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    アイスダンス村元・高橋が現役続行を発表 「やらないという選択肢は出てこなかった」

     フィギュアスケートのアイスダンス選手、村元哉中・高橋大輔ペアが、5月27日、オンライン配信とインスタグラムのオフィシャルチームアカウントで競技続行を表明した。昨年12月の全日本選手権、今年1月の四大陸選手権、そして3月の世界選手権を終え、じっくり考えてからの決断だ。 ■5月上旬に最終的な意思確認  5月上旬、二人は来季に向けての最終的な意思確認を行い、その後インタビューに応じ、現役続行決断に至るまでの心境を丁寧に語った。  村元選手と高橋選手がアイスダンスのカップルを結成し、活動を開始したのは2020年1月のことだ。その年の11月に行われたNHK杯で3位、12月の全日本選手権では2位を獲得した。  躍進は目覚ましく、翌年の21年11月のNHK杯では6位、ワルシャワ杯では日本勢歴代最高得点となる190.16点を出して2位を獲得する。さらにその後、12月の全日本選手権で2位、今年1月の四大陸選手権では日本勢過去最高位となる2位を獲得し、3月、フランスのモンペリエで行われた世界選手権では16位になった。 ■はじめに思いを伝えたのは  来季の現役続行について、はじめに思いを伝えたのは、村元選手のほうからだという。4月に行われたアイスショー、スターズ・オン・アイスの最終日だった。 「スターズ・オン・アイスのソーラン節で、なんかすごい『これだ!!』っていうのが感じられたんです。本当に楽しんで踊っているというか、表現者として魅せる、というのをお互い感じられたと思いますし、『これや!』みたいに思った瞬間がありました」(村元選手)  その思いを高橋選手に伝えた。どういった表現ができるかということ、高橋選手と表現して滑ることがすごく楽しいということ、アイスダンスで自分はどういうものを作り上げていきたいか――。  村元選手が現役続行を意識したのは、実は世界選手権の後だった。終えて感じたことは、「自分たちの世界での位置が見えてきた」「ようやく世界の舞台に立てた」。アイスダンスを始めて2年間走ってきて、やり切った感もあったが、「まだまだ、いけるんじゃないかな」と感じていたという。 ■答えは自分の中に  一方、その思いを受けて考えたという高橋選手は、世界選手権が終わった時の心境の変化、アイスダンスを始めてからの2年間の思いに触れ、やはり、答えについては「自分の中にはすでにあった」と語った。  高橋選手はシーズンをこう振り返った。 「(自身を)アイスダンサーと表立って言っていいかな、と思ったのが、(アイスダンスを)1年やって次のシーズンの、NHK杯やワルシャワ杯が終わったあたり。そうなってから、世界選手権までは本当に一瞬だった」   もちろん、精いっぱいやった。だが、「一瞬だった感」が強かったからこそ、「もうちょいできるというか、やっと自分の中でわかりだしたところだった」。だから、「続けるんだろうな、という感じが漠然とあった」という。 ■気持ちに正直になりたい  それでも、一度周囲やスケートから離れたオフの期間に、「自分の素直な気持ちに正直になりたい」と考えてみた。その間、「やらない」という選択肢は、「出てこなかった」。   現役続行を決断した背景やこれまでの歩みについて語る村元・高橋両選手のロングインタビューは、オンラインで配信されている。また、5月30日発売のAERA6月6日号の表紙にも登場、インタビューに応じている。  二人が明言したのは「まずは1年」。アイスダンス選手として、来シーズンの1年、競技生活を続行する。さらなる進化を遂げるだろうアイスダンスに注目したい。 (編集部・熊澤志保) ※AERAオンライン限定記事

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    4時間前

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    室井佑月「わけがわからない」

     作家・室井佑月氏は、出演被害防止を目的としたAV対策法について、一部フェミニストから挙がっている反対意見に反論する。 *  *  * 「AV出演被害防止・救済法案」について、どうして一部のフェミニストが反対しているのかがわからない。  5月12日の毎日新聞電子版「AV対策法『性行為に金銭支払うことを合法化』 支援団体の懸念」という記事に、「与野党が検討を進める法案は、▽出演契約を交わしてから20日間が経過しなければ撮影はできない▽無条件に契約解除できる期間は公表から1年間──など被害防止を目的に、制作業者への規則を強化する内容だ。  ただ、言い換えれば規則を守ればAVを事実上合法化するとも捉えられ、それだけに、性搾取に苦しむ人たちを支えてきた支援団体の危機感は大きい」とあった。この記事、「支援団体の危機感」と書いてあるところがミソだわさ。  だって、この法案に反対する人の意見はイチャモンに近い。あるフェミニストは、「リアル性交するAVの合法化・性売買合法化の筋道を作ってしまった」「AV業界に有利な新法」とまでいっていた。  でも、それは間違った認識ではないか? いちばん大切なのは、この法が、誰を守るために作られるものであるのか、ということ。  この新法ができれば、確実に守られる女性は増える。なぜなら、出演を無条件で取り消せるというのが大きい。  確かに取り消せる契約内容として「AV内で性交を行う契約」と書かれているが、それは「性交契約を有効とする」こととは違う。その旨の条文も入っている。  法を作る上で、なにを取り消せるのか例をあげる必要があっただけだ。  この法案のどこをどう読んだら、AV業界に有利といえるんだろうか。反対派はなにを守りたいのか。もうわけがわからない。  出演の強要などがあってはならない、ってことでしょう。この法で肝心なその部分は解決する。それのなにが不味(まず)いのか。  まさか、性交ってわけじゃあるまいな。あたしは一部のフェミニストが、過剰に性を汚いものだと決めつけていることを危惧する。そりゃあ性犯罪は憎い。が、性交はそればかりにつながるわけではない。実際、性交がなければあたしたちは生まれていない。  そして、ほぼ多くの性についての問題は、個人の心の中の問題で、誰かがこうであるべき、これが正しいと語ることではないのではないかと思っている。法の範囲であるなら、人がどう欲求を満たそうが、ほっといてくれという話だろう。  余談であるが、その昔、禁酒法が出来た。それでも酒をのみたい人はいて、その結果、反社の人たちにお金が流れた。人の欲望は、尽きない。そして、それ自体が悪いことではない。 室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中※週刊朝日  2022年6月3日号

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    大前研一「マスコミが報道しない“ゼレンスキー大統領の素顔”」

    先入観を捨ててウクライナ危機を見よ  2022年3月23日、ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会で演説した。戦争中の国の大統領がオンラインで他国の国民や政治家に語りかけるのは、いかにも21世紀のテレビ俳優らしい振る舞いだと思う。演説の内容は地味だったが、日本に彼のシンパは増えたのではないだろうか。  ただし、目の前で起きていることだけで、世界情勢は理解できない。日本人は「アメリカ脳」の見方になりやすいから、「ロシア脳」に頭を切り替えて情勢を判断することが重要だ。プーチンとロシア軍は、ウクライナの街を攻撃し、非戦闘員の命を奪い、シリア型のひどい破壊行為を続けた。これは許されることではないが、プーチンがなぜキレているのかを理解するには「プーチン脳」で考えてみるしかない。  時間軸の問題もある。この1カ月余りで世界の見方は急変した。最も大きく変わったのは、ゼレンスキー大統領に対する見方だろう。「彼は大統領になる器ではない」と考えていたウクライナ人もいるはずだ。ゼレンスキーは政治風刺ドラマ『国民の僕』でウクライナ大統領役を演じて人気を高め、2019年の大統領選に出馬して当選した。 プーチンのイライラは頂点に達した  ゼレンスキーの支持率は、就任時には約8割と高かった。過去の大統領や首相は私腹を肥やす悪い連中がほとんどだったから、過度な期待があったのだ。しかし、実際に就任すると「やはり政治の素人じゃダメだ」と、支持率は約3割まで落ちた。  人気を失ったゼレンスキーは、EU加盟、NATO加盟を掲げた。EU加盟を望む国民は多いから支持率は上がる。  ウクライナ人の多くがEU加盟を望むのは、EU内を自由に往来し就業もできる「EUのパスポート」が欲しいからだ。現在のロシア軍と戦うウクライナ人は愛国心の塊に見えるけれど、彼らはもともと自分の国があまり好きではない。私は何回もウクライナを訪問しているが、若い人は特に、ウクライナを離れてEUやアメリカなどで働きたいと話していた。プーチンもウクライナ人の愛国心は薄いと判断したから、2日でケリがつくと踏んで侵攻したのだろう。  しかし、ゼレンスキーが掲げたEU加盟は容易ではない。彼自身も初めから空手形で、在任中には無理だと思っていただろう。EU加盟を望む国はほかにもあり、トルコなど5カ国がすでに待っている。トルコなどは、もう17年も加盟交渉がまとまっていない。  一方、NATOのほうは、EUよりは加盟しやすい。最近でも、20年に北マケドニアが、17年にはモンテネグロが加盟している。しかし、NATOは軍事同盟だから、隣国が加盟することをプーチンが許せるわけはない。  さらに、ウクライナは、ソ連時代はICBM(大陸間弾道ミサイル)、航空母艦など兵器も開発していた。核兵器も開発していて、1991年に独立した時点で、ウクライナには約1900発の核弾頭があり、米ロに次ぐ世界第3位の核保有国だった。米ロ英は3カ国による安全保障を条件として、ウクライナに核兵器を放棄させた。94年の「ブダペスト覚書」だ。フランスと中国も、別々の書面でウクライナに核兵器の撤去を条件に安全保障を約束している。  ところが、ゼレンスキーは22年2月に「ブダペスト覚書は再検討できるはずだ」と発言した。ロシアに小突きまわされるのは核兵器を手放したせいで、核を保有すれば対等に交渉できる、という意味だ。  EU加盟、NATO加盟、核再武装は、ゼレンスキーが支持率を回復するための3点セットだった。しかし、「こいつは思った以上にワルだ」とプーチンのイライラは頂点に達したのだ。  そもそもプーチンのイライラは、ゼレンスキーが大統領に就任した頃から始まっていた。ゼレンスキーが「ミンスク合意なんて知らないよ」という態度を見せていたからだ。 ゼレンスキーによる一連の人気回復政策が問題  ミンスク合意は、ウクライナ東部で起きたドンバス戦争を停戦させるため、14年にベラルーシの首都ミンスクで調印されたものだ。ドンバス地方は、親ロ派のドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国が実効支配し、ウクライナ政府と対立している。14年の合意ではウクライナ、ロシア、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国、OSCE(欧州安全保障協力機構)の代表が調印し、翌15年にはドイツ、フランスが仲介して「ミンスク2」が調印されている。合意内容には、停戦とともにウクライナの憲法を改正し、ドンバス地方に“特別な地位”を与えると規定している。  ウクライナの東側、ドネツク州とルガンスク州はおよそ3割がロシア系だが、「人民共和国」とした地域に限ればクリミアと同じく7割を占める。彼らはドンバス地方の東側50キロほどをぶん取ってロシアとの間に緩衝地帯をつくっていた。この地域に自治権を認めるというのがミンスク合意だった。  ところが、19年に大統領になったゼレンスキーは「あの合意はウクライナが不利な条件を押しつけられたもの」と公然と言い出した。苦労して調印した合意を反故にするのだから、プーチンから見れば、大馬鹿野郎だろう。  ロシアの議会は「ウクライナ政府が彼らの自立を認めないなら独立宣言させる」と決め、プーチンは侵攻の1週間ほど前にこれにサインした。ゼレンスキーがすぐに自治権を与えていれば、あるいは当事者であったメルケル独前首相がすぐに仲介に動いていれば、プーチンも侵攻するほどイライラを募らせることはなかっただろう。  日本のメディアは「プーチンは理解不能」「ウクライナのNATO加盟申請が最大の問題」などと報じているが、ゼレンスキーによる一連の人気回復政策が問題なのだ。彼が大統領になってからの流れを追えば、プーチンが憤激した背景が理解できるだろう。  一方、ロシアのウクライナ侵攻からのゼレンスキーの役者振りは素晴らしい。ネットで神出鬼没し、世界中に救助を訴えている。シナリオもわかりやすいし、好感が持たれる。いつの間にか支持率は90%を超え、今世紀まれに見る指導者だ、という見方が定着しつつある。  半面、プーチンは正常な判断ができなくなったのではないか、孤立しているのではないか、ロシア国内で反プーチンのクーデターが起こるのではないか、と評価が完全に逆転してしまった。ウクライナ人の「祖国を守る」勇気が想像以上であったし、アメリカもNATO軍は派遣しないが、ウクライナが使える近代兵器など一式を大量に送り込んでいる。その結果、ロシアが泥沼に入り、22年3月末現在は南部の一部だけでももぎ取れればいい、という線まで後退している。  これはとりもなおさずミンスク合意が実施されていればできていたことで、国土にあれだけの破壊を被ることは避けられていたはずだ。  ここまで来たらウクライナだけでなくロシアでもプーチンをどうやって止めるのか、という一点に絞られてきている。23年にわたり独裁者として君臨してきた指導者が、結局相談相手も、正直なアドバイスをしてくれる人もいなくなる悲哀、と言ってもいい。これはもちろん中国の習近平が陥る可能性のある土壺で、その場合には日本も悲劇に巻き込まれる。  今回のロシアによるウクライナ侵攻では、いかに指導者の頭に潜り込んで考えることが重要か、どの段階でどうすれば最悪の悲劇は防げたか、を考える格好の材料と思う。 日本も防衛のために核共有を認めるべきか?  日本国内では、ロシアの侵攻から3日後、安倍晋三元首相がテレビ番組で、日米共同で核兵器を運用する「核シェアリング」について議論すべきだ、と発言して物議をかもした。  安倍元首相が非核三原則を見直したいのは、一種のトラウマからだろう。「モリカケ桜」(森友学園・加計学園問題や「桜を見る会」問題)より大きなトラウマかもしれない。岸家、佐藤家、安倍家に受け継がれる“ファミリー・トラウマ”といってよい。よく知られるように、安倍元首相は母方の祖父が岸信介、岸の実弟が佐藤栄作という総理大臣を生んだファミリーの一員だ。  佐藤栄作は首相だった1967年に国会で「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を表明し、72年の沖縄返還では米軍の核兵器を沖縄から“撤去”させた。この“核抜き返還”などが評価され、74年にノーベル平和賞を受賞している。  ところが、09年に民主党政権が誕生すると、佐藤政権の頃から、核兵器を積んだ米軍艦の寄港を許していたという“核密約”の存在が明らかになった。また、在日米国大使だったエドウィン・ライシャワー氏は「核を積んで寄港していた」と証言している。核の持ち込みは“公然の秘密”だったわけだ。  大叔父の佐藤栄作は大嘘つきだった――これが安倍元首相のファミリー・トラウマだ。もし国会で「核共有」が認められたら、半世紀前に大叔父がついた嘘はかき消される。愚にもつかない安倍一族の過ちを後始末する一環なのだ。国民はそんなトラウマに付き合ってはいられない。 (構成=伊田欣司) 大前 研一(おおまえ・けんいち)ビジネス・ブレークスルー大学学長1943年生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号取得、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号取得。日立製作所へ入社(原子力開発部技師)後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し日本支社長などを経て、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長を務める。近著に『日本の論点 2022~23』(プレジデント社)など著書多数。

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    ジェーン・スー「2022年下期を有意義に過ごすために、思い切って『仕切り直し』」

     作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。  *  *  *   唐突ですが、「仕切り直し」ってすごく難しいですよね。  5月も半ばを過ぎ、この調子だとあっという間に半年が過ぎてしまいそう。2022年、今までのところは本を出版したり、チャレンジングなインタビューを行ったり、コロナに罹ったり、慌ただしく過ぎていきました。一方で、世には出ていないが時間やコストをかけてきたものもある。端的に言うと、なにかに追われるようにバタバタとやってきてしまった感が、やや拭えないのです。  ここらで一旦仕切り直しをしたいのですが、すべてのものごとは流動的且つ継続的であることと、最近よく聞くサンクコストなるもの、つまりここまでに費やしたお金や労力や時間、がもったいないと感じて方向転換が難しくなってしまう現象があります。  たとえば大人数が携わる仕事のプロジェクトなら、予算を達成できずにプロジェクト自体が消滅するとか、他部署の都合で強制終了されることもある。これはこれで歯がゆいものではありますが、仕切り直しは可能です。  厄介なのは、自分で決めなければいけないこと。私は運転免許を持っていませんが、愛着はあるが壊れやすい車に乗っている人は、いつも買い替えという仕切り直しが選べずストレスを感じているように見えます。注いだ愛情と同じくらい、これまで掛けた修理代も馬鹿になりませんし。  たとえば美容院。担当が辞めてしまい、新しい人との相性がイマイチな場合。新たな美容院を探すのも面倒だし、美容院自体は気に入っているし、かといって同じ美容院の別の担当に再び代えてもらうのは気まずい時。なんだかなあと思いながらそのままに。  仕切り直すにも、仕切り直さずにいるのにも、どちらにもストレスが掛かることって、意外とたくさんあるのです。惰性という名の船に乗って、小さな穴から入ってくる海水に足元が濡れるのを眺めながら、この船は沈むのかしら……と考えたり、見なかったことにしたり。  自分で決めるのって、本当に負荷が強い。若い頃は自信がないことが一番のハードルでしたが、大人になると「めんどくさい」がすべてに勝ってしまう。我ながら、良くないなあと思います。  残りの半年を有意義に過ごすためにも、ここらで大胆な決断をしないとね。まだ見ぬ不安より小さな不幸を選ぶのは、魅力的ではないものね。 ○じぇーん・すー/1973年、東京生まれ。日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書多数。『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日文庫)が発売中。 ※AERA 2022年5月30日号

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    言いにくいことを伝えられる人は、幸せになる力が優れている しいたけ.さんがアドバイス

     AERAの連載「午後3時のしいたけ.相談室」では、話題の占い師であり作家のしいたけ.さんが読者からの相談に回答。しいたけ.さんの独特な語り口でアドバイスをお届けします。 *  *  *  Q:家族と喧嘩(けんか)しました。理由は、私と弟に対する母の扱いの差。私が皿洗いをしているときに弟は部屋でゲーム。母に怒りをぶつけると「男の子は話が通じにくいし、思春期だからあまり厳しく言えない。あなたに強く言っていたとは気づかなかった、もう家事のことは気にしないで」と。母にひどいことを言ってしまったと落ち込んでいます。(女性/浪人生/18歳/みずがめ座) A:占いをしていて、相談者の方に対して「あぁ、この人は大丈夫」と思う人がいます。まさにあなたはそのタイプ。とても立派です。悩み相談の多くは「言えないで悩んでいる」という相談。でもあなたはお母様に対して言いにくいことを言って、ちゃんと爆発して、まだおかしいと思っていることをこうして文章化もできています。  人としての成熟度の目安の一つに、「伝えられる」があると思います。相手が喜ぶことは誰でも伝えられるけど、言いにくいことをちゃんと伝えられる人って、幸せになる力が優れている。あなたの思っていること、そのまま全部正しいと僕は思います。自分は家に貢献してきたのに弟は好き勝手にやっていいのか、それは男性だからなのか、自分が女性だから我慢しなきゃいけないのか。そういう不満・疑問はずっと持っていていいし、ぶつけていっていい。  弟さんにとっても「うるさい姉ちゃん」という存在は絶対必要です。ゲームの時間を妨害する邪魔な存在と思われるかもしれないけど、「お前自分のことだけやってて家に貢献しないのはフェアじゃない。間違ってる」と言い続けてください。口うるさく言ってくれる人って、本当に貴重な存在です。だって言う側にしてみたら、なかったことにするほうが絶対楽だから。でも「気付いているけど伝えない」という状況になっていくと、相手がどんどん悪化していくことが多い。だから弟さんの代わりに僕があなたに感謝します。ありがとう。  お母さんもこのままじゃだめな気がする。「もう家事を気にせず勉強に集中して」と簡単に言われちゃうと、切ないというか、「そんな簡単に諦めないでもっと家族と向き合ってよ」と思ってしまう。そういうこともぶつけていっていいと思うんです。  こういうのって相手を励ますために言ってるんですよね。「母ちゃんここで諦めんなよ」「疲れてるだろうけどもう一踏ん張りしなよ」という、励まし。だから罪悪感を感じることはないです。あなたのおかげで家族が成り立っていると思います。  みずがめ座は、「最後の良心」みたいなところがあって、「あれ、ちょっとおかしいぞ」ということによく気付く人たち。背負いすぎなのかなと感じたり、友達に相談しても「あなたがそこまでやることないよ」と言われるかもしれませんが、ここは頑張りどころ。逃げちゃいけない場面な気がする。自分のことと家族のこと、無理のない範囲で両方頑張ってほしいです。 ◎しいたけ./占い師、作家。早稲田大学大学院政治学研究科修了。哲学を研究しながら、占いを学問として勉強。「VOGUE GIRL」での連載「WEEKLY! しいたけ占い」でも人気※AERA 2022年5月30日号

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    19時間前

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    錦鯉、正反対な2人がなぜコンビ結成? 「非常識すぎるから、組んでみようかなと(笑)」

     いま人気爆発中のお笑いコンビ錦鯉。破天荒な長谷川雅紀さんと常識的な渡辺隆さんの対照的なお二人が、コンビを結成したきっかけは何だったのでしょうか。錦鯉の大ファンだという作家・林真理子さんが、長谷川さんと渡辺さんの素顔に迫りました。 *  *  * 林:(両手を突き出して)こ~んに~ちは~!! 長谷川・渡辺:ハッハッハ。 林:ホンモノに会えてうれしいです! いま、メチャメチャ忙しいんでしょう? 長谷川:(立ち位置、向かって左)はい、おかげさまで。 林:あきらめずに50(歳)近い中年になってブレークしたってことで、中年の男性の励みになってるんでしょうね。 渡辺:(立ち位置、向かって右)そう言われることが多いです。 林:私、「M‐1グランプリ」は前から拝見していたんですけど、こんなにインパクトを受けた方は今までいらっしゃいませんでしたよ。去年の「M‐1」で優勝されたとき、長谷川さんが号泣していらっしゃるのを見て、グッときちゃいました。 長谷川:ありがとうございます。 林:長谷川さんのおうちをテレビで見たことありますけど、いまだに都心から離れたところのあのワンルームに住んでらっしゃるんですか。 長谷川:そうです。西武池袋線の石神井公園なんですけど、駅から遠くて、歩くと20分弱かかるんです。自分でタクシーに乗って仕事に行くんですけど、どこへ行くにもだいたい片道1時間かかって料金も1万円かかるぐらいの遠さなんです。 林:「M‐1」って、たしか賞金は1千万円もあるんでしょう? 二人で分けたとしても、賞金で都心のマンションに越せるじゃないですか。 長谷川:いい場所があれば引っ越そうと思っているんですけど、周りの人に聞くと、恵比寿とか目黒あたりがいいんじゃないかって言うんです。でも、「似合わない」とも言われるんです。 林:そんなことはないと思いますよ。 渡辺:いや、似合わないでしょう(笑)。 林:長谷川さん、奥歯が8本ないんですよね? 賞金で入れたんですか。 長谷川:実はいま治療中で、これから入れる予定なんです。20年ぶりぐらいに奥歯でものを噛むことができるから、たぶん感激して泣くと思います(笑)。 渡辺:何を噛むかですけど。 長谷川:マカダミアナッツ、あれを噛みたいなと思います。 林:それにしても、渡辺さんって声がとってもいいですよね、低くて。 渡辺:ありがとうございます。 林:お二人のネタに「ニュースキャスターになりたい」というのがありますけど、渡辺さん、声がいいから、本当にニュースキャスターのお仕事なんかもできるかもしれない。 渡辺:フジテレビの三宅(正治)アナに、メガネをかけたらそっくり……。 林:あ、ほんとに似てる! 渡辺:と、三宅アナ本人に言われました(笑)。 長谷川:隆はたたずまいもドッシリしているんです。僕の七つ下ですけど。それでも僕より落ち着いているというか。 渡辺:あんたが落ち着いてないだけなんだよ(笑)。 林:どうしてこういう破天荒な人と、こういう常識的なマジメな人がコンビを組もうと思ったのか、ほんとに不思議でしょうがないですよ。 長谷川:ハッハッハッ。 渡辺:非常識すぎるから、組んでみようかなと(笑)。 林:こんなに対照的なコンビ、めずらしいかもしれないですね。陰と陽というか。 長谷川:隆に「コンビ組みませんか」って言われたときに、「ちょっと考えさせて」とか言わないで、すぐその場で「ああ、いいね」みたいなことを言ったんです。僕も、正反対だとおもしろいかなと思って。 渡辺:お互いにそれまで組んでいたコンビを解散して一人でやっていて、「どうにもなんねえな」みたいな感じだったので、ほんとに気軽に。余っていたので声をかけて(笑)。 林:長谷川さんの高いトーンの声と、渡辺さんの知的な低い声がバランスよくからまって、このお二人、運命的に導かれたんだなって思いますよ。 長谷川:ありがとうございます。 林:お二人でコンビを組んだら、あっという間に人気が出たんですか。 長谷川:いや、最初はぜんぜんです。10年かかっていますから、「M‐1」で優勝するまでに。 林:そうなんですね。白いスーツとかは誰が考えたんですか(長谷川さんが渡辺さんを指さす)。渡辺さんが考えたんですか。スキンヘッドも? 渡辺:スキンヘッドは、禿げちゃっただけなんです(笑)。 長谷川:これは戦略じゃなくて、自然です(笑)。だけど、プロデュースといったら大げさかもしれないですけど、最初の「こ~んに~ちは~」とか、白いスーツとか、僕が何をしゃべったらいいかとか、どういう動きをしたらいいかというのは、全部隆が考えたんです。 林:渡辺さんって、「テレビ局の芸能関係のプロデューサーです」と言っても信じちゃいそうですよね(笑)。「あのバラエティー、実はこの人がつくったんだよ」という、地味に出世した陰の実力者って感じですよ。 渡辺:たまに、テレビ局の偉い人が見切れちゃう(映ってはいけないのに映ってしまう)ときがありますよね。自分が出ているテレビを見ていて、見間違えちゃうときがあります(笑)。 林:正反対のキャラクターだから二人一緒にいるとすごく目立つんですよね。街を歩いてても、すぐ周りの人に気づかれちゃうでしょう? 長谷川:僕は帽子をかぶってマスクをしていても、気づかれたりします。 渡辺:歩き方にもバカがにじみ出ているので(笑)。 林:声をかけられたとき、「頑張ってください!」とか言われるんですか? 長谷川:そうです。でも、この間すれ違った若い男の人が「あ、いまの人知ってる! 鯉幟(こいのぼり)だ!」って(笑)。 林:アハハ。でも長谷川さん、うっかり軽口たたいて怒らせたらコワそう。 長谷川:僕、ぜんぜんそんなのないです。コワくないですし。 渡辺:一回も怒ったのを見たことがないです。 長谷川:このスーツと頭で、見た目にちょっと社会的によろしくない雰囲気がありますけど、僕は性格的にそれはないです。 林:錦鯉さんを見ようと思わなくても、テレビの前にいるとお二人が出ずっぱりですけど、ほかの一流の芸人さんたちに交じって、瞬発的におもしろいことをしゃべるのって、ほんとに大変なことですよね。 長谷川:僕は瞬発力とかもないから、VTRを見て感想を言うときも「おもしろかったです」みたいな、小学生が言うような答え方をして怒られたり。 渡辺:雅紀さんは中身が、5歳ぐらいなんです(笑)。逆「コナン」みたいな感じで。 林:見てると、渡辺さんがダメなお兄さんを優しく守るようにいたわっていて、あれがいい感じですよね。 渡辺:もうほんとにダメなので、しょうがないんです、いたわらないと(笑)。ほんとに常識がない人なので。 林:それは、芸人としてじゃなくて? 渡辺:人としてです(笑)。何かが欠落しているんです。 (構成/本誌・唐澤俊介 編集協力/一木俊雄)※週刊朝日  2022年6月3日号より抜粋

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    小島よしおが「部活の先生が指導してくれない」と嘆く中1女子に、「いまの状況はラッキー」とアドバイスする理由とは

     学校の事情で「思うように部活動ができない」という相談を送ってきてくれたのは吹奏楽部に所属する中学1年生の女の子。数多くの子ども向けライブを開催し、YouTubeチャンネル「おっぱっぴー小学校」も大人気の小島よしおさんが子どもの悩みや疑問に答えるAERA dot.の本連載。小島さんが提案する「いまの状況をいかにラッキーと思えるか」とは? *  *  * 【相談16】 音楽が大好きで小学校3年生からトランペットを吹いています。公立の中学校には吹奏楽部がないので勉強を頑張って私立の中学校に入学し、憧れの吹奏楽部に入ったのはよかったのですが、部員がたったの7人で1年生は自分だけです。中高一貫校で高校生と一緒に演奏する機会もあるのですが、基本的に中学生だけで練習しています。 高校は強豪校で顧問の先生はほぼ高校生の指導を優先していて中学生の指導はほとんどしてもらえません。中学生用の部室もないので空いている教室を探して使ったりしますが、どこも空いていないときもあって練習場所を求めてさまようこともしばしばあります。不満だらけですが、顧問の先生はすごく怖くて相談できません。中学の先輩は優しくて仲はいいのですが、いまの状況は先生に言っても改善しないので全員あきらめモードです。どうすれば中学校の吹奏楽部の環境がよくなるか悩んでいます。何かよい方法があればアドバイスをお願いします!(Noeco・中学1年生・女子) 【よしおの答え】 Noecoちゃんは、すごく向上心があるんだね!! 恵まれた環境とはいえないなかでも、あきらめずに現状をなんとかしようと行動している。先生がいないのにちゃんと練習している姿勢もかっこいい……!  よしおは中学生のとき野球部だったんだけど、Noecoちゃんと似たような状況で、顧問の先生が全然部活に顔を出してくれなかったんだ。そんな環境だったからか、部員たちはすごくたるんでいて、当時の先輩たちは校庭に穴を掘って、バットとボールでゴルフなんかをやっていたよ(苦笑)。  中3のときに顧問の先生が代わってから、練習も真面目にするようになって、指導者の大切さを実感した。Noecoちゃんの学校でも、先生がしっかり見てくれるようになればいいんだけど……。授業をやりながら強豪高校の部活指導をするのもすっごく大変だろうから、さらに中学生の部活も見ないといけない、ってなったらさすがに先生も手がまわらないかも、って思ったよ。  ただ、学校の「行政改革」をするのは生徒の役割じゃないし、そもそもどうやって顧問の先生が決められているのかはよしおにもわからない。どうすればいいのかなあ。よしおもいまの状況で何ができるか考えてみるから、一緒に考えよう! ■同じ状況でも、どう動くかは人それぞれ  最初に、よしおがいる芸人の世界でも、同じようなことがあるんじゃないかな、って考えた。芸人っていうのは一人ひとりが特定の事務所に所属していて、事務所から仕事をもらうんだ。よしおは芸人になりたてのときは5人組のユニットを組んでいたんだけど、仕事がないことを事務所やお客さん、メンバーのせいにしてしまっていた時期があったんだ。「事務所が何もしてくれない」「お客さんが笑いをわかっていない」とかね。  だけどいま考えると、ネガティブ筋肉が動いていたなー、と思う。誰かのせいにしても解決しないし、言い訳がどんどんうまくなるだけだった。ユニットは解散してしまったけど、そんな自分の態度も解散の原因のひとつだったんじゃないか、って思うよ。  一方で、同じ状況であっても文句を言わずに、自分のすべきことをしている芸人もいた。単独ライブを自分で企画して場所を押さえたり、チラシを作って宣伝したり。結果的に、覚悟を持って自分で動いていた人が、オーディションに受かったりテレビ番組に呼ばれたりしていたことが多かったな。頑張っている人って、単純に応援したくなるし、何かに挑戦すればそれが自分の経験値になるしね。たとえ失敗したとしてもだ。  さっきも話したように、学校の行政改革は難しい。だけど、学校のトップである校長先生や、相談しやすい身近な先生に、吹奏楽部の現状を伝える、ってことはできないかな?  現状を伝えるときは、「いま何に困っていて」「どんなことが必要なのか」を冷静に分析するといいかも。そして、「自分はこんな部活がしたい」という希望を伝えることが大事な気がするなあ。感情的に「不満だらけなんです!」と言うよりも、前向きな気持ちを伝えたいよね。  送ってくれた相談のなかだと、「練習場所がなくて困っています。たくさん練習して上手になりたいから、練習場所を管理してくれる先生をつけてほしいです」とかね。少し難しいかもしれないけど、大変な中学受験を乗り越えたNoecoちゃんならきっとできるはず! 無理のない範囲で、別の先生に相談してみるのはどうだろう?  個人の技術を伸ばすなら、YouTubeとかですごい演奏家さんの動画を見てみるなんてどうかな? コロナの時代になってから、YouTubeのコンテンツがたくさん増えているから、そのなかで素敵な指導者を見つけることもできるかも! 学校の先生が教えてくれないなら、外に指導者を求めるのもありだよね。  他にも、いまの時代だからこそ使えるコンテンツや方法がきっとあるはず。吹奏楽ってひとりじゃできないことだから、Noecoちゃんと同じような困りごとを持っている人も多いかも。直接は会えないとしても、どんな練習方法があるのか情報を教え合う仲間ができるといいね。  部活のみんなはあきらめモードだというけど、気持ちを上げるのにオススメなのが漫画を読むこと。よしおは中3で野球部のキャプテンになったんだけど、あだち充先生の『タッチ』や『H2』という野球漫画に影響されて、雨の日とかいつもより気合入っちゃって嫌がる仲間を引き連れて練習していたよ。まあ、そのあと風邪引いちゃって仲間からの信頼も落としたから反省しているよ。でもこれも経験値だね(笑)。  吹奏楽とはちょっと違うけど、石塚真一先生の『BLUE GIANT』っていうジャズを題材にした漫画はすごく熱くてオススメ! 主人公は世界一をめざすサックスプレーヤーの高校生で、毎日河原でひとり練習しているんだ。最初は演奏が下手だと罵声を浴びせられたりもしたけど、それでもめげずに吹き続けて、東京や世界へ羽ばたいていくというお話。勇気が出るし、Noecoちゃんなら共感することも多いんじゃないかな? ■いまをラッキーだと思えるか?  いくつか解決策を提案してみたけど、大切なのは「いまの状況をいかにラッキーだと思えるか」だと思うんだ。いまの状況をどう捉えて、どう行動するかが大事なんじゃないかな。自主練がたくさんできて、個人のスキルを上げられるチャンスと捉えるのか、それとも先生が何もやってくれないと思うのか。Noecoちゃんはなんとかしたいと思って、よしおに相談してくれたね!  自分ができることを探していけば、いろんなことも勉強できると思う。たとえば、練習場所を探すとして、その過程で音が出せる施設を知ったり、場所の借り方を知ったりできるね。YouTubeで指導者を探すときも、こんな人がいるんだ!とか、こういう練習方法があるんだ、って知ることができる。いろんなスキルが手に入るはず!  そんなNoecoちゃんに贈るギャグは、こちら! 「ラッキーモンキーうっきっきー! いつでもうっきうき~!」。同じ状況でも、ラッキーだと思うかアンラッキーだと思うかで、次に進む道が変わってくるはず。いまの状況をラッキーだと思って、いろんなことにチャレンジしてほしいな! ……って、僕は思うんだけど、君はどう思うかな? 【質問募集中!】小島よしおさんに答えてほしい悩みや疑問を募集しています。お気軽にお寄せください!https://dot.asahi.com/info/2021100800087.html

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    プーチン支えるKGBの絶対的忠誠心「一度でも勤めた者は、縁を切れない」の真意

     プーチンの周囲には、政権内でもオリガルヒにも元KGB関係者のキーパーソンが多い。AERA3月28日号では「KGB人脈」を特集。彼が信を置くのはKGB流の絶対的な忠誠心だ。 *  *  * 「『元KGB』などというものは存在しない」  ロシアのプーチン大統領の言葉として広く知られているフレーズだ。一度でもKGBに勤めた者は、縁を切ることはできない。死ぬまで絶対的な忠誠を誓う工作員であり続ける、という意味だ。  KGBとは、ソ連のスパイ組織として恐れられた国家保安委員会のことだ。  元KGB将校でありながらロンドンに亡命し、プーチン政権批判を続けたリトビネンコ氏の運命は、この言葉の意味するところを、如実に物語っている。  リトビネンコ氏は2006年、ロンドン中心部にあるホテルのバーで、放射性物質ポロニウムを盛られて毒殺された。英国の捜査当局が実行犯として特定した2人は、いずれもKGBに勤めた経歴を持つ。主犯格と目されたルゴボイ氏は、罰せられるどころか暗殺事件の翌年、ロシア下院選に当選した。  暗殺も、国会議員への出世も、プーチン氏の承認がなければ実現しなかっただろう。 KGB流で地位を確立  裏切り者は許さない。KGB自身の手で、始末をつける──。KGBには法律を超越したおきてがあることを見せつける事件だった。  プーチン氏自身はといえば、子供のころから将来はKGBに勤めたいと願っていたという。 「スパイ映画にあこがれて」というのが本人の説明だが、額面通りには受け取れない。  2000年に初の大統領選を控えたプーチン氏にインタビューし、このエピソードを引き出したジャーナリストは、その後、筆者の取材に対して、冷ややかに語った。 「ソ連で最も強くて、最も恐ろしくて、最も力がある組織に帰属したいと考えただけだろう」「彼の話からは、強いコンプレックスと、負けることだけは我慢ならないという強い思いが伝わってきた」  1975年に念願かなってKGBに入ったプーチン氏は、対外諜報に従事する第1総局に配属され、85年に東ドイツのドレスデンに派遣される。  当時のソ連で誰もがあこがれる国外勤務を勝ち取ったプーチン氏だが、彼がスーパー工作員だったかといえば、そうでもないようだ。複数の証言によると、ソ連側陣営の一員だった東ドイツの情報機関との連絡や調整といった、事務的な仕事が主だったのだという。  ベルリンの壁崩壊後の混乱の中で帰国したプーチン氏は、故郷サンクトペテルブルクの副市長を経て、96年に知人のつてでモスクワに移った。  その後の昇進は驚異的で、謎に包まれている。98年7月にはついにKGBの主要な後継組織である連邦保安局(FSB)の長官に就任。古巣への凱旋を果たしたのだった。  プーチン氏はこの立場を利用して、エリツィン大統領の後継者としての地位を確立する。そのやり方は、いかにもKGB的な謀略と言えるものだった。 忠誠心と謀略的手法  当時ロシアでは、検事総長がエリツィン氏の周辺を巻き込む大規模な汚職疑惑の調査に着手し、政権にとって頭痛の種となっていた。  そんな中、ロシアの人気テレビ局が突然、検事総長らしき男性と若い女性2人が全裸でベッドを共にしている様子を隠し撮りした映像を放映したのだ。  世間が騒然とする中、プーチン氏が「調査の結果、映像は本物だった」と声明し、検事総長は失脚に追い込まれた。この経緯で、エリツィン氏とその周辺のプーチン氏への信頼は揺るぎないものになった。  プーチン氏が最高指導者となってからも、その統治スタイルからは、絶対的な忠誠心の要求と、謀略的な手法に象徴される「KGB流」と言えるような特徴が見て取れる。  例えば、2016年の米大統領選がそうだ。プーチン政権によって設立されたとみられる特殊機関が、SNSを通じて偽情報を大量に拡散。トランプ氏と大統領の座を争っていたクリントン陣営を中傷しただけでなく、人種や格差による米国社会の分断に、くさびを打ち込むことにかなりの程度成功した。  スパイの仕事というと、機密情報の入手や暗殺が思い浮かぶが、それだけではない。KGBは、偽情報を駆使して、ソ連に有利な社会情勢を作り出すオペレーションも得意としていた。こうした謀略は「積極工作」と呼ばれている。  具体例を挙げよう。冷戦時代、KGBが西ドイツに工作員を送り込んでユダヤ教の祈りの場であるシナゴーグを破壊したり、街中に反ユダヤスローガンを落書きしたりした。すると、現地にいる本物のネオナチがそれに触発されて活動を活発化させ、西ドイツの国際的な評判が傷ついたのだという。まさに現代のフェイクニュースに通じる手法だ。 政権とオリガルヒに  ロシアはウクライナ情勢をめぐっても、多くの偽情報をまき散らしている。開戦前には「ウクライナの現政権はネオナチだ」「ウクライナは核兵器を開発している」などと主張して、攻撃を正当化。開戦後も国連の場で「ウクライナで米国が生物兵器を研究している」と訴えた。  多くの国からこうしたロシアの手法は批判されているが、ロシア国内では多くの人々が、政府の主張を受け入れている。繰り返し大量の情報を流すことで、ロシア国外でもじわじわと影響力が広がっていることも否定できない。  KGBの出身者は、プーチン氏周辺の人脈にも広がっている。ここでプーチン氏が期待するのは「絶対的な忠誠心」という側面だろう。  政権内では、大統領府長官の経歴があるナルイシキン対外情報庁(SVR)長官や、プーチン氏の後任のFSB長官を務めたパトルシェフ国家安全保障会議書記が代表的な存在だ。  表の人脈だけではない。プーチン政権を裏から支え、「オリガルヒ(政商)」と呼ばれる大富豪にも数多い。  ロシア最大の石油会社ロスネフチのセーチン社長は、プーチン氏がサンクトペテルブルク副市長だったときからの忠実な部下で、KGB関係者だったことは確実とみられている。  兵器の開発や輸出を手がける国営企業ロステフのチェメゾフ社長はKGB時代、東ドイツのドレスデンで、プーチン氏と同じアパートに住んでいた。 早期対話の呼びかけも  今回の戦争では、オリガルヒの中からも、疑問を呈する者や早期の対話を呼びかける者が出ている。アルファバンクグループを率いるフリードマン氏、アルミ王デリパスカ氏、ニッケル王ポターニン氏らだ。  だが、彼らは、いずれもKGBとは関係ない。ソ連崩壊後に国有企業の民営化を進めたエリツィン政権時代に巨万の富を築き、プーチン政権とも折り合いを付けて生き残った面々だ。  彼らの声に、プーチン氏は耳を傾けるだろうか。おそらく、期待薄だ。  エリツィン時代からのオリガルヒはやはり信用ならない、頼りになるのはKGBや古い友人といった、自分が引き立ててきた連中だと考えて、耳の痛い意見には心を閉ざすのではないか。そんな懸念がぬぐえない。 (朝日新聞論説委員元モスクワ支局長・駒木明義)※AERA 2022年3月28日号

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    木村拓哉のドラマはいつも「喪失からの物語」? ウォッチャー「もうよくない?」

