍で3割を超える打率を残したが、キャリアで初めて一軍での出場なくシーズンが終了。昨シーズンはヤクルトに移籍して再起を誓ったが、一軍では38試合で打率.208と低迷し、日本一となったチームの中で存在感を示すことができなかった。  今季もここまで一軍での出場はないが、08年の横浜時代に右打者としてはシーズン最高となる打率.378で首位打者を獲得し、2000本安打も達成した39歳の“レジェンド”は技術的にはまだまだできる余力を残しているはずだ。 「ミート力など技術的な部分の問題はない。年齢的な衰えや視力の低下も心配されるが、ある程度は技術でカバーできる。出場機会が与えられないことが問題。メンタル部分の波があることが知られているので、一軍のベンチに入れにくい部分もあるのかもしれない」(在京球団編成担当者) 「二軍戦には継続的に出場して打率(.270)も悪くはない。コンディションは良さそうですが一軍に呼ばれる気配はない。高津臣吾監督は調子の良い若手を起用するため、誰もが必死にやっている。チーム一丸の姿勢が首位争いにつながっている中、無理して内川を呼ぶ必要はないのでしょう」(ヤクルト担当記者)  対照的に40歳を超えても試合に出場し続け、チームで貴重な存在となっているのが石川、青木という2人の大ベテランだ。  石川は42歳で迎えた今季も開幕からローテーションを守っている。3度目の先発となった4月23日の阪神戦(神宮)ではシーズン初勝利を挙げ、通算の勝利数を178まで伸ばした。大卒の新人として入団してから21年連続で勝利でマークし、通算200勝という大記録も見えてきた。 「一般人と変わらない体格(身長167cm、体重73kg)でここまでやっているのがすごい。とにかく練習熱心で研究を怠らない。練習から戻ってくるのも最後の時が多く記者などは待ちくたびれる人もいる。投手だけでなく野手にも貪欲に質問して取り入れられるものを探している。実績あるベテランなのに若手に対して偉そうな態度を取ることがないのもすごい」(ヤクルト球団関係者)  不惑の40歳を迎えた青木も存在感は変わらない。打撃は開幕から調子が上がらず打率2割を切ることもあったが、少しずつ持ち返してきた。4月30日のDeNA戦(神宮)ではNPB通算1500試合出場を達成し、レジェンドに相応しい勲章がまた1つ加わった。 「淡々と準備をして試合に臨む姿には、学ぶところも多いです。尊敬するイチロー選手もそうでしたが達観した域にたどり着いたように見える。自身の調子が悪くチームの雰囲気も下がり気味の時に丸刈りにするなど、自分からネタになって盛り上げたりもしてくれる。野球の技術はもちろん、そういう姿勢がチームに好影響を与えています」(ヤクルト球団関係者)  若きエース奥川恭伸が上半身のコンディション不良で離脱し、復帰時期が未定。来日2年目の助っ人サンタナは開幕から好調を維持していたが、左半月板のクリーニング手術のため長期離脱となった。投打の主力が相次いで離脱する非常事態が起こったが石川、青木の踏ん張りがチームを支えている。本来なら内川もこの中に入らなければいけないはずの選手だが……。 「内川の実績も2人(石川、青木)に負けていない。本人のモチベーション次第ではプレー以外でもできることもあるはず。仮に今季限りだったとしても惜しまれながら注目を浴びた状態で最後まで走り抜けて欲しい」(在京テレビ局スポーツ担当者)  両リーグでの首位打者だけでなく、侍ジャパンの一員として世界一にも貢献。日本球界で一時代を築いた名選手であることに間違いはない。しかし現役晩年は苦しむ姿が目立つようになった。だが、華々しい引き際を見せ、記録と記憶の両方に残る選手になって欲しい。そのためには野球選手として、ここからのプレーや振る舞いには大いに注目したい。時代は変わり40歳という年齢でも一線でプレーできるような時代にもなった。内川の天才的打撃をまだ見たいというファンは多いはずだ。

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    誰にもAV被害は見えていなかった? 20年前の自分の無関心に私は苦しんだ 北原みのり

    作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、AV被害について。 *   *  * 「女性向けのポルノ」を創ってみたい。  そう思い立ち、「エロ本」会社で8カ月ほどアルバイトしたことがある。1990年代半ばの頃だ。結論から言えば、「女性向けポルノ」に関わることはできず、男性向けのAV情報誌の編集部で編集見習いの仕事をしていただけの日々だったが、この時期に私は「AV女優」と呼ばれる女性たちに数多く出会った。  私の仕事はAVメーカーを訪ねて「今月の新人女優」の情報をもらうこと、グラビア撮影現場でのありとあらゆる雑用に走ること、AVのレビューを書くこと……などだったが、慣れてくるとAV女優のインタビューに同行させてもらうこともあった。  当時の私は、AV女優は「性の表現者」だと思っていた。若い女がそう信じ込むだけの時代的文脈はそろっていたと思う。文化人と呼ばれる男性たちがこぞってAVを「カルチャー」として語りたがっていたし、テレビではAV女優がもてはやされていた。中には積極的に性を語る言葉を持ち、自己プロデュースに長けているAV女優もいた。陰毛や性器へのモザイクはかつてないほど薄くなっていき、「性表現の解放」なんてこともマジメに謳われていた。  なにより大学院で性教育を学び、フェミニズムを勉強し、女性が性を自由に主体的に楽しめるものになればいい……と考えていたフェミニストの私は、AVに出てくる人を尊敬していた。「性を表現したい人がAV女優になる」と信じていたのだ。  もちろん、現実はそういう「思い込み」を簡単に裏切るものである。1年にも満たない見習いの仕事のあいだ、私は笑っているAV女優に会ったことがなかった。「なぜAV女優になったんですか?」と聞くと黙り込む女性たちも珍しくなかった。丸1日かかるグラビアの現場で、一言も言葉を発しない女性もいた。私の短い経験を普遍化するつもりはないが、「性の表現者」という「イメージ」が壊れるのは本当に早かったことを思い出す。  それでも私は彼女たちを「被害者」とは捉えなかった。何らかの事情があってこの業界に入った女性たちなのだと、深く考えることもなく、もちろん「事情」をたずねることもなく、毎月何十人と「輩出」する「新人」女性たちの裸の写真を整理し、彼女たちの裸体を、男の欲望の枠組みの定型に当てはまるように「表現」することが、エロ本編集者の仕事だった。  そんなふうに「淡々」と振る舞えたのは、その数年前から「セックスワーク論」が日本にも紹介されはじめていたことも大きい。性産業で働いている人を支援の対象として見るのではなく、仕事を主体的に選んだ女性、自らの身体を性的に行使する女性と見るべきだという、セックス=ワークという考えが「新しいフェミニズム」のように紹介された頃である。私は編集という仕事をする、彼女たちは性の表現の仕事をしている、その関係に加害も被害もない……そんなふうに私は考えを整理していた。  何より、私は仕事を楽しんでもいた。編集部には同世代の女性が多くいて、毎日、女友だちに会いに行くような感覚で出勤していた。しかもAV産業の潤いぶりは、一介のアルバイトにもかなりきらめいて見えていた。ただのアルバイトだというのに、社員旅行で海外に連れていってもらったこともある。ちょうど、紙媒体がデジタルに移行しようとしている時で、編集部には一番高いグレードのAppleコンピューターがドンッと導入されていた。仕事のできないアルバイトでも、十分なお給料をもらえていた。そう、女優たちがいない「現場」の空気は、明るく、軽く、かなり潤っていた。「被害」があるかもしれないなんてこと、私には全く想像ができなかった。たぶん、誰にも見えていなかった。  それでもあの編集部での仕事は、女として生きていると見えない世界があることを強く思い知る体験になった。この国では考えられないほどの数のAVが毎日毎日毎日つくられていること。AV女優として「商品化」されていく女性たちが溢れるように毎日毎日毎日「つくられている」こと。「女性の裸」で暮らしている人々が無数にいること。裏産業というには、あまりにも巨大な産業であること。そしてこの産業は、より過激に、より若い女を、より美人な女を、より胸の大きな女を……とありとあらゆる欲望を膨らませ走らせることでしか生きられない、激しい競争社会であるということ。  その数年後、私は自分でセックストイのお店を始め、自分のお店でもAVを売り始めた。男性向けエロ本で紹介していた「若くキレイなAV女優」のものではなく、当時売り出しはじめていた女性監督による「性表現」作品を選んでいた。内容も吟味し、女性が主体的に描かれているAVを探していた。私にとって、「AV」に「加害性」があるとすれば、幼児虐待や、犯罪行為をリアルに表現するようなものがフツーに売られていることだった。100人くらいの男優に精液を顔にふりかけられるような表現や、何十本もの電マをあてられ痛がる姿が記録されるような暴力的なAVがフツーに出回っている異常さが、日本のAVの問題だと考えていた。  それが一気に変わったのは、2015年にAV出演を契約後に断った女性が業者から訴えられた裁判が大きく報道されたことだ。この女性は、支援団体につながり裁判に勝つことができたが、これを機に、「自由意思」とされてきたAV出演には、甚大な被害があることがものすごい勢いで明らかになっていったのだ。毎日のように「AV強要被害」の記事が大手メディアを賑わすこともあった。これまで安心して見られていた娯楽に被害者がいるのかもしれない、という事実に社会は衝撃を受けたのだ。  私はその頃から支援者の方々とつながるようになったが、現場で聞こえてくるAVの被害とは、弱小の悪質なメーカーによる特殊な例ではなかった。被害を被害と捉えられないで長い間生きてきた末、激しいPTSDに苦しみ、「あれは性暴力だった」と気づく人もいた。誰もが知る大手メーカーからの被害を訴える人もいた。有名監督からの被害を訴える人もいた。女性向けの作品と言われているものでの被害を訴える人もいた。驚いたのは、私がエロ本会社でアルバイトしていた90年代に受けた被害を訴える人も決して少なくなかったことだ。  20代のあの編集部で「生き生き」と働いていた自分のことを思い出す。  あの時も、被害者はいたのだ。私が出会った女性たちの中に、今も苦しんでいる人がいるかもしれないという想像は、かなり私を苦しめることになった。自分のお店では日本のAVの販売はやめ、しばらくアメリカとヨーロッパのものだけを売る……というようなこともしていたが、結局、今はもう一切売らないと決めた。「需要をつくる」ことがAVを再生産させる力になってしまう事実に向き合わなければと思った。  ああ、なんて想像力がなかったのだろう。「被害などない」と思い込んでいた90年代の自分を振り返る。「誰にもAV被害は見えていなかった」と書いたが、それは事実ではない。あの時も、「AVには被害者がいる」「性産業で働く女性たちには支援が必要だ」と声をあげていた女性たちはいたからだ。そしてそういう女性たちを、「AVも見たことない、現実を知らない、性に道徳的なオバサン」とバカにするような空気があったのだ。「そういう女性たちこそが、フェミニズムの敵だ」みたいな扇動をする声もあったのだ。結局私は「どちらの声」も真剣に聞かず、女性のプレジャーを楽しもう! と、「モノ」を売る仕事を始めたわけだけれど、20年以上経って、過去の自分の無関心さに苦しめられるような思いになっている。あの時、声をあげていた女性たちの真剣に、私もようやく近づけるようになった。 「性産業に巻き込まれる女性には支援が必要だ」と声をあげる女性たちの多くは、被害の声を聴いてきたソーシャルワーカーだった。激しい搾取の末、生きることに疲れきった若い女性たちを見てきた女性たちだった。そういう「当事者の声」を聞いてきた女性たちの声を、なぜこの社会は軽視してしまうのだろう。声をあげられない当事者の声を、どうしたら聞けるのか、なぜもっと真剣に考えられなかったのだろう。なぜ、何十年もずっと、同じ所に私たちは立っているのだろう。  AV新法をめぐり、様々な議論がわきあがっている。どんな現実を見ているかによって、この法案をどう受け取るかはまるで変わってくるだろう。そんな時にこそ、想像力を働かせるべきだと思う。「わからない」と思考停止するのではなくて、痛みの声を必死に訴える人たちの声を聴いていけば、正解が見つかるのではないか。そんなふうに考え、最も声にならない声を聴く力を信じたいと思う。

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    12時間前

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    井ノ原快彦、主演ドラマ「特捜9」の「最終回はキャストと脚本家とみんなで考えて」…?

     人気刑事ドラマ「特捜9」。「警視庁捜査一課9係」シリーズの続編で、合わせて放送17年を迎える長寿番組だ。2006年当初からずっとV6が担当してきた主題歌を、今シーズンからトニセンこと20th Centuryが受け継いだ。トニセンのメンバーであり、主演を務める井ノ原快彦が、ドラマや主題歌の“舞台裏”を明かしてくれた。 「ドラマのメンバーもみんな、この曲いいねって言ってくれて」。そう語ってくれたのは、ドラマ「特捜9」の主役・浅輪直樹を演じ、20th Centuryのメンバーとして主題歌「夢の島セレナーデ」を歌う井ノ原快彦。「だからみんなで、エンディングを作ろうよって言って。ドラマって、昔はエンディングの映像があったじゃないですか。最近少なくなってしまったけど、毎回見ちゃうエンディングを作りたいなって。『夢の島セレナーデ』の、曲の力が引っ張ってくれましたね」  放送第3回から流れている、登場人物をつないでいくような、絆を感じさせるエンディングは、「吹越(満/青柳靖役)さんと、iPad駆使して、こうやって撮ってよ、って言って」できあがったという。「曲がまた、違って聴こえるんじゃないかなって感じています」 ■「特捜9」では「自分が本当に自分らしくいられる」  ところで、「特捜9」の会見で、新メンバーが加わり、「若返って、えらい雰囲気が違う」という話が出ていたが、井ノ原はどう感じているのだろう。 「なんかね、僕、先輩っぽくすることが、年々できなくなっちゃったんですよ(笑)。例えば、向井(康二/三ツ矢翔平役で今シーズンから出演)といま一緒にやってるんだけど、しゃがんで、かしこまった感じで挨拶をしてくれたの。でも、先輩後輩の関係で、下から来られると、俺、ほんと困るから、って話してさ。僕はもう全部さらけ出すの。彼とはよくメールでもやりとりするし、『今日家でこんなことがあった、もうやだ』って言ったら、『そんなこと言わないでくださいよ』とか、『僕もお母さんと先日ケンカしました』とかって返ってくる。本当に年齢関係なくね。  深川(麻衣/高尾由真役で今シーズンから出演)さんに対する態度も、台本ではわりと先輩先輩してたんですよ。『高尾、行くぞ』って書いてあって、そんな言い方しねーよと(笑)。だから、いままでの浅輪直樹のキャラそのままに『高尾さん、これ、どうしたらいいと思う?』って。上司と部下の新しい関係性も見せていきたいし、僕に似合わないことはやりたくない、やらない、っていうね。  役でも何でも、上下関係が強いと、現場でなかなか提案しにくいこともあると思うんだけど、普段の僕とあんまり変わんない感じでやっていると、若い子たちからの提案や意見も自然に出てくるんです。若い人たちは鋭いから、おもしろいよね。  スタッフも今回、20代前半が多くなって。『あ? なんすか?』みたいな感じなんだけど(笑)、『井ノ原さん、めっちゃよかったですね!』とか言ってくれるから、ほんと、うれしいの。自分が本当に自分らしくいられる。もしかしたら僕は、若い人たちとやってるほうが合ってるなーとか思っちゃう」 ■最終回はキャストと脚本家とみんなで考えて…?  だから今、現場はとてもいい空気だと、自然に笑顔になった井ノ原。もちろん、これまでもキャストやスタッフの関係性がよかったからこそ、シリーズが長く続いているのだろう。 「そうそう。ずっとメンバーと一斉メールやってるし。僕、津田(寛治/村瀬健吾役)さんと、肉食の動物とか都市伝説とか、好きな動画の系統が同じだから、そういうのやりとりしてるし、吹越さんとは芝居の話をしたり、リモート飲みをしたりするし。最近も羽田(美智子/小宮山志保役)さんから、第3回の放送で出てきた、数年前の田口(浩正/矢沢英明役)さんの顔がかわいいって送られてきたり(笑)。あと、宮近(海斗/昨シーズンまで佐久間朗役で出演)ともまだ続いてて、みんな『チャカ(宮近さん/米国留学中)、頑張れー』とか言ってくれてる。僕が主演するドラマでそういう関係がずーっと続いているのがすごくうれしくて。  僕はよくわからないけど、みんなが『なんか(記事で)変な書かれ方してるんですよ』『嘘ばっかり』って言うから、『そうなの? でもさ、書いてくれるんだったら、宣伝になるからよくない?』って言ったら、『そうだね』『じゃ、このままにしとこう』ってなって(笑)。もし本当だったら空気がおかしくなるから、僕もそんなつらい現場に行きたくない(笑)。何か思うことがあったら現場で言うし、言いすぎたなと思ったらすぐ電話して『今日ごめんなさい』『あーもうそんなの忘れてたよ』みたいなことはある。ほんと、いい仲間、部活の仲間みたいな感じなんです」  そんな空気の良さがあふれだすようなこのドラマ、「まだ最終回が決まってない」という。「『どうする?どうする?』ってみんなで話してるの。俳優さんは普通『どうなるんですか?』って聞く立場なのに、変じゃん?(笑) 去年も、最終回の後半の台本10ページ分ぐらい、キャストと脚本家とみんなで考えて。当日5分前にできた、みたいなシーンがいっぱいあった」と井ノ原は楽しげに明かす。 「特捜9 season5」は毎週水曜21時からテレビ朝日系列で放送中で、5月25日には第8話を迎える。もしかしたら、今シーズンも仲間みんなで作りあげた最終回が見られるのかもしれない。 インタビューの続き>>【「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る】 (本誌・伏見美雪)※週刊朝日  2022年5月27日号

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    ウクライナ侵攻「川」をめぐる攻防戦 「史上最大の作戦」「レマゲン鉄橋」映画が伝えるチョークポイント

     ロシア軍によるウクライナ侵攻では、東部ドンバス地方を中心に激戦が続いている。攻防のポイントとなるのは、地域を流れるドネツ川だ。ウクライナ内務省所属の親衛隊は18日、ロシア軍を阻止する目的でドネツ川に架かる橋を爆破する衝撃的な映像を公開した。川をめぐる戦いの構図は昔とちっとも変わらない。危険な渡河作戦を推し進めようとする軍の上層部、恐ろしい運命に見舞われると知りながら川を渡る兵士たち――。橋を奪い合う激戦の数々は戦争映画にも描かれてきた。防衛省防衛研究所・戦史研究センター長の石津朋之さんによれば、戦場の橋にはそれ死守する特別な部隊が必ず配置され、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際は橋を爆破して進軍を阻むと話す。 ※記事前編<<「川」でロシア軍を撃破するウクライナ キーウ攻防戦は秀吉「備中高松城の水攻め」の逆パターンだった>>から続く *   *   *  大昔から何度も戦争を経験してきた欧州では、川をめぐり、どのような攻防が繰り広げられてきたのか? 「例えば、第一次世界大戦でドイツがフランスに攻め込んだ戦いというのはほぼ川が関係していています。ドイツ西部を南北に流れるライン川とフランスのセーヌ川を挟んだ地域での川の奪い合いです。有名な『マルヌの戦い』『エーヌの戦い』『ソンムの戦い』などは川の名前に由来しています。あと、サン=カンタン運河を巡って争った『サン=カンタンの戦い』というのもあります」  1918年、第一次世界大戦が終結すると、フランスはドイツとの国境付近に「マジノ線」と呼ばれる防御ラインを築いたが、その外側にはライン川とモーゼル川が流れていた。つまり、川を障壁として生かしたものだった。  39年、第二次世界大戦が勃発。進撃を続けるドイツ軍の勢いを最初に止めたのは、旧ソ連軍だった。東部戦線で最大の激戦となったスターリングラード攻防戦である。「これはボルガ川とドン川を巡る戦いでもありました」。44年2月、この戦いに敗れたドイツ軍は後退を余儀なくさる。 ■連合軍とドイツ軍の橋の奪い合い  同年6月には西側からも連合国側の反撃が始まった。「ノルマンディー上陸作戦」である。 「これはフランス北部のノルマンディー海岸への上陸作戦でしたが、ここにも川が関わっています。映画『史上最大の作戦』にも描かれていますが、最初に空挺部隊がパラシュートで降下して、上陸地点の両端と背後を流れる川の橋を確保したんです。上陸した連合軍はその橋を渡ってドイツ軍を撃破していきました」  映画「遠すぎた橋」で描かれたのは44年9月に行われた「マーケット・ガーデン作戦」だった。 「連合軍がドイツ国内に進撃する際、ライン川は別として、いちばん大きな障壁となったのがオランダの川や運河です。そこで空挺部隊を川の近くに降下させ、橋を確保し、その後に本隊がざぁーっと渡るという作戦を行った。しかし、この作戦は失敗に終わりました」  さらに石津さんは、映画「レマゲン鉄橋」を挙げた。 「後退するドイツ軍は連合軍がドイツに入ってこられないように国境付近を流れるライン川に架かる橋を次々と落としたんです。そしてドイツ軍撤収のために最後まで残されたのがレマゲン鉄橋でした。結局、ドイツ軍はさまざまな事情によってこの橋を破壊できず、連合軍に確保されてしまいます」  45年4月25日、西側から進撃するアメリカ軍と、東側からの旧ソ連軍がドイツ東部を流れるエルベ川で合流した。ベルリンが陥落したのはそのわずか1週間後だった。 ■橋を死守できなければ爆破  このように戦争の歴史を振り返ってみても、侵攻する側にとっては、チョークポイント(敵を締め上げるポイント)である橋を押さえることが重要となってきた。そのため、本隊が無事に橋を渡れるように、進軍の前には必ず先遣部隊を出して偵察し、あわよくば橋の確保を目指す。 「先遣隊は、これまであった橋がいまも架かっているか、爆弾が仕掛けられていないか。敵兵がどう配置されているか、偵察します。もし、橋が爆破されていれば、修理できるか、あるいは、上流や下流に橋を架けられそうな場所があるかなど、すべてを調べます」  一方、今回のウクライナ軍の戦い方を見ると、「これは相当入念に準備してきたことを感じますね」と石津さんは口にする。 「軍事的なセオリーからすれば、開戦時には橋などの重要施設にはロシア軍の空挺部隊や特殊部隊がバーッと降りていって、確保するはずなんです。ところが、今回はそれがあまり見られなかった。ということは、それをウクライナ側がそれを予測して、阻止した、ということでしょう」  では、それら橋はどのように守られているのか? 「敵の来襲が予想される橋の前方には2重、3重の防御陣地が築かれます。もちろん、後方にも。さらに橋を守る特別な部隊が必ず配置されます。つまり、最後まで橋を死守しなさい、というわけです。そこには先の工兵部隊もいて、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際には橋を爆破して進軍を阻みます」 ■橋を渡る危険性の認識  4月上旬、ロシア軍はウクライナの首都キーウ方面から撤退した。同月20日、特別軍事作戦は東部のドンバス地方などの完全制圧を目指す「第2段階」に入った、とロシア軍幹部は表明した。  しかし、1カ月が経過したいまもロシア軍は支配地域を広げることができず、ドネツ川の手前で足止め状態にある。 「ロシア軍が川に簡易的な橋を架けて渡ろうとしても、ウクライナ軍からすれば、そこだけを攻撃すればいいわけですから、渡河するのはなかなか難しいと思われます」  ロシア軍にとって大きな脅威になっているのが、米国がウクライナに提供した最新鋭の榴弾砲だ。この砲弾はGPSによって誘導され、数十キロ離れた防御陣地からの砲撃でも目標地点に正確に着弾する。  ロシア軍がドネツ川で大規模な渡河作戦に失敗した際、戦争研究所は辛辣にこうコメントした。 <渡河部隊の指揮官は開戦2カ月後にウクライナの砲兵能力の向上がもたらす危険性を認識できなかったか、単に無能か、部隊を統制できなかった可能性がある>  さらに英国防省は、こうも述べていた。 <このような状況で河川横断を実施することは非常に危険な作戦であり、ロシアの司令官がウクライナ東部での作戦を進展させるよう圧力をかけていることを物語っている>  支配地域を押し広げ、軍事作戦の成果を国民に強調したいプーチン政権。しかし、ドネツ川を渡ろうとすればウクライナ軍の高性能の榴弾砲によって狙い撃ちにされ、兵員や装備を失っていく。「行くべきか、行かざるべきか」、ロシアの現場指揮官は大変なジレンマだろう。  ウクライナ侵攻という「ルビコン川」を渡ってしまったプーチン大統領。この戦いの決着をどうつけるつもりなのだろうか? (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    1兆円突破、日本人の「S&P500買い」が止まらない 一方で米国では株価が下落

     金融庁のつみたてNISA対象インデックス投信、全183本を独自調査。日本人には米国株が人気だが、実のところ現地米国の株価は下落している。AERA 2022年5月30日号の記事から紹介する。 *  *  * 「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)、インデックスファンドとして初の純資産総額1兆円突破」。このリリースが出たのは今年2月10日のことだ。信託報酬=運用コストが0.0968%と激安な投資信託(以下、投信)の“1兆円乗せ”は話題になった。 「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)は直近で1兆1千億円台になりました。純資産総額はトヨタやソニーのような個別株でいうと時価総額のようなもの。投信の“中身”(株式や債券、海外の場合は為替も加味)が上がり、投資家の資金が集まり続けると、純資産総額も右肩上がりになります」(三菱UFJ国際投信デジタル・マーケティング部の野尻広明さん) ■営業推奨なしで売れた  投信といえば証券会社の営業担当者が顧客に薦めて買ってもらうパターンが主流だった。実は現在も信託報酬1~2%の投信が大半で、低コスト投信は全体(約6千本)の5~6%しか存在しない。そして低コスト投信はネット証券を中心に販売されており、おすすめしてくれる営業担当者はいない。つまり一般の人が自分の意思でお金を出し、中身の株価も上がった結果が1兆円という巨大な純資産総額につながっているわけだ。  eMAXIS Slimに限らず、ここ数年は米国株の投信を買う人が急増している。2018年に始まった「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」の動向を見てみよう。つみたてNISA対象の投信の中でインデックス型183本の純資産総額をすべて調べ、上位からランキングしてある。  トップ3はすべて米国株100%の投信だ。4位には世界中の株を詰め合わせた「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」がランクイン。こちらの米国株比率は約6割で、米国一辺倒の投資にリスクを感じる人に選ばれている。全世界株式=オール・カントリーを略した“オルカン”という呼び方も浸透。  5位の「<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド」は日本を除く先進国の株が入った投信で米国株比率は約7割。13年12月に運用を開始しており、つみたてNISA対象の中では大御所的な優良投信だ。  このランキングはアエラ増刊「アエラマネー2022夏号」(発売中)のデータを最新に更新したもの。同誌が1年前に同じ調査をしたときは「ニッセイ日経225インデックスファンド」もベスト5に入っていた。 ■円安で基準価額アップ  そもそもつみたてNISAとは、毎月約3万3千円を上限に投信を積み立てる制度だ。本来、投信を売却すると利益から20.315%の税金が差し引かれることになっているが、つみたてNISAは非課税。18年の開始以降、預金オンリーだった投資ビギナーも次々と積み立てを始めている。  初めての投資なら自国、つまり日本株の投信に目が行きそうなものだが、選ばれているのは米国株投信。理由は恐らく「単純に、儲かっていたから」だろう。どの投信を積み立てるか決めるとき、たいていの人は過去の成績を見る。米国株の投信はここ数年で一番利益が出ている──じゃあ、それにしようという単純な流れである。  米国株投信の中でも特に人気なのは「S&P500」という米国の代表的な500社が入った指数に連動する投信だ。アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾンなどの株が入っている。 「S&P500の値動きを振り返ると1年で18.7%、3年で70.7%(4月末起点/配当込み円換算ベース)です。先進国株式や全世界株式など、投資家に支持されている他の指数と比べて高いパフォーマンスを記録しています」  ここで気になることがある。年初から米国のS&P500はインフレ懸念などにより一時11%も下がった。その後もウクライナ問題が勃発し、5月現在で年初からの下落率は20%近くに達している。だが、日本のS&P500の投信は今年3月から4月にかけて基準価額が急上昇。S&P500指数とはほぼ真逆に動いた。 「その理由の一つは『円安』です。日本のS&P500の投信は、組み入れ銘柄の株価、配当金などを日々の為替レートで円換算して基準価額が算出されます。ご存じの通り、3月から4月にかけてドル/円レートは円安に進み、一時130円台をつけました。為替分が値上がりに反映されている形です」  つまり日本人が一般的に投信を通じて見ているS&P500は「円建て」ということ。裏を返せば、現状の為替が円高方向に振れると逆の現象が起きる。米国株の株価が下がり、さらに円高ならダブルパンチ。株価が上がっていたとしても円高では、投信の基準価額はたいして上がらない。つい1年と少し前、21年の1月末時点では1ドル=105円を割っていた。ここからの揺り戻しが怖い気もする。 ■積み立てをやめない  もっとも、ゴールデンウィーク前から5月にかけて株価下落はさらに進み、日本のS&P500投信(円建て)の基準価額も下がっている。投資上級者にいわせれば「この程度の下げは、そよ風くらいのもの」だがビギナーは精神的につらいだろう。  投信の積み立ては、同じ金額でも安いときに多くの口数を買い、高いときに口数を少なく買うことで将来の大きな果実を得られる仕組み。ここ数年、米国株は調子が良すぎた。長期投資なら積み立てをやめないことが何よりも大切だ。(ジャーナリスト・向井翔太、編集部・中島晶子) ※AERA 2022年5月30日号

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    日本で上がる「ウクライナは白旗あげたらいい」の声に戦場ジャーナリストが現地から激怒した理由

     ポーランド国境にほど近い、ウクライナ西部の街に入ったジャーナリストの佐藤和孝さん。これまでもアフガニスタンやボスニアなど様々な紛争地で取材を行ってきた佐藤さんに、AERAはインタビュー。ウクライナに入国した直後のこの街で彼が感じたのは、「平穏」に侵食する恐怖と孤立だった。 *  *  * ――ウクライナ西部にある街、リビウ。美しい街並みはユネスコの世界遺産に登録され、歴史の深さを感じさせる。3月5日、ジャーナリストでジャパンプレス代表の佐藤和孝さんがリビウに入り、取材を続けている。 佐藤:日本で思っているよりも、ウクライナ全土が戦地になっているわけではありません。ロシアに近いハリコフやマリウポリ、キエフは激しい状況ですが、今のリビウはマーケットにも食料が並んでいるし、電気やガス、水道も滞りなくある。でも、会社はやっていないし、学校も幼稚園から大学まで休校です。  リビウはウクライナ各地からのハブになっていて、ポーランドに脱出する人や安全な地方に避難する人たちが集まっています。そうした人たちをケアするために、市民は炊き出しや物を配るボランティア活動に従事している。空からの攻撃を想定して戦車や装甲車をカモフラージュしたり、火炎瓶を作ったりしている人もいる。街は戦時下というより、準戦時体制に入っています。そういった意味でリビウは平穏には見えるけれど、戦火をひしひしと感じている雰囲気です。 ――佐藤さんはこれまで、アフガニスタンをはじめ、チェチェン、イラクなど数々の紛争地を取材し、街に暮らす市井の人の声を伝えてきた。リビウでも、衝撃的な出会いがあった。 佐藤:町工場の若社長として働く30歳の青年がいました。普段は台所用品を作っていたけれど、今は戦車や装甲車が街に侵入しないためのバリケード、そして兵士たちがつける「ドッグタグ」を作っている。普通、ドッグタグには名前や生年月日、血液型や国籍、そしてナンバーが刻まれています。でも、彼が作っていたのはナンバーしか書いていない、名前のないドッグタグでした。  僕がリビウで話を聞いた人たちは、国を守るために戦争に行くと話しました。当然亡くなる人も出てきます。その人たちが無名のドッグタグをつけている。それを見たとき、切なくなった。一人の存在が、番号だけっていうのは……。 腹の底から怒りを覚え ――その青年には7歳と3歳の子どもがいる。あなたも銃を持って戦争に行くのかと問いかけると、「行きたい」と答えた。 佐藤:でも、これまでに戦ったことのない青年です。恐怖について聞くと、「そりゃ怖い」と。「でも、自分が死ぬよりも怖いのは、この国が消滅すること」「だから戦う」と言った。  日本のどこかの評論家だかで、「ウクライナは白旗をあげたらいい」と言った人がいるんでしょう。大馬鹿者ですよ。だったらウクライナに来て、みんなにそう言いなさいと思う。  自分の国、文化や歴史がなくなるんですよ。安全圏で何もわかっていない、命を懸けたこともない人がこれから命を懸けようとしている人たちに向かって言える言葉じゃない。  この国はロシアに踏みにじられてきました。ソ連崩壊でようやく独立国家になったのに、またそのときに戻ってしまう。そうならないために血を流すことを彼らは厭わない。ゼレンスキーも含め、名もない人たちの気概がこの国を勇気づけているんです。  なのに、「10年後にはプーチンが死んでいるだろうから、その後、国に帰ったらいい」なんて馬鹿なことを言っている。このままだと、10年でこの国はなくなるんです。腹の底から怒りを覚えます。 大勢と一人「命」の重さ ――世界はロシアに対しての制裁を強化し、それはウクライナ国民の励みにもなっている。だが、課題もあると指摘する。 佐藤:西側諸国といわれる国が自分たちの味方になってくれていることはよく認識していて、それが戦うモチベーションの一つになっていることも否めません。でも、じゃあ我々はそれを続けていけるのかということも問われてくる。  応援の仕方は色々あるのだと思いますが、ウクライナへの武器の供与以上のことをすると第3次世界大戦になってしまう。世界の指導者のなかには、自分たちが火の粉をかぶらないためにウクライナを犠牲にしてもいいと考える人たちもいる。この問いが正しいかはわかりませんが、大勢の命と一人の命のどっちが大事かということになるかもしれない。そうならないように、外交なども含め世界は動かないといけない。  この戦争は長期化すると思います。だって、多くの人たちが戦う意志を持っている。自分たちの国を自分たちの血をもって守ろうとしている。その魂は消えません。アフガニスタン侵攻でも、ソ連軍が入って10年で撤退を余儀なくされた。結局、勝てないんです。 「核」撃てばロシア消滅 ――ロシア軍がシリアで兵士を募集しているとも報じられ、行き詰まりが見えている。 佐藤:兵士の数が多くても、戦闘経験のない人間は現場では使えません。「ワグネル」といわれる傭兵集団がいますが、彼らは戦闘経験が豊富です。つまり、人の殺し方を知っているということです。シリアの兵士も同じで、人を殺すことに慣れている。そういう人間を使って、なんとかウクライナを制圧したいと思っているんでしょうね。  でも、キエフでロシア軍が政府機関などを押さえたとしても、周りは敵だらけです。ロシア軍にとっても危険なことで、市街戦やゲリラ戦になってくる。長く続けば戦闘意欲やモチベーションもなくなっていくでしょう。  この戦争を長期的に遂行する経済的な裏付けがロシアにあったかというと、難しいんじゃないですか。もともとGDPも低いし、経済制裁もある。中国が助けるといっても限度があります。ロシアにも反対派の人がたくさんいるし、今やっていることは「きょうだい殺し」です。多くの国民は心を痛めているんじゃないかと僕は思う。  ただ、国内世論が反プーチンに傾くほど、彼はますます弾圧しなければならなくなる。今後プーチンはウクライナ、世界、そしてロシア国内とも戦わなければいけなくなります。その覚悟を彼は持っているのか。核があると脅かしますが、それを撃てばロシアも消滅します。  プーチンはルーマニアのチャウシェスクのような形で終わってしまうかもしれません。止められるのはロシア人しかいないと僕は思っています。 世界に見えない街や村 ――様々な国を歩いてきたが、これまで見た戦場とは「質」が違うという。 佐藤:アフガニスタンやイラク、シリアというのはある地域の戦争です。僕のなかでは、世界大戦になるというようなものではなかった。ユーゴスラビアの戦争は世界大戦の可能性を秘めていましたが、各地に火の粉が及ばないようにヨーロッパ各地もいろいろと手を打ちました。  今度はロシアの正規軍が自分たちの論理だけで他国に侵攻し、第3次世界大戦の可能性もはらんだ非常に危機的な状況だと思います。今までの現場とは質が全く違う。だから世界は必死になっているんだけど、行き詰まり感も出てしまっている。  キエフやハリコフから避難してきた人たちは、とにかく攻撃が激しいと口をそろえます。狙撃兵までいるから、外に出られず命からがら逃げてきたと。でも、そういった街や村には記者もいないので、世界に見えていないんです。やりたい放題になって、どんどん残虐な方向に向かってしまう。今後、キエフでも取材したいと思っています。 ◯佐藤和孝(さとう・かずたか)1956年生まれ。独立系通信社「ジャパンプレス」代表。山本美香記念財団代表理事。80年からアフガニスタンで取材を行い、その後も様々な紛争地を取材した。近著に『タリバンの眼 戦場で考えた』など (構成/編集部・福井しほ) ※AERA 2022年3月21日号から

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    4630万円誤送金で脚光浴びた「フロッピーディスク」 絶滅どころか公的機関でいまだ“現役”の事情

    「えっ、いまだにフロッピーディスクを使っているの?」  そう思った人も少なくないだろう。  山口県阿武町で誤って1世帯に4630万円を振り込んだ、いわゆる誤送金問題。18日夜、県警は同町の田口翔容疑者(24)を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕したが、誤送金に至る過程で、町役場から銀行に依頼データの入ったフロッピーディスク(FD)を渡したことが報じられると、「旧石器時代」「時代遅れ過ぎる」など、驚きや嘆きの声がSNSに上がった。ところが取材してみると、絶滅していたかのように思われたFDは、一部の中央省庁や役所、銀行、企業ではいまも日常的に使われていることがわかった。それぞれの事情を聞いた。 *   *   *  山口県阿武町からFDでの振り込みを依頼された山口銀行などを傘下に持つ「山口フィナンシャルグループ(FG)」にたずねると、「山口銀行は、FDなどによる振り込みおよび口座振替依頼データの授受については昨年5月末日を持って廃止させていただいております」と言う。  ところが、山口銀行はFDによる振り込みデータの受け渡しを現在も行っている。なぜか。 「新規の受付は行っておりませんが、既存のお客様から、FDでの振り込みを継続させてほしい、というご要望があれば、対応せざるを得ないという状況です」  山口銀行は、これまでFDで振り込みを依頼してきた顧客に対して、同行のインターネットバンキングを通じて振り込みをしてもらえるように交渉してきた。 「ただ、昔からずっとお取引していただいているお客様の利便性の観点からすると、FDを廃止するのは難しい側面があります」  担当者はすんなりとはいかない事情を、そう説明する。 ■東京の区役所でもFD  一方、東北地方のある銀行によると、FDでの引き落としは「公官庁から依頼されることが多い」と関係者は言い、こう続ける。 「県内では、市役所や町村役場でFDを使っているところが多いです。税金や国民年金、国民健康保険料の引き落としなどです。そんなわけで、私どももそれを引き受けざるを得ませんでした」  この銀行では半年ほど前から県内の各市町村に打診して今年中にFDの取り扱いを終了し、すべてインターネットバンキングに切り替える予定だ。 「理由としては、FD自体を新しく購入するのが困難になってきたこと。それから銀行に置かれた読み取り装置のメンテナンスが難しくなったこと。万が一、故障してしまったら、市町村の担当者の方が窓口に来られても手続きが滞ってしまいますから。そんなわけで、FDの取り扱いを終了させていただくことになりました」(同)  知るほどに驚く、FDの“現役”利用。だが、それは地方の市町村だけではない。  東京都千代田区は今年3月まで介護保険や障害者介護、生活保護に関する給付金の振込みにFDを使用していた。使用を終了した理由を会計室の担当者にたずねると、こう説明する。 「これまでFDを繰り返し使ってきたのですが、いずれ破損したり経年劣化で使えなくなったりすることも考えられます。もうメーカーもFDの製造を打ち切ったという話も聞いておりました。それらもあって使用を徐々に縮小し、昨年度末をもって、最終的にFDの取り扱いをやめたわけです」  ちなみに、国内大手のFDメーカーだったソニーが国内販売を終了したのは、2011年3月である。もう10年以上前のことだ。 「FDはいまとなっては記憶容量が少ないですし、持ち運びの際にどうしてもセキュリティーの問題も生じます。これからは庁内の端末に入力したデータはインターネット経由でやりとりを行います」(千代田区担当者) ■行政サービスの一環として  霞が関の中央省庁もFDを使っている。その一つが、厚生労働省だ。  厚労省は医薬品や医療機器メーカーから送られてきた製品に関する申請書類を審査する。そこでいまも続けられているのが書類データをFDで提出する「FD申請」だ。 「制度の名称としては『FD』とありますが、実際、9割9分はCDかオンラインの申請です。過去の名残というか、通称として『FD申請』という名前が使われています」  同省医薬品審査管理課の担当者はそう説明するが、こうも胸の内を明かす。 「ただ、こちらとしてはせめてCDで出してくださいとお願いしてはいるんですけれど、『どうしてもCDは使えない』という方が、ごく少数ですがいらっしゃいます。行政サービスとしてはうちのFDドライブが生き続けるかぎりはFDを受け付けざるを得ないという事情があります。できれば、持ち込まれるメディアはCDに統一したいのですが、メーカーさんのことを考えると、世の中からFDが枯渇するまでは止められないですね」  FD本体は極めて薄い磁気記憶媒体であるため、CDやDVDなどと比べて故障しやすい。 「気づかないうちに磁気に触れてデータがとんでしまうことがあります。それでも、CDを使うように強制することはできません。あくまでお願いベースです」(厚労省担当者) ■保証期間はとっくに過ぎている  ちなみに、現在インターネット上などで販売されているFDのほとんどは10年以上前に製造された未使用在庫品である。メーカーもこんな長い期間、使われ続けるとは想定していなかっただろう。当然のことながら、保証期間はとっくに過ぎている。  パソコンの周辺機器の老舗メーカー、ロジテックが「最後のWindows対応のUSB外付け型FDドライブ」の販売を終了して、久しい。ただ、パソコン用品メーカーの大手のエレコムに聞くと、FDを収納するプラスチックケースは「数量は少ないですが、現在もコンスタントに売れている状況です」と言う。  昭和に輝いたテクノロジーの産物FDだが、令和のこの時代でも根強く使われていることがわかった。コレクションとして私的に使うのはいいが、触ったことも見たこともない若年層も多い中で公的機関が業務で使用するのは、そろそろ潮時ではないだろうか。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    4299万円の“スピード確保”の裏側 インターネットカジノ事情と田口容疑者の狙い 誤入金問題

