写真・図版 | 「自分だけ生き残ってしまった」元学徒の思いに寄り添い、伝え続ける ひめゆり平和祈念資料館館長 普天間朝佳<現代の肖像>〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「自分だけ生き残ってしまった」元学徒の思いに寄り添い、伝え続ける ひめゆり平和祈念資料館館長 普天間朝佳<現代の肖像> 2/2

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藤井誠二AERA

1945年3月23日の動員から6月18日に解散命令が発せられるまでに、ひめゆり学徒隊の犠牲者は19人に上った。解散命令後のわずか数日間で、約100人が逃げまどい、追い詰められ命を落とした(荒崎海岸で)(撮影/ジャン松元)

1945年3月23日の動員から6月18日に解散命令が発せられるまでに、ひめゆり学徒隊の犠牲者は19人に上った。解散命令後のわずか数日間で、約100人が逃げまどい、追い詰められ命を落とした(荒崎海岸で)(撮影/ジャン松元)

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