     漫画家&TVウォッチャーのカトリーヌあやこ氏が、「未来への10カウント」(テレビ朝日系 木曜21:00~)をウォッチした。 *  *  *  最近、ドラマの木村拓哉はいつも何かを失っている。始まりは「アイムホーム」(2015年)。木村は記憶を失っていた。 「A LIFE~愛しき人~」(17年)で演じた医師は、かつて日本の病院を追われ、恋人も友人に奪われていた。 「BG~身辺警護人~」(18年)はバツイチ。ボディーガードをやめ、交通誘導員をしているところからスタート。 「グランメゾン東京」(19年)では、ミシュラン二つ星シェフとしての名声も信用も失い、「教場」(20年)の刑事は右目を失くしている。  めった打ちのどん底から這いあがる木村拓哉をそんなにみんな見たいのか。業界総出のキムタク再生シリーズだ。  今作品のキャッチコピーなんてそのものズバリ「何度でも、立ち上がる。」。はいはい、今度は何を失くしたって?  高校で4冠を達成したアマチュアボクサーで、オリンピック強化選手に選ばれたものの網膜剥離(はくり)で選手生命を断たれ、学校教師になり、結婚したら妻ががんで死亡。  絶望の日々、亡き妻が好きだった焼き鳥屋で再起したが、コロナ禍で閉店。ただいまピザ屋でバイトです。失くしすぎ!  もうね、木村拓哉ともなると不幸も全力、フルコースですよ。そしてそんな哀しい主人公を囲むキャストが超豪華。  木村がボクシング部コーチを務める高校の校長は内田有紀、部活顧問に満島ひかり。亡き妻は波瑠と万全の美女シフト。  生瀬勝久教頭に、化学教諭・八嶋智人が絶妙な小物感をかもし出す。  生徒たちだって抜かりない。歌手UAの息子・村上虹郎、Mr.Children桜井和寿の息子・櫻井海音、サッカー三浦知良の息子・三浦りょう*太という欲ばり二世セット。どうですか、この小さい頃からすげえ高い焼き肉食ってそうな顔ぶれ!  ま、そんな生徒たちといつしか絆が生まれ、今回もきっと木村は立ち直る。でもそろそろ終わっていいんじゃないのか、喪失から始まる物語。  かっこ悪い所がかっこいい的な木村。ダメダメだけど実はいいヤツ木村。女より子供と仲よくなるけどやっぱりモテちゃう木村、以上ほぼ満腹。  むしろ「俺、失敗しないので」な高飛車ドクターとか、白馬に乗り「余の顔を見忘れたか」って言う暴れん坊キムタク将軍なんてどうでしょう。 (*りょう=けものへんに寮のうかんむりなし) カトリーヌあやこ/漫画家&TVウォッチャー。「週刊ザテレビジョン」でイラストコラム「すちゃらかTV!」を連載中。著書にフィギュアスケートルポ漫画「フィギュアおばかさん」(新書館)など※週刊朝日  2022年6月3日号

    週刊朝日

    13時間前

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    「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る

     1995年の結成から昨年11月の解散まで、V6として26年間を駆け抜けた坂本昌行、長野博、井ノ原快彦の3人が、「20th Century(トニセン)」としての活動を本格的に再スタートさせた。5月23日に配信がスタートした新曲「夢の島セレナーデ」は、井ノ原主演のドラマ「特捜9 season5」の主題歌としても話題を呼んでいる。新たな門出を迎えた3人が、“6人の変わらぬ絆”と“3人で目指すもの”を語った。 *  *  * ──「夢の島セレナーデ」が「特捜9」の主題歌に決まったときの気持ちは? 長野 実は、改めて「決まりました!」っていう感じではなくて……。 井ノ原 そういう流れもあるっていう話は出てたんです。V6として16年間主題歌をやってたから、いきなりちがう人に変わるとその人もつらいじゃない?(笑) プロデューサーたちにも「今までの声はそのままにしたい」って言ってもらえたので、トニセンで歌うことになりました。でも決まるまでは二人とも、「井ノ原一人でやったほうが面白いよー」ってすごい言ってきて(笑)。 坂本 聴く側として驚きがあると思ったので。それに井ノ原の声も歌い方も知ってるので、明るめでもそうじゃない曲でも絶対このドラマにしっくりくるなって。 長野 でも3人で歌えて、結果よかったよね。 井ノ原 僕はずっと3人がいいなって思ってたけどね! ──楽曲提供は、井ノ原さんの友人でもあるサニーデイ・サービスの曽我部恵一さんです。 井ノ原 曽我部くんとは僕だけじゃなくてみんな、20年以上の付き合い。岡田(准一)と2人で歌う曲(2000年「恋のメロディ」)も作ってもらったし、V6の解散のときはメールをくれたりして。  今回、今いいと思う曲を歌いたい、本当に僕たちのことを思ってくれる人と一緒にやりたいねって話して。いろんな人に曲を作ってもらったんですけど、今歌うなら曽我部くんだよ、絶対、ってなったんです。  あと、シンプルにいきたかったから、音数が少ないもので、「木曜日からも頑張れる曲を」ってお願いしました。放送日の水曜日は週の真ん中だから「あー、あと半分あるのか」って思うでしょ?(笑)  曽我部くんが、「トニセンが新しい門出を歌うなら」って作ってくれたものを聴いて、思いが強い、力がある曲だなあって、3人で意見が一致しました。 ■後輩や今の時代とどう向き合うか ──歌詞には「もがきながらも変わっていこう」というフレーズが。キャリアを重ねた今もなお、このような思いが? 長野 舞台とか番組の企画とか、新しい仕事は毎回そういう感覚です。やっぱりもがかないと新しいことを生み出せない。でも、いやなことやってたら苦しいけど、そういうわけではない。楽しもうとする気持ちが大事なのかなと思います。 井ノ原 このパートは坂本くんに歌ってほしかったの。後輩や今の時代とどう向き合うかっていう、50代の人たちの思いを代弁しているという意味でも似合うと思って。 坂本 40代後半くらいから、僕のまわりにいる人が笑顔でいてほしいってずっと思ってて。いやな現場を見て、「なんかさみしいな。俺は違うやり方で進んでいこう」って思ったからかな。  現場で僕が眉寄せて腕組んでいたら誰も笑わないですよね。だから明るい雰囲気に持っていったり、早い段階で自分をさらけ出したり。僕は人見知りなので、一人ひとりと距離を詰めていくと時間がなくなっちゃう。だったら初めから「俺人見知りなんでお願いしまーす!」って言って自由になっちゃうのが、自分なりのコミュニケーションの取り方です。 ■V6があったからトニセンが存在する ──V6の6人でいるときとトニセンの3人でいるときの感覚はちがう? 坂本 6人でいたり3人でいたりって、それぞれの立ち位置があるので、おのずとそこにいることになります。 長野 そうだね、それぞれ役割は変わってくるので、それを求められたときの自分という感じです。 井ノ原 今までは坂本くんと長野くんがいい意味でずーっと同じところにいてくれたからV6が保たれていたけど、これからはどんどん変わっていいと思ってます。トニセンの新しい活動にはまだ色がないし、何をやっても自由だし。  僕は友達に「いっつも走ってますね」って言われるくらい“動”なので、ガンガン切り込み隊長で行くから、二人には頑張れ頑張れって言ってほしい(笑)。  ただ、これは誤解してほしくないんですけど、3人になって伸び伸びやってるってことじゃなくて、気持ちとしては6人ずっとつながっています。 ──トニセンとして、V6から引き継ぐものや変えていくものはある? 坂本 何かを引き継いだり切り捨てたりということはないです。V6は後半、年にCD1枚出すか出さないかだったし、集まる回数もすごく少なかったけど、阿吽の呼吸で続けてきた。あの26年間、僕らは走り切ったっていう自負があって、その次へ進んでいくっていうふうに見てます。 長野 V6っていうグループがあったからトニセンは存在します。初めに3人でデビューってなってたら、今みたいな関係性や雰囲気にはなってないと思う。 井ノ原 V6の活動があったからそう思うのかもしれないんですけど、これだけ長くやってくると、自分たちの作品は、その場のほんとの空気感が出るものを残していきたいなって。V6のときも作ってはいなかったけど、「こっちのほうがファンの人たちがうれしいだろうから」「喜んでくれたらそれでいいよね」っていうのはあったので。  今はファンのみんなが「余生は好きなことだけやってください、私たちはそれを見てるのが好きだから」って言ってくれてる気が、勝手にしていて(笑)。それは裏切れないから、楽しくないことはしちゃダメだと思ってます。  でも、好きなように生きるって一人じゃできないし、培ってきたものが後になって効いてくる。僕らの姿は、「ここまで頑張ったら自分の好きなように生きていいんだよ」っていう、後輩たちへのメッセージになるのかなとも思います。  (インタビュー構成・取材/本誌・大谷百合絵、取材/本誌・唐澤俊介、伏見美雪) ※週刊朝日  2022年5月27日号 【後編 トニセン坂本昌行・長野博・井ノ原快彦が「先輩から学んだこと」】に続く ■20th Century/トゥエンティース・センチュリー 通称「トニセン」。2021年11月に解散したV6のメンバーのうち年長の3人である坂本昌行(1971年、東京都生まれ)、長野博(1972年、神奈川県生まれ)、井ノ原快彦(1976年、東京都生まれ)からなるグループ。新曲「夢の島セレナーデ」が、各種ダウンロードサイト、音楽ストリーミングサービスで配信中。3人が出演するロケバラエティー「トニセンロード~とりあえず行ってみよ~」は毎月第2・第4金曜日、スカパー!で配信中

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    日本で上がる「ウクライナは白旗あげたらいい」の声に戦場ジャーナリストが現地から激怒した理由

     ポーランド国境にほど近い、ウクライナ西部の街に入ったジャーナリストの佐藤和孝さん。これまでもアフガニスタンやボスニアなど様々な紛争地で取材を行ってきた佐藤さんに、AERAはインタビュー。ウクライナに入国した直後のこの街で彼が感じたのは、「平穏」に侵食する恐怖と孤立だった。 *  *  * ――ウクライナ西部にある街、リビウ。美しい街並みはユネスコの世界遺産に登録され、歴史の深さを感じさせる。3月5日、ジャーナリストでジャパンプレス代表の佐藤和孝さんがリビウに入り、取材を続けている。 佐藤:日本で思っているよりも、ウクライナ全土が戦地になっているわけではありません。ロシアに近いハリコフやマリウポリ、キエフは激しい状況ですが、今のリビウはマーケットにも食料が並んでいるし、電気やガス、水道も滞りなくある。でも、会社はやっていないし、学校も幼稚園から大学まで休校です。  リビウはウクライナ各地からのハブになっていて、ポーランドに脱出する人や安全な地方に避難する人たちが集まっています。そうした人たちをケアするために、市民は炊き出しや物を配るボランティア活動に従事している。空からの攻撃を想定して戦車や装甲車をカモフラージュしたり、火炎瓶を作ったりしている人もいる。街は戦時下というより、準戦時体制に入っています。そういった意味でリビウは平穏には見えるけれど、戦火をひしひしと感じている雰囲気です。 ――佐藤さんはこれまで、アフガニスタンをはじめ、チェチェン、イラクなど数々の紛争地を取材し、街に暮らす市井の人の声を伝えてきた。リビウでも、衝撃的な出会いがあった。 佐藤:町工場の若社長として働く30歳の青年がいました。普段は台所用品を作っていたけれど、今は戦車や装甲車が街に侵入しないためのバリケード、そして兵士たちがつける「ドッグタグ」を作っている。普通、ドッグタグには名前や生年月日、血液型や国籍、そしてナンバーが刻まれています。でも、彼が作っていたのはナンバーしか書いていない、名前のないドッグタグでした。  僕がリビウで話を聞いた人たちは、国を守るために戦争に行くと話しました。当然亡くなる人も出てきます。その人たちが無名のドッグタグをつけている。それを見たとき、切なくなった。一人の存在が、番号だけっていうのは……。 腹の底から怒りを覚え ――その青年には7歳と3歳の子どもがいる。あなたも銃を持って戦争に行くのかと問いかけると、「行きたい」と答えた。 佐藤:でも、これまでに戦ったことのない青年です。恐怖について聞くと、「そりゃ怖い」と。「でも、自分が死ぬよりも怖いのは、この国が消滅すること」「だから戦う」と言った。  日本のどこかの評論家だかで、「ウクライナは白旗をあげたらいい」と言った人がいるんでしょう。大馬鹿者ですよ。だったらウクライナに来て、みんなにそう言いなさいと思う。  自分の国、文化や歴史がなくなるんですよ。安全圏で何もわかっていない、命を懸けたこともない人がこれから命を懸けようとしている人たちに向かって言える言葉じゃない。  この国はロシアに踏みにじられてきました。ソ連崩壊でようやく独立国家になったのに、またそのときに戻ってしまう。そうならないために血を流すことを彼らは厭わない。ゼレンスキーも含め、名もない人たちの気概がこの国を勇気づけているんです。  なのに、「10年後にはプーチンが死んでいるだろうから、その後、国に帰ったらいい」なんて馬鹿なことを言っている。このままだと、10年でこの国はなくなるんです。腹の底から怒りを覚えます。 大勢と一人「命」の重さ ――世界はロシアに対しての制裁を強化し、それはウクライナ国民の励みにもなっている。だが、課題もあると指摘する。 佐藤:西側諸国といわれる国が自分たちの味方になってくれていることはよく認識していて、それが戦うモチベーションの一つになっていることも否めません。でも、じゃあ我々はそれを続けていけるのかということも問われてくる。  応援の仕方は色々あるのだと思いますが、ウクライナへの武器の供与以上のことをすると第3次世界大戦になってしまう。世界の指導者のなかには、自分たちが火の粉をかぶらないためにウクライナを犠牲にしてもいいと考える人たちもいる。この問いが正しいかはわかりませんが、大勢の命と一人の命のどっちが大事かということになるかもしれない。そうならないように、外交なども含め世界は動かないといけない。  この戦争は長期化すると思います。だって、多くの人たちが戦う意志を持っている。自分たちの国を自分たちの血をもって守ろうとしている。その魂は消えません。アフガニスタン侵攻でも、ソ連軍が入って10年で撤退を余儀なくされた。結局、勝てないんです。 「核」撃てばロシア消滅 ――ロシア軍がシリアで兵士を募集しているとも報じられ、行き詰まりが見えている。 佐藤:兵士の数が多くても、戦闘経験のない人間は現場では使えません。「ワグネル」といわれる傭兵集団がいますが、彼らは戦闘経験が豊富です。つまり、人の殺し方を知っているということです。シリアの兵士も同じで、人を殺すことに慣れている。そういう人間を使って、なんとかウクライナを制圧したいと思っているんでしょうね。  でも、キエフでロシア軍が政府機関などを押さえたとしても、周りは敵だらけです。ロシア軍にとっても危険なことで、市街戦やゲリラ戦になってくる。長く続けば戦闘意欲やモチベーションもなくなっていくでしょう。  この戦争を長期的に遂行する経済的な裏付けがロシアにあったかというと、難しいんじゃないですか。もともとGDPも低いし、経済制裁もある。中国が助けるといっても限度があります。ロシアにも反対派の人がたくさんいるし、今やっていることは「きょうだい殺し」です。多くの国民は心を痛めているんじゃないかと僕は思う。  ただ、国内世論が反プーチンに傾くほど、彼はますます弾圧しなければならなくなる。今後プーチンはウクライナ、世界、そしてロシア国内とも戦わなければいけなくなります。その覚悟を彼は持っているのか。核があると脅かしますが、それを撃てばロシアも消滅します。  プーチンはルーマニアのチャウシェスクのような形で終わってしまうかもしれません。止められるのはロシア人しかいないと僕は思っています。 世界に見えない街や村 ――様々な国を歩いてきたが、これまで見た戦場とは「質」が違うという。 佐藤:アフガニスタンやイラク、シリアというのはある地域の戦争です。僕のなかでは、世界大戦になるというようなものではなかった。ユーゴスラビアの戦争は世界大戦の可能性を秘めていましたが、各地に火の粉が及ばないようにヨーロッパ各地もいろいろと手を打ちました。  今度はロシアの正規軍が自分たちの論理だけで他国に侵攻し、第3次世界大戦の可能性もはらんだ非常に危機的な状況だと思います。今までの現場とは質が全く違う。だから世界は必死になっているんだけど、行き詰まり感も出てしまっている。  キエフやハリコフから避難してきた人たちは、とにかく攻撃が激しいと口をそろえます。狙撃兵までいるから、外に出られず命からがら逃げてきたと。でも、そういった街や村には記者もいないので、世界に見えていないんです。やりたい放題になって、どんどん残虐な方向に向かってしまう。今後、キエフでも取材したいと思っています。 ◯佐藤和孝(さとう・かずたか)1956年生まれ。独立系通信社「ジャパンプレス」代表。山本美香記念財団代表理事。80年からアフガニスタンで取材を行い、その後も様々な紛争地を取材した。近著に『タリバンの眼 戦場で考えた』など (構成/編集部・福井しほ) ※AERA 2022年3月21日号から

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    相葉雅紀 12年ぶりの舞台「持っている力をすべて吐き出してやりきりたい」

     6月4日に開幕する舞台「ようこそ、ミナト先生」で非常勤の音楽教師を演じる相葉雅紀さんがAERAに登場。舞台中の健康管理法は「たくさん食べて、行ける時にジムに行って、腸活もします」と話した。AERA 2022年5月30日号から。 *  *  * 「以前よりも自分のことを考える時間が増えて、もう一度挑戦したいと思ったのが舞台でした」  6月4日から開幕する「ようこそ、ミナト先生」で、12年ぶりに舞台に挑む理由をそう語った。  明るい笑顔と自然体でバラエティー番組で活躍してきた。一方、地道に努力を重ね、体当たりするように研磨してきた演技力には定評がある。そんな相葉が「お芝居のすべてを作ってくれたお母さんみたいな存在」と慕うのが、今作の演出家、宮田慶子だ。  2005年に上演された「燕のいる駅」で出会い、以降「忘れられない人」「グリーンフィンガーズ」「君と見る千の夢」と、立て続けにタッグを組み、心を揺さぶる作品を作り上げてきた。 「ドラマの撮影で僕が悩んでいると、現場まで来て話を聞いてくれたこともありました。本当に愛情が深い方。でも、稽古中はとても怖いんです。かなりのシゴキを受けてきました(笑)」 「君と~」が上演された年、嵐はグループで初めてNHK紅白歌合戦の白組司会者となった。国民的アイドルとして飛躍していく中で、稽古に1カ月、本番に1カ月かかる舞台に取り組めるタイミングはなかなか来ず、気づけば12年が過ぎていた。しかし、その間も次回作の構想を宮田と語り合ってきたという。 「ついにそのときが来たという喜びと、ついに来ちゃったかという怖さがあります(笑)。でも、僕も12年分の経験値を得ていますから、もうシゴキとは感じないかもしれない。自分の感覚がどう変化したのかを感じるのが楽しみです」  もうすぐ40歳。人間的な深みが増した今だから表現できる役なのもうれしい。 「持っている力をすべて吐き出して、やりきりたいと思っています」 (ライター・大道絵里子)※AERA 2022年5月30日号

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    ロシアを食い荒らす「オリガルヒ」が、ウクライナ侵攻後もプーチンを支え続ける理由

     ロシア軍のウクライナ侵攻に対する制裁措置として、日本政府は8日にロシアとベラルーシの政府関係者32名と12の団体に対する資産凍結の実施を発表した。欧米ではすでに新たな制裁対象をオリガルヒと呼ばれる新興財閥の有力者らにも拡大しており、アメリカのバイデン大統領は1日に行った一般教書演説の中でオリガルヒについても言及。「あなたたちが不正な手段によって得た利益を、われわれは取りに行くつもりだ」と厳しい言葉で語り、司法省傘下にオリガルヒ追及チームを設置することを発表した。オリガルヒ追及をめぐる動きは欧州連合(EU)でも活発化しており、議長国のフランスは9日にオリガルヒとロシアの高官に対する新たな制裁で合意に達したことを発表している。なぜビジネスパーソンであるはずのオリガルヒが一連の制裁で対象となっているのか。ロシアの社会や政治におけるオリガルヒの影響力とはどのようなものなのか。「少数による支配」を意味するギリシャ語が語源とされるオリガルヒについて、本稿では考えてみたい。(ジャーナリスト 仲野博文) ソ連崩壊後を牛耳ったオリガルヒのプーチン大統領就任後の明暗  国際通貨基金(IMF)の調べによると、ロシアの2021年の国内総生産(GDP)は約1兆4600億ドルで(世界11位)、ブラジルやオーストラリアと近い額になっている。アメリカや中国、日本はもちろんだが、ドイツやイタリア、韓国といった国も、GDPではロシアを超えている。一方、ロシア国内のビリオネア(10億ドル以上の資産を持つ者)は現在117人いるとされ、これだけを見ると世界第5位になる。  人口では日本より約2000万人多いが、GDPでは日本の3分の1以下となるロシアで、ビリオネアの数が日本の倍以上という現状から、ロシア国内の深刻な経済格差が垣間見える。だが、それ以上に興味深いのはロシアのビリオネアの大半が「オリガルヒ」に分類されている面々という点だ。  アメリカ財務省が作成した制裁対象者のリストには、約200人の政府関係者(プーチン大統領から官僚までが含まれる)と19人の国営企業トップ、そして96人のオリガルヒが含まれていた。  その中には、2003年にイングランド・プレミアリーグのサッカークラブ「チェルシーFC」を買収し、ポケットマネーで多くの有名選手を獲得し、クラブを強豪の一つに押し上げた実業家のロマン・アブラモビッチ氏の名前も記載されていた。  プーチン大統領と近い関係にあるとされる同氏だが、3日にはチェルシーFCの経営権を売却する意向を表明。売却の純益は新たに創設する財団に全て寄付し、ウクライナにおける戦争の犠牲者を支援するために使うのだという。  一部のオリガルヒは1991年のソ連崩壊前から大金を稼いでいたが、当時は大富豪になるだけのビジネスを展開していたわけではなく、規制が厳しかった西側諸国の製品を輸入し(その多くは密輸)、コンピューターなどは一般人の稼ぎでは購入できない金額で販売していたという。  だが、ソ連崩壊後に発足したロシアのエリツィン政権でオリガルヒの力は一気に増大。オリガルヒやマフィアがロシアの政治に頻繁に絡んでくるようになった。ソ連崩壊後のロシアにおける政治環境が混沌としていたことも理由ではあるが、カネ(賄賂)で物事が決まる傾向がより強くなった時代でもあった。  1998年に財政危機に見舞われたロシアでは、前年に発生したアジア通貨危機とのダブルパンチで、デフォルトが発生した。この際に巨額の財産を失ったオリガルヒもいたが、財政危機を乗り越えたオリガルヒや新たに生まれたオリガルヒは、これまで以上に影響力を持つようになっていたのだ。  順風満帆に見えたオリガルヒだが、2000年に大きな転換期を迎える。ゲームチェンジャーとなったのは、同年5月に第2代ロシア大統領に就任したウラジミール・プーチンであった。  プーチン大統領は大統領就任から2カ月ほどたった2000年7月28日、21人のオリガルヒを集め、プーチン政権の経済政策などについて話し合いを行った。しかし、話の中心は今後の経済政策ではなく、実際にはプーチン大統領に忠誠を誓うかどうかの踏み絵をさせ、残す者と排除する者を決めたとされる。この会談の様子を記録したニュース映像は現在も残っているが、多くのオリガルヒが文字通り顔面蒼白(そうはく)の状態であった。  プーチン大統領と距離を置いたり、反プーチンを声高に叫ぶオリガルヒもいた。2006年8月に経営破綻したロシアの石油会社「ユコス」の元社長で、2003年時点で1兆5000億円以上の資産を保有し、ロシア一の大富豪とされたミハイル・ホドルコフスキー氏はプーチン政権の政策を公然と批判し、野党への政治献金を繰り返した。 しかし、ホドルコフスキー氏は2003年に脱税の容疑で逮捕。2005年に禁錮10年の刑を科せられ、2013年12月にプーチン大統領による恩赦で釈放され、国を追われる形でイギリスに移住。現在も生活の中心はイギリスだ。  プーチン大統領によるアメとムチによって、多くのオルガリヒがプーチン大統領と一蓮托生(いちれんたくしょう)の関係となり、同時に個人の資産もさらに増やしていくようになったのだ。 オリガルヒが造反してもプーチン政権への影響は限定的  昨年4月に経済誌フォーブスが発表した世界のビリオネアの保有資産額に目を向けると、ロシアのオリガルヒで最もリッチな人物とされるアレクセイ・モルダショフ氏の資産が約3兆円で(世界第51位)、それにウラジミール・ポターニン氏(約2兆8000億円)、ウラジミール・リシン氏(約2兆7000億円)という順に続く。  ロシア国内で少なくとも18人が1兆円以上の資産を保有し、そのうちオリガルヒと無関係なのは、ロシア最大のSNS「VK」や通信アプリ「テレグラム」の創設者として知られるパーヴェル・ドゥーロフ氏や、ロシア最大のECサイト「ワイルドベリーズ」の創設者で、唯一の女性でもある韓国系ロシア人のタチヤーナ・バカルチュク氏ら数名に限られる。  ドゥーロフ氏とバカルチュク氏に共通するのは、ロシア以外の国でも見られるIT企業を自分で創設して億万長者になったことだ。  また、プーチン大統領やロシア政府の中枢に近付きすぎないスタンスを取っていることも共通している。  ドゥーロフ氏はフェイスブックにインスパイアされてVKの開発を始めたが、クリミア危機が発生した2014年4月にVKの最高経営責任者を解任されている。  解任の1週間前、ドゥーロフ氏はロシアの治安機関から反プーチンデモに参加しているウクライナ人ユーザーの個人データを提出するように求められたが、これを拒否。さらにロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の個人ページを削除するようにも求められたが、こちらも断固として拒否していた。  バカルチュク氏はECサイトの代表ということもあり、ドゥーロフ氏のように治安機関から何らかの要請を受けたという話は無い。大学卒業後に英語教師として働いていた彼女は2004年、28歳の時に産休で多くの時間を自宅のアパートで過ごしていた。その際にネットでほしいものが購入できれば便利だと考え、700ドル相当の貯金を切り崩して、ワイルドベリーズを立ち上げた。IT企業でエンジニアとして働いていた夫の助けもあり、ワイルドベリーは順調に業績を上げ、2017年にロシア最大のECサイトとなった。  プーチン政権と親密な関係にある実業家がより多くの利益を手にしてきたロシアの社会構造について、アメリカのサウスカロライナ大学で准教授として経済を専門に教鞭をとるスタニスラフ・マルクス氏にオリガルヒが社会に与える影響について聞いた。  マルクス氏は幼少期をロシアとウクライナで過ごし、ドイツに移住。これまでに、ロシア経済やオリガルヒに関する論文や著作を発表している。マルクス氏はオルガリヒが大きな影響力を持つロシア経済に、次のように警鐘を鳴らす。 「(米アマゾン・ドット・コムの創業者である)ジェフ・ベゾス氏や(米テスラ最高経営責任者の)イーロン・マスク氏のように、一般人とは比較できないくらいの資産を持つ人はたくさんいますし、アメリカでは経済格差も大きな問題となっています。ただし、ロシアと大きく違うのは、ベゾス氏やマスク氏といった実業家はゼロからのスタートで、世界的な企業を作り上げたということです。大統領やその側近らによって、成功を確約された状態でビジネスをしてきたわけではないのです。これがロシアとの大きな違いです。ロシアではベゾス氏やマスク氏のような実業家が誕生するのは、構造的に非常に難しいのです」  オリガルヒはロシアだけではなく、ウクライナにも存在するが、彼らに対する世論はそれぞれの国で異なっていたとマルクス氏は語る。 「ロシアでもウクライナでも、ソ連崩壊後に国営企業の民営化の過程で、うまくチャンスを手にした者がオリガルヒになりました。ロシアでは90年代にオリガルヒが莫大な資金力を背景に政治に介入するようになり、それぞれの事業に有利な法案を通過させ、自治体のトップになる人物もいました。この構造を変えようとしたのがプーチンですが、結果的に自らにとって都合のいいオリガルヒを残すだけになりました。ウクライナではゼレンスキー大統領が誕生するまで、オリガルヒに対する規制などがほとんど行われてきませんでした。前任のポロシェンコ大統領やティモシェンコ元首相は有名なオリガルヒです」  経済制裁対策との見方もあるが、プーチン大統領と親密な関係にあるオリガルヒから、ロシア軍の軍事侵攻に反対すると声を上げる者や、ロシア国籍を捨てる意向があると表明した者もいる。しかし、マルクス氏は、オルガリヒが造反したとしてもプーチン政権の基盤に大きな影響は出ないと語る。 「オリガルヒが結束して反プーチンの姿勢を明確にしたとしても、それがすぐにプーチン政権の終わりを意味するとは思えません。また、プーチン大統領に背を向けることは、彼らの将来の終わりも意味するため、リスクが非常に高いのです。現実的ではないですね。ただし、確率としては非常に低いですが、オリガルヒではなく、軍のような大きな力を持つ組織がプーチン大統領に背を向け始めた場合は、話は大きく変わってきます」  ロシア軍のウクライナ侵攻がいつどのような形で終わるのかは誰にも分からない。しかし、オリガルヒへの規制と徹底した汚職対策は、ロシアとウクライナの両方で「待ったなし」の状態だ。マルクス氏が語る。 「私はソ連崩壊後のロシアとウクライナが『ピラニア資本主義』の犠牲になってきたと考えています。政府や自治体、民間企業がまとまった予算を出しても、オリガルヒや官僚がピラニアのように集まり、中抜きや賄賂という形で食い荒らしていくのです。ピラニアに食い荒らされた社会が30年も続いているのです」  ロシアでは2007年に国防大臣に就任したアナトーリ・セルジュコフ氏が、国防省やロシア軍部隊にまん延していた汚職の摘発を積極的に行い、ロシア軍の組織改革や兵力削減に向けて動いていたが、2012年に国防省傘下企業との間で横領事件に関与したとして、突然国防相を解任されている。オリガルヒが関与しない領域でも、ロシア社会の至る所に無数のピラニアが生息しているようだ。 仲野博文ジャーナリスト甲南大学卒業、米エマーソン大学でジャーナリズムの修士号を取得。ワシントンDCで日本の報道機関に勤務後、フリーに転身。2007年冬まで、日本のメディアに向けてアメリカの様々な情報を発信する。08年より東京を拠点にジャーナリストとしての活動を開始。アメリカや西ヨーロッパの軍事・犯罪・人種問題を得意とする。ツイッター:twitter.com/hirofuminakano

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    ウクライナ侵攻が起きている今こそ「世界を別の角度から見ること」を考える一冊

     AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。 『教えて! タリバンのこと 世界の見かたが変わる緊急講座』は、内藤正典さんの著書。日本では、欧米中心の視点から語られがちだったアフガニスタンとタリバンの問題。だがそれだけで本当にいいのだろうか?イスラムに詳しい著者がさまざまな疑問を提示しつつ「世界を別の角度から見ること」や「土台の異なる他者との対話」の大切さを訴える。オンライン講座をまとめた、わかりやすい一冊。内藤さんに、同書にかける思いを聞いた。 *  *  *  ロシアによるウクライナ侵攻が始まってすぐ、内藤正典さん(65)に話を聞きたいと思った。内藤さんは常日頃Twitterやメルマガで、現代イスラム研究者・多文化共生論研究者としての知見に基づいた発言を続けている。ともすれば欧米に引き寄せられがちな日本の中で、シリアやトルコとも縁の深い内藤さんの視点は異色のものだ。ウクライナ侵攻では内藤さんが伝えるトルコの情報に厚みがあった。 「ロシアもウクライナもトルコも黒海に面する隣同士。トルコのテレビでは、ウクライナ侵攻が始まったその日に『マリウポリが激戦地になる』と言っていました。マリウポリは2014年にロシアが奪ったクリミアとロシアとの中継地点で、黒海から運び出す物資の輸送には絶対に必要な場所に位置しているからです。そしてトルコは黒海からの出口であるボスポラス海峡を管理する国なのです」  大帝国だったトルコには欧州やロシアを冷徹に観察する力がある。NATOのメンバーながらずっと旧ソ連・ロシアとの往来も続けてきた。どこの同盟にも頼らず排除もしない覚悟があり、今回はウクライナとロシアの仲介役を務めるという老練さを発揮している。 「それに比べたらアメリカは単純の極み。中東の人たちは『アメリカが手を突っ込んできたらろくなことにならない』という見方で一致しています。イラクもそう、アフガニスタンもそう。特にアフガニスタンでは米軍は負けて撤退したのに、欧米メディアはそう言わないですね。タリバンは古い兵器しかなかったけれど最新型兵器を持っている欧米に負けなかった。それはなぜなのか考えなくてはなりません」  内藤さんはタリバンの考え方に共鳴しているわけではない。だが、リベラルデモクラシーを一方的に押し付けても彼らが従わないことをよく知っている。「民主主義」や「人権」がどこでも歓迎されるわけではないのだ。  本書ではアフガニスタン独自の問題、イスラムの基礎知識、西欧との関係性など多彩なテーマをわかりやすい言葉で解説している。中学生なら十分理解でき、大人にもわかりやすい。タリバンに対する先入観を排除し、その上で多角的に物事を見ていく大切さが自然に心に染みていく仕掛けである。少なくとも「せっかく民主主義になる機会を与えたのにまたタリバン支配に戻るとは」という傲慢(ごうまん)な考え方には走らないだろう。 「学問的に新しい知見も入れてあります。嬉(うれ)しいのは同じ路線の著作『となりのイスラム』も含めて、高校・大学の入試や予備校の試験問題にたくさん取り上げていただいていること。同じ問題意識を持つ先生たちが多いのでしょう」  本書の帯には「水と油でも共に生きていくために」という言葉がある。確かにそれ以外、私たちに道はないのだ。(ライター・千葉望) ※AERA 2022年5月30日号

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    7時間前

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    「ウクライナに勝利を!」中国ネットユーザーの間で広まる「反プーチン」のなぜ

     ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から2週間以上が経過した。いまだ平和的な解決には程遠い情勢だが、ここに来て中国の出方に注目が集まっている。ともに強権国家で、中ロ関係の結束が固いことはよく知られているが、一方で中国にとってウクライナも友好国のひとつ。3月1日には、ウクライナ外相が中国の王毅外相と電話会談を行い、仲介を求めたことが明らかとなっている。  侵攻に関し、今のところ中国は表立って支持はせず、「ロシア側の決断を尊重する」と言うにとどまっている。国連総会の緊急特別会合での対ロ非難決議も、中国はインドやベトナムとともに棄権し、「反対」には回らなかった。  こうした中、中国国内のネット上では興味深い現象も起こっている。中国でも今回のウクライナ情勢について、国営メディアなどは大きく報じており、中国版Twitter(微博)でもウクライナ情勢に関連する見出しが連日トレンド入りしている。また微博では当初、ロシアの軍事侵攻を支持する内容のコメントが多く寄せられていたのだが、徐々に反戦を訴える内容やロシアを批判する内容のコメントが増えてきているのだ。  まず多いのは、反戦を訴える投稿だ。 「もう攻撃するのを止めて。平和を願う」「早く停戦するべき。被害を受けるのは一般市民ばかりなのだから」  さらに、ロシア軍への批判も多く寄せられている。 「ロシア軍は早く自分の国に帰れ」「ロシアが他国を侵略した。支持者は金で買われたのか?」「ロシアは本当に恥知らずだ」  なかには、プーチン大統領を名指しで非難するユーザーも。 「まさにプーチン帝国主義だ」「プーチンは正真正銘の侵略者だ」  このように、中国ではロシアに厳しい言葉がSNS上で飛び交っているが、いまのところ当局からの大規模な削除にはいたっていない。いったいなぜなのか。中国ネット事情に詳しいライターの広瀬大介氏は言う。 「政府の方針と異なる政治的なコメントは通常、監視当局によって削除されることが多いのですが、今回は削除されずに残っているケースも多い。最近はウクライナ支持のコメントが目立っています。子供の救出シーンやゼレンスキー大統領の演説など、全て中国語に翻訳されリアルタイムで紹介されており、中国国内のネットユーザーをうまく味方に付けようというウクライナの戦略が奏功しているのだと思います。在中国ウクライナ大使館の公式微博アカウントには応援コメントが殺到し、ロシアを非難する声明に万単位の『いいね』がついています。寄付を募る投稿はさすがにコメント欄が閉鎖されていましたが、3400回以上リツイートされているので、実際に寄付した中国人もいると予想されます」 ■中国はロシアを信用していない  SNS以外でもウクライナ寄りの報道が少なくない。中国メディア「東方網」(2月24日)は、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まった直後、現地の中国人留学生がウクライナ人の大家によって地下室にかくまわれた話を感動的に伝えている。さらに、「中国網易新聞」(3月3日)は、106名の現地中国人が大使館によって手配された大型バスで国境を超えポーランドに脱出した出来事について、「現地ウクライナ警察が警察車両でバスを安全に誘導してくれた」と報じ、中国のネットユーザーからは感謝の言葉が多く寄せられているのだ。  そもそもウクライナと中国は密接な関係にあり、現在、6000人以上の中国人が留学やビジネスのため滞在しているという(在ウクライナ中国大使館発表)。経済的な結びつきも深く、両国の貿易額は193億ドルにも上り、トウモロコシは823万トン、大麦は321万トンが中国へ輸入されているが、これらは中国の全輸入量の3割を占めている(2021年度、中国税関発表)。また軍事的関係も深く、中国初の空母「遼寧」はウクライナから購入したことは有名な話だ。さらにウクライナは「一帯一路」の要所に位置していることから、中国資本による投資も活発化していた。  中国事情に詳しいジャーナリストの周来友氏はこう述べる。 「ウクライナ侵攻を巡っては、中国国民は二分化されている印象です。知識や教養のある大卒以上の人は、ウクライナの肩を持つ人が多く、政府の反米プロパガンダを信じる層はロシアを擁護する傾向にある。ソ連崩壊後、ウクライナから多くの技術者が中国に渡り、情報や技術を提供しました。それがいかに現在の中国の科学・軍事技術の発展に寄与したかを知識のある人は知っており、シンパシーを感じている層が多いのです。一方、中国政府がどっちつかずの態度を取っているのは、根底にロシアへの不信感があります。中ロは蜜月関係にあると思われがちですが、アメリカと戦うために“仕方なく”仲良くしているという側面もある。1対1ではアメリカに勝てないことは、中国政府も重々承知していますからね。しかし、本音ではソ連時代に国境紛争を繰り返し、旧ソ連に領土を譲歩したり奪われた記憶も強く残っています。習近平国家主席としては、全面的にロシアに追随せず逃げ道を作っているという状況でしょう」  中国民衆の間で高まるウクライナ支持の声に、果たして、習近平指導部はどう出るのか。(山重慶子)

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    「脱マスク」の政府見解に悲鳴 「マスクを外せない人」たちの背景に匿名性と安心感

     新型コロナ対策のマスク着用について、日本でも脱マスクへの動きが進みそうだ。20日、厚生労働省は新型コロナウイルス対策のマスク着用について、人との距離が2メートル以上あれば、屋内でも屋外でも、多くの場合はマスクを外せるとする基準を公表した。夏に向けてマスクを外せる機会が増えることは朗報だが、これに複雑な思いを抱く人たちもいる。さまざまな事情から「マスクを外せない人」の気持ちを取材した。 *  *  * 「『マスク外したら、かわいくない』って、みんなからショック受けられたらどうしよう……」  最近、都内の男子大学生(21)は女友だちからこんな不安を打ち明けられた。「みんな」のなかには、気になる相手も含まれるのだろう。 「脱マスク」の流れが進むなか、これまでマスクで隠していた「顔」をさらすことに不安を覚えている様子だった。  男性は友だちの気持ちはよく分かると話す。 「僕も昔から、鼻と口の形にコンプレックスを持っていました。しゃべると片側の口角だけが上がってしまうので、人に見られるのがイヤでした。でも、コロナ禍でマスクを着用するようになったら、ちょうど口も鼻も隠せる。マスクのおかげで口元を見られなくて済むようになると、人と話すことが苦痛でなくなったんです」  彼の妹もいわゆる「出っ歯」。しかし、マスク生活に入ってから妹は、「生き生きとして、性格も明るくなった」(男性)というのだ。  また、この男性はアルバイト先の先輩である50代の女性にこう言われた経験がある。 「水を飲むから、見ないでね」   つまり、マスクを外した顔を見るなという意味だ。この心理について、都内に住む40代の会社員女性はこう代弁する。 「マスクは老けた印象を強めるあごのたるみや、ほうれい線を隠すことができるから便利なんです。何よりうれしいのは、高めの位置で装着すると、ちょうど、目の下のたるみを隠せることです」  コロナ禍以降、この女性はメークをサボりがちになったそうだが、以前より若く見られることが多くなったとうれしさを隠さない。さらにマスクをつけるメリットを強調する。 「マスクを装着することで目線の向く先が目立たなくなるので、苦手な上司や同僚と目を合わせなくても、不自然に思われないのもいいですよね」  冒頭の大学生やこの女性のように、マスクを装着することで安心感を覚えている人は少なくないようだ。  精神科医の井上智介さんが解説する。 「実は、マスクがバリアーや防御の役目を果たすという心理は、コロナ禍前からありました。マスクで顔が隠れるのは、自分が人目にさらされる部分を少なくすることでもあります」  コロナ禍でメークも運動もしなくなり、めっきり老けた自分を今さらさらすのは恥ずかしい。  この心理の裏にあるのは、マスクによって自分を隠す「匿名性」による安心感なのだと井上医師は話す。 井上医師は、産業医として多くのビジネスパーソンの悩みに向き合ったきた。 「会社でプレゼンテーションをする際に、マスクを装着していると視線が気にならずに落ち着く」 「苦手な上司と仕事をする時も、マスク越しであれば気持ちが楽になることに気づいた」   そう吐露する患者が、コロナ禍を機に2~3割は増えたという。  こうした人たちの追い風になったのは、コロナ禍で「マスクをつけることは正しい」という価値観に世間の意識が変化したことだ。 「以前は風邪でもマスクをつける人はそう多くはなかったので、うつを患うなどでマスクを手放せなかった人は、ひどく目立ってしまい『人の視線が怖い』とジレンマに苦しんでいました。視線を避けるためのマスクが逆に注目を集めてしまっていたのです。しかし、コロナ禍によって違和感なくマスクを防御壁として使うことができるようになった」  マスクで助けられたと口にするのは、精神的に悩みを抱えるひとばかりではない。 「相手にいら立ちを覚えても、表情が顔で隠れるから助かります」  井上医師によれば、クレーマーに対応する飲食店の店員や、部下を持つ中間管理職には、こんな本音を漏らす人も珍しくないという。 「マスクによるバリアーは、何も特別なことではありません。人が自宅に戻るとホッとするのと同じです。家の壁や屋根によって、人は自分だけのプライベートな空間を保持することができる。マスクも同じ効果を発揮したということです」(井上医師)  だがコロナ感染者が落ち着きつつある今、政府は戸外で会話の少ない場合にはマスクは不要との見解を示した。欧米やアジアなど、海外でも脱マスクへの動きは加速している。  こうした状況のなか、「マスクを外せない人たち」はどうすればいいのか。   心理学者でコミュニケーションに詳しい佐藤綾子・ハリウッド大学教授はこうアドバイスをする。 「人間は初対面の相手に対して、顔から表情や造りなどの情報を読み取ることで、相手がどのような人物なのかを判断します。なので、マスクで顔の3分の1を隠してしまうよりは、本来は顔を出した方がお互いにコミュニケーションを取りやすいはずなのです」  そうはいっても、マスクを外すと、顔のたるみや老化が気になる――そう尻ごみをする人も多いだろう。その場合は、表情筋を鍛えることで、脱マスクの恥ずかしさを克服することも可能だという。  「人の顔で、もっとも動かしやすく豊かに表情を作ることができるのは、口周りの口輪筋です。マスク生活で顔の筋肉を動かさない生活が続いたことで、顔の筋肉がたるみ老け込むのは当たり前です」  さらに「マスクで隠れるから」と動かさないでいると顔の筋肉が固まってしまうという。 「試しに、にっこりと笑ってみてください。コロナ前よりも、ぎこちない笑顔になっているはずです。この口輪筋を鍛えることで、筋肉に柔らかさが戻り、すてきな表情で笑うことができるはずです」  では、マスクを外すと歯並びや自分の顔に自信がない人は、どうすればいいのか。 「マスク生活が続くうちに、歯科矯正やホワイトニングなどを試すのもいい。自信がつくならばそれもひとつの方法です。そこに予算をかけたくないひとは、『わたしは、歯並びは良くないけれど、笑顔はすてきよ』と、発想を切り替えるべくちょっとだけ努力するのもひとつの選択です。ただ、コミュニケーションの武器となる顔を隠してしまうのは、もったいないですよ」(佐藤教授)  屋内でもマスク解禁となるまでには、まだ時間がかかるだろう。その間に、筋トレに励んだり、エステサロンに駆け込んだりするのもいいかもしれない。  ただし、先の井上医師はこうも話す。  「世の中の流れとしては、脱マスク歓迎でしょう。一方で、マスクを外すのに勇気が必要であったり、負担と感じる人もいます。そうした人は、無理をしないでもいいんですよ」 (AERA dot.編集部・永井貴子)