    「全額をインターネットカジノに使った」わけではなかった。山口県阿武町の4630万円誤入金問題。5月24日、町は4299万円を確保したと発表した。急展開で返金のめどがついた背景に何があったのか? ネットカジノとの関係は? それぞれ探った。 「このニュースを聞いてやっぱりだと思った。4630万円も一気にネットカジノに使うだけの度胸はないですよ」  そう話すのは、電子計算機使用詐欺容疑で逮捕された無職田口翔容疑者(24)の幼なじみだ。  当初、田口容疑者は「すべて海外のネットカジノで使った」と弁護士らに説明していた。  しかし、この日、花田憲彦町長とともに記者会見した町側の代理人、中山修身弁護士は、 「田口容疑者が送金した決済代行業者3社に対し、国税徴収法に基づいて差し押さえなどの手続きを進めました。具体的には5月19日に東京にある3社に書面を直接手渡したところ、直後に阿武町の銀行口座に送金してきたようです。それを阿武町が確認したのが23日。まだ他の手続きが完了していないので、返金というより確保という言葉になります」  と説明した。  田口容疑者がネットカジノに使うために送金したとみられる決済代行業者。ネットカジノとどういう関係があるのだろうか。  関西地方でネットカジノ関連の仕事をしているある男性に話を聞くと、仕組みはこうだ。  ネットカジノは、サーバーが海外にあり、いったん決済代行業者にカネを預けてポイントに交換し、それを使ってカジノで賭けることができる。 「決済代行業者は、初回の客などにはポイントを多くつけて、囲いこもうとする。例えば、100万円を業者に預けると通常なら100ポイントのところ、150ポイントくらい、つまり50%上乗せして交換する。業者も競争なので、ポイントをどれくらいつけるかはそれぞれ」  業者は損はしないのだろうか。 「決済代行業者は、サーバーのあるフィリピンなどの、胴元となるネットカジノ業者に登録しており、ポイントを数億円、それ以上の単位で大量に買い付ける。そういう単位で取引し、信用ができれば、相当多くのポイントを上乗せして交換してもらえるようになる。例えば1億円を胴元に払うと、5億ポイントもらえるという感じ。だから、客にポイントを50%程度還元してももうかる仕組みになっている」  客がゲームを終えて勝った場合は、 「基本は登録口座にポイント還元という形になる。もちろん、現金という人もいる。その場合、銀行口座に振り込むと賭博罪で立件されかねないので、こっそりと現金を手渡しする」  とのこと。ネットとはいえ、賭博となれば犯罪行為とも思われるが、 「サーバーが海外にあるという理由で、法的には、賭博罪などには該当しないという解釈になっている」との説明だった。  ネットカジノと決済代行業者については、これまでもマネーロンダリングの可能性も指摘されてきた。  2016年にはネットカジノの決済代行業者が、千葉県警に逮捕され、有罪になった事件もある。  そこで、「インターネットカジノ」「決済代行業者」でネット検索してみたが、業者の具体的な名前は出てこなかった。田口容疑者は、決済代行業者にどうやってたどりついたのか。 「(カジノに関係する)決済代行業者の背後には暴力団関係者が多いので、地方都市でも口コミで簡単に見つかります。東京や大阪の繁華街では、深夜にチラシを配って客集めしている店もあります」(前出のネットカジノ関係者)  田口容疑者が全額使ったと説明していたことについてはこう推測する。 「決済代行業者を使ってネットカジノで使ったふりをして、ほとぼりが冷めたらカネを引き出そうという、『マネーロンダリング』を最初から考えていたのではないか。大々的に報道されたことで、決済代行業者もプレッシャーを感じて、早めに返金したほうがいいと判断したと思う」  田口容疑者は逮捕前、山口県警の任意の事情聴取に応じた際にスマートフォンの提出を求められ、応じたという。 「田口容疑者がスマートフォンを出した時に当然、さまざまなデータをとっている。社会的な関心も高く、スピードある被害回復が必要だ。そのデータが早急な逮捕のきっかけとなった」(捜査関係者)  現時点で4299万円が阿武町に戻るめどがついたようだが、まだ300万円あまりが残っている。今後はどうなるのか。  元東京地検の落合洋司弁護士は、 「田口容疑者の逮捕容疑、電子計算機使用詐欺という罪名自体が成立するのかと考えていた。おそらく、警察、検察は罪名より逮捕でプレッシャーをかけ、返金を最優先したのではないか」  とみる。そして、大半が返金されることを踏まえ、 「起訴前に4630万円に近い返金があれば、田口容疑者は起訴されずに処分保留で釈放されるかもしれない。財産犯なので、金銭的な被害が回復されることが最も優先される。起訴後に返金があった場合でも、裁判では執行猶予が付いて、刑務所に入らなくてもよいという判決になるのではないか。この事件は、田口容疑者が金を盗んだのではなく、阿武町の誤入金が端緒なので、裁判になるとかなり量刑には考慮されます。もし、今の電子計算機使用詐欺という罪名のまま検察が起訴すると、裁判では無罪になる可能性が十分にある」  と話す。  花田町長は、4630万円の9割ほどが「確保」できたことで、 「大半のお金が確保でき、若干、安心しています。しかし、すべて回収できていないので、今後も努力します。(4630万円が)どう流れ、使われたかは、できるだけ解明したい。警察が一定程度やると思うので、町民には説明をしたい」と記者会見で心境を明かした。  しかし、花田町長ら阿武町は、安心できる状況ではなさそうだ。 「役場には、誤入金したこと自体に責任があるという内容の電話がたくさんきています。今後、住民監査請求や訴訟などになると、ますます厳しい状況になります。もう被害者という言い訳が通じなくなる。職員が被害弁済を求められる可能性もあり、花田町長の責任問題で辞職にも発展しかねない。すでに、次の町長が誰か、7月の参院選と同日のダブル選挙にして新しい町長を選ぶべきだとの声も上がっています」(阿武町議会関係者)  カネが戻ってきたとしても、それでおしまいというわけにはいかないようだ。 (AERA dot.編集部・今西憲之)

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    17時間前

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    元・テレ東、佐久間宣行の仕事術「守るべきは仕事よりもメンタル 給料分働けば十分『プロ』」

     テレビで、ラジオで、ウェブで。あらゆるメディアで話題を振りまいている、フリーランスのテレビプロデューサーとして活動する佐久間宣行さん。フリー転身後初となる著書のテーマは、自身の経験をもとにした仕事術だ。AERA 2022年5月30日号の記事を紹介する。 *  *  * ──昨年3月にテレビ東京を退社して以降、フリーランスのテレビプロデューサーとして活動する佐久間宣行さん(46)。 「ゴッドタン」「あちこちオードリー」などの人気番組を継続して担当するかたわら、昨夏に開設したYouTubeチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」が登録者数45万人を突破、今春にはバラエティーとドラマが融合したNetflix発の新感覚コンテンツ「トークサバイバー!」を手掛けるなど、その一挙一動にますます注目が集まっている。  そんな中、フリー転身後初となる著書『佐久間宣行のずるい仕事術』を上梓した。仕事への向き合い方について綴った、ド直球のビジネス書だ。この意外ともいえる一手に「僕自身、ビジネス書を書くなんて少し前までは想像もできなかった」とはにかむ。 佐久間:ここ数年、インスタグラムに仕事に関する悩み相談のDMが届くようになって。みんなやりたいことはあるけど、人間関係で身動きが取れなくなっていたり、仕事の面白みにたどり着く前に潰されちゃったりしているんですよね。  それで、少しでも役に立ちたいなと僕なりの考えを返信していたんですけど、「オールナイトニッポン0」を始めたあたりからDMの数が増え過ぎちゃって。これはまずいぞと思っていた時に出版のオファーをいただいたので、本にまとめることにしたんです。 ■62のサバイバル術 ──仕事術、人間関係、チーム、マネジメント、企画術、メンタルの全6章からなる本書。「僕はこうして会社で消耗せずにやりたいことをやってきた」という副題のとおり、佐久間さんがテレビ東京の中で22年間にわたって実践してきた62のサバイバル術が克明に語られる。 佐久間:読んでくださった方たちの感想を見ると、年代や立場によって刺さる部分が違うんです。20代は「人間関係のところを読んで頭の中が整理できた」、30代は「メンタルの話にグッときた」という声が多い。マネジメントのところは僕と同じ40代、あるいはもっと上の世代の方が「すごく参考になる」とおっしゃってくれます。  あと、心を病んで休職されている方から「もう復帰できないかもしれないと思っていたけど、この本を読んで戻れる気がしてきました」とDMをいただいたりもしました。うれしかったですね。 ──佐久間流仕事術の特徴は、徹底して“戦わない”ことだ。相手に勝つ方法ではなく、ストレスなく自分の仕事ができる環境を確保するためにどうすべきかを常に考える。それは、社会人1年目の時に抱いた、ある強烈な違和感からきているのだという。 佐久間:今とは違って、僕が入社した2000年代のテレビ業界ってめちゃくちゃハードだったんです。毎晩のように明け方まで先輩に飲みに連れ回されたり、理不尽な指示に対してちょっとでも疑問を口にすると大声で怒鳴られたり。当時のテレビ業界に必要だったのは、マッチョな世界でもやっていける従順な兵隊でした。  そんな状況だったので、「嫌われてもいいから自分で自分の心を守ろう」というのが僕の仕事術の原点です。  会社にとって都合がいいだけの存在にはならず、作戦を立てて“ずるく”働く。仕事に対する向き合い方を根本的に変えました。 ■とにかく楽しそうに ──佐久間さんがまず実践したのは「とにかく楽しそうに働く」ということだった。とくに26歳の時に初めて深夜番組の総合演出を任された際は、周囲に向けて意識的にアピールした。 佐久間:楽しそうにしていると、周りの上司に「こいつはやりたい仕事をやらせると、こんなに輝くんだな」と思ってもらえて、どんどん仕事を任せてもらえるようになるんです。なぜなら、「自分はこの仕事がやりたかった」という意思表示になるし、機会をくれた上司に対して「この仕事をさせてくれてありがとう」と感謝を伝えることにもなるからです。  逆に言い訳ばかりしたり、つまらなさそうにしたりすると、次の仕事がなかなか回ってこなくなる。不機嫌でいるメリットなんて一つもないんです。 ■キレる理由の8割は ──仕事が増え、人間関係も広がっていく中で、いつも肝に銘じてきたのは「相手のメンツを潰さない」。誰とも戦わずにいるためには、“敵”を作らないことが大事だからだ。 佐久間:組織で働くうえで忘れてはいけないのは、人はメンツで動いているということ。相手を軽んじていると思われないよう、あらゆる局面で“メンツ地雷”だけは踏まないように動かないといけない。  具体的に言えば、細かいことほどきちんと伝えておくことです。人がキレる理由の8割くらいは「そんなこと聞いてない!」なので。  どんなに自分を嫌う上司や同僚がいても、相手のメンツを立てさえすれば、自分を攻撃してくるリスクは低くなる。そうやって社内を注意深く歩いてきたからこそ、僕はテレビ東京を円満退社することができたんだと思います(笑)。 ──やがてチームを率いるようになると、自分の目の届かないところで誰かがミスをしてしまうこともあるだろう。  そんな時は、犯人を明らかにすることよりも、トラブルに至った“仕組み”を見極め、それを解決することに注力すべきだという。 佐久間:何かトラブルが発生すると、みんなすぐに犯人を特定しようとしますよね。でも、ミスの原因を個人の能力に求めると、その人の成長を待たなければいけなくなる。  それよりも、例えば業務分担の問題とか、チェック体制の問題とか、チームの仕組みを見直せば短期間で解決できる問題ってたくさんあるんです。  そもそも僕は、自分にも他人にも過度な期待はしていなくて。飛び抜けた天才が出てきてくれたらうれしいですけど、「人は失敗するもんだ」と思ってベースを作っているから、失敗しても怒らない。  それは自分に対してもそうです。自分の失敗も必要以上にへこまないというか、「俺をこうさせた仕組みが悪い」と思うようにしています(笑)。それって、やりたいことを実現するプロセスにおいて、すごく大事なことなんですよ。 ──常に多くの番組を抱え、1年先まで仕事の予定が埋まっているという佐久間さん。仕事人間のように見えるが、本書で繰り返し語るのは「守るべきは仕事よりもメンタル」ということだ。 佐久間:実を言うと僕自身、ギリギリまで頑張った結果、心が折れてしばらく引きこもったことがあって。だからこそ、メンタルマネジメントを自分の一番に置くことを貫いてきました。  たかが仕事、たかが会社。嫌なものや苦手なものはできるだけ避けて、“戦わずして”自分のできることをやっていく。それが最も大事なことだと思うんです。  それでも悩んでしまう時は、「給料分働けば十分だ」と思うようにしてください。  仕事に熱狂して、自分のすべてを懸ける人もいますけど、それは絶対的な正義ではなく、あくまでも性格や生き方の問題。仕事に対してハングリーじゃなくても、やるべきことをやり、給料分働けば、それで十分「プロ」ですから。 (編集部・藤井直樹) ※AERA 2022年5月30日号

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    稲垣えみ子「自然のおすそ分けにすがって生きると、日常をウキウキと楽しめる」

     元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 *  *  *  コロナのせいだろうか。戦争のせいだろうか。1日の始まりをしみじみ有難く思う。具体的に言えば、朝4時過ぎにパッチリと目が覚めてパッと布団から出てしまう。あ、年のせい?  ま、そのすべてが少しずつ影響しているんだろうが、最も大きな理由はそのいずれでもなく、単に朝も早よから「明るい」から。  ついこの間までの、どうにも布団から出難かった寒く暗い朝を思えば、掃除もはかどるし洗濯物も乾くし何ともおトク感満載。でもこのお恵みも夏至(今年は6月21日)を過ぎればどんどん細っていくのであり、そう思えば今のうちに貪り尽くしておかねばと焦りもする。ぐずぐず布団にこもっている場合じゃないんである。  ま、それだけのことなんですけどね。  でもよく考えると「それだけのこと」で毎年ウキウキしている自分に笑えるし、なかなかいい線いってるじゃないかとも思う。だって少なくともこの楽しみは私が生きている限り、ミサイルが飛んでこようが年金制度が崩壊しようが、誰に奪われることなく永遠に続くのだ。人は楽しみがあれば生きていける。生涯の安全保障を得たも同然である。  とはいえ自力でこんな娯楽に気づいたわけではなく、全ては会社を辞めて小さな家に引っ越しモノ持たぬ生活へ突入せざるをえなかった際、エアコンもカーテンもやめて太陽の動向にストレートに支配されるようになったおかげである。何しろエアコンなしってことは外気と連動して暮らすってことだから外気の影響を遮断するカーテンの意味ないのよ。むしろ太陽の恵みをカーテンに邪魔されたくないと思ったことが奏功した。  今にして思えば、私は自然を征服することを諦め、自然のおすそ分けにすがって生きることを選択したのである。無論そこには厳しさもあるが、厳しさがまた楽しさも生む永遠の循環。全くよくできている。何より自然を敵に回したところで長い目で見れば勝てるはずもない。私は最強の勝ち馬に乗ったのだ。 ◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行 ※AERA 2022年5月23日号

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    誰のための「AV新法」なのか 「リアル」を求める撮影現場の実態とずれた骨子案の危うさ

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、AVに関する新法について。 *   *  *  映画監督の小林勇貴氏が、リアリティーを出すために子役を実際に殴る演出をしていたことに批判が集まっている。実際の映像を見ると、体格の良い成人男性が、自分の半分もないような子どもを地面に押さえつけ、髪の毛をつかみ、大声を出しながら殴っている。殴られている子どもの心理は見ている側には分からない。「怖がっている」のは演技なのか、演技ではないのか。その境はどこにあるのか。殴る側はどのような心理なのだろう。監督に「殴れ」と言われたら、たとえ相手が子どもであっても、「殴る」ことは「業務」になってしまうのだろうか。  実際、殴っていた男性は、いったん「カット!」の声がかかると、スッと、何の違和感もなく、それまでのことがウソのように「素」に戻っていた。殴られていた子どもはすぐには気持ちを切り替えることはできないようで、頬を押さえ目を伏せているように見える。そんな子どもに、周りの大人たちが「よくがんばった!」などと明るくいたわるように声をかけていた。 「異常な光景だ」と、ネット上では小林監督への批判が集中している。確かに、問題のある映像だと私も心から思う。一方で、この映像に私はとても既視感をもつ。こうした演出という名のもとでの暴力は、AVの撮影でも同じように行われている。  年間3万本制作されているAVの現場で行われているのは、実際の性交、実際の暴力である。男性器を肛門や膣や口に挿入するだけではない。女性を殴ったり、水の中に顔をうずめさせたり、圧縮袋に入れて窒息寸前まで苦しめるようなことをしたりなど、女性が苦痛にもだえるような姿が記録されている映像は無数にある。何らかの特殊映像が使われているとか、本当は圧縮袋に入れられていないのに圧縮袋に入れられている演技をしているとかいうのではなく、実際に圧縮袋に入れられた女性が映像として記録されるのだ。もちろん、事故も起きる。2004年には女性に薬物を吸わせ、肛門に器具を挿入して破裂させ、直腸に重傷を負わせる事件も起きている。処置が少しでも遅ければ女性は死んでいたといわれている。 「AVはファンタジー」とは言われているが、実際に現場で行われているのはファンタジーではなく、リアルな暴力である。俳優が性交を演じているのではなく、被写体になった人が性交している行為が記録されている、というほうがむしろ正しい表現なのだと、私はAV被害者を支援する団体に関わることで実感している。  AVに出演したことによる被害を訴える人たちが、ほぼ全員口をそろえて言うことは「俳優としての技術は求められたことはない」というものだ。ただ自分が性交しているシーン、暴力を受けているシーンを記録されているだけという意識が圧倒的である。まさに、子どもを大人が殴り続けたシーンのように。本気で怯える子どもの顔を「撮る」ために、AVのカメラは回されている。  いま、AVに関する新法が、つくられようとしている。  きっかけは、今年、改正民法が施行され、18歳、19歳の取り消し権が使えなくなってしまったことだった。成年年齢が引き下げられることで、AV出演に巻き込まれる子どもたちが増えてしまうかもしれないという懸念の声があがり、世論が大きく動いたこともあって与党議員たちが動いたのだ。私自身、この動きにはとても期待をよせていた。  ところが、先日、与党のプロジェクトチームから提案された法案の骨子案に、衝撃を受けている。悪質な業者を排除するための細かな規則はつくられているが、最大の問題は、性交が契約に入ってしまっていることだ。つまり、性交を契約上の業務として国が認めたということになる。セックスを国が業務として認める、初めての法律でもある。AVの中でこれまで行われてきたリアルな性交は、罰する法律がなかっただけでグレーゾーンの状態で行われていた。そのことに、今後は国がおすみつきを与えることになる。  改めて、AVとは何だろう。  そんな思いにかられる。なぜ、性交を演じる、のではなく、「リアル」が求められなければいけないのだろう。妊娠や性感染症のリスクもある。今ある「売春防止法」にだって抵触する問題もある。AVが「作品」であり「表現物」だというのならば、なぜセックスを「演じる」のではいけないのだろうか。  水原希子さん、さとうほなみさん主演の「彼女」(Netflix)で、日本で初めてインティマシー・コーディネーターが起用されたことが話題になっている。性的なシーンを撮るときに、監督の意図、そして俳優の許容範囲などを丁寧に探り、監督と俳優双方の合意を得る仕事だ。撮影時にも、撮影人数を制限するなどの配慮をし、環境づくりをするともいわれている。俳優の人権、俳優のバウンダリー(身体、精神的に、許容できる境界線)を尊重することが、今、世界の「表現」界では求められている。物語に必要ではないのに、過激なセックスシーンをあえて入れる、女性の裸体を必要以上に露出させるような「演出」、女優に過酷な性的表現を強いるような表現物にセンシティブであろうとしているのが、今の流れだともいえる。  そういう中で、「あくまでもリアル性交」「リアル暴力」にこだわる日本のAVは何だろう。それにおすみつきを与えようとする法案は、誰のことを見ているものなのだろう。  骨子案には契約の問題が細かく記されていた。契約に問題があれば訴えればいい、ということである。しかし、契約が盤石ならば被害は生まれないというのは、性暴力被害、AV被害の実態を知らない甘い考えだ。実際、契約書に自分の意思で自分の手で自分の名前を書いたとしても、それが完全に契約を理解したものだとは限らない。特に若ければ若いほど、判断は未熟なものになるだろう。  例えば、今、AV業界では契約の際にカメラを回すことが求められている。それは強引な契約ではないということの証拠として、メーカー側に保存されるものだ。でも、考えてみてほしい。社会経験が圧倒的にない若い女性が、大人の男たちに囲まれていたらどうだろう。撮影の当日、ギリギリまで出たくないと思っているのに、「契約にサインしたのは君だよ?」「撮影をばらしたら、数百万円の損失になるよ」などと言われたら、断れなくなる。  怒鳴られたわけではなく、殴られて出演を強いられたわけでもない。自分の手でサインし、自分の足で現場に向かい、自分で服を脱ぐ。でも、それはどこからが自分が決定したことなのか、どこからが諦めたことなのか……自分でも分からない。それが、AV出演の被害の実態だ。契約がしっかりしていればしているほど、被害を口にすることは難しくなる。ノーと言えなかった。怖かった。フリーズしていた。あれは性暴力だった。と思いながらも、被害の証拠を残せなくなるのだ。  今回、与党が出してきた骨子案は、そういった性被害者の声を伝えてきた支援団体の思いを踏みにじる内容に私には読める。むしろ業者側に都合よく、今後、業者が「適正」に性交をリアルに記録し、安全に業界を維持できるものになっていくだろう。そこでうまれる被害の大きさを思うと、あまりにもつらい。  今回の骨子案に関わった議員の一人は、AV被害者の支援団体のヒアリングの場で、「この骨子案は寝ないでつくった。がんばった」ということを強調していた。「まだ不十分な法律かもしれないが、それでも一歩進めるべきだとは思わないのか」と言う議員もいた。今回の骨子案は18歳、19歳に限らず、全ての年代で、契約に問題があった場合は契約解除ができるというものでもある。確かに、この骨子案で救われる被害者もいるだろう。でも、それ以上に被害が拡大する可能性のほうが大きいことは、被害者支援に関わる経験をもつ者には一目瞭然でもある。  いったい、誰のための、何のためのAV新法だろう。こんな大切な法案を、力ずくで通してはいけないのではないか。

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    外でマスクは不要?世界が規制を撤廃する中、日本は慎重な姿勢 不要とする専門家の見解は

     世界で「マスクなし」の動きが広がるなか、日本では是非をめぐる議論が続く。「外では不要」とする専門家が語る、その理由と条件は。AERA2022年5月30日号の記事を紹介する。 *  *  *  東京都内の女性(35)は、眉毛を描くのが下手になっていることに気づいて愕然(がくぜん)とした。 「そういえばこの2年、まともに化粧をしていない」  ゴールデンウィークに男友達とコロナ禍以降初めて会うため、化粧をしようとしたら、腕が落ちていた。ずっと使っていなかった口紅は変なにおいがしたので、やむを得ず捨てた。 「このままマスク生活が続いてほしい」と話すのは、営業職の男性(41)。肌が弱く、ひげそりで肌がひりつく。毎朝つらかったが、マスクで苦行から解放された。今は1週間に1回程度しか、そっていない。 ■顔と名前覚えられない  マスクを歓迎している人もいれば、マスクで苦労している人もいる。  昨年、新卒で就職した女性は、入社時からテレワーク。先輩や同僚と職場で顔を合わせた回数はごくわずかだ。オンライン会議で顔を見ているのに、リアルではマスクで顔が隠れているので、名前がわからない。取引先も、マスクで印象が残りづらく、顔と名前が覚えられない。親しげに相手から話しかけられると、「この人、どこの何さん?」と戸惑ってしまう。  フレイル(虚弱)を心配するのは、やや難聴の母親(85)を持つ女性だ。母親はマスクの相手の声が聞き取りづらい。表情が隠れ、唇の動きが見えないのも、聞き取りづらさに拍車をかける。「聞き返すのが嫌」と、母親は家にこもりがちになった。補聴器は「年寄りくさい」と拒否する。2年で足腰がめっきり弱ったように感じている。  ワクチン接種が進み、重症化しにくいとされる変異株が出てきたことなどから、欧米ではマスク着用義務の撤廃や緩和の動きが広まっている。  英国イングランドは1月、屋内の公共施設でのマスク着用義務など規制の多くを撤廃。米国CDC(疾病対策センター)は2月、「感染状況の落ち着いている地域はマスク不要。公共交通機関では着用」という指針を発表したが、フロリダ州の連邦判事が「マスク義務づけは違法」との判決を出し、全米で着用義務が無効になった。 ■世界は緩和、日本は  韓国も5月2日、屋外でのマスク着用義務が解除された。ただし、屋内や50人以上が集まる屋外の集会などは着用が義務付けられている。  一方、日本では岸田文雄首相が12日の参院厚生労働委員会で「基本的予防策としてマスクの着用は極めて重要」と強調し、屋外については「人との距離が十分取れれば必ずしも必要でない」と述べた。  日本の「マスク着用義務撤廃」の日は来るのか。公衆衛生学や感染症政策を専門とする関西大学社会安全学部教授の高鳥毛敏雄さんは言う。 「日本は、国民も事業者も、国が自分たちを守って当たり前という考え方が強い。一方、欧米は『国や行政に規制されたくない。自分たちの身は自分たちで守るものだ』という意識が強く、マスク着用義務の撤廃後、感染者が増えたとしても、政府を批判することにはならない」と指摘。その上で「『欧米がマスク着用義務終了となったから日本でも』とはならないでしょう。今後は、政府はメディアの報道と国民の反応を見ながら、一律にマスク着用しなくてよいという方針を出し、それも丸投げではなく、専門的な知識を持った人がマスクの着用を必要とするいくつかの具体的なポイントを出すべきです」と話す。(ライター・羽根田真智)※AERA 2022年5月30日号より抜粋

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    18時間前

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    ドキュメンタリー映画が公開されたオードリー・ヘプバーン 息子が語る「母が築いた新しい女性像」

     スクリーンの妖精、永遠のファッションアイコンとして輝き続けるオードリー・ヘプバーン。幼少期の戦争体験、2度の結婚と離婚、そしてユニセフ国際親善大使となるまでの素顔を映した──。新連載「シネマ×SDGs」の5回目は、オードリー・ヘプバーンのドキュメンタリー『オードリー・ヘプバーン』に全面協力した息子ショーン・ヘプバーン・ファーラーを直撃した。 *  *  *  私にとってオードリー・ヘプバーンはまず母親だ。母は私と弟のために俳優業をいったん離れ、スイスの田舎の家で暮らしてくれた。一緒に宿題をして学校の送り迎えをしてくれたことは、私たち兄弟にとって最大の贈り物だ。  そのうちに彼女が俳優だと気づいた。屋根裏部屋にシーツを張って、16ミリフィルムの母の作品をそこに映して見たのが最初だよ。母のダンサーになる夢が叶(かな)った「パリの恋人」が特に好きかな。  彼女がどれだけすごい人だったかを実感したのは亡くなってから。外面や内面の美しさだけでなく、晩年の人道的な活動が人々の心に強く残ったからだと思う。  子どものころ夕食を残すと「世界中にこれだけ食べ物のない子どもたちがいるのに」と言われた。「私も戦争中にチューリップの球根や豆でできたパンを食べたし、飢餓を経験したのよ」と。戦争体験は母に身体的にも精神的にも大きな影響を与えた。両親の離婚で父に捨てられた喪失感も強くあった。そうした経験があったからこそ、母はユニセフで子どもや女性のために活動をしたのだろう。  母は仕事と家庭を持ちながら、自分の力で成功を切り開いた女性の先駆者でもある。「ティファニーで朝食を」で演じたホリー・ゴライトリーのように。それまでの豊満で金髪というハリウッドのセックスシンボルではなく、自らの個性を生かして、女性にも男性にも好かれる「新しいタイプの女性像」を築いたんだ。  母は神殿に暮らすスターではなく、アパートの同じ階に暮らしているような女性だ。黒いドレスのシンプルな装いで外の世界に出かけていく。私たちと同じ「普通の人」だからこそ、ここまで多くの人に愛されてきた。彼女の哲学を映画から感じてもらえればと思う。 (取材/文・中村千晶)※AERA 2022年5月23日号

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    平野レミ「家計簿はつけたことない」 銀座シャンソン歌手から料理への道

     平野レミさんといえば「料理の人」「レミパンの人」。時に驚くほどユニークなものもありながら、実用性もおいしさも満点のレシピをマシンガントークで繰り出すスタイルがテレビでもネットでも大人気だ。シャンソン歌手から現在までの軌跡を元気に語ってくれた。 *  *  * 「アエラさん? あっ、マネーの増刊なのね。私、家計簿ってこれまでつけたことがないのよ~。数字とにらめっこなんて、私には無理よ、アハハハ!」  全身から太陽のような「元気オーラ」が出ている。つられてこちらも笑顔になる。  レミさんが唯一、お金をかけるのは食器と調味料だという。 「食器は『いいな』と思ったらすぐ買っちゃうの。もう1000点以上あるかな、数えたことないけど。今、新しい料理の本を作っているところなんだけど、『レミさんのうちの食器で写真を撮影しましょうよ』って話になっているくらい」  調味料は値が張っても安全なものを選ぶ。 「しょうゆやみりん、みそ、このあたりはケチりたくないの。むか~し、お医者さんから『今日食べたものが3カ月後に血や肉になっているから毎回の食事が大切だ』って聞いたのよ。  子どもが小さいときも、高価な有機野菜をわざわざ取り寄せたりしていたわね。だって体が一番大事でしょ?」  食器と調味料以外は物欲がない。 「ダイヤモンドとか洋服とか、本当に興味がない。欲しいもの、ないわ」  特に目的なく買い物がてらブラブラすることが好きな人も多いが、レミさんは仕事柄、日本全国を飛び回る生活。 「そうそう! 飛行機もたくさん乗るので、マイルがたまるのね。でもマイルの使い道がなくて。欲しいものがないから、有効期限ギリギリになると、いつも困っちゃうの。えっ、そのマイルを使ってタダで飛行機に乗れるの? なるほど~!」  マイルの有効期限はそこまで短くないが、そもそも金欲がないのでマイルやポイントの残高を日頃からチェックすることもない。有効期限が来たことに気づかないまま時が過ぎることも、ありそうだ。 「要するに、すっごく無精なのよ! それと『せっかち』。美容院も苦手でね、パーマなんかで長いこと座っているとがまんできなくなるの。で、『打ち合わせがあったんだ! 大変大変!』って、ビチョビチョのまんま途中で帰ってきちゃう」  レミさんはもともとシャンソン歌手だ。日米のハーフでフランス文学者の平野威馬雄(いまお)さんを父に持ち、早くから音楽に触れていた。家には外国人の来訪も多かった。50年以上前の話である。 「外国人のお客さんがLPレコードを持ってきてくれるのが、うれしかった。レコード盤に針を落とすと、日本の歌とは全然違うメロディーが流れてきて素敵だった」  誰に言われるでもなく、一人で歌うようになった。 「歌が大好きで。広い庭に柱と屋根だけの東屋(あずまや)や温室があって、大きな声で毎日歌ってた。そのうち父が、『本気で歌をやるなら、習うか?』って言ってくれたの」  レミさんが歌のレッスンに通いはじめたのは16歳の頃。日本ではじめて歌劇「カルメン」を演じた声楽家、佐藤美子先生の元に連れていかれた。 「先生がね、プロになろうなんて絶対に思っちゃダメですよって私に言うのよ。プロはお金を取るのが商売で、お金はとっても汚らわしいものだから、プロを目指すなって。でもね、先生は私から月謝を取っていたけどね(笑)。おかしいわよね」  目をくるんと回して「月謝を取っていたけどね」というレミさんに一同爆笑。憎めない。みなから笑顔を引き出す。  レミさんは「プロ禁止」と先生に言われながらも内緒で、東京・銀座にある「日航ミュージックサロン」でオーディションを受けた。腕試しがしたかった。 「とびきりいい声を出そうと思って、ドロップを口いっぱいに入れて出番を待っていたら、意外に早く名前を呼ばれちゃった。  慌ててドロップを一番前のお客さんの灰皿に『スミマセン』と言って口からベーッと吐き出して歌ったら合格。ドロップのおかげじゃないわよ、歌が上手だったのよ!」  日航ミュージックサロンでのレミさんの歌の評判は広まり、ほどなくして「銀巴里(ぎんぱり)」から声がかかった。銀巴里は、1951年から1990年まで東京・銀座にあった日本初のシャンソン喫茶。美輪明宏、青江三奈、戸川昌子、岸洋子らを輩出し、日本のシャンソン文化の拠点だった。銀巴里と日航ミュージックサロンは銀座通りを挟んで目と鼻の先。 「歌のステージが終わったらドレスをたくし上げて、譜面を片手に銀座の街をハイヒールでタッタカ駆けて。何度も往復するの。楽しかったわ」  レミさんの美声は新たなチャンスとその後の出会いも呼び込む。 「そのうち、日本コロムビアからお誘いがあったの。うちからレコードを出しませんかって」  即、OKした。レミさんのデビュー曲は「誘惑のバイヨン」。シャンソンではなく歌謡曲だった。シャンソンは下火になってきたからしばらくお預け、と言われて渋々がまんした。 「近所のおじさんから『<誘惑のバイヨン>が北海道のストリップ劇場で流れてたよ』って聞いて、複雑な気分だったわよ」  デビュー曲は幸か不幸か「中ヒット」。そのため2曲目も3曲目も歌謡曲だった。4曲目のタイトルは「カモネギ音頭」。プロモーションのため、銀座の歩行者天国でカゴいっぱいのネギを背負って歩いてほしいと言われた。 「や~めた。そんなこと、絶対にやりたくないもの」  しばらく家にいたら、今度はTBSラジオから出演の誘いがあった。月曜から金曜の昼の生放送だった。「何でも好きなことをいっぱいしゃべっていいから」と言われて自由に話したらリスナーに大受けし、2年半続いた。相方は久米宏さんだった。 「ラジオもね、ちょっとした手違いがあったのよ。新人紹介パンフレットに載っていた顔写真と名前が私と辺見マリさんで入れ替わっていたらしいの。辺見マリさんの顔写真の下に私の名前があって。  TBSラジオは辺見マリさんの写真を見て『かわいいじゃないの』って平野レミにオファーしたわけ。マリさんは人生の恩人ね(笑)」  後に伴侶となる和田誠さんと知り合ったのもこの頃だ。和田さんは日本の職業イラストレーターの草分けである。映画監督としてメガホンを取り、エッセイストや童話作家としても才能を発揮した人物だが、2019年10月にこの世を去った。レミさんは亡き夫を今も「和田さん」と呼ぶ。  アプローチは和田さんから。テレビの生放送で歌い出しの調子が悪かったレミさんが「もう1回最初から!」とバンドに伴奏のやり直しを求める一幕があった。それを見ていた和田さんが興味を持ったという。確かに生放送で「もう1回!」と言う歌手なんて、なかなかいないだろう。 「和田さんが久米さんに私を紹介するよう頼んだのよ。そうしたら久米さんは和田さんに『一生を棒に振りますよ』って言ったんだって、まったく失礼しちゃうわよね。でも久米さんは自叙伝に『あれほどのおしどり夫婦になるとは夢にも思わなかった』とも書いてるわよ」  レミさんは和田さんとTBS地下のしゃぶしゃぶ店『ざくろ』ではじめて会い、それから10日ほどで結婚を決めた。ざくろに行く前、久米さんはレミさんに「食べたらすぐ帰ってくるんだよ」と声をかけた。 「きっと久米さんは私のこと好きだったのね。ウソよウソだって、絶対そんなことないって! アハハハ! カットカット!」  結婚後、レミさんは料理に力を入れるようになる。来客を通じてその味が評判になり、テレビ出演の話が来た。  料理愛好家と名乗るようになったのもその頃だ。当時、そんな肩書をつけている人はいなかった。レミさんは料理を研究しているのではなく、家族が大好きな家族愛好家。家族のために料理を作るから料理愛好家。唯一無二の「レミさん愛好家」だった和田さんの発案である。  レミさんの味覚の土台を作ったのは父の威馬雄さんだ。 「都立上野高校に通っていた時代、父がちょくちょく校門まで迎えにくるわけ。で、『映画館に行こう』って早退させられるの(笑)。映画のあと、いつもおいしいものを食べさせてくれた。中華がおいしかったな。おそば。エビも入っていて、片栗粉でとろ~んとしたおつゆがおいしかった」  私たちがテレビなどで見るレミさんはいつも元気いっぱい。「嫌なことはあまりない」というが、たまには本気で怒る。 「事件」の発端は、とある料理雑誌。ある号で、大きなタイトル文字が料理の写真にかぶっていた。 「『私の料理が死んでしまうからやめて! 文字をかぶせないようにして!』ってお願いしたの。そうしたら、編集者が『あなたよりデザイナーのほうが立場的に上だから応じられない』って。『誰がエライとかおかしいわよ!』って大ゲンカしちゃった。料理が一番大事なのに。このことを和田さんに言ったら『上手なデザイナーは料理写真の上に大きな文字を置いたりしないよ』ってわかってくれた。うれしかった」 「平野レミ料理」で画像検索すると上位にヒットするのがブロッコリーレシピだ。 「まるごとブロッコリーのたらこソース」を取り上げた料理番組の画面ショットで、ネット上では『伝説』とも言われている。皿の上に立てた丸ごと1個のブロッコリーに、クリーミーなたらこソースをたっぷりかけているのだが、収録中にブロッコリーが倒れてしまった。 「NHKから相談されたのよ。ブロッコリーって小さな房に分けて、ゆでてマヨネーズで食べるしかない感じだけど、何かいいアイデアはないかって。だから小さく分けないで、ブロッコリーに敬意を表してお皿にドンって立たせてみただけよ」  大マジメである。 「ブロッコリーが倒れるとは何事かって、あとからクレームが入っちゃった。でも立ってるものがたまに倒れるのは当たり前よ。立ってるものはずっと立っているべきで、絶対に倒れちゃいけないなんて、そっちのほうが変じゃない?」 (このとき取材陣は笑いをこらえるのに必死だった――いや、笑ってしまっていた)  レミさんの人生で一番悲しかった出来事は、夫である和田さんの他界だ。 「和田さんは何でも知っているし、何を聞いても教えてくれるし、嫌なことがあれば全部解決してくれた」 「和田さんの手のひらの上で踊っていただけなのよ。自由に、好きなことをやっていたの。その手のひらがなくなったから、今はストーンと奈落の底」 「そこから、はい上がるまでの……」そう言いかけてレミさんはフッと沈んだ表情になり、「まだ、はい上がっている途中なんだけどね」と続けた。 「昔から、伴侶に先立たれた人はこんな気持ちを味わってきたのね。たくさんの人が経験することなのにね」  時折しょんぼりするレミさんの気持ちを前に向かせるのは料理だ。 「仕事を持っている人、好きなことをいっぱい持っている人の勝ちだね」  という言葉に力強さと実感がこもる。  食べることも、作ることも、レシピを紹介することも好きなレミさんだが、掃除は苦手だという。   かつてレミさん宅に泥棒が入ったことがある。犯人はほどなく捕まった。その犯人が刑事に「家があまりに散らかっていたものだから、自分より先に泥棒が入ったと思った」と打ち明けたという。 「確かに私は掃除ができないけど、泥棒が入ったあとほど散らかってないわよ。いや、散らかってたかな?」と笑い飛ばす。  盗まれたのは100万円で、犯人が逮捕されてお金は戻ってきた。 「ちょうどその頃、和田さんが菊池寛賞を取って100万円もらったから、泥棒さんから戻ってきたお金と合わせて200万円ね。うちが急にお金持ちになっちゃった」  いや、戻ってきたお金は……と突っ込むのはもちろん野暮である。  家計はレミさんに任されていたが、管理とはほど遠かったようだ。 「お金はキッチンの引き出しに入れて、買い物のとき持っていく方式だったかな。あの頃はまだ、クレジットカード時代じゃなかったのよね。子どものお小遣いも、引き出しから渡していたの。ぜ~んぶアバウト。引き出しにお金が入っていることを子どもは知っていたけど、勝手に手をつけることもなかったと思う」  レミさんがポジティブな生き方を続けてきた秘訣(ひけつ)は何だろう。 「自分が嫌なことはしない! 嫌な人とは付き合わない! これだけで、ここまで来ちゃった。世の中にはいろんな人がいるでしょ。嫌な人ってピピッとくるのよね」  顔つきや目つきだけでなく、話していてもおもしろくない。だから避ける。 「しゃべり方も大事なのかな。嫌な人って電話の『もしもし』から暗いわよね」  不幸を運んできそうな人を勘で寄せつけないのがレミさん流の防衛術だ。  現在、世相は決して明るくないが、食べ物で元気になれるとレミさんは信じる。 「一番好きなものを食べて! 私の大好物は牛肉。サシがいっぱい入ったところね。ヒレも柔らくておいしい。ニンニクしょうゆが合う。そう、私、ニンニクが大好きなのね。パクチーも好き。あっ、トマトも好き。それから、えーとね……」 「胃下垂かな」とおどけて見せるほど食欲は旺盛だ。本人の元気に周りは引き込まれる。 「今度おじゃまさせてください」と言われたら、社交辞令かもしれないのに「今度来るってよ! いつがいいかな!?」と素直に喜び、大騒ぎ(レミさんのマネジャー談)。  その様子に周囲は元気をもらう。確かに本誌取材陣も元気をもらった。 (編集・文/大場宏明、編集部・中島晶子) ※アエラ増刊「AERA Money 2022夏号」より抜粋。平野レミさんはお金に関してにこだわりがありませんが、「AERA Money」では超ビギナー向けの資産運用術をわかりやすく解説しています!

