東日本大震災 被災地の“復興”と“原発”を追う

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福島第一原発20キロ圏内 止まり続ける時間

東日本大震災から3年。 原発20キロ圏内では遅々として復興が進まない。 放置されたがれきや、汚染土の入ったどのう。 現状をカメラが捉えた。   【関連フォトギャラリー】 原発公開 柏崎刈羽原子力発電所 思い揺れ...

JR被災路線の再開の軌跡

東日本大震災で被害を受けたJR東日本の路線が、再開した時のセレモニーの様子などを、JR東日本広報室の提供の画像で振り返ります。 【関連フォトギャラリー】 東日本大震災 被災地の“復興”と“原発”を追う

気仙沼「共徳丸」~あれから3年

東日本大震災から2年7カ月。 平成25年10月24日に、気仙沼市の市街地に打ち上げられていた第18共徳丸の解体工事が終わった。 工事のために設置されていたパーテションも外され、現場は更地になった。 2012年からの共徳丸...

ノンフィクション作家・吉岡忍が巨大防潮堤を問う 「消えゆく海」

震災から3年。三陸の沿岸部には、次々と巨大防潮堤が造られている。   【関連記事】 ンフィクション作家・吉岡忍が「防潮堤は強がりなガキ大将みたい」と指摘   撮影・馬場岳人(写真部) 週刊朝日 201...

心が寄り合う“仮設”の今 時とともに移りゆく、集会所と住宅

被災地の集会所は、人と人とを結ぶかけがえのない空間。 建築家らがつくった“ゆとり”の場を歩いてみた。   【関連記事】 デザイン性に富んだ「仮設」 被災地に“ゆとり”を生む   撮影・馬場岳人(写真部...

原発公開 柏崎刈羽原子力発電所

柏崎刈羽原発の年内再稼働を目指す東京電力。 防潮堤の拡大など下準備が着々と進む様子が、報道陣に公開された。 原発は変わったのか。   【関連記事】 原発の街、柏崎 再稼働で景気回復は本当なのか 19年動かない「...

希望の醤

200年余続く岩手県陸前高田市の造り醤油屋「八木澤商店」。 東日本大震災の津波ですべてを失ったが、しっかりと引き継がれているものもあった。 復活への第一歩までの2年半を追った。   【関連記事】 200年の老舗...

気仙沼「共徳丸」~Since 3.11

東日本大震災の津波で、宮城県気仙沼市に漁船が打ち上げられた。 震災後、時を経て、“解体”から復興へとつなぐ。   【関連記事】 気仙沼「共徳丸」解体 見物客の記念撮影増加 住民心情に配慮する声も   ...

思い揺れる町 ―南相馬市小高区を歩く―

南相馬市中心部の原町区から車でおよそ20分。福島第一原発から20キロ圏内の警戒区域だった同市小高区に入る。2012年4月に避難指示解除準備区域に再編されたところだ。 補修されずに所々ひび割れ、隆起した道を走る。対向車はな...

DAYS FUKUSHIMA

線量計を身につけ、被曝量を管理しながら生活する子どもたち。手入れされず、雑草が伸び放題となった公園。先行きが見えない現状を嘆きながらも、牛の世話をし続ける男性。そして、過敏すぎる放射線への不安から、受け入れ先が見つからぬ...

復興した被災地ホテル・三陸海岸

震災から2年、復興が、なかなか進まない中、三陸海岸のホテルが営業を再開し始めている。 様々な困難を抱えながらの再開は、復興のシンボルとして、被災地の人々を勇気づけている。   【関連記事】 24時間津波の音 そ...

フクシマ・アネクメネ

※アネクメネ=人間が居住できない、あるいは非常に困難な地域のこと   人の気配が消えた大熊町。立入禁止となったそのまちを、2011年の夏と冬、歩いた。所々陥没した道路の両脇は、伸び放題となった雑草で覆われ、以前...

昭和三陸地震と東日本大震災

1933年(昭和8)年3月3日の昭和三陸地震。 震災後わずか9日後にアサヒグラフ臨時増刊は印刷された。 そこに掲載された写真の数々と、その78年後に起きた東日本大震災の写真の共通性に驚く。 数十年後、「3枚目」の写真が並...

つなぐ人 ~被災地に移住した若者たち~

ある人は故郷へ。ある人は見知らぬ土地へ。 被災地に向かった若者たちの今を写真で紹介します。   【記事はこちら】 「地元の本音が聞こえる」被災地に移住した若者たち   撮影・馬場岳人(写真部) 週刊朝...