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    19時間前

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    巨人は近年この時期に“活発化” 今年トレードで動きそうなチーム&狙い目を探った

     今月24日からセ・パ交流戦に突入したプロ野球。両リーグとも徐々に上位、下位のゲーム差が開きつつあるが、レギュラーシーズンの約2/3が残っていることを考えると、まだまだ大きく順位が変動することも考えられるだろう。そしてこの時期に注目なのが球団間による交換トレードだ。2019年からの過去3シーズンを振り返ってみても6月、7月に成立したトレードは合計12件(2019年6件、2020年2件、2021年4件)と各球団ともに、毎年この時期になると動きが活発化していることが分かる。  では今年動くとすればどの球団なのか、そして他球団から狙い目と言える選手はどんな顔ぶれになるのか探ってみた。まず過去3年でシーズン中にトレード(金銭含む)を行った回数を球団ごとにまとめてみたところ、以下のような結果となった。 ■セ・リーグ巨人:9回阪神:4回中日:3回(2019年のモヤの金銭による移籍は1回でカウント)広島:2回DeNA:1回ヤクルト:0回 ■パ・リーグ楽天:7回ロッテ:4回日本ハム:4回オリックス:3回(2019年のモヤの金銭による移籍は1回でカウント)ソフトバンク:1回西武:1回  作戦上のサインの問題などもあって、過去3年間は全て両リーグ間のトレードとなっている。中でも目立つのがやはりそれぞれのリーグで最も多い回数となっている巨人と楽天の2球団だ。巨人は現在、首位ヤクルトから1ゲーム差の2位と優勝を狙える位置につけているが、不安要素は投手陣にある。特にリリーフ陣はルーキーの大勢がクローザーに定着しているものの1年間を通じて調子を維持できるかは未知数であり、そこに繋ぐまでの中継ぎも万全とは言い難い状況だ。故障で出遅れている中川皓太や鍵谷陽平、調整中のビエイラの復帰が遅れるようであれば、ブルペン陣のテコ入れのためにトレードに動くことも十分に考えられるだろう。特に左投手は中川の不在が響いているだけに、すぐに使える投手が欲しいところだ。  そこで狙い目になりそうなのがオリックスの山田修義だ。現在は新外国人のビドルの存在もあって二軍で調整となっているが、昨年までは3年連続で40試合以上に登板しており、実績は申し分ない。今年も二軍ではイニング数を上回る三振を奪うなど、まだまだその力は健在である。巨人にとっては非常に魅力的な存在であることは間違いないだろう。  一方のオリックスは昨年ブレイクした杉本裕太郎、紅林弘太郎の2人が揃って不振に陥っており、得点力不足に苦しんでいる。特に長打力のある右打者が欲しいだけに、巨人の二軍で常に結果を残し続けている石川慎吾などは補強ポイントにピッタリ当てはまる。山田と石川のトレードとなれば両球団、両選手にとってもメリットが大きいのではないだろうか。  パ・リーグで近年この時期に最も動きを見せている楽天は現在首位を走っており、近年の大型補強もあって選手層は厚くなっているが、投手も野手も中堅、ベテランが多いだけに、将来に向けて他球団の有望な若手を狙うトレードをしかけることは考えられる。特に投手陣は早川隆久以外、若手で主力級となっている選手はいないだけに、トレードで獲得するというのも一つの手である。  素材型の若手投手として面白いのがDeNAの京山将弥だ。2018年に一軍で6勝をマークしたものの、その後は停滞が続き、今年も一軍昇格を果たすことができていない。DeNAも投手事情は苦しいが、それでも二軍での登板が続いており、昨年のドラフトでは京山より1つ下の学年で、同じ右投手の徳山壮磨、三浦銀二を獲得しているだけに球団として抜擢する機運が低くなっているように見える。逆にDeNAはすぐに使える投手が欲しいだけに、リリーフで実績がありながら今年は出番の少ない酒居知史などが交換要員となれば、楽天からの打診に応じる可能性はありそうだ。  その他の球団でやはり動向が注目されるのが日本ハムだ。先日も新庄剛志監督が大型トレードを検討すると発言しており、大胆な動きに出ることも十分に考えられる。“大型”というだけのインパクトがあり、現在二軍で調整中の選手となると藤浪晋太郎(阪神)、京田陽太(中日)、野村祐輔(広島)などの名前が挙がる。  特に力のストレートがある藤浪と、守備力の高いショートである京田は補強ポイントという意味でもマッチしている。実現性は低いことは確かだが、日本ハムが現在も一軍でプレーしている主力クラスを交換要員とすれば、現在チームが低迷している阪神と中日も動く可能性はないとは言えないだろう。  今年のオフには現役ドラフトの導入も検討されているが、トレードがきっかけでブレイク、再ブレイクする選手は確かに存在している。それだけに今年もトレード期間終了までに活発な動きが出てくることを期待したい。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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    7時間前

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    「捕手のドラ1」はほぼ大成しない? 12球団で育成に成功、失敗した球団はどこだ

     今年も多くのルーキーが既に一軍デビューを果たしているプロ野球だが、そんな中でも最も注目を集めているのがロッテの松川虎生である。プロ野球史上3人目となる高卒ルーキーでの開幕スタメンを勝ち取ると、4月10日には佐々木朗希の完全試合を好リード。24日の試合では判定に不服な態度を見せた佐々木に対して激高した白井一行球審をなだめる姿も話題となった。松川がこのまま正捕手に定着できるかは未知数であるが、プロ野球人生の好スタートを切ったことは間違いないだろう。  キャッチャーというポジションはその特異性から評価が難しいと言われており、過去5年のドラフトを見ても松川以外で1位指名された捕手は2017年の中村奨成(広島)と村上宗隆(ヤクルト)だけ。村上はプロ入り後すぐにサードへコンバートとなり、中村も現在は外野を守ることが多くなっている。近年では複数の捕手を併用するケースも増えているが、不動の正捕手がいると他のキャッチャーはどうしても出番が少なくなり、将来の正捕手として期待されて入団しても控えのまま終わる選手も多い。  そんな中で最も上手く期待通り正捕手を固定できている球団と言えばやはり西武になるだろう。1981年のドラフト1位でその後の黄金期を支えることになる伊東勤を指名。ちなみに伊東は熊本工でプレーしていたが、当時西武の監督を務めていた根本陸夫のはからいで所沢高校へ転校し、球団職員としても採用する“囲い込み”をしたうえで1位指名したという経緯もある。それだけ根本が伊東の才能を高く評価していたことがよく分かるだろう。伊東はその期待に応えてベストナイン10回、ゴールデングラブ11回を受賞するなどリーグを代表する捕手となっている。  伊東の後の正捕手を見ても細川亨(2001年自由枠)、炭谷銀仁朗(2005年高校生ドラフト1位)、そして現在の森友哉(2013年1位)その年のドラフトの最上位で指名した選手が続いており、全員がベストナインに選ばれているのだ。これだけ揃って1位指名した捕手が活躍している球団は他には見当たらない。有望な捕手を見出し、育てるということに関しては12球団でもナンバーワンと言えるだろう。  西武に次いで近年目立つのが巨人だ。山倉和博(1977年1位)の後はしばらく絶対的な正捕手が育たず、1995年1位の原俊介も結果を残すことはできなかったが、大ヒットとなったのはやはり阿部慎之助(2000年1位)だ。当時は逆指名制度があったため、早くから阿部を徹底マークして入団にこぎつけると、プロ入り後も1年目からレギュラーに定着。若い頃はリード面を酷評されることもあったが、年々攻守に安定感が増し、2132安打、406本塁打を記録するなど強打の捕手として長く活躍した。そして阿部の後釜となったのが小林誠司(2013年1位)だ。過去2年間は苦しんでいるものの、2016年からは4年連続でリーグトップの盗塁阻止率をマークするなど球界を代表する強肩捕手として活躍している。西武が伊東、炭谷、森と高卒選手が多いのとは逆に山倉、阿部、小林と大卒、社会人の選手が揃っているというのも対照的で面白い。  逆に1位指名の捕手が大成していないのが広島だ。達川光男の後釜として指名した瀬戸輝信(1990年1位)は球団の高い期待を受けながらプロの壁に苦しみ低迷。プロ5年目以降に二番手捕手として一軍には定着したが、最後まで正捕手という地位を築くことはできなかった。地元である広陵高校出身の大型捕手として期待されたのが白浜裕太(2003年1巡目)だ。高校3年春には西村健太朗(元巨人)とバッテリーを組んで甲子園優勝を果たすなど超高校級捕手として注目を集めたが、プロでは一度も一軍に定着できていない。現在も現役を続けているが一軍の戦力としては考えづらく、期待した通りの活躍はできなかった。また冒頭で触れた中村奨成も現在のチーム事情を考えると、正捕手定着の可能性は高くはないだろう。  阪神、中日も近年は苦しんでいる印象が強い。阪神はかつては田淵幸一(1968年1位)、木戸克彦(1982年1位)と1位指名から正捕手を輩出しているが、その後は中谷仁(1997年1位)、浅井良(2001年自由枠)、岡崎太一(2004年自由枠)と多くの選手を最高順位で指名しながらレギュラーにすることはできていない。  また中日も中尾孝義(1980年1位)、中村武志(1984年1位)と名捕手が続いた後は前田章宏(2001年1巡目)、田中大輔(2006年大学生・社会人1位)と正捕手として期待した捕手が活躍することができなかった。阪神は矢野燿大、中日は谷繁元信という他球団から移籍した捕手が長くプレーしてきた影響は大きく、改めて捕手の世代交代の難しさが感じられる。  今年のドラフト戦線は1位指名間違いなしという大物捕手は不在だが、来年は守備力、打力ともに高いレベルで備えた進藤勇也(上武大)が早くから注目を集めている。少し気が早い話だが、将来の正捕手を考えて進藤に1位指名する球団が出てくることも、十分に考えられるだろう。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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    場所もジャンルも垣根を分けないことが自分流 ピアニスト・音楽家、角野隼斗

     ピアニスト・音楽家、角野隼斗。昨年10月のショパンコンクールでセミファイナルに進出、世界にピアニストとして角野隼斗の存在が周知された。クラシックだけではない。YouTubeでは「かてぃん」の名前で、さまざまなジャンルの音楽を配信し、登録者数は98万人を超える。一つのことだけではおさまりきらない好奇心と、それを最高のレベルにまで持っていく探究心。新しい音楽の世界の幕が上がる。 *  *  *  乳白と漆黒の鍵盤の上で、美しい手が舞うように動いている。演奏の主は、優雅で夢見るようなまなざしの青年だ。細く、長い指先が時折、緊張で小刻みに震える。その震えが、古色蒼然(こしょくそうぜん)としたホールで進行中のドラマを伝える。  昨年10月、ワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールは、反田(そりた)恭平、小林愛実(あいみ)と二人の日本人入賞者が出たことで話題を集めたが、同時にセミファイナルに進んだピアニスト、角野隼斗(すみのはやと)(26)の存在が世界に周知される節目でもあった。 「上品で華やか」「ショパンにそっくり」「クラシック界の殻を打ち破る光明」「彼をどう評価するかで審査員も評価される」……。  コンクール主催者が配信するYouTubeの公式サイトでは、ファーストラウンドから他の参加者を圧倒する259万回の再生数を示し、コメントが続々と付いた。セミファイナルまでの全3ラウンドの再生数は、優勝したブルース・リウの全4ラウンド454万回を超える482万回。  正統の雰囲気を湛(たた)えながら洒脱(しゃだつ)で現代的、さらに理知的な角野のショパンは、権威の継承ではなく、今、この瞬間をともに生きている聴衆に差し出された、ピアノの新しい地平だった。 「クラシック、ジャズ、ポップス、ゲーム音楽と、垣根を分けないで、自分の興味のおもむくままにピアノを弾いてきた。そのアプローチが、ピアノの神髄(しんずい)であるショパンに通用するのか。コンクールでは、それに挑む気持ちがありました」  角野が語るように、彼は「角野隼斗」と「Cateen(かてぃん)」という二つの名前を使い分けながら、ジャンルを超えた活動を行っている。舞台はホール、スタジオ、ストリート、自宅とさまざま。ソロあり、ライブあり、コラボありと、形態も自在だ。とりわけ登録者数98万2千人、総再生回数1億回を超えるYouTubeのチャンネルはホームであり、配信という21世紀のテクノロジー&メディアなしに、角野の音楽は語れない。 ■数学も音楽も好き 東大か藝大かで迷う  私自身、角野を知ったのはYouTubeの動画だった。「かてぃん」名義で、彼と同じくピアニスト&ユーチューバーの「よみぃ」とコラボした「ナイト・オブ・ナイツ」。電子音で構成されるゲーム音楽をグランドピアノ2台で再現する試みで、2人が超高速で繰り出す音の連打が衝撃的だった。1970年代後半、クラシックの音楽教育を受けた坂本龍一は、電子楽器を用いることでテクノポップというイノベーションを起こしたが、時代が一巡して今、角野はそれをピアノで表現する。その倒置の中の先進性。ショパンが登場した際に、シューマンが放ったセリフがよみがえった。 「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」  ショパンコンクール以降、角野の人気と知名度は、リアルの世界でもぐんぐんと上がっていった。  2021年大みそかのNHK紅白歌合戦では、上白石萌音の伴奏を務め、年明けにはショパンとガーシュインを引っ提げた全国9カ所のツアーを完遂。THE FIRST TAKEでmilet(ミレイ)と共演し、ゆずのアルバム「PEOPLE」にピアノで参加。NTTドコモのCMに綾瀬はるかと出演し、4月開始のNHK「サタデーウオッチ9」では、番組内のすべての音楽を担当。4月にドイツでハンブルク交響楽団とバルトークのピアノ協奏曲第3番を共演したかと思えば、帰国後はブルーノート東京でジャズ・デイに参加。来る7月には「FUJI ROCK FESTIVAL ’22」への出演、9月にはポーランド国立放送交響楽団と全国ツアー……と、快進撃はとどまるところを知らない。 「飽きるのが怖い。同じ所に留まりたくない。その気持ちが僕を突き動かしています。今のところ、毎回、反省点がある。それってもっと上に行けるということ。だから、進まない理由がないんです」  弾丸のようなスケジュールをこなしながら、たたずまいは涼しげで、発言はどこか覚めている。ラフマニノフの大曲「パガニーニの主題による狂詩曲」「ピアノ協奏曲第2番」をオーケストラと演奏した直後も、疲弊した様子は一切見せず、楽屋で若い指揮者と音楽談議に興じていた。 「いや、アタマの中は興奮し切っているんです。ただ、それを表に出さない。中高の時にそういうマナーを身に付けてしまっていて」  生まれた時から常にピアノがそばにあった。桐朋学園大学ピアノ科を卒業し、ピアノ教師として実績を上げていた母、角野美智子の手ほどきで、自宅のグランドピアノに向かったのは3歳の時。それ以前から数字に対する興味が強く、時計の読み方や簡単な計算は幼稚園に上がる前に覚え、小学校低学年のころには、大学受験レベルの楽理も、すべて習得していたという。  4歳でピティナ・ピアノコンペティション全国大会に初入賞。6歳で、門下からピアニストが輩出していた金子勝子(84)に師事し、以後、内外の主要コンクールで次々と成果を収めた。そんな角野の存在は“神童”が集まる教室でも際立っていたと、金子は証言する。 「腕や手首のしなやかな筋力、長く細い指と、抜群の集中力。リズム感、テンポ感、フレーズ感、音色と小さいころから彼ならではのものがあり、勉強もできる。天からさまざまなものを授かっていましたね」  開成中学、高校に在学中は、数学の研究者か音楽家のどちらかが、将来に対するざっくりしたイメージだった。東大か、藝大か、進学先を迷ったが、周囲に藝大を受ける友人は一人もいない。 「だったらみんなと一緒に塾に通って、帰りにうどん食ったりしながら、勉強したい」  ということで、14年に東京大学理科一類に入学。工学部計数工学科数理情報工学コースで、音声情報処理を、さらに同大大学院で機械学習を用いた自動採譜と自動編曲を専攻。修士1年の時には、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)に留学し、最先端の音楽情報処理を研究した。 ■ピアノにバンドにゲーム 別の人格を持って楽しむ  この時までは、人生の針は数学方面に振れていた。IT企業でのインターンシップも行い、就職の準備も万全。世の母親が理想とする息子である。  だが、一筋縄ではいかない角野の感性は、ただ一つの道だけを自分に許さなかった。常に複数のチャネルを持ち、すべてを最高レベルで追求して、楽しみ尽くす。彼の脳と身体には、幼児のころから、その原理が刻まれていたのだ。  学齢期の前から、クラシック音楽と並行してリズムマシーンに親しみ、そこから「ダンスダンスレボリューション」「jubeat(ユビート)」などの音楽ゲーム(音ゲー)に夢中になっていた。「かてぃん」は、中学生の時に「太鼓の達人」用に作ったハンドルネーム。平仮名4文字という制約の中で、本名の要素をあえてはずして付けたものだ。  中3でショパン国際ピアノコンクールin ASIA中学生部門金賞を受賞するが、一方で、ロックバンドを組んでドラムを叩き、また自作のボカロや音ゲーの曲、ゲームのプレイ動画をニコニコ動画やYouTubeに投稿して楽しんでいた。 「再生数300回という世界。それでも、リアルとは別の人格を持って、知らない人たちからコメントをもらう。そのやり取りが新鮮で面白くて」  大学受験を直前に控えた高3の12月にはeスポーツの公式大会「コナミ・アーケード・チャンピオンシップ」に出場し、全国ベスト8に入賞。そうかと思えば、大学院時代はフランス留学の直前に、国内のピアニスト登竜門「ピティナ・ピアノコンペティション特級」に出場してグランプリを受賞(優勝)。360度の視界に、壁というものは存在しなかった。  しかし、本人の見方はまた別だった。 「研究者になりたい気持ちはあるけど、ピアノも捨てきれない。でも、クラシックには本気で打ち込んでいなかった引け目がある。そのころのフェイスブックを読み返すと、ネガティブで、悩んでいて、迷走していた自分がいます」 (文中敬称略)(文・清野由美) ※記事の続きは「AERA 2022年5月23日号」でご覧いただけます。

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    どのシナリオでもロシアは勝てない それでも続く戦争の不合理さ

     ロシアによるウクライナ侵攻から3カ月が過ぎた。戦火は収まる気配がなく、核兵器の使用も現実味を帯びる。国際政治学者の藤原帰一さんに、今後の国際情勢について聞いた。AERA 2022年5月30日号の記事から紹介する。 *  *  * ──この戦争はウクライナが勝てば勝つほど、ロシアが核や化学兵器を使う可能性が高まる。実にやっかいです。 藤原:そうですね。今はウクライナが勝っているので、西側によるウクライナ支援の実効性が高まっていると考えられ、それがまた支援を強固にしています。とてもいやな話ですが、戦争に勝てると思って電撃戦を展開する国家を抑止する方法はありません。ロシアに対抗するには、戦争する以外の選択肢はない。  今後、夏から秋にかけて戦争が進む可能性が高い。ウクライナが首都キーウに続き、第2の都市ハルキウの防衛に成功したいま、東部でもロシア軍を押し返す。南部でもロシアに反撃し、ウクライナが優勢になりますが、ロシア軍すべてを押し返すのは難しいでしょう。では西側はどこまでウクライナを支援するか。すでに北大西洋条約機構(NATO)の加盟国は高度な武器を限界に近いくらい提供していますが、最大の問題はロシアが核兵器を使うかどうかです。 ■核保有国のジレンマ ──ゼレンスキー大統領の補佐官が「西側はロシアの核使用というハッタリに動じないでくれ」とツイートしていました。 藤原:ウクライナの立場からは当然そう言いますね。ロシアはNATOの結束を弱めるためだけに言っているのかもしれない。ただプーチン政権の場合は使用可能性があると考えるべきです。  核兵器が実戦で使用されたら、西側は人道に対する罪として戦争の規模を拡大せざるを得ない。NATOの直接介入の可能性も高まります。ポーランド、バルト三国などロシアと国境を接する地域がロシアに全面戦争を展開すべきだと訴え、米英の賛同を得ていくことになる。  さらにその先がある。核の先制不使用という歯止めは相手が破ればなくなるので、NATOはロシアを核攻撃できる。でも、ためらうと思います。ウクライナにどれほどの破壊がもたらされたとしても、核で応戦すれば欧米の都市に対する核兵器使用の可能性が高まりますから。 ──ためらったら米国の威信は揺らぎ、北朝鮮などから弱腰と思われませんか。 藤原:核には核で反撃しなければ核保有国のクレディビリティー(信頼性)が下がってしまうというジレンマですね。おそらく可能性が高いのは核弾頭を使わない長距離ミサイルでロシアの核施設を破壊することです。でもわかりません。(西側の世論で)核反撃すべきという議論が加速するかもしれないし、反対に核攻撃されることへの恐怖が高まり、停戦合意を求める声が広がる可能性もあるでしょう。  米国やNATOが介入する場合は、地上戦ではなく、まずミサイルとドローンで相手の力、特に対空防御を破壊していく。その次に空軍が攻撃機や戦闘機で軍事拠点を叩(たたき)き、ロシア内のミサイルや部隊を壊します。 ■ロシアは勝てない 藤原:一般市民に対する攻撃ではないですが、巻き込まれて亡くなる方が大量に出てくる。この段階で第3次世界大戦という言葉を使ってもおかしくないだろうと思います。ただ、いまはその段階まではいっていません。  いろんなシナリオを申し上げましたが、一番大事なのは、どのシナリオでもロシアは勝てないということです。戦争をエスカレートさせ、化学兵器や核兵器を使っても、ロシアが勝利を収める可能性はゼロ、皆無です。だから不合理なんです。  いま問われているのは、不合理な相手に対してどんな選択をするのか、この一点です。プーチン政権が倒れるまでこの戦争は続く。でもプーチン政権には、いまのところ戦争をやめる意思の表明が全くない。それが現状です。 (構成/ライター・鈴木あかね※AERA 2022年5月30日号より抜粋

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    室井佑月「わけがわからない」

     作家・室井佑月氏は、出演被害防止を目的としたAV対策法について、一部フェミニストから挙がっている反対意見に反論する。 *  *  * 「AV出演被害防止・救済法案」について、どうして一部のフェミニストが反対しているのかがわからない。  5月12日の毎日新聞電子版「AV対策法『性行為に金銭支払うことを合法化』 支援団体の懸念」という記事に、「与野党が検討を進める法案は、▽出演契約を交わしてから20日間が経過しなければ撮影はできない▽無条件に契約解除できる期間は公表から1年間──など被害防止を目的に、制作業者への規則を強化する内容だ。  ただ、言い換えれば規則を守ればAVを事実上合法化するとも捉えられ、それだけに、性搾取に苦しむ人たちを支えてきた支援団体の危機感は大きい」とあった。この記事、「支援団体の危機感」と書いてあるところがミソだわさ。  だって、この法案に反対する人の意見はイチャモンに近い。あるフェミニストは、「リアル性交するAVの合法化・性売買合法化の筋道を作ってしまった」「AV業界に有利な新法」とまでいっていた。  でも、それは間違った認識ではないか? いちばん大切なのは、この法が、誰を守るために作られるものであるのか、ということ。  この新法ができれば、確実に守られる女性は増える。なぜなら、出演を無条件で取り消せるというのが大きい。  確かに取り消せる契約内容として「AV内で性交を行う契約」と書かれているが、それは「性交契約を有効とする」こととは違う。その旨の条文も入っている。  法を作る上で、なにを取り消せるのか例をあげる必要があっただけだ。  この法案のどこをどう読んだら、AV業界に有利といえるんだろうか。反対派はなにを守りたいのか。もうわけがわからない。  出演の強要などがあってはならない、ってことでしょう。この法で肝心なその部分は解決する。それのなにが不味(まず)いのか。  まさか、性交ってわけじゃあるまいな。あたしは一部のフェミニストが、過剰に性を汚いものだと決めつけていることを危惧する。そりゃあ性犯罪は憎い。が、性交はそればかりにつながるわけではない。実際、性交がなければあたしたちは生まれていない。  そして、ほぼ多くの性についての問題は、個人の心の中の問題で、誰かがこうであるべき、これが正しいと語ることではないのではないかと思っている。法の範囲であるなら、人がどう欲求を満たそうが、ほっといてくれという話だろう。  余談であるが、その昔、禁酒法が出来た。それでも酒をのみたい人はいて、その結果、反社の人たちにお金が流れた。人の欲望は、尽きない。そして、それ自体が悪いことではない。 室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中※週刊朝日  2022年6月3日号

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    ヤクルト内川聖一ここまで出番なし 同じ“アラフォー2人”と対照的に苦しい立場に

     ヤクルトの内川聖一に出番が回ってこない状況が続いている。同じ“アラフォー”である先発左腕の石川雅規、外野手の青木宣親はチームに欠かせない存在となっているのとは対照的だ。球史に残る安打製造機はこのままバットを置いてしまうのだろうか……。 「DeNA戦の雨天中止は大きい。(仮に内川が今年で引退したら)最後に神宮で古巣との対戦が実現できる可能性が出てきた。シーズン終盤、満員御礼になってテレビ中継も数字が期待できそう。そこでヤクルトが優勝争いに絡んでいれば最高です」(在京テレビ局スポーツ担当者)  4月29日から神宮で予定されていたヤクルトとDeNAの連戦は3試合中2試合が雨天中止となった。コロナ禍の中ではあるが、観客の人数制限などが解除され迎えたゴールデンウィーク。書き入れ時の水入りに本来は頭が痛いところだが、関係各所からはこんな声が聞こえてきた。  打撃技術は天才とも称される内川だがここ数年は苦しんでいる。ソフトバンクでの最後のシーズンとなった2020年には二軍で3割を超える打率を残したが、キャリアで初めて一軍での出場なくシーズンが終了。昨シーズンはヤクルトに移籍して再起を誓ったが、一軍では38試合で打率.208と低迷し、日本一となったチームの中で存在感を示すことができなかった。  今季もここまで一軍での出場はないが、08年の横浜時代に右打者としてはシーズン最高となる打率.378で首位打者を獲得し、2000本安打も達成した39歳の“レジェンド”は技術的にはまだまだできる余力を残しているはずだ。 「ミート力など技術的な部分の問題はない。年齢的な衰えや視力の低下も心配されるが、ある程度は技術でカバーできる。出場機会が与えられないことが問題。メンタル部分の波があることが知られているので、一軍のベンチに入れにくい部分もあるのかもしれない」(在京球団編成担当者) 「二軍戦には継続的に出場して打率(.270)も悪くはない。コンディションは良さそうですが一軍に呼ばれる気配はない。高津臣吾監督は調子の良い若手を起用するため、誰もが必死にやっている。チーム一丸の姿勢が首位争いにつながっている中、無理して内川を呼ぶ必要はないのでしょう」(ヤクルト担当記者)  対照的に40歳を超えても試合に出場し続け、チームで貴重な存在となっているのが石川、青木という2人の大ベテランだ。  石川は42歳で迎えた今季も開幕からローテーションを守っている。3度目の先発となった4月23日の阪神戦(神宮)ではシーズン初勝利を挙げ、通算の勝利数を178まで伸ばした。大卒の新人として入団してから21年連続で勝利でマークし、通算200勝という大記録も見えてきた。 「一般人と変わらない体格(身長167cm、体重73kg)でここまでやっているのがすごい。とにかく練習熱心で研究を怠らない。練習から戻ってくるのも最後の時が多く記者などは待ちくたびれる人もいる。投手だけでなく野手にも貪欲に質問して取り入れられるものを探している。実績あるベテランなのに若手に対して偉そうな態度を取ることがないのもすごい」(ヤクルト球団関係者)  不惑の40歳を迎えた青木も存在感は変わらない。打撃は開幕から調子が上がらず打率2割を切ることもあったが、少しずつ持ち返してきた。4月30日のDeNA戦(神宮)ではNPB通算1500試合出場を達成し、レジェンドに相応しい勲章がまた1つ加わった。 「淡々と準備をして試合に臨む姿には、学ぶところも多いです。尊敬するイチロー選手もそうでしたが達観した域にたどり着いたように見える。自身の調子が悪くチームの雰囲気も下がり気味の時に丸刈りにするなど、自分からネタになって盛り上げたりもしてくれる。野球の技術はもちろん、そういう姿勢がチームに好影響を与えています」(ヤクルト球団関係者)  若きエース奥川恭伸が上半身のコンディション不良で離脱し、復帰時期が未定。来日2年目の助っ人サンタナは開幕から好調を維持していたが、左半月板のクリーニング手術のため長期離脱となった。投打の主力が相次いで離脱する非常事態が起こったが石川、青木の踏ん張りがチームを支えている。本来なら内川もこの中に入らなければいけないはずの選手だが……。 「内川の実績も2人(石川、青木)に負けていない。本人のモチベーション次第ではプレー以外でもできることもあるはず。仮に今季限りだったとしても惜しまれながら注目を浴びた状態で最後まで走り抜けて欲しい」(在京テレビ局スポーツ担当者)  両リーグでの首位打者だけでなく、侍ジャパンの一員として世界一にも貢献。日本球界で一時代を築いた名選手であることに間違いはない。しかし現役晩年は苦しむ姿が目立つようになった。だが、華々しい引き際を見せ、記録と記憶の両方に残る選手になって欲しい。そのためには野球選手として、ここからのプレーや振る舞いには大いに注目したい。時代は変わり40歳という年齢でも一線でプレーできるような時代にもなった。内川の天才的打撃をまだ見たいというファンは多いはずだ。

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    いつも「会話泥棒」されてしまうと悩む54歳女性に鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法

     いつでも「会話泥棒」をされてしまう、と悩む54歳女性。母との関係が影響しているのかと惑う相談者に、鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法。 【相談145】会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。どうしたら自分の話を聞いてもらえるでしょうか(54歳 女性 ことり)  わたしの悩みは自分の話を聞いてもらえないことです。  自分の話をしているのに相手の話になってしまう事は誰でもあるかと思います。  例えば「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」と自分が言ったとします。相手は「そうなんだ! わたしもこないだ体調悪くて病院行ったんだよね。頭がすごく痛くてさ……」と、相手の話になってしまうのです。いわゆる会話泥棒というやつです。  わたしは会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。頻度が高すぎて、自分の話を充分聞いてもらったと満足した事がありません。  会話泥棒されると、またかと諦めてしまって相手の話を聞く側に回ってしまうせいもあると思います。 「体調がどんな風に悪かったのか」「病院で何と言われたのか」  など、相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します。しかし相手はしてくれず自分の話ばかりします。  最近は諦めて、相手の話を聞かず(質問しないで)相手の話が途切れたら自分の話をするようにしています。でもそうすると話が広がらないんですよね。  人に相談すると、「聞き上手でいいじゃない」と言われますが、わたしは人の話を聞くために生きてるわけではありません。たまには自分の話を満足いくまで聞いてもらいたいのです。  思い返せば、自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのではと思います。母にはちゃんと話を聞いて欲しいと伝えた事がありますが、わたしが望むような聞き方をしてくれません。わたしが上司にパワハラを受けて相談しても、自分の習い事の先生に似たような事をされた話をされました(その場で「わたしの話を聞いてください」と言いました)。  以前自分の話ばかりする人が相談されていましたが、その人が羨ましいです。その人の話を聞いてくれる相手がいて。  わたしはこのまま自分の話を聞いてもらえた、という満足感なしで生きていかなければならないのでしょうか。どうしたら自分の話を聞いてもらえるのでしょうか。 【鴻上さんの答え】 ことりさん。「会話泥棒」という表現、僕は初めて知りました。そんな言い方があるんですね。  ことりさんは素敵な人だと思いますよ。それは、「相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します」と書かれているからです。  会話はキャッチボールだから楽しいんですよね。相手の言葉を受けて、投げ返して、また相手が返してくる。ただ、相手が一方的に投げてるだけで、こっちはボールを受けるだけだと何も楽しくないですよね。 「会話泥棒」されない一番確実な方法は、「面白い球を投げる」ことです。「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」ではなく「昨日体調が悪くて病院に行ったら、病院がコンビニになってた」です。これなら、たいていの人は「どういうこと!?」と聞いてくれます。  でも、話芸のプロでない限り、いつもいつも面白い話ができるとは限りません。  ちなみに僕は「うむ。これは誰が聞いても面白いと思うぞ」という話だけ他人にすることにしています。逆に言うと「身辺雑記」みたいな「なんでもない話」は、友達相手でもほとんどしないようにしています。しないで心の中で自分につぶやきます。僕自身、なんでもない話を振られても困ってしまうからです。「昨日、洗濯したんだ」「朝からダルいんだ」なんて言われても「そうですか」としか言えないのです。  でも、関心のある相手なら別ですね。好きだったり、興味があると「朝からダルいんだ」と言われたら、「どうしたの?」とか「働き過ぎ?」と聞きますね。  でも、もし相手が僕に関心がないと、僕が「朝からダルいんだ」と言っても、相手は困るだろうなと思っています。だから、よっぽどの相手以外には、自分からはこのレベルの話はしないのです。  でも一般的には、こういう「なんでもない話をちゃんとキャッチボールできる関係」が、本当の友達関係だと思います。  でね、ことりさん。きつい言い方ですが、ことりさんの話を「会話泥棒」する人は、ことりさんになんの関心もなく、ただ「自分の話を言いたい」つまり「発散したい」だけの人だと思います。友人のふりをしていますが、友人じゃないんですね。 「話が広がらないこと」を悲しむことりさんは、ちゃんと「キャッチボールしようという意識」がある人です。でも、自分にしか関心がない人にはそういう意識もないので、いくら話を振っても話題は広がりません。  目的は、キャッチボールではなく、発散だからです。自分の球を投げ続けて「あー、すっきりした」と思う人です。そういう人は、ことりさんのキャッチボール相手には向かないと思います。「自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのでは」と書かれていますが、これはちょっと意味が分かりません。母の呪いなら分かりますが、そんなこともないでしょう。  ですからことりさんが「会話泥棒」されない方法としては、「とびっきり面白い話をする」か「友達を選ぶ」じゃないかと思います。  ことりさんの周りに、キャッチボールの意識がある人がいれば素敵だし、「あなたの話をちゃんと聞くから、私の話も聞いてね」とか「今日は私の話をちゃんと聞いて。昨日は、あなたの話をちゃんと聞いたでしょう」というような言い方が通じる人を見つけるのです(または通じるように粘り強く会話するのです)。やがて、そういう人がキャッチボールの面白さを感じてくれれば、楽しい会話が続くようになると思います。だって、発散の楽しさより、キャッチボールの楽しさの方が間違いなく大きいのです。楽しい方を選ぶのが人間なんですから。ことりさんにぴったりの「キャッチボール相手」が見つかるように願っています。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    ウクライナ侵攻下で存在感をアピールするトルコ大統領 北欧2国のNATO加盟「反対」の三つの事情

     兄貴分の政治家として、トルコのエルドアン大統領に敬意を込めて接するウクライナのゼレンスキー大統領。一方、トルコはロシアとシリア内戦などで対立しながらもその関係を深めてきた。日本貿易振興機構アジア経済研究所の今井宏平さんによれば、トルコがフィンランドとスウェーデンのNATO加盟に反対しているのは、紛争仲介者としてのプーチン大統領への気遣いと、トルコ国内のクルディスタン労働者党(PKK)に反対する姿勢が背景にあるという。 ※記事前編<<ゼレンスキーが頼りにする「親分肌」のトルコ・エルドアン大統領が、ロシアとの関係を切れない理由>>から続く *   *   *  プーチン大統領との関係から見えてくるのは、義理堅く親分肌のエルドアン大統領ではなく、現実主義者としての姿だ。 「トルコはNATOの一員ではありますが、加盟国を100%信頼しているかというと疑問が残ります」  今井さんは、そう指摘する。 その背景の一つに、1952年にトルコと同時にNATOに加盟したギリシャとの間でくすぶっている「キプロス問題」がある。 「1960年代と70年代にギリシャ系住民とトルコ系住民が対立・衝突した『キプロス紛争』が起こった際、アメリカをはじめとするNATO加盟国が基本的にギリシャを支援しました」  当然のことながら、トルコはその動きに反発した。 「さらにトルコは近年、NATO加盟国であるにもかかわらず、ロシアから防空ミサイルシステムを購入しました。2020年秋、その試射をしたことで米トランプ政権は対ロシア制裁法に基づく対トルコ制裁を発動しています」 ■「強く反対する」というポーズ  このように国際的なトルコの立ち位置が微妙なのは、難しいかじ取りを必要とされる地理的環境があると、今井さんは説明する。 「西側との関係は深いのですが、地理的にアメリカは非常に遠い。一方、ロシアや中東の政情が不安定な国々がすぐ近くにある。だからこそ、トルコの外交はリスクヘッジを念頭に置いていると思われます。言い換えれば、全方位外交が基本にあるのです」  個人の感情で外交を動かすこともあれば、現実主義を強く打ち出すこともあるエルドアン大統領。 「今回のウクライナ問題に関しては、エルドアン大統領は現実主義者として動いているように見えます。基本的なスタンスとしてはウクライナとNATOを支援していますが、ロシアとの関係が非常に深いトルコにとって、それを断ち切るのは難しい。そこで、なんとかロシアを国際社会につなぎとめようと、仲介という外交姿勢をとっていると思われます。それはトルコがロシアに対する制裁に参加していないことからもうかがえます」  エルドアン大統領は、仲介者として動いた3月には精力的に多くの首脳と会い、根回しを続けた。ところが、5月18日、あからさまにスウェーデンとフィンランドのNATO加盟に反対した。  その理由は三つあると、今井さんは説明する。 「仲介者として動いているわけですから、ロシアに対して気を使っていると思います。最終的にスウェーデンとフィンランドの両国の加盟に賛成するにしても、『トルコは当初強く反対したが、渋々承認した』という理解になれば、他のNATO加盟国とは違うということをアピールできます」 ■国民の反PKK感情  二つ目が、先述した「PKKの力を弱める」ことだ。 「スウェーデンには、トルコ政府がPKK関連と見ているクルド人団体が存在しています。加盟申請中の両国に対して『テロリストを支援している』という主張を繰り返すことによって、19年秋にトルコが北シリアに侵攻した際に実施されたトルコに対する武器輸出の禁止の解除、PKK関連団体の関係者の国外追放など、なんらかの妥協を引き出せるかもしれない。それで、このような対応をとっていると思われます」  トルコ国内の反PKK感情は、非常に強い。それに大統領が縛られている面もあるという。 「エルドアン政権は一般のクルド人を敵対視しているわけではありません。あくまで、トルコ政府と武力闘争を続けてきたPKKを“テロリスト”と呼び、批判をしているわけです。エルドアン政権は09年からのPKKとの和平交渉で2回くらい話がまとまりそうなことがありましたが、世論の反対が強く、決裂してしまった。PKKとの長年の抗争で多くの人が亡くなり、そのたびにテレビや新聞で大きく報道され、国民の反PKK感情が強く喚起されてきた。そんな背景もあって、エルドアン大統領はPKKの問題に対しては強く出ざるをえないのです」  三つ目の理由は、米国との関係だ。 「エルドアン政権はスウェーデンとフィンランドのNATO加盟問題に米国も巻き込み、米国がシリアのクルド人勢力の支援から完全に手を引くこと、そしてトルコがロシアの防空ミサイルシステムを購入したことで保留となった米国製F16戦闘機の購入なども交渉材料に入れている可能性があります」 ■NATO加盟反対は「試金石」  ロシア軍によるウクライナ侵攻下においても“立ち位置”を明確にしようとするエルドアン大統領。今後、トルコはどう動くのか? 「トルコの国益も考慮し、当面、ウクライナを支援しつつもロシアにも配慮し、仲介をしていくでしょう。プーチン政権の暴走がひどくなり、もう関係継続が難しい、と判断するギリギリまで両国に関与するスタンスを取り続ける。ただ最終的にはウクライナ、NATO側という選択しかないのではないでしょうか。スウェーデンとフィンランドのNATO加盟問題は、今後のトルコの立ち位置の試金石になると思います」 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る