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    皇后雅子さま 赤十字大会で「うっかり」ハプニングと衣装のリメイクが意味すること

     5月19日、皇后雅子さまが全国赤十字大会に出席した。単独の皇居外での公務は2019年8月のナイチンゲール記章授与式に出席して以来、2年9カ月ぶりであった。ご体調も良く、この日、とびきりの笑顔を見せた雅子さま。実は、雅子さまは衣装をリメイクすることも多いのだ。 *  *  * 「私の娘の愛子と同じ年の21歳ですよね。すごくしっかりしていますね」 「あ、オハイオ州!」   雅子さまは会場を出る際、奉迎に立った青少年赤十字卒業生奉仕団の大学生らの緊張を解こうとするかのように、和やかなムードで話しかけた。  19日、渋谷区の明治神宮会館で全国赤十字大会が3年ぶりに開催された。日本赤十字社の名誉総裁を務める雅子さまは、副総裁の紀子さまや他の妃殿下とともに出席した。 ■体調の好調ぶりが伝わる場面が何度も  日本赤十字社と皇后のつながりは深い。  1912年に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后は、赤十字の活動のために現在の3億5千万円相当にあたる10万円を寄付した。これにより「昭憲皇太后基金」が設立された。  第一次世界大戦の勃発が迫るなかで、各国の赤十字社は戦場での救護に追われていた。加えて地震や台風、火災などの自然災害の脅威にもさらされるなかでの国際基金の設立は画期的なことであった。この基金は現在も、世界中の赤十字の活動に使われている。  1947年には、香淳皇后が日本赤十字社の名誉総裁に就任。以来、歴代皇后がその役を務める。  皇后の重要な公務のひとつであり、雅子さまが皇居の外で単独で務める公務としては、2年9カ月ぶりだった。  この日は体調の良さが伝わる場面が何度もあった。  記事冒頭の写真は、追っかけ大学生の阿部満幹さんが帰路につく雅子さまを撮影した一枚だ。注目したいのは、雅子さまがしっかりとカメラ目線であることだ。  体調の悪いときは、人の視線を避けることが多かった。「最近は、しっかりと目線を合わせてくださいます。僕も、カメラ目線の写真を撮影できる機会が増えました。この日は晴天に恵まれて、太陽の日差しがちょうどスポットライトのように皇后さまを照らしていました。なにより、笑顔は自信に満ちていらしゃいました」 ■「うっかり!」ハプニングの皇后雅子さま  大会では皇后が日赤の事業に貢献した13名に有功章を授与する。久しぶりの単独公務で雅子さまも緊張していたのだろうか。  こんなシーンもあった。  受章者はまず壇上で一礼して、さらに名誉総裁である皇后雅子さまの前に一礼したのち授与される。  1人目の受章者が、雅子さまの前に歩を進めた。ところが、受章者が2度目の礼をする前に、雅子さまが有功章を渡しかけてしまうというハプニングも。  5人目の受章者は、車椅子で壇上に上がった。雅子さまが、身体をかがめて視線を合わせながら授与するその姿は、国民とともに歩んだ平成の皇室を彷彿とさせた。  この全国赤十字大会で名誉総裁を務める皇后は、平成の時代から白を基調に紺などのブルー系の差し色が入ったスーツを着ることが多い。名誉総裁の皇后や名誉副総裁に就く皇族妃は、赤十字社の赤色の記章を胸に付ける。記章が目立つようにとの配慮だと思われる。  2019年5月に催された前回の大会のときも雅子さまは、白を基調に紺のアクセントが入ったスーツを着こなしている。  令和皇室の色がにじむのは、この日の雅子さまの着こなしだ。  この日、追っかけで集まった皇室ファンの間でも、「雅子さまのスーツは新調されたものでは?」と話題になっていた。その通り、スーツは新調されている。  しかし、帽子はリメイクだ。  事情を知る関係者がこう話す。 「皇后さまのスーツの襟と袖口とポケットには、夏らしく紺のオーガンジーの素材が使われています。同じ紺のオーガンジー生地を二重に重ねて、前からお使いになっていた帽子のリボンの部分を張り替えて、今回は着用されました。皇太子妃時代から、リメイクなさることは少なくないのです」  リメイクといえば、昨年12月に二十歳の成年を迎えた愛子さまは、ティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて成年の儀式に臨んだ。サイズを合わせるために多少の手直しは、必要だったと思われる。  コロナ禍で厳しい生活を送る国民に配慮し、両陛下と相談して決めたと公表され、海外紙なども「思慮深いプリンセス」と令和の天皇ご一家を絶賛した。  皇后雅子さまと内親王の愛子さまが国民の生活に心を寄せた結果、意識的に衣装などのリメイクをなさっている部分もあるだろう。 「たしかに、お持ちの衣装をきれいに大切にお使いです。リメイクされることも少なくありません」  天皇ご一家を知る関係者はそう話すが、一方で、別の理由もあると言う。 ■オーダーメイドに耐えうる皇族方の体力  天皇や皇族方が公務で着用する衣装は、オーダーメイドでデザイナーが仕立てる。そのためには、採寸や仮縫いなどに要する時間もあり、発注するご本人も体力が必要だ。  雅子さまは、まだご体調に波があり、オーダーで仕立てるのが難しい時期もあった。また、公務への出席がギリギリまで判明しないため、長い間、新しい衣装を作らず、昔の衣装のサイズ直しをしたり軽いリフォームを施して着用することも少なくなかった。 「その意味では、今回スーツをオーダーなさったのは、ご体調がよい状況が続いた証しですね」(宮内庁関係者)  大会が終わり、会場となった渋谷区の明治神宮会館を出発した。車から手をふる雅子さまは、ひと目姿を見ようと集まった人びとに、とびきりの笑顔を見せた。 (AERAdot.編集部・永井貴子)

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    ミッツ・マングローブ「真っ赤なダチョウ倶楽部の想い出」

     ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「ダチョウ倶楽部」について。 *  *  *  テレビなどで気を付けなければならないのが「衣装の色かぶり」というやつです。別に誰が自分と同じ色を着ようと気にしない人たちもいますが、特に「女性装」をするタレント同士は「先輩に色を譲る」のが、今も芸能界における暗黙のルールとなっています。  中でも大人数が出る番組やイベントなどでは、あらかじめ共演者を把握し、女性もしくは女装寄りの人たちが「何系の何色をお召しになるか」を事前に確認するのが通例です。また、カズレーザーさんや平山みきさんのようにテーマカラーが決まっている人との「かぶり」にも気を付けるようにしています。なんだかとても芸能界っぽくて、この作業が私は好きです。  実はそんな「色かぶり」で、先日ヤラかしてしまいました。それは今年の3月。某歌番組のトークコーナーに出演した際のこと。私の他にも、タレントやアーティストやアイドルが総勢10人ほど名を連ねていました。いつものように私は、共演する女性タレント・女性アーティスト・女性アナウンサーの衣装の色と、自分の座り位置を確認した上で「真っ赤なロングジャケット」をその日の衣装に選んだのですが……。  台本に記された私の座り位置は、横2列になったトークセットの1列目の右側。左隣にはアーティストのAIさんがいらっしゃいました。AIさんの衣装はオレンジ系というところまでは確認済みです。さらに台本を見ると、私とAIさんの後ろ(2列目)にはダチョウ倶楽部のお名前がありました。  スタジオに入ると、すでにダチョウ倶楽部の皆さんはお揃いでした。しかし次の瞬間、私の目に飛び込んできたのは、それはそれは鮮やかな上下真っ赤なタキシードに身を包んだ御三方の姿。思わず「うわっ!」と声を出してしまうほど。完全にやっちまいました。  一概に赤と言ってもいろいろな赤があります。系統の違う赤であればギリギリセーフかもしれませんが、よりによって私の着ている赤とダチョウさんの赤は、まるで示し合わせたかのように「同じ赤」でした。よもや「ダチョウ倶楽部と色かぶりする」など夢にも思っていなかった展開です。 「すいません! 色かぶってしまって!」などと無駄に大声で謝る私に、いつも優しい御三方は「全然! 気にしないでいいよ!」と言ってくださいましたが、いざセットに座ってモニターに映る5人(ダチョウ倶楽部・AIさん・私)のグループショットは、ただただ「赤い4人組とAI」にしか見えない。それどころか私がひとり前列にいることで、「ミッツ with ダチョウ倶楽部」みたいではありませんか。隣のAIさんもモニターが5人のショットになる度に笑っています。  かなりバツの悪い気持ちでいたところ、後ろに座っていた上島竜兵さんが「なんだかミッツと俺らでグループみたいだな!」と笑いました。すると寺門さんと肥後リーダーも「確かに。ムード歌謡とか唄いそうだもんな」と乗ってくださり、一気に場が和んだのです。  申し訳なさと嬉しさでいっぱいになったのは言うまでもありません。これからもあの赤いジャケットを着る度、「ミッツ with ダチョウ倶楽部」を想い出すでしょう。 ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する※週刊朝日  2022年5月27日号

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    小・中学時代のケガが再発する選手たち…行き過ぎた「勝利至上主義」は自己肯定感も下げる

     秀岳館高校サッカー部の暴力問題は、今も勝利至上主義が残る実態を露呈した。スポーツする子どもを守るにはどうすればいいのか。AERA 2022年5月30日号の記事を紹介する。 *  *  *  今年4月、静岡県掛川市で一風変わった学童野球チームが始動した。練習は週2回で、他競技との掛け持ちも推奨。練習の3分の1は基礎体力、運動能力を高めるフィジカルトレーニングにあてる。何より、大半のチームが加盟する全日本軟式野球連盟に加わらず、公式戦に出場しない。このチーム「グッドフェローズ」の創設者で、ヘッドコーチの甲賀英敏さんは言う。 「運動の基礎となる体づくり・障害予防・野球の技術の三位一体で取り組む、『育成』に重きを置いたチームです」  理学療法士でもある甲賀さんは、静岡県高校野球連盟のメディカルサポート代表を務める。19年にわたる活動で、ケガで満足にプレーできない選手を多く見た。多いのは小・中学校時代のケガの再発だ。試合数の多い学童野球では、年間100試合超をこなすチームもある。 「高校野球では障害予防の意識の高まりや球数制限の導入などもあり、10年前と比べればケガや痛みを我慢しながらプレーする選手は減っています。それでも、小・中学校時代に肩や肘(ひじ)を酷使して故障し、高校で再発してしまう選手は少なくありません。勝つためにエースにずっと投げさせるチームはまだまだあって、未熟な体に無理をさせてしまうことがケガにつながります」(甲賀さん) ■細かな戦術は教えない  グッドフェローズではストレングスアンドコンディショニングコーチがフィジカルトレーニングを担当するほか、甲賀さんら障害予防のプロが身体のチェックや予防エクササイズを担い、専門医による肘や肩の検診も定期的に実施する計画だ。一方で、細かな野球の戦術は中学生以降で身につければいいという。甲賀さんはこう断言する。 「学童野球での活躍と、その後の野球人生の充実は比例しません。目先の勝利至上主義から脱却し、高校以降を見据えて万全の状態で子どもたちを送り出したいと思っています」  甲賀さんもキーワードに挙げる「勝利至上主義」。文字通り勝ちを至高のものとする風潮が近年、若年層のスポーツ現場で大きな問題になっている。  全日本柔道連盟は3月、「行き過ぎた勝利至上主義が散見される」として、小学生の全国大会廃止を発表した。判定を不服として保護者や指導者が審判に罵声を浴びせたり、児童に減量を強要したりするケースが相次いでいたという。  報道されている熊本県の秀岳館高校男子サッカー部のコーチによる暴力も、行き過ぎた勝利至上主義の結果と言えるだろう。 ■自己肯定感が低下へ  ラグビー元日本代表で神戸親和女子大学教授の平尾剛さん(スポーツ教育学)は言う。 「アマチュアスポーツの本質は勝利そのものではなく、勝利を目指す過程で何かを身につけたり、一生懸命取り組むことでプロセスが充実したりすることでしょう。しかし、勝つことを最も価値があるとみなし、それ以外をすべて従属させるかのような短絡思考が若年層のスポーツ現場でもしばしばみられます」  勝利至上主義はケガ以外にもさまざまな問題があるという。 「コーチが求めるようにできないと自信を無くし、自己肯定感の低下につながります。さらに、選手としての将来も開けません。小学生年代なら、細かな戦術を徹底すれば結果が出ます。野球ならとにかくゴロを打って、出塁したら盗塁を繰り返せばいい。でも、それでは個々の基礎能力や技術が伸びず、上のレベルでは通用しません」(平尾教授)  保護者や指導者が過熱する例も少なくない。平尾教授は言う。 「保護者がわが子の試合結果ばかりに一喜一憂してしまう。指導者にとっても教え子が結果を出すのは栄誉ですから、親の熱と反響してやり過ぎます」 (編集部・川口穣) ※AERA 2022年5月30日号より抜粋

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    いつも「会話泥棒」されてしまうと悩む54歳女性に鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法

     いつでも「会話泥棒」をされてしまう、と悩む54歳女性。母との関係が影響しているのかと惑う相談者に、鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法。 【相談145】会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。どうしたら自分の話を聞いてもらえるでしょうか(54歳 女性 ことり)  わたしの悩みは自分の話を聞いてもらえないことです。  自分の話をしているのに相手の話になってしまう事は誰でもあるかと思います。  例えば「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」と自分が言ったとします。相手は「そうなんだ! わたしもこないだ体調悪くて病院行ったんだよね。頭がすごく痛くてさ……」と、相手の話になってしまうのです。いわゆる会話泥棒というやつです。  わたしは会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。頻度が高すぎて、自分の話を充分聞いてもらったと満足した事がありません。  会話泥棒されると、またかと諦めてしまって相手の話を聞く側に回ってしまうせいもあると思います。 「体調がどんな風に悪かったのか」「病院で何と言われたのか」  など、相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します。しかし相手はしてくれず自分の話ばかりします。  最近は諦めて、相手の話を聞かず(質問しないで)相手の話が途切れたら自分の話をするようにしています。でもそうすると話が広がらないんですよね。  人に相談すると、「聞き上手でいいじゃない」と言われますが、わたしは人の話を聞くために生きてるわけではありません。たまには自分の話を満足いくまで聞いてもらいたいのです。  思い返せば、自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのではと思います。母にはちゃんと話を聞いて欲しいと伝えた事がありますが、わたしが望むような聞き方をしてくれません。わたしが上司にパワハラを受けて相談しても、自分の習い事の先生に似たような事をされた話をされました(その場で「わたしの話を聞いてください」と言いました)。  以前自分の話ばかりする人が相談されていましたが、その人が羨ましいです。その人の話を聞いてくれる相手がいて。  わたしはこのまま自分の話を聞いてもらえた、という満足感なしで生きていかなければならないのでしょうか。どうしたら自分の話を聞いてもらえるのでしょうか。 【鴻上さんの答え】 ことりさん。「会話泥棒」という表現、僕は初めて知りました。そんな言い方があるんですね。  ことりさんは素敵な人だと思いますよ。それは、「相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します」と書かれているからです。  会話はキャッチボールだから楽しいんですよね。相手の言葉を受けて、投げ返して、また相手が返してくる。ただ、相手が一方的に投げてるだけで、こっちはボールを受けるだけだと何も楽しくないですよね。 「会話泥棒」されない一番確実な方法は、「面白い球を投げる」ことです。「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」ではなく「昨日体調が悪くて病院に行ったら、病院がコンビニになってた」です。これなら、たいていの人は「どういうこと!?」と聞いてくれます。  でも、話芸のプロでない限り、いつもいつも面白い話ができるとは限りません。  ちなみに僕は「うむ。これは誰が聞いても面白いと思うぞ」という話だけ他人にすることにしています。逆に言うと「身辺雑記」みたいな「なんでもない話」は、友達相手でもほとんどしないようにしています。しないで心の中で自分につぶやきます。僕自身、なんでもない話を振られても困ってしまうからです。「昨日、洗濯したんだ」「朝からダルいんだ」なんて言われても「そうですか」としか言えないのです。  でも、関心のある相手なら別ですね。好きだったり、興味があると「朝からダルいんだ」と言われたら、「どうしたの?」とか「働き過ぎ?」と聞きますね。  でも、もし相手が僕に関心がないと、僕が「朝からダルいんだ」と言っても、相手は困るだろうなと思っています。だから、よっぽどの相手以外には、自分からはこのレベルの話はしないのです。  でも一般的には、こういう「なんでもない話をちゃんとキャッチボールできる関係」が、本当の友達関係だと思います。  でね、ことりさん。きつい言い方ですが、ことりさんの話を「会話泥棒」する人は、ことりさんになんの関心もなく、ただ「自分の話を言いたい」つまり「発散したい」だけの人だと思います。友人のふりをしていますが、友人じゃないんですね。 「話が広がらないこと」を悲しむことりさんは、ちゃんと「キャッチボールしようという意識」がある人です。でも、自分にしか関心がない人にはそういう意識もないので、いくら話を振っても話題は広がりません。  目的は、キャッチボールではなく、発散だからです。自分の球を投げ続けて「あー、すっきりした」と思う人です。そういう人は、ことりさんのキャッチボール相手には向かないと思います。「自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのでは」と書かれていますが、これはちょっと意味が分かりません。母の呪いなら分かりますが、そんなこともないでしょう。  ですからことりさんが「会話泥棒」されない方法としては、「とびっきり面白い話をする」か「友達を選ぶ」じゃないかと思います。  ことりさんの周りに、キャッチボールの意識がある人がいれば素敵だし、「あなたの話をちゃんと聞くから、私の話も聞いてね」とか「今日は私の話をちゃんと聞いて。昨日は、あなたの話をちゃんと聞いたでしょう」というような言い方が通じる人を見つけるのです(または通じるように粘り強く会話するのです)。やがて、そういう人がキャッチボールの面白さを感じてくれれば、楽しい会話が続くようになると思います。だって、発散の楽しさより、キャッチボールの楽しさの方が間違いなく大きいのです。楽しい方を選ぶのが人間なんですから。ことりさんにぴったりの「キャッチボール相手」が見つかるように願っています。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    ヤクルト内川聖一ここまで出番なし 同じ“アラフォー2人”と対照的に苦しい立場に

     ヤクルトの内川聖一に出番が回ってこない状況が続いている。同じ“アラフォー”である先発左腕の石川雅規、外野手の青木宣親はチームに欠かせない存在となっているのとは対照的だ。球史に残る安打製造機はこのままバットを置いてしまうのだろうか……。 「DeNA戦の雨天中止は大きい。(仮に内川が今年で引退したら)最後に神宮で古巣との対戦が実現できる可能性が出てきた。シーズン終盤、満員御礼になってテレビ中継も数字が期待できそう。そこでヤクルトが優勝争いに絡んでいれば最高です」(在京テレビ局スポーツ担当者)  4月29日から神宮で予定されていたヤクルトとDeNAの連戦は3試合中2試合が雨天中止となった。コロナ禍の中ではあるが、観客の人数制限などが解除され迎えたゴールデンウィーク。書き入れ時の水入りに本来は頭が痛いところだが、関係各所からはこんな声が聞こえてきた。  打撃技術は天才とも称される内川だがここ数年は苦しんでいる。ソフトバンクでの最後のシーズンとなった2020年には二軍で3割を超える打率を残したが、キャリアで初めて一軍での出場なくシーズンが終了。昨シーズンはヤクルトに移籍して再起を誓ったが、一軍では38試合で打率.208と低迷し、日本一となったチームの中で存在感を示すことができなかった。  今季もここまで一軍での出場はないが、08年の横浜時代に右打者としてはシーズン最高となる打率.378で首位打者を獲得し、2000本安打も達成した39歳の“レジェンド”は技術的にはまだまだできる余力を残しているはずだ。 「ミート力など技術的な部分の問題はない。年齢的な衰えや視力の低下も心配されるが、ある程度は技術でカバーできる。出場機会が与えられないことが問題。メンタル部分の波があることが知られているので、一軍のベンチに入れにくい部分もあるのかもしれない」(在京球団編成担当者) 「二軍戦には継続的に出場して打率(.270)も悪くはない。コンディションは良さそうですが一軍に呼ばれる気配はない。高津臣吾監督は調子の良い若手を起用するため、誰もが必死にやっている。チーム一丸の姿勢が首位争いにつながっている中、無理して内川を呼ぶ必要はないのでしょう」(ヤクルト担当記者)  対照的に40歳を超えても試合に出場し続け、チームで貴重な存在となっているのが石川、青木という2人の大ベテランだ。  石川は42歳で迎えた今季も開幕からローテーションを守っている。3度目の先発となった4月23日の阪神戦(神宮)ではシーズン初勝利を挙げ、通算の勝利数を178まで伸ばした。大卒の新人として入団してから21年連続で勝利でマークし、通算200勝という大記録も見えてきた。 「一般人と変わらない体格(身長167cm、体重73kg)でここまでやっているのがすごい。とにかく練習熱心で研究を怠らない。練習から戻ってくるのも最後の時が多く記者などは待ちくたびれる人もいる。投手だけでなく野手にも貪欲に質問して取り入れられるものを探している。実績あるベテランなのに若手に対して偉そうな態度を取ることがないのもすごい」(ヤクルト球団関係者)  不惑の40歳を迎えた青木も存在感は変わらない。打撃は開幕から調子が上がらず打率2割を切ることもあったが、少しずつ持ち返してきた。4月30日のDeNA戦(神宮)ではNPB通算1500試合出場を達成し、レジェンドに相応しい勲章がまた1つ加わった。 「淡々と準備をして試合に臨む姿には、学ぶところも多いです。尊敬するイチロー選手もそうでしたが達観した域にたどり着いたように見える。自身の調子が悪くチームの雰囲気も下がり気味の時に丸刈りにするなど、自分からネタになって盛り上げたりもしてくれる。野球の技術はもちろん、そういう姿勢がチームに好影響を与えています」(ヤクルト球団関係者)  若きエース奥川恭伸が上半身のコンディション不良で離脱し、復帰時期が未定。来日2年目の助っ人サンタナは開幕から好調を維持していたが、左半月板のクリーニング手術のため長期離脱となった。投打の主力が相次いで離脱する非常事態が起こったが石川、青木の踏ん張りがチームを支えている。本来なら内川もこの中に入らなければいけないはずの選手だが……。 「内川の実績も2人(石川、青木)に負けていない。本人のモチベーション次第ではプレー以外でもできることもあるはず。仮に今季限りだったとしても惜しまれながら注目を浴びた状態で最後まで走り抜けて欲しい」(在京テレビ局スポーツ担当者)  両リーグでの首位打者だけでなく、侍ジャパンの一員として世界一にも貢献。日本球界で一時代を築いた名選手であることに間違いはない。しかし現役晩年は苦しむ姿が目立つようになった。だが、華々しい引き際を見せ、記録と記憶の両方に残る選手になって欲しい。そのためには野球選手として、ここからのプレーや振る舞いには大いに注目したい。時代は変わり40歳という年齢でも一線でプレーできるような時代にもなった。内川の天才的打撃をまだ見たいというファンは多いはずだ。

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    1兆円突破、日本人の「S&P500買い」が止まらない 一方で米国では株価が下落

     金融庁のつみたてNISA対象インデックス投信、全183本を独自調査。日本人には米国株が人気だが、実のところ現地米国の株価は下落している。AERA 2022年5月30日号の記事から紹介する。 *  *  * 「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)、インデックスファンドとして初の純資産総額1兆円突破」。このリリースが出たのは今年2月10日のことだ。信託報酬=運用コストが0.0968%と激安な投資信託(以下、投信)の“1兆円乗せ”は話題になった。 「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)は直近で1兆1千億円台になりました。純資産総額はトヨタやソニーのような個別株でいうと時価総額のようなもの。投信の“中身”(株式や債券、海外の場合は為替も加味)が上がり、投資家の資金が集まり続けると、純資産総額も右肩上がりになります」(三菱UFJ国際投信デジタル・マーケティング部の野尻広明さん) ■営業推奨なしで売れた  投信といえば証券会社の営業担当者が顧客に薦めて買ってもらうパターンが主流だった。実は現在も信託報酬1~2%の投信が大半で、低コスト投信は全体(約6千本)の5~6%しか存在しない。そして低コスト投信はネット証券を中心に販売されており、おすすめしてくれる営業担当者はいない。つまり一般の人が自分の意思でお金を出し、中身の株価も上がった結果が1兆円という巨大な純資産総額につながっているわけだ。  eMAXIS Slimに限らず、ここ数年は米国株の投信を買う人が急増している。2018年に始まった「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」の動向を見てみよう。つみたてNISA対象の投信の中でインデックス型183本の純資産総額をすべて調べ、上位からランキングしてある。  トップ3はすべて米国株100%の投信だ。4位には世界中の株を詰め合わせた「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」がランクイン。こちらの米国株比率は約6割で、米国一辺倒の投資にリスクを感じる人に選ばれている。全世界株式=オール・カントリーを略した“オルカン”という呼び方も浸透。  5位の「<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド」は日本を除く先進国の株が入った投信で米国株比率は約7割。13年12月に運用を開始しており、つみたてNISA対象の中では大御所的な優良投信だ。  このランキングはアエラ増刊「アエラマネー2022夏号」(発売中)のデータを最新に更新したもの。同誌が1年前に同じ調査をしたときは「ニッセイ日経225インデックスファンド」もベスト5に入っていた。 ■円安で基準価額アップ  そもそもつみたてNISAとは、毎月約3万3千円を上限に投信を積み立てる制度だ。本来、投信を売却すると利益から20.315%の税金が差し引かれることになっているが、つみたてNISAは非課税。18年の開始以降、預金オンリーだった投資ビギナーも次々と積み立てを始めている。  初めての投資なら自国、つまり日本株の投信に目が行きそうなものだが、選ばれているのは米国株投信。理由は恐らく「単純に、儲かっていたから」だろう。どの投信を積み立てるか決めるとき、たいていの人は過去の成績を見る。米国株の投信はここ数年で一番利益が出ている──じゃあ、それにしようという単純な流れである。  米国株投信の中でも特に人気なのは「S&P500」という米国の代表的な500社が入った指数に連動する投信だ。アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾンなどの株が入っている。 「S&P500の値動きを振り返ると1年で18.7%、3年で70.7%(4月末起点/配当込み円換算ベース)です。先進国株式や全世界株式など、投資家に支持されている他の指数と比べて高いパフォーマンスを記録しています」  ここで気になることがある。年初から米国のS&P500はインフレ懸念などにより一時11%も下がった。その後もウクライナ問題が勃発し、5月現在で年初からの下落率は20%近くに達している。だが、日本のS&P500の投信は今年3月から4月にかけて基準価額が急上昇。S&P500指数とはほぼ真逆に動いた。 「その理由の一つは『円安』です。日本のS&P500の投信は、組み入れ銘柄の株価、配当金などを日々の為替レートで円換算して基準価額が算出されます。ご存じの通り、3月から4月にかけてドル/円レートは円安に進み、一時130円台をつけました。為替分が値上がりに反映されている形です」  つまり日本人が一般的に投信を通じて見ているS&P500は「円建て」ということ。裏を返せば、現状の為替が円高方向に振れると逆の現象が起きる。米国株の株価が下がり、さらに円高ならダブルパンチ。株価が上がっていたとしても円高では、投信の基準価額はたいして上がらない。つい1年と少し前、21年の1月末時点では1ドル=105円を割っていた。ここからの揺り戻しが怖い気もする。 ■積み立てをやめない  もっとも、ゴールデンウィーク前から5月にかけて株価下落はさらに進み、日本のS&P500投信(円建て)の基準価額も下がっている。投資上級者にいわせれば「この程度の下げは、そよ風くらいのもの」だがビギナーは精神的につらいだろう。  投信の積み立ては、同じ金額でも安いときに多くの口数を買い、高いときに口数を少なく買うことで将来の大きな果実を得られる仕組み。ここ数年、米国株は調子が良すぎた。長期投資なら積み立てをやめないことが何よりも大切だ。(ジャーナリスト・向井翔太、編集部・中島晶子) ※AERA 2022年5月30日号

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    「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る

     1995年の結成から昨年11月の解散まで、V6として26年間を駆け抜けた坂本昌行、長野博、井ノ原快彦の3人が、「20th Century(トニセン)」としての活動を本格的に再スタートさせた。5月23日に配信がスタートした新曲「夢の島セレナーデ」は、井ノ原主演のドラマ「特捜9 season5」の主題歌としても話題を呼んでいる。新たな門出を迎えた3人が、“6人の変わらぬ絆”と“3人で目指すもの”を語った。 *  *  * ──「夢の島セレナーデ」が「特捜9」の主題歌に決まったときの気持ちは? 長野 実は、改めて「決まりました!」っていう感じではなくて……。 井ノ原 そういう流れもあるっていう話は出てたんです。V6として16年間主題歌をやってたから、いきなりちがう人に変わるとその人もつらいじゃない?(笑) プロデューサーたちにも「今までの声はそのままにしたい」って言ってもらえたので、トニセンで歌うことになりました。でも決まるまでは二人とも、「井ノ原一人でやったほうが面白いよー」ってすごい言ってきて(笑)。 坂本 聴く側として驚きがあると思ったので。それに井ノ原の声も歌い方も知ってるので、明るめでもそうじゃない曲でも絶対このドラマにしっくりくるなって。 長野 でも3人で歌えて、結果よかったよね。 井ノ原 僕はずっと3人がいいなって思ってたけどね! ──楽曲提供は、井ノ原さんの友人でもあるサニーデイ・サービスの曽我部恵一さんです。 井ノ原 曽我部くんとは僕だけじゃなくてみんな、20年以上の付き合い。岡田(准一)と2人で歌う曲(2000年「恋のメロディ」)も作ってもらったし、V6の解散のときはメールをくれたりして。  今回、今いいと思う曲を歌いたい、本当に僕たちのことを思ってくれる人と一緒にやりたいねって話して。いろんな人に曲を作ってもらったんですけど、今歌うなら曽我部くんだよ、絶対、ってなったんです。  あと、シンプルにいきたかったから、音数が少ないもので、「木曜日からも頑張れる曲を」ってお願いしました。放送日の水曜日は週の真ん中だから「あー、あと半分あるのか」って思うでしょ?(笑)  曽我部くんが、「トニセンが新しい門出を歌うなら」って作ってくれたものを聴いて、思いが強い、力がある曲だなあって、3人で意見が一致しました。 ■後輩や今の時代とどう向き合うか ──歌詞には「もがきながらも変わっていこう」というフレーズが。キャリアを重ねた今もなお、このような思いが? 長野 舞台とか番組の企画とか、新しい仕事は毎回そういう感覚です。やっぱりもがかないと新しいことを生み出せない。でも、いやなことやってたら苦しいけど、そういうわけではない。楽しもうとする気持ちが大事なのかなと思います。 井ノ原 このパートは坂本くんに歌ってほしかったの。後輩や今の時代とどう向き合うかっていう、50代の人たちの思いを代弁しているという意味でも似合うと思って。 坂本 40代後半くらいから、僕のまわりにいる人が笑顔でいてほしいってずっと思ってて。いやな現場を見て、「なんかさみしいな。俺は違うやり方で進んでいこう」って思ったからかな。  現場で僕が眉寄せて腕組んでいたら誰も笑わないですよね。だから明るい雰囲気に持っていったり、早い段階で自分をさらけ出したり。僕は人見知りなので、一人ひとりと距離を詰めていくと時間がなくなっちゃう。だったら初めから「俺人見知りなんでお願いしまーす!」って言って自由になっちゃうのが、自分なりのコミュニケーションの取り方です。 ■V6があったからトニセンが存在する ──V6の6人でいるときとトニセンの3人でいるときの感覚はちがう? 坂本 6人でいたり3人でいたりって、それぞれの立ち位置があるので、おのずとそこにいることになります。 長野 そうだね、それぞれ役割は変わってくるので、それを求められたときの自分という感じです。 井ノ原 今までは坂本くんと長野くんがいい意味でずーっと同じところにいてくれたからV6が保たれていたけど、これからはどんどん変わっていいと思ってます。トニセンの新しい活動にはまだ色がないし、何をやっても自由だし。  僕は友達に「いっつも走ってますね」って言われるくらい“動”なので、ガンガン切り込み隊長で行くから、二人には頑張れ頑張れって言ってほしい(笑)。  ただ、これは誤解してほしくないんですけど、3人になって伸び伸びやってるってことじゃなくて、気持ちとしては6人ずっとつながっています。 ──トニセンとして、V6から引き継ぐものや変えていくものはある? 坂本 何かを引き継いだり切り捨てたりということはないです。V6は後半、年にCD1枚出すか出さないかだったし、集まる回数もすごく少なかったけど、阿吽の呼吸で続けてきた。あの26年間、僕らは走り切ったっていう自負があって、その次へ進んでいくっていうふうに見てます。 長野 V6っていうグループがあったからトニセンは存在します。初めに3人でデビューってなってたら、今みたいな関係性や雰囲気にはなってないと思う。 井ノ原 V6の活動があったからそう思うのかもしれないんですけど、これだけ長くやってくると、自分たちの作品は、その場のほんとの空気感が出るものを残していきたいなって。V6のときも作ってはいなかったけど、「こっちのほうがファンの人たちがうれしいだろうから」「喜んでくれたらそれでいいよね」っていうのはあったので。  今はファンのみんなが「余生は好きなことだけやってください、私たちはそれを見てるのが好きだから」って言ってくれてる気が、勝手にしていて(笑)。それは裏切れないから、楽しくないことはしちゃダメだと思ってます。  でも、好きなように生きるって一人じゃできないし、培ってきたものが後になって効いてくる。僕らの姿は、「ここまで頑張ったら自分の好きなように生きていいんだよ」っていう、後輩たちへのメッセージになるのかなとも思います。  (インタビュー構成・取材/本誌・大谷百合絵、取材/本誌・唐澤俊介、伏見美雪) ※週刊朝日  2022年5月27日号 【後編 トニセン坂本昌行・長野博・井ノ原快彦が「先輩から学んだこと」】に続く ■20th Century/トゥエンティース・センチュリー 通称「トニセン」。2021年11月に解散したV6のメンバーのうち年長の3人である坂本昌行(1971年、東京都生まれ)、長野博(1972年、神奈川県生まれ)、井ノ原快彦(1976年、東京都生まれ)からなるグループ。新曲「夢の島セレナーデ」が、各種ダウンロードサイト、音楽ストリーミングサービスで配信中。3人が出演するロケバラエティー「トニセンロード~とりあえず行ってみよ~」は毎月第2・第4金曜日、スカパー!で配信中

    週刊朝日

    9時間前

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    場所もジャンルも垣根を分けないことが自分流 ピアニスト・音楽家、角野隼斗

