昨年12月、半年かけて中南米を縦断した旅の最後に、南極半島へクルーズした。メキシコ・シティーを出発してからひたすら南下を続け、南米最南端のウシュアイアという港町へ辿り着いた。冬休みに私と合流する主人が来るまで少し時間がある。それまで、移動続きの6カ月間で疲れた体を癒しながらのんびり過ごそうと、小さな町の中心街をぶらぶらしていた時、旅行代理店店頭の「ラスト・ミニット南極ツアー」という文字が目に飛び込んできた。なんと、出発直前の南極半島クルーズ船の空室が半額近くで売り出されていたのだ。頭の中で、テレビ等で見た氷河の山やペンギンの映像がはじけた。値引きに敏感な主婦の私は、半額とはいえ高額のツアーに、日本から出直すよりここで参加した方が経済的と瞬時にはじいた。近所には、防寒具一式を手頃な値段でレンタルする店がある。港には、シーズン中、毎日出港する大型クルーズ船が停泊していた。南極は観光地でもあると実感しながら、主人に相談のメールを書き送った。翌日、「体が動くうちに行っておきなさい」という返事を読むや、旅行代理店に直行しツアー参加を申込んだ。

12月のウシュアイアは、夏なのに薄手のジャケットが必要なほど肌寒かった。また、ここに至るまで廻ってきた南米の他の地域と風景も異なり、ノルウェーのフィヨルドを思い出させた。出航してドレーク海峡の荒波を進むにつれ一段と気温が下がり、2日後、南極海に達するあたりは一面の銀世界。更に南下してついに到着した南緯64度は、劇的な氷の世界だった。すべてを寄せ付けないように見える氷壁や氷河の迫力に息を飲み、生命の気配も感じさせない寒さや色に、ここは本当に地球上なのかと頭がくらくらした。ここでもまだ南極の突端だ。この先の極へは特別な装備と訓練なしではとても行けないだろう……。そんなことを考えながら、細かい氷の破片が浮かぶ極寒の海をゴムボートで廻ると、その周りをペンギンたちがぴょんぴょんと飛び跳ねながら泳いでいる。その先の空を舞う鳥たちは、エサを見つけたのか、さあっと急降下して水面をなでる。向こうの氷河の上では、アザラシが悠々と昼寝している。驚いた。私たちは手袋をちょっとはずしただけで手がかじかんでしまう寒さの中に、動物がいる。まるでこの環境そのものから産み出された生物のようだ。そして、ペンギンたちが海からジャンプして雪や氷の大地に上がり、ひょこひょこと歩きながら巣へ戻る様子を見ながら、ここには人間の暮らしの歴史はなくとも、多彩な生き物の生活圏なのだと気がついた。

帰りの船の中で、極地研究に関わっているガイドが、南極の風景も年々変化していて、地球温暖化を目の当たりにしていると話していた。これからは地図だけではなく地球儀を手にとって、自分が世界や地球上のどこにいるかを考えることも重要だと感じた。

【プロフィール】

ひがしぞの・やすこ/東京都出身。ニューヨーク在住を機に世界の広さに目覚め、世界を見る旅をするために?結婚! 海外勤務もあるサラリーマンの夫に支えられてこれまで訪れた国は100ヵ国以上の、人呼んで「旅主婦」。翻訳家の父譲りの語学センスと健脚・健啖を活かして諸国を歩き、名所旧跡に留まらず、素顔の人々、ありのままの生活に真正面から出会った瞬間、抜群の反射神経で愛機コンデジのシャッターを切り、その街らしい風景やその国の風土をカメラに収める。