     1995年の結成から昨年11月の解散まで、V6として26年間を駆け抜けた坂本昌行、長野博、井ノ原快彦の3人が、「20th Century(トニセン)」としての活動を本格的に再スタートさせた。5月23日に配信がスタートした新曲「夢の島セレナーデ」は、井ノ原主演のドラマ「特捜9 season5」の主題歌としても話題を呼んでいる。新たな門出を迎えた3人が、“6人の変わらぬ絆”と“3人で目指すもの”を語った。 *  *  * ──「夢の島セレナーデ」が「特捜9」の主題歌に決まったときの気持ちは? 長野 実は、改めて「決まりました!」っていう感じではなくて……。 井ノ原 そういう流れもあるっていう話は出てたんです。V6として16年間主題歌をやってたから、いきなりちがう人に変わるとその人もつらいじゃない?(笑) プロデューサーたちにも「今までの声はそのままにしたい」って言ってもらえたので、トニセンで歌うことになりました。でも決まるまでは二人とも、「井ノ原一人でやったほうが面白いよー」ってすごい言ってきて(笑)。 坂本 聴く側として驚きがあると思ったので。それに井ノ原の声も歌い方も知ってるので、明るめでもそうじゃない曲でも絶対このドラマにしっくりくるなって。 長野 でも3人で歌えて、結果よかったよね。 井ノ原 僕はずっと3人がいいなって思ってたけどね! ──楽曲提供は、井ノ原さんの友人でもあるサニーデイ・サービスの曽我部恵一さんです。 井ノ原 曽我部くんとは僕だけじゃなくてみんな、20年以上の付き合い。岡田(准一)と2人で歌う曲(2000年「恋のメロディ」)も作ってもらったし、V6の解散のときはメールをくれたりして。  今回、今いいと思う曲を歌いたい、本当に僕たちのことを思ってくれる人と一緒にやりたいねって話して。いろんな人に曲を作ってもらったんですけど、今歌うなら曽我部くんだよ、絶対、ってなったんです。  あと、シンプルにいきたかったから、音数が少ないもので、「木曜日からも頑張れる曲を」ってお願いしました。放送日の水曜日は週の真ん中だから「あー、あと半分あるのか」って思うでしょ?(笑)  曽我部くんが、「トニセンが新しい門出を歌うなら」って作ってくれたものを聴いて、思いが強い、力がある曲だなあって、3人で意見が一致しました。 ■後輩や今の時代とどう向き合うか ──歌詞には「もがきながらも変わっていこう」というフレーズが。キャリアを重ねた今もなお、このような思いが? 長野 舞台とか番組の企画とか、新しい仕事は毎回そういう感覚です。やっぱりもがかないと新しいことを生み出せない。でも、いやなことやってたら苦しいけど、そういうわけではない。楽しもうとする気持ちが大事なのかなと思います。 井ノ原 このパートは坂本くんに歌ってほしかったの。後輩や今の時代とどう向き合うかっていう、50代の人たちの思いを代弁しているという意味でも似合うと思って。 坂本 40代後半くらいから、僕のまわりにいる人が笑顔でいてほしいってずっと思ってて。いやな現場を見て、「なんかさみしいな。俺は違うやり方で進んでいこう」って思ったからかな。  現場で僕が眉寄せて腕組んでいたら誰も笑わないですよね。だから明るい雰囲気に持っていったり、早い段階で自分をさらけ出したり。僕は人見知りなので、一人ひとりと距離を詰めていくと時間がなくなっちゃう。だったら初めから「俺人見知りなんでお願いしまーす!」って言って自由になっちゃうのが、自分なりのコミュニケーションの取り方です。 ■V6があったからトニセンが存在する ──V6の6人でいるときとトニセンの3人でいるときの感覚はちがう? 坂本 6人でいたり3人でいたりって、それぞれの立ち位置があるので、おのずとそこにいることになります。 長野 そうだね、それぞれ役割は変わってくるので、それを求められたときの自分という感じです。 井ノ原 今までは坂本くんと長野くんがいい意味でずーっと同じところにいてくれたからV6が保たれていたけど、これからはどんどん変わっていいと思ってます。トニセンの新しい活動にはまだ色がないし、何をやっても自由だし。  僕は友達に「いっつも走ってますね」って言われるくらい“動”なので、ガンガン切り込み隊長で行くから、二人には頑張れ頑張れって言ってほしい(笑)。  ただ、これは誤解してほしくないんですけど、3人になって伸び伸びやってるってことじゃなくて、気持ちとしては6人ずっとつながっています。 ──トニセンとして、V6から引き継ぐものや変えていくものはある? 坂本 何かを引き継いだり切り捨てたりということはないです。V6は後半、年にCD1枚出すか出さないかだったし、集まる回数もすごく少なかったけど、阿吽の呼吸で続けてきた。あの26年間、僕らは走り切ったっていう自負があって、その次へ進んでいくっていうふうに見てます。 長野 V6っていうグループがあったからトニセンは存在します。初めに3人でデビューってなってたら、今みたいな関係性や雰囲気にはなってないと思う。 井ノ原 V6の活動があったからそう思うのかもしれないんですけど、これだけ長くやってくると、自分たちの作品は、その場のほんとの空気感が出るものを残していきたいなって。V6のときも作ってはいなかったけど、「こっちのほうがファンの人たちがうれしいだろうから」「喜んでくれたらそれでいいよね」っていうのはあったので。  今はファンのみんなが「余生は好きなことだけやってください、私たちはそれを見てるのが好きだから」って言ってくれてる気が、勝手にしていて(笑)。それは裏切れないから、楽しくないことはしちゃダメだと思ってます。  でも、好きなように生きるって一人じゃできないし、培ってきたものが後になって効いてくる。僕らの姿は、「ここまで頑張ったら自分の好きなように生きていいんだよ」っていう、後輩たちへのメッセージになるのかなとも思います。  (インタビュー構成・取材/本誌・大谷百合絵、取材/本誌・唐澤俊介、伏見美雪) ※週刊朝日  2022年5月27日号 【後編 トニセン坂本昌行・長野博・井ノ原快彦が「先輩から学んだこと」】に続く ■20th Century/トゥエンティース・センチュリー 通称「トニセン」。2021年11月に解散したV6のメンバーのうち年長の3人である坂本昌行(1971年、東京都生まれ)、長野博(1972年、神奈川県生まれ)、井ノ原快彦(1976年、東京都生まれ)からなるグループ。新曲「夢の島セレナーデ」が、各種ダウンロードサイト、音楽ストリーミングサービスで配信中。3人が出演するロケバラエティー「トニセンロード~とりあえず行ってみよ~」は毎月第2・第4金曜日、スカパー!で配信中

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    トニセン坂本昌行・長野博・井ノ原快彦が「先輩から学んだこと」

     1995年の結成から昨年11月の解散まで、V6として26年間を駆け抜けた坂本昌行、長野博、井ノ原快彦の3人が、「20th Century(トニセン)」としての活動を本格的に再スタートさせた。5月23日に配信がスタートした新曲「夢の島セレナーデ」は、井ノ原主演のドラマ「特捜9 season5」の主題歌としても話題を呼んでいる。「後輩や今の時代とどう向き合うか」を考えるようになったという3人が、先輩から学んだものや、後輩に伝えたいことを語った。 ■井ノ原快彦「中居くんはすごく近い存在だった」 ――先輩から学んだことは? いっぱいありますよ。先輩たちがすごいのは、こうしろとかああしろって言わないの。「俺はこうしてるんだー」って言い方をされたから。あと、お客さんに挨拶をちゃんとしなさい、お客さんを大事にしなさいって言ってくれてたなと。ありがたかったですね。 少年隊も光GENJIもかわいがってくれたし、SMAPは、僕が苦労しているのを見てけっこうプッシュしてくれてたなあ。中居(正広)くんはすごく近い存在だったし。メンバーのみんなが忙しければ、振り付けを覚えて、「ミュージックステーション」のリハーサルに代わりに出たり。日の目は見ないんだけど、「全部完璧に覚えてきたんだ、すげえな、頑張れよ」って言ってくれたし、いじってもくれました。恩がありますね。 ――後輩に伝えたいことは? 何かを伝えなければ、みたいなのはほんとゼロで(笑)。本当に、時代が違うから。でも、僕が困ったなって思うことは言うようにしてるかな? 正直に言ってあげることが、愛だと思うんで。例えば、僕の話を聞こうとしてくれるのはうれしいんだけど、全部、はい、はい、はい、だと、あ、ごめん、しゃべりづらいわ、って(笑)。聞く態勢として、え?とか、おー!とか、5パターン用意してもらえると、無駄にならないから、って(笑)。 ■長野 博「少年隊にはいろいろ教えていただいた」 ――先輩から学んだことは? 少年隊にはいろいろ教えていただきました。作品を作っていくうえでの姿勢や進め方、現場での先輩としての立ち姿とか。現場で見てきて、すごく勉強になりましたね。 ――「極めしモノ」など食に関する番組に多数出演され、後輩とも仕事をされていますが、印象に残っていることは? 「この子、こういう趣味持ってたんだ」とか、「こういうの好きなんだ」とか、それぞれが違った感覚を持っているのが、僕にとっては新鮮。例えば、ファンのみんなは知っていると思うけど、中山優馬は魚をさばくのが好きみたいで。別の番組で実際にさばいているのを見て、「本当に好きなんだなぁ」と思いましたね。 ――主演ミュージカル「Forever Plaid」では交通事故死した登場人物たちが一晩だけ戻ってきてショーをします。同じ状況になったら何を? 周囲の人に会いに行く。伝えておかなくちゃいけないこととか伝える。業務連絡もあるだろうし。現実的ですけど(笑)。 ――今後の夢や目標は? そんなにないんですよね(笑)。この仕事をちゃんと続けていけるのはすごく幸せなことだと思うし、これからも様々なことを吸収して、人に出会っていきたいという願望はありますけどね。 ■坂本昌行「東山さんの言葉で、頑張ってる人を見るように」 ――先輩から学んだことは? 二十歳くらいのとき、付き人をしていた東山(紀之)さんに「頑張ってれば人は必ず見てくれてるから」って言われました。その言葉を聞いて、「文句言う前にもう1個やってみよう。そこでダメだったら意見として伝えよう」って冷静になれた。頑張ってる人を見るようにもなれたので、視野も広がりましたね。 ――6月から、主演ミュージカル「THE BOY FROM OZ Supported by JACCS」が始まります。一昨年コロナで中止になっていた舞台ですが、特別な意気込みは? 「よーし、やってやろうぜ!」っていうよりは、キープしていた気持ちをスタートさせる感じです。ミュージカルは長いことやらせてもらってますが、稽古は毎回緊張しますよ。自分の表現ができなくてもがく時間が来るのかって考えると、行きたくないなと思うことも。でも、もがいた先に開き直って、何かが出てくる。自分自身に「もうやったよね」って言えるくらいまでやらないと後悔するんです。 ――プライベートで最近始めたこと 最近、初めてバーベキューをしました。同級生がそれぞれのコネクションを使って持ってきた食材がまあすごくて。ホタテ、アワビは当たり前。串に刺さったウナギや肝まで出てきて、これ最高だな……!と。今だからできる、大人な遊び方でした。 (取材・構成/本誌・大谷百合絵、唐澤俊介、伏見美雪) インタビューの続き>>前編【「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る】※週刊朝日  2022年5月27日号 ■20th Century/トゥエンティース・センチュリー 通称「トニセン」。2021年11月に解散したV6のメンバーのうち年長の3人である坂本昌行(1971年、東京都生まれ)、長野博(1972年、神奈川県生まれ)、井ノ原快彦(1976年、東京都生まれ)からなるグループ。新曲「夢の島セレナーデ」が、各種ダウンロードサイト、音楽ストリーミングサービスで配信中。3人が出演するロケバラエティー「トニセンロード~とりあえず行ってみよ~」は毎月第2・第4金曜日、スカパー!で配信中。

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    日本で上がる「ウクライナは白旗あげたらいい」の声に戦場ジャーナリストが現地から激怒した理由

     ポーランド国境にほど近い、ウクライナ西部の街に入ったジャーナリストの佐藤和孝さん。これまでもアフガニスタンやボスニアなど様々な紛争地で取材を行ってきた佐藤さんに、AERAはインタビュー。ウクライナに入国した直後のこの街で彼が感じたのは、「平穏」に侵食する恐怖と孤立だった。 *  *  * ――ウクライナ西部にある街、リビウ。美しい街並みはユネスコの世界遺産に登録され、歴史の深さを感じさせる。3月5日、ジャーナリストでジャパンプレス代表の佐藤和孝さんがリビウに入り、取材を続けている。 佐藤:日本で思っているよりも、ウクライナ全土が戦地になっているわけではありません。ロシアに近いハリコフやマリウポリ、キエフは激しい状況ですが、今のリビウはマーケットにも食料が並んでいるし、電気やガス、水道も滞りなくある。でも、会社はやっていないし、学校も幼稚園から大学まで休校です。  リビウはウクライナ各地からのハブになっていて、ポーランドに脱出する人や安全な地方に避難する人たちが集まっています。そうした人たちをケアするために、市民は炊き出しや物を配るボランティア活動に従事している。空からの攻撃を想定して戦車や装甲車をカモフラージュしたり、火炎瓶を作ったりしている人もいる。街は戦時下というより、準戦時体制に入っています。そういった意味でリビウは平穏には見えるけれど、戦火をひしひしと感じている雰囲気です。 ――佐藤さんはこれまで、アフガニスタンをはじめ、チェチェン、イラクなど数々の紛争地を取材し、街に暮らす市井の人の声を伝えてきた。リビウでも、衝撃的な出会いがあった。 佐藤:町工場の若社長として働く30歳の青年がいました。普段は台所用品を作っていたけれど、今は戦車や装甲車が街に侵入しないためのバリケード、そして兵士たちがつける「ドッグタグ」を作っている。普通、ドッグタグには名前や生年月日、血液型や国籍、そしてナンバーが刻まれています。でも、彼が作っていたのはナンバーしか書いていない、名前のないドッグタグでした。  僕がリビウで話を聞いた人たちは、国を守るために戦争に行くと話しました。当然亡くなる人も出てきます。その人たちが無名のドッグタグをつけている。それを見たとき、切なくなった。一人の存在が、番号だけっていうのは……。 腹の底から怒りを覚え ――その青年には7歳と3歳の子どもがいる。あなたも銃を持って戦争に行くのかと問いかけると、「行きたい」と答えた。 佐藤:でも、これまでに戦ったことのない青年です。恐怖について聞くと、「そりゃ怖い」と。「でも、自分が死ぬよりも怖いのは、この国が消滅すること」「だから戦う」と言った。  日本のどこかの評論家だかで、「ウクライナは白旗をあげたらいい」と言った人がいるんでしょう。大馬鹿者ですよ。だったらウクライナに来て、みんなにそう言いなさいと思う。  自分の国、文化や歴史がなくなるんですよ。安全圏で何もわかっていない、命を懸けたこともない人がこれから命を懸けようとしている人たちに向かって言える言葉じゃない。  この国はロシアに踏みにじられてきました。ソ連崩壊でようやく独立国家になったのに、またそのときに戻ってしまう。そうならないために血を流すことを彼らは厭わない。ゼレンスキーも含め、名もない人たちの気概がこの国を勇気づけているんです。  なのに、「10年後にはプーチンが死んでいるだろうから、その後、国に帰ったらいい」なんて馬鹿なことを言っている。このままだと、10年でこの国はなくなるんです。腹の底から怒りを覚えます。 大勢と一人「命」の重さ ――世界はロシアに対しての制裁を強化し、それはウクライナ国民の励みにもなっている。だが、課題もあると指摘する。 佐藤:西側諸国といわれる国が自分たちの味方になってくれていることはよく認識していて、それが戦うモチベーションの一つになっていることも否めません。でも、じゃあ我々はそれを続けていけるのかということも問われてくる。  応援の仕方は色々あるのだと思いますが、ウクライナへの武器の供与以上のことをすると第3次世界大戦になってしまう。世界の指導者のなかには、自分たちが火の粉をかぶらないためにウクライナを犠牲にしてもいいと考える人たちもいる。この問いが正しいかはわかりませんが、大勢の命と一人の命のどっちが大事かということになるかもしれない。そうならないように、外交なども含め世界は動かないといけない。  この戦争は長期化すると思います。だって、多くの人たちが戦う意志を持っている。自分たちの国を自分たちの血をもって守ろうとしている。その魂は消えません。アフガニスタン侵攻でも、ソ連軍が入って10年で撤退を余儀なくされた。結局、勝てないんです。 「核」撃てばロシア消滅 ――ロシア軍がシリアで兵士を募集しているとも報じられ、行き詰まりが見えている。 佐藤:兵士の数が多くても、戦闘経験のない人間は現場では使えません。「ワグネル」といわれる傭兵集団がいますが、彼らは戦闘経験が豊富です。つまり、人の殺し方を知っているということです。シリアの兵士も同じで、人を殺すことに慣れている。そういう人間を使って、なんとかウクライナを制圧したいと思っているんでしょうね。  でも、キエフでロシア軍が政府機関などを押さえたとしても、周りは敵だらけです。ロシア軍にとっても危険なことで、市街戦やゲリラ戦になってくる。長く続けば戦闘意欲やモチベーションもなくなっていくでしょう。  この戦争を長期的に遂行する経済的な裏付けがロシアにあったかというと、難しいんじゃないですか。もともとGDPも低いし、経済制裁もある。中国が助けるといっても限度があります。ロシアにも反対派の人がたくさんいるし、今やっていることは「きょうだい殺し」です。多くの国民は心を痛めているんじゃないかと僕は思う。  ただ、国内世論が反プーチンに傾くほど、彼はますます弾圧しなければならなくなる。今後プーチンはウクライナ、世界、そしてロシア国内とも戦わなければいけなくなります。その覚悟を彼は持っているのか。核があると脅かしますが、それを撃てばロシアも消滅します。  プーチンはルーマニアのチャウシェスクのような形で終わってしまうかもしれません。止められるのはロシア人しかいないと僕は思っています。 世界に見えない街や村 ――様々な国を歩いてきたが、これまで見た戦場とは「質」が違うという。 佐藤:アフガニスタンやイラク、シリアというのはある地域の戦争です。僕のなかでは、世界大戦になるというようなものではなかった。ユーゴスラビアの戦争は世界大戦の可能性を秘めていましたが、各地に火の粉が及ばないようにヨーロッパ各地もいろいろと手を打ちました。  今度はロシアの正規軍が自分たちの論理だけで他国に侵攻し、第3次世界大戦の可能性もはらんだ非常に危機的な状況だと思います。今までの現場とは質が全く違う。だから世界は必死になっているんだけど、行き詰まり感も出てしまっている。  キエフやハリコフから避難してきた人たちは、とにかく攻撃が激しいと口をそろえます。狙撃兵までいるから、外に出られず命からがら逃げてきたと。でも、そういった街や村には記者もいないので、世界に見えていないんです。やりたい放題になって、どんどん残虐な方向に向かってしまう。今後、キエフでも取材したいと思っています。 ◯佐藤和孝(さとう・かずたか)1956年生まれ。独立系通信社「ジャパンプレス」代表。山本美香記念財団代表理事。80年からアフガニスタンで取材を行い、その後も様々な紛争地を取材した。近著に『タリバンの眼 戦場で考えた』など (構成/編集部・福井しほ) ※AERA 2022年3月21日号から

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    ウクライナ軍が次々とロシア戦車を撃破する「家庭用ドローン」の威力 自衛隊も大量配備の背景

     ロシアによるウクライナ侵攻開始から1カ月以上が過ぎた。南東部の主要都市マリウポリでは激しい攻撃によって市民の犠牲者が増え続けている。一方、欧米諸国から対戦車ミサイルなど、大量の兵器がウクライナに供与され、ロシア軍は苦戦を強いられているともいわれている。長年、自衛隊や米軍を取材してきたフォトジャーナリストの菊池雅之さんは、ウクライナ軍がロシア軍の戦闘車両を次々と撃破する背景に「家庭用ドローンを巧みに使う戦術がある」と指摘する。菊池さんに話を聞いた。 *   *   * ――いま、インターネット上にはロシア軍の戦車が破壊される様子を映した動画があふれています。なぜ、強大なロシア軍を相手にウクライナ軍が善戦できているのでしょうか? ロシア軍が侵攻を開始する以前からアメリカを中心とした欧米諸国は「ジャベリン」など、強力な対戦車ミサイルを大量にウクライナに供与してきました。それらを使用してロシア軍の戦車を撃破しているわけですが、そもそも戦車の正確な位置が分からなければ、対戦車ミサイルを発射することはできません。そこでウクライナ軍が活用しているのがドローンです。  ――ドローンというと、家電量販店などで見る回転翼がついた一般の人が楽しむドローンが思い浮かびます。  まさに、そのドローンです。ときどき、ウクライナ軍が運用するトルコ製の攻撃型ドローン「バイラクタルTB2」について書かれた記事を目にしますが、保有数はそれほど多くはありません。ウクライナで使われているドローンの多くは敵を発見するための偵察型ドローンで、その映像を見ると、ふつうの市販品であることがわかります。義勇兵が持ち込んだものもあるようです。インターネット上にロシア軍の戦車が破壊される様子を上空から撮影した動画がアップされていますが、その多くはこうしたドローンで撮影されたものでしょう。 ――しかし、ウクライナ軍だけでなく、ロシア軍もドローンを活用しているのではないでしょうか?  そのとおりです。ロシア軍も各種のドローンを使用していると思われます。ただ、ロシアはそれについての情報を公表していないので、どのように使われているか、よく分かりません。ウクライナ軍がロシア軍よりも巧みにドローンを運用しているのは、ほぼ確実です。でなければ、1カ月もたたないうちに戦車を数百両も撃破することはできないでしょう。 ――ロシア軍の戦車が攻撃される映像がたくさん出回っていますが、それをどう見ますか?  戦車部隊が進撃する際、ロシア側も当然、ドローンを上げたり、歩兵の偵察部隊を出して周囲に敵がいないか確認したりしてから進みます。ところが、ウクライナ軍はそれをかいくぐってドローンを飛ばし、ロシア軍の動きを把握している。なので、ロシア兵からすれば、まさか、こんなところから、と思うようなところから攻撃を受けている。道路上で戦車の車列が丸ごと焼け焦げた映像を見ましたが、あのロシア軍がなすすべもなく、ここまでやられてしまうというのは衝撃的で、ドローンによって正確に場所が把握されてしまうと、こうなってしまうのだな、と思いました。 ――ドローンが飛んでいると、ブーンという独特の音がして、すぐに相手に気づかれてしまいそうですが。  これまで私は自衛隊や米軍の演習でドローンを使用する様子を間近で見てきましたが、偵察される側からすると、その音でドローンが飛んできたことはすぐに分かります。ところが、戦車1個中隊が退避しようとしても時間がかかる。その間に対戦車ミサイルを撃ち込まれてしまう。ですから、ウクライナ軍がロシアの戦車部隊の周辺でドローンを飛ばせる環境を確保した時点で、勝敗はすでに決まっていた、という感じでしょう。戦車部隊を挟み撃ちにして攻撃するような動画も上空から撮影しているくらいですから、ドローンと対戦車ミサイルを組み合わせて相当システマチックに攻撃を繰り返していると思われます。 ――ドローンが飛んできたことがすぐに分かるのであれば、簡単に撃ち落とされてしまうのではないでしょうか?  確かにあの独特な音で「あっ、ドローンが来た」と分かります。ところが姿は見えない。飛行するドローンを見つけるのは至難の業です。ロシア軍もこれだけひどい目にあっているので、何とか探し出して、そのたび、小銃や対空機関砲で撃ち落とそうとしているでしょう。けれど、それくらいの対応しかできていない。ドローンのコントロール電波や画像情報の送信を妨害する「ジャミング」と呼ばれる対策をロシア軍はとっていないようです。 ――自衛隊でもドローンを活用しているそうですが。  自衛隊が本格的に偵察用ドローンを配備するようになったのは5、6年前からで、いまではごくふつうに運用しているのを演習で目にします。すべて、いまウクライナ軍が活用しているような偵察型ドローンです。例えば、フランス製の「アナフィー」は手のひらサイズで、実際、手のひらの上から飛ばします。カナダ製の「スカイレンジャー」はそれよりも大型のドローンで幅は1メートル弱です。さらに大型で高空を飛行する「スキャンイーグル」「グローバルホーク」もあります(共にアメリカ製)。 ――すべて外国製ですが、国産化はしないのでしょうか?  実は自衛隊向けに富士重工業(現スバル)が「FFOS」というドローンを開発して2004年に初飛行を行っています。世界的に見てもかなり早い。ところが、いまのドローンでは考えられないですが、これを運用するためにいくつもの車両や多くの人員が必要になるほど大きなシステムだった。これを改造し、さらに偵察用に特化した「FFRS」を作りましたが、画像のリアルタイム伝送やそもそもの運用に関して、あまりうまくいっていない……。そうしているうちに、外国製の優秀なドローンが入手できるようになり、それを導入することになったわけです。 ――自衛隊はドローンをどのように運用しているのでしょうか?  例えば、自衛隊ではA、Bのチームに分かれて実際の戦闘を想定した演習を行います。そのとき、敵の動きを察知したら、ドローンを飛ばします。送られてきた画像情報は部隊指揮所に設置されたモニターにリアルタイムで映し出されることが多いですね。それを静止画像として切り出して、前線部隊に送信したり、文書などで伝えたりする。 ――逆に、敵のドローンを防ぐ対策についてはどうでしょうか?  まさにいま、自衛隊はそれを始めたところで、敵のドローンをジャミングして無力化したり、味方のドローンを守ったりする電子作戦隊を今年3月に立ち上げたところです。同隊の指揮下には、2個部隊が編成されており、その一つが南西諸島方面を担当する西部方面隊(熊本県)に配備されました。今後さらに増強していく計画です。ドローンだけでなく、ミサイルも無力化できるようになってくるので、注目すべき変化だと思っています。 ――中国はドローン大国ですが、それについてはどうでしょうか。  すでに中国は尖閣諸島の偵察にドローンを活用しています。いま、海上自衛隊はまったく新しい「もがみ型護衛艦」を建造し、今年3月に1番艦が完成しました。この船は当初からドローンを運用することをコンセプトにしています。ドローンは費用対効果が高いのでヘリコプターよりも飛ばしやすいですし、機種によっては滞空時間も非常に長い。まだ、どのドローンを搭載するかは発表されていませんが、尖閣諸島防衛にも活躍すると思われます。 (構成/AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    誰にもAV被害は見えていなかった? 20年前の自分の無関心に私は苦しんだ 北原みのり

    作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、AV被害について。 *   *  * 「女性向けのポルノ」を創ってみたい。  そう思い立ち、「エロ本」会社で8カ月ほどアルバイトしたことがある。1990年代半ばの頃だ。結論から言えば、「女性向けポルノ」に関わることはできず、男性向けのAV情報誌の編集部で編集見習いの仕事をしていただけの日々だったが、この時期に私は「AV女優」と呼ばれる女性たちに数多く出会った。  私の仕事はAVメーカーを訪ねて「今月の新人女優」の情報をもらうこと、グラビア撮影現場でのありとあらゆる雑用に走ること、AVのレビューを書くこと……などだったが、慣れてくるとAV女優のインタビューに同行させてもらうこともあった。  当時の私は、AV女優は「性の表現者」だと思っていた。若い女がそう信じ込むだけの時代的文脈はそろっていたと思う。文化人と呼ばれる男性たちがこぞってAVを「カルチャー」として語りたがっていたし、テレビではAV女優がもてはやされていた。中には積極的に性を語る言葉を持ち、自己プロデュースに長けているAV女優もいた。陰毛や性器へのモザイクはかつてないほど薄くなっていき、「性表現の解放」なんてこともマジメに謳われていた。  なにより大学院で性教育を学び、フェミニズムを勉強し、女性が性を自由に主体的に楽しめるものになればいい……と考えていたフェミニストの私は、AVに出てくる人を尊敬していた。「性を表現したい人がAV女優になる」と信じていたのだ。  もちろん、現実はそういう「思い込み」を簡単に裏切るものである。1年にも満たない見習いの仕事のあいだ、私は笑っているAV女優に会ったことがなかった。「なぜAV女優になったんですか?」と聞くと黙り込む女性たちも珍しくなかった。丸1日かかるグラビアの現場で、一言も言葉を発しない女性もいた。私の短い経験を普遍化するつもりはないが、「性の表現者」という「イメージ」が壊れるのは本当に早かったことを思い出す。  それでも私は彼女たちを「被害者」とは捉えなかった。何らかの事情があってこの業界に入った女性たちなのだと、深く考えることもなく、もちろん「事情」をたずねることもなく、毎月何十人と「輩出」する「新人」女性たちの裸の写真を整理し、彼女たちの裸体を、男の欲望の枠組みの定型に当てはまるように「表現」することが、エロ本編集者の仕事だった。  そんなふうに「淡々」と振る舞えたのは、その数年前から「セックスワーク論」が日本にも紹介されはじめていたことも大きい。性産業で働いている人を支援の対象として見るのではなく、仕事を主体的に選んだ女性、自らの身体を性的に行使する女性と見るべきだという、セックス=ワークという考えが「新しいフェミニズム」のように紹介された頃である。私は編集という仕事をする、彼女たちは性の表現の仕事をしている、その関係に加害も被害もない……そんなふうに私は考えを整理していた。  何より、私は仕事を楽しんでもいた。編集部には同世代の女性が多くいて、毎日、女友だちに会いに行くような感覚で出勤していた。しかもAV産業の潤いぶりは、一介のアルバイトにもかなりきらめいて見えていた。ただのアルバイトだというのに、社員旅行で海外に連れていってもらったこともある。ちょうど、紙媒体がデジタルに移行しようとしている時で、編集部には一番高いグレードのAppleコンピューターがドンッと導入されていた。仕事のできないアルバイトでも、十分なお給料をもらえていた。そう、女優たちがいない「現場」の空気は、明るく、軽く、かなり潤っていた。「被害」があるかもしれないなんてこと、私には全く想像ができなかった。たぶん、誰にも見えていなかった。  それでもあの編集部での仕事は、女として生きていると見えない世界があることを強く思い知る体験になった。この国では考えられないほどの数のAVが毎日毎日毎日つくられていること。AV女優として「商品化」されていく女性たちが溢れるように毎日毎日毎日「つくられている」こと。「女性の裸」で暮らしている人々が無数にいること。裏産業というには、あまりにも巨大な産業であること。そしてこの産業は、より過激に、より若い女を、より美人な女を、より胸の大きな女を……とありとあらゆる欲望を膨らませ走らせることでしか生きられない、激しい競争社会であるということ。  その数年後、私は自分でセックストイのお店を始め、自分のお店でもAVを売り始めた。男性向けエロ本で紹介していた「若くキレイなAV女優」のものではなく、当時売り出しはじめていた女性監督による「性表現」作品を選んでいた。内容も吟味し、女性が主体的に描かれているAVを探していた。私にとって、「AV」に「加害性」があるとすれば、幼児虐待や、犯罪行為をリアルに表現するようなものがフツーに売られていることだった。100人くらいの男優に精液を顔にふりかけられるような表現や、何十本もの電マをあてられ痛がる姿が記録されるような暴力的なAVがフツーに出回っている異常さが、日本のAVの問題だと考えていた。  それが一気に変わったのは、2015年にAV出演を契約後に断った女性が業者から訴えられた裁判が大きく報道されたことだ。この女性は、支援団体につながり裁判に勝つことができたが、これを機に、「自由意思」とされてきたAV出演には、甚大な被害があることがものすごい勢いで明らかになっていったのだ。毎日のように「AV強要被害」の記事が大手メディアを賑わすこともあった。これまで安心して見られていた娯楽に被害者がいるのかもしれない、という事実に社会は衝撃を受けたのだ。  私はその頃から支援者の方々とつながるようになったが、現場で聞こえてくるAVの被害とは、弱小の悪質なメーカーによる特殊な例ではなかった。被害を被害と捉えられないで長い間生きてきた末、激しいPTSDに苦しみ、「あれは性暴力だった」と気づく人もいた。誰もが知る大手メーカーからの被害を訴える人もいた。有名監督からの被害を訴える人もいた。女性向けの作品と言われているものでの被害を訴える人もいた。驚いたのは、私がエロ本会社でアルバイトしていた90年代に受けた被害を訴える人も決して少なくなかったことだ。  20代のあの編集部で「生き生き」と働いていた自分のことを思い出す。  あの時も、被害者はいたのだ。私が出会った女性たちの中に、今も苦しんでいる人がいるかもしれないという想像は、かなり私を苦しめることになった。自分のお店では日本のAVの販売はやめ、しばらくアメリカとヨーロッパのものだけを売る……というようなこともしていたが、結局、今はもう一切売らないと決めた。「需要をつくる」ことがAVを再生産させる力になってしまう事実に向き合わなければと思った。  ああ、なんて想像力がなかったのだろう。「被害などない」と思い込んでいた90年代の自分を振り返る。「誰にもAV被害は見えていなかった」と書いたが、それは事実ではない。あの時も、「AVには被害者がいる」「性産業で働く女性たちには支援が必要だ」と声をあげていた女性たちはいたからだ。そしてそういう女性たちを、「AVも見たことない、現実を知らない、性に道徳的なオバサン」とバカにするような空気があったのだ。「そういう女性たちこそが、フェミニズムの敵だ」みたいな扇動をする声もあったのだ。結局私は「どちらの声」も真剣に聞かず、女性のプレジャーを楽しもう! と、「モノ」を売る仕事を始めたわけだけれど、20年以上経って、過去の自分の無関心さに苦しめられるような思いになっている。あの時、声をあげていた女性たちの真剣に、私もようやく近づけるようになった。 「性産業に巻き込まれる女性には支援が必要だ」と声をあげる女性たちの多くは、被害の声を聴いてきたソーシャルワーカーだった。激しい搾取の末、生きることに疲れきった若い女性たちを見てきた女性たちだった。そういう「当事者の声」を聞いてきた女性たちの声を、なぜこの社会は軽視してしまうのだろう。声をあげられない当事者の声を、どうしたら聞けるのか、なぜもっと真剣に考えられなかったのだろう。なぜ、何十年もずっと、同じ所に私たちは立っているのだろう。  AV新法をめぐり、様々な議論がわきあがっている。どんな現実を見ているかによって、この法案をどう受け取るかはまるで変わってくるだろう。そんな時にこそ、想像力を働かせるべきだと思う。「わからない」と思考停止するのではなくて、痛みの声を必死に訴える人たちの声を聴いていけば、正解が見つかるのではないか。そんなふうに考え、最も声にならない声を聴く力を信じたいと思う。

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    池上氏解説「日本の防衛力」は世界でどのレベルか

     ロシアによるウクライナの軍事侵攻、中国から台湾への圧力、頻発する北朝鮮のミサイル発射など、いま世界情勢は危険な動きを見せています。何かあったときに、果たして自衛隊は私たちをしっかり守れるのでしょうか。諸外国の軍隊と比べ、自衛隊の能力はどの程度なのでしょうか。  世界の軍事力の動きと日本の自衛隊について、基本的なことを知るために、『20歳の自分に教えたい現代史のきほん』(池上彰+「池上彰のニュースそうだったのか!!」スタッフ・著)より、一部を紹介します。 ロシアの脅威に徴兵制を復活させた国々  長い目で見ると徴兵制自体は減ってきているのに、近年、このままでは自国を守れないと徴兵制を復活させた国があります。それがウクライナ、リトアニア、ジョージア、スウェーデンなどヨーロッパの国々です。  復活の理由はロシアの脅威です。特に2014年にロシアがウクライナのクリミア半島を一方的に併合した事件は、ロシアと地理的に近いヨーロッパの国々に衝撃を与えました。  たとえばスウェーデンは、ロシアがバルト海での軍事演習を活発化させたため、スウェーデンに攻めてくるかもしれないという危機感から2018年に徴兵制を復活させました。  ウクライナが徴兵制に戻したのは、ロシアによるクリミア併合の直後です。ウクライナはクリミア半島を占領されただけでなく、親ロシア派勢力が支配する東部の2つの地域が独立を宣言するなど、領土の切り崩しに遭いました。  当時のウクライナの兵士は5万人程度。これではロシアの脅威に対応できないと考えたからです。  2021年までに兵員は20万人にまで増え、兵役が終わった後も、いざというときは軍隊に戻る予備役の兵士も90万人になりました。この軍隊が2022年2月のロシア軍侵攻に立ち向かったのです。  フランスでは、2015年のパリ同時多発テロ(130人死亡)などの影響で一時、徴兵制復活の声が上がりました。しかし、多くの国民の反対により復活は取り止めに。その代わりにできたのが国民奉仕制度です。  対象は16歳で期間は約1カ月。制服を着て軍施設での合宿や奉仕活動を集団で行います。2019年にスタートし、最初は対象人数を絞って実施されました。将来的には義務化を目指しているともいわれています。  フランス政府が、若者たちに国を守る意識を植え付けようと考えていることがわかりますね。 日本は世界の中でどのくらい強いのか?  志願制、徴兵制と人集めの方法は国によっていろいろです。しかし問題は軍事力です。世界に軍隊を持つ国がたくさんある中で、日本はどのくらい強いのでしょうか。  軍事費や兵士の数など50以上の項目を総合的に評価した軍事力ランキングを見てみましょう。142の国と地域の中で日本は何位なのか?  なお、ここでは軍事力と言っていますが、日本に限っては、軍隊ではなく専守防衛の自衛隊なので防衛力といいます。そのことを念頭に置いてランキングを見てください。  トップは予想通りアメリカ。でも、日本も5位に入っています。軍事大国や隣の国と緊張状態にある国が上位を占めるなか、日本が5位というのは過大評価のような気がしないでもありません。  評価のポイントの1つは、経済力です。何しろ日本はGDPで世界3位。防衛力の裏付けとなる経済力が大きいからこそ、防衛費にお金をかけられます。もう1つのポイントは最新兵器です。アメリカから購入している最新兵器は極めて高性能で日本の防衛力を高めてくれます。  こういった点が評価されて5位という結果につながったのです。  現在、軍事で世界一強いのはアメリカです。では、10年後は? あるいは20年後はどうでしょう? 近い将来トップに立つかもしれないといわれているのが中国です。もし今戦ったら、アメリカ軍に勝つだろうと見る人もいます。  各国の軍事費を比較した下のグラフを見てみましょう。  軍事にかけているお金はアメリカが圧倒的に多く1位です。でも、2位は中国。アメリカと中国を足すと世界の軍事費の半分以上になるほど、両国の軍事費は突出しています。  それでも、このグラフを見る限り、アメリカは中国を大きく引き離しており、中国がアメリカを追い抜くなんて考えられないと思うかもしれません。しかし、ここには数字のカラクリがあるといわれています。  中国が公表している軍事費(国防費)には、海外からの高額な軍事装備品の購入費などは含まれていません。同様に軍事研究のような関連する研究費も含まれておらず、そういうものを全部入れると、実際の金額は公表値よりもはるかに高くなるといわれています。  こういった指摘をして、中国は軍事費を低く見せていると批判すると、中国はアメリカだって同じじゃないかという言い方で反論してきます。真相は不明ながら、少なくとも中国としては、なるべく軍事費を低く見せたいという意図を持っていることは確かなようです。  中国の軍事費を調べてわかることは、増え方が異常に早いことです。  2010年と2020年でどれだけ軍事費が増えたか見てみると、中国はほぼ倍増(下のグラフ参照)。アメリカは意外なことに1割減らしています。年間の軍事費ではアメリカが1位でも、増え方は中国がダントツの1位です。 『防衛白書2021年版』によれば、中国が公表している国防費は1991年度からの30年間で約42倍に達しました。これからもどんどん増えそうです。となると、いずれ中国は軍事費でもアメリカを抜くかもしれない。それほどの急激な増加です。  ここで兵士の数に目を向けてみます。下の表を見ると、中国にはアメリカを上回るものすごい人数の兵士がいることがわかります。アメリカ軍140万人に対して中国は218万5000人です。中国人民解放軍は少数精鋭の軍隊にしようと人員削減を進めており、最近、30万人を削減しました。それでもまだ200万人以上います。 池上 彰(いけがみ あきら)Akira Ikegamiジャーナリスト1950年、長野県生まれ。1973年慶應義塾大学卒業後NHK入局。ロッキード事件、日航ジャンボ機墜落事故など取材経験を重ね、後にキャスターも担当。1994~2005年「週刊こどもニュース」でお父さん役を務めた。2005年より、フリージャーナリストとして多方面で活躍中。東京工業大学リベラルアーツセンター教授を経て、現在、東京工業大学特命教授。名城大学教授。2013年、第5回伊丹十三賞受賞。2016年、第64回菊池寛賞受賞(テレビ東京選挙特番チームと共同受賞)。著書に『伝える力』 (PHPビジネス新書)、『おとなの教養』(NHK出版新書)、『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)、『世界を動かす巨人たち<政治家編>』(集英社新書)など。

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    ゼレンスキーが頼りにする「親分肌」のトルコ・エルドアン大統領が、ロシアとの関係を切れない理由

     フィンランドとスウェーデンは5月18日、北大西洋条約機構(NATO)への加盟を正式に申請した。ところが、その数日前、NATO加盟国であるトルコのエルドアン大統領は「われわれは賛成しない、彼らは厄介ごとを持ち込むべきでない」と、冷や水を浴びせていた。ロシアに対抗するNATOの結束をぶち壊すトンデモ発言のように聞こえるが、ロシアとウクライナの仲介役としてNATO加盟国の首脳たちに精力的に働きかけてきたのもエルドアン大統領である。歯に衣着せぬ物言いで知られるエルドアン大統領だが、この不可解とも思える動きをどう理解すればよいのか。トルコの外交を中心に研究してきた日本貿易振興機構アジア経済研究所の今井宏平さんに聞いた。 *   *   *  4月以降、ウクライナでの戦局は膠着状態に陥り、断続的に行われてきたロシアとウクライナの和平交渉は暗礁に乗り上げている。その交渉をなんとかまとめようと、精力的に動いてきたのがトルコだ。  今井さんは、こう分析する。 「侵攻直後の3月にはエルドアン大統領とチャヴシュオール外相が非常に活発に動いていました。多くの首脳と会談して、しっかりと根回しをしたうえでロシアとウクライナの仲介に臨んでいます。トルコのいいとこ取りと見られないように、自身の考えをNATO加盟国などに周知したうえで動いていたことがうかがえます」  そんなエルドアン大統領の印象について、「しっかりと主張する、リーダー気質」と、今井さんは語る。さらに、「非常に義理堅い性格といわれている」とも。 ■肌が合わない間柄  では、ウクライナのゼレンスキー大統領との関係はどうだったのか。 「当初、ゼレンスキー大統領との関係は微妙と見られていました」  2019年に大統領に就任した44歳のゼレンスキー氏はもともとコメディアンだった。一方、エルドアン大統領は学生時代から政治活動に打ち込んできた老練な指導者である。肌が合わないのは当然だろう。  だが、首脳会談を重ねていくうちに、ゼレンスキー大統領は敬意を込めてエルドアン大統領と接するようになった。 「キャリアの長い政治家の先輩としてエルドアン大統領を非常に頼りにするようになったようです」  親分肌で頼りにされるとその義理堅さが顔を出すエルドアン大統領は、ゼレンスキー大統領と良好な関係を築いていった。ロシアの軍事侵攻直前の今年2月、両国間で自由貿易協定が結ばれた。19年からは兵器の取引も活発化している。いまウクライナ軍が活用している攻撃型ドローンも、多くはトルコから入手したものだ。  一方、今井さんはエルドアン大統領の気質について、こうも指摘する。 「義理堅い半面、裏切られると関係が非常に悪くなる、という傾向が強いですね。個人的な付き合いのもつれから他国との関係が悪化した例も、いくつか思い当たります」 ■プーチン大統領との接し方  その典型的な例が、隣国シリアとの関係だ。 もともとエルドアン大統領とシリアのアサド大統領との関係は「良好だった」と今井さんは言う。  だが、その後、関係は破綻。きっかけは、民主化要求運動「アラブの春」に端を発したシリア内戦だった。 「エルドアン大統領はアサド大統領との良好な関係に強い自信を持っていました。そのため、11年春に内戦が起こったとき、自分が説得すれば、アサド大統領は戦いをやめるだろうと考えていました。ところが、アサド大統領はそれをはねのけた。とても仲が良かっただけに、エルドアン大統領は非常に憤慨した。それから両国の関係は急激に悪化しました」  では、ロシアのプーチン大統領との関係はどうだろう? 「トルコにとってロシアは外交面だけでなく、内政、経済についても非常に関係が深い国です。エルドアン大統領のプーチン大統領に対する接し方は、他の首脳に対する以上に、非常に丁重に扱っている感じがします。背景には、以前、両国関係が悪化した際、プーチン大統領との関係改善に苦慮した経験があるからだと考えます」 ■トルコを締め上げたプーチン  それは、シリア内戦での出来事だった。 アサド政権を支援するロシアはシリアの反政府勢力に対して空爆を行った。15年11月、トルコの戦闘機が領空侵犯をしたとしてロシアの爆撃機を撃墜する事件が起こった。プーチン大統領はトルコに対して怒りを爆発させた。 「この一件でロシアとトルコの関係はとても悪くなりました。双方が経済制裁を発動し、ロシアはトルコと敵対するシリアのクルド民族主義組織(PYD)への支援を開始しました」  エルドアン政権はPYDを、武装テロリスト集団と見なすトルコ国内のクルディスタン労働者党(PKK)と同一視している。 「この撃墜事件の際、表に出なかったロシアの圧力もいろいろあったのではないでしょうか。トルコはエネルギー資源に乏しく、天然ガスの多くをロシアに頼っています。原発の開発支援も受けている。そういった分野でもプーチン大統領の圧力があった可能性が高いです」  トルコと仲の良い旧ソ連の構成国などが動いてプーチン大統領とエルドアン大統領の間を取り持った。両国の関係改善に動き始めたのは、爆撃機撃墜事件から半年ほど経ってからだ。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁) ※記事後編<<ウクライナ侵攻下で存在感をアピールするトルコ大統領 北欧2国のNATO加盟「反対」の三つの事情>>に続く

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    皇后雅子さま 赤十字大会で「うっかり」ハプニングと衣装のリメイクが意味すること

     5月19日、皇后雅子さまが全国赤十字大会に出席した。単独の皇居外での公務は2019年8月のナイチンゲール記章授与式に出席して以来、2年9カ月ぶりであった。ご体調も良く、この日、とびきりの笑顔を見せた雅子さま。実は、雅子さまは衣装をリメイクすることも多いのだ。 *  *  * 「私の娘の愛子と同じ年の21歳ですよね。すごくしっかりしていますね」 「あ、オハイオ州!」   雅子さまは会場を出る際、奉迎に立った青少年赤十字卒業生奉仕団の大学生らの緊張を解こうとするかのように、和やかなムードで話しかけた。  19日、渋谷区の明治神宮会館で全国赤十字大会が3年ぶりに開催された。日本赤十字社の名誉総裁を務める雅子さまは、副総裁の紀子さまや他の妃殿下とともに出席した。 ■体調の好調ぶりが伝わる場面が何度も  日本赤十字社と皇后のつながりは深い。  1912年に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后は、赤十字の活動のために現在の3億5千万円相当にあたる10万円を寄付した。これにより「昭憲皇太后基金」が設立された。  第一次世界大戦の勃発が迫るなかで、各国の赤十字社は戦場での救護に追われていた。加えて地震や台風、火災などの自然災害の脅威にもさらされるなかでの国際基金の設立は画期的なことであった。この基金は現在も、世界中の赤十字の活動に使われている。  1947年には、香淳皇后が日本赤十字社の名誉総裁に就任。以来、歴代皇后がその役を務める。  皇后の重要な公務のひとつであり、雅子さまが皇居の外で単独で務める公務としては、2年9カ月ぶりだった。  この日は体調の良さが伝わる場面が何度もあった。  記事冒頭の写真は、追っかけ大学生の阿部満幹さんが帰路につく雅子さまを撮影した一枚だ。注目したいのは、雅子さまがしっかりとカメラ目線であることだ。  体調の悪いときは、人の視線を避けることが多かった。「最近は、しっかりと目線を合わせてくださいます。僕も、カメラ目線の写真を撮影できる機会が増えました。この日は晴天に恵まれて、太陽の日差しがちょうどスポットライトのように皇后さまを照らしていました。なにより、笑顔は自信に満ちていらしゃいました」 ■「うっかり!」ハプニングの皇后雅子さま  大会では皇后が日赤の事業に貢献した13名に有功章を授与する。久しぶりの単独公務で雅子さまも緊張していたのだろうか。  こんなシーンもあった。  受章者はまず壇上で一礼して、さらに名誉総裁である皇后雅子さまの前に一礼したのち授与される。  1人目の受章者が、雅子さまの前に歩を進めた。ところが、受章者が2度目の礼をする前に、雅子さまが有功章を渡しかけてしまうというハプニングも。  5人目の受章者は、車椅子で壇上に上がった。雅子さまが、身体をかがめて視線を合わせながら授与するその姿は、国民とともに歩んだ平成の皇室を彷彿とさせた。  この全国赤十字大会で名誉総裁を務める皇后は、平成の時代から白を基調に紺などのブルー系の差し色が入ったスーツを着ることが多い。名誉総裁の皇后や名誉副総裁に就く皇族妃は、赤十字社の赤色の記章を胸に付ける。記章が目立つようにとの配慮だと思われる。  2019年5月に催された前回の大会のときも雅子さまは、白を基調に紺のアクセントが入ったスーツを着こなしている。  令和皇室の色がにじむのは、この日の雅子さまの着こなしだ。  この日、追っかけで集まった皇室ファンの間でも、「雅子さまのスーツは新調されたものでは?」と話題になっていた。その通り、スーツは新調されている。  しかし、帽子はリメイクだ。  事情を知る関係者がこう話す。 「皇后さまのスーツの襟と袖口とポケットには、夏らしく紺のオーガンジーの素材が使われています。同じ紺のオーガンジー生地を二重に重ねて、前からお使いになっていた帽子のリボンの部分を張り替えて、今回は着用されました。皇太子妃時代から、リメイクなさることは少なくないのです」  リメイクといえば、昨年12月に二十歳の成年を迎えた愛子さまは、ティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて成年の儀式に臨んだ。サイズを合わせるために多少の手直しは、必要だったと思われる。  コロナ禍で厳しい生活を送る国民に配慮し、両陛下と相談して決めたと公表され、海外紙なども「思慮深いプリンセス」と令和の天皇ご一家を絶賛した。  皇后雅子さまと内親王の愛子さまが国民の生活に心を寄せた結果、意識的に衣装などのリメイクをなさっている部分もあるだろう。 「たしかに、お持ちの衣装をきれいに大切にお使いです。リメイクされることも少なくありません」  天皇ご一家を知る関係者はそう話すが、一方で、別の理由もあると言う。 ■オーダーメイドに耐えうる皇族方の体力  天皇や皇族方が公務で着用する衣装は、オーダーメイドでデザイナーが仕立てる。そのためには、採寸や仮縫いなどに要する時間もあり、発注するご本人も体力が必要だ。  雅子さまは、まだご体調に波があり、オーダーで仕立てるのが難しい時期もあった。また、公務への出席がギリギリまで判明しないため、長い間、新しい衣装を作らず、昔の衣装のサイズ直しをしたり軽いリフォームを施して着用することも少なくなかった。 「その意味では、今回スーツをオーダーなさったのは、ご体調がよい状況が続いた証しですね」(宮内庁関係者)  大会が終わり、会場となった渋谷区の明治神宮会館を出発した。車から手をふる雅子さまは、ひと目姿を見ようと集まった人びとに、とびきりの笑顔を見せた。 (AERAdot.編集部・永井貴子)

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    井ノ原快彦、主演ドラマ「特捜9」の「最終回はキャストと脚本家とみんなで考えて」…?