     ピアニスト・音楽家、角野隼斗。昨年10月のショパンコンクールでセミファイナルに進出、世界にピアニストとして角野隼斗の存在が周知された。クラシックだけではない。YouTubeでは「かてぃん」の名前で、さまざまなジャンルの音楽を配信し、登録者数は98万人を超える。一つのことだけではおさまりきらない好奇心と、それを最高のレベルにまで持っていく探究心。新しい音楽の世界の幕が上がる。 *  *  *  乳白と漆黒の鍵盤の上で、美しい手が舞うように動いている。演奏の主は、優雅で夢見るようなまなざしの青年だ。細く、長い指先が時折、緊張で小刻みに震える。その震えが、古色蒼然(こしょくそうぜん)としたホールで進行中のドラマを伝える。  昨年10月、ワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールは、反田(そりた)恭平、小林愛実(あいみ)と二人の日本人入賞者が出たことで話題を集めたが、同時にセミファイナルに進んだピアニスト、角野隼斗(すみのはやと)(26)の存在が世界に周知される節目でもあった。 「上品で華やか」「ショパンにそっくり」「クラシック界の殻を打ち破る光明」「彼をどう評価するかで審査員も評価される」……。  コンクール主催者が配信するYouTubeの公式サイトでは、ファーストラウンドから他の参加者を圧倒する259万回の再生数を示し、コメントが続々と付いた。セミファイナルまでの全3ラウンドの再生数は、優勝したブルース・リウの全4ラウンド454万回を超える482万回。  正統の雰囲気を湛(たた)えながら洒脱(しゃだつ)で現代的、さらに理知的な角野のショパンは、権威の継承ではなく、今、この瞬間をともに生きている聴衆に差し出された、ピアノの新しい地平だった。 「クラシック、ジャズ、ポップス、ゲーム音楽と、垣根を分けないで、自分の興味のおもむくままにピアノを弾いてきた。そのアプローチが、ピアノの神髄(しんずい)であるショパンに通用するのか。コンクールでは、それに挑む気持ちがありました」  角野が語るように、彼は「角野隼斗」と「Cateen(かてぃん)」という二つの名前を使い分けながら、ジャンルを超えた活動を行っている。舞台はホール、スタジオ、ストリート、自宅とさまざま。ソロあり、ライブあり、コラボありと、形態も自在だ。とりわけ登録者数98万2千人、総再生回数1億回を超えるYouTubeのチャンネルはホームであり、配信という21世紀のテクノロジー&メディアなしに、角野の音楽は語れない。 ■数学も音楽も好き 東大か藝大かで迷う  私自身、角野を知ったのはYouTubeの動画だった。「かてぃん」名義で、彼と同じくピアニスト&ユーチューバーの「よみぃ」とコラボした「ナイト・オブ・ナイツ」。電子音で構成されるゲーム音楽をグランドピアノ2台で再現する試みで、2人が超高速で繰り出す音の連打が衝撃的だった。1970年代後半、クラシックの音楽教育を受けた坂本龍一は、電子楽器を用いることでテクノポップというイノベーションを起こしたが、時代が一巡して今、角野はそれをピアノで表現する。その倒置の中の先進性。ショパンが登場した際に、シューマンが放ったセリフがよみがえった。 「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」  ショパンコンクール以降、角野の人気と知名度は、リアルの世界でもぐんぐんと上がっていった。  2021年大みそかのNHK紅白歌合戦では、上白石萌音の伴奏を務め、年明けにはショパンとガーシュインを引っ提げた全国9カ所のツアーを完遂。THE FIRST TAKEでmilet(ミレイ)と共演し、ゆずのアルバム「PEOPLE」にピアノで参加。NTTドコモのCMに綾瀬はるかと出演し、4月開始のNHK「サタデーウオッチ9」では、番組内のすべての音楽を担当。4月にドイツでハンブルク交響楽団とバルトークのピアノ協奏曲第3番を共演したかと思えば、帰国後はブルーノート東京でジャズ・デイに参加。来る7月には「FUJI ROCK FESTIVAL ’22」への出演、9月にはポーランド国立放送交響楽団と全国ツアー……と、快進撃はとどまるところを知らない。 「飽きるのが怖い。同じ所に留まりたくない。その気持ちが僕を突き動かしています。今のところ、毎回、反省点がある。それってもっと上に行けるということ。だから、進まない理由がないんです」  弾丸のようなスケジュールをこなしながら、たたずまいは涼しげで、発言はどこか覚めている。ラフマニノフの大曲「パガニーニの主題による狂詩曲」「ピアノ協奏曲第2番」をオーケストラと演奏した直後も、疲弊した様子は一切見せず、楽屋で若い指揮者と音楽談議に興じていた。 「いや、アタマの中は興奮し切っているんです。ただ、それを表に出さない。中高の時にそういうマナーを身に付けてしまっていて」  生まれた時から常にピアノがそばにあった。桐朋学園大学ピアノ科を卒業し、ピアノ教師として実績を上げていた母、角野美智子の手ほどきで、自宅のグランドピアノに向かったのは3歳の時。それ以前から数字に対する興味が強く、時計の読み方や簡単な計算は幼稚園に上がる前に覚え、小学校低学年のころには、大学受験レベルの楽理も、すべて習得していたという。  4歳でピティナ・ピアノコンペティション全国大会に初入賞。6歳で、門下からピアニストが輩出していた金子勝子(84)に師事し、以後、内外の主要コンクールで次々と成果を収めた。そんな角野の存在は“神童”が集まる教室でも際立っていたと、金子は証言する。 「腕や手首のしなやかな筋力、長く細い指と、抜群の集中力。リズム感、テンポ感、フレーズ感、音色と小さいころから彼ならではのものがあり、勉強もできる。天からさまざまなものを授かっていましたね」  開成中学、高校に在学中は、数学の研究者か音楽家のどちらかが、将来に対するざっくりしたイメージだった。東大か、藝大か、進学先を迷ったが、周囲に藝大を受ける友人は一人もいない。 「だったらみんなと一緒に塾に通って、帰りにうどん食ったりしながら、勉強したい」  ということで、14年に東京大学理科一類に入学。工学部計数工学科数理情報工学コースで、音声情報処理を、さらに同大大学院で機械学習を用いた自動採譜と自動編曲を専攻。修士1年の時には、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)に留学し、最先端の音楽情報処理を研究した。 ■ピアノにバンドにゲーム 別の人格を持って楽しむ  この時までは、人生の針は数学方面に振れていた。IT企業でのインターンシップも行い、就職の準備も万全。世の母親が理想とする息子である。  だが、一筋縄ではいかない角野の感性は、ただ一つの道だけを自分に許さなかった。常に複数のチャネルを持ち、すべてを最高レベルで追求して、楽しみ尽くす。彼の脳と身体には、幼児のころから、その原理が刻まれていたのだ。  学齢期の前から、クラシック音楽と並行してリズムマシーンに親しみ、そこから「ダンスダンスレボリューション」「jubeat(ユビート)」などの音楽ゲーム(音ゲー)に夢中になっていた。「かてぃん」は、中学生の時に「太鼓の達人」用に作ったハンドルネーム。平仮名4文字という制約の中で、本名の要素をあえてはずして付けたものだ。  中3でショパン国際ピアノコンクールin ASIA中学生部門金賞を受賞するが、一方で、ロックバンドを組んでドラムを叩き、また自作のボカロや音ゲーの曲、ゲームのプレイ動画をニコニコ動画やYouTubeに投稿して楽しんでいた。 「再生数300回という世界。それでも、リアルとは別の人格を持って、知らない人たちからコメントをもらう。そのやり取りが新鮮で面白くて」  大学受験を直前に控えた高3の12月にはeスポーツの公式大会「コナミ・アーケード・チャンピオンシップ」に出場し、全国ベスト8に入賞。そうかと思えば、大学院時代はフランス留学の直前に、国内のピアニスト登竜門「ピティナ・ピアノコンペティション特級」に出場してグランプリを受賞(優勝)。360度の視界に、壁というものは存在しなかった。  しかし、本人の見方はまた別だった。 「研究者になりたい気持ちはあるけど、ピアノも捨てきれない。でも、クラシックには本気で打ち込んでいなかった引け目がある。そのころのフェイスブックを読み返すと、ネガティブで、悩んでいて、迷走していた自分がいます」 (文中敬称略)(文・清野由美) ※記事の続きは「AERA 2022年5月23日号」でご覧いただけます。

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    「小池栄子さんの政子、素敵です」“先輩”岩下志麻が語る「鎌倉殿の13人」

    「鎌倉殿の13人」では義時を支える北条政子役、小池栄子の演技が好評だが、昭和のドラマファンにとって大河、北条政子といえば「『草燃える』の岩下志麻!」ではないだろうか。岩下さんに北条政子、そして「鎌倉殿」について聞きました。 *  *  *  私が北条政子を演じさせていただいた大河ドラマ「草燃える」の放送が1979年だったから、あれからもう40年以上経つんですね。  今でも私に対する「北条政子」のイメージが強いようで、最近は特に「鎌倉殿の13人」が、同じ時代を描いているからかしら、よく「岩下さんの政子、見ていました」って、お声をかけられます。  たくさんの役を演じてきましたけど、政子は特別な思い入れのある役です。  映画や他のドラマは短期集中で2、3カ月で撮影するでしょう。でも大河ドラマは1年間、同じ人間を演じなければならない。その1年間は政子になって政子の人生を生きるというか、政子が自分の体に乗り移ったような状態になっていました。  最後のシーンを撮り終わった後、楽屋に戻ったら全身から力が抜けてしまって。しばらく虚脱状態で、動けなくなってしまったんです。それぐらい、政子が自分の中に生きていたんですね。  政子のイメージは「強い人」「嫉妬深い人」といったところかと思うんですが、とても愛情深い人だったんだと思います。頼朝に対しても、子供たちに対しても。だから「亀の前事件」(※政子が頼朝の愛妾の家を焼き討ちした)を起こしたりしてしまう(笑)。  ただそれも真面目で一本気だからなんですね、頼朝を心から信じていたからこそ、裏切りが許せなかった。強い愛情の裏返しなんです。  頼朝が亡くなった後も、尼将軍として頼朝のつくった鎌倉を守らなければって、毅然(きぜん)と対応します。  当時は乳母の存在が大きくて。頼家も実朝も乳母たちに育てられたので、子供たちをとても愛しているんだけど、気持ちが伝わらない。娘の大姫には先立たれてしまいますしね。  だから政子は母親として大変哀しい人生を送ったと思います。 「草燃える」は永井路子先生の原作で、日本の歴史上珍しく波瀾(はらん)万丈な生涯を送る女性を、いろいろな面から描かれた。  そのぶん演じるのは大変だとは思ったのですが、だからこそ演じてみたいとも思ったんですね。  そういえば私、政子を演じた後、なぜか鎌倉や伊豆に行くことが多かったんです。プライベートの旅行で。伊豆に行くと落ち着くというか、懐かしい気持ちがして。 ■史実解釈が斬新 三谷さんの脚本  政子のお墓や鶴岡八幡宮がある鎌倉にももちろん行きましたけど、やっぱり(北条家のあった)伊豆が落ち着くんです。当時の女性は実家を大事にしていたからかしら、不思議ですね。 「草燃える」の頼朝は石坂浩二さん、義時は松平健さんでした。石坂さんはとにかく博識で鎌倉時代や政子についてなんでも知っていらして。 「政子はとても頭の良い女性なんです」って、逸話を話してくださって、とても演じやすくしていただきました。そして源氏の棟梁(とうりょう)としての品格というか風格もあって、頼朝にぴったりでした。  松平さんは時代劇がとてもよく似合う方だと思いました。最初は若々しい義時も、どんどん年を経て老獪(ろうかい)になっていきます。それに合わせて松平さんも髭(ひげ)を白くして声のトーンを落として、見事に老け役を演じていらっしゃいましたね。  今放送している「鎌倉殿の13人」も、毎週欠かさず見ています。  三谷幸喜さんの脚本は「政治の現実を捉えている」と感心して見ています。かつ現代的ですよね。北条家の面々が家族で言い合ったりするところや、くすっと笑わせてくれるところなど、さすがです。史実にあったシーンでも三谷さんなりの解釈で描かれている。そこが三谷さんならではで、おもしろいです。 「草燃える」になかったシーンも印象に残りました。義時がひたすら八重さんを思って、やっと結ばれたでしょう。ああ、よかったなーと思って(笑)。ああいった三谷さんが創作された部分も斬新です。  小池栄子さんの政子も、とても素敵。頼朝への愛がいっぱいで。嫉妬するところも小池さんが演じると、かわいくて応援したくなります。  私が演じた政子の映像も見ていただいたみたいですが、気にしないでほしいと思います。小池さんなりの政子をつくればいいんですから。これから尼将軍の演説シーンもあるし、子供たちに先立たれてしまう悲劇も待っているけれど、小池さんならきっと魅力的に演じられると思います。  これからも視聴者として、三谷さんのつくり出すお話と小池さんの政子を拝見することを、楽しみにしています。 (聞き手 本誌・工藤早春)※週刊朝日  2022年5月27日号

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    井ノ原快彦、主演ドラマ「特捜9」の「最終回はキャストと脚本家とみんなで考えて」…?

     人気刑事ドラマ「特捜9」。「警視庁捜査一課9係」シリーズの続編で、合わせて放送17年を迎える長寿番組だ。2006年当初からずっとV6が担当してきた主題歌を、今シーズンからトニセンこと20th Centuryが受け継いだ。トニセンのメンバーであり、主演を務める井ノ原快彦が、ドラマや主題歌の“舞台裏”を明かしてくれた。 「ドラマのメンバーもみんな、この曲いいねって言ってくれて」。そう語ってくれたのは、ドラマ「特捜9」の主役・浅輪直樹を演じ、20th Centuryのメンバーとして主題歌「夢の島セレナーデ」を歌う井ノ原快彦。「だからみんなで、エンディングを作ろうよって言って。ドラマって、昔はエンディングの映像があったじゃないですか。最近少なくなってしまったけど、毎回見ちゃうエンディングを作りたいなって。『夢の島セレナーデ』の、曲の力が引っ張ってくれましたね」  放送第3回から流れている、登場人物をつないでいくような、絆を感じさせるエンディングは、「吹越(満/青柳靖役)さんと、iPad駆使して、こうやって撮ってよ、って言って」できあがったという。「曲がまた、違って聴こえるんじゃないかなって感じています」 ■「特捜9」では「自分が本当に自分らしくいられる」  ところで、「特捜9」の会見で、新メンバーが加わり、「若返って、えらい雰囲気が違う」という話が出ていたが、井ノ原はどう感じているのだろう。 「なんかね、僕、先輩っぽくすることが、年々できなくなっちゃったんですよ(笑)。例えば、向井(康二/三ツ矢翔平役で今シーズンから出演)といま一緒にやってるんだけど、しゃがんで、かしこまった感じで挨拶をしてくれたの。でも、先輩後輩の関係で、下から来られると、俺、ほんと困るから、って話してさ。僕はもう全部さらけ出すの。彼とはよくメールでもやりとりするし、『今日家でこんなことがあった、もうやだ』って言ったら、『そんなこと言わないでくださいよ』とか、『僕もお母さんと先日ケンカしました』とかって返ってくる。本当に年齢関係なくね。  深川(麻衣/高尾由真役で今シーズンから出演)さんに対する態度も、台本ではわりと先輩先輩してたんですよ。『高尾、行くぞ』って書いてあって、そんな言い方しねーよと(笑)。だから、いままでの浅輪直樹のキャラそのままに『高尾さん、これ、どうしたらいいと思う?』って。上司と部下の新しい関係性も見せていきたいし、僕に似合わないことはやりたくない、やらない、っていうね。  役でも何でも、上下関係が強いと、現場でなかなか提案しにくいこともあると思うんだけど、普段の僕とあんまり変わんない感じでやっていると、若い子たちからの提案や意見も自然に出てくるんです。若い人たちは鋭いから、おもしろいよね。  スタッフも今回、20代前半が多くなって。『あ? なんすか?』みたいな感じなんだけど(笑)、『井ノ原さん、めっちゃよかったですね!』とか言ってくれるから、ほんと、うれしいの。自分が本当に自分らしくいられる。もしかしたら僕は、若い人たちとやってるほうが合ってるなーとか思っちゃう」 ■最終回はキャストと脚本家とみんなで考えて…?  だから今、現場はとてもいい空気だと、自然に笑顔になった井ノ原。もちろん、これまでもキャストやスタッフの関係性がよかったからこそ、シリーズが長く続いているのだろう。 「そうそう。ずっとメンバーと一斉メールやってるし。僕、津田(寛治/村瀬健吾役)さんと、肉食の動物とか都市伝説とか、好きな動画の系統が同じだから、そういうのやりとりしてるし、吹越さんとは芝居の話をしたり、リモート飲みをしたりするし。最近も羽田(美智子/小宮山志保役)さんから、第3回の放送で出てきた、数年前の田口(浩正/矢沢英明役)さんの顔がかわいいって送られてきたり(笑)。あと、宮近(海斗/昨シーズンまで佐久間朗役で出演)ともまだ続いてて、みんな『チャカ(宮近さん/米国留学中)、頑張れー』とか言ってくれてる。僕が主演するドラマでそういう関係がずーっと続いているのがすごくうれしくて。  僕はよくわからないけど、みんなが『なんか(記事で)変な書かれ方してるんですよ』『嘘ばっかり』って言うから、『そうなの? でもさ、書いてくれるんだったら、宣伝になるからよくない?』って言ったら、『そうだね』『じゃ、このままにしとこう』ってなって(笑)。もし本当だったら空気がおかしくなるから、僕もそんなつらい現場に行きたくない(笑)。何か思うことがあったら現場で言うし、言いすぎたなと思ったらすぐ電話して『今日ごめんなさい』『あーもうそんなの忘れてたよ』みたいなことはある。ほんと、いい仲間、部活の仲間みたいな感じなんです」  そんな空気の良さがあふれだすようなこのドラマ、「まだ最終回が決まってない」という。「『どうする?どうする?』ってみんなで話してるの。俳優さんは普通『どうなるんですか?』って聞く立場なのに、変じゃん?(笑) 去年も、最終回の後半の台本10ページ分ぐらい、キャストと脚本家とみんなで考えて。当日5分前にできた、みたいなシーンがいっぱいあった」と井ノ原は楽しげに明かす。 「特捜9 season5」は毎週水曜21時からテレビ朝日系列で放送中で、5月25日には第8話を迎える。もしかしたら、今シーズンも仲間みんなで作りあげた最終回が見られるのかもしれない。 インタビューの続き>>【「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る】 (本誌・伏見美雪)※週刊朝日  2022年5月27日号

    週刊朝日

    9時間前

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    トニセン坂本昌行・長野博・井ノ原快彦が「先輩から学んだこと」

     1995年の結成から昨年11月の解散まで、V6として26年間を駆け抜けた坂本昌行、長野博、井ノ原快彦の3人が、「20th Century(トニセン)」としての活動を本格的に再スタートさせた。5月23日に配信がスタートした新曲「夢の島セレナーデ」は、井ノ原主演のドラマ「特捜9 season5」の主題歌としても話題を呼んでいる。「後輩や今の時代とどう向き合うか」を考えるようになったという3人が、先輩から学んだものや、後輩に伝えたいことを語った。 ■井ノ原快彦「中居くんはすごく近い存在だった」 ――先輩から学んだことは? いっぱいありますよ。先輩たちがすごいのは、こうしろとかああしろって言わないの。「俺はこうしてるんだー」って言い方をされたから。あと、お客さんに挨拶をちゃんとしなさい、お客さんを大事にしなさいって言ってくれてたなと。ありがたかったですね。 少年隊も光GENJIもかわいがってくれたし、SMAPは、僕が苦労しているのを見てけっこうプッシュしてくれてたなあ。中居(正広)くんはすごく近い存在だったし。メンバーのみんなが忙しければ、振り付けを覚えて、「ミュージックステーション」のリハーサルに代わりに出たり。日の目は見ないんだけど、「全部完璧に覚えてきたんだ、すげえな、頑張れよ」って言ってくれたし、いじってもくれました。恩がありますね。 ――後輩に伝えたいことは? 何かを伝えなければ、みたいなのはほんとゼロで(笑)。本当に、時代が違うから。でも、僕が困ったなって思うことは言うようにしてるかな? 正直に言ってあげることが、愛だと思うんで。例えば、僕の話を聞こうとしてくれるのはうれしいんだけど、全部、はい、はい、はい、だと、あ、ごめん、しゃべりづらいわ、って(笑)。聞く態勢として、え?とか、おー!とか、5パターン用意してもらえると、無駄にならないから、って(笑)。 ■長野 博「少年隊にはいろいろ教えていただいた」 ――先輩から学んだことは? 少年隊にはいろいろ教えていただきました。作品を作っていくうえでの姿勢や進め方、現場での先輩としての立ち姿とか。現場で見てきて、すごく勉強になりましたね。 ――「極めしモノ」など食に関する番組に多数出演され、後輩とも仕事をされていますが、印象に残っていることは? 「この子、こういう趣味持ってたんだ」とか、「こういうの好きなんだ」とか、それぞれが違った感覚を持っているのが、僕にとっては新鮮。例えば、ファンのみんなは知っていると思うけど、中山優馬は魚をさばくのが好きみたいで。別の番組で実際にさばいているのを見て、「本当に好きなんだなぁ」と思いましたね。 ――主演ミュージカル「Forever Plaid」では交通事故死した登場人物たちが一晩だけ戻ってきてショーをします。同じ状況になったら何を? 周囲の人に会いに行く。伝えておかなくちゃいけないこととか伝える。業務連絡もあるだろうし。現実的ですけど(笑)。 ――今後の夢や目標は? そんなにないんですよね(笑)。この仕事をちゃんと続けていけるのはすごく幸せなことだと思うし、これからも様々なことを吸収して、人に出会っていきたいという願望はありますけどね。 ■坂本昌行「東山さんの言葉で、頑張ってる人を見るように」 ――先輩から学んだことは? 二十歳くらいのとき、付き人をしていた東山(紀之)さんに「頑張ってれば人は必ず見てくれてるから」って言われました。その言葉を聞いて、「文句言う前にもう1個やってみよう。そこでダメだったら意見として伝えよう」って冷静になれた。頑張ってる人を見るようにもなれたので、視野も広がりましたね。 ――6月から、主演ミュージカル「THE BOY FROM OZ Supported by JACCS」が始まります。一昨年コロナで中止になっていた舞台ですが、特別な意気込みは? 「よーし、やってやろうぜ!」っていうよりは、キープしていた気持ちをスタートさせる感じです。ミュージカルは長いことやらせてもらってますが、稽古は毎回緊張しますよ。自分の表現ができなくてもがく時間が来るのかって考えると、行きたくないなと思うことも。でも、もがいた先に開き直って、何かが出てくる。自分自身に「もうやったよね」って言えるくらいまでやらないと後悔するんです。 ――プライベートで最近始めたこと 最近、初めてバーベキューをしました。同級生がそれぞれのコネクションを使って持ってきた食材がまあすごくて。ホタテ、アワビは当たり前。串に刺さったウナギや肝まで出てきて、これ最高だな……!と。今だからできる、大人な遊び方でした。 (取材・構成/本誌・大谷百合絵、唐澤俊介、伏見美雪) インタビューの続き>>前編【「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る】※週刊朝日  2022年5月27日号 ■20th Century/トゥエンティース・センチュリー 通称「トニセン」。2021年11月に解散したV6のメンバーのうち年長の3人である坂本昌行(1971年、東京都生まれ)、長野博(1972年、神奈川県生まれ)、井ノ原快彦(1976年、東京都生まれ)からなるグループ。新曲「夢の島セレナーデ」が、各種ダウンロードサイト、音楽ストリーミングサービスで配信中。3人が出演するロケバラエティー「トニセンロード~とりあえず行ってみよ~」は毎月第2・第4金曜日、スカパー!で配信中。

    週刊朝日

    7時間前

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    稲垣えみ子「自然のおすそ分けにすがって生きると、日常をウキウキと楽しめる」

     元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 *  *  *  コロナのせいだろうか。戦争のせいだろうか。1日の始まりをしみじみ有難く思う。具体的に言えば、朝4時過ぎにパッチリと目が覚めてパッと布団から出てしまう。あ、年のせい?  ま、そのすべてが少しずつ影響しているんだろうが、最も大きな理由はそのいずれでもなく、単に朝も早よから「明るい」から。  ついこの間までの、どうにも布団から出難かった寒く暗い朝を思えば、掃除もはかどるし洗濯物も乾くし何ともおトク感満載。でもこのお恵みも夏至(今年は6月21日)を過ぎればどんどん細っていくのであり、そう思えば今のうちに貪り尽くしておかねばと焦りもする。ぐずぐず布団にこもっている場合じゃないんである。  ま、それだけのことなんですけどね。  でもよく考えると「それだけのこと」で毎年ウキウキしている自分に笑えるし、なかなかいい線いってるじゃないかとも思う。だって少なくともこの楽しみは私が生きている限り、ミサイルが飛んでこようが年金制度が崩壊しようが、誰に奪われることなく永遠に続くのだ。人は楽しみがあれば生きていける。生涯の安全保障を得たも同然である。  とはいえ自力でこんな娯楽に気づいたわけではなく、全ては会社を辞めて小さな家に引っ越しモノ持たぬ生活へ突入せざるをえなかった際、エアコンもカーテンもやめて太陽の動向にストレートに支配されるようになったおかげである。何しろエアコンなしってことは外気と連動して暮らすってことだから外気の影響を遮断するカーテンの意味ないのよ。むしろ太陽の恵みをカーテンに邪魔されたくないと思ったことが奏功した。  今にして思えば、私は自然を征服することを諦め、自然のおすそ分けにすがって生きることを選択したのである。無論そこには厳しさもあるが、厳しさがまた楽しさも生む永遠の循環。全くよくできている。何より自然を敵に回したところで長い目で見れば勝てるはずもない。私は最強の勝ち馬に乗ったのだ。 ◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行 ※AERA 2022年5月23日号

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    皇后雅子さま 赤十字大会で「うっかり」ハプニングと衣装のリメイクが意味すること

     5月19日、皇后雅子さまが全国赤十字大会に出席した。単独の皇居外での公務は2019年8月のナイチンゲール記章授与式に出席して以来、2年9カ月ぶりであった。ご体調も良く、この日、とびきりの笑顔を見せた雅子さま。実は、雅子さまは衣装をリメイクすることも多いのだ。 *  *  * 「私の娘の愛子と同じ年の21歳ですよね。すごくしっかりしていますね」 「あ、オハイオ州!」   雅子さまは会場を出る際、奉迎に立った青少年赤十字卒業生奉仕団の大学生らの緊張を解こうとするかのように、和やかなムードで話しかけた。  19日、渋谷区の明治神宮会館で全国赤十字大会が3年ぶりに開催された。日本赤十字社の名誉総裁を務める雅子さまは、副総裁の紀子さまや他の妃殿下とともに出席した。 ■体調の好調ぶりが伝わる場面が何度も  日本赤十字社と皇后のつながりは深い。  1912年に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后は、赤十字の活動のために現在の3億5千万円相当にあたる10万円を寄付した。これにより「昭憲皇太后基金」が設立された。  第一次世界大戦の勃発が迫るなかで、各国の赤十字社は戦場での救護に追われていた。加えて地震や台風、火災などの自然災害の脅威にもさらされるなかでの国際基金の設立は画期的なことであった。この基金は現在も、世界中の赤十字の活動に使われている。  1947年には、香淳皇后が日本赤十字社の名誉総裁に就任。以来、歴代皇后がその役を務める。  皇后の重要な公務のひとつであり、雅子さまが皇居の外で単独で務める公務としては、2年9カ月ぶりだった。  この日は体調の良さが伝わる場面が何度もあった。  記事冒頭の写真は、追っかけ大学生の阿部満幹さんが帰路につく雅子さまを撮影した一枚だ。注目したいのは、雅子さまがしっかりとカメラ目線であることだ。  体調の悪いときは、人の視線を避けることが多かった。「最近は、しっかりと目線を合わせてくださいます。僕も、カメラ目線の写真を撮影できる機会が増えました。この日は晴天に恵まれて、太陽の日差しがちょうどスポットライトのように皇后さまを照らしていました。なにより、笑顔は自信に満ちていらしゃいました」 ■「うっかり!」ハプニングの皇后雅子さま  大会では皇后が日赤の事業に貢献した13名に有功章を授与する。久しぶりの単独公務で雅子さまも緊張していたのだろうか。  こんなシーンもあった。  受章者はまず壇上で一礼して、さらに名誉総裁である皇后雅子さまの前に一礼したのち授与される。  1人目の受章者が、雅子さまの前に歩を進めた。ところが、受章者が2度目の礼をする前に、雅子さまが有功章を渡しかけてしまうというハプニングも。  5人目の受章者は、車椅子で壇上に上がった。雅子さまが、身体をかがめて視線を合わせながら授与するその姿は、国民とともに歩んだ平成の皇室を彷彿とさせた。  この全国赤十字大会で名誉総裁を務める皇后は、平成の時代から白を基調に紺などのブルー系の差し色が入ったスーツを着ることが多い。名誉総裁の皇后や名誉副総裁に就く皇族妃は、赤十字社の赤色の記章を胸に付ける。記章が目立つようにとの配慮だと思われる。  2019年5月に催された前回の大会のときも雅子さまは、白を基調に紺のアクセントが入ったスーツを着こなしている。  令和皇室の色がにじむのは、この日の雅子さまの着こなしだ。  この日、追っかけで集まった皇室ファンの間でも、「雅子さまのスーツは新調されたものでは?」と話題になっていた。その通り、スーツは新調されている。  しかし、帽子はリメイクだ。  事情を知る関係者がこう話す。 「皇后さまのスーツの襟と袖口とポケットには、夏らしく紺のオーガンジーの素材が使われています。同じ紺のオーガンジー生地を二重に重ねて、前からお使いになっていた帽子のリボンの部分を張り替えて、今回は着用されました。皇太子妃時代から、リメイクなさることは少なくないのです」  リメイクといえば、昨年12月に二十歳の成年を迎えた愛子さまは、ティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて成年の儀式に臨んだ。サイズを合わせるために多少の手直しは、必要だったと思われる。  コロナ禍で厳しい生活を送る国民に配慮し、両陛下と相談して決めたと公表され、海外紙なども「思慮深いプリンセス」と令和の天皇ご一家を絶賛した。  皇后雅子さまと内親王の愛子さまが国民の生活に心を寄せた結果、意識的に衣装などのリメイクをなさっている部分もあるだろう。 「たしかに、お持ちの衣装をきれいに大切にお使いです。リメイクされることも少なくありません」  天皇ご一家を知る関係者はそう話すが、一方で、別の理由もあると言う。 ■オーダーメイドに耐えうる皇族方の体力  天皇や皇族方が公務で着用する衣装は、オーダーメイドでデザイナーが仕立てる。そのためには、採寸や仮縫いなどに要する時間もあり、発注するご本人も体力が必要だ。  雅子さまは、まだご体調に波があり、オーダーで仕立てるのが難しい時期もあった。また、公務への出席がギリギリまで判明しないため、長い間、新しい衣装を作らず、昔の衣装のサイズ直しをしたり軽いリフォームを施して着用することも少なくなかった。 「その意味では、今回スーツをオーダーなさったのは、ご体調がよい状況が続いた証しですね」(宮内庁関係者)  大会が終わり、会場となった渋谷区の明治神宮会館を出発した。車から手をふる雅子さまは、ひと目姿を見ようと集まった人びとに、とびきりの笑顔を見せた。 (AERAdot.編集部・永井貴子)

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    誰にもAV被害は見えていなかった? 20年前の自分の無関心に私は苦しんだ 北原みのり

    作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、AV被害について。 *   *  * 「女性向けのポルノ」を創ってみたい。  そう思い立ち、「エロ本」会社で8カ月ほどアルバイトしたことがある。1990年代半ばの頃だ。結論から言えば、「女性向けポルノ」に関わることはできず、男性向けのAV情報誌の編集部で編集見習いの仕事をしていただけの日々だったが、この時期に私は「AV女優」と呼ばれる女性たちに数多く出会った。  私の仕事はAVメーカーを訪ねて「今月の新人女優」の情報をもらうこと、グラビア撮影現場でのありとあらゆる雑用に走ること、AVのレビューを書くこと……などだったが、慣れてくるとAV女優のインタビューに同行させてもらうこともあった。  当時の私は、AV女優は「性の表現者」だと思っていた。若い女がそう信じ込むだけの時代的文脈はそろっていたと思う。文化人と呼ばれる男性たちがこぞってAVを「カルチャー」として語りたがっていたし、テレビではAV女優がもてはやされていた。中には積極的に性を語る言葉を持ち、自己プロデュースに長けているAV女優もいた。陰毛や性器へのモザイクはかつてないほど薄くなっていき、「性表現の解放」なんてこともマジメに謳われていた。  なにより大学院で性教育を学び、フェミニズムを勉強し、女性が性を自由に主体的に楽しめるものになればいい……と考えていたフェミニストの私は、AVに出てくる人を尊敬していた。「性を表現したい人がAV女優になる」と信じていたのだ。  もちろん、現実はそういう「思い込み」を簡単に裏切るものである。1年にも満たない見習いの仕事のあいだ、私は笑っているAV女優に会ったことがなかった。「なぜAV女優になったんですか?」と聞くと黙り込む女性たちも珍しくなかった。丸1日かかるグラビアの現場で、一言も言葉を発しない女性もいた。私の短い経験を普遍化するつもりはないが、「性の表現者」という「イメージ」が壊れるのは本当に早かったことを思い出す。  それでも私は彼女たちを「被害者」とは捉えなかった。何らかの事情があってこの業界に入った女性たちなのだと、深く考えることもなく、もちろん「事情」をたずねることもなく、毎月何十人と「輩出」する「新人」女性たちの裸の写真を整理し、彼女たちの裸体を、男の欲望の枠組みの定型に当てはまるように「表現」することが、エロ本編集者の仕事だった。  そんなふうに「淡々」と振る舞えたのは、その数年前から「セックスワーク論」が日本にも紹介されはじめていたことも大きい。性産業で働いている人を支援の対象として見るのではなく、仕事を主体的に選んだ女性、自らの身体を性的に行使する女性と見るべきだという、セックス=ワークという考えが「新しいフェミニズム」のように紹介された頃である。私は編集という仕事をする、彼女たちは性の表現の仕事をしている、その関係に加害も被害もない……そんなふうに私は考えを整理していた。  何より、私は仕事を楽しんでもいた。編集部には同世代の女性が多くいて、毎日、女友だちに会いに行くような感覚で出勤していた。しかもAV産業の潤いぶりは、一介のアルバイトにもかなりきらめいて見えていた。ただのアルバイトだというのに、社員旅行で海外に連れていってもらったこともある。ちょうど、紙媒体がデジタルに移行しようとしている時で、編集部には一番高いグレードのAppleコンピューターがドンッと導入されていた。仕事のできないアルバイトでも、十分なお給料をもらえていた。そう、女優たちがいない「現場」の空気は、明るく、軽く、かなり潤っていた。「被害」があるかもしれないなんてこと、私には全く想像ができなかった。たぶん、誰にも見えていなかった。  それでもあの編集部での仕事は、女として生きていると見えない世界があることを強く思い知る体験になった。この国では考えられないほどの数のAVが毎日毎日毎日つくられていること。AV女優として「商品化」されていく女性たちが溢れるように毎日毎日毎日「つくられている」こと。「女性の裸」で暮らしている人々が無数にいること。裏産業というには、あまりにも巨大な産業であること。そしてこの産業は、より過激に、より若い女を、より美人な女を、より胸の大きな女を……とありとあらゆる欲望を膨らませ走らせることでしか生きられない、激しい競争社会であるということ。  その数年後、私は自分でセックストイのお店を始め、自分のお店でもAVを売り始めた。男性向けエロ本で紹介していた「若くキレイなAV女優」のものではなく、当時売り出しはじめていた女性監督による「性表現」作品を選んでいた。内容も吟味し、女性が主体的に描かれているAVを探していた。私にとって、「AV」に「加害性」があるとすれば、幼児虐待や、犯罪行為をリアルに表現するようなものがフツーに売られていることだった。100人くらいの男優に精液を顔にふりかけられるような表現や、何十本もの電マをあてられ痛がる姿が記録されるような暴力的なAVがフツーに出回っている異常さが、日本のAVの問題だと考えていた。  それが一気に変わったのは、2015年にAV出演を契約後に断った女性が業者から訴えられた裁判が大きく報道されたことだ。この女性は、支援団体につながり裁判に勝つことができたが、これを機に、「自由意思」とされてきたAV出演には、甚大な被害があることがものすごい勢いで明らかになっていったのだ。毎日のように「AV強要被害」の記事が大手メディアを賑わすこともあった。これまで安心して見られていた娯楽に被害者がいるのかもしれない、という事実に社会は衝撃を受けたのだ。  私はその頃から支援者の方々とつながるようになったが、現場で聞こえてくるAVの被害とは、弱小の悪質なメーカーによる特殊な例ではなかった。被害を被害と捉えられないで長い間生きてきた末、激しいPTSDに苦しみ、「あれは性暴力だった」と気づく人もいた。誰もが知る大手メーカーからの被害を訴える人もいた。有名監督からの被害を訴える人もいた。女性向けの作品と言われているものでの被害を訴える人もいた。驚いたのは、私がエロ本会社でアルバイトしていた90年代に受けた被害を訴える人も決して少なくなかったことだ。  20代のあの編集部で「生き生き」と働いていた自分のことを思い出す。  あの時も、被害者はいたのだ。私が出会った女性たちの中に、今も苦しんでいる人がいるかもしれないという想像は、かなり私を苦しめることになった。自分のお店では日本のAVの販売はやめ、しばらくアメリカとヨーロッパのものだけを売る……というようなこともしていたが、結局、今はもう一切売らないと決めた。「需要をつくる」ことがAVを再生産させる力になってしまう事実に向き合わなければと思った。  ああ、なんて想像力がなかったのだろう。「被害などない」と思い込んでいた90年代の自分を振り返る。「誰にもAV被害は見えていなかった」と書いたが、それは事実ではない。あの時も、「AVには被害者がいる」「性産業で働く女性たちには支援が必要だ」と声をあげていた女性たちはいたからだ。そしてそういう女性たちを、「AVも見たことない、現実を知らない、性に道徳的なオバサン」とバカにするような空気があったのだ。「そういう女性たちこそが、フェミニズムの敵だ」みたいな扇動をする声もあったのだ。結局私は「どちらの声」も真剣に聞かず、女性のプレジャーを楽しもう! と、「モノ」を売る仕事を始めたわけだけれど、20年以上経って、過去の自分の無関心さに苦しめられるような思いになっている。あの時、声をあげていた女性たちの真剣に、私もようやく近づけるようになった。 「性産業に巻き込まれる女性には支援が必要だ」と声をあげる女性たちの多くは、被害の声を聴いてきたソーシャルワーカーだった。激しい搾取の末、生きることに疲れきった若い女性たちを見てきた女性たちだった。そういう「当事者の声」を聞いてきた女性たちの声を、なぜこの社会は軽視してしまうのだろう。声をあげられない当事者の声を、どうしたら聞けるのか、なぜもっと真剣に考えられなかったのだろう。なぜ、何十年もずっと、同じ所に私たちは立っているのだろう。  AV新法をめぐり、様々な議論がわきあがっている。どんな現実を見ているかによって、この法案をどう受け取るかはまるで変わってくるだろう。そんな時にこそ、想像力を働かせるべきだと思う。「わからない」と思考停止するのではなくて、痛みの声を必死に訴える人たちの声を聴いていけば、正解が見つかるのではないか。そんなふうに考え、最も声にならない声を聴く力を信じたいと思う。

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    11時間前

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    荒れるGI、ダービーも波乱? 穴党記者に聞く“夢の万馬券”攻略

     風薫る5月、競馬ファン待望の日本ダービーの季節がやってきた。今年のGIは荒れ模様。ここも波乱の予感……。 *  *  *  今年はGI全8レース(5月15日まで)で、1番人気馬が敗れている。  3歳戦でも、桜花賞が1着7番人気、2着3番人気、3着6番人気で決着。皐月賞は5番人気、3番人気、1番人気の順。NHKマイルにいたっては4番人気、3番人気、そして3着に18番人気馬が突っ込む大波乱。3連単の払い戻しは、153万2370円だった。  29日の日本ダービー(東京競馬場。芝2400メートル)も大穴を期待するのが人情だろう。そこで穴党記者に予想を聞いた。 「万券の哲」の異名を取る「スポーツニッポン」の小田哲也記者。「競馬JAPAN」「東京スポーツ」などで執筆する「血統スナイパー」境和樹氏。二人はそれぞれ開口一番に、くしくも同じことを言ったのである。 「今年の皐月賞は馬場の影響が大。内側が極端に悪く、外枠の馬のほうがレースをしやすかった」  たしかに皐月賞(4月17日、中山競馬場。芝2000メートル)での上位3頭は外枠の馬だった。  境氏は「皐月賞で不利な内側を通った馬が、ダービーで巻き返す可能性があります」と、4着に敗れたダノンベルーガを本命視する。 「東京のGIに強いハーツクライ産駒(さんく)です。皐月賞で負けてダービーで勝った同じ産駒のワンアンドオンリーのようなイメージがあります。共同通信杯(東京)では、皐月賞を勝ったジオグリフを負かしていますし」  小田氏も同じくダノンベルーガを推す。 「皐月賞では1枠1番で、内側の掘れてしまった部分を走るしかありませんでした。もし外枠なら勝ち負けもあったでしょう。いい経験をしたんではないでしょうか。パンパンの良馬場なら力を発揮すると思います」  さらに小田氏は対抗馬として、皐月賞で5着だったアスクビクターモアを指名した。 「有力馬の中では、前で競馬ができます。例年ダービーは馬場が良すぎるくらい良いので、前で流れに乗ることが大事。父はディープインパクト、母父はサクラローレル(天皇賞春、有馬記念優勝)の父でもある凱旋門賞馬レインボウクエストですから、長い距離が向きます。できれば内枠を引いてほしいですね」  境氏は対抗にドウデュースを挙げたが、3番手評価は大穴のビーアストニッシド。 「ダンチヒ(米種牡馬)系統です。この系統はダービーで穴をあけるんですよ。2019年に逃げ切ったロジャーバローズもダンチヒ系統でした」  ビーアストニッシドは皐月賞で11着大敗したが、GIIスプリングSで逃げ切り勝ちをしている。  皐月賞敗退勢が巻き返し、夢の万馬券を届けてくれるだろうか。(本誌・菊地武顕)※週刊朝日  2022年6月3日号

    週刊朝日

    17時間前

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    相葉雅紀 12年ぶりの舞台「持っている力をすべて吐き出してやりきりたい」

     6月4日に開幕する舞台「ようこそ、ミナト先生」で非常勤の音楽教師を演じる相葉雅紀さんがAERAに登場。舞台中の健康管理法は「たくさん食べて、行ける時にジムに行って、腸活もします」と話した。AERA 2022年5月30日号から。 *  *  * 「以前よりも自分のことを考える時間が増えて、もう一度挑戦したいと思ったのが舞台でした」  6月4日から開幕する「ようこそ、ミナト先生」で、12年ぶりに舞台に挑む理由をそう語った。  明るい笑顔と自然体でバラエティー番組で活躍してきた。一方、地道に努力を重ね、体当たりするように研磨してきた演技力には定評がある。そんな相葉が「お芝居のすべてを作ってくれたお母さんみたいな存在」と慕うのが、今作の演出家、宮田慶子だ。  2005年に上演された「燕のいる駅」で出会い、以降「忘れられない人」「グリーンフィンガーズ」「君と見る千の夢」と、立て続けにタッグを組み、心を揺さぶる作品を作り上げてきた。 「ドラマの撮影で僕が悩んでいると、現場まで来て話を聞いてくれたこともありました。本当に愛情が深い方。でも、稽古中はとても怖いんです。かなりのシゴキを受けてきました(笑)」 「君と~」が上演された年、嵐はグループで初めてNHK紅白歌合戦の白組司会者となった。国民的アイドルとして飛躍していく中で、稽古に1カ月、本番に1カ月かかる舞台に取り組めるタイミングはなかなか来ず、気づけば12年が過ぎていた。しかし、その間も次回作の構想を宮田と語り合ってきたという。 「ついにそのときが来たという喜びと、ついに来ちゃったかという怖さがあります(笑)。でも、僕も12年分の経験値を得ていますから、もうシゴキとは感じないかもしれない。自分の感覚がどう変化したのかを感じるのが楽しみです」  もうすぐ40歳。人間的な深みが増した今だから表現できる役なのもうれしい。 「持っている力をすべて吐き出して、やりきりたいと思っています」 (ライター・大道絵里子)※AERA 2022年5月30日号

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    17時間前

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    元・テレ東、佐久間宣行の仕事術「守るべきは仕事よりもメンタル 給料分働けば十分『プロ』」

     テレビで、ラジオで、ウェブで。あらゆるメディアで話題を振りまいている、フリーランスのテレビプロデューサーとして活動する佐久間宣行さん。フリー転身後初となる著書のテーマは、自身の経験をもとにした仕事術だ。AERA 2022年5月30日号の記事を紹介する。 *  *  * ──昨年3月にテレビ東京を退社して以降、フリーランスのテレビプロデューサーとして活動する佐久間宣行さん(46)。 「ゴッドタン」「あちこちオードリー」などの人気番組を継続して担当するかたわら、昨夏に開設したYouTubeチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」が登録者数45万人を突破、今春にはバラエティーとドラマが融合したNetflix発の新感覚コンテンツ「トークサバイバー!」を手掛けるなど、その一挙一動にますます注目が集まっている。  そんな中、フリー転身後初となる著書『佐久間宣行のずるい仕事術』を上梓した。仕事への向き合い方について綴った、ド直球のビジネス書だ。この意外ともいえる一手に「僕自身、ビジネス書を書くなんて少し前までは想像もできなかった」とはにかむ。 佐久間:ここ数年、インスタグラムに仕事に関する悩み相談のDMが届くようになって。みんなやりたいことはあるけど、人間関係で身動きが取れなくなっていたり、仕事の面白みにたどり着く前に潰されちゃったりしているんですよね。  それで、少しでも役に立ちたいなと僕なりの考えを返信していたんですけど、「オールナイトニッポン0」を始めたあたりからDMの数が増え過ぎちゃって。これはまずいぞと思っていた時に出版のオファーをいただいたので、本にまとめることにしたんです。 ■62のサバイバル術 ──仕事術、人間関係、チーム、マネジメント、企画術、メンタルの全6章からなる本書。「僕はこうして会社で消耗せずにやりたいことをやってきた」という副題のとおり、佐久間さんがテレビ東京の中で22年間にわたって実践してきた62のサバイバル術が克明に語られる。 佐久間:読んでくださった方たちの感想を見ると、年代や立場によって刺さる部分が違うんです。20代は「人間関係のところを読んで頭の中が整理できた」、30代は「メンタルの話にグッときた」という声が多い。マネジメントのところは僕と同じ40代、あるいはもっと上の世代の方が「すごく参考になる」とおっしゃってくれます。  あと、心を病んで休職されている方から「もう復帰できないかもしれないと思っていたけど、この本を読んで戻れる気がしてきました」とDMをいただいたりもしました。うれしかったですね。 ──佐久間流仕事術の特徴は、徹底して“戦わない”ことだ。相手に勝つ方法ではなく、ストレスなく自分の仕事ができる環境を確保するためにどうすべきかを常に考える。それは、社会人1年目の時に抱いた、ある強烈な違和感からきているのだという。 佐久間:今とは違って、僕が入社した2000年代のテレビ業界ってめちゃくちゃハードだったんです。毎晩のように明け方まで先輩に飲みに連れ回されたり、理不尽な指示に対してちょっとでも疑問を口にすると大声で怒鳴られたり。当時のテレビ業界に必要だったのは、マッチョな世界でもやっていける従順な兵隊でした。  そんな状況だったので、「嫌われてもいいから自分で自分の心を守ろう」というのが僕の仕事術の原点です。  会社にとって都合がいいだけの存在にはならず、作戦を立てて“ずるく”働く。仕事に対する向き合い方を根本的に変えました。 ■とにかく楽しそうに ──佐久間さんがまず実践したのは「とにかく楽しそうに働く」ということだった。とくに26歳の時に初めて深夜番組の総合演出を任された際は、周囲に向けて意識的にアピールした。 佐久間:楽しそうにしていると、周りの上司に「こいつはやりたい仕事をやらせると、こんなに輝くんだな」と思ってもらえて、どんどん仕事を任せてもらえるようになるんです。なぜなら、「自分はこの仕事がやりたかった」という意思表示になるし、機会をくれた上司に対して「この仕事をさせてくれてありがとう」と感謝を伝えることにもなるからです。  逆に言い訳ばかりしたり、つまらなさそうにしたりすると、次の仕事がなかなか回ってこなくなる。不機嫌でいるメリットなんて一つもないんです。 ■キレる理由の8割は ──仕事が増え、人間関係も広がっていく中で、いつも肝に銘じてきたのは「相手のメンツを潰さない」。誰とも戦わずにいるためには、“敵”を作らないことが大事だからだ。 佐久間:組織で働くうえで忘れてはいけないのは、人はメンツで動いているということ。相手を軽んじていると思われないよう、あらゆる局面で“メンツ地雷”だけは踏まないように動かないといけない。  具体的に言えば、細かいことほどきちんと伝えておくことです。人がキレる理由の8割くらいは「そんなこと聞いてない!」なので。  どんなに自分を嫌う上司や同僚がいても、相手のメンツを立てさえすれば、自分を攻撃してくるリスクは低くなる。そうやって社内を注意深く歩いてきたからこそ、僕はテレビ東京を円満退社することができたんだと思います(笑)。 ──やがてチームを率いるようになると、自分の目の届かないところで誰かがミスをしてしまうこともあるだろう。  そんな時は、犯人を明らかにすることよりも、トラブルに至った“仕組み”を見極め、それを解決することに注力すべきだという。 佐久間:何かトラブルが発生すると、みんなすぐに犯人を特定しようとしますよね。でも、ミスの原因を個人の能力に求めると、その人の成長を待たなければいけなくなる。  それよりも、例えば業務分担の問題とか、チェック体制の問題とか、チームの仕組みを見直せば短期間で解決できる問題ってたくさんあるんです。  そもそも僕は、自分にも他人にも過度な期待はしていなくて。飛び抜けた天才が出てきてくれたらうれしいですけど、「人は失敗するもんだ」と思ってベースを作っているから、失敗しても怒らない。  それは自分に対してもそうです。自分の失敗も必要以上にへこまないというか、「俺をこうさせた仕組みが悪い」と思うようにしています(笑)。それって、やりたいことを実現するプロセスにおいて、すごく大事なことなんですよ。 ──常に多くの番組を抱え、1年先まで仕事の予定が埋まっているという佐久間さん。仕事人間のように見えるが、本書で繰り返し語るのは「守るべきは仕事よりもメンタル」ということだ。 佐久間:実を言うと僕自身、ギリギリまで頑張った結果、心が折れてしばらく引きこもったことがあって。だからこそ、メンタルマネジメントを自分の一番に置くことを貫いてきました。  たかが仕事、たかが会社。嫌なものや苦手なものはできるだけ避けて、“戦わずして”自分のできることをやっていく。それが最も大事なことだと思うんです。  それでも悩んでしまう時は、「給料分働けば十分だ」と思うようにしてください。  仕事に熱狂して、自分のすべてを懸ける人もいますけど、それは絶対的な正義ではなく、あくまでも性格や生き方の問題。仕事に対してハングリーじゃなくても、やるべきことをやり、給料分働けば、それで十分「プロ」ですから。 (編集部・藤井直樹) ※AERA 2022年5月30日号

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    「医学部進学」報道の芦田愛菜は芸能界に残るのか 医者と女優という「悩ましい二者択一」

     3歳で芸能界に入り、6歳のとき「マルモのおきて」で連ドラ初主演。日本を代表する“天才子役”として活躍し続けてきた芦田愛菜(17)。現在は都内の超有名私立女子高に在籍し、彼女の夢である「病理医」を目指して学業と芸能活動を両立させているが、このほど「医学部への進学が内定」との報道があり、世間をざわつかせた。ハイレベルな学業と両立を続けてきた芦田愛菜だが、医学部進学となれば芸能活動に割ける時間は極端に少なくなる。 「芦田さんが通う超有名私立女子高は、内部進学で医学部に進むには学内でトップ5に入らなければいけないと言われているほど狭き門。さらに、医学部生になれば毎日授業や実習があり、より忙しくなるのは目に見えています。引退説までささやかれていますが、しばらくは芸能活動も続けるでしょう。現在、『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』のみ司会としてレギュラー出演していますが、おそらく収録は2週に一度。医学部生もバイトぐらいはするわけですから、これぐらいの仕事量なら今後もこなせるはずです。芦田さんは子役専門の事務所に所属しているため、学業を優先しやすい環境にあります。大学に入ってすぐさま引退ということははないと思いますが、学業優先でやっていくことは間違いないでしょう」(芸能関係者)  6月17日からは主演映画「メタモルフォーゼの縁側」の公開も控えている芦田。2年ぶりの主演映画とあって、女優としてもより注目される作品になりそうだ。 「今も学業優先で忙しいなか、今回の映画を撮影したようですが、映画だと2カ月くらい連日のように撮影が入ってしまう。医学部に入ってしまうと、まとまった時間が取れないので、映画に出演することも難しくなるでしょう。本作が最後の主演映画になる可能性もあります。ちなみに、最後の連ドラ主演は2016年の『OUR HOUSE』までさかのぼり、映画よりもさらに時間が奪われる連ドラ主演は今後も難しいかもしれません。芦田さんは6歳で主演を勝ち取りブレークしましたが、以降はいわゆる代表作には恵まれてない。元子役たちが避けては通れない試練とも言えますが、優秀な彼女の場合、学業を優先するあまりチャンスが少なかった面もある。私たちはまだ女優・芦田愛菜の“真の実力”を見ていないとも言えるのではないでしょうか」(ドラマ脚本家) ■10代からの圧倒的支持  一方、「このまま天才子役のイメージで終わるのはもったいない」と言うのは、スポーツ紙の芸能担当記者だ。 「愛菜ちゃんが実家のある兵庫県の小学校に通っていた頃、当然ながら彼女は関西弁でした。そして、お母さんと新幹線で東京の収録現場に通うことになるのですが、名古屋を過ぎて東京が近づくにつれ、どんどんキレイな標準語になっていったというエピソードが本人から語られたことがあります。映画やドラマの制作スタッフからも、歴代の天才子役の中でも、女優としてのセンスは群を抜いていたという声はよく聞きます。愛菜ちゃんの読書量は小学校時代から年間60冊を超え、中学になってからは年間300冊以上を読み続けているとか。学生として相当優秀であったのは明らかです。つまり、愛菜ちゃんは学業が優秀すぎるあまり、芸能活動続行が難しくなりつつある。いま、神木隆之介や伊藤沙莉など元子役たちの再ブレークで、“子役は短命”という芸能界のジンクスが崩れつつある。愛菜ちゃんには元天才子役の代表として、ぜひこの流れをリードしてほしいですね」  TVウオッチャーの中村裕一氏は芦田愛菜についてこう述べる。 「マーケティング会社が4月に発表した高校生を対象にしたアンケートの『同世代で憧れている、目指している人』部門で、人気ユーチューバーと彼女が同率1位だったことが大きな話題を呼びました。また今月発表された、現役高校生対象の『人生相談したい芸能人』というリクルートの調査でも、マツコ・デラックスやひろゆきを抑えて堂々の1位に輝きました。それだけ若い世代が注目する存在なのです。もはや単なる『子役出身』という肩書を超越しつつあることは間違いないでしょう。俳優やタレントとしてさらなる活躍を望む声が非常に多いとは思いますが、このまま芸能界から潔く去ったとしても、それが伝説となり、彼女の名前は末永く私たちの記憶に刻まれるのではないでしょうか」  彼女の才能がこのまま消えゆくのはあまりにも惜しい。大人になった芦田愛菜の覚醒を期待せずにはいられない。(藤原三星)

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    ウクライナ侵攻「川」をめぐる攻防戦 「史上最大の作戦」「レマゲン鉄橋」映画が伝えるチョークポイント

     ロシア軍によるウクライナ侵攻では、東部ドンバス地方を中心に激戦が続いている。攻防のポイントとなるのは、地域を流れるドネツ川だ。ウクライナ内務省所属の親衛隊は18日、ロシア軍を阻止する目的でドネツ川に架かる橋を爆破する衝撃的な映像を公開した。川をめぐる戦いの構図は昔とちっとも変わらない。危険な渡河作戦を推し進めようとする軍の上層部、恐ろしい運命に見舞われると知りながら川を渡る兵士たち――。橋を奪い合う激戦の数々は戦争映画にも描かれてきた。防衛省防衛研究所・戦史研究センター長の石津朋之さんによれば、戦場の橋にはそれ死守する特別な部隊が必ず配置され、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際は橋を爆破して進軍を阻むと話す。 ※記事前編<<「川」でロシア軍を撃破するウクライナ キーウ攻防戦は秀吉「備中高松城の水攻め」の逆パターンだった>>から続く *   *   *  大昔から何度も戦争を経験してきた欧州では、川をめぐり、どのような攻防が繰り広げられてきたのか? 「例えば、第一次世界大戦でドイツがフランスに攻め込んだ戦いというのはほぼ川が関係していています。ドイツ西部を南北に流れるライン川とフランスのセーヌ川を挟んだ地域での川の奪い合いです。有名な『マルヌの戦い』『エーヌの戦い』『ソンムの戦い』などは川の名前に由来しています。あと、サン=カンタン運河を巡って争った『サン=カンタンの戦い』というのもあります」  1918年、第一次世界大戦が終結すると、フランスはドイツとの国境付近に「マジノ線」と呼ばれる防御ラインを築いたが、その外側にはライン川とモーゼル川が流れていた。つまり、川を障壁として生かしたものだった。  39年、第二次世界大戦が勃発。進撃を続けるドイツ軍の勢いを最初に止めたのは、旧ソ連軍だった。東部戦線で最大の激戦となったスターリングラード攻防戦である。「これはボルガ川とドン川を巡る戦いでもありました」。44年2月、この戦いに敗れたドイツ軍は後退を余儀なくさる。 ■連合軍とドイツ軍の橋の奪い合い  同年6月には西側からも連合国側の反撃が始まった。「ノルマンディー上陸作戦」である。 「これはフランス北部のノルマンディー海岸への上陸作戦でしたが、ここにも川が関わっています。映画『史上最大の作戦』にも描かれていますが、最初に空挺部隊がパラシュートで降下して、上陸地点の両端と背後を流れる川の橋を確保したんです。上陸した連合軍はその橋を渡ってドイツ軍を撃破していきました」  映画「遠すぎた橋」で描かれたのは44年9月に行われた「マーケット・ガーデン作戦」だった。 「連合軍がドイツ国内に進撃する際、ライン川は別として、いちばん大きな障壁となったのがオランダの川や運河です。そこで空挺部隊を川の近くに降下させ、橋を確保し、その後に本隊がざぁーっと渡るという作戦を行った。しかし、この作戦は失敗に終わりました」  さらに石津さんは、映画「レマゲン鉄橋」を挙げた。 「後退するドイツ軍は連合軍がドイツに入ってこられないように国境付近を流れるライン川に架かる橋を次々と落としたんです。そしてドイツ軍撤収のために最後まで残されたのがレマゲン鉄橋でした。結局、ドイツ軍はさまざまな事情によってこの橋を破壊できず、連合軍に確保されてしまいます」  45年4月25日、西側から進撃するアメリカ軍と、東側からの旧ソ連軍がドイツ東部を流れるエルベ川で合流した。ベルリンが陥落したのはそのわずか1週間後だった。 ■橋を死守できなければ爆破  このように戦争の歴史を振り返ってみても、侵攻する側にとっては、チョークポイント(敵を締め上げるポイント)である橋を押さえることが重要となってきた。そのため、本隊が無事に橋を渡れるように、進軍の前には必ず先遣部隊を出して偵察し、あわよくば橋の確保を目指す。 「先遣隊は、これまであった橋がいまも架かっているか、爆弾が仕掛けられていないか。敵兵がどう配置されているか、偵察します。もし、橋が爆破されていれば、修理できるか、あるいは、上流や下流に橋を架けられそうな場所があるかなど、すべてを調べます」  一方、今回のウクライナ軍の戦い方を見ると、「これは相当入念に準備してきたことを感じますね」と石津さんは口にする。 「軍事的なセオリーからすれば、開戦時には橋などの重要施設にはロシア軍の空挺部隊や特殊部隊がバーッと降りていって、確保するはずなんです。ところが、今回はそれがあまり見られなかった。ということは、それをウクライナ側がそれを予測して、阻止した、ということでしょう」  では、それら橋はどのように守られているのか? 「敵の来襲が予想される橋の前方には2重、3重の防御陣地が築かれます。もちろん、後方にも。さらに橋を守る特別な部隊が必ず配置されます。つまり、最後まで橋を死守しなさい、というわけです。そこには先の工兵部隊もいて、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際には橋を爆破して進軍を阻みます」 ■橋を渡る危険性の認識  4月上旬、ロシア軍はウクライナの首都キーウ方面から撤退した。同月20日、特別軍事作戦は東部のドンバス地方などの完全制圧を目指す「第2段階」に入った、とロシア軍幹部は表明した。  しかし、1カ月が経過したいまもロシア軍は支配地域を広げることができず、ドネツ川の手前で足止め状態にある。 「ロシア軍が川に簡易的な橋を架けて渡ろうとしても、ウクライナ軍からすれば、そこだけを攻撃すればいいわけですから、渡河するのはなかなか難しいと思われます」  ロシア軍にとって大きな脅威になっているのが、米国がウクライナに提供した最新鋭の榴弾砲だ。この砲弾はGPSによって誘導され、数十キロ離れた防御陣地からの砲撃でも目標地点に正確に着弾する。  ロシア軍がドネツ川で大規模な渡河作戦に失敗した際、戦争研究所は辛辣にこうコメントした。 <渡河部隊の指揮官は開戦2カ月後にウクライナの砲兵能力の向上がもたらす危険性を認識できなかったか、単に無能か、部隊を統制できなかった可能性がある>  さらに英国防省は、こうも述べていた。 <このような状況で河川横断を実施することは非常に危険な作戦であり、ロシアの司令官がウクライナ東部での作戦を進展させるよう圧力をかけていることを物語っている>  支配地域を押し広げ、軍事作戦の成果を国民に強調したいプーチン政権。しかし、ドネツ川を渡ろうとすればウクライナ軍の高性能の榴弾砲によって狙い撃ちにされ、兵員や装備を失っていく。「行くべきか、行かざるべきか」、ロシアの現場指揮官は大変なジレンマだろう。  ウクライナ侵攻という「ルビコン川」を渡ってしまったプーチン大統領。この戦いの決着をどうつけるつもりなのだろうか? (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    4299万円の“スピード確保”の裏側 インターネットカジノ事情と田口容疑者の狙い 誤入金問題

    「全額をインターネットカジノに使った」わけではなかった。山口県阿武町の4630万円誤入金問題。5月24日、町は4299万円を確保したと発表した。急展開で返金のめどがついた背景に何があったのか? ネットカジノとの関係は? それぞれ探った。 「このニュースを聞いてやっぱりだと思った。4630万円も一気にネットカジノに使うだけの度胸はないですよ」  そう話すのは、電子計算機使用詐欺容疑で逮捕された無職田口翔容疑者(24)の幼なじみだ。  当初、田口容疑者は「すべて海外のネットカジノで使った」と弁護士らに説明していた。  しかし、この日、花田憲彦町長とともに記者会見した町側の代理人、中山修身弁護士は、 「田口容疑者が送金した決済代行業者3社に対し、国税徴収法に基づいて差し押さえなどの手続きを進めました。具体的には5月19日に東京にある3社に書面を直接手渡したところ、直後に阿武町の銀行口座に送金してきたようです。それを阿武町が確認したのが23日。まだ他の手続きが完了していないので、返金というより確保という言葉になります」  と説明した。  田口容疑者がネットカジノに使うために送金したとみられる決済代行業者。ネットカジノとどういう関係があるのだろうか。  関西地方でネットカジノ関連の仕事をしているある男性に話を聞くと、仕組みはこうだ。  ネットカジノは、サーバーが海外にあり、いったん決済代行業者にカネを預けてポイントに交換し、それを使ってカジノで賭けることができる。 「決済代行業者は、初回の客などにはポイントを多くつけて、囲いこもうとする。例えば、100万円を業者に預けると通常なら100ポイントのところ、150ポイントくらい、つまり50%上乗せして交換する。業者も競争なので、ポイントをどれくらいつけるかはそれぞれ」  業者は損はしないのだろうか。 「決済代行業者は、サーバーのあるフィリピンなどの、胴元となるネットカジノ業者に登録しており、ポイントを数億円、それ以上の単位で大量に買い付ける。そういう単位で取引し、信用ができれば、相当多くのポイントを上乗せして交換してもらえるようになる。例えば1億円を胴元に払うと、5億ポイントもらえるという感じ。だから、客にポイントを50%程度還元してももうかる仕組みになっている」  客がゲームを終えて勝った場合は、 「基本は登録口座にポイント還元という形になる。もちろん、現金という人もいる。その場合、銀行口座に振り込むと賭博罪で立件されかねないので、こっそりと現金を手渡しする」  とのこと。ネットとはいえ、賭博となれば犯罪行為とも思われるが、 「サーバーが海外にあるという理由で、法的には、賭博罪などには該当しないという解釈になっている」との説明だった。  ネットカジノと決済代行業者については、これまでもマネーロンダリングの可能性も指摘されてきた。  2016年にはネットカジノの決済代行業者が、千葉県警に逮捕され、有罪になった事件もある。  そこで、「インターネットカジノ」「決済代行業者」でネット検索してみたが、業者の具体的な名前は出てこなかった。田口容疑者は、決済代行業者にどうやってたどりついたのか。 「(カジノに関係する)決済代行業者の背後には暴力団関係者が多いので、地方都市でも口コミで簡単に見つかります。東京や大阪の繁華街では、深夜にチラシを配って客集めしている店もあります」(前出のネットカジノ関係者)  田口容疑者が全額使ったと説明していたことについてはこう推測する。 「決済代行業者を使ってネットカジノで使ったふりをして、ほとぼりが冷めたらカネを引き出そうという、『マネーロンダリング』を最初から考えていたのではないか。大々的に報道されたことで、決済代行業者もプレッシャーを感じて、早めに返金したほうがいいと判断したと思う」  田口容疑者は逮捕前、山口県警の任意の事情聴取に応じた際にスマートフォンの提出を求められ、応じたという。 「田口容疑者がスマートフォンを出した時に当然、さまざまなデータをとっている。社会的な関心も高く、スピードある被害回復が必要だ。そのデータが早急な逮捕のきっかけとなった」(捜査関係者)  現時点で4299万円が阿武町に戻るめどがついたようだが、まだ300万円あまりが残っている。今後はどうなるのか。  元東京地検の落合洋司弁護士は、 「田口容疑者の逮捕容疑、電子計算機使用詐欺という罪名自体が成立するのかと考えていた。おそらく、警察、検察は罪名より逮捕でプレッシャーをかけ、返金を最優先したのではないか」  とみる。そして、大半が返金されることを踏まえ、 「起訴前に4630万円に近い返金があれば、田口容疑者は起訴されずに処分保留で釈放されるかもしれない。財産犯なので、金銭的な被害が回復されることが最も優先される。起訴後に返金があった場合でも、裁判では執行猶予が付いて、刑務所に入らなくてもよいという判決になるのではないか。この事件は、田口容疑者が金を盗んだのではなく、阿武町の誤入金が端緒なので、裁判になるとかなり量刑には考慮されます。もし、今の電子計算機使用詐欺という罪名のまま検察が起訴すると、裁判では無罪になる可能性が十分にある」  と話す。  花田町長は、4630万円の9割ほどが「確保」できたことで、 「大半のお金が確保でき、若干、安心しています。しかし、すべて回収できていないので、今後も努力します。(4630万円が)どう流れ、使われたかは、できるだけ解明したい。警察が一定程度やると思うので、町民には説明をしたい」と記者会見で心境を明かした。  しかし、花田町長ら阿武町は、安心できる状況ではなさそうだ。 「役場には、誤入金したこと自体に責任があるという内容の電話がたくさんきています。今後、住民監査請求や訴訟などになると、ますます厳しい状況になります。もう被害者という言い訳が通じなくなる。職員が被害弁済を求められる可能性もあり、花田町長の責任問題で辞職にも発展しかねない。すでに、次の町長が誰か、7月の参院選と同日のダブル選挙にして新しい町長を選ぶべきだとの声も上がっています」(阿武町議会関係者)  カネが戻ってきたとしても、それでおしまいというわけにはいかないようだ。 (AERA dot.編集部・今西憲之)

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    日本で上がる「ウクライナは白旗あげたらいい」の声に戦場ジャーナリストが現地から激怒した理由

     ポーランド国境にほど近い、ウクライナ西部の街に入ったジャーナリストの佐藤和孝さん。これまでもアフガニスタンやボスニアなど様々な紛争地で取材を行ってきた佐藤さんに、AERAはインタビュー。ウクライナに入国した直後のこの街で彼が感じたのは、「平穏」に侵食する恐怖と孤立だった。 *  *  * ――ウクライナ西部にある街、リビウ。美しい街並みはユネスコの世界遺産に登録され、歴史の深さを感じさせる。3月5日、ジャーナリストでジャパンプレス代表の佐藤和孝さんがリビウに入り、取材を続けている。 佐藤:日本で思っているよりも、ウクライナ全土が戦地になっているわけではありません。ロシアに近いハリコフやマリウポリ、キエフは激しい状況ですが、今のリビウはマーケットにも食料が並んでいるし、電気やガス、水道も滞りなくある。でも、会社はやっていないし、学校も幼稚園から大学まで休校です。  リビウはウクライナ各地からのハブになっていて、ポーランドに脱出する人や安全な地方に避難する人たちが集まっています。そうした人たちをケアするために、市民は炊き出しや物を配るボランティア活動に従事している。空からの攻撃を想定して戦車や装甲車をカモフラージュしたり、火炎瓶を作ったりしている人もいる。街は戦時下というより、準戦時体制に入っています。そういった意味でリビウは平穏には見えるけれど、戦火をひしひしと感じている雰囲気です。 ――佐藤さんはこれまで、アフガニスタンをはじめ、チェチェン、イラクなど数々の紛争地を取材し、街に暮らす市井の人の声を伝えてきた。リビウでも、衝撃的な出会いがあった。 佐藤:町工場の若社長として働く30歳の青年がいました。普段は台所用品を作っていたけれど、今は戦車や装甲車が街に侵入しないためのバリケード、そして兵士たちがつける「ドッグタグ」を作っている。普通、ドッグタグには名前や生年月日、血液型や国籍、そしてナンバーが刻まれています。でも、彼が作っていたのはナンバーしか書いていない、名前のないドッグタグでした。  僕がリビウで話を聞いた人たちは、国を守るために戦争に行くと話しました。当然亡くなる人も出てきます。その人たちが無名のドッグタグをつけている。それを見たとき、切なくなった。一人の存在が、番号だけっていうのは……。 腹の底から怒りを覚え ――その青年には7歳と3歳の子どもがいる。あなたも銃を持って戦争に行くのかと問いかけると、「行きたい」と答えた。 佐藤:でも、これまでに戦ったことのない青年です。恐怖について聞くと、「そりゃ怖い」と。「でも、自分が死ぬよりも怖いのは、この国が消滅すること」「だから戦う」と言った。  日本のどこかの評論家だかで、「ウクライナは白旗をあげたらいい」と言った人がいるんでしょう。大馬鹿者ですよ。だったらウクライナに来て、みんなにそう言いなさいと思う。  自分の国、文化や歴史がなくなるんですよ。安全圏で何もわかっていない、命を懸けたこともない人がこれから命を懸けようとしている人たちに向かって言える言葉じゃない。  この国はロシアに踏みにじられてきました。ソ連崩壊でようやく独立国家になったのに、またそのときに戻ってしまう。そうならないために血を流すことを彼らは厭わない。ゼレンスキーも含め、名もない人たちの気概がこの国を勇気づけているんです。  なのに、「10年後にはプーチンが死んでいるだろうから、その後、国に帰ったらいい」なんて馬鹿なことを言っている。このままだと、10年でこの国はなくなるんです。腹の底から怒りを覚えます。 大勢と一人「命」の重さ ――世界はロシアに対しての制裁を強化し、それはウクライナ国民の励みにもなっている。だが、課題もあると指摘する。 佐藤:西側諸国といわれる国が自分たちの味方になってくれていることはよく認識していて、それが戦うモチベーションの一つになっていることも否めません。でも、じゃあ我々はそれを続けていけるのかということも問われてくる。  応援の仕方は色々あるのだと思いますが、ウクライナへの武器の供与以上のことをすると第3次世界大戦になってしまう。世界の指導者のなかには、自分たちが火の粉をかぶらないためにウクライナを犠牲にしてもいいと考える人たちもいる。この問いが正しいかはわかりませんが、大勢の命と一人の命のどっちが大事かということになるかもしれない。そうならないように、外交なども含め世界は動かないといけない。  この戦争は長期化すると思います。だって、多くの人たちが戦う意志を持っている。自分たちの国を自分たちの血をもって守ろうとしている。その魂は消えません。アフガニスタン侵攻でも、ソ連軍が入って10年で撤退を余儀なくされた。結局、勝てないんです。 「核」撃てばロシア消滅 ――ロシア軍がシリアで兵士を募集しているとも報じられ、行き詰まりが見えている。 佐藤:兵士の数が多くても、戦闘経験のない人間は現場では使えません。「ワグネル」といわれる傭兵集団がいますが、彼らは戦闘経験が豊富です。つまり、人の殺し方を知っているということです。シリアの兵士も同じで、人を殺すことに慣れている。そういう人間を使って、なんとかウクライナを制圧したいと思っているんでしょうね。  でも、キエフでロシア軍が政府機関などを押さえたとしても、周りは敵だらけです。ロシア軍にとっても危険なことで、市街戦やゲリラ戦になってくる。長く続けば戦闘意欲やモチベーションもなくなっていくでしょう。  この戦争を長期的に遂行する経済的な裏付けがロシアにあったかというと、難しいんじゃないですか。もともとGDPも低いし、経済制裁もある。中国が助けるといっても限度があります。ロシアにも反対派の人がたくさんいるし、今やっていることは「きょうだい殺し」です。多くの国民は心を痛めているんじゃないかと僕は思う。  ただ、国内世論が反プーチンに傾くほど、彼はますます弾圧しなければならなくなる。今後プーチンはウクライナ、世界、そしてロシア国内とも戦わなければいけなくなります。その覚悟を彼は持っているのか。核があると脅かしますが、それを撃てばロシアも消滅します。  プーチンはルーマニアのチャウシェスクのような形で終わってしまうかもしれません。止められるのはロシア人しかいないと僕は思っています。 世界に見えない街や村 ――様々な国を歩いてきたが、これまで見た戦場とは「質」が違うという。 佐藤:アフガニスタンやイラク、シリアというのはある地域の戦争です。僕のなかでは、世界大戦になるというようなものではなかった。ユーゴスラビアの戦争は世界大戦の可能性を秘めていましたが、各地に火の粉が及ばないようにヨーロッパ各地もいろいろと手を打ちました。  今度はロシアの正規軍が自分たちの論理だけで他国に侵攻し、第3次世界大戦の可能性もはらんだ非常に危機的な状況だと思います。今までの現場とは質が全く違う。だから世界は必死になっているんだけど、行き詰まり感も出てしまっている。  キエフやハリコフから避難してきた人たちは、とにかく攻撃が激しいと口をそろえます。狙撃兵までいるから、外に出られず命からがら逃げてきたと。でも、そういった街や村には記者もいないので、世界に見えていないんです。やりたい放題になって、どんどん残虐な方向に向かってしまう。今後、キエフでも取材したいと思っています。 ◯佐藤和孝(さとう・かずたか)1956年生まれ。独立系通信社「ジャパンプレス」代表。山本美香記念財団代表理事。80年からアフガニスタンで取材を行い、その後も様々な紛争地を取材した。近著に『タリバンの眼 戦場で考えた』など (構成/編集部・福井しほ) ※AERA 2022年3月21日号から

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    大前研一「マスコミが報道しない“ゼレンスキー大統領の素顔”」

    先入観を捨ててウクライナ危機を見よ  2022年3月23日、ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会で演説した。戦争中の国の大統領がオンラインで他国の国民や政治家に語りかけるのは、いかにも21世紀のテレビ俳優らしい振る舞いだと思う。演説の内容は地味だったが、日本に彼のシンパは増えたのではないだろうか。  ただし、目の前で起きていることだけで、世界情勢は理解できない。日本人は「アメリカ脳」の見方になりやすいから、「ロシア脳」に頭を切り替えて情勢を判断することが重要だ。プーチンとロシア軍は、ウクライナの街を攻撃し、非戦闘員の命を奪い、シリア型のひどい破壊行為を続けた。これは許されることではないが、プーチンがなぜキレているのかを理解するには「プーチン脳」で考えてみるしかない。  時間軸の問題もある。この1カ月余りで世界の見方は急変した。最も大きく変わったのは、ゼレンスキー大統領に対する見方だろう。「彼は大統領になる器ではない」と考えていたウクライナ人もいるはずだ。ゼレンスキーは政治風刺ドラマ『国民の僕』でウクライナ大統領役を演じて人気を高め、2019年の大統領選に出馬して当選した。 プーチンのイライラは頂点に達した  ゼレンスキーの支持率は、就任時には約8割と高かった。過去の大統領や首相は私腹を肥やす悪い連中がほとんどだったから、過度な期待があったのだ。しかし、実際に就任すると「やはり政治の素人じゃダメだ」と、支持率は約3割まで落ちた。  人気を失ったゼレンスキーは、EU加盟、NATO加盟を掲げた。EU加盟を望む国民は多いから支持率は上がる。  ウクライナ人の多くがEU加盟を望むのは、EU内を自由に往来し就業もできる「EUのパスポート」が欲しいからだ。現在のロシア軍と戦うウクライナ人は愛国心の塊に見えるけれど、彼らはもともと自分の国があまり好きではない。私は何回もウクライナを訪問しているが、若い人は特に、ウクライナを離れてEUやアメリカなどで働きたいと話していた。プーチンもウクライナ人の愛国心は薄いと判断したから、2日でケリがつくと踏んで侵攻したのだろう。  しかし、ゼレンスキーが掲げたEU加盟は容易ではない。彼自身も初めから空手形で、在任中には無理だと思っていただろう。EU加盟を望む国はほかにもあり、トルコなど5カ国がすでに待っている。トルコなどは、もう17年も加盟交渉がまとまっていない。  一方、NATOのほうは、EUよりは加盟しやすい。最近でも、20年に北マケドニアが、17年にはモンテネグロが加盟している。しかし、NATOは軍事同盟だから、隣国が加盟することをプーチンが許せるわけはない。  さらに、ウクライナは、ソ連時代はICBM(大陸間弾道ミサイル)、航空母艦など兵器も開発していた。核兵器も開発していて、1991年に独立した時点で、ウクライナには約1900発の核弾頭があり、米ロに次ぐ世界第3位の核保有国だった。米ロ英は3カ国による安全保障を条件として、ウクライナに核兵器を放棄させた。94年の「ブダペスト覚書」だ。フランスと中国も、別々の書面でウクライナに核兵器の撤去を条件に安全保障を約束している。  ところが、ゼレンスキーは22年2月に「ブダペスト覚書は再検討できるはずだ」と発言した。ロシアに小突きまわされるのは核兵器を手放したせいで、核を保有すれば対等に交渉できる、という意味だ。  EU加盟、NATO加盟、核再武装は、ゼレンスキーが支持率を回復するための3点セットだった。しかし、「こいつは思った以上にワルだ」とプーチンのイライラは頂点に達したのだ。  そもそもプーチンのイライラは、ゼレンスキーが大統領に就任した頃から始まっていた。ゼレンスキーが「ミンスク合意なんて知らないよ」という態度を見せていたからだ。 ゼレンスキーによる一連の人気回復政策が問題  ミンスク合意は、ウクライナ東部で起きたドンバス戦争を停戦させるため、14年にベラルーシの首都ミンスクで調印されたものだ。ドンバス地方は、親ロ派のドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国が実効支配し、ウクライナ政府と対立している。14年の合意ではウクライナ、ロシア、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国、OSCE(欧州安全保障協力機構)の代表が調印し、翌15年にはドイツ、フランスが仲介して「ミンスク2」が調印されている。合意内容には、停戦とともにウクライナの憲法を改正し、ドンバス地方に“特別な地位”を与えると規定している。  ウクライナの東側、ドネツク州とルガンスク州はおよそ3割がロシア系だが、「人民共和国」とした地域に限ればクリミアと同じく7割を占める。彼らはドンバス地方の東側50キロほどをぶん取ってロシアとの間に緩衝地帯をつくっていた。この地域に自治権を認めるというのがミンスク合意だった。  ところが、19年に大統領になったゼレンスキーは「あの合意はウクライナが不利な条件を押しつけられたもの」と公然と言い出した。苦労して調印した合意を反故にするのだから、プーチンから見れば、大馬鹿野郎だろう。  ロシアの議会は「ウクライナ政府が彼らの自立を認めないなら独立宣言させる」と決め、プーチンは侵攻の1週間ほど前にこれにサインした。ゼレンスキーがすぐに自治権を与えていれば、あるいは当事者であったメルケル独前首相がすぐに仲介に動いていれば、プーチンも侵攻するほどイライラを募らせることはなかっただろう。  日本のメディアは「プーチンは理解不能」「ウクライナのNATO加盟申請が最大の問題」などと報じているが、ゼレンスキーによる一連の人気回復政策が問題なのだ。彼が大統領になってからの流れを追えば、プーチンが憤激した背景が理解できるだろう。  一方、ロシアのウクライナ侵攻からのゼレンスキーの役者振りは素晴らしい。ネットで神出鬼没し、世界中に救助を訴えている。シナリオもわかりやすいし、好感が持たれる。いつの間にか支持率は90%を超え、今世紀まれに見る指導者だ、という見方が定着しつつある。  半面、プーチンは正常な判断ができなくなったのではないか、孤立しているのではないか、ロシア国内で反プーチンのクーデターが起こるのではないか、と評価が完全に逆転してしまった。ウクライナ人の「祖国を守る」勇気が想像以上であったし、アメリカもNATO軍は派遣しないが、ウクライナが使える近代兵器など一式を大量に送り込んでいる。その結果、ロシアが泥沼に入り、22年3月末現在は南部の一部だけでももぎ取れればいい、という線まで後退している。  これはとりもなおさずミンスク合意が実施されていればできていたことで、国土にあれだけの破壊を被ることは避けられていたはずだ。  ここまで来たらウクライナだけでなくロシアでもプーチンをどうやって止めるのか、という一点に絞られてきている。23年にわたり独裁者として君臨してきた指導者が、結局相談相手も、正直なアドバイスをしてくれる人もいなくなる悲哀、と言ってもいい。これはもちろん中国の習近平が陥る可能性のある土壺で、その場合には日本も悲劇に巻き込まれる。  今回のロシアによるウクライナ侵攻では、いかに指導者の頭に潜り込んで考えることが重要か、どの段階でどうすれば最悪の悲劇は防げたか、を考える格好の材料と思う。 日本も防衛のために核共有を認めるべきか?  日本国内では、ロシアの侵攻から3日後、安倍晋三元首相がテレビ番組で、日米共同で核兵器を運用する「核シェアリング」について議論すべきだ、と発言して物議をかもした。  安倍元首相が非核三原則を見直したいのは、一種のトラウマからだろう。「モリカケ桜」(森友学園・加計学園問題や「桜を見る会」問題)より大きなトラウマかもしれない。岸家、佐藤家、安倍家に受け継がれる“ファミリー・トラウマ”といってよい。よく知られるように、安倍元首相は母方の祖父が岸信介、岸の実弟が佐藤栄作という総理大臣を生んだファミリーの一員だ。  佐藤栄作は首相だった1967年に国会で「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を表明し、72年の沖縄返還では米軍の核兵器を沖縄から“撤去”させた。この“核抜き返還”などが評価され、74年にノーベル平和賞を受賞している。  ところが、09年に民主党政権が誕生すると、佐藤政権の頃から、核兵器を積んだ米軍艦の寄港を許していたという“核密約”の存在が明らかになった。また、在日米国大使だったエドウィン・ライシャワー氏は「核を積んで寄港していた」と証言している。核の持ち込みは“公然の秘密”だったわけだ。  大叔父の佐藤栄作は大嘘つきだった――これが安倍元首相のファミリー・トラウマだ。もし国会で「核共有」が認められたら、半世紀前に大叔父がついた嘘はかき消される。愚にもつかない安倍一族の過ちを後始末する一環なのだ。国民はそんなトラウマに付き合ってはいられない。 (構成=伊田欣司) 大前 研一(おおまえ・けんいち)ビジネス・ブレークスルー大学学長1943年生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号取得、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号取得。日立製作所へ入社(原子力開発部技師)後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し日本支社長などを経て、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長を務める。近著に『日本の論点 2022~23』(プレジデント社)など著書多数。