     人気刑事ドラマ「特捜9」。「警視庁捜査一課9係」シリーズの続編で、合わせて放送17年を迎える長寿番組だ。2006年当初からずっとV6が担当してきた主題歌を、今シーズンからトニセンこと20th Centuryが受け継いだ。トニセンのメンバーであり、主演を務める井ノ原快彦が、ドラマや主題歌の“舞台裏”を明かしてくれた。 「ドラマのメンバーもみんな、この曲いいねって言ってくれて」。そう語ってくれたのは、ドラマ「特捜9」の主役・浅輪直樹を演じ、20th Centuryのメンバーとして主題歌「夢の島セレナーデ」を歌う井ノ原快彦。「だからみんなで、エンディングを作ろうよって言って。ドラマって、昔はエンディングの映像があったじゃないですか。最近少なくなってしまったけど、毎回見ちゃうエンディングを作りたいなって。『夢の島セレナーデ』の、曲の力が引っ張ってくれましたね」  放送第3回から流れている、登場人物をつないでいくような、絆を感じさせるエンディングは、「吹越(満/青柳靖役)さんと、iPad駆使して、こうやって撮ってよ、って言って」できあがったという。「曲がまた、違って聴こえるんじゃないかなって感じています」 ■「特捜9」では「自分が本当に自分らしくいられる」  ところで、「特捜9」の会見で、新メンバーが加わり、「若返って、えらい雰囲気が違う」という話が出ていたが、井ノ原はどう感じているのだろう。 「なんかね、僕、先輩っぽくすることが、年々できなくなっちゃったんですよ(笑)。例えば、向井(康二/三ツ矢翔平役で今シーズンから出演)といま一緒にやってるんだけど、しゃがんで、かしこまった感じで挨拶をしてくれたの。でも、先輩後輩の関係で、下から来られると、俺、ほんと困るから、って話してさ。僕はもう全部さらけ出すの。彼とはよくメールでもやりとりするし、『今日家でこんなことがあった、もうやだ』って言ったら、『そんなこと言わないでくださいよ』とか、『僕もお母さんと先日ケンカしました』とかって返ってくる。本当に年齢関係なくね。  深川(麻衣/高尾由真役で今シーズンから出演)さんに対する態度も、台本ではわりと先輩先輩してたんですよ。『高尾、行くぞ』って書いてあって、そんな言い方しねーよと(笑)。だから、いままでの浅輪直樹のキャラそのままに『高尾さん、これ、どうしたらいいと思う?』って。上司と部下の新しい関係性も見せていきたいし、僕に似合わないことはやりたくない、やらない、っていうね。  役でも何でも、上下関係が強いと、現場でなかなか提案しにくいこともあると思うんだけど、普段の僕とあんまり変わんない感じでやっていると、若い子たちからの提案や意見も自然に出てくるんです。若い人たちは鋭いから、おもしろいよね。  スタッフも今回、20代前半が多くなって。『あ? なんすか?』みたいな感じなんだけど(笑)、『井ノ原さん、めっちゃよかったですね!』とか言ってくれるから、ほんと、うれしいの。自分が本当に自分らしくいられる。もしかしたら僕は、若い人たちとやってるほうが合ってるなーとか思っちゃう」 ■最終回はキャストと脚本家とみんなで考えて…?  だから今、現場はとてもいい空気だと、自然に笑顔になった井ノ原。もちろん、これまでもキャストやスタッフの関係性がよかったからこそ、シリーズが長く続いているのだろう。 「そうそう。ずっとメンバーと一斉メールやってるし。僕、津田(寛治/村瀬健吾役)さんと、肉食の動物とか都市伝説とか、好きな動画の系統が同じだから、そういうのやりとりしてるし、吹越さんとは芝居の話をしたり、リモート飲みをしたりするし。最近も羽田(美智子/小宮山志保役)さんから、第3回の放送で出てきた、数年前の田口(浩正/矢沢英明役)さんの顔がかわいいって送られてきたり(笑)。あと、宮近(海斗/昨シーズンまで佐久間朗役で出演)ともまだ続いてて、みんな『チャカ(宮近さん/米国留学中)、頑張れー』とか言ってくれてる。僕が主演するドラマでそういう関係がずーっと続いているのがすごくうれしくて。  僕はよくわからないけど、みんなが『なんか(記事で)変な書かれ方してるんですよ』『嘘ばっかり』って言うから、『そうなの? でもさ、書いてくれるんだったら、宣伝になるからよくない?』って言ったら、『そうだね』『じゃ、このままにしとこう』ってなって(笑)。もし本当だったら空気がおかしくなるから、僕もそんなつらい現場に行きたくない(笑)。何か思うことがあったら現場で言うし、言いすぎたなと思ったらすぐ電話して『今日ごめんなさい』『あーもうそんなの忘れてたよ』みたいなことはある。ほんと、いい仲間、部活の仲間みたいな感じなんです」  そんな空気の良さがあふれだすようなこのドラマ、「まだ最終回が決まってない」という。「『どうする?どうする?』ってみんなで話してるの。俳優さんは普通『どうなるんですか?』って聞く立場なのに、変じゃん?(笑) 去年も、最終回の後半の台本10ページ分ぐらい、キャストと脚本家とみんなで考えて。当日5分前にできた、みたいなシーンがいっぱいあった」と井ノ原は楽しげに明かす。 「特捜9 season5」は毎週水曜21時からテレビ朝日系列で放送中で、5月25日には第8話を迎える。もしかしたら、今シーズンも仲間みんなで作りあげた最終回が見られるのかもしれない。 インタビューの続き>>【「V6があったからトニセンが存在する」新たな門出に20th Centuryが語る】 (本誌・伏見美雪)※週刊朝日  2022年5月27日号

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    平野レミ「家計簿はつけたことない」 銀座シャンソン歌手から料理への道

     平野レミさんといえば「料理の人」「レミパンの人」。時に驚くほどユニークなものもありながら、実用性もおいしさも満点のレシピをマシンガントークで繰り出すスタイルがテレビでもネットでも大人気だ。シャンソン歌手から現在までの軌跡を元気に語ってくれた。 *  *  * 「アエラさん? あっ、マネーの増刊なのね。私、家計簿ってこれまでつけたことがないのよ~。数字とにらめっこなんて、私には無理よ、アハハハ!」  全身から太陽のような「元気オーラ」が出ている。つられてこちらも笑顔になる。  レミさんが唯一、お金をかけるのは食器と調味料だという。 「食器は『いいな』と思ったらすぐ買っちゃうの。もう1000点以上あるかな、数えたことないけど。今、新しい料理の本を作っているところなんだけど、『レミさんのうちの食器で写真を撮影しましょうよ』って話になっているくらい」  調味料は値が張っても安全なものを選ぶ。 「しょうゆやみりん、みそ、このあたりはケチりたくないの。むか~し、お医者さんから『今日食べたものが3カ月後に血や肉になっているから毎回の食事が大切だ』って聞いたのよ。  子どもが小さいときも、高価な有機野菜をわざわざ取り寄せたりしていたわね。だって体が一番大事でしょ?」  食器と調味料以外は物欲がない。 「ダイヤモンドとか洋服とか、本当に興味がない。欲しいもの、ないわ」  特に目的なく買い物がてらブラブラすることが好きな人も多いが、レミさんは仕事柄、日本全国を飛び回る生活。 「そうそう! 飛行機もたくさん乗るので、マイルがたまるのね。でもマイルの使い道がなくて。欲しいものがないから、有効期限ギリギリになると、いつも困っちゃうの。えっ、そのマイルを使ってタダで飛行機に乗れるの? なるほど~!」  マイルの有効期限はそこまで短くないが、そもそも金欲がないのでマイルやポイントの残高を日頃からチェックすることもない。有効期限が来たことに気づかないまま時が過ぎることも、ありそうだ。 「要するに、すっごく無精なのよ! それと『せっかち』。美容院も苦手でね、パーマなんかで長いこと座っているとがまんできなくなるの。で、『打ち合わせがあったんだ! 大変大変!』って、ビチョビチョのまんま途中で帰ってきちゃう」  レミさんはもともとシャンソン歌手だ。日米のハーフでフランス文学者の平野威馬雄(いまお)さんを父に持ち、早くから音楽に触れていた。家には外国人の来訪も多かった。50年以上前の話である。 「外国人のお客さんがLPレコードを持ってきてくれるのが、うれしかった。レコード盤に針を落とすと、日本の歌とは全然違うメロディーが流れてきて素敵だった」  誰に言われるでもなく、一人で歌うようになった。 「歌が大好きで。広い庭に柱と屋根だけの東屋(あずまや)や温室があって、大きな声で毎日歌ってた。そのうち父が、『本気で歌をやるなら、習うか?』って言ってくれたの」  レミさんが歌のレッスンに通いはじめたのは16歳の頃。日本ではじめて歌劇「カルメン」を演じた声楽家、佐藤美子先生の元に連れていかれた。 「先生がね、プロになろうなんて絶対に思っちゃダメですよって私に言うのよ。プロはお金を取るのが商売で、お金はとっても汚らわしいものだから、プロを目指すなって。でもね、先生は私から月謝を取っていたけどね(笑)。おかしいわよね」  目をくるんと回して「月謝を取っていたけどね」というレミさんに一同爆笑。憎めない。みなから笑顔を引き出す。  レミさんは「プロ禁止」と先生に言われながらも内緒で、東京・銀座にある「日航ミュージックサロン」でオーディションを受けた。腕試しがしたかった。 「とびきりいい声を出そうと思って、ドロップを口いっぱいに入れて出番を待っていたら、意外に早く名前を呼ばれちゃった。  慌ててドロップを一番前のお客さんの灰皿に『スミマセン』と言って口からベーッと吐き出して歌ったら合格。ドロップのおかげじゃないわよ、歌が上手だったのよ!」  日航ミュージックサロンでのレミさんの歌の評判は広まり、ほどなくして「銀巴里(ぎんぱり)」から声がかかった。銀巴里は、1951年から1990年まで東京・銀座にあった日本初のシャンソン喫茶。美輪明宏、青江三奈、戸川昌子、岸洋子らを輩出し、日本のシャンソン文化の拠点だった。銀巴里と日航ミュージックサロンは銀座通りを挟んで目と鼻の先。 「歌のステージが終わったらドレスをたくし上げて、譜面を片手に銀座の街をハイヒールでタッタカ駆けて。何度も往復するの。楽しかったわ」  レミさんの美声は新たなチャンスとその後の出会いも呼び込む。 「そのうち、日本コロムビアからお誘いがあったの。うちからレコードを出しませんかって」  即、OKした。レミさんのデビュー曲は「誘惑のバイヨン」。シャンソンではなく歌謡曲だった。シャンソンは下火になってきたからしばらくお預け、と言われて渋々がまんした。 「近所のおじさんから『<誘惑のバイヨン>が北海道のストリップ劇場で流れてたよ』って聞いて、複雑な気分だったわよ」  デビュー曲は幸か不幸か「中ヒット」。そのため2曲目も3曲目も歌謡曲だった。4曲目のタイトルは「カモネギ音頭」。プロモーションのため、銀座の歩行者天国でカゴいっぱいのネギを背負って歩いてほしいと言われた。 「や~めた。そんなこと、絶対にやりたくないもの」  しばらく家にいたら、今度はTBSラジオから出演の誘いがあった。月曜から金曜の昼の生放送だった。「何でも好きなことをいっぱいしゃべっていいから」と言われて自由に話したらリスナーに大受けし、2年半続いた。相方は久米宏さんだった。 「ラジオもね、ちょっとした手違いがあったのよ。新人紹介パンフレットに載っていた顔写真と名前が私と辺見マリさんで入れ替わっていたらしいの。辺見マリさんの顔写真の下に私の名前があって。  TBSラジオは辺見マリさんの写真を見て『かわいいじゃないの』って平野レミにオファーしたわけ。マリさんは人生の恩人ね(笑)」  後に伴侶となる和田誠さんと知り合ったのもこの頃だ。和田さんは日本の職業イラストレーターの草分けである。映画監督としてメガホンを取り、エッセイストや童話作家としても才能を発揮した人物だが、2019年10月にこの世を去った。レミさんは亡き夫を今も「和田さん」と呼ぶ。  アプローチは和田さんから。テレビの生放送で歌い出しの調子が悪かったレミさんが「もう1回最初から!」とバンドに伴奏のやり直しを求める一幕があった。それを見ていた和田さんが興味を持ったという。確かに生放送で「もう1回!」と言う歌手なんて、なかなかいないだろう。 「和田さんが久米さんに私を紹介するよう頼んだのよ。そうしたら久米さんは和田さんに『一生を棒に振りますよ』って言ったんだって、まったく失礼しちゃうわよね。でも久米さんは自叙伝に『あれほどのおしどり夫婦になるとは夢にも思わなかった』とも書いてるわよ」  レミさんは和田さんとTBS地下のしゃぶしゃぶ店『ざくろ』ではじめて会い、それから10日ほどで結婚を決めた。ざくろに行く前、久米さんはレミさんに「食べたらすぐ帰ってくるんだよ」と声をかけた。 「きっと久米さんは私のこと好きだったのね。ウソよウソだって、絶対そんなことないって! アハハハ! カットカット!」  結婚後、レミさんは料理に力を入れるようになる。来客を通じてその味が評判になり、テレビ出演の話が来た。  料理愛好家と名乗るようになったのもその頃だ。当時、そんな肩書をつけている人はいなかった。レミさんは料理を研究しているのではなく、家族が大好きな家族愛好家。家族のために料理を作るから料理愛好家。唯一無二の「レミさん愛好家」だった和田さんの発案である。  レミさんの味覚の土台を作ったのは父の威馬雄さんだ。 「都立上野高校に通っていた時代、父がちょくちょく校門まで迎えにくるわけ。で、『映画館に行こう』って早退させられるの(笑)。映画のあと、いつもおいしいものを食べさせてくれた。中華がおいしかったな。おそば。エビも入っていて、片栗粉でとろ~んとしたおつゆがおいしかった」  私たちがテレビなどで見るレミさんはいつも元気いっぱい。「嫌なことはあまりない」というが、たまには本気で怒る。 「事件」の発端は、とある料理雑誌。ある号で、大きなタイトル文字が料理の写真にかぶっていた。 「『私の料理が死んでしまうからやめて! 文字をかぶせないようにして!』ってお願いしたの。そうしたら、編集者が『あなたよりデザイナーのほうが立場的に上だから応じられない』って。『誰がエライとかおかしいわよ!』って大ゲンカしちゃった。料理が一番大事なのに。このことを和田さんに言ったら『上手なデザイナーは料理写真の上に大きな文字を置いたりしないよ』ってわかってくれた。うれしかった」 「平野レミ料理」で画像検索すると上位にヒットするのがブロッコリーレシピだ。 「まるごとブロッコリーのたらこソース」を取り上げた料理番組の画面ショットで、ネット上では『伝説』とも言われている。皿の上に立てた丸ごと1個のブロッコリーに、クリーミーなたらこソースをたっぷりかけているのだが、収録中にブロッコリーが倒れてしまった。 「NHKから相談されたのよ。ブロッコリーって小さな房に分けて、ゆでてマヨネーズで食べるしかない感じだけど、何かいいアイデアはないかって。だから小さく分けないで、ブロッコリーに敬意を表してお皿にドンって立たせてみただけよ」  大マジメである。 「ブロッコリーが倒れるとは何事かって、あとからクレームが入っちゃった。でも立ってるものがたまに倒れるのは当たり前よ。立ってるものはずっと立っているべきで、絶対に倒れちゃいけないなんて、そっちのほうが変じゃない?」 (このとき取材陣は笑いをこらえるのに必死だった――いや、笑ってしまっていた)  レミさんの人生で一番悲しかった出来事は、夫である和田さんの他界だ。 「和田さんは何でも知っているし、何を聞いても教えてくれるし、嫌なことがあれば全部解決してくれた」 「和田さんの手のひらの上で踊っていただけなのよ。自由に、好きなことをやっていたの。その手のひらがなくなったから、今はストーンと奈落の底」 「そこから、はい上がるまでの……」そう言いかけてレミさんはフッと沈んだ表情になり、「まだ、はい上がっている途中なんだけどね」と続けた。 「昔から、伴侶に先立たれた人はこんな気持ちを味わってきたのね。たくさんの人が経験することなのにね」  時折しょんぼりするレミさんの気持ちを前に向かせるのは料理だ。 「仕事を持っている人、好きなことをいっぱい持っている人の勝ちだね」  という言葉に力強さと実感がこもる。  食べることも、作ることも、レシピを紹介することも好きなレミさんだが、掃除は苦手だという。   かつてレミさん宅に泥棒が入ったことがある。犯人はほどなく捕まった。その犯人が刑事に「家があまりに散らかっていたものだから、自分より先に泥棒が入ったと思った」と打ち明けたという。 「確かに私は掃除ができないけど、泥棒が入ったあとほど散らかってないわよ。いや、散らかってたかな?」と笑い飛ばす。  盗まれたのは100万円で、犯人が逮捕されてお金は戻ってきた。 「ちょうどその頃、和田さんが菊池寛賞を取って100万円もらったから、泥棒さんから戻ってきたお金と合わせて200万円ね。うちが急にお金持ちになっちゃった」  いや、戻ってきたお金は……と突っ込むのはもちろん野暮である。  家計はレミさんに任されていたが、管理とはほど遠かったようだ。 「お金はキッチンの引き出しに入れて、買い物のとき持っていく方式だったかな。あの頃はまだ、クレジットカード時代じゃなかったのよね。子どものお小遣いも、引き出しから渡していたの。ぜ~んぶアバウト。引き出しにお金が入っていることを子どもは知っていたけど、勝手に手をつけることもなかったと思う」  レミさんがポジティブな生き方を続けてきた秘訣(ひけつ)は何だろう。 「自分が嫌なことはしない! 嫌な人とは付き合わない! これだけで、ここまで来ちゃった。世の中にはいろんな人がいるでしょ。嫌な人ってピピッとくるのよね」  顔つきや目つきだけでなく、話していてもおもしろくない。だから避ける。 「しゃべり方も大事なのかな。嫌な人って電話の『もしもし』から暗いわよね」  不幸を運んできそうな人を勘で寄せつけないのがレミさん流の防衛術だ。  現在、世相は決して明るくないが、食べ物で元気になれるとレミさんは信じる。 「一番好きなものを食べて! 私の大好物は牛肉。サシがいっぱい入ったところね。ヒレも柔らくておいしい。ニンニクしょうゆが合う。そう、私、ニンニクが大好きなのね。パクチーも好き。あっ、トマトも好き。それから、えーとね……」 「胃下垂かな」とおどけて見せるほど食欲は旺盛だ。本人の元気に周りは引き込まれる。 「今度おじゃまさせてください」と言われたら、社交辞令かもしれないのに「今度来るってよ! いつがいいかな!?」と素直に喜び、大騒ぎ(レミさんのマネジャー談)。  その様子に周囲は元気をもらう。確かに本誌取材陣も元気をもらった。 (編集・文/大場宏明、編集部・中島晶子) ※アエラ増刊「AERA Money 2022夏号」より抜粋。平野レミさんはお金に関してにこだわりがありませんが、「AERA Money」では超ビギナー向けの資産運用術をわかりやすく解説しています!

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    秋篠宮さま「バオバブ部屋」の折り合い 皇族と一人の人間のはざまでの苦悩とは

     江森敬治さんが秋篠宮さまに37回も面会して書いた著書『秋篠宮』が話題だ。そこから見えてくるのは「皇族」と「一人の人間」のはざまで苦悩する姿だ。AERA 2022年5月30日号の記事から。 *  *  *  苦境において手を差し伸べてくれる。そんな友を持つ人は幸せだ。だから秋篠宮さまは、幸せな人──話題の本『秋篠宮』を読んで思ったことだ。  著者の江森敬治さんは今年3月まで毎日新聞記者をしていた。が、秋篠宮さまとの出会いのきっかけは取材でなく、妻だった。  結婚前に学習院大学経済学部の副手をしていた妻が、川嶋辰彦教授を通し、高校生だった長女・紀子さんと親しくなった。1990年、紀子さんは秋篠宮さまと結婚。江森さんと秋篠宮さまは翌年2月に初めて会ったが、お互いに妻同伴だった。 ■メディアと皇室の問題  江森さんはその年、宮内庁担当に。3年で担当を離れる時、秋篠宮さまは「これでお会いしやすくなりましたね」と笑った──という話は、江森さんの前著『秋篠宮さま』に書いてある。  出版したのは98年だが、大きく後押ししたのは96年の出来事だったということは想像に難くない。同年4月、秋篠宮さまはタイを私的に訪問。生物学の研究だったが、来日中の米大統領の晩餐会と重なっていたため、大きな批判を招いたのだ。  江森さんは経緯を解きほぐす。同時に、メディアが伝えるのとは違う秋篠宮さまの「素顔」を描写する。そこから浮かぶメディアと皇室、双方の問題点を指摘する。『秋篠宮』で江森さんがしようとしたことの原点だ。  2冊を通してわかるのは、江森さんが秋篠宮さまの良き友であるということで、冒頭にも書いた。そして、良き友を持つのは良き人。そのことも思った。  前置きは以上。本題の『秋篠宮』だ。「はじめに」にこうある。 <私は、本書のための取材を開始した一七年六月から脱稿する二二年一月末までの間に、秋篠宮邸および御仮寓所に合計三十七回、足を運んだ>  17年5月、NHKが秋篠宮家の長女眞子さんと小室圭さんの婚約内定をスクープ。以来、つい最近までの37回だから、話題になって当然だ。17年12月に「小室さんの母の借金問題」が報じられ、18年2月、結婚に関する儀式の延期が発表された。延期を提案したのは眞子さんで、1月初旬には決まっていたことをこの本で知った。延期発表直後に秋篠宮さまが江森さんに言った「二人はそれでも結婚しますよ」と「先のことは、誰にも分かりませんからね」は、多くのメディアが引用している。  江森さんは、「娘の結婚問題で秋篠宮がうまく立ち回れたとは思えない。父の責任を問う声も、世間から上がった。だが、娘の結婚に際しての父親の態度や取り組みに、正解があるはずがない」と解説する。<父親として、皇族として、悩みに悩み抜いている姿を側で見るのは辛かった>とも書いていた。 ■眞子さんの「自己実現」 「皇族」と「一人の人間」のはざまで苦悩する秋篠宮さまの姿から、現在の皇室の問題を考えてほしい。それがこの本の眼目だ。だから眞子さんの結婚にも、江森さんは皇族の不自由さを見る。一般女性に比べ、恋愛の自由がかなり制約されている。ゆえに眞子さんは圭さんとの恋愛に前のめりになり、周囲の忠告に耳を貸さなくなった、と。  その面もあると思う。が、同性として、それだけかなと思う。「男系男子」で継承していく皇室で、女性皇族は絶対的な非主流。「自己実現」を追い求めると、皇室の外に出るしかない。そのための唯一の手段は結婚だけ。そういう構造の中に眞子さんがいたことを思わずにいられない。  それに拍車をかけたのが、この本で知った働く秋篠宮さま像だ。ジェンダーを理解する、女性にとって良い上司なのだ。  悠仁さまが生まれた直後の記者会見で、女性皇族の役目を「私たち(男性皇族)と同じ」「社会の要請を受けて務めを果たす」「違いは全くない」と明言。皇嗣になってからは侍従、女官という男女別の職種をやめ、宮務官に統一した。江森さんには「これからは、女性の皇嗣職大夫や女性の宮務官長も十分にありえます」と語ったそうだ。  こういう“上司”の下で公務という“仕事”をしながら、眞子さんは“寿退職”を強く望んだ。やはり構造の問題だと思う。が、ここからは違う話をする。  江森さんが描写する秋篠宮邸の内部が不思議だった。例えば珍獣シファカの木彫りなど、マダガスカルに関連するものが並んでいるらしい通称「バオバブ部屋」。秋篠宮さまにとってマダガスカルは、眞子さんと訪れた思い出の地だから、まだわかる。「木彫りのクマの親子が出迎える」という部屋もある。母グマの木彫りは1メートル以上、とあった。お、大きい。3羽の鳥の剥製が並び、にらまれているようだという描写もあったから、きっとこれも大きいのだ。 ■シャイで社交ベタ  なぜ? という疑問が氷解したのはこの記述を読んだ時。<珍しいものを部屋に飾っておくことに意味があると、彼から聞いたことがある。部屋に珍品が置いてあれば、それをきっかけに話が弾むことがあるのだという。「自分はシャイで社交ベタだ」と自認する彼らしい工夫だ>  皇室にとって必須であろう「社交」が苦手だという秋篠宮さま。だが、それをしないわけにはいかない。だから変わったインテリアを置き、「自分」と「皇族」の折り合いを付ける。そうして秋篠宮さまは、「一人の人間=自分」と「立場」を何とか両立させている。  組織作りだけでなく、警備体制や被災地訪問の仕方など、秋篠宮さまがさまざまな改革を進めていることも書かれていた。前例にとらわれない改革こそが秋篠宮さまであり、それも自分と立場を両立させる方法の一つなのだろうと思えてくる。  生きていくとは、常に何かとの折り合いをつけることだ。だが、昨今の皇族が切なく感じられるのは、折り合いを付ける大変さが際立っているからかもしれない。そんな風に思いながら読み進めると、衝撃の記述に出合う。 ■ヒツジに生まれたら  最終盤、江森さんは代替わり前から、秋篠宮さまが「抱負」や「決意」を口にしないことを改めて書く。気負わず職務を果たすのだろうとし、秋篠宮さまがふとした時に見せる「素」の話を書く。そして、随分前に口にしたという言葉を再現する。 「今度、生まれてくるとしたら、人間ではなく、ヒツジがいいかもしれない。ヒツジになってひねもすのんびりと草をはんで……ヒツジに生まれてきたら、なんとなく楽しいかもしれない」  幼い頃、ペットのヒツジを可愛がっていたという秋篠宮さま。だとしても、余りに切ない。  だから最後に、秋篠宮家の次女佳子さまのことを。5月7日、佳子さまは「第31回森と花の祭典『みどりの感謝祭』」に出席した。秋篠宮さま、眞子さんと受け継いできた名誉総裁に初めて就任、参加者を前に挨拶した。  佳子さまは、花柄のレースの上下に薄いピンクのジャケットを着ていた。女性皇族の柄ものの服を初めて見た。レースの花にもピンクが散り、とても明るかった。3年前、眞子さんは淡い緑色のワンピースでこの式典に出席した。そちらが普通で無難なのに、佳子さまは変えた。  前例踏襲せず、好みのファッションを選んだ。そう理解すれば、それが佳子さまなりの折り合いなのだと思えてくる。自分と立場。重ならずとも、折り合いをつける。佳子さまの花柄がまぶしかった。(コラムニスト・矢部万紀子) ※AERA 2022年5月30日号

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    佳子さまの装いは「満点以上」とマナー解説者が絶賛 耳を出したハーフアップにした理由とは

     森林づくりの功労者を表彰する「第31回森と花の祭典―みどりの感謝祭式典 “感じよう みどりの恵みと 木のぬくもり” 」の式典が7日、東京都千代田区で行われ、秋篠宮家の次女・佳子さまが出席された。前回は姉の小室眞子さんが出席し、コロナ禍で3年ぶりの式典となった今回は佳子さまが初めて臨まれた。そのときの佳子さまの装いが「壇上のフラワーアレンジメントとマッチしてすごい!」という。 *  *  *  写真を見れば一目瞭然、その日の佳子さまの装いは、まさに「華」があった。 「グリーンがベースでピンクと白い花柄の刺繍があしらわれたセットアップに、同系色のノーカラージャケットを羽織られていました。足元はベージュのパンプス、手元には小ぶりのベージュのクラッチバックと白の手袋をお持ちになっていました。髪型は耳をしっかり出し、後ろでまとめたハーフアップにパールのイヤリングにパールのネックレスをされていました」(皇室記者)  この装いと身だしなみを「満点以上の高得点」と絶賛するのは大手企業のマナーコンサルティングを長年務めるマナー解説者の西出ひろ子さん。西出さんがまず挙げるのが髪型だ。 「まず髪型ですがハーフアップにしていらっしゃって、耳を出すというのは、すっきりときちんとした印象になるのと、おじぎをしたときに髪が顔にかかることがない。だらりと髪の毛が顔にかかるのは、清楚感や清潔感に欠けると思う方もいるのでハーフアップというのはとても大事ですね」  続けて、その装いも素晴らしいと言う。 「お若い方がカチッとしたフォーマルを着てしまうと年齢よりもかなり老けて見えたり、服に着られてしまう感じになるのをレースの花柄のモチーフのセットアップが解消しています。とても、可愛らしく、でもきちんとした印象もある素敵なフォーマルの装いだと思いました。また、ピンクにグリーンの差し色もあり、“みどりの感謝祭”への気持ちを表すのにぴったりです」(西出さん)  さらに、西出さんが感心したポイントが靴とバッグの色選び。 「一番感心したのはパンプスとバッグの色を同色にしていること。これは、フォーマルなマナーで重視されていることです。基本的なことですが、あまり浸透していないことなので、佳子さまはさすがだと思いました。足元にベージュを選ばれているのも素晴らしい。全体的な色味から黒い靴や茶色の靴は合わせないと思いますが、今回の佳子さまのような淡い色の服に黒い靴を合わせている方も正直多いです。統一感のあるベージュになさっていることで高得点過ぎるといいますか、身だしなみというマナーにおいて満点以上の着こなしです!」(西出さん)  さらに、佳子さまは、式典の壇上にある花も味方に付けていた。 「ステージに飾られた生花が佳子さまのジャケットの下のセットアップの色合いに合わせられたようでした」(皇室記者)  1枚目の写真が生花を背にした佳子さまだが、たしかに「華」がある。ここ数年、秋篠宮家と言えば眞子さんの話題ばかり取り上げられることとなってしまったが、佳子さまのファッションから紐解くとしっかり大人の階段を上っているようだ。年代を追って振り返ってみる。 【1】姉妹でお揃いコーデが定番だった 2007年8月31日、佳子さまと遊ぶ、もうすぐ1歳をむかえられる悠仁さま。この時12歳の佳子さまは眞子さま(当時)と似た感じのジャケットスタイルで初々しい。佳子さまがもっと幼い頃は姉妹で全身同じコーデだったり、色違いのワンピースだった。 【2】佳子さまのファッションに変化が! 2007年御用邸近くの葉山しおさい公園を訪れ、日本庭園の池の鯉に餌を与え楽しげな佳子さまと眞子さま(当時)。この頃から、姉妹お揃いからは卒業!? 真っ白なダウンにミニスカート、足元はボアブーツで。姉の眞子さまのセーターがトラディショナルなアーガイル柄のタートルなのに対し、妹・佳子さまは襟元ゆったりなタートルが対照的。 【3】グッとおしゃれ度が増しカジュアル路線に 2012年9月6日で6歳になった秋篠宮家の長男・悠仁さまと眞子さま(当時)と佳子さま。この年に大流行したダンガリーシャツにパッチワークのワンピースを合わせたスタイル。ダンガリーシャツは裾を結んでご自分なりのアレンジをきかせている。当時は、赤文字系ファッション誌できれいめファッションが取り上げられた最後の年で、その後、ナチュラル・カジュアルへ転換していったのがこの頃。 【4】同じ入学式スタイルでもこんなに違う 左は2013年4月学習院大学文学部教育学科へ入学式に向かう佳子さま。右は2015年、前年にAO入試で合格した国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科の入学の1枚。スーツは同じだが、高校卒業後すぐの入学式とその2年後、真っ黒ストレートヘアから少し明るい髪色でふんわり毛先を遊ばせたスタイルに変身している。 【5】母と娘たちコートの着こなしも様々 2017年2月28日ベトナムへ出発する天皇、皇后両陛下(当時)を見送る紀子さま、眞子さま(当時)、佳子さまは3者3様のコートスタイル。佳子さまはダブルブレストコートでウエストに切り返しがあり脚長効果も。つばがやや広めのしっかりした帽子で小顔効果もありスタイルよく見える。 【6】真っ白なワンピーススーツで外国訪問へ 2019年9月15日オーストリアとハンガリーを公式訪問するため、羽田空港を出発する秋篠宮家の次女佳子さま。光沢のある真っ白なワンピーススーツで清楚な感じもしつつ、程よいフレアスカートでかっちり過ぎず23歳らしいフレッシュな印象に。よく見るとストッキングもナチュラルベージュではなく光沢がある白っぽいものにしていて、そのコーデは完璧過ぎる! 【7】アイテムのチョイスが絶妙 2019年12月の25歳のお誕生日前に公開された秋篠宮邸の庭を散策する佳子さま。佳子さまが着ているダッフルコートと言えば紺色かキャメルカラーが定番。それを鮮やかなスカイブルーで、しかもショート丈のチョイスはかなりのオシャレ上級者!? 写真では見えにくいがワイドパンツとのコーデをしていて年齢相応の大人カワイイも演出。 【8】「姉が主役」のため落ち着いた装い 2021年10月26日眞子さま(当時)を見送る秋篠宮ご夫妻と佳子さま。あまりに有名になってしまった姉妹のしばしのお別れのシーンだが、嫁ぐ姉に寄り添う佳子さまはグッとシックな装い。「この日は姉が主役」とTPOをわきまえられた気持ちの表れも感じられる。  前出の西出さんは、着こなしにはTPOをわきまえることの大切さを指摘する。 「身だしなみや服装において、一般的に大事なことはTPOです。私はマナーの専門家として“P”をさらに2つ加えていてTPPPOと言っております。TはTIME(時間)、PはPLACE(場所)、私が加えるPの一つ目はPERSON(人)。どんな人と一緒にいるか、どんな相手と接するのかによって服装や身だしなみが変わります。もう一つのPはPOSITION(立場)です。例えば、結婚式の服装で言うと、親族なのか友人なのか立場で変わりますよね。この2つのPがとても大事なのかなと思っています。佳子さまの今回の式典の話しに戻すと、今回の“みどりの感謝祭”というのは、樹木や草花を大切にしていく気持ちが、しっかり服装に表れていたなと思いました」(西出さん)  佳子さまの今回の装いを見ても、ファッションの変遷をたどってみてもなかなかの上級者なのかもしれない。(AERAdot.編集部・太田裕子)

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    「自宅の管理が大変」65歳以上高齢者の6割 元気なうちに人がいる環境への住み替えの勧め