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    ウクライナ停戦への道 自民・石破元幹事長「このままでは独ソ戦の再現に…」

     泥沼化しつつあるロシアによるウクライナ侵攻。ウクライナ軍の各地での奮闘は称賛に値するものの、かといって、国際社会はこのまま双方の命が失われ続けることを容認していいのか。本当に停戦という選択肢はないのか、今一度考えてみたい。 *  *  *  戦闘が長期化しつつあるウクライナ情勢だが、日本はNATO(北大西洋条約機構)諸国と歩調を合わせ、ロシアへの経済制裁を実施している。  岸田文雄首相は19日、ウクライナを支援するためにこれまで3億ドル(約380億円)の借款を行っていたが、倍増してさらに3億ドルを追加支援することを表明。記者団にこう語った。 「わが国は祖国のために奮闘するウクライナとともにある。今後もG7、国際社会と連携しながら強く支援していく」  岸田首相は23日の日米首脳会談でもこうした方針を打ち出す。ウクライナを支援するムードが高まるなか、当初あった「即時停戦」という選択肢は遠のいているようにも見える。  自民党の石破茂元幹事長は、このような状況に警鐘を鳴らす。 「このままでは、無辜(むこ)の市民がどんどん犠牲になっていきます。国際社会の責務は、一刻も早く戦闘を停めさせ、これ以上の犠牲者を出さないということに尽きます。ロシアに対しても、命令で戦場に駆り出された若い兵隊たちがこれ以上、死なないで済むようにすることを優先すべきではないでしょうか。日中戦争当時、中国を懲らしめるという意味の『暴支膺懲(ようちょう)』というスローガンがありましたが、いま永田町ではロシア非難一色で『暴露膺懲』の様相になっています。ロシアの行為は厳しく非難されるべきですが、それは人命が失われる事態を防いでからでも可能です」  戦局は転機を迎えている。最大の激戦地となったウクライナ南東部の要衝、マリウポリが事実上、陥落。現地の製鉄所に立て籠もって抗戦していたアゾフ連隊を中心とする戦闘部隊の多くは投降し、ロシア側の拘置施設に移送されたとみられている。  2014年にロシアが併合したクリミア半島は飛び地であり、東部の親ロ派支配地域とつなぐ回廊を確保するためにも、ロシア側にとってマリウポリの制圧は欠かせなかった。港を再開し、ロシアからの海上輸送の拠点にする意向だ。さらに攻撃対象として視野に入れるのが南部のオデーサだが、ロシア軍はドンバス地方全域で戦闘を続けているものの、ウクライナ側の強い抵抗に遭い苦戦を余儀なくされている。  国連職員として世界各地で紛争処理に当たってきた、東京外国語大学教授の伊勢崎賢治氏はこう力説する。 「いまならば、ロシア、ウクライナ両国が戦闘をやめる口実が成り立ちます。即時停戦を実現するべきです。ロシアはクリミアにつながるマリウポリを陥落させ、プーチン大統領はネオナチと名指ししていたアゾフ連隊を降伏させたことで『非ナチス化』の大義名分になる。国内向けに軍事作戦の成果があがったと言えます。ウクライナは各地でロシア軍を押し返し、ゼレンスキー政権を転覆してウクライナ全土を占領しようとしたロシアの野望を阻止したと言えます。このまま戦闘を続けても、死者が増えるばかりです」  もっとも、伊勢崎氏はロシアにウクライナ一国を占領統治するほどの軍事力があるとは見做していなかった。プーチン氏にも当初からその意図はなく、だからこそ首都キーウから撤退したと見る。 「米国ですら、20年もかけてアフガンの占領統治に失敗し、撤退したのです。ロシアに異国を征服する力はありません。ロシアの狙いは、オデーサまで落とし、黒海沿岸を制圧してウクライナを内陸国にしてしまうことです。ウクライナは小麦など穀物の輸出大国ですから、黒海を通じた航路が使えなくなるので経済的にもダメージを与えることができる。また、この一帯はすごい量の原油が眠っているのです。しかし、いまの戦況を見ればその目的も難しくなっています。厭戦気分も高まっているはずです」 ■国連が機能したスエズ動乱停戦  戦局は今後、さらにロシアに不利になっていくとみられる。米国のバイデン大統領は「武器貸与法」を成立させ、長期的なウクライナへの軍事支援を可能にした。すでに米国は対戦車ミサイルや地対空ミサイルなどを供与。ドイツも対空戦車50台を提供している。  ここまで来たらウクライナ側の「勝利」を目指すべきだという声も出てきているが、前出の石破氏はこう指摘する。 「ロシアが怖いのは、いつも総力戦で膨大な死者を出しながら戦争に勝ってきたことです。ナポレオンのロシア遠征の時もそうだったし、第2次世界大戦の独ソ戦では2500万人もの死者を出しています。人命が損なわれることに対する抵抗感が低いと言わざるを得ず、だからこそ、今回の紛争でも自分たちが『勝った』と言えるまで、戦闘を続ける恐れがあるのです」  では、具体的にどう停戦を促すのか。ここで考慮すべきは国連の活用だ。  今のところ有効な手を打てていない国連だが、本来はもっと大きな役割を果たせるはずだという。石破氏が好事例として挙げるのが、1956年の第2次中東戦争時の国連の対処だ。エジプトのナセル大統領が突如として、スエズ運河の国有化を宣言し、運河で利益を得ていたイギリスが怒り、フランス、イスラエルとともにエジプトに侵攻した(スエズ動乱)。 「イギリスもフランスも常任理事国ですから、国連安保理は機能不全になりました。そこで当時、カナダのピアソン外相の働きかけで国連のハマーショルド事務総長が緊急総会を開き、停戦、撤兵決議を行った。国連が本腰を入れたことでイギリスとフランスも従わざるを得ず、停戦が成立したのです。国連は国連緊急軍を現地に派遣して、停戦監視を行いました。国連は無力でないことがわかります。では、いま日本がなすべきことは何か。こうした歴史的経緯や国際法を精査して、国際社会とともに、まずは停戦状態をつくることに尽力すべきです。口を極めてロシアを非難しても何も解決しません」(石破氏)  スエズ動乱時の国連緊急軍が今日の国連平和維持活動(PKO)の原点になっているわけだが、今回は停戦をより困難にする要素がある。ロシア軍にはシリアの傭兵が投入されているし、チェチェン共和国のカディロフ首長の私兵組織「カディロフ部隊」はキーウ近郊のブチャでの民間人虐殺に関わったとされる。ウクライナにも傭兵や志願兵が多く存在する。前出・伊勢崎氏が説明する。 「こうした正規軍ではない人たちは、軍法の管轄下にないから戦争犯罪を起こしやすいのです。停戦合意が成立しても命令を聞かない恐れがあります。戦争が長引けば長引くほど、両国政府の指揮命令系統が利かなくなる。どんなに心情的に納得できないにしても、停戦合意を進めるにあたっては、戦争犯罪はいったん棚上げするのが定石です。早急に停戦監視団を投入する必要があります。講和後、速やかに中立性のある捜査機関によって、戦争犯罪の証拠集めをするのです」 ■停戦交渉難航にアメリカの影?  ところで、日本にできること、という点に関しては、東京大学名誉教授の和田春樹氏(ロシア史)をはじめとする14人の歴史学者が3月、「日本はロシアと安定的な関係にある中国、インドと協力して、ロシアとウクライナに戦闘停止を呼びかけ、公正な仲裁者になること」を要請する声明を発表した。  和田氏らは駐日ロシア大使館のガルージン大使を訪ね、即時停戦の必要性を訴えている。  和田氏はこう話す。 「大使はプーチン氏の忠実な代弁者であり、軍事作戦の正当性を主張しました。けれども、『停戦交渉がまとまってくると、誰かがウクライナのスカートの裾を踏むのだ』という言い方をしました。明らかに米国のことを指しているのですが、停戦交渉に応じる考えはあると感じました」  和田氏が悔やむのは3月末の停戦交渉が合意に至らなかったことだ。ウクライナ側の条件は、NATOに加盟しない代わりに新たな集団的な安全保障の枠組みを構築すること、クリミアの主権については今後15年間協議するというものだった。 「ロシアはその条件を歓迎したから、キーウから撤退したのです。G7はクリミア併合に対して経済制裁をしていたから、この条件は妥協的すぎると米国が反対したと考えられます」  まもなくブチャの民間人虐殺が発覚して、戦闘はますます激化していく。  和田氏が続ける。 「ロシアは途方もなく広い国境を持っているので、他国から侵略を受けることを過剰に恐れている国です。ソ連崩壊後、NATOが東方に拡大したことは正しかったのか、ということも検証しなければなりません。ロシアとウクライナは300年以上、一つの国でした。30年前に分離しましたが、これからも隣どうしで存在していかなければならないのです」  欧米は武器提供するから戦えという。停戦は積極的に呼びかけない。血を流し続けるのは、ウクライナの国民だ。それは残酷ではないのか。(本誌・亀井洋志)※週刊朝日  2022年6月3日号

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    皇后雅子さま 赤十字大会で「うっかり」ハプニングと衣装のリメイクが意味すること

     5月19日、皇后雅子さまが全国赤十字大会に出席した。単独の皇居外での公務は2019年8月のナイチンゲール記章授与式に出席して以来、2年9カ月ぶりであった。ご体調も良く、この日、とびきりの笑顔を見せた雅子さま。実は、雅子さまは衣装をリメイクすることも多いのだ。 *  *  * 「私の娘の愛子と同じ年の21歳ですよね。すごくしっかりしていますね」 「あ、オハイオ州!」   雅子さまは会場を出る際、奉迎に立った青少年赤十字卒業生奉仕団の大学生らの緊張を解こうとするかのように、和やかなムードで話しかけた。  19日、渋谷区の明治神宮会館で全国赤十字大会が3年ぶりに開催された。日本赤十字社の名誉総裁を務める雅子さまは、副総裁の紀子さまや他の妃殿下とともに出席した。 ■体調の好調ぶりが伝わる場面が何度も  日本赤十字社と皇后のつながりは深い。  1912年に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后は、赤十字の活動のために現在の3億5千万円相当にあたる10万円を寄付した。これにより「昭憲皇太后基金」が設立された。  第一次世界大戦の勃発が迫るなかで、各国の赤十字社は戦場での救護に追われていた。加えて地震や台風、火災などの自然災害の脅威にもさらされるなかでの国際基金の設立は画期的なことであった。この基金は現在も、世界中の赤十字の活動に使われている。  1947年には、香淳皇后が日本赤十字社の名誉総裁に就任。以来、歴代皇后がその役を務める。  皇后の重要な公務のひとつであり、雅子さまが皇居の外で単独で務める公務としては、2年9カ月ぶりだった。  この日は体調の良さが伝わる場面が何度もあった。  記事冒頭の写真は、追っかけ大学生の阿部満幹さんが帰路につく雅子さまを撮影した一枚だ。注目したいのは、雅子さまがしっかりとカメラ目線であることだ。  体調の悪いときは、人の視線を避けることが多かった。「最近は、しっかりと目線を合わせてくださいます。僕も、カメラ目線の写真を撮影できる機会が増えました。この日は晴天に恵まれて、太陽の日差しがちょうどスポットライトのように皇后さまを照らしていました。なにより、笑顔は自信に満ちていらしゃいました」 ■「うっかり!」ハプニングの皇后雅子さま  大会では皇后が日赤の事業に貢献した13名に有功章を授与する。久しぶりの単独公務で雅子さまも緊張していたのだろうか。  こんなシーンもあった。  受章者はまず壇上で一礼して、さらに名誉総裁である皇后雅子さまの前に一礼したのち授与される。  1人目の受章者が、雅子さまの前に歩を進めた。ところが、受章者が2度目の礼をする前に、雅子さまが有功章を渡しかけてしまうというハプニングも。  5人目の受章者は、車椅子で壇上に上がった。雅子さまが、身体をかがめて視線を合わせながら授与するその姿は、国民とともに歩んだ平成の皇室を彷彿とさせた。  この全国赤十字大会で名誉総裁を務める皇后は、平成の時代から白を基調に紺などのブルー系の差し色が入ったスーツを着ることが多い。名誉総裁の皇后や名誉副総裁に就く皇族妃は、赤十字社の赤色の記章を胸に付ける。記章が目立つようにとの配慮だと思われる。  2019年5月に催された前回の大会のときも雅子さまは、白を基調に紺のアクセントが入ったスーツを着こなしている。  令和皇室の色がにじむのは、この日の雅子さまの着こなしだ。  この日、追っかけで集まった皇室ファンの間でも、「雅子さまのスーツは新調されたものでは?」と話題になっていた。その通り、スーツは新調されている。  しかし、帽子はリメイクだ。  事情を知る関係者がこう話す。 「皇后さまのスーツの襟と袖口とポケットには、夏らしく紺のオーガンジーの素材が使われています。同じ紺のオーガンジー生地を二重に重ねて、前からお使いになっていた帽子のリボンの部分を張り替えて、今回は着用されました。皇太子妃時代から、リメイクなさることは少なくないのです」  リメイクといえば、昨年12月に二十歳の成年を迎えた愛子さまは、ティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて成年の儀式に臨んだ。サイズを合わせるために多少の手直しは、必要だったと思われる。  コロナ禍で厳しい生活を送る国民に配慮し、両陛下と相談して決めたと公表され、海外紙なども「思慮深いプリンセス」と令和の天皇ご一家を絶賛した。  皇后雅子さまと内親王の愛子さまが国民の生活に心を寄せた結果、意識的に衣装などのリメイクをなさっている部分もあるだろう。 「たしかに、お持ちの衣装をきれいに大切にお使いです。リメイクされることも少なくありません」  天皇ご一家を知る関係者はそう話すが、一方で、別の理由もあると言う。 ■オーダーメイドに耐えうる皇族方の体力  天皇や皇族方が公務で着用する衣装は、オーダーメイドでデザイナーが仕立てる。そのためには、採寸や仮縫いなどに要する時間もあり、発注するご本人も体力が必要だ。  雅子さまは、まだご体調に波があり、オーダーで仕立てるのが難しい時期もあった。また、公務への出席がギリギリまで判明しないため、長い間、新しい衣装を作らず、昔の衣装のサイズ直しをしたり軽いリフォームを施して着用することも少なくなかった。 「その意味では、今回スーツをオーダーなさったのは、ご体調がよい状況が続いた証しですね」(宮内庁関係者)  大会が終わり、会場となった渋谷区の明治神宮会館を出発した。車から手をふる雅子さまは、ひと目姿を見ようと集まった人びとに、とびきりの笑顔を見せた。 (AERAdot.編集部・永井貴子)

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    ミュージカル界の帝王・山口祐一郎を鼓舞させた“医療関係者からの手紙”

    「ミュージカル界の帝王」、山口祐一郎さん。作家・林真理子さんとは長年のお付き合いということで、対談が始まるとすぐに、会話は大盛り上がりでした。 *  *  * 林:ご無沙汰しております。 山口:林さんとは、青春時代に楽しいひとときを過ごさせていただきました。 林:はい、だから私もお会いするのを楽しみにしていました。  今回、山口祐一郎さんがホストになって、縁のあるゲストの方々をお招きして、劇場に来たお客さんにトークと歌で楽しんでいただくイベント(「My Story,My Song ~and YOU~」5月19~22日 シアタークリエ)をなさるんですね。 山口:実は2年前に帝国劇場で、今まで初めての試みとしてトークショー(「My Story ─素敵な仲間たち─」)をおこなったんですよ。当時は今よりももっとミュージカルやコンサートなどに対する制限が厳しくって、集まって何かするものはすべて延期、中止という風潮だったんですよね。それでも「こういうつらいときだからこそ劇場に来たい」という方がたくさんいらっしゃるわけじゃないですか。 林:当時はいろんな舞台が中止になって、とても残念でしたよ。 山口:そうですよね。それで、「(コロナの状況で)稽古ができないのなら、歌なしでトークだけのショーにしよう」と考えて企画されたのが、帝劇の舞台機構を使って、奥にひそんでいる劇場そのものの魅力を前面に出したトークショーだったんです。裏方さん、大道具さん、照明さん、音響さんたちの力を総動員して、せり(舞台の床の一部が上下する装置)とか盆(床が回転する装置)も全部使って。 林:オーケストラとか歌は、そのときどうしたんですか? 山口:オーケストラもないし、歌もありません。そういうのができない状態でしたからね。 林:すごいですね。お客さん、たくさんいらしたんですか。 山口:満杯になりました。当時、コロナ禍ですでに医療現場が疲弊しきっていた時期だったのですが、そのトークショーのあと、僕、医療関係の方からお手紙をいただいたんですよ。「コロナになって1年、泣いたり笑ったりすることもありませんでしたが、劇場に来て山口さんの話を聞いていたら、泣いている自分に気づいて。そんな自分に、途中から笑っちゃいました」というんです。それを読んで、ああそうか、緊張したギリギリの状態で医療に励んでおられる方が、劇場に来てふと我に返れる瞬間があったんだな、と思ったんです。それから、「よし、チャンスがあったら何でもやろう」と思いました。 林:なるほど、そうやって勇気づけられた人がたくさんいたんですね。素晴らしいです。 山口:それで、その延長として開催されるのが、今回のシアタークリエのコンサートなんです。 林:(チラシを見ながら)1部が山口さんとゲストの方とのトーク、2部がミニコンサートで、皆さんでミュージカルナンバーを歌うわけですね。保坂知寿さんは私も存じ上げてますが、石川禅さんや上口耕平さんという方たちは……。 山口:今まで一緒に舞台に立ってきた皆さんです。いつも勇気やパワーはお客様やこの仲間たちからいただいています。コロナ禍を経て再会できて温かな気持ちでショーをお届けします。 林:これはインターネットで配信もなさるんですか? 山口:千秋楽の配信が決まりました。たとえば大学に入った若い人なんかは、「やった! 東京に来たぞ。バイトしながら学生生活を楽しむぞ」と思ったら、大学に行けなくて、授業もリモートばっかり、学生用の小さなワンルームに閉じ込められてるなんてこともあるわけじゃないですか。そんな人たちが、僕らのネット配信を見て「私ももうちょっと頑張ろう」と思ってくれたらそれでいいんです。 林:なるほど。それにしても山口さん、久しぶりにお目にかかったら、相変わらず背が高くて(186センチ)カッコいいですね。 山口:つい先日は、篠山紀信さんにプログラム用の撮影をしていただいたので、多少おなか周りなど、気にして毎日を過ごしていました。(ポスターを示し)これは帝劇の屋上です。 林:素敵じゃないですか! 篠山さん、やっぱりさすがですね。 山口:篠山さんは中学高校の先輩でして、初対面でしたが男子校の同窓会のようで、フレンドリーに撮影していただきました。ありがたいですね。こうやって撮っていただいた作品を見ると、新しいミュージカルのストーリーが生まれてきそうですね。 (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)※週刊朝日  2022年5月27日号より抜粋

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    クロちゃんが絶対やってはいけない"筋トレ"行い医師が警告「このままでは歩けない体になる」 

     安田大サーカスのクロちゃんが、気になるトピックについて"真実"のみを語る連載「死ぬ前に話しておきたい恋の話」。今回のテーマは「筋トレ」。自身のSNSで、ジムでの筋トレの様子を頻繁にアップしているクロちゃん。実は昔から体を鍛えることが好きだったクロちゃんだが、一時は間違った筋トレをやりすぎて、ドクターストップがかかった経験もあるという。そこまでしてクロちゃんが筋トレを続ける理由とは? *  *  * あんまり信じてもらえないんだけど、ボクは週3回のペースでジムに通っている。SNSなどでは「ウソつくな!」とかって散々いわれるんだけど本当だからね(笑)。 ジムに通う日は、朝4時に起きて、支度をして、4時半には自宅を出るのがルーティン。ジムまでの移動は基本、徒歩。1時間弱かかるんだけど、これもトレーニングの一貫だと思っている。到着するのは5時半頃。午後からよりも、朝のほうが空いていて、器具もいろいろ使えるから、トレーニングがしやすいんだよね。 ベンチプレスやダンベル、ハイプーリーなどを使って、主に上半身を鍛えるトレーニングに今は取り組んでいる。ちなみに下半身は、あまり鍛えないのがボクのこだわり。下半身のトレーニングをやりすぎると、2~3日疲れが取れなかったりするからね。ボクは、散歩が好きで日頃からよく歩いているから、そこで下半身の筋力は十分カバーできているはずなんだ。だって、仕事のスケジュールが問題なければ、ジムからも徒歩で帰ったりもするからね。午前中で1万歩以上を歩くなんてことも決して珍しいことじゃない。健康的な生活で良いでしょ? そもそもボクは昔からジムが大好き。通いはじめたのは大学生の頃だから、もう25年以上になる。当時は、体重が108キロまで増えてしまっていて、「体重が煩悩の数なんてヤバい」って焦ったのが通い始めるきっかけ。その時は「とにかく痩せたい」って精神的にもかなり自分を追い込んでいたから、筋トレ以外にも、エアロビやヨガなども取り入れてめちゃくちゃ頑張った。そのおかげで、ダイエットは大成功。108キロもあった体重がなんと66キロまで落ちたんだ。  この時の成功体験と、自分の身体が変わっていくさまがたまらなく面白くて、ボクはすっかりジムにハマってしまった。ピークに鍛えていた頃は、130キロのベンチプレスも持ち上げることができたし、一時は3つのジムを掛け持ちしていたこともある。当時はなぜか「ジムを掛け持ちすること」が、ステータスのように感じていた。ただ、掛け持ちしていたといっても、うまく使い分けていたのかって聞かれたら、全然そんなことはない。トレーニングも独自のメニューをこなしていたから、効率も悪かったし、体にも負担がかかりすぎていた。  ジム初心者の方に言っておきたいけど、間違ったトレーニングをやり続けるのは、けっこう危険だよ。しらずしらずのうちに、自分の身体が悲鳴をあげている可能性があるからね。かなり昔の話だけど、ボクは「花の慶次」っていう漫画に出てくる、片腕だけ異常に太いキャラクター「岩兵衛」に憧れて、"右腕"だけを集中的にトレーニングをしていたら、ドクターストップがかかったことがある(笑)。 今、振り返っても、たしかに、あれは、ちょっとやりすぎていた。 暇さえあれば、右腕がパンパンになるまで、ずーっと筋トレしていたからね。握力ボールとかであれば5~6時間以上は平気でやり続けてしまうくらい……。 当然、右腕はだんだん太くなっていった。「岩兵衛」のように、右腕と左腕の太さの"差"をつけたかったのもあって、左腕はまったく鍛えずにいたんだけど、結局、これがダメだった。 ある日、朝起きたら、突然、体に激痛が走ったんだよね。あまりの痛さで布団からまったく出られないくらいに……。これはボクもびっくりした。あまりの痛さに「これはダメだ」って思って、急いで病院に駆け込んだ。お医者さんからは「(右腕のみの筋トレをやりすぎて)身体の左右のバランスが非常に悪くなっています。このまま続けていると、最悪の場合、歩けない体になる可能性もありますよ」と告げられた。衝撃的だった。今考えると、なんて恐ろしいことをしていたのかと怖くなるよ。 熱中しすぎると、周りが見えなくなって、とことん突き詰めてしまうのがボクの悪いクセだなってことを改めて感じた瞬間だった。その時の無理なトレーニングの影響で、いまだにボクの身体のバランスは少しおかしい。正面からボクを見るとよく分かるけど、右肩のほうが左肩よりもじゃっかん下がってしまっているからね。たぶん、これはもうなおらない。  やっぱり、トレーニングはきちんと正しい方法で行わなくちゃ駄目だね。あと、絶対無理はしちゃいけない。 だから、今では専属のトレーナーさんもちゃんとつけているし、無理なトレーニングして、自分を追い込むこともしていない。結局、それがいちばん効率も良いし、なんといっても、ジムに「長く通い続けること」の秘訣(ひけつ)なんだよね。  ボクは、ジムって「通い続けること」に意味があると思う。もちろん無理のない範囲で。  やっぱり人間、健康がいちばん。ボクは昨年コロナになって、それが身にしみてわかった。残りの人生、できるだけ長く健康でいるために、ある程度の体力や持久力、免疫力を、適度な運動することで、つねに維持しておきたいっていうのが、ボクがジムに通う最大の理由なんだよね。 あと、ボクの場合、「水曜日のダウンタウン」(TBS系)で無人島に突然連れていかれたり、いきなりプロレスの試合に出ることになったりなどのハードな仕事も多いから、それに耐えられるための体作りっていう目的ももちろんある。どんな仕事でも、プロとして絶対NGは出したくないからね。 それに、シンプルに、運動するのってやっぱり気持ちいいよ。ジムに興味があるけど「どうしようかな」って迷っている人は、週1回でもいいから、無理のない日程を決めて、とにかく一度通ってみるといい。そこで自分を追い込む必要なんかまったくないし、嫌なら休んだっていい。 これはボクだけの感覚かもしれないけど、「ジムに通っている」ってことでだけで、自己満足度が勝手にあがって、自分に少し自信がついたり、気分転換にもなったりするんだよね。 友達や恋人と一緒に通うのだってきっと楽しいと思う。ボクも、いつかは恋人とジムデートしてみたい。ボクは、筋トレの知識も豊富だから、いろいろとアドバイスができると思うからね。 健康的な体を維持することがもちろん大前提だけど、余力があれば、プロレスラーのオカダカズチカさんや棚橋弘至さんみたいなたくましい身体づくりも目指したい。女性に頼られるような強い男ってやっぱり憧れちゃうんだよね。今は昭和のプロレスラー体型っていわれるから、なんか嫌なんだ。 しかし、これだけジム通っているのに、なぜ、もう少し痩せないんだろう……。不思議だよね? 明日も筋トレ頑張るしん。 ◎クロちゃん/1976年12月10日生まれ。広島県出身。2001年4月に団長安田、HIROと「安田大サーカス」を結成。スキンヘッド、強面には似合わないソプラノボイスが特徴(構成/AERA dot,編集部・岡本直也)

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    4630万円誤送金で脚光浴びた「フロッピーディスク」 絶滅どころか公的機関でいまだ“現役”の事情

    「えっ、いまだにフロッピーディスクを使っているの?」  そう思った人も少なくないだろう。  山口県阿武町で誤って1世帯に4630万円を振り込んだ、いわゆる誤送金問題。18日夜、県警は同町の田口翔容疑者(24)を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕したが、誤送金に至る過程で、町役場から銀行に依頼データの入ったフロッピーディスク(FD)を渡したことが報じられると、「旧石器時代」「時代遅れ過ぎる」など、驚きや嘆きの声がSNSに上がった。ところが取材してみると、絶滅していたかのように思われたFDは、一部の中央省庁や役所、銀行、企業ではいまも日常的に使われていることがわかった。それぞれの事情を聞いた。 *   *   *  山口県阿武町からFDでの振り込みを依頼された山口銀行などを傘下に持つ「山口フィナンシャルグループ(FG)」にたずねると、「山口銀行は、FDなどによる振り込みおよび口座振替依頼データの授受については昨年5月末日を持って廃止させていただいております」と言う。  ところが、山口銀行はFDによる振り込みデータの受け渡しを現在も行っている。なぜか。 「新規の受付は行っておりませんが、既存のお客様から、FDでの振り込みを継続させてほしい、というご要望があれば、対応せざるを得ないという状況です」  山口銀行は、これまでFDで振り込みを依頼してきた顧客に対して、同行のインターネットバンキングを通じて振り込みをしてもらえるように交渉してきた。 「ただ、昔からずっとお取引していただいているお客様の利便性の観点からすると、FDを廃止するのは難しい側面があります」  担当者はすんなりとはいかない事情を、そう説明する。 ■東京の区役所でもFD  一方、東北地方のある銀行によると、FDでの引き落としは「公官庁から依頼されることが多い」と関係者は言い、こう続ける。 「県内では、市役所や町村役場でFDを使っているところが多いです。税金や国民年金、国民健康保険料の引き落としなどです。そんなわけで、私どももそれを引き受けざるを得ませんでした」  この銀行では半年ほど前から県内の各市町村に打診して今年中にFDの取り扱いを終了し、すべてインターネットバンキングに切り替える予定だ。 「理由としては、FD自体を新しく購入するのが困難になってきたこと。それから銀行に置かれた読み取り装置のメンテナンスが難しくなったこと。万が一、故障してしまったら、市町村の担当者の方が窓口に来られても手続きが滞ってしまいますから。そんなわけで、FDの取り扱いを終了させていただくことになりました」(同)  知るほどに驚く、FDの“現役”利用。だが、それは地方の市町村だけではない。  東京都千代田区は今年3月まで介護保険や障害者介護、生活保護に関する給付金の振込みにFDを使用していた。使用を終了した理由を会計室の担当者にたずねると、こう説明する。 「これまでFDを繰り返し使ってきたのですが、いずれ破損したり経年劣化で使えなくなったりすることも考えられます。もうメーカーもFDの製造を打ち切ったという話も聞いておりました。それらもあって使用を徐々に縮小し、昨年度末をもって、最終的にFDの取り扱いをやめたわけです」  ちなみに、国内大手のFDメーカーだったソニーが国内販売を終了したのは、2011年3月である。もう10年以上前のことだ。 「FDはいまとなっては記憶容量が少ないですし、持ち運びの際にどうしてもセキュリティーの問題も生じます。これからは庁内の端末に入力したデータはインターネット経由でやりとりを行います」(千代田区担当者) ■行政サービスの一環として  霞が関の中央省庁もFDを使っている。その一つが、厚生労働省だ。  厚労省は医薬品や医療機器メーカーから送られてきた製品に関する申請書類を審査する。そこでいまも続けられているのが書類データをFDで提出する「FD申請」だ。 「制度の名称としては『FD』とありますが、実際、9割9分はCDかオンラインの申請です。過去の名残というか、通称として『FD申請』という名前が使われています」  同省医薬品審査管理課の担当者はそう説明するが、こうも胸の内を明かす。 「ただ、こちらとしてはせめてCDで出してくださいとお願いしてはいるんですけれど、『どうしてもCDは使えない』という方が、ごく少数ですがいらっしゃいます。行政サービスとしてはうちのFDドライブが生き続けるかぎりはFDを受け付けざるを得ないという事情があります。できれば、持ち込まれるメディアはCDに統一したいのですが、メーカーさんのことを考えると、世の中からFDが枯渇するまでは止められないですね」  FD本体は極めて薄い磁気記憶媒体であるため、CDやDVDなどと比べて故障しやすい。 「気づかないうちに磁気に触れてデータがとんでしまうことがあります。それでも、CDを使うように強制することはできません。あくまでお願いベースです」(厚労省担当者) ■保証期間はとっくに過ぎている  ちなみに、現在インターネット上などで販売されているFDのほとんどは10年以上前に製造された未使用在庫品である。メーカーもこんな長い期間、使われ続けるとは想定していなかっただろう。当然のことながら、保証期間はとっくに過ぎている。  パソコンの周辺機器の老舗メーカー、ロジテックが「最後のWindows対応のUSB外付け型FDドライブ」の販売を終了して、久しい。ただ、パソコン用品メーカーの大手のエレコムに聞くと、FDを収納するプラスチックケースは「数量は少ないですが、現在もコンスタントに売れている状況です」と言う。  昭和に輝いたテクノロジーの産物FDだが、令和のこの時代でも根強く使われていることがわかった。コレクションとして私的に使うのはいいが、触ったことも見たこともない若年層も多い中で公的機関が業務で使用するのは、そろそろ潮時ではないだろうか。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    ウクライナ侵攻「川」をめぐる攻防戦 「史上最大の作戦」「レマゲン鉄橋」映画が伝えるチョークポイント

     ロシア軍によるウクライナ侵攻では、東部ドンバス地方を中心に激戦が続いている。攻防のポイントとなるのは、地域を流れるドネツ川だ。ウクライナ内務省所属の親衛隊は18日、ロシア軍を阻止する目的でドネツ川に架かる橋を爆破する衝撃的な映像を公開した。川をめぐる戦いの構図は昔とちっとも変わらない。危険な渡河作戦を推し進めようとする軍の上層部、恐ろしい運命に見舞われると知りながら川を渡る兵士たち――。橋を奪い合う激戦の数々は戦争映画にも描かれてきた。防衛省防衛研究所・戦史研究センター長の石津朋之さんによれば、戦場の橋にはそれ死守する特別な部隊が必ず配置され、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際は橋を爆破して進軍を阻むと話す。 ※記事前編<<「川」でロシア軍を撃破するウクライナ キーウ攻防戦は秀吉「備中高松城の水攻め」の逆パターンだった>>から続く *   *   *  大昔から何度も戦争を経験してきた欧州では、川をめぐり、どのような攻防が繰り広げられてきたのか? 「例えば、第一次世界大戦でドイツがフランスに攻め込んだ戦いというのはほぼ川が関係していています。ドイツ西部を南北に流れるライン川とフランスのセーヌ川を挟んだ地域での川の奪い合いです。有名な『マルヌの戦い』『エーヌの戦い』『ソンムの戦い』などは川の名前に由来しています。あと、サン=カンタン運河を巡って争った『サン=カンタンの戦い』というのもあります」  1918年、第一次世界大戦が終結すると、フランスはドイツとの国境付近に「マジノ線」と呼ばれる防御ラインを築いたが、その外側にはライン川とモーゼル川が流れていた。つまり、川を障壁として生かしたものだった。  39年、第二次世界大戦が勃発。進撃を続けるドイツ軍の勢いを最初に止めたのは、旧ソ連軍だった。東部戦線で最大の激戦となったスターリングラード攻防戦である。「これはボルガ川とドン川を巡る戦いでもありました」。44年2月、この戦いに敗れたドイツ軍は後退を余儀なくさる。 ■連合軍とドイツ軍の橋の奪い合い  同年6月には西側からも連合国側の反撃が始まった。「ノルマンディー上陸作戦」である。 「これはフランス北部のノルマンディー海岸への上陸作戦でしたが、ここにも川が関わっています。映画『史上最大の作戦』にも描かれていますが、最初に空挺部隊がパラシュートで降下して、上陸地点の両端と背後を流れる川の橋を確保したんです。上陸した連合軍はその橋を渡ってドイツ軍を撃破していきました」  映画「遠すぎた橋」で描かれたのは44年9月に行われた「マーケット・ガーデン作戦」だった。 「連合軍がドイツ国内に進撃する際、ライン川は別として、いちばん大きな障壁となったのがオランダの川や運河です。そこで空挺部隊を川の近くに降下させ、橋を確保し、その後に本隊がざぁーっと渡るという作戦を行った。しかし、この作戦は失敗に終わりました」  さらに石津さんは、映画「レマゲン鉄橋」を挙げた。 「後退するドイツ軍は連合軍がドイツに入ってこられないように国境付近を流れるライン川に架かる橋を次々と落としたんです。そしてドイツ軍撤収のために最後まで残されたのがレマゲン鉄橋でした。結局、ドイツ軍はさまざまな事情によってこの橋を破壊できず、連合軍に確保されてしまいます」  45年4月25日、西側から進撃するアメリカ軍と、東側からの旧ソ連軍がドイツ東部を流れるエルベ川で合流した。ベルリンが陥落したのはそのわずか1週間後だった。 ■橋を死守できなければ爆破  このように戦争の歴史を振り返ってみても、侵攻する側にとっては、チョークポイント(敵を締め上げるポイント)である橋を押さえることが重要となってきた。そのため、本隊が無事に橋を渡れるように、進軍の前には必ず先遣部隊を出して偵察し、あわよくば橋の確保を目指す。 「先遣隊は、これまであった橋がいまも架かっているか、爆弾が仕掛けられていないか。敵兵がどう配置されているか、偵察します。もし、橋が爆破されていれば、修理できるか、あるいは、上流や下流に橋を架けられそうな場所があるかなど、すべてを調べます」  一方、今回のウクライナ軍の戦い方を見ると、「これは相当入念に準備してきたことを感じますね」と石津さんは口にする。 「軍事的なセオリーからすれば、開戦時には橋などの重要施設にはロシア軍の空挺部隊や特殊部隊がバーッと降りていって、確保するはずなんです。ところが、今回はそれがあまり見られなかった。ということは、それをウクライナ側がそれを予測して、阻止した、ということでしょう」  では、それら橋はどのように守られているのか? 「敵の来襲が予想される橋の前方には2重、3重の防御陣地が築かれます。もちろん、後方にも。さらに橋を守る特別な部隊が必ず配置されます。つまり、最後まで橋を死守しなさい、というわけです。そこには先の工兵部隊もいて、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際には橋を爆破して進軍を阻みます」 ■橋を渡る危険性の認識  4月上旬、ロシア軍はウクライナの首都キーウ方面から撤退した。同月20日、特別軍事作戦は東部のドンバス地方などの完全制圧を目指す「第2段階」に入った、とロシア軍幹部は表明した。  しかし、1カ月が経過したいまもロシア軍は支配地域を広げることができず、ドネツ川の手前で足止め状態にある。 「ロシア軍が川に簡易的な橋を架けて渡ろうとしても、ウクライナ軍からすれば、そこだけを攻撃すればいいわけですから、渡河するのはなかなか難しいと思われます」  ロシア軍にとって大きな脅威になっているのが、米国がウクライナに提供した最新鋭の榴弾砲だ。この砲弾はGPSによって誘導され、数十キロ離れた防御陣地からの砲撃でも目標地点に正確に着弾する。  ロシア軍がドネツ川で大規模な渡河作戦に失敗した際、戦争研究所は辛辣にこうコメントした。 <渡河部隊の指揮官は開戦2カ月後にウクライナの砲兵能力の向上がもたらす危険性を認識できなかったか、単に無能か、部隊を統制できなかった可能性がある>  さらに英国防省は、こうも述べていた。 <このような状況で河川横断を実施することは非常に危険な作戦であり、ロシアの司令官がウクライナ東部での作戦を進展させるよう圧力をかけていることを物語っている>  支配地域を押し広げ、軍事作戦の成果を国民に強調したいプーチン政権。しかし、ドネツ川を渡ろうとすればウクライナ軍の高性能の榴弾砲によって狙い撃ちにされ、兵員や装備を失っていく。「行くべきか、行かざるべきか」、ロシアの現場指揮官は大変なジレンマだろう。  ウクライナ侵攻という「ルビコン川」を渡ってしまったプーチン大統領。この戦いの決着をどうつけるつもりなのだろうか? (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    90分でも60分でもなく…「10分間のカセットテープ」が今一番売れているワケ