    マイホームを持っても、やがて子どもが独立し、自分やパートナーの病気、連れ合いの死去などをきっかけに、このまま自宅に住み続けていいものだろうか、と思う人は多いようです。人生100年時代を迎え、“老後の生活”は20年、30年と続きます。「自分らしく安全快適に過ごしたいなら、住み替えを考えて」と老いの工学研究所理事長の川口雅裕氏は言います。高齢期の住み替えとはどのようなものなのでしょうか。詳しくうかがいました。 *  *  * ■高齢者世帯の約3割は独居高齢者という現実  内閣府の令和3年版「高齢社会白書」によると、65歳以上の高齢者がいる世帯数は約2600万。全世帯のおよそ50%を占めています。なかでも高齢者だけの世帯数は年々増加して、2600万世帯の約29%が高齢者の独居。さらに夫婦のみの高齢者世帯(約32%)と合わせると、約6割が高齢者だけの世帯だと発表されています。  いまは家族やパートナーがいても、いずれは誰もが一人暮らしになる、それは避けられない現実です。そんな視点でわが家を眺めてみると、「一人になって、体が思うように動かなくなっても、この家に住み続けられるだろうか」と不安に思うことはありませんか。愛着のある、住み慣れたはずのわが家なのに、加齢に伴って不便や不安を感じることが多くなってきていませんか。  川口雅裕氏が理事長を務める老いの工学研究所が高齢者を対象におこなったアンケート調査では、高齢者の多くが現在の住まいに不満、不安を感じているという結果になりました。  不満として、「管理が大変(広すぎる、老朽化) 59.6%」「室内の段差や階段 36.9%」「地震などの災害が心配 24.1%」がトップ3。そのほか、坂道が多い、通院や買い物が不便、などが挙がっています。加齢に伴って体力や筋力が低下したり、またやる気が出ずについ面倒になったりして、徐々に使い勝手が悪くなっていくようです。  最近はバリアフリー住宅が増えてきて、段差をなくし、浴室やトイレに手すりをつけるなど、高齢者にやさしい構造になった家もめずらしくありません。それでも転倒やヒートショックなどの高齢者の事故の8割近くが自宅で起きているといわれ、家の中には思わぬ危険が潜んでいます。  さらに、高齢者だけの世帯では、5年先、10年先も同じように健康な状態でいられるかという思いから、「なにかあったときにすぐに助けてもらえるだろうか」という不安を抱えている人が少なくありません。この先、一人暮らしになったら倒れていても気づかれないということもありうる。そうはいっても、思い切って住み替えるのだから、失敗はしたくない……あれやこれやと迷って、結局、結論を先延ばしにしているのが大半の現状といっていいでしょう。 ■自分らしい老後のための住み替え条件  いま住んでいる住宅に不満や不安を感じ始めたら、元気なうちに「住み替え」を考えるべき、と川口氏は言います。 「その不満や不安は年とともに大きくなっていきます。住み替えは“時期尚早”などという声をよく聞きますが、正直なところ、手遅れにならないかと心配ですね。気力や体力があるあいだに、通院や買い物に便利なマンション、息子や娘宅に近いマンションなど、手ごろな広さと安全性、利便性を求めて、住み替えを検討することをお勧めします」  川口氏は住み替えを考えるにあたって、 (1)安全な環境に住む (2)周りに人がいる環境に住む (3)どんな人でもいいわけではなく、「幸せそうな人」「素敵な人」の近くにいる  の3点を重視してほしいと言います。  なおかつ、高齢になっても自分らしい生活を送るための条件も譲れません。自分らしいとは、自分の考え・気持ちどおりに、自分の意思で選択して生きていくこと。そのためには、▼自立性をもち、自己決定ができる、▼いまある機能を維持する、▼いまの生活をできるだけ継続させる、がカギになります。  周りに人がいる環境というと、有料老人ホームなどの高齢者ホームを思い浮かべます。確かに安全で安心ではありますが、ホームによってはサービスが行き届きすぎて、いまある機能を維持しにくくなる可能性があります。安全性を重視するあまり、やってはいけないことが多くなり、自立性を保つことも難しくなりそうです。  三世代同居はどうでしょうか。安全で安心、家族に囲まれていますが、「おじいちゃん」「おばあちゃん」の役割を割り振られて、すっかり「年寄り」扱いされてしまいます。さらに日常生活では「やってもらう」ことが多くなり、やはりできることが減っていくリスクがありそうです。  川口氏は「同世代の人が周りにいる環境がおすすめ」と言います。若い世代との交流で若さをもらうという考え方もありますが、どうしても年長者の立場になり、高齢ということもあって大切にされがちに。 「『おじいちゃん』『おばあちゃん』と呼ばれ続けると、その通りになってしまいます。その点、同世代だと、みな同じような年齢ですから過剰に大切にされることもなく、若いままの気持ちでいられます。仲良しグループや同級生が集まって同じマンションに住むのが理想的ですね」  なかには、人とのつきあいはトラブルもあるだろうし面倒、一人が気楽、という人もいるでしょう。なにも集団の中に入って一緒に活動をする必要はありません。人がいる環境に「いる」だけでいいのです。 「孤独でいてもかまいません。でも孤立はいけません。近くにいて別なことをしていればいいのです。できるだけ人の中に出て行くことが大切です」(川口氏) ■幸せそうな人の近くにいると幸せになれる  住み替え条件の三つ目のポイント、「幸せそうな人」「素敵な人」の近くにいることも重要です。幸せそうな人の近くにいれば、こちらの気持ちも明るくなることは想像がつきます。ぎすぎすした人に囲まれていたら、毎日を気持ちよく過ごせるわけがありません。幸福感は伝染するものです。  そして「素敵な人」とは、自分らしく生きている人=自分の価値観をもって活動している人だと川口氏は言います。 「こんな仕事をしていた、こんな肩書だった、だから素敵、というのは現役時代の価値観です。高齢期には、それぞれが自分のモノサシをもって多様な生き方をしたいものです。例えば新聞の俳壇に何度も掲載されているとか、ほとんどの家電を修理できるとか、懐メロに詳しいとか、楽器やプラモデルづくりの腕前がプロ級、あるいは初めての分野にチャレンジし続けているなど、なんでもかまいません。すごいな、立派だなと思える人、何かに一生懸命になっている人が素敵な人といえるでしょう。そういう人の近くにいることが刺激になり、自身の活力となります」  そんな中にいれば、自分もまた、周囲にとって「素敵な人」になっていけるでしょう。良い影響、良い刺激を相互に与え合いながら、人間関係やコミュニティーが進化していく、そんな環境が本当に住み心地のよい環境と言えるでしょう。  それぞれがそれぞれの価値観で生き、互いに認め合い、多様性を大事にしてそれぞれの暮らしをリスペクトする。そんな理想的な環境への住み替えは実現可能なのでしょうか。 「まだ少数ですが、今回お話ししたような原則を踏まえた住まいもいくつか出てきています。高齢期の住み替えについて多くの人が前向きに取り組むようになれば、徐々に理想的な住み替え先も増えてくるでしょう」(川口氏)  いま住んでいる家や環境は、5年後、10年後にも安全、安心、快適に自分らしく住み続けていられるか、一度、新たな目で見直してみませんか。 (文・別所 文) NPO法人「老いの工学研究所」理事長 川口雅裕(かわぐちまさひろ) 1964年生まれ。京都大学教育学部卒業。株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)で人事や広報を担当。組織人事コンサルタント業を経て、2010年から高齢社会に関する調査研究活動を開始し、12年老いの工学研究所設立。会員数1万6000人を擁し、「老い」についてのフィールドワークをおこなっている。著書『年寄りは集まって住め~幸福長寿の新・方程式~』『だから社員が育たない』『実践!看護フレームワーク思考 Basic 20』『なりたい老人になろう~65歳からの楽しい年のとり方』など多数。

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    11時間前

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    「映画監督に必ずなる」 17歳の阪本順治を決意させたゾッとした体験

    「どついたるねん」(1989年)で鮮烈デビュー、「顔」(2000年)、「新・仁義なき戦い。」(2000年)、「北のカナリアたち」(2012年)など、多くの作品を手がけてきた映画監督・阪本順治さん。監督を目指すきっかけは高校時代にあった。  高校生のとき、背筋がゾッとする体験をした。 「今思えば不思議な子供でした。両親が、商売をやっていて忙しかったので、小学生の頃は、家の屋根裏にちゃぶ台を持ち込んで、ロウソクに火をつけて、じーっとそこで妄想やら空想やらをしていました。妄想で、その屋根裏の空間が満たされることが好きだったんです。屋根裏の天井に、コウモリの親子がぶら下がっていて、よくそのコウモリたちと会話していましたね」  思春期になると、自分の不満のすべてを親や世間のせいだと思い込んだ。何度も家出や不登校を繰り返し、友人たちを避けるようになった。 「当時は、どうすれば学校をズル休みできるかしか考えていなかった。最初は仮病を使って、次は目薬と水虫の薬を飲んで腹を下してみたり、わざと家の階段から落ちてけがをしたり。それがエスカレートして、ついには文鎮で頭を殴り続けた。ゲーゲー吐いてしまって、病院で診察してもらったら、医者が、『頭蓋骨にヒビが入っています』と。そのときに背筋がゾッとしたんです」  こんなことをずっと繰り返していたら、自分はダメになる。何か生きる目的を持つためにはどうすればいいかと考え、「映画監督になる」と決めた。17歳のときだった。 「家の前に映画館があったので、映画は小さい頃からよく観ていたんです。そうしたらあるときから、わかりやすいエンターテインメントよりも、道徳や正義や倫理を疑うような映画が好きになった。清廉潔白に生きている人より、道を外れた人や、成し遂げられなかったことがある人、辺境に生きている人たちを描くのが映画に最も求められるものじゃないかと漠然と思っていたのかもしれない」 「映画監督になりたい」という希望ではなく、「必ずなる」という決意を抱いたのは、あとで「なれなかった」と挫折する道を断つためでもあった。 「“なる”と決めたら、それは50歳でなってもいいわけだから。実際に『どついたるねん』でデビューするまでは、助監督やなんやらで映画制作に携わりながら、ほとんど睡眠時間がなく働いていて肉体的にはキツかったけど、なると決めたものに近づいていたから、イヤな思いはほとんどしたことがなかったです」 (菊地陽子、構成/長沢明)※週刊朝日  2022年6月3日号より抜粋

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    10時間前

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    どのシナリオでもロシアは勝てない それでも続く戦争の不合理さ

     ロシアによるウクライナ侵攻から3カ月が過ぎた。戦火は収まる気配がなく、核兵器の使用も現実味を帯びる。国際政治学者の藤原帰一さんに、今後の国際情勢について聞いた。AERA 2022年5月30日号の記事から紹介する。 *  *  * ──この戦争はウクライナが勝てば勝つほど、ロシアが核や化学兵器を使う可能性が高まる。実にやっかいです。 藤原:そうですね。今はウクライナが勝っているので、西側によるウクライナ支援の実効性が高まっていると考えられ、それがまた支援を強固にしています。とてもいやな話ですが、戦争に勝てると思って電撃戦を展開する国家を抑止する方法はありません。ロシアに対抗するには、戦争する以外の選択肢はない。  今後、夏から秋にかけて戦争が進む可能性が高い。ウクライナが首都キーウに続き、第2の都市ハルキウの防衛に成功したいま、東部でもロシア軍を押し返す。南部でもロシアに反撃し、ウクライナが優勢になりますが、ロシア軍すべてを押し返すのは難しいでしょう。では西側はどこまでウクライナを支援するか。すでに北大西洋条約機構(NATO)の加盟国は高度な武器を限界に近いくらい提供していますが、最大の問題はロシアが核兵器を使うかどうかです。 ■核保有国のジレンマ ──ゼレンスキー大統領の補佐官が「西側はロシアの核使用というハッタリに動じないでくれ」とツイートしていました。 藤原:ウクライナの立場からは当然そう言いますね。ロシアはNATOの結束を弱めるためだけに言っているのかもしれない。ただプーチン政権の場合は使用可能性があると考えるべきです。  核兵器が実戦で使用されたら、西側は人道に対する罪として戦争の規模を拡大せざるを得ない。NATOの直接介入の可能性も高まります。ポーランド、バルト三国などロシアと国境を接する地域がロシアに全面戦争を展開すべきだと訴え、米英の賛同を得ていくことになる。  さらにその先がある。核の先制不使用という歯止めは相手が破ればなくなるので、NATOはロシアを核攻撃できる。でも、ためらうと思います。ウクライナにどれほどの破壊がもたらされたとしても、核で応戦すれば欧米の都市に対する核兵器使用の可能性が高まりますから。 ──ためらったら米国の威信は揺らぎ、北朝鮮などから弱腰と思われませんか。 藤原:核には核で反撃しなければ核保有国のクレディビリティー(信頼性)が下がってしまうというジレンマですね。おそらく可能性が高いのは核弾頭を使わない長距離ミサイルでロシアの核施設を破壊することです。でもわかりません。(西側の世論で)核反撃すべきという議論が加速するかもしれないし、反対に核攻撃されることへの恐怖が高まり、停戦合意を求める声が広がる可能性もあるでしょう。  米国やNATOが介入する場合は、地上戦ではなく、まずミサイルとドローンで相手の力、特に対空防御を破壊していく。その次に空軍が攻撃機や戦闘機で軍事拠点を叩(たたき)き、ロシア内のミサイルや部隊を壊します。 ■ロシアは勝てない 藤原:一般市民に対する攻撃ではないですが、巻き込まれて亡くなる方が大量に出てくる。この段階で第3次世界大戦という言葉を使ってもおかしくないだろうと思います。ただ、いまはその段階まではいっていません。  いろんなシナリオを申し上げましたが、一番大事なのは、どのシナリオでもロシアは勝てないということです。戦争をエスカレートさせ、化学兵器や核兵器を使っても、ロシアが勝利を収める可能性はゼロ、皆無です。だから不合理なんです。  いま問われているのは、不合理な相手に対してどんな選択をするのか、この一点です。プーチン政権が倒れるまでこの戦争は続く。でもプーチン政権には、いまのところ戦争をやめる意思の表明が全くない。それが現状です。 (構成/ライター・鈴木あかね※AERA 2022年5月30日号より抜粋

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    11時間前

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    1兆円突破、日本人の「S&P500買い」が止まらない 一方で米国では株価が下落

     金融庁のつみたてNISA対象インデックス投信、全183本を独自調査。日本人には米国株が人気だが、実のところ現地米国の株価は下落している。AERA 2022年5月30日号の記事から紹介する。 *  *  * 「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)、インデックスファンドとして初の純資産総額1兆円突破」。このリリースが出たのは今年2月10日のことだ。信託報酬=運用コストが0.0968%と激安な投資信託(以下、投信)の“1兆円乗せ”は話題になった。 「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)は直近で1兆1千億円台になりました。純資産総額はトヨタやソニーのような個別株でいうと時価総額のようなもの。投信の“中身”(株式や債券、海外の場合は為替も加味)が上がり、投資家の資金が集まり続けると、純資産総額も右肩上がりになります」(三菱UFJ国際投信デジタル・マーケティング部の野尻広明さん) ■営業推奨なしで売れた  投信といえば証券会社の営業担当者が顧客に薦めて買ってもらうパターンが主流だった。実は現在も信託報酬1~2%の投信が大半で、低コスト投信は全体(約6千本)の5~6%しか存在しない。そして低コスト投信はネット証券を中心に販売されており、おすすめしてくれる営業担当者はいない。つまり一般の人が自分の意思でお金を出し、中身の株価も上がった結果が1兆円という巨大な純資産総額につながっているわけだ。  eMAXIS Slimに限らず、ここ数年は米国株の投信を買う人が急増している。2018年に始まった「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」の動向を見てみよう。つみたてNISA対象の投信の中でインデックス型183本の純資産総額をすべて調べ、上位からランキングしてある。  トップ3はすべて米国株100%の投信だ。4位には世界中の株を詰め合わせた「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」がランクイン。こちらの米国株比率は約6割で、米国一辺倒の投資にリスクを感じる人に選ばれている。全世界株式=オール・カントリーを略した“オルカン”という呼び方も浸透。  5位の「<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド」は日本を除く先進国の株が入った投信で米国株比率は約7割。13年12月に運用を開始しており、つみたてNISA対象の中では大御所的な優良投信だ。  このランキングはアエラ増刊「アエラマネー2022夏号」(発売中)のデータを最新に更新したもの。同誌が1年前に同じ調査をしたときは「ニッセイ日経225インデックスファンド」もベスト5に入っていた。 ■円安で基準価額アップ  そもそもつみたてNISAとは、毎月約3万3千円を上限に投信を積み立てる制度だ。本来、投信を売却すると利益から20.315%の税金が差し引かれることになっているが、つみたてNISAは非課税。18年の開始以降、預金オンリーだった投資ビギナーも次々と積み立てを始めている。  初めての投資なら自国、つまり日本株の投信に目が行きそうなものだが、選ばれているのは米国株投信。理由は恐らく「単純に、儲かっていたから」だろう。どの投信を積み立てるか決めるとき、たいていの人は過去の成績を見る。米国株の投信はここ数年で一番利益が出ている──じゃあ、それにしようという単純な流れである。  米国株投信の中でも特に人気なのは「S&P500」という米国の代表的な500社が入った指数に連動する投信だ。アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾンなどの株が入っている。 「S&P500の値動きを振り返ると1年で18.7%、3年で70.7%(4月末起点/配当込み円換算ベース)です。先進国株式や全世界株式など、投資家に支持されている他の指数と比べて高いパフォーマンスを記録しています」  ここで気になることがある。年初から米国のS&P500はインフレ懸念などにより一時11%も下がった。その後もウクライナ問題が勃発し、5月現在で年初からの下落率は20%近くに達している。だが、日本のS&P500の投信は今年3月から4月にかけて基準価額が急上昇。S&P500指数とはほぼ真逆に動いた。 「その理由の一つは『円安』です。日本のS&P500の投信は、組み入れ銘柄の株価、配当金などを日々の為替レートで円換算して基準価額が算出されます。ご存じの通り、3月から4月にかけてドル/円レートは円安に進み、一時130円台をつけました。為替分が値上がりに反映されている形です」  つまり日本人が一般的に投信を通じて見ているS&P500は「円建て」ということ。裏を返せば、現状の為替が円高方向に振れると逆の現象が起きる。米国株の株価が下がり、さらに円高ならダブルパンチ。株価が上がっていたとしても円高では、投信の基準価額はたいして上がらない。つい1年と少し前、21年の1月末時点では1ドル=105円を割っていた。ここからの揺り戻しが怖い気もする。 ■積み立てをやめない  もっとも、ゴールデンウィーク前から5月にかけて株価下落はさらに進み、日本のS&P500投信(円建て)の基準価額も下がっている。投資上級者にいわせれば「この程度の下げは、そよ風くらいのもの」だがビギナーは精神的につらいだろう。  投信の積み立ては、同じ金額でも安いときに多くの口数を買い、高いときに口数を少なく買うことで将来の大きな果実を得られる仕組み。ここ数年、米国株は調子が良すぎた。長期投資なら積み立てをやめないことが何よりも大切だ。(ジャーナリスト・向井翔太、編集部・中島晶子) ※AERA 2022年5月30日号

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    皇后雅子さま 赤十字大会で「うっかり」ハプニングと衣装のリメイクが意味すること

     5月19日、皇后雅子さまが全国赤十字大会に出席した。単独の皇居外での公務は2019年8月のナイチンゲール記章授与式に出席して以来、2年9カ月ぶりであった。ご体調も良く、この日、とびきりの笑顔を見せた雅子さま。実は、雅子さまは衣装をリメイクすることも多いのだ。 *  *  * 「私の娘の愛子と同じ年の21歳ですよね。すごくしっかりしていますね」 「あ、オハイオ州!」   雅子さまは会場を出る際、奉迎に立った青少年赤十字卒業生奉仕団の大学生らの緊張を解こうとするかのように、和やかなムードで話しかけた。  19日、渋谷区の明治神宮会館で全国赤十字大会が3年ぶりに開催された。日本赤十字社の名誉総裁を務める雅子さまは、副総裁の紀子さまや他の妃殿下とともに出席した。 ■体調の好調ぶりが伝わる場面が何度も  日本赤十字社と皇后のつながりは深い。  1912年に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后は、赤十字の活動のために現在の3億5千万円相当にあたる10万円を寄付した。これにより「昭憲皇太后基金」が設立された。  第一次世界大戦の勃発が迫るなかで、各国の赤十字社は戦場での救護に追われていた。加えて地震や台風、火災などの自然災害の脅威にもさらされるなかでの国際基金の設立は画期的なことであった。この基金は現在も、世界中の赤十字の活動に使われている。  1947年には、香淳皇后が日本赤十字社の名誉総裁に就任。以来、歴代皇后がその役を務める。  皇后の重要な公務のひとつであり、雅子さまが皇居の外で単独で務める公務としては、2年9カ月ぶりだった。  この日は体調の良さが伝わる場面が何度もあった。  記事冒頭の写真は、追っかけ大学生の阿部満幹さんが帰路につく雅子さまを撮影した一枚だ。注目したいのは、雅子さまがしっかりとカメラ目線であることだ。  体調の悪いときは、人の視線を避けることが多かった。「最近は、しっかりと目線を合わせてくださいます。僕も、カメラ目線の写真を撮影できる機会が増えました。この日は晴天に恵まれて、太陽の日差しがちょうどスポットライトのように皇后さまを照らしていました。なにより、笑顔は自信に満ちていらしゃいました」 ■「うっかり!」ハプニングの皇后雅子さま  大会では皇后が日赤の事業に貢献した13名に有功章を授与する。久しぶりの単独公務で雅子さまも緊張していたのだろうか。  こんなシーンもあった。  受章者はまず壇上で一礼して、さらに名誉総裁である皇后雅子さまの前に一礼したのち授与される。  1人目の受章者が、雅子さまの前に歩を進めた。ところが、受章者が2度目の礼をする前に、雅子さまが有功章を渡しかけてしまうというハプニングも。  5人目の受章者は、車椅子で壇上に上がった。雅子さまが、身体をかがめて視線を合わせながら授与するその姿は、国民とともに歩んだ平成の皇室を彷彿とさせた。  この全国赤十字大会で名誉総裁を務める皇后は、平成の時代から白を基調に紺などのブルー系の差し色が入ったスーツを着ることが多い。名誉総裁の皇后や名誉副総裁に就く皇族妃は、赤十字社の赤色の記章を胸に付ける。記章が目立つようにとの配慮だと思われる。  2019年5月に催された前回の大会のときも雅子さまは、白を基調に紺のアクセントが入ったスーツを着こなしている。  令和皇室の色がにじむのは、この日の雅子さまの着こなしだ。  この日、追っかけで集まった皇室ファンの間でも、「雅子さまのスーツは新調されたものでは?」と話題になっていた。その通り、スーツは新調されている。  しかし、帽子はリメイクだ。  事情を知る関係者がこう話す。 「皇后さまのスーツの襟と袖口とポケットには、夏らしく紺のオーガンジーの素材が使われています。同じ紺のオーガンジー生地を二重に重ねて、前からお使いになっていた帽子のリボンの部分を張り替えて、今回は着用されました。皇太子妃時代から、リメイクなさることは少なくないのです」  リメイクといえば、昨年12月に二十歳の成年を迎えた愛子さまは、ティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて成年の儀式に臨んだ。サイズを合わせるために多少の手直しは、必要だったと思われる。  コロナ禍で厳しい生活を送る国民に配慮し、両陛下と相談して決めたと公表され、海外紙なども「思慮深いプリンセス」と令和の天皇ご一家を絶賛した。  皇后雅子さまと内親王の愛子さまが国民の生活に心を寄せた結果、意識的に衣装などのリメイクをなさっている部分もあるだろう。 「たしかに、お持ちの衣装をきれいに大切にお使いです。リメイクされることも少なくありません」  天皇ご一家を知る関係者はそう話すが、一方で、別の理由もあると言う。 ■オーダーメイドに耐えうる皇族方の体力  天皇や皇族方が公務で着用する衣装は、オーダーメイドでデザイナーが仕立てる。そのためには、採寸や仮縫いなどに要する時間もあり、発注するご本人も体力が必要だ。  雅子さまは、まだご体調に波があり、オーダーで仕立てるのが難しい時期もあった。また、公務への出席がギリギリまで判明しないため、長い間、新しい衣装を作らず、昔の衣装のサイズ直しをしたり軽いリフォームを施して着用することも少なくなかった。 「その意味では、今回スーツをオーダーなさったのは、ご体調がよい状況が続いた証しですね」(宮内庁関係者)  大会が終わり、会場となった渋谷区の明治神宮会館を出発した。車から手をふる雅子さまは、ひと目姿を見ようと集まった人びとに、とびきりの笑顔を見せた。 (AERAdot.編集部・永井貴子)

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    ミュージカル界の帝王・山口祐一郎を鼓舞させた“医療関係者からの手紙”

    「ミュージカル界の帝王」、山口祐一郎さん。作家・林真理子さんとは長年のお付き合いということで、対談が始まるとすぐに、会話は大盛り上がりでした。 *  *  * 林:ご無沙汰しております。 山口:林さんとは、青春時代に楽しいひとときを過ごさせていただきました。 林:はい、だから私もお会いするのを楽しみにしていました。  今回、山口祐一郎さんがホストになって、縁のあるゲストの方々をお招きして、劇場に来たお客さんにトークと歌で楽しんでいただくイベント(「My Story,My Song ~and YOU~」5月19~22日 シアタークリエ)をなさるんですね。 山口:実は2年前に帝国劇場で、今まで初めての試みとしてトークショー(「My Story ─素敵な仲間たち─」)をおこなったんですよ。当時は今よりももっとミュージカルやコンサートなどに対する制限が厳しくって、集まって何かするものはすべて延期、中止という風潮だったんですよね。それでも「こういうつらいときだからこそ劇場に来たい」という方がたくさんいらっしゃるわけじゃないですか。 林:当時はいろんな舞台が中止になって、とても残念でしたよ。 山口:そうですよね。それで、「(コロナの状況で)稽古ができないのなら、歌なしでトークだけのショーにしよう」と考えて企画されたのが、帝劇の舞台機構を使って、奥にひそんでいる劇場そのものの魅力を前面に出したトークショーだったんです。裏方さん、大道具さん、照明さん、音響さんたちの力を総動員して、せり(舞台の床の一部が上下する装置)とか盆(床が回転する装置)も全部使って。 林:オーケストラとか歌は、そのときどうしたんですか? 山口:オーケストラもないし、歌もありません。そういうのができない状態でしたからね。 林:すごいですね。お客さん、たくさんいらしたんですか。 山口:満杯になりました。当時、コロナ禍ですでに医療現場が疲弊しきっていた時期だったのですが、そのトークショーのあと、僕、医療関係の方からお手紙をいただいたんですよ。「コロナになって1年、泣いたり笑ったりすることもありませんでしたが、劇場に来て山口さんの話を聞いていたら、泣いている自分に気づいて。そんな自分に、途中から笑っちゃいました」というんです。それを読んで、ああそうか、緊張したギリギリの状態で医療に励んでおられる方が、劇場に来てふと我に返れる瞬間があったんだな、と思ったんです。それから、「よし、チャンスがあったら何でもやろう」と思いました。 林:なるほど、そうやって勇気づけられた人がたくさんいたんですね。素晴らしいです。 山口:それで、その延長として開催されるのが、今回のシアタークリエのコンサートなんです。 林:(チラシを見ながら)1部が山口さんとゲストの方とのトーク、2部がミニコンサートで、皆さんでミュージカルナンバーを歌うわけですね。保坂知寿さんは私も存じ上げてますが、石川禅さんや上口耕平さんという方たちは……。 山口:今まで一緒に舞台に立ってきた皆さんです。いつも勇気やパワーはお客様やこの仲間たちからいただいています。コロナ禍を経て再会できて温かな気持ちでショーをお届けします。 林:これはインターネットで配信もなさるんですか? 山口:千秋楽の配信が決まりました。たとえば大学に入った若い人なんかは、「やった! 東京に来たぞ。バイトしながら学生生活を楽しむぞ」と思ったら、大学に行けなくて、授業もリモートばっかり、学生用の小さなワンルームに閉じ込められてるなんてこともあるわけじゃないですか。そんな人たちが、僕らのネット配信を見て「私ももうちょっと頑張ろう」と思ってくれたらそれでいいんです。 林:なるほど。それにしても山口さん、久しぶりにお目にかかったら、相変わらず背が高くて(186センチ)カッコいいですね。 山口:つい先日は、篠山紀信さんにプログラム用の撮影をしていただいたので、多少おなか周りなど、気にして毎日を過ごしていました。(ポスターを示し)これは帝劇の屋上です。 林:素敵じゃないですか! 篠山さん、やっぱりさすがですね。 山口:篠山さんは中学高校の先輩でして、初対面でしたが男子校の同窓会のようで、フレンドリーに撮影していただきました。ありがたいですね。こうやって撮っていただいた作品を見ると、新しいミュージカルのストーリーが生まれてきそうですね。 (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)※週刊朝日  2022年5月27日号より抜粋

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    クロちゃんが絶対やってはいけない"筋トレ"行い医師が警告「このままでは歩けない体になる」 

     安田大サーカスのクロちゃんが、気になるトピックについて"真実"のみを語る連載「死ぬ前に話しておきたい恋の話」。今回のテーマは「筋トレ」。自身のSNSで、ジムでの筋トレの様子を頻繁にアップしているクロちゃん。実は昔から体を鍛えることが好きだったクロちゃんだが、一時は間違った筋トレをやりすぎて、ドクターストップがかかった経験もあるという。そこまでしてクロちゃんが筋トレを続ける理由とは? *  *  * あんまり信じてもらえないんだけど、ボクは週3回のペースでジムに通っている。SNSなどでは「ウソつくな!」とかって散々いわれるんだけど本当だからね(笑)。 ジムに通う日は、朝4時に起きて、支度をして、4時半には自宅を出るのがルーティン。ジムまでの移動は基本、徒歩。1時間弱かかるんだけど、これもトレーニングの一貫だと思っている。到着するのは5時半頃。午後からよりも、朝のほうが空いていて、器具もいろいろ使えるから、トレーニングがしやすいんだよね。 ベンチプレスやダンベル、ハイプーリーなどを使って、主に上半身を鍛えるトレーニングに今は取り組んでいる。ちなみに下半身は、あまり鍛えないのがボクのこだわり。下半身のトレーニングをやりすぎると、2~3日疲れが取れなかったりするからね。ボクは、散歩が好きで日頃からよく歩いているから、そこで下半身の筋力は十分カバーできているはずなんだ。だって、仕事のスケジュールが問題なければ、ジムからも徒歩で帰ったりもするからね。午前中で1万歩以上を歩くなんてことも決して珍しいことじゃない。健康的な生活で良いでしょ? そもそもボクは昔からジムが大好き。通いはじめたのは大学生の頃だから、もう25年以上になる。当時は、体重が108キロまで増えてしまっていて、「体重が煩悩の数なんてヤバい」って焦ったのが通い始めるきっかけ。その時は「とにかく痩せたい」って精神的にもかなり自分を追い込んでいたから、筋トレ以外にも、エアロビやヨガなども取り入れてめちゃくちゃ頑張った。そのおかげで、ダイエットは大成功。108キロもあった体重がなんと66キロまで落ちたんだ。  この時の成功体験と、自分の身体が変わっていくさまがたまらなく面白くて、ボクはすっかりジムにハマってしまった。ピークに鍛えていた頃は、130キロのベンチプレスも持ち上げることができたし、一時は3つのジムを掛け持ちしていたこともある。当時はなぜか「ジムを掛け持ちすること」が、ステータスのように感じていた。ただ、掛け持ちしていたといっても、うまく使い分けていたのかって聞かれたら、全然そんなことはない。トレーニングも独自のメニューをこなしていたから、効率も悪かったし、体にも負担がかかりすぎていた。  ジム初心者の方に言っておきたいけど、間違ったトレーニングをやり続けるのは、けっこう危険だよ。しらずしらずのうちに、自分の身体が悲鳴をあげている可能性があるからね。かなり昔の話だけど、ボクは「花の慶次」っていう漫画に出てくる、片腕だけ異常に太いキャラクター「岩兵衛」に憧れて、"右腕"だけを集中的にトレーニングをしていたら、ドクターストップがかかったことがある(笑)。 今、振り返っても、たしかに、あれは、ちょっとやりすぎていた。 暇さえあれば、右腕がパンパンになるまで、ずーっと筋トレしていたからね。握力ボールとかであれば5~6時間以上は平気でやり続けてしまうくらい……。 当然、右腕はだんだん太くなっていった。「岩兵衛」のように、右腕と左腕の太さの"差"をつけたかったのもあって、左腕はまったく鍛えずにいたんだけど、結局、これがダメだった。 ある日、朝起きたら、突然、体に激痛が走ったんだよね。あまりの痛さで布団からまったく出られないくらいに……。これはボクもびっくりした。あまりの痛さに「これはダメだ」って思って、急いで病院に駆け込んだ。お医者さんからは「(右腕のみの筋トレをやりすぎて)身体の左右のバランスが非常に悪くなっています。このまま続けていると、最悪の場合、歩けない体になる可能性もありますよ」と告げられた。衝撃的だった。今考えると、なんて恐ろしいことをしていたのかと怖くなるよ。 熱中しすぎると、周りが見えなくなって、とことん突き詰めてしまうのがボクの悪いクセだなってことを改めて感じた瞬間だった。その時の無理なトレーニングの影響で、いまだにボクの身体のバランスは少しおかしい。正面からボクを見るとよく分かるけど、右肩のほうが左肩よりもじゃっかん下がってしまっているからね。たぶん、これはもうなおらない。  やっぱり、トレーニングはきちんと正しい方法で行わなくちゃ駄目だね。あと、絶対無理はしちゃいけない。 だから、今では専属のトレーナーさんもちゃんとつけているし、無理なトレーニングして、自分を追い込むこともしていない。結局、それがいちばん効率も良いし、なんといっても、ジムに「長く通い続けること」の秘訣(ひけつ)なんだよね。  ボクは、ジムって「通い続けること」に意味があると思う。もちろん無理のない範囲で。  やっぱり人間、健康がいちばん。ボクは昨年コロナになって、それが身にしみてわかった。残りの人生、できるだけ長く健康でいるために、ある程度の体力や持久力、免疫力を、適度な運動することで、つねに維持しておきたいっていうのが、ボクがジムに通う最大の理由なんだよね。 あと、ボクの場合、「水曜日のダウンタウン」(TBS系)で無人島に突然連れていかれたり、いきなりプロレスの試合に出ることになったりなどのハードな仕事も多いから、それに耐えられるための体作りっていう目的ももちろんある。どんな仕事でも、プロとして絶対NGは出したくないからね。 それに、シンプルに、運動するのってやっぱり気持ちいいよ。ジムに興味があるけど「どうしようかな」って迷っている人は、週1回でもいいから、無理のない日程を決めて、とにかく一度通ってみるといい。そこで自分を追い込む必要なんかまったくないし、嫌なら休んだっていい。 これはボクだけの感覚かもしれないけど、「ジムに通っている」ってことでだけで、自己満足度が勝手にあがって、自分に少し自信がついたり、気分転換にもなったりするんだよね。 友達や恋人と一緒に通うのだってきっと楽しいと思う。ボクも、いつかは恋人とジムデートしてみたい。ボクは、筋トレの知識も豊富だから、いろいろとアドバイスができると思うからね。 健康的な体を維持することがもちろん大前提だけど、余力があれば、プロレスラーのオカダカズチカさんや棚橋弘至さんみたいなたくましい身体づくりも目指したい。女性に頼られるような強い男ってやっぱり憧れちゃうんだよね。今は昭和のプロレスラー体型っていわれるから、なんか嫌なんだ。 しかし、これだけジム通っているのに、なぜ、もう少し痩せないんだろう……。不思議だよね? 明日も筋トレ頑張るしん。 ◎クロちゃん/1976年12月10日生まれ。広島県出身。2001年4月に団長安田、HIROと「安田大サーカス」を結成。スキンヘッド、強面には似合わないソプラノボイスが特徴(構成/AERA dot,編集部・岡本直也)

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    ヤクルト内川聖一ここまで出番なし 同じ“アラフォー2人”と対照的に苦しい立場に

     ヤクルトの内川聖一に出番が回ってこない状況が続いている。同じ“アラフォー”である先発左腕の石川雅規、外野手の青木宣親はチームに欠かせない存在となっているのとは対照的だ。球史に残る安打製造機はこのままバットを置いてしまうのだろうか……。 「DeNA戦の雨天中止は大きい。(仮に内川が今年で引退したら)最後に神宮で古巣との対戦が実現できる可能性が出てきた。シーズン終盤、満員御礼になってテレビ中継も数字が期待できそう。そこでヤクルトが優勝争いに絡んでいれば最高です」(在京テレビ局スポーツ担当者)  4月29日から神宮で予定されていたヤクルトとDeNAの連戦は3試合中2試合が雨天中止となった。コロナ禍の中ではあるが、観客の人数制限などが解除され迎えたゴールデンウィーク。書き入れ時の水入りに本来は頭が痛いところだが、関係各所からはこんな声が聞こえてきた。  打撃技術は天才とも称される内川だがここ数年は苦しんでいる。ソフトバンクでの最後のシーズンとなった2020年には二軍で3割を超える打率を残したが、キャリアで初めて一軍での出場なくシーズンが終了。昨シーズンはヤクルトに移籍して再起を誓ったが、一軍では38試合で打率.208と低迷し、日本一となったチームの中で存在感を示すことができなかった。  今季もここまで一軍での出場はないが、08年の横浜時代に右打者としてはシーズン最高となる打率.378で首位打者を獲得し、2000本安打も達成した39歳の“レジェンド”は技術的にはまだまだできる余力を残しているはずだ。 「ミート力など技術的な部分の問題はない。年齢的な衰えや視力の低下も心配されるが、ある程度は技術でカバーできる。出場機会が与えられないことが問題。メンタル部分の波があることが知られているので、一軍のベンチに入れにくい部分もあるのかもしれない」(在京球団編成担当者) 「二軍戦には継続的に出場して打率(.270)も悪くはない。コンディションは良さそうですが一軍に呼ばれる気配はない。高津臣吾監督は調子の良い若手を起用するため、誰もが必死にやっている。チーム一丸の姿勢が首位争いにつながっている中、無理して内川を呼ぶ必要はないのでしょう」(ヤクルト担当記者)  対照的に40歳を超えても試合に出場し続け、チームで貴重な存在となっているのが石川、青木という2人の大ベテランだ。  石川は42歳で迎えた今季も開幕からローテーションを守っている。3度目の先発となった4月23日の阪神戦(神宮)ではシーズン初勝利を挙げ、通算の勝利数を178まで伸ばした。大卒の新人として入団してから21年連続で勝利でマークし、通算200勝という大記録も見えてきた。 「一般人と変わらない体格(身長167cm、体重73kg)でここまでやっているのがすごい。とにかく練習熱心で研究を怠らない。練習から戻ってくるのも最後の時が多く記者などは待ちくたびれる人もいる。投手だけでなく野手にも貪欲に質問して取り入れられるものを探している。実績あるベテランなのに若手に対して偉そうな態度を取ることがないのもすごい」(ヤクルト球団関係者)  不惑の40歳を迎えた青木も存在感は変わらない。打撃は開幕から調子が上がらず打率2割を切ることもあったが、少しずつ持ち返してきた。4月30日のDeNA戦(神宮)ではNPB通算1500試合出場を達成し、レジェンドに相応しい勲章がまた1つ加わった。 「淡々と準備をして試合に臨む姿には、学ぶところも多いです。尊敬するイチロー選手もそうでしたが達観した域にたどり着いたように見える。自身の調子が悪くチームの雰囲気も下がり気味の時に丸刈りにするなど、自分からネタになって盛り上げたりもしてくれる。野球の技術はもちろん、そういう姿勢がチームに好影響を与えています」(ヤクルト球団関係者)  若きエース奥川恭伸が上半身のコンディション不良で離脱し、復帰時期が未定。来日2年目の助っ人サンタナは開幕から好調を維持していたが、左半月板のクリーニング手術のため長期離脱となった。投打の主力が相次いで離脱する非常事態が起こったが石川、青木の踏ん張りがチームを支えている。本来なら内川もこの中に入らなければいけないはずの選手だが……。 「内川の実績も2人(石川、青木)に負けていない。本人のモチベーション次第ではプレー以外でもできることもあるはず。仮に今季限りだったとしても惜しまれながら注目を浴びた状態で最後まで走り抜けて欲しい」(在京テレビ局スポーツ担当者)  両リーグでの首位打者だけでなく、侍ジャパンの一員として世界一にも貢献。日本球界で一時代を築いた名選手であることに間違いはない。しかし現役晩年は苦しむ姿が目立つようになった。だが、華々しい引き際を見せ、記録と記憶の両方に残る選手になって欲しい。そのためには野球選手として、ここからのプレーや振る舞いには大いに注目したい。時代は変わり40歳という年齢でも一線でプレーできるような時代にもなった。内川の天才的打撃をまだ見たいというファンは多いはずだ。

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    ウクライナ侵攻「川」をめぐる攻防戦 「史上最大の作戦」「レマゲン鉄橋」映画が伝えるチョークポイント

     ロシア軍によるウクライナ侵攻では、東部ドンバス地方を中心に激戦が続いている。攻防のポイントとなるのは、地域を流れるドネツ川だ。ウクライナ内務省所属の親衛隊は18日、ロシア軍を阻止する目的でドネツ川に架かる橋を爆破する衝撃的な映像を公開した。川をめぐる戦いの構図は昔とちっとも変わらない。危険な渡河作戦を推し進めようとする軍の上層部、恐ろしい運命に見舞われると知りながら川を渡る兵士たち――。橋を奪い合う激戦の数々は戦争映画にも描かれてきた。防衛省防衛研究所・戦史研究センター長の石津朋之さんによれば、戦場の橋にはそれ死守する特別な部隊が必ず配置され、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際は橋を爆破して進軍を阻むと話す。 ※記事前編<<「川」でロシア軍を撃破するウクライナ キーウ攻防戦は秀吉「備中高松城の水攻め」の逆パターンだった>>から続く *   *   *  大昔から何度も戦争を経験してきた欧州では、川をめぐり、どのような攻防が繰り広げられてきたのか? 「例えば、第一次世界大戦でドイツがフランスに攻め込んだ戦いというのはほぼ川が関係していています。ドイツ西部を南北に流れるライン川とフランスのセーヌ川を挟んだ地域での川の奪い合いです。有名な『マルヌの戦い』『エーヌの戦い』『ソンムの戦い』などは川の名前に由来しています。あと、サン=カンタン運河を巡って争った『サン=カンタンの戦い』というのもあります」  1918年、第一次世界大戦が終結すると、フランスはドイツとの国境付近に「マジノ線」と呼ばれる防御ラインを築いたが、その外側にはライン川とモーゼル川が流れていた。つまり、川を障壁として生かしたものだった。  39年、第二次世界大戦が勃発。進撃を続けるドイツ軍の勢いを最初に止めたのは、旧ソ連軍だった。東部戦線で最大の激戦となったスターリングラード攻防戦である。「これはボルガ川とドン川を巡る戦いでもありました」。44年2月、この戦いに敗れたドイツ軍は後退を余儀なくさる。 ■連合軍とドイツ軍の橋の奪い合い  同年6月には西側からも連合国側の反撃が始まった。「ノルマンディー上陸作戦」である。 「これはフランス北部のノルマンディー海岸への上陸作戦でしたが、ここにも川が関わっています。映画『史上最大の作戦』にも描かれていますが、最初に空挺部隊がパラシュートで降下して、上陸地点の両端と背後を流れる川の橋を確保したんです。上陸した連合軍はその橋を渡ってドイツ軍を撃破していきました」  映画「遠すぎた橋」で描かれたのは44年9月に行われた「マーケット・ガーデン作戦」だった。 「連合軍がドイツ国内に進撃する際、ライン川は別として、いちばん大きな障壁となったのがオランダの川や運河です。そこで空挺部隊を川の近くに降下させ、橋を確保し、その後に本隊がざぁーっと渡るという作戦を行った。しかし、この作戦は失敗に終わりました」  さらに石津さんは、映画「レマゲン鉄橋」を挙げた。 「後退するドイツ軍は連合軍がドイツに入ってこられないように国境付近を流れるライン川に架かる橋を次々と落としたんです。そしてドイツ軍撤収のために最後まで残されたのがレマゲン鉄橋でした。結局、ドイツ軍はさまざまな事情によってこの橋を破壊できず、連合軍に確保されてしまいます」  45年4月25日、西側から進撃するアメリカ軍と、東側からの旧ソ連軍がドイツ東部を流れるエルベ川で合流した。ベルリンが陥落したのはそのわずか1週間後だった。 ■橋を死守できなければ爆破  このように戦争の歴史を振り返ってみても、侵攻する側にとっては、チョークポイント(敵を締め上げるポイント)である橋を押さえることが重要となってきた。そのため、本隊が無事に橋を渡れるように、進軍の前には必ず先遣部隊を出して偵察し、あわよくば橋の確保を目指す。 「先遣隊は、これまであった橋がいまも架かっているか、爆弾が仕掛けられていないか。敵兵がどう配置されているか、偵察します。もし、橋が爆破されていれば、修理できるか、あるいは、上流や下流に橋を架けられそうな場所があるかなど、すべてを調べます」  一方、今回のウクライナ軍の戦い方を見ると、「これは相当入念に準備してきたことを感じますね」と石津さんは口にする。 「軍事的なセオリーからすれば、開戦時には橋などの重要施設にはロシア軍の空挺部隊や特殊部隊がバーッと降りていって、確保するはずなんです。ところが、今回はそれがあまり見られなかった。ということは、それをウクライナ側がそれを予測して、阻止した、ということでしょう」  では、それら橋はどのように守られているのか? 「敵の来襲が予想される橋の前方には2重、3重の防御陣地が築かれます。もちろん、後方にも。さらに橋を守る特別な部隊が必ず配置されます。つまり、最後まで橋を死守しなさい、というわけです。そこには先の工兵部隊もいて、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際には橋を爆破して進軍を阻みます」 ■橋を渡る危険性の認識  4月上旬、ロシア軍はウクライナの首都キーウ方面から撤退した。同月20日、特別軍事作戦は東部のドンバス地方などの完全制圧を目指す「第2段階」に入った、とロシア軍幹部は表明した。  しかし、1カ月が経過したいまもロシア軍は支配地域を広げることができず、ドネツ川の手前で足止め状態にある。 「ロシア軍が川に簡易的な橋を架けて渡ろうとしても、ウクライナ軍からすれば、そこだけを攻撃すればいいわけですから、渡河するのはなかなか難しいと思われます」  ロシア軍にとって大きな脅威になっているのが、米国がウクライナに提供した最新鋭の榴弾砲だ。この砲弾はGPSによって誘導され、数十キロ離れた防御陣地からの砲撃でも目標地点に正確に着弾する。  ロシア軍がドネツ川で大規模な渡河作戦に失敗した際、戦争研究所は辛辣にこうコメントした。 <渡河部隊の指揮官は開戦2カ月後にウクライナの砲兵能力の向上がもたらす危険性を認識できなかったか、単に無能か、部隊を統制できなかった可能性がある>  さらに英国防省は、こうも述べていた。 <このような状況で河川横断を実施することは非常に危険な作戦であり、ロシアの司令官がウクライナ東部での作戦を進展させるよう圧力をかけていることを物語っている>  支配地域を押し広げ、軍事作戦の成果を国民に強調したいプーチン政権。しかし、ドネツ川を渡ろうとすればウクライナ軍の高性能の榴弾砲によって狙い撃ちにされ、兵員や装備を失っていく。「行くべきか、行かざるべきか」、ロシアの現場指揮官は大変なジレンマだろう。  ウクライナ侵攻という「ルビコン川」を渡ってしまったプーチン大統領。この戦いの決着をどうつけるつもりなのだろうか? (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    いつも「会話泥棒」されてしまうと悩む54歳女性に鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法