     カセットテープはこの先なくなってしまうのか。マクセル ライフソリューション事業本部の三浦健吾さんは「デジタル化で需要は落ちているが、長年ご愛用いただいているお客様がいる。今一番人気なのは“10分のテープ”だ」という。詳しく話を聞いた――。 1989年には年間5億本以上の需要があった  カセットテープが全盛期を迎えたのは、1980年代だ。背景には、1970年代にラジオ受信機とカセットテープレコーダーが一体となった「ラジオカセットレコーダー(ラジカセ)」が、一般家庭に普及したことがある。  ラジオ番組から流れてくるお気に入りの音楽を録音する「エアチェック」や、屋外にラジカセを持ち出して環境音を録音する「生録」など、カセットテープはさまざまな用途で使われるようになっていった。  その後も売り上げを伸ばし、バブル経済が絶頂を迎えていた1989年には国内で年間約5億本以上の需要があったという。  その後、CDやMDなどのデジタル録音ができる記録媒体が主流となったことで、カセットテープ人気は徐々に陰りを見せていった。  2000年代以降は、iPodに代表されるMP3音楽プレーヤーの登場に続き、インターネットを介した音楽のダウンロードやストリーミングといったデジタル音源が浸透してきたことで、カセットテープの需要は全盛期と比べると大きく減少してしまった。 コアなファンとシニア世代に根強い人気  しかし、スマホやPCで音楽を聴くのが一般化した現在でも、「カセットテープはコアなファンに愛され続けている」とマクセル ライフソリューション事業本部で事業企画部長を務める三浦健吾さんは話す。 「カセットテープは、深みのある音やアナログ特有の音質が特徴で、今のデジタル音源のように『0』と『1』の信号で統一された音質では味わえない独特の良さがあります。1970年代以降のカセットテープ全盛期を過ごしたオールドファンやシニア世代の方には、今でもカセットテープの存在はなじみ深く、根強い人気があると感じています」  マクセルは1966年にカセットテープ生産を始めた。市場の成長を牽引してきたことから、特に50~60代以降のシニア層には「マクセル=カセットテープ」のイメージが強く残っているという。  いち早く日本にカセットテープの需要を作り、時代とともに移り変わるニーズに合わせて「ハイポジション」や「メタルポジション」といった技術を発展させるなど、マクセルブランドを着実に築き上げてきたわけだ。 一番売れているのは「10分テープ」  現在は、全盛期に比べ需要が減っていることもあり、同社が販売しているカセットテープは「UR」シリーズのみとなっている。  それも、カセットテープ全盛期に見られた150分や120分のテープは取り扱っておらず、90分から10分までの4種類のタイムバリエーションで展開しているそうだ。 「全盛期に比べてカセットテープの需要が見込めなくなったことで、品質の高いテープ原反の入手も難しくなっており、現在は90分、60分、20分、10分と4種類のタイムバリエーションに絞っています」  そんななか、4種類の長さのうち「10分テープ」が意外なニーズにはまって一番人気を誇っているという。  それがシニア世代を中心としたカラオケ需要だ。 「カセットテープが登場した頃は、60分や90分が主流でしたが、1980年代にカラオケブームが盛り上がりを見せ、その需要に応えるために10分のカセットテープを発売しました。歌を練習するのに、10分という長さはちょうど良く、さらには巻き直しも楽なのでカラオケの練習に都合がいい。その名残が今でもあるため、シニア世代を中心に10分テープが最も多く売れているんです。また、テープレコーダーも再生ボタンを押すだけのシンプルな操作で手間いらずなので、スマホなどの最新機器に慣れていないシニア世代でも使いやすいというのが、支持されている理由だと考えています」 「ニッチな需要」に応え続けたい  そのほか、英会話の勉強やカラオケ大会へ提出する際のデモ音源など、シニア世代の勉強や娯楽目的に10分テープは有効活用されているという。  しかし、コロナ禍の影響でカラオケの需要が減っていることもあり、苦しい状況に立たされているのは否めない。  三浦さんは「新型コロナウイルスの影響で生活様式も変化し、直近では復調の兆しが見えてきているので、これからもできるだけニッチな需要に応えられるようにビジネスを継続していきたい」と話す。  カセットテープ自体は全盛期ほどの勢いにはないものの、近年の「昭和レトロ」ブームや70~80年代に流行した「シティ・ポップ」が再評価されていることで、若年層にもカセットテープの“真新しさ”が注目されてきている。 若年層にもカセットテープの魅力を訴求する  マクセルもカセットテープの需要を喚起すべく、マーケティング手法を変えている。昔のように大々的にテレビCMを打つのではなく、若者に受け入れられるような工夫を凝らして、カセットテープが根絶しないように企業努力をしているそうだ。  「最近では、音楽アーティストがカセットテープで楽曲を出すなど、アナログへの回帰が注目されていると思っています。デジタル音源やストリーミングにはない味のある音や、カセットテープならではの懐かしさを楽しむコアな音楽ファンにも見直されてきていると感じています。こうした状況を踏まえて、2020年には若年層に手に取ってもらえるようなパッケージのデザインに刷新し、試行錯誤しながらカセットテープの魅力を絶やさないように努力しています」 アナログもデジタルも、顧客満足度の高い製品開発を続けたい  インターネット環境が急速に広まり、テクノロジーが進化したことで、情報の記録はクラウドサーバーでの管理が当たり前になった。  それでも、カセットテープやCD、MD、DVDといったハードウェアの記録媒体もしばらくは残り続けることだろう。  全国の量販店のPOSデータをもとに、パソコンやデジタル家電関連製品の年間販売数No.1を決める「BCN AWARD」という賞(※)がある。マクセルはCDメディア部門、DVDメディア部門、BDメディア部門の3部門で5年連続年間販売台数シェアのトップを誇っている。 ※BCNが全国の量販店のPOSデータを日次で収集・集計した「BCNランキング」に基づき、パソコン関連・デジタル家電関連製品の年間(1月~12月)販売台数第1位のベンダーを表彰するもの。  いわば記録媒体のリーディングカンパニーとして、今後も記録メディア事業をライフソリューション事業部のひとつの顔として据えながら、コンシューマー事業を展開していくという。 「記録メディア事業はマクセルにとってルーツであり、今後もお客様のニーズに合わせて顧客満足度、価値の高い製品を提供していければと思っています。それが長年トップでやってきている会社の使命であり、市場の牽引役としてこれからも尽くしていきたい。また、弊社としては除菌消臭器やシェーバーなどの健康・理美容製品が新しい事業の柱にもなっているので、お客様のライフスタイルや志向が多様化するなか、お客様の声に真摯に向き合い、柔軟に対応をしていきながら、アナログからデジタルまで顧客満足度の高い製品開発を行っていきたいと考えています」 古田島 大介(こたじま・だいすけ)フリーライター1986年生まれ。ビジネス、ライフスタイル、エンタメ、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている。

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    4630万円誤送金を使い切った24歳男の“罪の重さ” 弁護士が指摘する「実刑」の年数

    山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4630万円(463世帯分)を誤って振り込んだ問題で、振り込みを受けた無職、田口翔容疑者(24)が18日、県警に電子計算機使用詐欺容疑で逮捕された。異例の展開となった今回の逮捕劇だが、田口容疑者の刑罰はどの程度の重さになるのか、専門家に見解を聞いた。 *  *  * 報道によると、田口容疑者は4月12日、自分名義の口座に町が入金した4630万円が誤りによるものだと知りながら、スマートフォンを操作して、オンライン決済で決済代行業者の口座に400万円を振り替えた疑いがある。  そもそも、「電子計算機使用詐欺」とはどのような罪なのか。  人を欺いて財物をだまし取る罪は詐欺罪に当たる。一方で電子計算機使用詐欺罪は、ATMや電子決済などで、コンピューターなどに虚偽情報や不正な指令を与えて不法な利益を得る罪のことだ。法定刑は詐欺罪と同じく10年以下の懲役となっている。  刑事裁判官の経験を持つ片田真志弁護士(古川・片田総合法律事務所)は、「例えば銀行窓口で同じ行為を行った場合は、人をだましたとして詐欺罪になります。今回はスマホ決裁を用いたことで電子計算機使用詐欺罪が適用されたことになります」と解説する。  果たして、田口容疑者はどの程度の刑事罰が待っているのか。  片田弁護士によると、どの程度の金額を返済できるか。また、町側に示談の余地があるかが焦点になるという。 「まったく返済できない場合、実刑となり懲役3年前後の判決がくだる可能性が高いと考えられます。一方で、全額返済した場合には執行猶予が付くことになるでしょうし、全額までいかなくても相当額を返済する内容で町側が示談に応じた場合は、執行猶予がつく可能性が出てきます」(片田弁護士)  そもそもは町側のミスが発端だが、情状に影響はするのか。 「たまたま財布を拾ってそのお金を使ってしまった場合と似ており、田口容疑者も最初から町から不正に金銭を得ようと計画していたのではありません。その点は、量刑に影響すると思います」(片田弁護士)  一部報道では、田口容疑者は振り込まれた金を「ネットカジノで全部使った」と供述したとされる。詐欺を働いた動機については量刑にどの程度影響するのか。 「例えば殺人罪の場合、介護による苦しみの末の犯行か、怨恨(えんこん)かで量刑は大きく変わってきます。ただ、財産犯はそれとは違い、動機が遊興目的でも仮に生活苦だったとしても、量刑への影響は限定的と考えられます」  片田弁護士は、今後の展開をこう予測する。 「例えば田口容疑者側から半額程度の返済による示談が提案されたとしても、全国的に大きく報道されていること、また、地方自治体である町側が容易には債権の一部放棄に応じないことを考えると、『半額程度で折り合いをつけ示談に応じる』ということは、町としてはしづらいのではないでしょうか」  田口容疑者の代理人は、返還方法について「(田口容疑者が)働いて返すしかない」と話しているというが、裁判にかかる費用も含め、市民の税金が戻ってくるかは依然として不透明だ。(AERA dot.編集部・國府田英之)

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    参院選出馬の「水道橋博士」が明かした「妻の涙」と「たけしからのメッセージ」

     夏の参院選にれいわ新選組からの出馬を表明したお笑いコンビ・浅草キッドの水道橋博士(59)。選挙では「反スラップ訴訟」「消費税ゼロ」などを訴えていくとされるが、本当に政治家になる覚悟はあるのか。また、かつて自身が批判していた「タレント候補の出馬」について今はどう思っているのか。その他、師匠であるビートたけしの反応なども含めて、数々の疑問を本人に直接聞いた。 *  *  * 水道橋博士が「出馬表明」したのは、都内でトークショーが行われた18日のこと。れいわ新選組の山本太郎代表からの「れいわで一緒に参議院選戦ってくれるかな」という問いかけに対して「ああ戦います、はい戦います」と答えたのだが、本人の口からは一度も「出馬します」というストレートな言葉は聞かれなかった。  そこで、インタビュー冒頭で改めて聞いてみた。ズバリ、本当に次の参院選に出馬するんですよね? 「えーと、まぁ確実にすると思うんですが……。れいわさんも山本太郎代表の“独裁”ではなく、党できちんと会議をへて候補者を決める過程を踏むので、ワンクッション置かせてもらっている状態です」  では「れいわ」のことはいったん脇において、水道橋博士さんのお気持ちはどうなんでしょうか? 「れいわさんに誘われてなかったら出馬してないですね」  じゃあ、出馬しますと言ってよろしいんですね? 「出馬します」  やっと、スッキリと答えてくれた。  出馬への懸念材料としては、供託金の問題があるという。参院選の立候補に必要な供託金は、選挙区での出馬は300万円、比例区なら600万円と高額で、得票数が一定の水準に達しなければ没収されてしまう。れいわ新選組がこの供託金を負担してくれることが、出馬の条件だという。 「れいわさんが選挙分析をして『水道橋では票が取れないので、供託金は払えない』というなら出馬はしないと思います。その場合、他党から『供託金を払いますから出てください』と言われれば、それはやぶさかではありません。ウチの家計には供託金を払えるような余裕はないので、(今回の出馬は)予定していなかった行動なんです」  出馬を考えたのは、本当にごく最近のことだという。15日、川崎市の溝の口駅前で山本氏の街頭演説があった。そこに博士は「自称ジャーナリスト」として訪れ、山本氏に質問した。 「4月25日かな、松井一郎・大阪市長から訴状が届きました。名誉毀損の裁判を5月30日、大阪地裁でやるんですが、裁判費用は莫大(ばくだい)にかかります。被告になってテレビ、ラジオに出られないということになれば、政敵をテレビ、ラジオに出演させないために訴える方法があるわけです。反スラップ訴訟の法律をつくりたい。れいわさんで今後、反スラップ訴訟の立法化について努力してくれるかをお聞きしたい」  2月13日、博士はツイッターで松井市長を批判したYouTube動画を紹介した。これに対して、松井市長は「水道橋さん、これらの誹謗中傷デマは名誉毀損の判決が出ています。言い訳理屈つけてのツイートもダメ、法的手続きします」とツイッターで応戦。本当に訴訟沙汰に発展したという経緯がある。  博士はこの訴訟について、権力を持つ地位にある者が弱い者の口を封じるために訴訟を起こす「スラップ訴訟」だと主張しているのだ。  博士の質問に対して、山本氏はこう答えた。 「(水道橋さんは)自称ジャーナリストから政治家になったらどうですか。自分自身がスラップの被害者であるならば、その立場に立って立法していくというのはかなり説得力のある話なんです。(供託金は)うちから出しますから、うちから出てください。どうでしょう?」  博士はまんざらでもない様子で「検討します」と応じた。  これが発端となり、博士の「出馬」が現実味を帯びた。 「立候補は(山本氏とのかけあいで生じた)偶然の産物です。それから3日間、出馬のための調整をしました」  博士が最初に相談したのは、妻と娘だった。 「妻には(街頭演説翌日の)16日に打ち明けました。泣いていましたね。本当にかわいそうでした。そういうことが好きなタイプの女性ではないので。妻は『家計の持ち出しになるのは絶対に嫌だ』『子どもの教育費を残してほしい』ということをずっと言っていました」  娘はこう言ったという。 「私も公の仕事に就きたいという希望があるから、パパ、人の道を汚したり、後ろ指をさされるようなことがあったら困ります」  師匠のビートたけしとは「出馬表明」前日の17日午後、直接会って相談したという。その時の様子をこう明かす。 「芸人仲間の原田専門家と2人で待ち合わせ場所へ行きました。実に2年半ぶりの再会になりました。たけしさんはもう75歳なので体調はどうかと思っていましたが、非常にお元気な様子でした。話したのは30分くらいです。たけしさんは政治的な活動には、冷ややかなんです。ご自身も出馬などはなさらないので。私からは『大阪の松井市長に訴えられていて、反スラップ訴訟をやらないことには、僕はただ干上がるだけなので、出馬させてほしい。ただし、たけしさんが芸人として出馬はするなとおっしゃるのであれば、出馬はやめます』と申し上げました」  たけしはこう答えたという。 「おまえのことはおまえで決めていいよ。ただし、オレは一切関係ないし、一切の応援はしない」  たけしとは部屋を出て別れた。 「たけしさんの後ろ姿は、がんばれよと言っているようで、かっこよかったです」  たけしの承諾が得られたことで、18日の「出馬表明」となったわけだが、それを報じた記事のコメントやSNSでは批判も巻き起こった。 「タレントとして仕事が減ったから報酬の高い国会議員になろうとしている」「選挙をネタにしたいだけ」などの批判も少なくなかった。こうした声について、どう思っているのだろうか。 「客観的にみれば、そう受け取れるでしょうし、(批判は)傾聴に値するというか、そう思われるだろうなとは思います。僕もタレント候補に対しては、以前からかなり批判してきましたから。ネットで発信する限り、自分を全否定されたり、気を病むくらいの矢が放たれてきたりすることは当然のことだと思っています」  選挙をネタにしたいだけという書き込みについては、 「芸人は選挙もネタにすればいいんじゃないですか。(立川)談志師匠がそうであったようにね。『囃(はや)されたら踊れ』というのが芸人ですから」  参院選で最も強く訴えたいことは「反スラップ訴訟」だという。  前述のように、博士は松井市長から名誉毀損で訴えられているが、2月13日のツイートから訴訟に発展するまでの間には、直接話をしようと試みたこともあった。  松井市長が現れる応援演説に出向き、本人にも声をかけたが、ほとんど反応はなかったという。 「知り合いのジャーナリストに聞いたところ、松井市長はジャーナリストだったらいつでも会いますと言っているようでしたので、即座に肩書を“自称ジャーナリスト”に変えて、なぜ僕を訴えようとするのかを松井市長に質問しに行っているんです。公人だから、そうして声をかけられることもあると思うのですが、なぜか反応はしてくれませんでしたね。僕は、絶対に向こう(松井市長)が大後悔するところまでやります。芸人という職業をバカにしてああいうこと(訴訟)をしているわけで、僕はそんなにヤワじゃないぞということは絶対に見せたいですね」  選挙戦では、反スラップ訴訟を軸に「反維新」の包囲網を広げていくつもりだという。また、アントニオ猪木元参院議員が30年以上前に「スポーツ平和党」を旗揚げして参院選に出馬した時のスローガン、「国会に卍固め、消費税に延髄斬り」も口にしている。 「それはほんとにギャグで言っているだけなんですが、あまり響かないので、もうみなさん、覚えていないのかなと思いました。経済政策としては、消費税ゼロとインボイス反対を訴えていきたいです」  参院選までおよそ2カ月。水道橋博士は客寄せの“タレント候補”で終わるのか、はたまた旋風を巻き起こす新人議員となるのか。これからの活動で試される。(AERA dot.編集部・上田耕司)

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    いつも「会話泥棒」されてしまうと悩む54歳女性に鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法

     いつでも「会話泥棒」をされてしまう、と悩む54歳女性。母との関係が影響しているのかと惑う相談者に、鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法。 【相談145】会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。どうしたら自分の話を聞いてもらえるでしょうか(54歳 女性 ことり)  わたしの悩みは自分の話を聞いてもらえないことです。  自分の話をしているのに相手の話になってしまう事は誰でもあるかと思います。  例えば「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」と自分が言ったとします。相手は「そうなんだ! わたしもこないだ体調悪くて病院行ったんだよね。頭がすごく痛くてさ……」と、相手の話になってしまうのです。いわゆる会話泥棒というやつです。  わたしは会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。頻度が高すぎて、自分の話を充分聞いてもらったと満足した事がありません。  会話泥棒されると、またかと諦めてしまって相手の話を聞く側に回ってしまうせいもあると思います。 「体調がどんな風に悪かったのか」「病院で何と言われたのか」  など、相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します。しかし相手はしてくれず自分の話ばかりします。  最近は諦めて、相手の話を聞かず(質問しないで)相手の話が途切れたら自分の話をするようにしています。でもそうすると話が広がらないんですよね。  人に相談すると、「聞き上手でいいじゃない」と言われますが、わたしは人の話を聞くために生きてるわけではありません。たまには自分の話を満足いくまで聞いてもらいたいのです。  思い返せば、自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのではと思います。母にはちゃんと話を聞いて欲しいと伝えた事がありますが、わたしが望むような聞き方をしてくれません。わたしが上司にパワハラを受けて相談しても、自分の習い事の先生に似たような事をされた話をされました(その場で「わたしの話を聞いてください」と言いました)。  以前自分の話ばかりする人が相談されていましたが、その人が羨ましいです。その人の話を聞いてくれる相手がいて。  わたしはこのまま自分の話を聞いてもらえた、という満足感なしで生きていかなければならないのでしょうか。どうしたら自分の話を聞いてもらえるのでしょうか。 【鴻上さんの答え】 ことりさん。「会話泥棒」という表現、僕は初めて知りました。そんな言い方があるんですね。  ことりさんは素敵な人だと思いますよ。それは、「相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します」と書かれているからです。  会話はキャッチボールだから楽しいんですよね。相手の言葉を受けて、投げ返して、また相手が返してくる。ただ、相手が一方的に投げてるだけで、こっちはボールを受けるだけだと何も楽しくないですよね。 「会話泥棒」されない一番確実な方法は、「面白い球を投げる」ことです。「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」ではなく「昨日体調が悪くて病院に行ったら、病院がコンビニになってた」です。これなら、たいていの人は「どういうこと!?」と聞いてくれます。  でも、話芸のプロでない限り、いつもいつも面白い話ができるとは限りません。  ちなみに僕は「うむ。これは誰が聞いても面白いと思うぞ」という話だけ他人にすることにしています。逆に言うと「身辺雑記」みたいな「なんでもない話」は、友達相手でもほとんどしないようにしています。しないで心の中で自分につぶやきます。僕自身、なんでもない話を振られても困ってしまうからです。「昨日、洗濯したんだ」「朝からダルいんだ」なんて言われても「そうですか」としか言えないのです。  でも、関心のある相手なら別ですね。好きだったり、興味があると「朝からダルいんだ」と言われたら、「どうしたの?」とか「働き過ぎ?」と聞きますね。  でも、もし相手が僕に関心がないと、僕が「朝からダルいんだ」と言っても、相手は困るだろうなと思っています。だから、よっぽどの相手以外には、自分からはこのレベルの話はしないのです。  でも一般的には、こういう「なんでもない話をちゃんとキャッチボールできる関係」が、本当の友達関係だと思います。  でね、ことりさん。きつい言い方ですが、ことりさんの話を「会話泥棒」する人は、ことりさんになんの関心もなく、ただ「自分の話を言いたい」つまり「発散したい」だけの人だと思います。友人のふりをしていますが、友人じゃないんですね。 「話が広がらないこと」を悲しむことりさんは、ちゃんと「キャッチボールしようという意識」がある人です。でも、自分にしか関心がない人にはそういう意識もないので、いくら話を振っても話題は広がりません。  目的は、キャッチボールではなく、発散だからです。自分の球を投げ続けて「あー、すっきりした」と思う人です。そういう人は、ことりさんのキャッチボール相手には向かないと思います。「自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのでは」と書かれていますが、これはちょっと意味が分かりません。母の呪いなら分かりますが、そんなこともないでしょう。  ですからことりさんが「会話泥棒」されない方法としては、「とびっきり面白い話をする」か「友達を選ぶ」じゃないかと思います。  ことりさんの周りに、キャッチボールの意識がある人がいれば素敵だし、「あなたの話をちゃんと聞くから、私の話も聞いてね」とか「今日は私の話をちゃんと聞いて。昨日は、あなたの話をちゃんと聞いたでしょう」というような言い方が通じる人を見つけるのです(または通じるように粘り強く会話するのです)。やがて、そういう人がキャッチボールの面白さを感じてくれれば、楽しい会話が続くようになると思います。だって、発散の楽しさより、キャッチボールの楽しさの方が間違いなく大きいのです。楽しい方を選ぶのが人間なんですから。ことりさんにぴったりの「キャッチボール相手」が見つかるように願っています。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    佳子さまの装いは「満点以上」とマナー解説者が絶賛 耳を出したハーフアップにした理由とは

     森林づくりの功労者を表彰する「第31回森と花の祭典―みどりの感謝祭式典 “感じよう みどりの恵みと 木のぬくもり” 」の式典が7日、東京都千代田区で行われ、秋篠宮家の次女・佳子さまが出席された。前回は姉の小室眞子さんが出席し、コロナ禍で3年ぶりの式典となった今回は佳子さまが初めて臨まれた。そのときの佳子さまの装いが「壇上のフラワーアレンジメントとマッチしてすごい!」という。 *  *  *  写真を見れば一目瞭然、その日の佳子さまの装いは、まさに「華」があった。 「グリーンがベースでピンクと白い花柄の刺繍があしらわれたセットアップに、同系色のノーカラージャケットを羽織られていました。足元はベージュのパンプス、手元には小ぶりのベージュのクラッチバックと白の手袋をお持ちになっていました。髪型は耳をしっかり出し、後ろでまとめたハーフアップにパールのイヤリングにパールのネックレスをされていました」(皇室記者)  この装いと身だしなみを「満点以上の高得点」と絶賛するのは大手企業のマナーコンサルティングを長年務めるマナー解説者の西出ひろ子さん。西出さんがまず挙げるのが髪型だ。 「まず髪型ですがハーフアップにしていらっしゃって、耳を出すというのは、すっきりときちんとした印象になるのと、おじぎをしたときに髪が顔にかかることがない。だらりと髪の毛が顔にかかるのは、清楚感や清潔感に欠けると思う方もいるのでハーフアップというのはとても大事ですね」  続けて、その装いも素晴らしいと言う。 「お若い方がカチッとしたフォーマルを着てしまうと年齢よりもかなり老けて見えたり、服に着られてしまう感じになるのをレースの花柄のモチーフのセットアップが解消しています。とても、可愛らしく、でもきちんとした印象もある素敵なフォーマルの装いだと思いました。また、ピンクにグリーンの差し色もあり、“みどりの感謝祭”への気持ちを表すのにぴったりです」(西出さん)  さらに、西出さんが感心したポイントが靴とバッグの色選び。 「一番感心したのはパンプスとバッグの色を同色にしていること。これは、フォーマルなマナーで重視されていることです。基本的なことですが、あまり浸透していないことなので、佳子さまはさすがだと思いました。足元にベージュを選ばれているのも素晴らしい。全体的な色味から黒い靴や茶色の靴は合わせないと思いますが、今回の佳子さまのような淡い色の服に黒い靴を合わせている方も正直多いです。統一感のあるベージュになさっていることで高得点過ぎるといいますか、身だしなみというマナーにおいて満点以上の着こなしです!」(西出さん)  さらに、佳子さまは、式典の壇上にある花も味方に付けていた。 「ステージに飾られた生花が佳子さまのジャケットの下のセットアップの色合いに合わせられたようでした」(皇室記者)  1枚目の写真が生花を背にした佳子さまだが、たしかに「華」がある。ここ数年、秋篠宮家と言えば眞子さんの話題ばかり取り上げられることとなってしまったが、佳子さまのファッションから紐解くとしっかり大人の階段を上っているようだ。年代を追って振り返ってみる。 【1】姉妹でお揃いコーデが定番だった 2007年8月31日、佳子さまと遊ぶ、もうすぐ1歳をむかえられる悠仁さま。この時12歳の佳子さまは眞子さま(当時)と似た感じのジャケットスタイルで初々しい。佳子さまがもっと幼い頃は姉妹で全身同じコーデだったり、色違いのワンピースだった。 【2】佳子さまのファッションに変化が! 2007年御用邸近くの葉山しおさい公園を訪れ、日本庭園の池の鯉に餌を与え楽しげな佳子さまと眞子さま(当時)。この頃から、姉妹お揃いからは卒業!? 真っ白なダウンにミニスカート、足元はボアブーツで。姉の眞子さまのセーターがトラディショナルなアーガイル柄のタートルなのに対し、妹・佳子さまは襟元ゆったりなタートルが対照的。 【3】グッとおしゃれ度が増しカジュアル路線に 2012年9月6日で6歳になった秋篠宮家の長男・悠仁さまと眞子さま(当時)と佳子さま。この年に大流行したダンガリーシャツにパッチワークのワンピースを合わせたスタイル。ダンガリーシャツは裾を結んでご自分なりのアレンジをきかせている。当時は、赤文字系ファッション誌できれいめファッションが取り上げられた最後の年で、その後、ナチュラル・カジュアルへ転換していったのがこの頃。 【4】同じ入学式スタイルでもこんなに違う 左は2013年4月学習院大学文学部教育学科へ入学式に向かう佳子さま。右は2015年、前年にAO入試で合格した国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科の入学の1枚。スーツは同じだが、高校卒業後すぐの入学式とその2年後、真っ黒ストレートヘアから少し明るい髪色でふんわり毛先を遊ばせたスタイルに変身している。 【5】母と娘たちコートの着こなしも様々 2017年2月28日ベトナムへ出発する天皇、皇后両陛下(当時)を見送る紀子さま、眞子さま(当時)、佳子さまは3者3様のコートスタイル。佳子さまはダブルブレストコートでウエストに切り返しがあり脚長効果も。つばがやや広めのしっかりした帽子で小顔効果もありスタイルよく見える。 【6】真っ白なワンピーススーツで外国訪問へ 2019年9月15日オーストリアとハンガリーを公式訪問するため、羽田空港を出発する秋篠宮家の次女佳子さま。光沢のある真っ白なワンピーススーツで清楚な感じもしつつ、程よいフレアスカートでかっちり過ぎず23歳らしいフレッシュな印象に。よく見るとストッキングもナチュラルベージュではなく光沢がある白っぽいものにしていて、そのコーデは完璧過ぎる! 【7】アイテムのチョイスが絶妙 2019年12月の25歳のお誕生日前に公開された秋篠宮邸の庭を散策する佳子さま。佳子さまが着ているダッフルコートと言えば紺色かキャメルカラーが定番。それを鮮やかなスカイブルーで、しかもショート丈のチョイスはかなりのオシャレ上級者!? 写真では見えにくいがワイドパンツとのコーデをしていて年齢相応の大人カワイイも演出。 【8】「姉が主役」のため落ち着いた装い 2021年10月26日眞子さま(当時)を見送る秋篠宮ご夫妻と佳子さま。あまりに有名になってしまった姉妹のしばしのお別れのシーンだが、嫁ぐ姉に寄り添う佳子さまはグッとシックな装い。「この日は姉が主役」とTPOをわきまえられた気持ちの表れも感じられる。  前出の西出さんは、着こなしにはTPOをわきまえることの大切さを指摘する。 「身だしなみや服装において、一般的に大事なことはTPOです。私はマナーの専門家として“P”をさらに2つ加えていてTPPPOと言っております。TはTIME(時間)、PはPLACE(場所)、私が加えるPの一つ目はPERSON(人)。どんな人と一緒にいるか、どんな相手と接するのかによって服装や身だしなみが変わります。もう一つのPはPOSITION(立場)です。例えば、結婚式の服装で言うと、親族なのか友人なのか立場で変わりますよね。この2つのPがとても大事なのかなと思っています。佳子さまの今回の式典の話しに戻すと、今回の“みどりの感謝祭”というのは、樹木や草花を大切にしていく気持ちが、しっかり服装に表れていたなと思いました」(西出さん)  佳子さまの今回の装いを見ても、ファッションの変遷をたどってみてもなかなかの上級者なのかもしれない。(AERAdot.編集部・太田裕子)

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    山口祐一郎「きっかけは4番目の父親」 歌の才能を見抜かれ

     1981年に「劇団四季」の「ジーザス・クライスト=スーパースター」で主演デビューした山口祐一郎さん。退団後も大作に出演し続け、「ミュージカル界の帝王」と呼ばれる山口さんが、作家・林真理子さんと対談。生い立ち、この道に進んだきっかけなど、「ここだけの話」がいっぱいです。 *  *  * 林:こんな素敵な山口さんをお産みになったお母さま、すごくきれいな方なんですってね。 山口:きれい、に近い(笑)。 林:お顔はお母さまに似てるんですか。男の子はお母さんに似るっていうから。 山口:でも僕、父親と母親が5人いるんですよ。 林:えっ、5人いらっしゃる? 山口:DNAは、もちろん1番目の両親なんですけど、その後親がどんどん代わっていきまして……。最初の父親と母親は鹿児島の同じ高校の先輩後輩だったんですよ。父親は野球部で、その年のホームラン王。もう1回勝ったら甲子園に行けたのに、負けて行けなくて、その1年後輩が母親だったんです。父親は東京六大学で野球を始めたんですけど、祖父に「野球選手にさせるために大学に行かせたんじゃない」と言われて野球をやめさせられちゃって、ふつうの学生をやってたんですよ。母親のほうは映画のニューフェースに受かって、1年後に東京に出てきて、文学座の研究生になったんです。 林:まあ、そうなんですか。 山口:元野球部の大学生と、文学座に通っている女優の卵が、参宮橋の小さなアパートで一緒に住んだら、そこは劇団四季の稽古場から100メートルぐらいしか離れていない場所で……。 林:私、そのすぐ近くに住んでたんですよ。駅前のカレー屋の2階に住んでたんです。 山口:えっ、ほんとに? 林:「ザ・ベストテン」で「追っかけマン」が「きょうは劇団四季の稽古場からの中継で、野口五郎さんが歌います」と言ったので、そのとき私、こたつで見てたんだけど、すっごい勢いで駆けだして行ったの覚えてますよ(笑)。 山口:劇団四季の稽古場って、当時は外からの音も聞こえるくらいでしたからね。そうそう、その参宮橋で両親が一緒に暮らしていて、父親が大学を卒業するときに山口祐一郎クンが生まれたんですよ。でも、祖父は鹿児島で土木関係の会社を経営していた人。父親はそこの跡取りだから、「大学を卒業したとたんに子どもだなんて、このバカヤロー! アメリカの大学に行ってこい!」と言われちゃった。それで、父親はひとりで、カリフォルニア大学のバークレー校に留学させられたんです。 林:当時はすごいことですよね。 山口:それからもいろいろとあって両親ともどんどん代わって、それで5人。ミュージカルを始めるきっかけになったのは音大を出た4番目の父親でした。実は僕が高校生のときに、その人が僕の声を聞いて「ちょっと声を出してみな」って言うんです。学生のときは剣道ばっかりでしたから、歌なんか一度も歌ったことはなくて。剣道で「ウワー」って掛け声はずっと出してましたけどね。そう言われて声を出したら「すごい! 歌やれよ。そんな“楽器”めったにない」って言われたんです。 林:ええ、ええ。 山口:じゃあやってみようかと思って、そのころ岩崎宏美さんが出ていたテレビの番組があったんです。そこに応募して受かったら仕事にしよう、落ちたらサラリーマンになろうと思ったんですけど、応募して一回歌ったら受かっちゃったんですよ。 林:すごい。 山口:受かったら、そのテレビ局が音楽の学校に行かせてくれるんですが、そこの音楽の先生が劇団四季の作曲をされていて。その方が「ミュージカルのほうに行きなさい」とおっしゃって、浅利(慶太)先生のところに連れていってくれたんです。 林:まあ、そうだったんですか。私、劇団四季の「キャッツ」の初演(1983年)見ましたよ。山口さん、ラム・タム・タガーをやったんですよね。私、そのときお手洗いに行ったら、私に気づいた若い女の子が「山口祐一郎さんステキでしょう? 林さんのいちばんのタイプだと思いますよ」ってコーフンして言うんです。それで私は「山口祐一郎さん」というお名前を知ったんです。 山口:ありがとうございます。 林:ところで、最初のご両親は、まだご健在なんですか。 山口:いや、コロナの前に父親も母親も亡くなりました。 林:私、どういうわけか、劇場のお手洗いに行くと山口祐一郎さんの情報をファンの人が教えてくれるんですよ(笑)。いつかも「山口さんは、お母さんがあまりにも素敵すぎて結婚なさらないんですよ」という話を聞きました。 山口:さっきも言ったように、父親も母親も5人でしょう。「社会通念上のシステムに拘束される現代人って何なんだろう」みたいなことが自動的に教育されちゃったんですよね。「形じゃないんじゃない?」みたいなことが。 林:なるほど……。でも、いろんなことが落ち着いて、いまから結婚してお子さんをつくるのもいいかもしれない。 山口:今年僕、66歳ですよ。いまさら子どもは……。弟も妹もいっぱいいますしね。僕ってプライベートがないんです。「どこそこの劇場にいる」って常に告知されて、そこに行くと僕がいるから、僕の知らない弟たち、妹たちが、「お兄さん」って言って来るんですよ。あるタイミングから僕、自分の実人生がなくなって。僕が過ごしてきたのは、全部舞台の上。死神とかヴァンパイアとか、人じゃない役を演じたこともたくさんあるわけですが、そんな虚構の世界が自分の人生なんです。自分の夢が現実になり、現実になった夢の中に生きているという感じでしょうか。 林:それはこういう容姿と才能に恵まれた人の運命ですね。 >>【前編】ミュージカル界の帝王・山口祐一郎を鼓舞させた“医療関係者からの手紙” (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)※週刊朝日  2022年5月27日号より抜粋

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    投資信託は最悪どこまで下がる? S&P500と全世界株式の30年検証

     2021年までの絶好調相場から一転、米国株は2022年に入り軟調といっていい。そもそも株式市場には暴落が付きものだ。アエラ増刊「AERA Money 2022夏号」では、過去30年の実績から見て「どれくらい下がる可能性があるのか」を検証している。  株価の暴落といえば数年に1回はあるもの。だが暴落が止まらなかったことは一度もない。投資ビギナーはまず、過去の暴落でどのくらい下がったか、どのくらいで回復したかを知っておこう。  取材をお願いしたのは、セゾン投信代表取締役会長CEOの中野晴啓さん。セゾン投信は「セゾン資産形成の達人ファンド」をはじめとする投資信託(以下、投信)の運用会社だ。同社の運用する3本の投信の資産総額は2022年3月に5000億円を突破した。  今回は米国株の代表的な株価指数「S&P500」と、世界中の株式に投資する「全世界株式」の値動きを捉えた指数「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス」を教材とした。  それぞれの過去30年の暴落局面を調べてみると、ワースト3は次の通り。3位がやや予想外の結果だった。 1位 リーマン・ショック 2位 ITバブル崩壊 3位 コロナ・ショック   最も下落率の大きいリーマン・ショックのとき、「全世界株式」は1年4カ月にわたって56.2%も下落。暴落前の高値を回復するのに6年8カ月かかっている。  リーマン・ショックの震源地となった米国のS&P500は、1年4カ月かけて52.6%下落、戻るまでに5年5カ月かかった。 「30年以上、資産運用の世界で生きてきた私にとってもリーマン・ショックは過去最大の暴落でした。資産運用の歴史の中では下落率50%超、すなわち投資金額が半値になるような暴落がたまにある、と考えておきましょう」(中野さん)  下落しはじめてから回復までの期間で見ると、S&P500が2000年のITバブル崩壊以降、6年9カ月かかっているのが最長だ。  つまり60歳になっていざ換金をはじめようとした矢先に下落がはじまって、そのまま下げ止まらなかった場合、「すっかり元に戻るまで7~8年くらいかかることもある」ということ。 「株価というのは、デコボコ、ギザギザした値動きを繰り返すものです。何がきっかけで暴落が起こるかは誰にもわかりません。  ただ、結果的に株式市場は3つの暴落を乗り越えて右肩上がりで上昇しています。長い時間軸で見れば、株価は成長に見合った水準に収まっていくものなのです」  2021年までは米国株を中心に株式市場の調子がよすぎた。そのせいもあり「S&P500などに投資していれば儲かる」という油断(?)も生じていた。  2022年に入ってから米国株は下がり、ウクライナ危機もあり、投資ビギナーの間には動揺が見られた。 「株価が下がっているときは、多くの投資家が『この下落がずっと続くかも』と不安になります。しかしどんな暴落もいずれ終わる」  つみたて中は悩む必要はない。いつか終わるなら「今月は安く買えてラッキー」と思いながらつみたて続ければいい。では、運悪く老後を迎える前後にリーマン・ショックのような大暴落が起こったら、どうすればいいのか。 「老後は運用資産のすべてを現金化しなければいけない、という『思い込み』は捨ててください」  でも、年金は原則65歳スタート。60歳で定年の会社も多い。5年間、嘱託社員などで会社に残るか、別の仕事をしないと、年金も何もお金は入ってこない。 「『運用資産を取り崩すときは全額を換金しないとダメ』なんてルールはありません。60歳以降に自分が働かないなら、お金に働いてもらって育て続けましょう。老後も運用(保有)を続けながら必要な分だけ取り崩すのです」 ■預金や年金もあるから  世の中には「60歳まで積極的に投資、60歳以降はハイリスクな投資は終了。できれば預金」という考え方が常識化している。  しかし老後は長いのだ。先ほど「S&P500はITバブル崩壊から元に戻るまで6年9カ月、つまり回復まで7~8年くらいかかることもある」と述べたが、60歳時点で資産が投信のみ、預金は0円という人は少ないだろう。  65歳からは年金もある。投信だけを見て不安になるのもおかしな話。預金や年金もセットにして考えたい。そして人生100年と考えれば、60歳で投資終了というのは早すぎる。 「長期投資に一番必要なのは、おおらかさです。買うときも売るときも、淡々と機械的に。下がったら怖いとか、売ったあとに上がって『もっと儲かったのに』という強欲から離れるためにも自然体でいきましょう。  投資についていろいろ考えすぎず、自分の人生にとって、本当に楽しみなことに貴重な時間を使ってください」  (編集・文/綾小路麗香、伊藤 忍) ※『AERA Money 2022夏号』から抜粋