     いつでも「会話泥棒」をされてしまう、と悩む54歳女性。母との関係が影響しているのかと惑う相談者に、鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法。 【相談145】会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。どうしたら自分の話を聞いてもらえるでしょうか(54歳 女性 ことり)  わたしの悩みは自分の話を聞いてもらえないことです。  自分の話をしているのに相手の話になってしまう事は誰でもあるかと思います。  例えば「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」と自分が言ったとします。相手は「そうなんだ! わたしもこないだ体調悪くて病院行ったんだよね。頭がすごく痛くてさ……」と、相手の話になってしまうのです。いわゆる会話泥棒というやつです。  わたしは会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。頻度が高すぎて、自分の話を充分聞いてもらったと満足した事がありません。  会話泥棒されると、またかと諦めてしまって相手の話を聞く側に回ってしまうせいもあると思います。 「体調がどんな風に悪かったのか」「病院で何と言われたのか」  など、相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します。しかし相手はしてくれず自分の話ばかりします。  最近は諦めて、相手の話を聞かず(質問しないで)相手の話が途切れたら自分の話をするようにしています。でもそうすると話が広がらないんですよね。  人に相談すると、「聞き上手でいいじゃない」と言われますが、わたしは人の話を聞くために生きてるわけではありません。たまには自分の話を満足いくまで聞いてもらいたいのです。  思い返せば、自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのではと思います。母にはちゃんと話を聞いて欲しいと伝えた事がありますが、わたしが望むような聞き方をしてくれません。わたしが上司にパワハラを受けて相談しても、自分の習い事の先生に似たような事をされた話をされました(その場で「わたしの話を聞いてください」と言いました)。  以前自分の話ばかりする人が相談されていましたが、その人が羨ましいです。その人の話を聞いてくれる相手がいて。  わたしはこのまま自分の話を聞いてもらえた、という満足感なしで生きていかなければならないのでしょうか。どうしたら自分の話を聞いてもらえるのでしょうか。 【鴻上さんの答え】 ことりさん。「会話泥棒」という表現、僕は初めて知りました。そんな言い方があるんですね。  ことりさんは素敵な人だと思いますよ。それは、「相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します」と書かれているからです。  会話はキャッチボールだから楽しいんですよね。相手の言葉を受けて、投げ返して、また相手が返してくる。ただ、相手が一方的に投げてるだけで、こっちはボールを受けるだけだと何も楽しくないですよね。 「会話泥棒」されない一番確実な方法は、「面白い球を投げる」ことです。「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」ではなく「昨日体調が悪くて病院に行ったら、病院がコンビニになってた」です。これなら、たいていの人は「どういうこと!?」と聞いてくれます。  でも、話芸のプロでない限り、いつもいつも面白い話ができるとは限りません。  ちなみに僕は「うむ。これは誰が聞いても面白いと思うぞ」という話だけ他人にすることにしています。逆に言うと「身辺雑記」みたいな「なんでもない話」は、友達相手でもほとんどしないようにしています。しないで心の中で自分につぶやきます。僕自身、なんでもない話を振られても困ってしまうからです。「昨日、洗濯したんだ」「朝からダルいんだ」なんて言われても「そうですか」としか言えないのです。  でも、関心のある相手なら別ですね。好きだったり、興味があると「朝からダルいんだ」と言われたら、「どうしたの?」とか「働き過ぎ?」と聞きますね。  でも、もし相手が僕に関心がないと、僕が「朝からダルいんだ」と言っても、相手は困るだろうなと思っています。だから、よっぽどの相手以外には、自分からはこのレベルの話はしないのです。  でも一般的には、こういう「なんでもない話をちゃんとキャッチボールできる関係」が、本当の友達関係だと思います。  でね、ことりさん。きつい言い方ですが、ことりさんの話を「会話泥棒」する人は、ことりさんになんの関心もなく、ただ「自分の話を言いたい」つまり「発散したい」だけの人だと思います。友人のふりをしていますが、友人じゃないんですね。 「話が広がらないこと」を悲しむことりさんは、ちゃんと「キャッチボールしようという意識」がある人です。でも、自分にしか関心がない人にはそういう意識もないので、いくら話を振っても話題は広がりません。  目的は、キャッチボールではなく、発散だからです。自分の球を投げ続けて「あー、すっきりした」と思う人です。そういう人は、ことりさんのキャッチボール相手には向かないと思います。「自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのでは」と書かれていますが、これはちょっと意味が分かりません。母の呪いなら分かりますが、そんなこともないでしょう。  ですからことりさんが「会話泥棒」されない方法としては、「とびっきり面白い話をする」か「友達を選ぶ」じゃないかと思います。  ことりさんの周りに、キャッチボールの意識がある人がいれば素敵だし、「あなたの話をちゃんと聞くから、私の話も聞いてね」とか「今日は私の話をちゃんと聞いて。昨日は、あなたの話をちゃんと聞いたでしょう」というような言い方が通じる人を見つけるのです(または通じるように粘り強く会話するのです)。やがて、そういう人がキャッチボールの面白さを感じてくれれば、楽しい会話が続くようになると思います。だって、発散の楽しさより、キャッチボールの楽しさの方が間違いなく大きいのです。楽しい方を選ぶのが人間なんですから。ことりさんにぴったりの「キャッチボール相手」が見つかるように願っています。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    参院選出馬の「水道橋博士」が明かした「妻の涙」と「たけしからのメッセージ」

     夏の参院選にれいわ新選組からの出馬を表明したお笑いコンビ・浅草キッドの水道橋博士(59)。選挙では「反スラップ訴訟」「消費税ゼロ」などを訴えていくとされるが、本当に政治家になる覚悟はあるのか。また、かつて自身が批判していた「タレント候補の出馬」について今はどう思っているのか。その他、師匠であるビートたけしの反応なども含めて、数々の疑問を本人に直接聞いた。 *  *  * 水道橋博士が「出馬表明」したのは、都内でトークショーが行われた18日のこと。れいわ新選組の山本太郎代表からの「れいわで一緒に参議院選戦ってくれるかな」という問いかけに対して「ああ戦います、はい戦います」と答えたのだが、本人の口からは一度も「出馬します」というストレートな言葉は聞かれなかった。  そこで、インタビュー冒頭で改めて聞いてみた。ズバリ、本当に次の参院選に出馬するんですよね? 「えーと、まぁ確実にすると思うんですが……。れいわさんも山本太郎代表の“独裁”ではなく、党できちんと会議をへて候補者を決める過程を踏むので、ワンクッション置かせてもらっている状態です」  では「れいわ」のことはいったん脇において、水道橋博士さんのお気持ちはどうなんでしょうか? 「れいわさんに誘われてなかったら出馬してないですね」  じゃあ、出馬しますと言ってよろしいんですね? 「出馬します」  やっと、スッキリと答えてくれた。  出馬への懸念材料としては、供託金の問題があるという。参院選の立候補に必要な供託金は、選挙区での出馬は300万円、比例区なら600万円と高額で、得票数が一定の水準に達しなければ没収されてしまう。れいわ新選組がこの供託金を負担してくれることが、出馬の条件だという。 「れいわさんが選挙分析をして『水道橋では票が取れないので、供託金は払えない』というなら出馬はしないと思います。その場合、他党から『供託金を払いますから出てください』と言われれば、それはやぶさかではありません。ウチの家計には供託金を払えるような余裕はないので、(今回の出馬は)予定していなかった行動なんです」  出馬を考えたのは、本当にごく最近のことだという。15日、川崎市の溝の口駅前で山本氏の街頭演説があった。そこに博士は「自称ジャーナリスト」として訪れ、山本氏に質問した。 「4月25日かな、松井一郎・大阪市長から訴状が届きました。名誉毀損の裁判を5月30日、大阪地裁でやるんですが、裁判費用は莫大(ばくだい)にかかります。被告になってテレビ、ラジオに出られないということになれば、政敵をテレビ、ラジオに出演させないために訴える方法があるわけです。反スラップ訴訟の法律をつくりたい。れいわさんで今後、反スラップ訴訟の立法化について努力してくれるかをお聞きしたい」  2月13日、博士はツイッターで松井市長を批判したYouTube動画を紹介した。これに対して、松井市長は「水道橋さん、これらの誹謗中傷デマは名誉毀損の判決が出ています。言い訳理屈つけてのツイートもダメ、法的手続きします」とツイッターで応戦。本当に訴訟沙汰に発展したという経緯がある。  博士はこの訴訟について、権力を持つ地位にある者が弱い者の口を封じるために訴訟を起こす「スラップ訴訟」だと主張しているのだ。  博士の質問に対して、山本氏はこう答えた。 「(水道橋さんは)自称ジャーナリストから政治家になったらどうですか。自分自身がスラップの被害者であるならば、その立場に立って立法していくというのはかなり説得力のある話なんです。(供託金は)うちから出しますから、うちから出てください。どうでしょう?」  博士はまんざらでもない様子で「検討します」と応じた。  これが発端となり、博士の「出馬」が現実味を帯びた。 「立候補は(山本氏とのかけあいで生じた)偶然の産物です。それから3日間、出馬のための調整をしました」  博士が最初に相談したのは、妻と娘だった。 「妻には(街頭演説翌日の)16日に打ち明けました。泣いていましたね。本当にかわいそうでした。そういうことが好きなタイプの女性ではないので。妻は『家計の持ち出しになるのは絶対に嫌だ』『子どもの教育費を残してほしい』ということをずっと言っていました」  娘はこう言ったという。 「私も公の仕事に就きたいという希望があるから、パパ、人の道を汚したり、後ろ指をさされるようなことがあったら困ります」  師匠のビートたけしとは「出馬表明」前日の17日午後、直接会って相談したという。その時の様子をこう明かす。 「芸人仲間の原田専門家と2人で待ち合わせ場所へ行きました。実に2年半ぶりの再会になりました。たけしさんはもう75歳なので体調はどうかと思っていましたが、非常にお元気な様子でした。話したのは30分くらいです。たけしさんは政治的な活動には、冷ややかなんです。ご自身も出馬などはなさらないので。私からは『大阪の松井市長に訴えられていて、反スラップ訴訟をやらないことには、僕はただ干上がるだけなので、出馬させてほしい。ただし、たけしさんが芸人として出馬はするなとおっしゃるのであれば、出馬はやめます』と申し上げました」  たけしはこう答えたという。 「おまえのことはおまえで決めていいよ。ただし、オレは一切関係ないし、一切の応援はしない」  たけしとは部屋を出て別れた。 「たけしさんの後ろ姿は、がんばれよと言っているようで、かっこよかったです」  たけしの承諾が得られたことで、18日の「出馬表明」となったわけだが、それを報じた記事のコメントやSNSでは批判も巻き起こった。 「タレントとして仕事が減ったから報酬の高い国会議員になろうとしている」「選挙をネタにしたいだけ」などの批判も少なくなかった。こうした声について、どう思っているのだろうか。 「客観的にみれば、そう受け取れるでしょうし、(批判は)傾聴に値するというか、そう思われるだろうなとは思います。僕もタレント候補に対しては、以前からかなり批判してきましたから。ネットで発信する限り、自分を全否定されたり、気を病むくらいの矢が放たれてきたりすることは当然のことだと思っています」  選挙をネタにしたいだけという書き込みについては、 「芸人は選挙もネタにすればいいんじゃないですか。(立川)談志師匠がそうであったようにね。『囃(はや)されたら踊れ』というのが芸人ですから」  参院選で最も強く訴えたいことは「反スラップ訴訟」だという。  前述のように、博士は松井市長から名誉毀損で訴えられているが、2月13日のツイートから訴訟に発展するまでの間には、直接話をしようと試みたこともあった。  松井市長が現れる応援演説に出向き、本人にも声をかけたが、ほとんど反応はなかったという。 「知り合いのジャーナリストに聞いたところ、松井市長はジャーナリストだったらいつでも会いますと言っているようでしたので、即座に肩書を“自称ジャーナリスト”に変えて、なぜ僕を訴えようとするのかを松井市長に質問しに行っているんです。公人だから、そうして声をかけられることもあると思うのですが、なぜか反応はしてくれませんでしたね。僕は、絶対に向こう(松井市長)が大後悔するところまでやります。芸人という職業をバカにしてああいうこと(訴訟)をしているわけで、僕はそんなにヤワじゃないぞということは絶対に見せたいですね」  選挙戦では、反スラップ訴訟を軸に「反維新」の包囲網を広げていくつもりだという。また、アントニオ猪木元参院議員が30年以上前に「スポーツ平和党」を旗揚げして参院選に出馬した時のスローガン、「国会に卍固め、消費税に延髄斬り」も口にしている。 「それはほんとにギャグで言っているだけなんですが、あまり響かないので、もうみなさん、覚えていないのかなと思いました。経済政策としては、消費税ゼロとインボイス反対を訴えていきたいです」  参院選までおよそ2カ月。水道橋博士は客寄せの“タレント候補”で終わるのか、はたまた旋風を巻き起こす新人議員となるのか。これからの活動で試される。(AERA dot.編集部・上田耕司)

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    室井佑月「わけがわからない」

     作家・室井佑月氏は、出演被害防止を目的としたAV対策法について、一部フェミニストから挙がっている反対意見に反論する。 *  *  * 「AV出演被害防止・救済法案」について、どうして一部のフェミニストが反対しているのかがわからない。  5月12日の毎日新聞電子版「AV対策法『性行為に金銭支払うことを合法化』 支援団体の懸念」という記事に、「与野党が検討を進める法案は、▽出演契約を交わしてから20日間が経過しなければ撮影はできない▽無条件に契約解除できる期間は公表から1年間──など被害防止を目的に、制作業者への規則を強化する内容だ。  ただ、言い換えれば規則を守ればAVを事実上合法化するとも捉えられ、それだけに、性搾取に苦しむ人たちを支えてきた支援団体の危機感は大きい」とあった。この記事、「支援団体の危機感」と書いてあるところがミソだわさ。  だって、この法案に反対する人の意見はイチャモンに近い。あるフェミニストは、「リアル性交するAVの合法化・性売買合法化の筋道を作ってしまった」「AV業界に有利な新法」とまでいっていた。  でも、それは間違った認識ではないか? いちばん大切なのは、この法が、誰を守るために作られるものであるのか、ということ。  この新法ができれば、確実に守られる女性は増える。なぜなら、出演を無条件で取り消せるというのが大きい。  確かに取り消せる契約内容として「AV内で性交を行う契約」と書かれているが、それは「性交契約を有効とする」こととは違う。その旨の条文も入っている。  法を作る上で、なにを取り消せるのか例をあげる必要があっただけだ。  この法案のどこをどう読んだら、AV業界に有利といえるんだろうか。反対派はなにを守りたいのか。もうわけがわからない。  出演の強要などがあってはならない、ってことでしょう。この法で肝心なその部分は解決する。それのなにが不味(まず)いのか。  まさか、性交ってわけじゃあるまいな。あたしは一部のフェミニストが、過剰に性を汚いものだと決めつけていることを危惧する。そりゃあ性犯罪は憎い。が、性交はそればかりにつながるわけではない。実際、性交がなければあたしたちは生まれていない。  そして、ほぼ多くの性についての問題は、個人の心の中の問題で、誰かがこうであるべき、これが正しいと語ることではないのではないかと思っている。法の範囲であるなら、人がどう欲求を満たそうが、ほっといてくれという話だろう。  余談であるが、その昔、禁酒法が出来た。それでも酒をのみたい人はいて、その結果、反社の人たちにお金が流れた。人の欲望は、尽きない。そして、それ自体が悪いことではない。 室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中※週刊朝日  2022年6月3日号

    週刊朝日

    21時間前

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    山口祐一郎「きっかけは4番目の父親」 歌の才能を見抜かれ

     1981年に「劇団四季」の「ジーザス・クライスト=スーパースター」で主演デビューした山口祐一郎さん。退団後も大作に出演し続け、「ミュージカル界の帝王」と呼ばれる山口さんが、作家・林真理子さんと対談。生い立ち、この道に進んだきっかけなど、「ここだけの話」がいっぱいです。 *  *  * 林:こんな素敵な山口さんをお産みになったお母さま、すごくきれいな方なんですってね。 山口:きれい、に近い(笑)。 林:お顔はお母さまに似てるんですか。男の子はお母さんに似るっていうから。 山口:でも僕、父親と母親が5人いるんですよ。 林:えっ、5人いらっしゃる? 山口:DNAは、もちろん1番目の両親なんですけど、その後親がどんどん代わっていきまして……。最初の父親と母親は鹿児島の同じ高校の先輩後輩だったんですよ。父親は野球部で、その年のホームラン王。もう1回勝ったら甲子園に行けたのに、負けて行けなくて、その1年後輩が母親だったんです。父親は東京六大学で野球を始めたんですけど、祖父に「野球選手にさせるために大学に行かせたんじゃない」と言われて野球をやめさせられちゃって、ふつうの学生をやってたんですよ。母親のほうは映画のニューフェースに受かって、1年後に東京に出てきて、文学座の研究生になったんです。 林:まあ、そうなんですか。 山口:元野球部の大学生と、文学座に通っている女優の卵が、参宮橋の小さなアパートで一緒に住んだら、そこは劇団四季の稽古場から100メートルぐらいしか離れていない場所で……。 林:私、そのすぐ近くに住んでたんですよ。駅前のカレー屋の2階に住んでたんです。 山口:えっ、ほんとに? 林:「ザ・ベストテン」で「追っかけマン」が「きょうは劇団四季の稽古場からの中継で、野口五郎さんが歌います」と言ったので、そのとき私、こたつで見てたんだけど、すっごい勢いで駆けだして行ったの覚えてますよ(笑)。 山口:劇団四季の稽古場って、当時は外からの音も聞こえるくらいでしたからね。そうそう、その参宮橋で両親が一緒に暮らしていて、父親が大学を卒業するときに山口祐一郎クンが生まれたんですよ。でも、祖父は鹿児島で土木関係の会社を経営していた人。父親はそこの跡取りだから、「大学を卒業したとたんに子どもだなんて、このバカヤロー! アメリカの大学に行ってこい!」と言われちゃった。それで、父親はひとりで、カリフォルニア大学のバークレー校に留学させられたんです。 林:当時はすごいことですよね。 山口:それからもいろいろとあって両親ともどんどん代わって、それで5人。ミュージカルを始めるきっかけになったのは音大を出た4番目の父親でした。実は僕が高校生のときに、その人が僕の声を聞いて「ちょっと声を出してみな」って言うんです。学生のときは剣道ばっかりでしたから、歌なんか一度も歌ったことはなくて。剣道で「ウワー」って掛け声はずっと出してましたけどね。そう言われて声を出したら「すごい! 歌やれよ。そんな“楽器”めったにない」って言われたんです。 林:ええ、ええ。 山口:じゃあやってみようかと思って、そのころ岩崎宏美さんが出ていたテレビの番組があったんです。そこに応募して受かったら仕事にしよう、落ちたらサラリーマンになろうと思ったんですけど、応募して一回歌ったら受かっちゃったんですよ。 林:すごい。 山口:受かったら、そのテレビ局が音楽の学校に行かせてくれるんですが、そこの音楽の先生が劇団四季の作曲をされていて。その方が「ミュージカルのほうに行きなさい」とおっしゃって、浅利(慶太)先生のところに連れていってくれたんです。 林:まあ、そうだったんですか。私、劇団四季の「キャッツ」の初演(1983年)見ましたよ。山口さん、ラム・タム・タガーをやったんですよね。私、そのときお手洗いに行ったら、私に気づいた若い女の子が「山口祐一郎さんステキでしょう? 林さんのいちばんのタイプだと思いますよ」ってコーフンして言うんです。それで私は「山口祐一郎さん」というお名前を知ったんです。 山口:ありがとうございます。 林:ところで、最初のご両親は、まだご健在なんですか。 山口:いや、コロナの前に父親も母親も亡くなりました。 林:私、どういうわけか、劇場のお手洗いに行くと山口祐一郎さんの情報をファンの人が教えてくれるんですよ(笑)。いつかも「山口さんは、お母さんがあまりにも素敵すぎて結婚なさらないんですよ」という話を聞きました。 山口:さっきも言ったように、父親も母親も5人でしょう。「社会通念上のシステムに拘束される現代人って何なんだろう」みたいなことが自動的に教育されちゃったんですよね。「形じゃないんじゃない?」みたいなことが。 林:なるほど……。でも、いろんなことが落ち着いて、いまから結婚してお子さんをつくるのもいいかもしれない。 山口:今年僕、66歳ですよ。いまさら子どもは……。弟も妹もいっぱいいますしね。僕ってプライベートがないんです。「どこそこの劇場にいる」って常に告知されて、そこに行くと僕がいるから、僕の知らない弟たち、妹たちが、「お兄さん」って言って来るんですよ。あるタイミングから僕、自分の実人生がなくなって。僕が過ごしてきたのは、全部舞台の上。死神とかヴァンパイアとか、人じゃない役を演じたこともたくさんあるわけですが、そんな虚構の世界が自分の人生なんです。自分の夢が現実になり、現実になった夢の中に生きているという感じでしょうか。 林:それはこういう容姿と才能に恵まれた人の運命ですね。 >>【前編】ミュージカル界の帝王・山口祐一郎を鼓舞させた“医療関係者からの手紙” (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)※週刊朝日  2022年5月27日号より抜粋

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    佳子さまの装いは「満点以上」とマナー解説者が絶賛 耳を出したハーフアップにした理由とは

     森林づくりの功労者を表彰する「第31回森と花の祭典―みどりの感謝祭式典 “感じよう みどりの恵みと 木のぬくもり” 」の式典が7日、東京都千代田区で行われ、秋篠宮家の次女・佳子さまが出席された。前回は姉の小室眞子さんが出席し、コロナ禍で3年ぶりの式典となった今回は佳子さまが初めて臨まれた。そのときの佳子さまの装いが「壇上のフラワーアレンジメントとマッチしてすごい!」という。 *  *  *  写真を見れば一目瞭然、その日の佳子さまの装いは、まさに「華」があった。 「グリーンがベースでピンクと白い花柄の刺繍があしらわれたセットアップに、同系色のノーカラージャケットを羽織られていました。足元はベージュのパンプス、手元には小ぶりのベージュのクラッチバックと白の手袋をお持ちになっていました。髪型は耳をしっかり出し、後ろでまとめたハーフアップにパールのイヤリングにパールのネックレスをされていました」(皇室記者)  この装いと身だしなみを「満点以上の高得点」と絶賛するのは大手企業のマナーコンサルティングを長年務めるマナー解説者の西出ひろ子さん。西出さんがまず挙げるのが髪型だ。 「まず髪型ですがハーフアップにしていらっしゃって、耳を出すというのは、すっきりときちんとした印象になるのと、おじぎをしたときに髪が顔にかかることがない。だらりと髪の毛が顔にかかるのは、清楚感や清潔感に欠けると思う方もいるのでハーフアップというのはとても大事ですね」  続けて、その装いも素晴らしいと言う。 「お若い方がカチッとしたフォーマルを着てしまうと年齢よりもかなり老けて見えたり、服に着られてしまう感じになるのをレースの花柄のモチーフのセットアップが解消しています。とても、可愛らしく、でもきちんとした印象もある素敵なフォーマルの装いだと思いました。また、ピンクにグリーンの差し色もあり、“みどりの感謝祭”への気持ちを表すのにぴったりです」(西出さん)  さらに、西出さんが感心したポイントが靴とバッグの色選び。 「一番感心したのはパンプスとバッグの色を同色にしていること。これは、フォーマルなマナーで重視されていることです。基本的なことですが、あまり浸透していないことなので、佳子さまはさすがだと思いました。足元にベージュを選ばれているのも素晴らしい。全体的な色味から黒い靴や茶色の靴は合わせないと思いますが、今回の佳子さまのような淡い色の服に黒い靴を合わせている方も正直多いです。統一感のあるベージュになさっていることで高得点過ぎるといいますか、身だしなみというマナーにおいて満点以上の着こなしです!」(西出さん)  さらに、佳子さまは、式典の壇上にある花も味方に付けていた。 「ステージに飾られた生花が佳子さまのジャケットの下のセットアップの色合いに合わせられたようでした」(皇室記者)  1枚目の写真が生花を背にした佳子さまだが、たしかに「華」がある。ここ数年、秋篠宮家と言えば眞子さんの話題ばかり取り上げられることとなってしまったが、佳子さまのファッションから紐解くとしっかり大人の階段を上っているようだ。年代を追って振り返ってみる。 【1】姉妹でお揃いコーデが定番だった 2007年8月31日、佳子さまと遊ぶ、もうすぐ1歳をむかえられる悠仁さま。この時12歳の佳子さまは眞子さま(当時)と似た感じのジャケットスタイルで初々しい。佳子さまがもっと幼い頃は姉妹で全身同じコーデだったり、色違いのワンピースだった。 【2】佳子さまのファッションに変化が! 2007年御用邸近くの葉山しおさい公園を訪れ、日本庭園の池の鯉に餌を与え楽しげな佳子さまと眞子さま(当時)。この頃から、姉妹お揃いからは卒業!? 真っ白なダウンにミニスカート、足元はボアブーツで。姉の眞子さまのセーターがトラディショナルなアーガイル柄のタートルなのに対し、妹・佳子さまは襟元ゆったりなタートルが対照的。 【3】グッとおしゃれ度が増しカジュアル路線に 2012年9月6日で6歳になった秋篠宮家の長男・悠仁さまと眞子さま(当時)と佳子さま。この年に大流行したダンガリーシャツにパッチワークのワンピースを合わせたスタイル。ダンガリーシャツは裾を結んでご自分なりのアレンジをきかせている。当時は、赤文字系ファッション誌できれいめファッションが取り上げられた最後の年で、その後、ナチュラル・カジュアルへ転換していったのがこの頃。 【4】同じ入学式スタイルでもこんなに違う 左は2013年4月学習院大学文学部教育学科へ入学式に向かう佳子さま。右は2015年、前年にAO入試で合格した国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科の入学の1枚。スーツは同じだが、高校卒業後すぐの入学式とその2年後、真っ黒ストレートヘアから少し明るい髪色でふんわり毛先を遊ばせたスタイルに変身している。 【5】母と娘たちコートの着こなしも様々 2017年2月28日ベトナムへ出発する天皇、皇后両陛下(当時)を見送る紀子さま、眞子さま(当時)、佳子さまは3者3様のコートスタイル。佳子さまはダブルブレストコートでウエストに切り返しがあり脚長効果も。つばがやや広めのしっかりした帽子で小顔効果もありスタイルよく見える。 【6】真っ白なワンピーススーツで外国訪問へ 2019年9月15日オーストリアとハンガリーを公式訪問するため、羽田空港を出発する秋篠宮家の次女佳子さま。光沢のある真っ白なワンピーススーツで清楚な感じもしつつ、程よいフレアスカートでかっちり過ぎず23歳らしいフレッシュな印象に。よく見るとストッキングもナチュラルベージュではなく光沢がある白っぽいものにしていて、そのコーデは完璧過ぎる! 【7】アイテムのチョイスが絶妙 2019年12月の25歳のお誕生日前に公開された秋篠宮邸の庭を散策する佳子さま。佳子さまが着ているダッフルコートと言えば紺色かキャメルカラーが定番。それを鮮やかなスカイブルーで、しかもショート丈のチョイスはかなりのオシャレ上級者!? 写真では見えにくいがワイドパンツとのコーデをしていて年齢相応の大人カワイイも演出。 【8】「姉が主役」のため落ち着いた装い 2021年10月26日眞子さま(当時)を見送る秋篠宮ご夫妻と佳子さま。あまりに有名になってしまった姉妹のしばしのお別れのシーンだが、嫁ぐ姉に寄り添う佳子さまはグッとシックな装い。「この日は姉が主役」とTPOをわきまえられた気持ちの表れも感じられる。  前出の西出さんは、着こなしにはTPOをわきまえることの大切さを指摘する。 「身だしなみや服装において、一般的に大事なことはTPOです。私はマナーの専門家として“P”をさらに2つ加えていてTPPPOと言っております。TはTIME(時間)、PはPLACE(場所)、私が加えるPの一つ目はPERSON(人)。どんな人と一緒にいるか、どんな相手と接するのかによって服装や身だしなみが変わります。もう一つのPはPOSITION(立場)です。例えば、結婚式の服装で言うと、親族なのか友人なのか立場で変わりますよね。この2つのPがとても大事なのかなと思っています。佳子さまの今回の式典の話しに戻すと、今回の“みどりの感謝祭”というのは、樹木や草花を大切にしていく気持ちが、しっかり服装に表れていたなと思いました」(西出さん)  佳子さまの今回の装いを見ても、ファッションの変遷をたどってみてもなかなかの上級者なのかもしれない。(AERAdot.編集部・太田裕子)

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    場所もジャンルも垣根を分けないことが自分流 ピアニスト・音楽家、角野隼斗

     ピアニスト・音楽家、角野隼斗。昨年10月のショパンコンクールでセミファイナルに進出、世界にピアニストとして角野隼斗の存在が周知された。クラシックだけではない。YouTubeでは「かてぃん」の名前で、さまざまなジャンルの音楽を配信し、登録者数は98万人を超える。一つのことだけではおさまりきらない好奇心と、それを最高のレベルにまで持っていく探究心。新しい音楽の世界の幕が上がる。 *  *  *  乳白と漆黒の鍵盤の上で、美しい手が舞うように動いている。演奏の主は、優雅で夢見るようなまなざしの青年だ。細く、長い指先が時折、緊張で小刻みに震える。その震えが、古色蒼然(こしょくそうぜん)としたホールで進行中のドラマを伝える。  昨年10月、ワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールは、反田(そりた)恭平、小林愛実(あいみ)と二人の日本人入賞者が出たことで話題を集めたが、同時にセミファイナルに進んだピアニスト、角野隼斗(すみのはやと)(26)の存在が世界に周知される節目でもあった。 「上品で華やか」「ショパンにそっくり」「クラシック界の殻を打ち破る光明」「彼をどう評価するかで審査員も評価される」……。  コンクール主催者が配信するYouTubeの公式サイトでは、ファーストラウンドから他の参加者を圧倒する259万回の再生数を示し、コメントが続々と付いた。セミファイナルまでの全3ラウンドの再生数は、優勝したブルース・リウの全4ラウンド454万回を超える482万回。  正統の雰囲気を湛(たた)えながら洒脱(しゃだつ)で現代的、さらに理知的な角野のショパンは、権威の継承ではなく、今、この瞬間をともに生きている聴衆に差し出された、ピアノの新しい地平だった。 「クラシック、ジャズ、ポップス、ゲーム音楽と、垣根を分けないで、自分の興味のおもむくままにピアノを弾いてきた。そのアプローチが、ピアノの神髄(しんずい)であるショパンに通用するのか。コンクールでは、それに挑む気持ちがありました」  角野が語るように、彼は「角野隼斗」と「Cateen(かてぃん)」という二つの名前を使い分けながら、ジャンルを超えた活動を行っている。舞台はホール、スタジオ、ストリート、自宅とさまざま。ソロあり、ライブあり、コラボありと、形態も自在だ。とりわけ登録者数98万2千人、総再生回数1億回を超えるYouTubeのチャンネルはホームであり、配信という21世紀のテクノロジー&メディアなしに、角野の音楽は語れない。 ■数学も音楽も好き 東大か藝大かで迷う  私自身、角野を知ったのはYouTubeの動画だった。「かてぃん」名義で、彼と同じくピアニスト&ユーチューバーの「よみぃ」とコラボした「ナイト・オブ・ナイツ」。電子音で構成されるゲーム音楽をグランドピアノ2台で再現する試みで、2人が超高速で繰り出す音の連打が衝撃的だった。1970年代後半、クラシックの音楽教育を受けた坂本龍一は、電子楽器を用いることでテクノポップというイノベーションを起こしたが、時代が一巡して今、角野はそれをピアノで表現する。その倒置の中の先進性。ショパンが登場した際に、シューマンが放ったセリフがよみがえった。 「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」  ショパンコンクール以降、角野の人気と知名度は、リアルの世界でもぐんぐんと上がっていった。  2021年大みそかのNHK紅白歌合戦では、上白石萌音の伴奏を務め、年明けにはショパンとガーシュインを引っ提げた全国9カ所のツアーを完遂。THE FIRST TAKEでmilet(ミレイ)と共演し、ゆずのアルバム「PEOPLE」にピアノで参加。NTTドコモのCMに綾瀬はるかと出演し、4月開始のNHK「サタデーウオッチ9」では、番組内のすべての音楽を担当。4月にドイツでハンブルク交響楽団とバルトークのピアノ協奏曲第3番を共演したかと思えば、帰国後はブルーノート東京でジャズ・デイに参加。来る7月には「FUJI ROCK FESTIVAL ’22」への出演、9月にはポーランド国立放送交響楽団と全国ツアー……と、快進撃はとどまるところを知らない。 「飽きるのが怖い。同じ所に留まりたくない。その気持ちが僕を突き動かしています。今のところ、毎回、反省点がある。それってもっと上に行けるということ。だから、進まない理由がないんです」  弾丸のようなスケジュールをこなしながら、たたずまいは涼しげで、発言はどこか覚めている。ラフマニノフの大曲「パガニーニの主題による狂詩曲」「ピアノ協奏曲第2番」をオーケストラと演奏した直後も、疲弊した様子は一切見せず、楽屋で若い指揮者と音楽談議に興じていた。 「いや、アタマの中は興奮し切っているんです。ただ、それを表に出さない。中高の時にそういうマナーを身に付けてしまっていて」  生まれた時から常にピアノがそばにあった。桐朋学園大学ピアノ科を卒業し、ピアノ教師として実績を上げていた母、角野美智子の手ほどきで、自宅のグランドピアノに向かったのは3歳の時。それ以前から数字に対する興味が強く、時計の読み方や簡単な計算は幼稚園に上がる前に覚え、小学校低学年のころには、大学受験レベルの楽理も、すべて習得していたという。  4歳でピティナ・ピアノコンペティション全国大会に初入賞。6歳で、門下からピアニストが輩出していた金子勝子(84)に師事し、以後、内外の主要コンクールで次々と成果を収めた。そんな角野の存在は“神童”が集まる教室でも際立っていたと、金子は証言する。 「腕や手首のしなやかな筋力、長く細い指と、抜群の集中力。リズム感、テンポ感、フレーズ感、音色と小さいころから彼ならではのものがあり、勉強もできる。天からさまざまなものを授かっていましたね」  開成中学、高校に在学中は、数学の研究者か音楽家のどちらかが、将来に対するざっくりしたイメージだった。東大か、藝大か、進学先を迷ったが、周囲に藝大を受ける友人は一人もいない。 「だったらみんなと一緒に塾に通って、帰りにうどん食ったりしながら、勉強したい」  ということで、14年に東京大学理科一類に入学。工学部計数工学科数理情報工学コースで、音声情報処理を、さらに同大大学院で機械学習を用いた自動採譜と自動編曲を専攻。修士1年の時には、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)に留学し、最先端の音楽情報処理を研究した。 ■ピアノにバンドにゲーム 別の人格を持って楽しむ  この時までは、人生の針は数学方面に振れていた。IT企業でのインターンシップも行い、就職の準備も万全。世の母親が理想とする息子である。  だが、一筋縄ではいかない角野の感性は、ただ一つの道だけを自分に許さなかった。常に複数のチャネルを持ち、すべてを最高レベルで追求して、楽しみ尽くす。彼の脳と身体には、幼児のころから、その原理が刻まれていたのだ。  学齢期の前から、クラシック音楽と並行してリズムマシーンに親しみ、そこから「ダンスダンスレボリューション」「jubeat(ユビート)」などの音楽ゲーム(音ゲー)に夢中になっていた。「かてぃん」は、中学生の時に「太鼓の達人」用に作ったハンドルネーム。平仮名4文字という制約の中で、本名の要素をあえてはずして付けたものだ。  中3でショパン国際ピアノコンクールin ASIA中学生部門金賞を受賞するが、一方で、ロックバンドを組んでドラムを叩き、また自作のボカロや音ゲーの曲、ゲームのプレイ動画をニコニコ動画やYouTubeに投稿して楽しんでいた。 「再生数300回という世界。それでも、リアルとは別の人格を持って、知らない人たちからコメントをもらう。そのやり取りが新鮮で面白くて」  大学受験を直前に控えた高3の12月にはeスポーツの公式大会「コナミ・アーケード・チャンピオンシップ」に出場し、全国ベスト8に入賞。そうかと思えば、大学院時代はフランス留学の直前に、国内のピアニスト登竜門「ピティナ・ピアノコンペティション特級」に出場してグランプリを受賞(優勝)。360度の視界に、壁というものは存在しなかった。  しかし、本人の見方はまた別だった。 「研究者になりたい気持ちはあるけど、ピアノも捨てきれない。でも、クラシックには本気で打ち込んでいなかった引け目がある。そのころのフェイスブックを読み返すと、ネガティブで、悩んでいて、迷走していた自分がいます」 (文中敬称略)(文・清野由美) ※記事の続きは「AERA 2022年5月23日号」でご覧いただけます。

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    4630万円誤送金で脚光浴びた「フロッピーディスク」 絶滅どころか公的機関でいまだ“現役”の事情

    「えっ、いまだにフロッピーディスクを使っているの?」  そう思った人も少なくないだろう。  山口県阿武町で誤って1世帯に4630万円を振り込んだ、いわゆる誤送金問題。18日夜、県警は同町の田口翔容疑者(24)を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕したが、誤送金に至る過程で、町役場から銀行に依頼データの入ったフロッピーディスク(FD)を渡したことが報じられると、「旧石器時代」「時代遅れ過ぎる」など、驚きや嘆きの声がSNSに上がった。ところが取材してみると、絶滅していたかのように思われたFDは、一部の中央省庁や役所、銀行、企業ではいまも日常的に使われていることがわかった。それぞれの事情を聞いた。 *   *   *  山口県阿武町からFDでの振り込みを依頼された山口銀行などを傘下に持つ「山口フィナンシャルグループ(FG)」にたずねると、「山口銀行は、FDなどによる振り込みおよび口座振替依頼データの授受については昨年5月末日を持って廃止させていただいております」と言う。  ところが、山口銀行はFDによる振り込みデータの受け渡しを現在も行っている。なぜか。 「新規の受付は行っておりませんが、既存のお客様から、FDでの振り込みを継続させてほしい、というご要望があれば、対応せざるを得ないという状況です」  山口銀行は、これまでFDで振り込みを依頼してきた顧客に対して、同行のインターネットバンキングを通じて振り込みをしてもらえるように交渉してきた。 「ただ、昔からずっとお取引していただいているお客様の利便性の観点からすると、FDを廃止するのは難しい側面があります」  担当者はすんなりとはいかない事情を、そう説明する。 ■東京の区役所でもFD  一方、東北地方のある銀行によると、FDでの引き落としは「公官庁から依頼されることが多い」と関係者は言い、こう続ける。 「県内では、市役所や町村役場でFDを使っているところが多いです。税金や国民年金、国民健康保険料の引き落としなどです。そんなわけで、私どももそれを引き受けざるを得ませんでした」  この銀行では半年ほど前から県内の各市町村に打診して今年中にFDの取り扱いを終了し、すべてインターネットバンキングに切り替える予定だ。 「理由としては、FD自体を新しく購入するのが困難になってきたこと。それから銀行に置かれた読み取り装置のメンテナンスが難しくなったこと。万が一、故障してしまったら、市町村の担当者の方が窓口に来られても手続きが滞ってしまいますから。そんなわけで、FDの取り扱いを終了させていただくことになりました」(同)  知るほどに驚く、FDの“現役”利用。だが、それは地方の市町村だけではない。  東京都千代田区は今年3月まで介護保険や障害者介護、生活保護に関する給付金の振込みにFDを使用していた。使用を終了した理由を会計室の担当者にたずねると、こう説明する。 「これまでFDを繰り返し使ってきたのですが、いずれ破損したり経年劣化で使えなくなったりすることも考えられます。もうメーカーもFDの製造を打ち切ったという話も聞いておりました。それらもあって使用を徐々に縮小し、昨年度末をもって、最終的にFDの取り扱いをやめたわけです」  ちなみに、国内大手のFDメーカーだったソニーが国内販売を終了したのは、2011年3月である。もう10年以上前のことだ。 「FDはいまとなっては記憶容量が少ないですし、持ち運びの際にどうしてもセキュリティーの問題も生じます。これからは庁内の端末に入力したデータはインターネット経由でやりとりを行います」(千代田区担当者) ■行政サービスの一環として  霞が関の中央省庁もFDを使っている。その一つが、厚生労働省だ。  厚労省は医薬品や医療機器メーカーから送られてきた製品に関する申請書類を審査する。そこでいまも続けられているのが書類データをFDで提出する「FD申請」だ。 「制度の名称としては『FD』とありますが、実際、9割9分はCDかオンラインの申請です。過去の名残というか、通称として『FD申請』という名前が使われています」  同省医薬品審査管理課の担当者はそう説明するが、こうも胸の内を明かす。 「ただ、こちらとしてはせめてCDで出してくださいとお願いしてはいるんですけれど、『どうしてもCDは使えない』という方が、ごく少数ですがいらっしゃいます。行政サービスとしてはうちのFDドライブが生き続けるかぎりはFDを受け付けざるを得ないという事情があります。できれば、持ち込まれるメディアはCDに統一したいのですが、メーカーさんのことを考えると、世の中からFDが枯渇するまでは止められないですね」  FD本体は極めて薄い磁気記憶媒体であるため、CDやDVDなどと比べて故障しやすい。 「気づかないうちに磁気に触れてデータがとんでしまうことがあります。それでも、CDを使うように強制することはできません。あくまでお願いベースです」(厚労省担当者) ■保証期間はとっくに過ぎている  ちなみに、現在インターネット上などで販売されているFDのほとんどは10年以上前に製造された未使用在庫品である。メーカーもこんな長い期間、使われ続けるとは想定していなかっただろう。当然のことながら、保証期間はとっくに過ぎている。  パソコンの周辺機器の老舗メーカー、ロジテックが「最後のWindows対応のUSB外付け型FDドライブ」の販売を終了して、久しい。ただ、パソコン用品メーカーの大手のエレコムに聞くと、FDを収納するプラスチックケースは「数量は少ないですが、現在もコンスタントに売れている状況です」と言う。  昭和に輝いたテクノロジーの産物FDだが、令和のこの時代でも根強く使われていることがわかった。コレクションとして私的に使うのはいいが、触ったことも見たこともない若年層も多い中で公的機関が業務で使用するのは、そろそろ潮時ではないだろうか。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    1兆円突破、日本人の「S&P500買い」が止まらない 一方で米国では株価が下落