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    ヤクルト内川聖一ここまで出番なし 同じ“アラフォー2人”と対照的に苦しい立場に

     ヤクルトの内川聖一に出番が回ってこない状況が続いている。同じ“アラフォー”である先発左腕の石川雅規、外野手の青木宣親はチームに欠かせない存在となっているのとは対照的だ。球史に残る安打製造機はこのままバットを置いてしまうのだろうか……。 「DeNA戦の雨天中止は大きい。(仮に内川が今年で引退したら)最後に神宮で古巣との対戦が実現できる可能性が出てきた。シーズン終盤、満員御礼になってテレビ中継も数字が期待できそう。そこでヤクルトが優勝争いに絡んでいれば最高です」(在京テレビ局スポーツ担当者)  4月29日から神宮で予定されていたヤクルトとDeNAの連戦は3試合中2試合が雨天中止となった。コロナ禍の中ではあるが、観客の人数制限などが解除され迎えたゴールデンウィーク。書き入れ時の水入りに本来は頭が痛いところだが、関係各所からはこんな声が聞こえてきた。  打撃技術は天才とも称される内川だがここ数年は苦しんでいる。ソフトバンクでの最後のシーズンとなった2020年には二軍で3割を超える打率を残したが、キャリアで初めて一軍での出場なくシーズンが終了。昨シーズンはヤクルトに移籍して再起を誓ったが、一軍では38試合で打率.208と低迷し、日本一となったチームの中で存在感を示すことができなかった。  今季もここまで一軍での出場はないが、08年の横浜時代に右打者としてはシーズン最高となる打率.378で首位打者を獲得し、2000本安打も達成した39歳の“レジェンド”は技術的にはまだまだできる余力を残しているはずだ。 「ミート力など技術的な部分の問題はない。年齢的な衰えや視力の低下も心配されるが、ある程度は技術でカバーできる。出場機会が与えられないことが問題。メンタル部分の波があることが知られているので、一軍のベンチに入れにくい部分もあるのかもしれない」(在京球団編成担当者) 「二軍戦には継続的に出場して打率(.270)も悪くはない。コンディションは良さそうですが一軍に呼ばれる気配はない。高津臣吾監督は調子の良い若手を起用するため、誰もが必死にやっている。チーム一丸の姿勢が首位争いにつながっている中、無理して内川を呼ぶ必要はないのでしょう」(ヤクルト担当記者)  対照的に40歳を超えても試合に出場し続け、チームで貴重な存在となっているのが石川、青木という2人の大ベテランだ。  石川は42歳で迎えた今季も開幕からローテーションを守っている。3度目の先発となった4月23日の阪神戦(神宮)ではシーズン初勝利を挙げ、通算の勝利数を178まで伸ばした。大卒の新人として入団してから21年連続で勝利でマークし、通算200勝という大記録も見えてきた。 「一般人と変わらない体格(身長167cm、体重73kg)でここまでやっているのがすごい。とにかく練習熱心で研究を怠らない。練習から戻ってくるのも最後の時が多く記者などは待ちくたびれる人もいる。投手だけでなく野手にも貪欲に質問して取り入れられるものを探している。実績あるベテランなのに若手に対して偉そうな態度を取ることがないのもすごい」(ヤクルト球団関係者)  不惑の40歳を迎えた青木も存在感は変わらない。打撃は開幕から調子が上がらず打率2割を切ることもあったが、少しずつ持ち返してきた。4月30日のDeNA戦(神宮)ではNPB通算1500試合出場を達成し、レジェンドに相応しい勲章がまた1つ加わった。 「淡々と準備をして試合に臨む姿には、学ぶところも多いです。尊敬するイチロー選手もそうでしたが達観した域にたどり着いたように見える。自身の調子が悪くチームの雰囲気も下がり気味の時に丸刈りにするなど、自分からネタになって盛り上げたりもしてくれる。野球の技術はもちろん、そういう姿勢がチームに好影響を与えています」(ヤクルト球団関係者)  若きエース奥川恭伸が上半身のコンディション不良で離脱し、復帰時期が未定。来日2年目の助っ人サンタナは開幕から好調を維持していたが、左半月板のクリーニング手術のため長期離脱となった。投打の主力が相次いで離脱する非常事態が起こったが石川、青木の踏ん張りがチームを支えている。本来なら内川もこの中に入らなければいけないはずの選手だが……。 「内川の実績も2人(石川、青木)に負けていない。本人のモチベーション次第ではプレー以外でもできることもあるはず。仮に今季限りだったとしても惜しまれながら注目を浴びた状態で最後まで走り抜けて欲しい」(在京テレビ局スポーツ担当者)  両リーグでの首位打者だけでなく、侍ジャパンの一員として世界一にも貢献。日本球界で一時代を築いた名選手であることに間違いはない。しかし現役晩年は苦しむ姿が目立つようになった。だが、華々しい引き際を見せ、記録と記憶の両方に残る選手になって欲しい。そのためには野球選手として、ここからのプレーや振る舞いには大いに注目したい。時代は変わり40歳という年齢でも一線でプレーできるような時代にもなった。内川の天才的打撃をまだ見たいというファンは多いはずだ。

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    ミュージカルの帝王・山口祐一郎 「100%予想できない展開」楽しんでほしい

     俳優・山口祐一郎が東京・日比谷のシアタークリエで公演を行う。コロナ禍で試行錯誤するなかで、改めて得た気付きがあるという。AERA 2022年5月23日号から。 *  *  *  新型コロナウイルスは生き方を変えた。コロナ禍でミュージカル公演が軒並み中止となった2020年秋のこと。「自分たちの日常がなくなってしまう」と、ミュージカルの帝王・山口祐一郎(65)は、演劇の殿堂・帝国劇場で初めてのトークショー「My Story~素敵な仲間たち」に出演した。 「どういう形で皆様に出会う機会があるのか、スタッフの皆さんで検討する中、トークショーならコロナ対策に関しても対応しやすいのではないか、と実現しました。とは言っても、トークショーで帝劇が満席になって、大勢の方に配信でも観てもらえるなんて、自分でも思っておらず驚きました」 ■普段以上のやりとり  ミュージカル公演では数カ月どころか年単位で準備を進める。稽古場で流した汗が本番で結実する。だが、トークショーでは稽古場での時間がないだけに、 「稽古分の汗が本番中の冷や汗にならないか心配していましたが(笑)、お客さまと大変楽しく過ごすことができました」  このトークショーでの気付きは大きかった。マスクをしていても、皮膚感覚で観客の熱を感じた。五感は置かれた環境によって順応すると知った。マスクで顔の動きもわからないかと思っていたら大間違い。1千人以上の人が白いマスクをしていたが、表情がはっきりわかった。 「コロナ前とは違いますが、普段以上のキャッチボールが客席とできたような気がします。新しい発見でした」  コロナ禍を通じ、改めて自身が恵まれた環境で演じてきたことにも気付かされた。  例えば公演後、欧州や米国からやってきた演出家たちは、静かに見ている日本の観客が気になるらしい。「何か大きなミステイクがあったのではないか。何があったか本当のことを教えてくれ」と尋ねられた。そう聞く彼らに、「この小さな島国の日本では、こうやって感情を表現するんです。能や狂言をぜひご覧になってください」と答えた。 ■佇まいで心情わかる 「日本人は何かをしているから人の感情を感じるというより、ただ佇んでいるだけでもその人がどういう心情にいるかを理解するんですよね。日本は世界中のどの劇場よりも、お客さまとのコミュニケーションが普段と変わらず行われる。私はそういう特殊な恵まれた幸せな場に立っているのだ、と感じました」  そんないくつもの発見を経て、今回、東京・日比谷のシアタークリエで、さらに内容をグレードアップした「My Story,My Song~and YOU~」を開催する。「これまで出演したミュージカルナンバーで、普段なかなか聞くことのできない歌を披露する」と言う。千穐楽はオンラインでも生配信する予定だ。 「役者も演出・制作スタッフさん方もバンドさんも、みんな一緒にやってきました。クリエで魅力的な時間と空間をお客さまに楽しんでもらいましょうと企画する時に、みんながやりたいことがあっという間に山積みになりました。その中から面白いものを選んで構成しています。トークでも、ゲストはみんな一緒に仕事をしてきた仲間です。前回もそうでしたが、何か金脈に当たるとみんなでそこを掘っちゃうんです。今回もどんなトークになるか、私にも全くわかりません。100%予想できない展開になるはずです(笑)。それを私自身が心から楽しんでいる様子やコンサートの雰囲気、エネルギーを、配信でご覧になるお客さまも含め、皆さんにも楽しんでいただけたらと思っています」 (フリーランス記者・坂口さゆり) ※AERA 2022年5月23日号

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    場所もジャンルも垣根を分けないことが自分流 ピアニスト・音楽家、角野隼斗

     ピアニスト・音楽家、角野隼斗。昨年10月のショパンコンクールでセミファイナルに進出、世界にピアニストとして角野隼斗の存在が周知された。クラシックだけではない。YouTubeでは「かてぃん」の名前で、さまざまなジャンルの音楽を配信し、登録者数は98万人を超える。一つのことだけではおさまりきらない好奇心と、それを最高のレベルにまで持っていく探究心。新しい音楽の世界の幕が上がる。 *  *  *  乳白と漆黒の鍵盤の上で、美しい手が舞うように動いている。演奏の主は、優雅で夢見るようなまなざしの青年だ。細く、長い指先が時折、緊張で小刻みに震える。その震えが、古色蒼然(こしょくそうぜん)としたホールで進行中のドラマを伝える。  昨年10月、ワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールは、反田(そりた)恭平、小林愛実(あいみ)と二人の日本人入賞者が出たことで話題を集めたが、同時にセミファイナルに進んだピアニスト、角野隼斗(すみのはやと)(26)の存在が世界に周知される節目でもあった。 「上品で華やか」「ショパンにそっくり」「クラシック界の殻を打ち破る光明」「彼をどう評価するかで審査員も評価される」……。  コンクール主催者が配信するYouTubeの公式サイトでは、ファーストラウンドから他の参加者を圧倒する259万回の再生数を示し、コメントが続々と付いた。セミファイナルまでの全3ラウンドの再生数は、優勝したブルース・リウの全4ラウンド454万回を超える482万回。  正統の雰囲気を湛(たた)えながら洒脱(しゃだつ)で現代的、さらに理知的な角野のショパンは、権威の継承ではなく、今、この瞬間をともに生きている聴衆に差し出された、ピアノの新しい地平だった。 「クラシック、ジャズ、ポップス、ゲーム音楽と、垣根を分けないで、自分の興味のおもむくままにピアノを弾いてきた。そのアプローチが、ピアノの神髄(しんずい)であるショパンに通用するのか。コンクールでは、それに挑む気持ちがありました」  角野が語るように、彼は「角野隼斗」と「Cateen(かてぃん)」という二つの名前を使い分けながら、ジャンルを超えた活動を行っている。舞台はホール、スタジオ、ストリート、自宅とさまざま。ソロあり、ライブあり、コラボありと、形態も自在だ。とりわけ登録者数98万2千人、総再生回数1億回を超えるYouTubeのチャンネルはホームであり、配信という21世紀のテクノロジー&メディアなしに、角野の音楽は語れない。 ■数学も音楽も好き 東大か藝大かで迷う  私自身、角野を知ったのはYouTubeの動画だった。「かてぃん」名義で、彼と同じくピアニスト&ユーチューバーの「よみぃ」とコラボした「ナイト・オブ・ナイツ」。電子音で構成されるゲーム音楽をグランドピアノ2台で再現する試みで、2人が超高速で繰り出す音の連打が衝撃的だった。1970年代後半、クラシックの音楽教育を受けた坂本龍一は、電子楽器を用いることでテクノポップというイノベーションを起こしたが、時代が一巡して今、角野はそれをピアノで表現する。その倒置の中の先進性。ショパンが登場した際に、シューマンが放ったセリフがよみがえった。 「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」  ショパンコンクール以降、角野の人気と知名度は、リアルの世界でもぐんぐんと上がっていった。  2021年大みそかのNHK紅白歌合戦では、上白石萌音の伴奏を務め、年明けにはショパンとガーシュインを引っ提げた全国9カ所のツアーを完遂。THE FIRST TAKEでmilet(ミレイ)と共演し、ゆずのアルバム「PEOPLE」にピアノで参加。NTTドコモのCMに綾瀬はるかと出演し、4月開始のNHK「サタデーウオッチ9」では、番組内のすべての音楽を担当。4月にドイツでハンブルク交響楽団とバルトークのピアノ協奏曲第3番を共演したかと思えば、帰国後はブルーノート東京でジャズ・デイに参加。来る7月には「FUJI ROCK FESTIVAL ’22」への出演、9月にはポーランド国立放送交響楽団と全国ツアー……と、快進撃はとどまるところを知らない。 「飽きるのが怖い。同じ所に留まりたくない。その気持ちが僕を突き動かしています。今のところ、毎回、反省点がある。それってもっと上に行けるということ。だから、進まない理由がないんです」  弾丸のようなスケジュールをこなしながら、たたずまいは涼しげで、発言はどこか覚めている。ラフマニノフの大曲「パガニーニの主題による狂詩曲」「ピアノ協奏曲第2番」をオーケストラと演奏した直後も、疲弊した様子は一切見せず、楽屋で若い指揮者と音楽談議に興じていた。 「いや、アタマの中は興奮し切っているんです。ただ、それを表に出さない。中高の時にそういうマナーを身に付けてしまっていて」  生まれた時から常にピアノがそばにあった。桐朋学園大学ピアノ科を卒業し、ピアノ教師として実績を上げていた母、角野美智子の手ほどきで、自宅のグランドピアノに向かったのは3歳の時。それ以前から数字に対する興味が強く、時計の読み方や簡単な計算は幼稚園に上がる前に覚え、小学校低学年のころには、大学受験レベルの楽理も、すべて習得していたという。  4歳でピティナ・ピアノコンペティション全国大会に初入賞。6歳で、門下からピアニストが輩出していた金子勝子(84)に師事し、以後、内外の主要コンクールで次々と成果を収めた。そんな角野の存在は“神童”が集まる教室でも際立っていたと、金子は証言する。 「腕や手首のしなやかな筋力、長く細い指と、抜群の集中力。リズム感、テンポ感、フレーズ感、音色と小さいころから彼ならではのものがあり、勉強もできる。天からさまざまなものを授かっていましたね」  開成中学、高校に在学中は、数学の研究者か音楽家のどちらかが、将来に対するざっくりしたイメージだった。東大か、藝大か、進学先を迷ったが、周囲に藝大を受ける友人は一人もいない。 「だったらみんなと一緒に塾に通って、帰りにうどん食ったりしながら、勉強したい」  ということで、14年に東京大学理科一類に入学。工学部計数工学科数理情報工学コースで、音声情報処理を、さらに同大大学院で機械学習を用いた自動採譜と自動編曲を専攻。修士1年の時には、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)に留学し、最先端の音楽情報処理を研究した。 ■ピアノにバンドにゲーム 別の人格を持って楽しむ  この時までは、人生の針は数学方面に振れていた。IT企業でのインターンシップも行い、就職の準備も万全。世の母親が理想とする息子である。  だが、一筋縄ではいかない角野の感性は、ただ一つの道だけを自分に許さなかった。常に複数のチャネルを持ち、すべてを最高レベルで追求して、楽しみ尽くす。彼の脳と身体には、幼児のころから、その原理が刻まれていたのだ。  学齢期の前から、クラシック音楽と並行してリズムマシーンに親しみ、そこから「ダンスダンスレボリューション」「jubeat(ユビート)」などの音楽ゲーム(音ゲー)に夢中になっていた。「かてぃん」は、中学生の時に「太鼓の達人」用に作ったハンドルネーム。平仮名4文字という制約の中で、本名の要素をあえてはずして付けたものだ。  中3でショパン国際ピアノコンクールin ASIA中学生部門金賞を受賞するが、一方で、ロックバンドを組んでドラムを叩き、また自作のボカロや音ゲーの曲、ゲームのプレイ動画をニコニコ動画やYouTubeに投稿して楽しんでいた。 「再生数300回という世界。それでも、リアルとは別の人格を持って、知らない人たちからコメントをもらう。そのやり取りが新鮮で面白くて」  大学受験を直前に控えた高3の12月にはeスポーツの公式大会「コナミ・アーケード・チャンピオンシップ」に出場し、全国ベスト8に入賞。そうかと思えば、大学院時代はフランス留学の直前に、国内のピアニスト登竜門「ピティナ・ピアノコンペティション特級」に出場してグランプリを受賞(優勝)。360度の視界に、壁というものは存在しなかった。  しかし、本人の見方はまた別だった。 「研究者になりたい気持ちはあるけど、ピアノも捨てきれない。でも、クラシックには本気で打ち込んでいなかった引け目がある。そのころのフェイスブックを読み返すと、ネガティブで、悩んでいて、迷走していた自分がいます」 (文中敬称略)(文・清野由美) ※記事の続きは「AERA 2022年5月23日号」でご覧いただけます。

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    1兆円突破、日本人の「S&P500買い」が止まらない 一方で米国では株価が下落

     金融庁のつみたてNISA対象インデックス投信、全183本を独自調査。日本人には米国株が人気だが、実のところ現地米国の株価は下落している。AERA 2022年5月30日号の記事から紹介する。 *  *  * 「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)、インデックスファンドとして初の純資産総額1兆円突破」。このリリースが出たのは今年2月10日のことだ。信託報酬=運用コストが0.0968%と激安な投資信託(以下、投信)の“1兆円乗せ”は話題になった。 「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)は直近で1兆1千億円台になりました。純資産総額はトヨタやソニーのような個別株でいうと時価総額のようなもの。投信の“中身”(株式や債券、海外の場合は為替も加味)が上がり、投資家の資金が集まり続けると、純資産総額も右肩上がりになります」(三菱UFJ国際投信デジタル・マーケティング部の野尻広明さん) ■営業推奨なしで売れた  投信といえば証券会社の営業担当者が顧客に薦めて買ってもらうパターンが主流だった。実は現在も信託報酬1~2%の投信が大半で、低コスト投信は全体(約6千本)の5~6%しか存在しない。そして低コスト投信はネット証券を中心に販売されており、おすすめしてくれる営業担当者はいない。つまり一般の人が自分の意思でお金を出し、中身の株価も上がった結果が1兆円という巨大な純資産総額につながっているわけだ。  eMAXIS Slimに限らず、ここ数年は米国株の投信を買う人が急増している。2018年に始まった「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」の動向を見てみよう。つみたてNISA対象の投信の中でインデックス型183本の純資産総額をすべて調べ、上位からランキングしてある。  トップ3はすべて米国株100%の投信だ。4位には世界中の株を詰め合わせた「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」がランクイン。こちらの米国株比率は約6割で、米国一辺倒の投資にリスクを感じる人に選ばれている。全世界株式=オール・カントリーを略した“オルカン”という呼び方も浸透。  5位の「<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド」は日本を除く先進国の株が入った投信で米国株比率は約7割。13年12月に運用を開始しており、つみたてNISA対象の中では大御所的な優良投信だ。  このランキングはアエラ増刊「アエラマネー2022夏号」(発売中)のデータを最新に更新したもの。同誌が1年前に同じ調査をしたときは「ニッセイ日経225インデックスファンド」もベスト5に入っていた。 ■円安で基準価額アップ  そもそもつみたてNISAとは、毎月約3万3千円を上限に投信を積み立てる制度だ。本来、投信を売却すると利益から20.315%の税金が差し引かれることになっているが、つみたてNISAは非課税。18年の開始以降、預金オンリーだった投資ビギナーも次々と積み立てを始めている。  初めての投資なら自国、つまり日本株の投信に目が行きそうなものだが、選ばれているのは米国株投信。理由は恐らく「単純に、儲かっていたから」だろう。どの投信を積み立てるか決めるとき、たいていの人は過去の成績を見る。米国株の投信はここ数年で一番利益が出ている──じゃあ、それにしようという単純な流れである。  米国株投信の中でも特に人気なのは「S&P500」という米国の代表的な500社が入った指数に連動する投信だ。アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾンなどの株が入っている。 「S&P500の値動きを振り返ると1年で18.7%、3年で70.7%(4月末起点/配当込み円換算ベース)です。先進国株式や全世界株式など、投資家に支持されている他の指数と比べて高いパフォーマンスを記録しています」  ここで気になることがある。年初から米国のS&P500はインフレ懸念などにより一時11%も下がった。その後もウクライナ問題が勃発し、5月現在で年初からの下落率は20%近くに達している。だが、日本のS&P500の投信は今年3月から4月にかけて基準価額が急上昇。S&P500指数とはほぼ真逆に動いた。 「その理由の一つは『円安』です。日本のS&P500の投信は、組み入れ銘柄の株価、配当金などを日々の為替レートで円換算して基準価額が算出されます。ご存じの通り、3月から4月にかけてドル/円レートは円安に進み、一時130円台をつけました。為替分が値上がりに反映されている形です」  つまり日本人が一般的に投信を通じて見ているS&P500は「円建て」ということ。裏を返せば、現状の為替が円高方向に振れると逆の現象が起きる。米国株の株価が下がり、さらに円高ならダブルパンチ。株価が上がっていたとしても円高では、投信の基準価額はたいして上がらない。つい1年と少し前、21年の1月末時点では1ドル=105円を割っていた。ここからの揺り戻しが怖い気もする。 ■積み立てをやめない  もっとも、ゴールデンウィーク前から5月にかけて株価下落はさらに進み、日本のS&P500投信(円建て)の基準価額も下がっている。投資上級者にいわせれば「この程度の下げは、そよ風くらいのもの」だがビギナーは精神的につらいだろう。  投信の積み立ては、同じ金額でも安いときに多くの口数を買い、高いときに口数を少なく買うことで将来の大きな果実を得られる仕組み。ここ数年、米国株は調子が良すぎた。長期投資なら積み立てをやめないことが何よりも大切だ。(ジャーナリスト・向井翔太、編集部・中島晶子) ※AERA 2022年5月30日号

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    稲垣えみ子「自然のおすそ分けにすがって生きると、日常をウキウキと楽しめる」

     元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 *  *  *  コロナのせいだろうか。戦争のせいだろうか。1日の始まりをしみじみ有難く思う。具体的に言えば、朝4時過ぎにパッチリと目が覚めてパッと布団から出てしまう。あ、年のせい?  ま、そのすべてが少しずつ影響しているんだろうが、最も大きな理由はそのいずれでもなく、単に朝も早よから「明るい」から。  ついこの間までの、どうにも布団から出難かった寒く暗い朝を思えば、掃除もはかどるし洗濯物も乾くし何ともおトク感満載。でもこのお恵みも夏至(今年は6月21日)を過ぎればどんどん細っていくのであり、そう思えば今のうちに貪り尽くしておかねばと焦りもする。ぐずぐず布団にこもっている場合じゃないんである。  ま、それだけのことなんですけどね。  でもよく考えると「それだけのこと」で毎年ウキウキしている自分に笑えるし、なかなかいい線いってるじゃないかとも思う。だって少なくともこの楽しみは私が生きている限り、ミサイルが飛んでこようが年金制度が崩壊しようが、誰に奪われることなく永遠に続くのだ。人は楽しみがあれば生きていける。生涯の安全保障を得たも同然である。  とはいえ自力でこんな娯楽に気づいたわけではなく、全ては会社を辞めて小さな家に引っ越しモノ持たぬ生活へ突入せざるをえなかった際、エアコンもカーテンもやめて太陽の動向にストレートに支配されるようになったおかげである。何しろエアコンなしってことは外気と連動して暮らすってことだから外気の影響を遮断するカーテンの意味ないのよ。むしろ太陽の恵みをカーテンに邪魔されたくないと思ったことが奏功した。  今にして思えば、私は自然を征服することを諦め、自然のおすそ分けにすがって生きることを選択したのである。無論そこには厳しさもあるが、厳しさがまた楽しさも生む永遠の循環。全くよくできている。何より自然を敵に回したところで長い目で見れば勝てるはずもない。私は最強の勝ち馬に乗ったのだ。 ◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行 ※AERA 2022年5月23日号

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    「アラサーちゃん」作者・峰なゆかが描く“ぶっちゃけすぎ妊婦ライフ”

    ドラマ化もされた人気漫画『アラサーちゃん』の著者である峰なゆかさんが、異色の「育児漫画」を出版した。峰さんの妊婦時代の経験から、誰も書けなかった本音を赤裸々に描いた『わが子ちゃん』(扶桑社)は、これまでの育児漫画とは一線を画した意欲作だ。慈悲と優しさにあふれた「聖母」のような妊婦像を押し付けてくる社会に対して、ウィットに富んだ毒を含む表現を駆使しながらあらがい、本音で生きようとする「妊婦・峰なゆか」の姿は痛快ですらある。著者本人に、数々のエピソードの裏話を聞いた。 *  *  * 取材場所のカフェに現れた峰さんは、トレードマークだった黒髪のロングヘアを鮮やかなピンクアッシュに染めていた。その理由を聞くと、 「小さい子どもがいると、無遠慮に話しかけてくる人が多くて、それがイヤなんですよ。髪を派手にすれば話しかけられないと思って染めたんですけど、効果てきめんでした」  育児中の女性に“あるある”の悩みを吐露しながらも、ユーモラスな返しが、いかにも峰さんらしい。  4月に出版した『わが子ちゃん』(1巻)では、峰さんの妊娠から出産前までが描かれている。世間から押し付けられる妊婦のイメージや“正しい”とされる妊婦マインドをことごとく蹴散らし、独特の表現で女性の「本音」をつづった。  執筆は出産したその日からスタートさせたという。 「みんなが『産んだら(妊娠中の苦労や)痛みを忘れちゃうよ』と言うので、忘れないうちに書かなきゃと思い、産んだ30分後にはiPadを開いてメモしていました。私の場合、妊娠中からつわりがひどくて、これを漫画にしてお金に変えないとやってられないな、と思っていたんです」  作品には妊婦の心の内を赤裸々に描いた場面が数多くあるが、序盤から、表立っては語られづらい「流産」についても触れている。妊娠初期で流産する確率は約15%もあることを踏まえたうえで、これをおなかに銃口を向けられた「ロシアンルーレットと同じ確率」(6分の1)と表現した。 「本当に流産した人が見た時にどう思うのかな、などいろいろ考えました。でも、妊娠初期は肉体的なつらさだけではなく、流産するかもしれないという精神的な不安はかなり大きいんです。誰もがそう感じているはずなのに、でも、みんな書かない。だから伝わりやすく描く必要があると思ったんです」  もしも流産した時に自身の心が壊れないように、妊娠初期は胎児に愛情を持たないようにしていたことも描いた。 「中には『母親としての自覚がない』と怒る人がいるかもしれません。でも、読者の方からは『わかる!』という反応が多くて、みんな同じような心境だったことが改めてわかりました」  安定期に入る前は「食べづわり」に悩まされた。街中で路地に隠れておにぎりをほおばったり、カップ麺を作るお湯が沸く時間すら待てずに硬い麺を食べたりしたことも。その姿を見たパートナーの「チャラヒゲ」からは、「妊婦さんは2人分食べなきゃね」と励まされたが、これに峰さんの心はざわつく。 「その時は妊娠7週目で、胎児はまだ1センチほどですよ。なのに2人分食べなきゃね、なんてありえないでしょう。食べたら吐いてしまうつわりは心配されるのに、『食べづわり』は、食欲旺盛で元気なだけ、と思われがちなので、そのつらさが周囲に伝わりにくいことを痛感しました」  そんなつらい日々のなかでも、たまに「食べづわり」がこない日があると、今度は胎児がおなかの中で亡くなっているのではないかという不安に襲われた。 「産婦人科に行って『死んでいるかもしれないので診てください』なんて言うのは気まずいし、先生には言いにくいですよね。不安になってすぐ診てもらいたいというときでも、病院に行くのも時間がかかるし、予約が埋まっていれば診てもらえるかもわからないし。将来的には、エコーの機械が自動販売機みたいに街中に設置してあって、500円入れたら、すぐに胎児の心音が聞けるような世の中になったらいいのにと思います」  育児雑誌や自治体のパンフレットに掲載されている“常識”も、峰さんとっては違和感だらけだった。たとえば「授乳はママにしかできません」「パパはできることを手伝いましょう」などの記述は、当然のように母親と父親の役割を決めつけるものだと感じていた。作品では、「チャラヒゲ」に育児雑誌の記事を読ませて不適切な箇所を添削させる、という場面が出てくるが、このエピソードは読者からとても反響が大きかったという。 「母乳の生産はできなくても、(搾乳をしたり、粉ミルクを用意したりすれば)授乳自体は父親にもできます。本当に間違った情報がたくさん載っているんですが、今でもそれを目にする度に赤ペンで直したくなります(笑)」 「アラサーちゃん」を執筆していた時は、昼夜逆転の生活だったというが、“わが子ちゃん”が産まれてからは、夜9時には寝るのが習慣になった。 「わが子ちゃん(現在2歳)が、保育園に行っている間しか仕事ができない状況になってからは、その時間で集中して書くようになりました。独身時代は1日1時間半くらいしか書いていなかったので、逆に仕事する時間は長くなりましたね(笑)」 「わが子ちゃん」には、妊婦体験をした男性の安易な共感への批判や、妊婦がおじさんからいかに「なめられているか」を痛感した体験など、他では読めないエピソードが満載だ。女性が共感できるのはもちろん、男性は女性の本音を探る参考書としても使えるかもしれない。(AERA dot.編集部 岩下明日香)

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    眞栄田郷敦「苦労したい」と語る理由とアメリカでの最終目標とは

     5月16日から始まるNHKの夜ドラ「カナカナ」で主演を務める眞栄田郷敦さん。人気コミックのドラマ化で、居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。今回の役どころと今後の展望について語った。AERA 2022年5月23日号から。 *  *  * ――ドラマ「カナカナ」で、ケンカには強いが天然、という居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。人の心が聞こえる不思議な能力を持つ5歳の少女・佳奈花(加藤柚凪)と織りなす心温まるコメディーだ。 眞栄田郷敦(以下、眞栄田):「カナカナ」は4月からNHKで新しく始まったドラマ枠の第2弾です。新しい枠に挑戦させてもらうことにワクワクしています。ドラマを盛り上げていきたいので、自分たちでも何かやろうと、TikTokを撮ったり、主題歌にあわせて踊る動画を撮ったり。ドラマの撮影はすごく大変なので、多くの人に見てもらいたい。出演者は本当にいいメンバーで、そういう工夫も楽しくやっています。 誰よりも持っておこう ――地上波の連続ドラマでは初主演を務める。 眞栄田:主演ではありますが、皆さん先輩ばかり。年が下でも芸歴は先輩の方もいて、僕としては「(主役だから)引っ張っていくぞ」というより、「この作品に対する思いを誰よりも持っておこう」というくらいの意識で現場にいます。 ――演じるにあたり、重要だったのが「見た目だった」という。 眞栄田:マサは見た目と心のギャップがすごく大きい。このドラマに入る前は髪の毛がちょっと長かったこともあって、マサのイメージがわきませんでした。でも、髪を切ったり、特殊メイクで傷をつけてもらったり。見た目が変わったことで、すんなりマサが入ってきたんです。  マサはとにかくまっすぐ演じています。彼は他のキャラクターとの感覚のズレというか、リアクションのズレが面白い。みんなとは全然違うリアクションを取るところがあります。脚本を読みながら、「マサならどうするかな」と妄想しています。  マサは見た目は強面ですが、もともとがすごくいいヤツ。カナ(佳奈花)と出会ったことで、成長というか変化していく。そのエモーショナルなところも、大切にしています。 ――カナとの絆は物語のカギでもある。演じる加藤柚凪との絆はどう築いているのか。 眞栄田:めちゃめちゃ仲いいですよ。普段からマサ、カナで呼び合っています。昨日(取材の前日)はセットの撮影が最後だったんですが、指輪をもらったんです。「プロポーズ?」って聞いたら、「違う!」って(笑)。僕から関係を築いたというよりは、柚凪ちゃんから娘と父親というか、後輩先輩というか、そんな関係性を築いてくれた。人見知りしない子で、最初のうちから似顔絵や折り紙などをくれていました。いつも楽しくやっています。  僕は子どもが好きなので、違和感なくすんなり入れました。ただ、マサは「子どもだから」ということはなく、誰にでも平等みたいなところがあります。だけど話を重ねるごとにどんどん普通のお父さんになっていく。その様も魅力だと思います。 背中押してもらった ――2019年、映画「小さな恋のうた」で俳優としてデビューした。コロナ禍でも出演依頼は途切れることがない。この三余年で、俳優としての意識を変えた人や作品との出会いがあった。 眞栄田:デビュー作は僕にとってすごく大きかった。この作品に出会わなかったら、絶対に役者をやってないと思うし、やりたいとも思わなかった。「小さな恋のうた」のプロデューサーや監督、いろいろな人との出会いやご縁があって背中を押してもらい、「やってみよう」と踏み出せたことが大きかったと思います。  現場での居ずまいや作品に向かう姿勢を学んだのは、昨夏のドラマ「プロミス・シンデレラ」です。二階堂ふみさんと共演させていただいたことが大きかったと思います。 ――特に感じ入ったのは、二階堂の「俳優としてのスタンス」だったと振り返る。 眞栄田:二階堂さんは周りをよく見ている方でした。何より「自分はこうしたい」という意見を持っている。もし、例えば話の流れをよくするために、台本に辻褄の合わないことがあったとしたら、「それでは気持ちがつながらない」ということもきちんと話す。「その通りだな」と思うことが何度もありました。  それは作品をより良くするための主張で、彼女が監督とディスカッションしている姿を見て、僕も演じる側として自分の意見を伝えようと思ったんです。監督といい意味でぶつかり、ディスカッションする。その結果、台本以上のシーンができあがったら、みんながハッピーになるでしょう。士気が高まり、現場の雰囲気も良くなります。ポジティブなスパイラルができるという体験をして、そういうふうに仕事をしたいと思うようになりました。 海外でも認められたい 眞栄田:デビュー後しばらくはわからないことばかりで、もらった台本をそのまま演じるのが精いっぱいでした。でも、演じるということは、浅いことではなくて。自分の意志をしっかり持ってぶつかりたいと思いましたし、制作の方々と対等にディスカッションできるよう準備をして現場に臨みたいと思っています。 ――将来の目標を尋ねると、意外にも「生活できるお金を稼いで、贅沢(ぜいたく)でなくても自由に生活できればいいな」と堅実な答えが返ってきた。だが、「役者としての目標は違う」と話す。 眞栄田:最終的には海外でも認められたいという目標があります。その前に、日本で認められることはもう絶対です。外国で認められるとはイコール、アメリカで認められるということになるのかな。アカデミー賞もありますし。アメリカでアメリカの俳優たちと対等に芝居ができる。その上で評価をいただくというのがやはり最終目標です。 ――これから演じてみたい役を尋ねると、こう即答した。 眞栄田:苦労したいですね。苦労する役ってなんだろう。たとえばハンデがあるとか、みんなが見たことがない役とか。僕は出演作を自分で決めていますが、新しい自分、見たことのない表情や芝居を見せることを大切にしています。なので、演じたことのない役は全部やりたいというのが正直なところです。苦労する役はやったことがないですし、体験したことがないから刺激になる。面白いと思いますし、間違いなくやりがいがあり、成長できると思うんです。 (フリーランス記者・坂口さゆり) ※AERA 2022年5月23日号

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    「小池栄子さんの政子、素敵です」“先輩”岩下志麻が語る「鎌倉殿の13人」

    「鎌倉殿の13人」では義時を支える北条政子役、小池栄子の演技が好評だが、昭和のドラマファンにとって大河、北条政子といえば「『草燃える』の岩下志麻!」ではないだろうか。岩下さんに北条政子、そして「鎌倉殿」について聞きました。 *  *  *  私が北条政子を演じさせていただいた大河ドラマ「草燃える」の放送が1979年だったから、あれからもう40年以上経つんですね。  今でも私に対する「北条政子」のイメージが強いようで、最近は特に「鎌倉殿の13人」が、同じ時代を描いているからかしら、よく「岩下さんの政子、見ていました」って、お声をかけられます。  たくさんの役を演じてきましたけど、政子は特別な思い入れのある役です。  映画や他のドラマは短期集中で2、3カ月で撮影するでしょう。でも大河ドラマは1年間、同じ人間を演じなければならない。その1年間は政子になって政子の人生を生きるというか、政子が自分の体に乗り移ったような状態になっていました。  最後のシーンを撮り終わった後、楽屋に戻ったら全身から力が抜けてしまって。しばらく虚脱状態で、動けなくなってしまったんです。それぐらい、政子が自分の中に生きていたんですね。  政子のイメージは「強い人」「嫉妬深い人」といったところかと思うんですが、とても愛情深い人だったんだと思います。頼朝に対しても、子供たちに対しても。だから「亀の前事件」(※政子が頼朝の愛妾の家を焼き討ちした)を起こしたりしてしまう(笑)。  ただそれも真面目で一本気だからなんですね、頼朝を心から信じていたからこそ、裏切りが許せなかった。強い愛情の裏返しなんです。  頼朝が亡くなった後も、尼将軍として頼朝のつくった鎌倉を守らなければって、毅然(きぜん)と対応します。  当時は乳母の存在が大きくて。頼家も実朝も乳母たちに育てられたので、子供たちをとても愛しているんだけど、気持ちが伝わらない。娘の大姫には先立たれてしまいますしね。  だから政子は母親として大変哀しい人生を送ったと思います。 「草燃える」は永井路子先生の原作で、日本の歴史上珍しく波瀾(はらん)万丈な生涯を送る女性を、いろいろな面から描かれた。  そのぶん演じるのは大変だとは思ったのですが、だからこそ演じてみたいとも思ったんですね。  そういえば私、政子を演じた後、なぜか鎌倉や伊豆に行くことが多かったんです。プライベートの旅行で。伊豆に行くと落ち着くというか、懐かしい気持ちがして。 ■史実解釈が斬新 三谷さんの脚本  政子のお墓や鶴岡八幡宮がある鎌倉にももちろん行きましたけど、やっぱり(北条家のあった)伊豆が落ち着くんです。当時の女性は実家を大事にしていたからかしら、不思議ですね。 「草燃える」の頼朝は石坂浩二さん、義時は松平健さんでした。石坂さんはとにかく博識で鎌倉時代や政子についてなんでも知っていらして。 「政子はとても頭の良い女性なんです」って、逸話を話してくださって、とても演じやすくしていただきました。そして源氏の棟梁(とうりょう)としての品格というか風格もあって、頼朝にぴったりでした。  松平さんは時代劇がとてもよく似合う方だと思いました。最初は若々しい義時も、どんどん年を経て老獪(ろうかい)になっていきます。それに合わせて松平さんも髭(ひげ)を白くして声のトーンを落として、見事に老け役を演じていらっしゃいましたね。  今放送している「鎌倉殿の13人」も、毎週欠かさず見ています。  三谷幸喜さんの脚本は「政治の現実を捉えている」と感心して見ています。かつ現代的ですよね。北条家の面々が家族で言い合ったりするところや、くすっと笑わせてくれるところなど、さすがです。史実にあったシーンでも三谷さんなりの解釈で描かれている。そこが三谷さんならではで、おもしろいです。 「草燃える」になかったシーンも印象に残りました。義時がひたすら八重さんを思って、やっと結ばれたでしょう。ああ、よかったなーと思って(笑)。ああいった三谷さんが創作された部分も斬新です。  小池栄子さんの政子も、とても素敵。頼朝への愛がいっぱいで。嫉妬するところも小池さんが演じると、かわいくて応援したくなります。  私が演じた政子の映像も見ていただいたみたいですが、気にしないでほしいと思います。小池さんなりの政子をつくればいいんですから。これから尼将軍の演説シーンもあるし、子供たちに先立たれてしまう悲劇も待っているけれど、小池さんならきっと魅力的に演じられると思います。  これからも視聴者として、三谷さんのつくり出すお話と小池さんの政子を拝見することを、楽しみにしています。 (聞き手 本誌・工藤早春)※週刊朝日  2022年5月27日号

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