     金融庁のつみたてNISA対象インデックス投信、全183本を独自調査。日本人には米国株が人気だが、実のところ現地米国の株価は下落している。AERA 2022年5月30日号の記事から紹介する。 *  *  * 「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)、インデックスファンドとして初の純資産総額1兆円突破」。このリリースが出たのは今年2月10日のことだ。信託報酬=運用コストが0.0968%と激安な投資信託(以下、投信)の“1兆円乗せ”は話題になった。 「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)は直近で1兆1千億円台になりました。純資産総額はトヨタやソニーのような個別株でいうと時価総額のようなもの。投信の“中身”(株式や債券、海外の場合は為替も加味)が上がり、投資家の資金が集まり続けると、純資産総額も右肩上がりになります」(三菱UFJ国際投信デジタル・マーケティング部の野尻広明さん) ■営業推奨なしで売れた  投信といえば証券会社の営業担当者が顧客に薦めて買ってもらうパターンが主流だった。実は現在も信託報酬1~2%の投信が大半で、低コスト投信は全体(約6千本)の5~6%しか存在しない。そして低コスト投信はネット証券を中心に販売されており、おすすめしてくれる営業担当者はいない。つまり一般の人が自分の意思でお金を出し、中身の株価も上がった結果が1兆円という巨大な純資産総額につながっているわけだ。  eMAXIS Slimに限らず、ここ数年は米国株の投信を買う人が急増している。2018年に始まった「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」の動向を見てみよう。つみたてNISA対象の投信の中でインデックス型183本の純資産総額をすべて調べ、上位からランキングしてある。  トップ3はすべて米国株100%の投信だ。4位には世界中の株を詰め合わせた「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」がランクイン。こちらの米国株比率は約6割で、米国一辺倒の投資にリスクを感じる人に選ばれている。全世界株式=オール・カントリーを略した“オルカン”という呼び方も浸透。  5位の「<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド」は日本を除く先進国の株が入った投信で米国株比率は約7割。13年12月に運用を開始しており、つみたてNISA対象の中では大御所的な優良投信だ。  このランキングはアエラ増刊「アエラマネー2022夏号」(発売中)のデータを最新に更新したもの。同誌が1年前に同じ調査をしたときは「ニッセイ日経225インデックスファンド」もベスト5に入っていた。 ■円安で基準価額アップ  そもそもつみたてNISAとは、毎月約3万3千円を上限に投信を積み立てる制度だ。本来、投信を売却すると利益から20.315%の税金が差し引かれることになっているが、つみたてNISAは非課税。18年の開始以降、預金オンリーだった投資ビギナーも次々と積み立てを始めている。  初めての投資なら自国、つまり日本株の投信に目が行きそうなものだが、選ばれているのは米国株投信。理由は恐らく「単純に、儲かっていたから」だろう。どの投信を積み立てるか決めるとき、たいていの人は過去の成績を見る。米国株の投信はここ数年で一番利益が出ている──じゃあ、それにしようという単純な流れである。  米国株投信の中でも特に人気なのは「S&P500」という米国の代表的な500社が入った指数に連動する投信だ。アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾンなどの株が入っている。 「S&P500の値動きを振り返ると1年で18.7%、3年で70.7%(4月末起点/配当込み円換算ベース)です。先進国株式や全世界株式など、投資家に支持されている他の指数と比べて高いパフォーマンスを記録しています」  ここで気になることがある。年初から米国のS&P500はインフレ懸念などにより一時11%も下がった。その後もウクライナ問題が勃発し、5月現在で年初からの下落率は20%近くに達している。だが、日本のS&P500の投信は今年3月から4月にかけて基準価額が急上昇。S&P500指数とはほぼ真逆に動いた。 「その理由の一つは『円安』です。日本のS&P500の投信は、組み入れ銘柄の株価、配当金などを日々の為替レートで円換算して基準価額が算出されます。ご存じの通り、3月から4月にかけてドル/円レートは円安に進み、一時130円台をつけました。為替分が値上がりに反映されている形です」  つまり日本人が一般的に投信を通じて見ているS&P500は「円建て」ということ。裏を返せば、現状の為替が円高方向に振れると逆の現象が起きる。米国株の株価が下がり、さらに円高ならダブルパンチ。株価が上がっていたとしても円高では、投信の基準価額はたいして上がらない。つい1年と少し前、21年の1月末時点では1ドル=105円を割っていた。ここからの揺り戻しが怖い気もする。 ■積み立てをやめない  もっとも、ゴールデンウィーク前から5月にかけて株価下落はさらに進み、日本のS&P500投信(円建て)の基準価額も下がっている。投資上級者にいわせれば「この程度の下げは、そよ風くらいのもの」だがビギナーは精神的につらいだろう。  投信の積み立ては、同じ金額でも安いときに多くの口数を買い、高いときに口数を少なく買うことで将来の大きな果実を得られる仕組み。ここ数年、米国株は調子が良すぎた。長期投資なら積み立てをやめないことが何よりも大切だ。(ジャーナリスト・向井翔太、編集部・中島晶子) ※AERA 2022年5月30日号

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    ミュージカルの帝王・山口祐一郎 「100%予想できない展開」楽しんでほしい

     俳優・山口祐一郎が東京・日比谷のシアタークリエで公演を行う。コロナ禍で試行錯誤するなかで、改めて得た気付きがあるという。AERA 2022年5月23日号から。 *  *  *  新型コロナウイルスは生き方を変えた。コロナ禍でミュージカル公演が軒並み中止となった2020年秋のこと。「自分たちの日常がなくなってしまう」と、ミュージカルの帝王・山口祐一郎(65)は、演劇の殿堂・帝国劇場で初めてのトークショー「My Story~素敵な仲間たち」に出演した。 「どういう形で皆様に出会う機会があるのか、スタッフの皆さんで検討する中、トークショーならコロナ対策に関しても対応しやすいのではないか、と実現しました。とは言っても、トークショーで帝劇が満席になって、大勢の方に配信でも観てもらえるなんて、自分でも思っておらず驚きました」 ■普段以上のやりとり  ミュージカル公演では数カ月どころか年単位で準備を進める。稽古場で流した汗が本番で結実する。だが、トークショーでは稽古場での時間がないだけに、 「稽古分の汗が本番中の冷や汗にならないか心配していましたが(笑)、お客さまと大変楽しく過ごすことができました」  このトークショーでの気付きは大きかった。マスクをしていても、皮膚感覚で観客の熱を感じた。五感は置かれた環境によって順応すると知った。マスクで顔の動きもわからないかと思っていたら大間違い。1千人以上の人が白いマスクをしていたが、表情がはっきりわかった。 「コロナ前とは違いますが、普段以上のキャッチボールが客席とできたような気がします。新しい発見でした」  コロナ禍を通じ、改めて自身が恵まれた環境で演じてきたことにも気付かされた。  例えば公演後、欧州や米国からやってきた演出家たちは、静かに見ている日本の観客が気になるらしい。「何か大きなミステイクがあったのではないか。何があったか本当のことを教えてくれ」と尋ねられた。そう聞く彼らに、「この小さな島国の日本では、こうやって感情を表現するんです。能や狂言をぜひご覧になってください」と答えた。 ■佇まいで心情わかる 「日本人は何かをしているから人の感情を感じるというより、ただ佇んでいるだけでもその人がどういう心情にいるかを理解するんですよね。日本は世界中のどの劇場よりも、お客さまとのコミュニケーションが普段と変わらず行われる。私はそういう特殊な恵まれた幸せな場に立っているのだ、と感じました」  そんないくつもの発見を経て、今回、東京・日比谷のシアタークリエで、さらに内容をグレードアップした「My Story,My Song~and YOU~」を開催する。「これまで出演したミュージカルナンバーで、普段なかなか聞くことのできない歌を披露する」と言う。千穐楽はオンラインでも生配信する予定だ。 「役者も演出・制作スタッフさん方もバンドさんも、みんな一緒にやってきました。クリエで魅力的な時間と空間をお客さまに楽しんでもらいましょうと企画する時に、みんながやりたいことがあっという間に山積みになりました。その中から面白いものを選んで構成しています。トークでも、ゲストはみんな一緒に仕事をしてきた仲間です。前回もそうでしたが、何か金脈に当たるとみんなでそこを掘っちゃうんです。今回もどんなトークになるか、私にも全くわかりません。100%予想できない展開になるはずです(笑)。それを私自身が心から楽しんでいる様子やコンサートの雰囲気、エネルギーを、配信でご覧になるお客さまも含め、皆さんにも楽しんでいただけたらと思っています」 (フリーランス記者・坂口さゆり) ※AERA 2022年5月23日号

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    稲垣えみ子「自然のおすそ分けにすがって生きると、日常をウキウキと楽しめる」

     元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 *  *  *  コロナのせいだろうか。戦争のせいだろうか。1日の始まりをしみじみ有難く思う。具体的に言えば、朝4時過ぎにパッチリと目が覚めてパッと布団から出てしまう。あ、年のせい?  ま、そのすべてが少しずつ影響しているんだろうが、最も大きな理由はそのいずれでもなく、単に朝も早よから「明るい」から。  ついこの間までの、どうにも布団から出難かった寒く暗い朝を思えば、掃除もはかどるし洗濯物も乾くし何ともおトク感満載。でもこのお恵みも夏至(今年は6月21日)を過ぎればどんどん細っていくのであり、そう思えば今のうちに貪り尽くしておかねばと焦りもする。ぐずぐず布団にこもっている場合じゃないんである。  ま、それだけのことなんですけどね。  でもよく考えると「それだけのこと」で毎年ウキウキしている自分に笑えるし、なかなかいい線いってるじゃないかとも思う。だって少なくともこの楽しみは私が生きている限り、ミサイルが飛んでこようが年金制度が崩壊しようが、誰に奪われることなく永遠に続くのだ。人は楽しみがあれば生きていける。生涯の安全保障を得たも同然である。  とはいえ自力でこんな娯楽に気づいたわけではなく、全ては会社を辞めて小さな家に引っ越しモノ持たぬ生活へ突入せざるをえなかった際、エアコンもカーテンもやめて太陽の動向にストレートに支配されるようになったおかげである。何しろエアコンなしってことは外気と連動して暮らすってことだから外気の影響を遮断するカーテンの意味ないのよ。むしろ太陽の恵みをカーテンに邪魔されたくないと思ったことが奏功した。  今にして思えば、私は自然を征服することを諦め、自然のおすそ分けにすがって生きることを選択したのである。無論そこには厳しさもあるが、厳しさがまた楽しさも生む永遠の循環。全くよくできている。何より自然を敵に回したところで長い目で見れば勝てるはずもない。私は最強の勝ち馬に乗ったのだ。 ◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行 ※AERA 2022年5月23日号

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    「アラサーちゃん」作者・峰なゆかが描く“ぶっちゃけすぎ妊婦ライフ”

    ドラマ化もされた人気漫画『アラサーちゃん』の著者である峰なゆかさんが、異色の「育児漫画」を出版した。峰さんの妊婦時代の経験から、誰も書けなかった本音を赤裸々に描いた『わが子ちゃん』(扶桑社)は、これまでの育児漫画とは一線を画した意欲作だ。慈悲と優しさにあふれた「聖母」のような妊婦像を押し付けてくる社会に対して、ウィットに富んだ毒を含む表現を駆使しながらあらがい、本音で生きようとする「妊婦・峰なゆか」の姿は痛快ですらある。著者本人に、数々のエピソードの裏話を聞いた。 *  *  * 取材場所のカフェに現れた峰さんは、トレードマークだった黒髪のロングヘアを鮮やかなピンクアッシュに染めていた。その理由を聞くと、 「小さい子どもがいると、無遠慮に話しかけてくる人が多くて、それがイヤなんですよ。髪を派手にすれば話しかけられないと思って染めたんですけど、効果てきめんでした」  育児中の女性に“あるある”の悩みを吐露しながらも、ユーモラスな返しが、いかにも峰さんらしい。  4月に出版した『わが子ちゃん』(1巻)では、峰さんの妊娠から出産前までが描かれている。世間から押し付けられる妊婦のイメージや“正しい”とされる妊婦マインドをことごとく蹴散らし、独特の表現で女性の「本音」をつづった。  執筆は出産したその日からスタートさせたという。 「みんなが『産んだら(妊娠中の苦労や)痛みを忘れちゃうよ』と言うので、忘れないうちに書かなきゃと思い、産んだ30分後にはiPadを開いてメモしていました。私の場合、妊娠中からつわりがひどくて、これを漫画にしてお金に変えないとやってられないな、と思っていたんです」  作品には妊婦の心の内を赤裸々に描いた場面が数多くあるが、序盤から、表立っては語られづらい「流産」についても触れている。妊娠初期で流産する確率は約15%もあることを踏まえたうえで、これをおなかに銃口を向けられた「ロシアンルーレットと同じ確率」(6分の1)と表現した。 「本当に流産した人が見た時にどう思うのかな、などいろいろ考えました。でも、妊娠初期は肉体的なつらさだけではなく、流産するかもしれないという精神的な不安はかなり大きいんです。誰もがそう感じているはずなのに、でも、みんな書かない。だから伝わりやすく描く必要があると思ったんです」  もしも流産した時に自身の心が壊れないように、妊娠初期は胎児に愛情を持たないようにしていたことも描いた。 「中には『母親としての自覚がない』と怒る人がいるかもしれません。でも、読者の方からは『わかる!』という反応が多くて、みんな同じような心境だったことが改めてわかりました」  安定期に入る前は「食べづわり」に悩まされた。街中で路地に隠れておにぎりをほおばったり、カップ麺を作るお湯が沸く時間すら待てずに硬い麺を食べたりしたことも。その姿を見たパートナーの「チャラヒゲ」からは、「妊婦さんは2人分食べなきゃね」と励まされたが、これに峰さんの心はざわつく。 「その時は妊娠7週目で、胎児はまだ1センチほどですよ。なのに2人分食べなきゃね、なんてありえないでしょう。食べたら吐いてしまうつわりは心配されるのに、『食べづわり』は、食欲旺盛で元気なだけ、と思われがちなので、そのつらさが周囲に伝わりにくいことを痛感しました」  そんなつらい日々のなかでも、たまに「食べづわり」がこない日があると、今度は胎児がおなかの中で亡くなっているのではないかという不安に襲われた。 「産婦人科に行って『死んでいるかもしれないので診てください』なんて言うのは気まずいし、先生には言いにくいですよね。不安になってすぐ診てもらいたいというときでも、病院に行くのも時間がかかるし、予約が埋まっていれば診てもらえるかもわからないし。将来的には、エコーの機械が自動販売機みたいに街中に設置してあって、500円入れたら、すぐに胎児の心音が聞けるような世の中になったらいいのにと思います」  育児雑誌や自治体のパンフレットに掲載されている“常識”も、峰さんとっては違和感だらけだった。たとえば「授乳はママにしかできません」「パパはできることを手伝いましょう」などの記述は、当然のように母親と父親の役割を決めつけるものだと感じていた。作品では、「チャラヒゲ」に育児雑誌の記事を読ませて不適切な箇所を添削させる、という場面が出てくるが、このエピソードは読者からとても反響が大きかったという。 「母乳の生産はできなくても、(搾乳をしたり、粉ミルクを用意したりすれば)授乳自体は父親にもできます。本当に間違った情報がたくさん載っているんですが、今でもそれを目にする度に赤ペンで直したくなります(笑)」 「アラサーちゃん」を執筆していた時は、昼夜逆転の生活だったというが、“わが子ちゃん”が産まれてからは、夜9時には寝るのが習慣になった。 「わが子ちゃん(現在2歳)が、保育園に行っている間しか仕事ができない状況になってからは、その時間で集中して書くようになりました。独身時代は1日1時間半くらいしか書いていなかったので、逆に仕事する時間は長くなりましたね(笑)」 「わが子ちゃん」には、妊婦体験をした男性の安易な共感への批判や、妊婦がおじさんからいかに「なめられているか」を痛感した体験など、他では読めないエピソードが満載だ。女性が共感できるのはもちろん、男性は女性の本音を探る参考書としても使えるかもしれない。(AERA dot.編集部 岩下明日香)

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    眞栄田郷敦「苦労したい」と語る理由とアメリカでの最終目標とは

     5月16日から始まるNHKの夜ドラ「カナカナ」で主演を務める眞栄田郷敦さん。人気コミックのドラマ化で、居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。今回の役どころと今後の展望について語った。AERA 2022年5月23日号から。 *  *  * ――ドラマ「カナカナ」で、ケンカには強いが天然、という居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。人の心が聞こえる不思議な能力を持つ5歳の少女・佳奈花(加藤柚凪)と織りなす心温まるコメディーだ。 眞栄田郷敦(以下、眞栄田):「カナカナ」は4月からNHKで新しく始まったドラマ枠の第2弾です。新しい枠に挑戦させてもらうことにワクワクしています。ドラマを盛り上げていきたいので、自分たちでも何かやろうと、TikTokを撮ったり、主題歌にあわせて踊る動画を撮ったり。ドラマの撮影はすごく大変なので、多くの人に見てもらいたい。出演者は本当にいいメンバーで、そういう工夫も楽しくやっています。 誰よりも持っておこう ――地上波の連続ドラマでは初主演を務める。 眞栄田:主演ではありますが、皆さん先輩ばかり。年が下でも芸歴は先輩の方もいて、僕としては「(主役だから)引っ張っていくぞ」というより、「この作品に対する思いを誰よりも持っておこう」というくらいの意識で現場にいます。 ――演じるにあたり、重要だったのが「見た目だった」という。 眞栄田:マサは見た目と心のギャップがすごく大きい。このドラマに入る前は髪の毛がちょっと長かったこともあって、マサのイメージがわきませんでした。でも、髪を切ったり、特殊メイクで傷をつけてもらったり。見た目が変わったことで、すんなりマサが入ってきたんです。  マサはとにかくまっすぐ演じています。彼は他のキャラクターとの感覚のズレというか、リアクションのズレが面白い。みんなとは全然違うリアクションを取るところがあります。脚本を読みながら、「マサならどうするかな」と妄想しています。  マサは見た目は強面ですが、もともとがすごくいいヤツ。カナ(佳奈花)と出会ったことで、成長というか変化していく。そのエモーショナルなところも、大切にしています。 ――カナとの絆は物語のカギでもある。演じる加藤柚凪との絆はどう築いているのか。 眞栄田:めちゃめちゃ仲いいですよ。普段からマサ、カナで呼び合っています。昨日(取材の前日)はセットの撮影が最後だったんですが、指輪をもらったんです。「プロポーズ?」って聞いたら、「違う!」って(笑)。僕から関係を築いたというよりは、柚凪ちゃんから娘と父親というか、後輩先輩というか、そんな関係性を築いてくれた。人見知りしない子で、最初のうちから似顔絵や折り紙などをくれていました。いつも楽しくやっています。  僕は子どもが好きなので、違和感なくすんなり入れました。ただ、マサは「子どもだから」ということはなく、誰にでも平等みたいなところがあります。だけど話を重ねるごとにどんどん普通のお父さんになっていく。その様も魅力だと思います。 背中押してもらった ――2019年、映画「小さな恋のうた」で俳優としてデビューした。コロナ禍でも出演依頼は途切れることがない。この三余年で、俳優としての意識を変えた人や作品との出会いがあった。 眞栄田:デビュー作は僕にとってすごく大きかった。この作品に出会わなかったら、絶対に役者をやってないと思うし、やりたいとも思わなかった。「小さな恋のうた」のプロデューサーや監督、いろいろな人との出会いやご縁があって背中を押してもらい、「やってみよう」と踏み出せたことが大きかったと思います。  現場での居ずまいや作品に向かう姿勢を学んだのは、昨夏のドラマ「プロミス・シンデレラ」です。二階堂ふみさんと共演させていただいたことが大きかったと思います。 ――特に感じ入ったのは、二階堂の「俳優としてのスタンス」だったと振り返る。 眞栄田:二階堂さんは周りをよく見ている方でした。何より「自分はこうしたい」という意見を持っている。もし、例えば話の流れをよくするために、台本に辻褄の合わないことがあったとしたら、「それでは気持ちがつながらない」ということもきちんと話す。「その通りだな」と思うことが何度もありました。  それは作品をより良くするための主張で、彼女が監督とディスカッションしている姿を見て、僕も演じる側として自分の意見を伝えようと思ったんです。監督といい意味でぶつかり、ディスカッションする。その結果、台本以上のシーンができあがったら、みんながハッピーになるでしょう。士気が高まり、現場の雰囲気も良くなります。ポジティブなスパイラルができるという体験をして、そういうふうに仕事をしたいと思うようになりました。 海外でも認められたい 眞栄田:デビュー後しばらくはわからないことばかりで、もらった台本をそのまま演じるのが精いっぱいでした。でも、演じるということは、浅いことではなくて。自分の意志をしっかり持ってぶつかりたいと思いましたし、制作の方々と対等にディスカッションできるよう準備をして現場に臨みたいと思っています。 ――将来の目標を尋ねると、意外にも「生活できるお金を稼いで、贅沢(ぜいたく)でなくても自由に生活できればいいな」と堅実な答えが返ってきた。だが、「役者としての目標は違う」と話す。 眞栄田:最終的には海外でも認められたいという目標があります。その前に、日本で認められることはもう絶対です。外国で認められるとはイコール、アメリカで認められるということになるのかな。アカデミー賞もありますし。アメリカでアメリカの俳優たちと対等に芝居ができる。その上で評価をいただくというのがやはり最終目標です。 ――これから演じてみたい役を尋ねると、こう即答した。 眞栄田:苦労したいですね。苦労する役ってなんだろう。たとえばハンデがあるとか、みんなが見たことがない役とか。僕は出演作を自分で決めていますが、新しい自分、見たことのない表情や芝居を見せることを大切にしています。なので、演じたことのない役は全部やりたいというのが正直なところです。苦労する役はやったことがないですし、体験したことがないから刺激になる。面白いと思いますし、間違いなくやりがいがあり、成長できると思うんです。 (フリーランス記者・坂口さゆり) ※AERA 2022年5月23日号

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    「小池栄子さんの政子、素敵です」“先輩”岩下志麻が語る「鎌倉殿の13人」

    「鎌倉殿の13人」では義時を支える北条政子役、小池栄子の演技が好評だが、昭和のドラマファンにとって大河、北条政子といえば「『草燃える』の岩下志麻!」ではないだろうか。岩下さんに北条政子、そして「鎌倉殿」について聞きました。 *  *  *  私が北条政子を演じさせていただいた大河ドラマ「草燃える」の放送が1979年だったから、あれからもう40年以上経つんですね。  今でも私に対する「北条政子」のイメージが強いようで、最近は特に「鎌倉殿の13人」が、同じ時代を描いているからかしら、よく「岩下さんの政子、見ていました」って、お声をかけられます。  たくさんの役を演じてきましたけど、政子は特別な思い入れのある役です。  映画や他のドラマは短期集中で2、3カ月で撮影するでしょう。でも大河ドラマは1年間、同じ人間を演じなければならない。その1年間は政子になって政子の人生を生きるというか、政子が自分の体に乗り移ったような状態になっていました。  最後のシーンを撮り終わった後、楽屋に戻ったら全身から力が抜けてしまって。しばらく虚脱状態で、動けなくなってしまったんです。それぐらい、政子が自分の中に生きていたんですね。  政子のイメージは「強い人」「嫉妬深い人」といったところかと思うんですが、とても愛情深い人だったんだと思います。頼朝に対しても、子供たちに対しても。だから「亀の前事件」(※政子が頼朝の愛妾の家を焼き討ちした)を起こしたりしてしまう(笑)。  ただそれも真面目で一本気だからなんですね、頼朝を心から信じていたからこそ、裏切りが許せなかった。強い愛情の裏返しなんです。  頼朝が亡くなった後も、尼将軍として頼朝のつくった鎌倉を守らなければって、毅然(きぜん)と対応します。  当時は乳母の存在が大きくて。頼家も実朝も乳母たちに育てられたので、子供たちをとても愛しているんだけど、気持ちが伝わらない。娘の大姫には先立たれてしまいますしね。  だから政子は母親として大変哀しい人生を送ったと思います。 「草燃える」は永井路子先生の原作で、日本の歴史上珍しく波瀾(はらん)万丈な生涯を送る女性を、いろいろな面から描かれた。  そのぶん演じるのは大変だとは思ったのですが、だからこそ演じてみたいとも思ったんですね。  そういえば私、政子を演じた後、なぜか鎌倉や伊豆に行くことが多かったんです。プライベートの旅行で。伊豆に行くと落ち着くというか、懐かしい気持ちがして。 ■史実解釈が斬新 三谷さんの脚本  政子のお墓や鶴岡八幡宮がある鎌倉にももちろん行きましたけど、やっぱり(北条家のあった)伊豆が落ち着くんです。当時の女性は実家を大事にしていたからかしら、不思議ですね。 「草燃える」の頼朝は石坂浩二さん、義時は松平健さんでした。石坂さんはとにかく博識で鎌倉時代や政子についてなんでも知っていらして。 「政子はとても頭の良い女性なんです」って、逸話を話してくださって、とても演じやすくしていただきました。そして源氏の棟梁(とうりょう)としての品格というか風格もあって、頼朝にぴったりでした。  松平さんは時代劇がとてもよく似合う方だと思いました。最初は若々しい義時も、どんどん年を経て老獪(ろうかい)になっていきます。それに合わせて松平さんも髭(ひげ)を白くして声のトーンを落として、見事に老け役を演じていらっしゃいましたね。  今放送している「鎌倉殿の13人」も、毎週欠かさず見ています。  三谷幸喜さんの脚本は「政治の現実を捉えている」と感心して見ています。かつ現代的ですよね。北条家の面々が家族で言い合ったりするところや、くすっと笑わせてくれるところなど、さすがです。史実にあったシーンでも三谷さんなりの解釈で描かれている。そこが三谷さんならではで、おもしろいです。 「草燃える」になかったシーンも印象に残りました。義時がひたすら八重さんを思って、やっと結ばれたでしょう。ああ、よかったなーと思って(笑)。ああいった三谷さんが創作された部分も斬新です。  小池栄子さんの政子も、とても素敵。頼朝への愛がいっぱいで。嫉妬するところも小池さんが演じると、かわいくて応援したくなります。  私が演じた政子の映像も見ていただいたみたいですが、気にしないでほしいと思います。小池さんなりの政子をつくればいいんですから。これから尼将軍の演説シーンもあるし、子供たちに先立たれてしまう悲劇も待っているけれど、小池さんならきっと魅力的に演じられると思います。  これからも視聴者として、三谷さんのつくり出すお話と小池さんの政子を拝見することを、楽しみにしています。 (聞き手 本誌・工藤早春)※週刊朝日  2022年5月27日号

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    田端信太郎×テスタ対談「客になりたい企業と社員になりたい企業は違う」

     リクルート、ライブドア、LINE、ZOZOなど「超ホット」な企業を渡り歩いてきた田端信太郎さんと、50億円トレーダーのテスタさんが会った。田端さんはツイッターで歯に衣着せない発言で有名、YouTubeも絶好調。テスタさんは相変わらずコツコツと株の利益を積み上げている。一見、住む世界が違う二人のおもしろ対談。 *  *  * 編集部:田端さんはリクルートでフリーマガジン『R25』を立ち上げ、ライブドアのメディア事業部長として「ライブドアニュース」、LINEで法人ビジネス全般を軌道に乗せてこられました。 テスタ:どれも社会の中心になっていった企業や事業ばかり。狙って転職されたんですか? 田端:半分は、狙っていましたね(笑)。ぶっちゃけ、会社員って、倒産でもしない限りダウンサイドリスク<損する可能性>はないじゃないですか。勤務先が大変なことになっても僕が大変なことになるわけじゃないでしょ。 テスタ:確かに。 田端:「ライブドアに東京地検が入ってきたとき、僕、その現場にいましたからね」という体験は、振り返ると「お金じゃ買えない、すべらない話」みたいなもの。 テスタ:それにしても、先見の明がないと、なかなか狙って転職できるものではないですよね。 編集部:田端さんが転職したら、その企業の株を買うと儲かりそう? 田端:いやいや、客になりたい企業と社員になりたい企業は違うんですよ。たとえばサイバーエージェント。ネット広告事業で国内トップ、最近ではゲーム事業の『ウマ娘』が大ヒットしてますよね。 田端:サイバーエージェントの藤田晋さんは非常に素晴らしい社長だと尊敬しています。株を買うならライブドアではなくサイバーエージェントの株を買っていたと思う。でも当時はライブドアに入社しようと思った。なんだか、おもしろそうだなと。はい、勘です(笑)。 テスタ:「客になりたい企業と社員になりたい企業は違う」。名言。  テスタ:ライブドア・ショックから16年以上経ちますが、僕は当時、投資をはじめて1年目でした。あのときのことははっきり覚えています。なぜ堀江さんが逮捕されたのか、よくわからない。あの事件はベンチャー企業の発展に水を差したような気がします。 田端:その視点、大事ですよね。僕のような当事者が「あの頃のライブドアに比べたら今のベンチャーは……」なんて言うと、単なる「おっさん語り」になっちゃう。 テスタ:そんなことは(笑)。 田端:最近ようやく、ネット産業は少し「整って」きましたよね。僕がライブドアに入社した頃って、新卒で入社するっていうと親から反対されがちでしたから。 テスタ:整って安定感が増した分、おもしろみがなくなった? 田端さんは会社員時代からツイッターで自由に意見を言って、炎上もたくさん。今も遠慮なしに発信してますよね。だからおもしろい。 田端:遠慮することもあるんですよ! 言いたいことの半分ぐらいしか言っていません。ライブドアにいたときも、ZOZOで前澤友作さんの下で働いていたときも、「自由にやっていいよ」と言われていたけど。ツイッターは、炎上しても絶対やめません。 テスタ:前澤友作さんは実際のところ、どんな方ですか? 田端:経営者というより、バンドマン。いやロックスター。いい意味でも悪い意味でも無邪気な悪ガキがそのまんま大人になって、資産数千億円の大富豪になりました~って感じです。 テスタ:悪ガキ(笑)。でもアパレル初のネット通販事業、宇宙旅行……と誰もやらなかったことにチャレンジするのがすごい。田端さんも地道にコツコツやるより、新しいことを見つけて飛びつくほうが楽しいタイプですか? 田端:うーん、粘り強くはないかな。たとえば「ユニクロ」は20年くらい前に「ヒートテック」を作って、地道に改良を積み重ねて、今のヒートテックブランドを作り上げました。そういうの、僕にはゼロとは言わないけど……飽き性かもしれない。 テスタ:同じです! 自分も本当に飽き性で、株以外のことは長続きしないんですよ。 田端:僕も株が好きで15年ぐらいやっていますけど、デイトレードは下手なの。かといって長期保有するのも苦手で、株を買ってもせいぜい半年くらいで手放す。暗号資産も初期に1ビットコイン5万円で10ビットコインくらい買いましたけど、30万円くらいまで値上がりしたときに売りました。 テスタ:株はたくさんの会社の仕事ぶりを見て投資するわけじゃないですか。だから、いつも新しいことに触れられる。「へぇ、こんな新しい業界や商品があるんだ」と知るとワクワクします。僕がやっていることは株の売買ですが、その時々で見える景色が常に新しい。それが飽きない理由かも。 田端:ここ3年はナスダックのハイテク株が調子よくて、日本でもS&P500やナスダックの投資信託が人気ですよね。それもまた、2000年代のITバブルの再放送を見ているようだなと。 テスタ:一般の人に株がはやればはやるほど、そろそろ相場は天井かな……と思ってしまいます。 田端:投資って常に「自分が間違っている可能性がある」というプレッシャーに身をさらすことですよね。心の中で勝手に割安で有望だと判断している株が値下がりしたとき、「自分じゃなくて、マーケットが間違っている」と思う時点で、投資家としては終わっているわけじゃないですか。 テスタ:それ、一番あかんやつですね(笑)。 田端:企業の社長も消費者や投資家から忖度(そんたく)なしの罵声やマジレス(真剣な返信)を浴び続けながらまともな経営を続ける必要がある。頭が柔軟じゃないと、投資家も経営者も務まりません。 テスタ:凝り固まったら終了。怖いなぁ。 田端:ユーチューブの配信で「ちょっと難しいことしゃべったら、再生回数落ちる。ほんと視聴しているやつ、バカばっかり」と言ったらおしまいですから(笑)。俺は正しい、周りが間違っているなんて、どの世界でもありえない。 編集部:「バカばっかり」って言いそうな雰囲気あるのに、実は謙虚な人なんですね? 田端:やめて!(笑) テスタ:田端さんって「お金欲しい!」っていう感じがしないですよね。もちろんお金に興味ないとか無欲とかではないと思いますが、お金至上主義じゃないというか。 田端:わかります、その表現(笑)。お金、ねえ。ゲームのスコアみたいなものかな。スコアは上げたいけど、ゲームでズルして勝っても楽しくない。「カネがすべてだ」というのも違う気がするし、かといって「カネなんてぜ~んぜん関係ない」というのもウソだし。 テスタ:お金=ゲームのスコア。すごくよくわかる! 田端:死ぬときに人生を振り返って「あのとき、お金のことなんか気にせず、アレをやっておけばよかった」という後悔はしたくない。 テスタ:たとえばどんな? 田端:僕には今、息子とアメリカをキャンプで横断するっていう夢があるんです。今年、長男が中2になるんですけどね。費用は1カ月200万~300万円。 テスタ:何かをやるやらないで迷うときの理由がお金だったら、金銭的に多少苦労したとしても、やったほうがいいですよね。これツイッターで言うと「あなたはお金があるからそういうことが言える」って燃えそうですけど(笑)。 田端:いい薪に(笑)。ま、でもテスタさんはもうお金なんかどうでもいいんじゃないの? テスタ:僕は株の成績を上げたいというだけ。成績が上がったら、自然とお金がついてくる、という感じになっています。自分の予想が当たるとうれしいし、はずれると悔しい。「どうすればもっと株のトレードがうまくなるんだろう」、もうそれだけ。昔は生活費を稼ぐために株式投資をしていたのに、いつの間にか。 田端:一般人が考える「贅沢(ぜいたく)」って10億円あったら、だいたいできるんですよ。資産がすでに数十億円から数千億円もある人は、個人で思いつく贅沢は実現できる。 テスタ:その通り、個人的な贅沢は10億円で足りますね。じゃあ大金があれば、世の中を変えることができるかというと、数千億円を持っていても足りない。 田端:足りない! 確かに! テスタ:お金持ちといえば、テスラのイーロン・マスク。 田端:イーロン・マスクはレジェンドというか、いまだに型にはまらない感じがすごい! テスタ:成功した経営者ってだんだん行儀よくなっていくものですが、イーロンさんだけは違いますね。田端さんがおっしゃってた前澤さんみたいに無邪気なのかな。 田端:そうかも(笑)。昨年も、格差問題解消のために自分が創業したテスラの株を売って税金を払ったほうがいいか、ツイッターのフォロワー(当時約6200万人)にアンケートして大騒ぎになりましたね。そのアンケート結果を受けて本当に株を売りましたから。しかも、振り返ると一番の高値近辺で完璧に売り抜けた格好。 テスタ:「計算ずくだ」という人と「いや、そうじゃない」という人がいましたね。じゃあ実際はどうだったのか、全くわからないところが、これまたすごい。 田端:天然の天才なのか、天然に見せることが天才的にうまいのか。メイクしているように見せないためのメイクっていうか(笑)。世の中の金持ち批判に対する駆け引きみたいなところはあるでしょうけど。スケールが違いすぎる。 田端:暗号資産の中でも「ビットコイン」だけはアリかも、もう売っちゃったけど(笑)。ビットコインという名前のブランド力は、携帯用ラジカセが何でもかんでも「ウォークマン」と呼ばれるようになったくらい強い。 テスタ:ウォークマン、懐かしい。 田端:もし中央銀行の信頼性がなくなればお金の価値はなくなる。キャッシュレス時代の今、そのお金も紙切れですらなく、単なるコンピューター上のデータ。それに比べたらビットコインのように「発行数量の上限が決まっている」というルールのほうが、よほど厳格な気がします。 テスタ:確かに、発行数量がもう増えないというビットコインは希少性が上がっていくのかも。まあ僕はこれからも日本株中心でやっていきますが(笑)。 (編集・文/安住拓哉、編集部・中島晶子) ※この記事は抜粋版です。「AERA Money2022夏号」で全5ページにわたる全文をお読みいただけます。

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    日本で上がる「ウクライナは白旗あげたらいい」の声に戦場ジャーナリストが現地から激怒した理由

     ポーランド国境にほど近い、ウクライナ西部の街に入ったジャーナリストの佐藤和孝さん。これまでもアフガニスタンやボスニアなど様々な紛争地で取材を行ってきた佐藤さんに、AERAはインタビュー。ウクライナに入国した直後のこの街で彼が感じたのは、「平穏」に侵食する恐怖と孤立だった。 *  *  * ――ウクライナ西部にある街、リビウ。美しい街並みはユネスコの世界遺産に登録され、歴史の深さを感じさせる。3月5日、ジャーナリストでジャパンプレス代表の佐藤和孝さんがリビウに入り、取材を続けている。 佐藤:日本で思っているよりも、ウクライナ全土が戦地になっているわけではありません。ロシアに近いハリコフやマリウポリ、キエフは激しい状況ですが、今のリビウはマーケットにも食料が並んでいるし、電気やガス、水道も滞りなくある。でも、会社はやっていないし、学校も幼稚園から大学まで休校です。  リビウはウクライナ各地からのハブになっていて、ポーランドに脱出する人や安全な地方に避難する人たちが集まっています。そうした人たちをケアするために、市民は炊き出しや物を配るボランティア活動に従事している。空からの攻撃を想定して戦車や装甲車をカモフラージュしたり、火炎瓶を作ったりしている人もいる。街は戦時下というより、準戦時体制に入っています。そういった意味でリビウは平穏には見えるけれど、戦火をひしひしと感じている雰囲気です。 ――佐藤さんはこれまで、アフガニスタンをはじめ、チェチェン、イラクなど数々の紛争地を取材し、街に暮らす市井の人の声を伝えてきた。リビウでも、衝撃的な出会いがあった。 佐藤:町工場の若社長として働く30歳の青年がいました。普段は台所用品を作っていたけれど、今は戦車や装甲車が街に侵入しないためのバリケード、そして兵士たちがつける「ドッグタグ」を作っている。普通、ドッグタグには名前や生年月日、血液型や国籍、そしてナンバーが刻まれています。でも、彼が作っていたのはナンバーしか書いていない、名前のないドッグタグでした。  僕がリビウで話を聞いた人たちは、国を守るために戦争に行くと話しました。当然亡くなる人も出てきます。その人たちが無名のドッグタグをつけている。それを見たとき、切なくなった。一人の存在が、番号だけっていうのは……。 腹の底から怒りを覚え ――その青年には7歳と3歳の子どもがいる。あなたも銃を持って戦争に行くのかと問いかけると、「行きたい」と答えた。 佐藤:でも、これまでに戦ったことのない青年です。恐怖について聞くと、「そりゃ怖い」と。「でも、自分が死ぬよりも怖いのは、この国が消滅すること」「だから戦う」と言った。  日本のどこかの評論家だかで、「ウクライナは白旗をあげたらいい」と言った人がいるんでしょう。大馬鹿者ですよ。だったらウクライナに来て、みんなにそう言いなさいと思う。  自分の国、文化や歴史がなくなるんですよ。安全圏で何もわかっていない、命を懸けたこともない人がこれから命を懸けようとしている人たちに向かって言える言葉じゃない。  この国はロシアに踏みにじられてきました。ソ連崩壊でようやく独立国家になったのに、またそのときに戻ってしまう。そうならないために血を流すことを彼らは厭わない。ゼレンスキーも含め、名もない人たちの気概がこの国を勇気づけているんです。  なのに、「10年後にはプーチンが死んでいるだろうから、その後、国に帰ったらいい」なんて馬鹿なことを言っている。このままだと、10年でこの国はなくなるんです。腹の底から怒りを覚えます。 大勢と一人「命」の重さ ――世界はロシアに対しての制裁を強化し、それはウクライナ国民の励みにもなっている。だが、課題もあると指摘する。 佐藤:西側諸国といわれる国が自分たちの味方になってくれていることはよく認識していて、それが戦うモチベーションの一つになっていることも否めません。でも、じゃあ我々はそれを続けていけるのかということも問われてくる。  応援の仕方は色々あるのだと思いますが、ウクライナへの武器の供与以上のことをすると第3次世界大戦になってしまう。世界の指導者のなかには、自分たちが火の粉をかぶらないためにウクライナを犠牲にしてもいいと考える人たちもいる。この問いが正しいかはわかりませんが、大勢の命と一人の命のどっちが大事かということになるかもしれない。そうならないように、外交なども含め世界は動かないといけない。  この戦争は長期化すると思います。だって、多くの人たちが戦う意志を持っている。自分たちの国を自分たちの血をもって守ろうとしている。その魂は消えません。アフガニスタン侵攻でも、ソ連軍が入って10年で撤退を余儀なくされた。結局、勝てないんです。 「核」撃てばロシア消滅 ――ロシア軍がシリアで兵士を募集しているとも報じられ、行き詰まりが見えている。 佐藤:兵士の数が多くても、戦闘経験のない人間は現場では使えません。「ワグネル」といわれる傭兵集団がいますが、彼らは戦闘経験が豊富です。つまり、人の殺し方を知っているということです。シリアの兵士も同じで、人を殺すことに慣れている。そういう人間を使って、なんとかウクライナを制圧したいと思っているんでしょうね。  でも、キエフでロシア軍が政府機関などを押さえたとしても、周りは敵だらけです。ロシア軍にとっても危険なことで、市街戦やゲリラ戦になってくる。長く続けば戦闘意欲やモチベーションもなくなっていくでしょう。  この戦争を長期的に遂行する経済的な裏付けがロシアにあったかというと、難しいんじゃないですか。もともとGDPも低いし、経済制裁もある。中国が助けるといっても限度があります。ロシアにも反対派の人がたくさんいるし、今やっていることは「きょうだい殺し」です。多くの国民は心を痛めているんじゃないかと僕は思う。  ただ、国内世論が反プーチンに傾くほど、彼はますます弾圧しなければならなくなる。今後プーチンはウクライナ、世界、そしてロシア国内とも戦わなければいけなくなります。その覚悟を彼は持っているのか。核があると脅かしますが、それを撃てばロシアも消滅します。  プーチンはルーマニアのチャウシェスクのような形で終わってしまうかもしれません。止められるのはロシア人しかいないと僕は思っています。 世界に見えない街や村 ――様々な国を歩いてきたが、これまで見た戦場とは「質」が違うという。 佐藤:アフガニスタンやイラク、シリアというのはある地域の戦争です。僕のなかでは、世界大戦になるというようなものではなかった。ユーゴスラビアの戦争は世界大戦の可能性を秘めていましたが、各地に火の粉が及ばないようにヨーロッパ各地もいろいろと手を打ちました。  今度はロシアの正規軍が自分たちの論理だけで他国に侵攻し、第3次世界大戦の可能性もはらんだ非常に危機的な状況だと思います。今までの現場とは質が全く違う。だから世界は必死になっているんだけど、行き詰まり感も出てしまっている。  キエフやハリコフから避難してきた人たちは、とにかく攻撃が激しいと口をそろえます。狙撃兵までいるから、外に出られず命からがら逃げてきたと。でも、そういった街や村には記者もいないので、世界に見えていないんです。やりたい放題になって、どんどん残虐な方向に向かってしまう。今後、キエフでも取材したいと思っています。 ◯佐藤和孝(さとう・かずたか)1956年生まれ。独立系通信社「ジャパンプレス」代表。山本美香記念財団代表理事。80年からアフガニスタンで取材を行い、その後も様々な紛争地を取材した。近著に『タリバンの眼 戦場で考えた』など (構成/編集部・福井しほ) ※AERA 2022年3月21日号から

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